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とうとう・・・こんなことになってしまうのか・・・((+_+))Pさんちのマンションはほとんどが3LDKで、各階エレベーターホールの両側2件が4LDK。これまで、売りに出ていたり、賃貸に出ていた物件はすべて3LDK、トドは4LDKの物件なら・・とこれまでは転居に積極的ではなく、ある意味助かってもいた。それでもPさんは先日の誕生日で満87、放っておいていい年齢ではなくなってもいる。だから・・・同じマンション内に居を移すこと自体は、ある程度仕方ないかなと思いつつ来年できるというケアハウスへの入居を勧めたい気がしていた最近の私。なのに・・・でたのよ、売り物件。しかも、築年数からすると考えられない割高設定。売主強気の金額設定は、今年の春からのマンションの外装リフォームを終えた今だからかもしれないけれど実際は築30年なんやで~~~っ!!床下の配管なんか、ボロボロなんやぞ~~~~!!しかも、広告にはリフォーム済と書いてあったけれど、今日見せてもらうと、実際には掃除したのか?と思えるほどの汚さが残っている状態。えぇ~~~これであの値段?(@_@)と思ったけれど、買うのはPさん。出してくれるんだってさ、というか、相続対策?らしいよ。。。相続ってことなら、私個人は関係ないので、トドが了解ならそうすればいいって話で非常に損な買い物だと思うけどね。値段交渉に入っているけど、信じられないくらい売主有利な交渉額だし要するにトドは買ってほしいってことなんだろうあの部屋。Pさんは、ここなら毎日のぞいてもらえるし、なんて言ってるけど、それはトドの役目にしてもらおう。甘え体質のPさんだから、最初が肝心だ。何としてもママさんとの時間を確保しなくちゃいけません。そのためには早い段階で一戦交えて、けじめをつけておかなくちゃいけない。考えただけでぐったりだけど、がんばるぞ!Pさんの世話をしないとは言ってない、だけど、ママもいるわけだから、そこんとこよろしくなんだ。そして、誰の親なんだってこと、自覚してもらわないといけない。戦うぞ!と書きつつ現実逃避、失踪したいよ・・・
2009年08月20日
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今日は伯母の誕生日、82歳になった父の姉。昨日、伯母はいつものように娘のお昼ごはんの介護に出かけ、帰る時に「明日誕生日なのよね私」と言ったそうだ。従姉はもう、自分から言葉を発することもなく、身動きもしない、食事も自分では取れなくなって久しく、最近では口を開けることも忘れたかのようで、伯母はそんな従姉の介護の一助になればとの思いから、毎日昼食の介護に出かけている。昨日も、一時間以上の時間をかけて、開きにくい口元に食事を運んで、何とか昼食を終えたらしい。従姉は、「お誕生日」という言葉に反応したのか、伯母の言葉を聞いたとたん、その眼から涙があふれ泣いたのだった。その涙の意味は、良くわからない。従姉が生まれる直前に、病気で父親が亡くなった従姉と伯母は、母娘二人で支えあって生きてきた。伯母とともに東京で暮らし職を得ていた従姉が前夫との結婚を決めた一因には、いずれ関西に帰ってくる伯母の老後を自分が見るという意識が確かにあったことを私は知っている。娘が出産時の事故で障害を得て、伯母がなにくれとなく従姉の家庭に手助けに出向くことになった時も、「ママに心配ばかりかけている」と自分を責めていた従姉。前夫の仕事がうまくいかず負債を抱えて、家族を伴って実家に帰ってきてからは、経済的にも伯母の助けを受けるようになっていた自分を、ずっと責めていた。病気になって、母親や娘に当たり散らした時期もあったけれど、何よりずっと傍で介護をしていた母親が頼りの生活で、姿が見えないと「おかーさーん!おかーさーん!!」と絶叫する日もあった従姉。会話が成り立たない従姉は、それでも私たちの話を聞いて声を上げて笑うことはあったけれど、涙を見せることはなくなっていたのに昨日は泣いたんだ。なぜ泣いたのか、わからないけれどきっとそれは、母親の誕生日を祝えない自分に対する悲しみや、年老いた母親に心配をかけ続けていることへの贖罪や、そんな思いが流れていたのではないかと、思うのだ。従姉が泣いた話を聞いて、たまらなく涙が流れる。何でこんな病気になったんだろう、なぜこんなつらい日を、伯母も従姉も送らなくてはならないんだろう。なんて思っていたら、花水木ちゃん(従姉の娘)から泣き声で電話が入った。「もう会社辞める」とのこと花水木ちゃんは大学を卒業したあと、某有名電気メーカーに就職がかない、本社のある東京で勤めていたけれど障害のある彼女のことを、受け入れて下さらない上司もあって、仕事場は快適とはいえないらしかった昨年の春に新しく転任された部署の責任者の方が、そんな彼女を気にかけて下さって、家族の事情なども聞いて下さった上で、関西での仕事を探して下さって移ってきたのが今年の春。