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1月20日の教育委員会の志願者数発表以来、ブログの閲覧者が多くなっているので期待されてるのかなということで少し書いておく。一番の大きな変化は相可高校普通科の定員減だが、これはもともと定員割れを起こしていたので妥当。松阪市として相可高校普通科の定員減が望ましいかは別。私見としては松阪地域に2番手の進学高が欲しい。といってもそれでは生徒数的におかしなことになるので、これも非現実的だが松阪高校を2分割して欲しい。■平成23年から今年までの志願者数の推移(左から順にH.23~H.27 定員/志願者)松阪高校普通科240/221 240/256 240/286 240/233 240/207理数科80/152 80/149 80/175 80/153 80/157相可高校普通科160/127 160/124 160/171 160/139 120/129 松阪工業高校(全体)240/249 240/244 240/280 240/230 240/239松阪商業高校(全体)200/177 200/210 200/191 200/249 200/172飯南高校 だいたい毎年 80/80 目立つのは松阪高校普通科の志願者数が減ったことだ。もともと松阪地区の生徒はぬるいのだが、(参考松阪という地域)今年の中3が体感でいつも以上にぬるいように感じるのもさもありなんといったところか。 松阪商業高校の志願者数も減っている。H.23年と同傾向なのだが、松阪高校の不人気と松阪商業の不人気の関係ってなんだろうか。もう少し詳しく見てみたら、商業のコース別の志願者数も非常にH.23のものと似通っていた。全般に定員割れを起こしているが、国際教養が定員割れしているのが特徴か。つまり大学に行きたくないという生徒が多いということか?やっぱり今年の中3は全体的に勉強したくない雰囲気なのか? この公立高校の志願者数の合計が984人。今の松阪市の中学3年生がざっと1400人くらいだから残りの400人強が三重高校などの私立に流れ込むと推測される。(きちんと調べてない)三重高校の定員はそれを超えているので・・・やっぱり松阪地区は受験が選抜として機能していないなぁ。中学校側の進路指導できちんと?公立、私立の振り分けを行えば「15の春に泣く」生徒はほとんどでないんだなあ。詳しくは三重県教育委員会HPを見てください。
2015.01.25
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もともと、私はコミュニケーションが苦手だ。建設的な会話ではない雑談というものが苦手なのだ。指導者として、それはどうなんだろうとは常々思ってはいた。最近中3に対して私の言葉が響かない。そして、ある人から意見されたくないというようなことを言われた。そういうことがあって話し方を意図的に変えてみている。一応、こんなサイトとか参考にしながらやっているのだが、意見をはさまない、問題を解決しようという方向に向かわない話し方は予想以上に難しい。同調するだけで、会話が続くっていう感覚がどうにもつかめない。同調だけでもダメなようで、そこら辺のバランスがわからない。「あーね。」や「それな。」がうまく使えるようになりたい。
2015.01.21
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れいめい塾のブログによると、某塾ではこの土日に私立高校受験対策の特訓が行われていたようだ。そのお値段、3万円也! 土日の授業でお金を稼ごうとも思っていない当塾的な見方をすれば、「高~~っ!」てな話だが、見方を変えれば、この土日にそれだけの価値を見出す保護者さん、生徒さんがいるということだ。この時期の週末2日間を充実して受験対策に充てることができるのならば3万円は惜しく無いと思う人達がいるということだ。 さて、君たちはどうだったのだろうか。
2015.01.20
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三重高校入試まであと2週間を切りました。中部台公園入り口のサークルK様で、英語発音問題対策のプリントを配布しています。 最終チェックなどにお使いください。
2015.01.18
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K46さんがやってきた。なんとか2種に続いてなんとか1種とかいう資格もとったらしく次は消防設備士の資格をとると言う。久しぶりにインダクタンスだの、位相差だのを考えさせて頂いて若干頭が痛くなった。 その後、K46にしては珍しく、松阪工業高校を目指す中学生に実際に電気設備系の仕事をしている立場から、仕事ができるできないとはどういうことかを話してくれた。ありがたいね。
2015.01.16
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ここクリック!思わぬところで話題もといお題になってる…。
2015.01.10
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1月5日、また年をとったらしい。「死を思え」直接的にこの言葉を教わったわけではないが、私が高校生の頃、父から学んだ言葉だ。学んだといってもその当時に理解したのではなく、父の言動がそういう意味を持つことがわかってきたのはずいぶん後だ。とは言え父の言動のほとんどが肯定できるわけではなく、本当に大嫌いな父であったが、死んでしまって自分の身に被害が及ばなくなってしまえば、尊敬すべき点しか思い浮かばなくなっている。少なくとも理想に自らを近づける実行力という点では、私は父に未だに遠く及ばない。小さな頃に見た広く大きな背中はいまだに私の前に懐かしく優しく立ちはだかる。私も父のように死という人生最大のイベントによって、せめて関係した人たちに、なにか影響を与えることができるだろうか。そんなくだらないことを度々考えた1年だった。今年度もあと少し。本当に空回り、空回りの年度だった。私の声はどこにも届かず、地雷を踏みまくり、満身創痍。墓穴を掘ったなら死んどきゃ楽なのに、憎まれっ子世にはばかるで死ねそうな気配すらない。死ねない以上、死に希望を見出すよりは今できることを精一杯やるしかない。直接声を届けられない以上、読んでもらえようがもらえまいが、嫌われ憎まれることを恐れずここに記そう。それがたとえ声にならない叫びであっても。夜中にひとり手酌でこんな記事をあげるから、このブログは宣伝にすらならない。それでも私には心にもないことは書けない。私は聖人君子にもメンターにもなれない。ただの「鹿をさして馬と言う」だけの簡単なことすらできない馬鹿にもなりきれない馬鹿だ。FBで友達承認すら拒絶された夜に、「世情」を聞きながら。
2015.01.06
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