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トラママの暮らしているホームは、民間の高齢者賃貸住宅。外見は普通の一軒家で、一階にリビングダイニングやお風呂などがあり、お食事はそこでいただく。一階に三室、二階に五室の個室があり、その一部屋をママさんが借りている。ママさんのように一人で暮らすことが難しい高齢者であることが入居の条件で、二十四時間ヘルパーさんが必ず一人はいてくれる。お食事の時間帯やお風呂の時は、ヘルパーさんが別に入られるので、二人体制だったり三人体制だったりする時間帯も、ある。同じようなスタイルのお家が、ママさんのお家のそばに三件と、阪神間に数件点在していて、同系列のデイサービスに集まり、10時から3時まではデイサービスとして過ごしている。だから、介護保険の適応としては在宅介護。ママさんの住まいの傍にある別のホームには、個人の内科病院が併設されていて、本来は、入居者はそのお医者様が主治医になるらしい。うちは以前から通っている大学病院の精神科のお医者様を変わらず主治医にしているけどこれはママさんにアルツハイマー以外での健康問題が基本はないから・・・毎朝、その医院から看護婦さんがやってきて、いわゆるバイタルチェックがあり、健康管理をしてくれる。お医者様はお昼の休診時間にそれぞれのホームを回って、健康状態のチェックもしてくれる。そういう意味では意外といろんなニーズに応えてると言える。ママさんが暮らし始めた二年前には、満室だったのだけど、入居しておられる方はママさんとは一回り年代が上のaround90の方ばかりだった。高齢者なりの認知症はそれなりにあって、同じことを何度も言う、だとか、忘れるだとか、その程度のことはあっても、基本はみなさんしっかりしておられて、ただ、お身体が不自由と言う印象だった。ママさんは、その中で一人若いけど、アルツハイマーで、なんだかやってることが危なっかしくて・・・周りの入居者さんが示唆してくれたりで、どうなるかなと思っていたけど案外おばあさんたちの刺激になっていたりもした。あれから二年たち、around90だった方も、over90になり・・・だんだんと入居している方が減ってきていて心配はしてた。次々に体調を狂わせて入院なさる方が相次いで、戻って来られる方もあったけど、そのままお帰りにならず、亡くなった方もあると聞く。ホームで亡くなった方はいないのだけど・・・そんなこんなで、最近はママさんを含めて三人になっていたんだけど、ママさん以外のお二人が、先週相次いで入院してしまった。お一人は誤嚥性肺炎、お一人は持病の心臓病の悪化と、聞いている。入院なさって落ち着かれたとかで、お二人とも戻って来られる予定と聞いてはいるけどさしあたってママさん一人になっちゃった。。。。まぁ・・・普段から他の方はまだしっかりしているので自室で本を読んだりテレビを見て楽しむことができるらしく食事時以外は自室で過ごしておられるので、ママさん自身の日常に大きな変化はなく、むしろヘルパーさんと一対一で、相手をしてもらえるという利点?もなくはないけれどこれで・・やっていけるんかなぁ・・・一件だけではないので、他のお家がどうなってるかわからないけど・・・・以前にも数人の見学の方や体験入所の方があったけど、しっかりしすぎている人は一人で出かけてしまって、無理だとか言う話もあって結局入居に至らなかったみたいだった。ママさんと話の弾んだ方もあったので、残念だったけど仕方ないよね。ここ、費用は姑の特養とさほど変わりない金額。もともとは、パパさんと二人、やっぱり少しでも私の自宅に近いところと考えて、探している時に見つけたホームでパパさんと同室と言うわけにはいかなかったけど、二人で一緒に入れる候補でもあった。パパさんの病状に対する不安があって、結局実現できなかったけれど、パパさんが最後の入院をした時にはもうそれまでいた施設に戻ることは無理と思えて、入院が長引きそうなら、ママさんのみ移転することも考えて連絡をとってはいた。不備な点もなくはないけど、そこは私が通ってカバーすればいいと思えて今のところに二年目だけど欲を言えばもっと近いところが望ましくもある。どうしようかなぁ・・・終の棲家・・・これでいいって思えるところってなかなかないもんだなぁ。余談ながら、二年後に、姑の今いる施設が別のところに特養とグループホームに加えて、ケアハウスも併設と言う施設を作るんだそうだ。今のままならママさんはグループホーム向き。姑は希望すれば優先的に新しい特養に移れるらしいし、舅も今とさほど変わりなければケアハウスでお世話になって・・・三人一か所でそれぞれって・・考えなきゃいけないのかなぁ・・・舅と姑はともかく、ママさんは別のところの方が気分的には良いんだけどなぁなど、思いは尽きないのでありました。阪神間でどこか・・とお考えの方、状況によってはお勧め物件ではあります。マジでご質問などおありの方は、メッセージ欄からご連絡ください。m(__)m・・・・・セールスみたい(*^_^*)
