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「立派な唐風の橋をいくつも渡る」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。後夜(明け方の勤行)の鉦を打ち、五壇の御修法(五大明王にあげる祈祷)の決まりの勤行が始まった。われもわれもと声を張り上げている伴僧の声々が遠く近く響きあって聞こえてくるのは、荘厳で、尊い。 観音院の僧正が、東の対から二十人の伴僧を率いて、寝殿へ御加持に行かれる足音で、渡り廊下の床板がどんどんと踏み鳴らされるのさえほかのときの雰囲気とは違っている。法住寺(ほうじゅうじ)の座主は馬場殿へ、浄土寺(じょうどじ)の僧都は文殿へと、お揃いの法衣姿で、立派な唐風の橋をいくつも渡って木々の間を見え隠れしながら帰って行く時も、ずっと見ていたい気がして感慨深い。
2022.08.31
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「十二人の僧が中宮の安産祈願」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。土御門邸(左大臣藤原道長の邸宅)の景観描写。道長の長女彰子中宮は七月十六日夜から里下りしている。二十一歳で妊娠九ヶ月の身重。十二人の僧が中宮の安産祈願のため、大般若経・最勝王経・法華経を読誦。この「紫式部日記」の冒頭のように、紫式部には、現象に従う心情と本質を見通す理性と二つの事柄に存在している。五壇の御修法(ごだんのみずほう) まだ夜深いころの月が曇って、木の下が暗いので御格子を上げましょうと言うが、女官(下級の官女)はまだ控えていないでしょうと、女蔵人が上げてなどと言い合っている。
2022.08.30
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。 紫式部日記は、寛弘七年(1010)頃、寛弘五年(1008)の敦成親王の出産関係の記録を中心に寛弘七年の記事を一部加え消息文を書いた。しだいに涼しくなってきている風の様子に、外から庭に水を引き入れる。いつもの絶え間ない遣水の音が夜通し読経の声と混じりあって聞こえる。 中宮さま(藤原道長の長女彰子中宮)も、おそばにお仕えする女房たちがとりとめない話をするのを聞いていらっしゃる。妊娠九ヶ月の身重で苦しくしい筈なのに、さりげなく隠しておられる様子などが立派である。今更称えるまでもないが辛い事の多い世の中の慰めには、この素晴らしい方には求めてでもお仕えすべきだ。日ごろの塞いだ気分とは打って変わって、例えようもなく全ての憂いを忘れているじぶんは、考えてみればとても矛盾している。
2022.08.29
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。紫式部に限らず日記であるからどのような内容を書いても構わない。厳しい批評を書き綴った日記を和泉式部は見ていないだろう。後世の文学者により掘り起こされ見られる点がおもしろい。土御門邸の秋―寛弘五年(1008年)七月中旬 秋の気配が深まるにつれて土御門(天文道・陰陽道をもって朝廷に仕えた)土御門(つちみかど)のお邸(左大臣藤原道長の邸宅)の様子は、言いようもなく風情がある。池のあたりの木々の梢(こずえ)や、遣水(やりみず)のほとりの草むらはそれぞれ一面に色づいて、およそ空の様子も美しいのに引き立てられて僧たちの不断の読経の声々も、いっそうしみじみと身にしみる。
2022.08.28
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。人より特別に勝れようと意識的にふるまう人は、かならず見劣りし将来は悪くなるばかりだし、風流を気取る人は、ひどく寂しくつまらない時でもしみじみ感動してるようにふるまう。興あることを見逃さないようにしているうちに、しぜんと見当はずれの浮薄な態度にもなるだろう。そういう軽薄になってしまった人の最後がどうしてよいことがあろうか。清少納言 清原元輔の娘。一条天皇皇后定子に仕えた才女で枕草子の作者。晩年は不幸落魄の身。既に『枕草子』を著して才女として名高い清少納言を痛烈に批判している。
2022.08.27
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。赤染衛門(あかぞめえもん)の歌が百人一首59番に、私家集四のやすらはで 寝なまし物を 小夜更て かたぶく迄の 月を見し哉あなたをお待ちするうちに夜が更けてしまい、とうとう明け方に西に傾こうとする月を眺めてしまいましたためらわずに寝てしまえばよかったのに貴方をお待ちして夜明けが来て沈むまで月を見ておりましたとの歌が詠まれてこの歌も当たり前のことを詠っただけで秀歌とはいえない。清少納言こそ、得意顔に偉そうにしていた人。あれほど利口ぶって漢字を書き散らしているけれど、よく見れば、まだ至らないところが多い。枕草子を思って批判しているのかと仕えた相手も時期も違い面識もない。