のはずだったけれど、彼女の転勤に関して受け入れて下さったはずの方もまた4月に転勤してしまい春から今までの約半年間、花水木ちゃんは今の職場で仕事らしい仕事をさせてもらえないまま、今に至る。手が震えるという障害があるため、接客の折りのお茶を出したりと言う行為は彼女にはできない。言葉もろれつが回らず声がこもる傾向にあるので、電話の応対にも限度がある。本社にいた時は、そういう彼女が電話口に出ることで、「障害者をきちんと雇用している企業であることのアピール」にもつながる部署でもあったためか、電話での大きなトラブルはなかったようなのだけど今の職場はいわば営業の最前線なので、電話の応対一つにも細心の注意が必要だったりする。そのためか、最初は電話に出ないように、とも言われたらしい。最近になって、電話に出ても良いということになったそうだけど、不慣れなことと、相手も切迫してかけてきていたりする状況では、花水木ちゃんの応対がまどろっこしいということでクレームがついたりしているらしかった。会社にはいろんな仕事がある、お茶を入れるだけだなく、電話に出るだけでなく、彼女にもできる仕事があるはずなのだけど、いかんせん、昨今の厳しい社会情勢もあってか、今の会社には花水木ちゃんを有効活用するために何か考えて下さるという余裕がないらしい。せっかく、意気揚々と関西に戻ってきたものの、仕事のないまま毎日会社に行くのは、苦痛。毎朝、行きたくないといいながらそれでもきちんと出かけていたけれど、今朝の朝礼で、彼女の電話の応対が問題視されるような指摘があって、その際の言葉のやり取りなどから、もうこの職場には自分の居場所はないと、思ってしまったようだった。ねぇ、お姉ちゃん、こういうときお姉ちゃんならどうするの?母親だったらどうするんだろう・・・27にもなったいわば大人の年齢である花水木ちゃんだけど、思いあまって会社に電話をかけてみた。母親ではない親戚であることを伝え「障害のこともありますので、十分にお仕事に対応できないところも多く、ご迷惑をおかけしていることと思いますが・・・」花水木ちゃんには本当にできる仕事が今の職場には全くないというのか、この先、この職場に居続けることはもう無理なのか、「普段の職場での様子もお聞きしたく、家庭内で指導できることがあれば教えてもいただきたい、一度ご相談申し上げたいので、どちら様宛にどのようにご連絡を申し上げたらよいか教えていただけませんか?」運よく電話をとって下さった方は、普段から花水木ちゃんを気にかけて下さっている隣のセクションの先輩だった。「私に預けていただけませんか、なにか方法を考えてご連絡しますので」と言う言葉をいただきお忙しいお仕事中に、プライベートなことでご迷惑をおかけする失礼をかたがたお詫びもし、いったん電話を切った。伯母の誕生日を祝うはずが、花水木ちゃんの我慢の糸が切れた夜になって・・・ママさんの所へ行けず、伯母家の復旧の夜になった。夜になり、先ほどの電話の先輩がお電話をくださって、ともかく明日は出社するようにとのことその時点では感情が高ぶり泣いてばかりいた花水木ちゃんも、そのあとだんだんと落ち着き、明日は普通に出社することになった。ただ、その先輩以外に、彼女を理解してくれる人はいないと、本人は言い。仮に私が乗りこんで、何か職場の体制が変わっても、もうあの会社で仕事をするのはつらいという。周囲の人に対して、不信感を募らせていることがわかる。これ以上、花水木ちゃんを追い込みたくもないけれど、職場はいつもどこも、ルンルン、ばかりではない、だからどこへ行っても、辛いことは多少はあるよ。ただ、花水木ちゃんの年齢でもうはや窓際族扱いはないよね。。。とも思う。ずっと仕事を与えられない状態が続く中、花水木ちゃんは彼女なりに、この先のことを考えていたので少し前から医療事務の専門学校にも通い始めているし、公務員試験を受けることも考えている。とはいえ、いずれも仕事にすぐにつながるかどうかは・・難しいと私は考えているけれど辞めてみるか会社、今まで確かに良く頑張ったけど・・・花水木ちゃんは障害があり手帳も持っているけれど、一応自立できているということで年金は切られている。家もあり、今は伯母もいて経済的にすぐ路頭に迷うことはない。でも・・・これから先の長い人生を、どうやって生きていく?今の会社は子会社とはいえ、もとは一部上場の大きな企業。名前を言えば誰もがわかる企業に勤めていることは、お沢庵(花水木ちゃんの弟)の賃貸マンション契約の保証人になった時にもそうだったように、社会的に信用があるということになるよね。病気になるよりはいいけど、これからの彼女の行く末を思うと、簡単に「辞めていいよ」って言いにくい。お姉ちゃんならなんて言うんだろう、母親ならこういうとき・・・どうするんだろう・・・母でもなく娘でもない私が同席して、それでも伯母の長寿を願い、誕生日を祝った。少し落ち着いた花水木ちゃんは、明日は出社するという。伯母に「今日はこれから良くなるきっかけの日に、なると良いね」とあてのない、慰めにもならない言葉を残して帰ってきたのだった。自分の無力に泣ける。