2009年06月29日
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姑はこの数年要介護者になってから、衣服も本人の動きやすさや、着衣脱衣の介助が受けやすいデザインの、施設でのまとめてのお洗濯に耐えられる素材に限定されている。以前にも愛ゆえに、サイズが合わなく好みではない色の値段だけは高額コートを姑のために購入したPさんは、自分が着せたい?と思うのか、色っぽいシースルーだったり、フリルだったりのお洋服を買ってきたりしていたのだけど・・・百歩譲ってフリルはともかく、80近い婆さんのシースルーってのはどうなんだって話でもあって・・・まぁそれはいいとして(苦笑)ともかく、自宅に置いてある姑の衣類は、もうこの先袖を通すことはないだろうなと、確かに思えるのだけどPさんは、今、せっせとそれらを捨てている。重ねて姑は小さなバックが好きで、大量に持っており、それらも、捨てようというわけで・・・・来月、姑の施設でバザーがある。頂き物の多い我が家では、バザーに引き取ってもらえると助かるかなと思える商品がいくつかあって、Pさんの所にも同じようにある、ので、バザーに出せるものがあれば・・・と声をかけたので、姑の持ち物整理に拍車がかかった。普段から何でも捨てまくるPさんから、私が使うのではないかと思いとっているものがあるとのことで、見にこいと言う。嫁にシースルーのお下がりは、願い下げたく、つまり欲しくない、姑が身につけたものなんか、使う気がしない。姑を天使のように思っている複数の姪がおられるので、その方たちに形見分けとしてもらっていただいたらどうかとは、思うけど・・・私、いらんねん。というか、お下の世話もし、どうかすると素手で便に触れることすらある今になっても姑の衣類やアクセサリーを触ることには嫌悪感がある、まして身にまとうなど、考えられない。いややなぁ・・・仕分けに行かなあかん・・・洋服はともかく、和服関連のものは、どなたもお喜びにはなるまいと思われる昨今、とりあえず置いといて、売るか・・・それにしても、まだ亡くなっていない人の愛用品を、自宅で暮らすことがないからと言って、そんなにサッサと処分できるPさんの愛は、私には限りなく理解できない愛でもある。姑はこの先、暮らすことはなくても自宅へ帰って過ごす日があるよ。その時、自分のものが何にもない家って・・・・どうなんだろう・・・まぁ、モノより愛なんだろうね、僕さえいればええやろって、実際この前言ってたし(-_-;)昨日、いつものデイサービスのあと、Pさんを姑の所へ連れて行くと、最近、それらの姑の身の回りの品整理に時間がとられて、足が遠のいていたPさんは、先週から一週間のご無沙汰でそれを何か察知しての言動なのかはどうかは不明ながらも、姑の部屋に入ろうとすると激しく姑から拒否されたのであった。「パパ、ここは女性用のトイレだから入っちゃだめよ!」珍しく必死で止めた姑。全室トイレ?和室付きのトイレってこと?(笑)「男子禁制なんですか?」と聞いてみると「そうなの!」と姑の強硬なお返事ではあったもののPさんには全く聞こえておらず、「そうか、さみしかったか~」と、満面の笑みで慌てた風情の妻を見つめるのであった。わかっちゃいないめでたし。
2009年06月26日
