2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1
「たけしの日本教育白書」がまたやっていました。2005年から始まって、これで4回目のようです。私はだいたい全部見ていると思います。このブログで過去にも取り上げています。http://plaza.rakuten.co.jp/gakkodx/diary/200611170000/http://plaza.rakuten.co.jp/gakkodx/diary/200711040000/番組中のビートたけしを見ていると、昼のTV番組「新伍のお待ちどおさま」(1985年~1990年)に出ていた晩年間近の横山やすしを思い出してしまいます。あの頃、山城新伍によいしょされて横山やすしは番組中で自分の奔放な生き方と、自分の放任主義の教育方針を素晴らしいことでもあるかのように何度も話していました。結果、息子は大事件を起こし、一線から退かざるを得ない状況になってしまいます。自分自身も奔放な生き方をしたあまり、破滅的な晩年を過ごす羽目になってしまいました。無責任と正義をミックスしたようなトークが繰り広げられていたような記憶があります。TVも悪くなったなあと、苦々しい気持ちで見ていたのを思い出します。たけしのトークが、あの頃の横山やすしに似てきているなあと・・・。自分がいかに天才であるかということを話したくてしょうがないみたいで、自分の受けた教育や自分の教育観を番組の流れそっちのけですぐに語りだす始末です。まともに話し始めても、いつも話は逆説的であり、焦点が定まりません。一つの問題に話が定まらず、深まることのないままに話が流れていきます。毎年、これです。せっかく、ソフトボールの上野選手が出てきたり、けっこう著名な教育関係者が出てきたりするのですけれど、どうしてもバラエティーの方向へと持っていく必要があるらしく、たけしや爆笑問題がいちいちちゃかす、ちゃらける。せっかくいい話もあったのに残念です。上野選手の母親がしつけに厳しかったそうです。母親がお茶を出したときに上野選手が「いらなあい」と言ったら、母親は「まず『ありがとう』、そのあと『悪いけど今はいい』でしょ」と言い直させる。という話がありました。基本的なものの考え方をきちんと教えることがあの上野選手のメンタルな強さを育てたのだと感心しました。それなのに、そんな所にはあまり深く触れずに、お父さんと中学(1年?)生ぐらいまでお風呂に入っていたという話にばかりこだわる(お風呂で野球談議をする習慣があったからのようです)。お笑いのトーンが強すぎて、単なるお笑いバラエティになってしまっているような気がしました。番組の終盤には、特別ゲストとして、石原慎太郎、東国原英夫、橋下徹と、有名どころを持ってくるんだけれども、これも、なんだか教育の話と関係あるのかどうかわからなくなってしまう方向になることが多く、そもそもこんな人たちを呼ぶ必要があったのかどうか疑問です。番組の最後に、まとめを振られたたけしが、「あまりにも聖職者と呼ばれる人たちを我々(たぶん一般社会の意味)が足を引っ張ってきてしまっているのかもしれない。再構築が必要。」といったような意味の話をしていました。たけしも、全く分かっていないわけではないと思います。だったら、この番組中で、すぐにちゃかしたりすぐに自分の話に持っていったりをしたりするのをやめて、まずは人の話に真摯に耳を傾ける姿勢を示してほしかったと思います。聖職者の足を引っ張ったのを「我々」と言っていましたが、たけし自身に相当、足を引っ張ってきた責任があると思います。 放送倫理が検討され、テレビもここ数年は少しは良くなってきているような気もするものの、どうしても数字(視聴率)に左右され、良い番組作りができていないように思います。この巨大メディアがどれほど多くの人々に影響を与えるものであり、責任がある筈の仕事であるのかを、それこそ私たちは再構築を試みる必要があると思います。
Nov 29, 2008
コメント(2)