2009年08月19日
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忙しさを表現するのに「盆と正月が一緒に来たような」と言うよね、確かに。 この数日、何時もにまして忙しい私を見て、トドが言った。 「盆と正月が一緒に来たみたいやな」 世の中の祝日とは違う勤務体系のトドは、季節の行事にも疎い。 只今の期間を一般的には「盆」ということを完全に失念しているのを確認したので だから今は「盆」だし、正月はまだであることを伝える。( ̄・・ ̄) と へぇ~~ だからか~ トドは妙に納得しており、私は妙に疲れる。( ̄・・ ̄)
2009年08月13日
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先月半ば、舅(Pさん)が出先で鍵を取られた!と連絡してきた。つまり自宅に入れない!と言う訳で、預かっている鍵を持ってPさん宅に出向いたところ、最近交替なさったマンションの管理人さん(去年替わったばかりなのに)が教えてくれたらしく、鍵の業者さんを呼んでおり、鍵を持って現れた私を見て、業者さんは目が点。…なんの為に呼ばれた?…な風情のなかともかく家に入り…盗難なら鍵は替えた方が良いけど、私はたぶん盗難じゃないと思っていて…そんな中、Pさんが「僕のこの鍵がないと、僕がこれから困るんや!」その手に盗難にあったという現物の鍵。あるやんか…目が点になる業者さんと私。平身低頭お詫び申し上げる私に「大変ですね」と暖かいお言葉の業者さん。思わず好きになりそう…になりましたです。人妻の危険な午後( ̄・・ ̄)
2009年08月05日
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夢の四位今週はテレビ野球観戦の嬉しい一週間だった。オールスター後の二度目の開幕から連勝続きの我らが阪神タイガースこのまま後半戦を全勝したら優勝やんか~などと舞い上がりつつ、最寄駅前藪ファンマスターのおられる焼鳥屋さんで盛り上がったのが、水曜日のことだった。すると、木曜日にはな~んと、ニックキ巨人に勝ちまして、おかげさまにて夢の四位に駆け上がり四位っつぅことは、Bクラス一位ってことだから、だよね。(笑)と、わけのわからん盛り上がり方をしたのが一昨日。昨日は、サンタテを願っていたけど負けちゃった。けど、追い上げてたから(そうか?)勢いは消えちゃいなかった(むりから)んでもって今日はまたもやニックキ巨人に勝ちました。同カード連続勝ち越し、いやぁこいつは春から縁起がいいって夏だけど・・・甲子園球場はこれから高校野球のシーズンになり、タイガースはロードに出る。おりしもこの夏の地元の代表は、縁の深い学校なのでこれまた応援熱が高まるというもの。久し振りに高校野球の応援にも出かけてみようかと思ってみたりの、梅雨明けです。自力優勝はとっくに消えたタイガース、でも他力本願があるじゃないか!がんばれ我らがタイガース、やっぱり野球は面白い!いや、嬉恥ずかし巨人への勝ち越し、嬉しくて舞い上がりました。おやすみなさい・・・・
2009年08月02日
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昨夜の豪雨が嘘のような真夏日の午後です。 ママさんと水分補給に立ち寄りました。 ホーム隣のスーパーマーケットの中のマクドナルドコーナー。 ここでお茶(ママさんはオレンジジュース)を飲むのは、初めてです。 同じホームの方のご家族の方に「気軽で良いわよ」と言われて来たけど ママさん…ちょっと落ち着かない(笑) そろそろ晩ごはんのお時間なので、ホームに帰ります
2009年08月02日