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んなわけで(一つ前の日記よりつづく)トドの塗り壁変身の術でトラママのご機嫌を伺い帰宅すると塗り壁が熱を発しておりました。これまたえらい迫力で…赤壁?(^w^)…いや…笑っちゃいけない(^_^;)舌下で38度、耳で37.4度の発熱は高熱?と言って良いか微妙ではあるけれど顔が膿んで、更に腫れてきてる…どこまで膨れるか見てみたい気もしたけれどやっぱり歯医者さんにいかないと…ってことで調べてみたらなんと年中無休の歯科医が見つかり、急いで連絡をとり、見ていただいたのでありまする。どうやら最初の処置の段階で、バイ菌が歯茎に入ったものらしく、大量の膿を吸出していただくと、すっかり元通りではないものの、ずいぶん萎んだトドの顔面右半分この時点で元のサイズを思い描きにくくなってしまった私。( ̄・・ ̄)いずれにしても、膿を吸出ししていただいたおかげで、やっと進行は止められたかに思えて、一段落。週明けの火曜日には、7月の舞台の下稽古も予定されておりそのためのお稽古をするはずだった日曜日が稽古にならず月曜日1日なんとかお稽古をして翌日に挑むため心の中では爆笑しつつ、献身的に夫を支える妻のふり飴な生活の数日でした。自分の痛みには極端に弱いトドは月曜日に予定していた姑の通院よりも毎週恒例の姑の泌尿器科往診に立ち会うよりも、自分のサポート最優先でご満悦です。ったく、体はデカイけど、肝っ玉の小せい、ケチな野郎でゴザンス。腫れ時々飴飴の次は鞭?(^_^)v
2009年06月25日
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かれこれ10年ほったらかしていたトドの奥歯の詰め物が取れたところこの春先から知覚過敏っぼい痛みがあり時期を同じくして、最寄りの駅前に夜9時まで診察してくれる歯医者さんができたので、先月から通いだした。遅くまで開業というのが受けたのか、予約が取りにくく、中々治療は進まなかったけど先週の火曜日に、やっと新しい詰め物が入り、一段階かと思いきやその夜から、尋常ではない痛みで、トドは夜寝られなくなった。翌日水曜日はなんとか仕事をしたのだけど、その日も眠れず木曜日の昼には、痛さを訴える電話があって治療中の病院に連絡取ってくれ、と言うのだけど木曜日は休診。仕方なく、あちこち聞きあわせ、木曜日に診察してくれる歯医者さんを探して、仕事の後で送り届けた。お医者さん処方の痛み止め等もいただき、落ち着くかて思いきや…金曜日の早朝から四国に出稽古に出かけたトドはお稽古の途中からみるみる顔が腫れて、えらいことになった。お弟子さんたちに無理をお願いして、お稽古場所近くの歯医者さんに駆け込み、ともかく応急措置をしてもらったのだった。そんなこんなで日曜日の朝、空港に迎えに行くと右半分がいつもよりデカイ顔只でさえデカイ顔が、右半分だけとはいえ、さらにデカイ笑っちゃいけない…と、思ったんだけど、笑える…いや…笑いはしない、とりあえず堪えた。日曜日だし、歯医者さんはどこもお休みだろうし…痛みはおさまらず、顔の腫れている所は熱を帯びて、そこはかとなく不気味な様相を呈している。念のため熱を計り、平熱でほっとはしたけど、病状は落ち着く方向に向かうようには見えず、進行中に感じられ…実家近くの幼なじみ弟君の歯科に、電話で様子を告げて、指示を仰いだ。一つの判断ポイントとして、発熱があるとのこと平熱のままなら、月曜日まで待って最初の歯科へ行くのが良かろうとのことで、とりあえず、昼食に(この状態でも食べる)ざるそば所望で完食し、睡眠不足でもあることだしで、トドは午睡に入った。その隙に私は夕食の買い物を兼ねてトラママの所へ出かけ「トドの顔が腫れてさ~妖怪塗り壁みたいになってんの」などでご機嫌を伺い。なにを連想したのかは定かではないけどママさんにバカ受けた。to be continue
2009年06月24日
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母親が特養でお世話になっていようと、父親がデイサービスやヘルパーさんに支えられて生活している現在になっても介護の周辺者にすぎないトド。母親のトイレ介助一つ、今だにできないままでいる。このところ、姑は月に一度の割合で、体か極度に傾いたと思うと翌日から二日ほど8度を越す発熱がある。尿路感染を疑われているけど、そのつど抗生物質の効果があって、二日ほどで熱は下がり落ち着くため泌尿器科の往診をして下さるお医者様は尿路感染ではない、とおっしゃっている。基礎疾患とお医者様が言われる脊髄小脳変性症が影響しているのかどうか、施設のお医者様では判断できないと仰る。普段通院している脳神経科も、良く調べて診察をして下さるけれど、この病気の専門家というわけではない。