2022.08.26
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。赤染衛門(あかぞめえもん)道長家女房。大江匡衡(おおえのまさひら)の妻歌人で三十六歌仙の一人。栄花物語(えいがものがたり)の作者と伝えられる代わらむと 祈る命は をしからで さてもわかれんことぞ悲しき (『詞花和歌集』雑下362)(息子に)代わり、死んであげたい、と祈る私の命は惜しくはないけれどその祈りが叶うなら(息子の大江挙周と)別れることになるのは悲しい。大江 挙周(おおえ の たかちか)は平安時代中期の貴族で赤染衛門の子。赤染衛門集には六一四首の歌がのっているが、紫式部は私の琴線(きんせん)に触れる秀歌といえる歌はない。琴線とは人の心の奥に秘められている真情。和泉式部の歌は難解だが心に迫るものを感じるが、赤染の歌を読んでいくうちに気づいたのは、赤染の歌には代作が多いから歌が真に迫らないのではないかということである。
2022.08.25
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「こっちが恥ずかしくなるような」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。丹波の守 大江匡衡(おおえのまさひら)の北の方を、中宮さまや殿のところでは、赤染衛門(あかぞえもん)と言っており天暦10年(956年)長久2年(1041年)平安中期の女流歌人。女房三十六歌仙の一人。歌は格別優れているわけではないが、じつに風格があり、歌人だからといってすべてにおいて詠み散らすことはしないが、世に知られている歌はすべてそれこそこっちが恥ずかしくなるような詠みっぷりである。それに対し、上の句と下の句がつながらない「腰折れ歌」を詠んでなんとも言いようがない気取った事をしても、自分こそ優れた歌人だと得意がってる女人なので、憎らしくもあるが、気の毒にも思われる。
2022.08.24
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。これに対して、紫式部の歌は、澄める池の 底まで照らす かがり火に まばゆきまでも うきわが身かな澄み切った池の底まで照らす篝火のまぶしさまで 憂いに満ちた暗いわが身が 引き比べられて辛いことだ。 藤原道長邸の栄光を見るにつけても、紫式部はそれを単純に「めでたい」などとは思えない。篝火(かがりび)の光の中に闇を見てしまう。まばゆきまでも うきわが身かなと嘆くのは、紫式部独自の人生観である。和泉式部の歌は恋を情熱的に歌い上げ、紫式部の文学は華やかである。また紫式部は輝きの中に不幸な闇を見てしまう。歌人と物語作家の歌は、交換不能の秀歌といえる。
2022.08.23
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。 夢にだに 見で明しつる 暁の 恋こそ恋の 限りなりけれ夢でさえ恋人の姿を見ることができないで明かしてしまった暁 この恋こそ 悲しい恋の極みだろう和泉式部畢生(ひっせい)の名歌である。初句から三句まではゆったりと運び、四句から結句までこいこそこいのかぎりなりけり、とカ行音を駆使している。たたみかけるようなリズムは、和泉式部の直情的、情熱的な心情をあますところなく表現し、しかも結句「限りなりけれ」で急転直下修復不能な嘆きに変わる。
2022.08.22
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。和泉式部は口から自然と歌が出てくるような、そんな感じの歌人。こっちが恥ずかしくなるような素晴らしい歌人とは思えない。(森林公園には2400mまで100m単位で描いてある)和泉式部 越前守大江政致(おおえのまさむね)の娘。情熱的な歌人で三十六歌仙の一人。中宮彰子への出仕は寛弘六年の初夏ごろ。紫式部と和泉式部は、歌においてはまさに対極にあるといえる。例えば和泉式部はこう詠う。夢にだに 見で明しつる 暁の 恋こそ恋の 限りなりけれ夢でさえ恋人の姿を見ることができないで明かしてしまった暁 この恋こそ 悲しい恋の極みだろう
2022.08.21