駅前の歩道橋で誰かがレミオロメンの「3月9日」を歌っていた。19時30分、もうそうとう寒い。生ギターを押さえる指もつめたかろうに・・・3人ぐらいが聴いていた。聴いてる方も、寒いだろう。私はちゃんとは聴かなかった。あんまり上手じゃねえなあ。 歩道橋を渡りきってから早足を止めて、少しだけ立ち止まった。 いい曲だよなあ。 この半年ほどの間に、何人かの(職場以外の)人にお出会いした。だんだん職場での出会いしかなくなってきているここ数年にしたら、珍しい。今日も、お二人。中には、ひとまわり、ふたまわりも年下の人とも。素敵な人ばかりです。 日本のあちらこちらに、私より若い人がたくさんいて(もう、アラフィフなんだから当たり前なんだけれど)、がんばっている人がたくさんいる。捨てたモンじゃない。私もしっかりしなくちゃ(お前こそがんばれ>>俺)・・・ Wonderful 不確かであれ&Beautiful 不自由であれここでいいって君が笑ってくれたらWonderful 限界はない&Beautiful どんな小さな幸せも見つけ出し光で照らし出すよ(Wonderful&Beautiful : レミオロメン) 「風のクロマ」レミオロメン なんとか、やっていけるような気もする・・・
Nov 20, 2008
コメント(9)
麻生首相が、小渕内閣の政策を踏襲(ふしゅう)して、未曾有(みそゆう)のばら撒きをするも、自治体市民からの問い合わせ電話に頻繁(はんざつ)に対応しなければならないはめになってしまった。この手のフレーズ、いかにも飲み屋とか雑誌や新聞のコラムとかで、使われてそうです。私も漢字に関してはオバカ派ですが、上の3つは何とか間違わない、と、思います(笑)。 手厳しい批評で知られるコラムニストの勝谷誠彦氏は定額給付金について「バカ炸裂の政策。国の金をバラまいて、(政府ぐるみの選挙買収なんて)法治国家じゃない」と憤慨したそうです。↓http://www.zakzak.co.jp/top/200811/t2008111402_all.html ・・・お金をもらえるというのは、私も単純にうれしいです。しかし、喜んでいる場合でもない。私よりずっと裕福な人が私と同じだけ貰うことには何だか腹が立ちます。反対に、私たち公務員が平均的な給料を貰って平均的な生活を送っているのであれば、もっと苦しい生活を余儀なくされている方々のことを思うと、そんな金を貰っていていいのかとも思ってしまいます。経済的に苦しい事情があるわけでもない人が、こんな政策を本気で喜んでいるとしたら、ちょっと不思議な気がします。みんな、どうなんでしょう??もっと使うべき用途、上手な使い方があるはずです。やめろの大合唱にはならないのでしょうか??それにしても、人から集めたお金(血税)を使ってこんなに安々、堂々、平然とばら撒きをやってしまう政府って、いったいどういう感覚なんでしょうか。きっと他の分野でも私たちの分からないところで、平気でガンガンばら撒いている場合がたくさんあるのだろうなあ・・・と、思ってしまいました。多分、そんなんなんでしょう。
Nov 16, 2008
コメント(4)

祝・優勝!2008年の日本シリーズは西武が制した。久しぶりに面白い試合が多かった。1980年代の西武-巨人は「金」対「金」で、西武が巨人を上回るような展開であった。あの時も、それはそれで面白かった。王者巨人をやっつける新興ヤングレオの破竹の快進撃は見ごたえがあった。ところが、1993年にFA制度が導入され、長嶋第二期政権以来、巨人は他チームの主力を引き抜いてきた。これに対し、1994年、その長嶋巨人に敗れて森政権が幕を下ろして以来、西武は弱体化を続けてきた。1994年は堤・元オーナーが見放すような形でシリーズが終わり、以降もオーナーは球団への興味を失ってしまったような態度。清原・工藤・豊田も元西武の代表選手でありながら、巨人に渡ってしまった。ラミレス・小笠原・クルーン・谷・豊田・李・グライシンガー・・・今年も巨人は他球団から寄せ集めてきた超豪華メンバーだった。 今年の西武の先発メンバーの野手の合計年俸が李一人分程度だそうだ。今年のシリーズを見ていて、西武の選手が「野球が楽しい」と感じているように思えた。それは、1980年代の若さが溢れていた頃「工藤・渡辺・清原・辻・・・」の時代を思い起こさせる。当時とは違って、オーナが逮捕され、球団名は変わり、資金は潤沢ではない。それでも、「野球っておもしれえ!!」 そんなムードがあった。そういった想いは、どのスポーツにおいても、何をやるにおいても、原点であるように思う。 1986年の日本シリーズに関しては、番外編をご覧ください。
Nov 10, 2008
コメント(3)
全4件 (4件中 1-4件目)
1

![]()