今いただいているお薬を開発したチームにいらした、という専門医が、車で一時間ほどの町の病院におられることは以前、保険所の勧めて受けたその先生のセミナーに出席して知っており一度診察を受けるべきよね、と言う話をトドとしてから何年になるだろう・・・・尿路感染を施設が疑うのは無理はなく便が柔らかくなるお薬、と言うものを処方されている姑は、排便時、運よく(駄洒落に非ず)トイレで用をすませ、ウォシュレットで洗い流しているはずなのに、排便後のトイレ介助で、尿取りパットに便の残りかと思えるような着色などが見られることは多い。介護スタッフの怠慢というわけではなく、排便後の残便?私が訪ねている間のトイレ介助は私がやるので、改めてその時に綺麗にするのだけど、その後また、付着していることもあるようでつまりは緩すぎるってことではないの?とも思うけど便が滞るよりは良いと思うのか、今に至るまで変わらず「カマグ」を食後に服用している。発熱時は発汗も見られるためか、便が硬くなる傾向にあって、それはやはり水分不足ではないのかとも思うけれど介護スタッフによれば、1Lは飲んでいるとのこと。。。。吸収力も弱まっているのではないかと思えるので、重ねて飲ませたいと思うけれどさほど長く滞在するわけでもない私にはいかんともしがたく最終的には点滴などお願いします、ということで、頭を下げて帰ってくる。トドはその都度、私の報告を聞き「おふくろも長くないな・・・」とのみ長くなくていいなら、あまりあれこれ考えることもないな、と私は思ったりする。姑は発熱で横になっているときでも、普段でも、私が傍にいるときが一番くつろいでいると、私は介護スタッフにヨイショされておりそれはヨイショだけでなく確かにその通りで、もともと自分から他人にコミュニケーションをかけるタイプでもない姑の場合、ぼんやりテレビを見ている横で、私がたんすの整理をしていたり、トイレや洗面所を掃除していると、その存在を感じて落ち着くらしい風情は確かにある。でも、必要最小限の時間しか、私は姑のところには滞在しない。持ち運べる仕事を持って、ママさんの所へ行くことはあっても、姑のことろでそういう時間の過ごし方はしないと決めている。この辺が実介護と義理介護の違うところとも、思いつつ。。。トラママと姑は同い年、二月生まれの姑と、四月生まれのママさん、ともに体力の衰えは感じるところでも、なるべく穏やかに長く過ごしてほしいと思うママさんへの気持ちと実子自らが長くない、とあきらめモードの姑への対応は、自然違うものになりがちPさんに関しても同じだ。私の祖父は、100歳まで生きたけれど、88歳の時に連れ合いを亡くした。祖母が亡くなった時、私たち家族は祖父の家とは小一時間離れたところで暮らしてたけれど毎日、母はお昼ご飯の準備に間に合うように祖父の所へ食事の世話に出かけ、夕食の準備をして夕方に帰宅そのあと仕事帰りの父が祖父と夕食をともに取ってから自宅へ帰ってきていた。冬になり、暖房を使う心配やらがあり、泊まる?と言う話が出た時、それは河童が高校受験を控えた中学三年生のときだった。地域の公立高校への進学を決めていた河童は、特に進路先に問題があるとか、相談が必要と言う状態ではなかったけれどその時期に父親が不在と言うのはいかがなものかと言う思いもあって当時すでに勤めていた私が祖父の所で生活をする、と申し出た。といっても昼間は勤めていていないわけだから、相変わらず母がお昼ご飯に間に合うようにやってきて、夕食も準備しておいてくれて。。。。残業を断り、仕事を持って祖父の家に帰り、母が準備してくれている夕食と整えて祖父と食べ、入浴や寝支度を手伝い、普段いびきのうるさい祖父がまれに静かに就寝している時は、「死んだ?(@_@)」と思って鼻先の呼吸を確かめたりもし朝ごはんを祖父と済ませてから出社する、という生活を送った。夏の終わりに祖母が亡くなった翌年の春、私たちは祖父の家から徒歩で10分とかからない場所に引っ越しをし伯母も東京から関西へ仕事を移して戻ってきてくれて。。。つまりすでに成人だった私も含めて、祖父の生活を家族みんなで支えてきた。Pさんは、来年、祖父が祖母を亡くした年になる。先んじて昨年から一人暮らしになっているPさんだけど、やはり毎日の生活は危なっかしいことの連続と言っていい。でも、トドは泊りにいくとは、言わない。どころか、夕食を共にすることも、自分からは言わない。だから私も、放置してるけど。。。。。本当はそれじゃいけないんじゃないのかなぁ~ってわかってるんだけどね。Pさんに関しては、多少、不快さを抑えてでも、今の生活が続くようにもう少し顔を出すほうが後々のためにいいと思うんだけどね。。。不規則な仕事でもあり、毎晩夕食を共にするなどということは、とても無理と、確かに言えなくもないけれどいろんな形でご両親の介護をしておられる同業者も増えており、トドの対応は生ぬるいのを通り越して冷たくもある。そのように、育てたご両親なので仕方がないとも言えるけど・・・そろそろ夜、Pさんのところへ泊りに行ってくれないかしら、ねぇ( 一一)私も助かるし(^^ゞ←本音。
