予想外の出来事、というのは、
予想をしなければ、出会えませんね。
単なる知識の詰め込みでは、予想外の感動は味わえません。
そして、その予想は、主体的な問いかけであればあるほど、
効果は高いですし、
別の予想の子との、対立関係があれば、あるほど、
問題点が鋭くなってきます。
そして、説得するための道具が欲しくなります。
そこで登場するのは、原理原則です。
自由に思考させればいい、と言っても、
一般的原理や、基本概念を使わないと
自由に奥深くは考えられないことに、気づかされます。
それらを、論理の筋として使って
議論のバトルをすると、
実験は、格段に深い、哲学の世界、宇宙の神秘にタッチするまでになります。
科学を学ぶ醍醐味の一つは、
予言能力の増大です。
「こういうことが、原理だとすると、この場合にもあてはまって、こうなるはずだ」
ということです。
つまり、仮説力です。
この力は、通常の授業では、育成することが難しいと思われます。
問題集を解くプロセスでも、いくらか使うことは使いますね。
でも、仮説力そのものを鍛えることを目的としていませんから、
一足飛びに、結論に行ってしまいがちです。
さらには、この仮説力は、人生観にまで触れるのです。
ある子どもの感想文です。
友達の予想に引きずられて、予想変更して、結局間違ってしまった子の文章です。
「いくら敵側が、反対意見をだして、うるさくとも、
自分が正しいと思ったことはらりとげることだ。
自分は操り人形ではない。
やりとげないと、人に支配されるようになってしまう。
弱いものはしっかりとした人間になれない。
自分が正しいと思ったことは、
一人になってもなるべきやりとげようと思う。」
逆にこういう感想文もあります。
「ぼくは、はじめの意見を変えなかった。
さあ、じっけんだ。じっけん!
やっぱりぼくが後から考えたとおりだった。
ぼくはまちがえた。
やっぱり人に、きたない、と言われても、
人の言うこともとりいれるべきだと思う。」
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