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昨日、ママさんのことろでヘルパーさんと年齢の話になり、「私、50になっちゃった」と言ってみたら「あら、じゃぁ同い年なの」って言われちゃったどうやらママさんと同級生?らしい・・・けど、娘?とも思われてるみたいで不思議最近、ママさんにスクワットもどきをさせたく、両手をつないで向い合せに立ち、「い~ち、にぃ~」とゆっくりスクワットを試しているのだけどその時によく「もぉ~姉妹でダンスゥ~?」とか言いながら照れ笑いなどをしているママさんは、私を妹だと思っているらしいそんな今日、トドは姑の兄になった。今日オフだったトドは、明日の仕事の準備をする(つまり覚える)という予定にしていたのだけど姑の特養に紙パンツを届けたいと思っていたので、運ぶのを手伝ってほしいと夕べ申し出てみると、「しばらく会ってないもんなぁ」なんて言いながら、結構素直に同意した。毎回ではないけど、粉末のレモネードやレモンティ、グリーンティなどを「皆さんで・・」使っていただくべく差し入れをすることにしており、今日も途中で買って、姑の所へ出かけた。トドは、先日の舞台のDVDを見せるつもりもあったようで、荷物を運ぶだけでなく、少し姑と時間を過ごすつもりらしい風情でもあってこれはちょっと誤算、私は荷物を届けたらすぐに帰るつもりだったんだけどま、そんなこんなで、姑の所へ顔を出すと、自分の所へ来た身内、と言うことはわかる風情で「いらっしゃい」ところがDVDを見ているうちに、自宅に帰るといいだし、帰る理由が「トドちゃんのご飯を作らないといけないから」っていうので、隣にいるトドを指差して、「この人だぁれ?」と言ってみると「あ、トドちゃん居たの」と初めて気付いたかのような風情で、「あのねぇ・・・」トドも苦笑いしたり・・・と、こんなやり取りを繰り返しているうちに、「もう一人のトドちゃんが家にいて・・」って言いだした。隣にいるのもトドなら、家で待っているのもトド?トドが複数いるような話になって「僕、兄弟がおったんかいな(苦笑)」な一人っ子のトドなんとしても自宅へ帰らなくちゃと思うのか、姑も混乱して、そのうちトドを自分の兄だといいだした。数回に及ぶ「家でトドちゃんが待ってるから」という言葉に、「これだぁれ?」と繰り返しトドを指差しているうちに姑は自分の兄の名前を言い出したと言うことは私は誰?と聞いてみると「兄ちゃんのお嫁さん」だって・・・その関係性は正しいのか?姑はアルツハイマーではないタイプの認知症。昨年自宅手暮らしていた頃には、自分で電話をかけてデイサービスやヘルパーさんを断ったりもできた。今日は、家に帰りたい、電話をしたいと言うので番号を聞いてみたけど覚えてはいなく、電話の使い方もわからなくなっていた。今日、しきりと家にいると言っていた「もう一人のトドちゃん」は小学校高学年の設定姑はよくお医者様で年齢を聞かれた時に、around40を想定している確かにその時期のトドはそのあたりの年齢だろうかと思えなくもなく・・・今のトドを見て自分の兄だと思うのは一応正しい?ような気もする。だけど、鏡を見て今の自分をaround40と思うのは、どういう感覚なんだろう?ずいぶん老けてるよね・・・普段、舅のことは夫だと思っているらしいけど、ずいぶん年齢の離れた夫婦?良く言われることだけど、「施設に入ると進むよ」という見本を見ているような気もする姑。日がな一日、リビングと称される食堂のテーブルに座って、見るともなくテレビを見ているか、同じ入居者さんとあまり意味のない会話をしているか、転寝をしている毎日。施設に入った当初は、毎日のように通っていた舅は、最近では私が連れて行く日以外に訪ねることは稀になっていて、足が遠のいている。息子は月に一度の通院の日以外に、今日のようにゆっくり過ごすことはほとんどなく、嫁は毎週2回訪れて入るけど、洗面コーナーやトイレの掃除をしたり、たんすの整理をして帰るだけその間に話をすることはあっても、もともと会話の弾む人でもなく「家に帰るわ」と当然のように言う姑を、その都度「じゃぁ立ってみて」と立てない自分を理解させて「お姑さんはお怪我して歩けなくなったので、ここでしばらくお世話になることになっているので、今日は泊まるの」と説明をすると、その場は一応わかったようにうなずきつつも「パパは知ってるのかしら」「トドちゃんに言ってないから」とどこまでも帰りたがる。その都度「お舅さんはご存知ですよ、此方の施設から連絡が行ってますから」と嘘八百。「トドちゃんのご飯・・・・」と言うので「お舅さんはグルメだし、トドちゃんは食いしん坊だから二人で美味しいもの食べてますよ」と嘘千六百。そんなことで納得するわけもなく、このやり取りが際限なく続く訪問時。こんな刺激のない生活を送っていたら、家族のことも記憶のかなたに薄らいでいくんだろうなと、姑を見ていると思う。実母のところではフルスロットルで身内話を展開している私だけど、姑にそれをする気力はないしネタも少ない。「ほら、顔を出さないから忘れられてる」トドに告げるとさしてショックでもない風情で苦笑いをして「お袋も長くないな」いつもの反応。こんなトドが介護に目覚める瞬間って、これから先あるんだろうかね?なさそうやなぁ・・・・・・そして私は、だからと言って姑にこれ以上の時間を割くつもりも、ないのであります。ちゃんちゃん
2009年08月01日
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