2009年06月17日
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今日、ママさんの所からの帰り道、買い物を済ませて家に向かいつつ、飲み物を買い忘れたことを思い出した。午後の紅茶、トドが好んで飲んでいて、入院中のパパさんに勧めたら気に入って、パパも好んで飲んでいた。切れているから買い物のついでに買おう、って思っていたのに忘れた。。。途中のコンビニに立ち寄り、買いに入った。飲み物の棚、1.5Lがあれば欲しかったけど、1Lのボトルしかなく、それを購入した。つもりだった。家に帰って驚いた。午後の紅茶だと思っていたボトルは、確か隣に並んでいたブラックコーヒーに変身していた。いや、変身したわけじゃなく、要するに私が間違えた。なんだこれ???ペットボトルに手を伸ばした時に、コンビニの隣の棚から不意に缶ジュースが転がり落ちた。バックヤードで店員さんが補充作業をしていたらしく、慌てて裏から出てきた店員さんが、「失礼しました」と声をかけてきた。そんなこともあったとはいえ私は甘みのある紅茶より、ブラックコーヒーのほうが好き、と言うことも否めないとはいえレジでお会計をしているときにも、私は確認していなかったということなのか・・・我ながら、唖然呆然。なんか、やばい遺伝子を感じて、限りなく不安。そして今日もママさんは平和に暮らしておりまする。金曜日にいつもの通院があるため、デイサービスのお休みをお願いしていたら、「どこか行くの?」と聞いてきた。「ママも行くんだよ」というと、「あら、そうなの~」とちょっと嬉しげだった。行く先は病院で、診察していただいてお薬貰いに行くんだけど・・・(笑)美味しいもの食べて、午後は実家でお風呂に入ろうね。そして私は・・・このところなんだかうっかり忘れてることが増えていて、非常にやばいです。忙しいから・・・と言えないような気がして・・・・怖いよ。8分半に及ぶ「俵星玄蕃」をほぼ完璧に覚えられるということは、記憶力はまだ確かってことなんだろうか(-_-;)とも思いつつ・・・・
2009年06月17日
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五月の連休明けに仕事の打ち上げで知人が披露したカラオケに触発され以来トドは「三波春夫の俵星玄蕃」に嵌まっている。御要望によりCDショップで件の曲を手に入れ、日夜の送迎時に車の中で聞いておりさらなるご要望にお応えして、動画も見つけてしまったので、トドはご満悦で夫婦円満?(-_-;)この際だから、上機嫌に乗じて、新車に乗り換えることにした。走行距離も130000を超えていれば、日産さんも盛んに新車をアピールもしておられるし・・今の車は、父のため、もあって選んだ車種だったので、愛着も思い出もひとしおだけどいつまでも乗っていられるわけでもない。ママさんが私の車に乗る時は、おおむね助手席に乗るので、乗り降りの困難さはさほど、ないママさんも姑も小柄なので、座席の位置や車が変わることによって乗り降りの困難さが変わることもないけれどPさんは決まって後部座席に乗るので、今の車では確かに狭い。家族の状況によって車も変わる、移動手段なんだから仕方ない。愛着も思い出もあるけど、それはそれ、割り切って新しい車種を選んで、トドに了解を取った。6月半ば?には新車が来ることになった。ま、それはそれとして「三波春夫」私は演歌はもともと苦手だし、特にこの方を嫌いと言うわけじゃないけど愛車のBGMに「三波春夫」はどうなんだ?って思っていたのに始終流していると・・・・「いいかも?」と思ってしまった。「俵星玄蕃」をそらんじて覚えつつある自分が怖い
2009年06月02日
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