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「紫式部日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。紫式部が和泉式部の酷評をしている。 和泉式部という人とは、趣深い手紙のやりとりをした。だが、和泉式部には倫理的に感心しないところがある。気軽に手紙を走り書きしたときに、その面で文章の才能のある人。ちょっとした言葉にも、色艶が見えるようだ。和歌は、とても上手い。でも古歌の知識、歌の理論などは、ほんとうの歌人というわけではない。口から出るにまかせて詠んだ歌などに、面白いものが目にとまるものが詠んであり、それほどの歌人であっても、他人が詠んだ歌を、非難したり批評したりする場合、歌というものをよくわかっていないように思える。
2022.08.20
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「同じように聞こえない」 「Dog photography and Essay」では、「和泉式部集」の研鑽を終了して「紫式部日記」に移ります。 秋霧に 行方も見えず わが乗れる 駒さへ道の 空に立ちつつ[正集八六五]秋霧で行き先も見えないで わたしの乗っている馬も道の途中で宙に浮いているような感じ 鳴く虫の ひとつこゑにも 聞こえぬは 心ごころに ものや悲しき[正集八六一・詞花集秋・後葉集秋上]虫の鳴き声が同じように聞こえないのは あの虫たちもそれぞれに別の悲しみで鳴いているからだろうか もの思へば 雲居に見ゆる 雁が音の 耳に近くも 聞ゆなるかな[正集八六四]物思いに沈んでいると はるか遠くに見える雁の鳴き声も 耳の近くで鳴いているように聞こえる 「和泉式部集」を終了し明日より「紫式部日記」に移ります
2022.08.19
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「せめてもう一度貴方にお逢いしたい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。長月と 言ふにて知りぬ 君が代は けふらて菊の とかれしと九月を長月というのでわかった あなたの寿命は今日の菊の節句の菊のように長いことをあらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな私はまもなく死んでしまうでしょうが あの世への思い出としてせめてもう一度貴方にお逢いしとうございます。まもるとて 山田の庵に 住む人の ほに鳴く雁の 声を聞くかな稲穂を守るために山田の庵に住む人は はっきりとなく雁の声も聞くのだなああと1回で和歌「和泉式部集」を終了し「紫式部日記」の予定です。
2022.08.18
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「身にしむほど人恋しい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。秋吹くは いかなる色の 風なれば 身にしむばかり あはれなるらむ[正集八六〇・詞花葉秋・古来風躰抄]秋に吹く風はどんな色の風なのだろう 身にしむほど人恋しくしみじみと風情が感じられる。雲居なる 月とは見えで 塵もゐぬ 鏡に向かう 心地こそすれ[正集八六二]雲のある遠くの空の月とは見えないで 塵ひとつない鏡と向かい合っているような気がする 葉に宿り 枝にはかかる 白露を 白く咲きたる 花と見るかな葉に宿り 枝にかかっている白露を 白く咲いた花と思ってしまう
2022.08.17
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「女郎花が咲いている野辺」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。 天の川 今宵ながめぬ 人ぞなき 恋の心を 知るも知らぬも[正集八五九]天の川を今夜眺めない人はいない 恋心を知っている人も知らない人も(しゃがんだ姿勢で撮影し立ち上がるとふらっとして後ろへ倒れる)萩原を 朝発ち来れば 枝はさも 折れば折れよと 花咲きにけり朝出発して萩原に来てみると 枝は折れるなら折れてもいいというばかりに花が咲いていた花よりも ねぞ見まほしき 女郎花 多かる野辺を ほり求めつつ花よりも根が見たいと思う 女郎花がたくさん咲いている野辺を探しながら
2022.08.16
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「有明の月をいつまで見れる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。限りあれば かつすみわたる 世の中に 有明の月 いつまでか見む[続集五二三・万代集雑一]生きていながらも 命には限りがあるから あの美しく輝いている有明の月をいつまで見ることができるだろう年ごとに 待つも過ぐすも わびしきは 秋のはじめの 七日なりけり[新千載集・万代集秋上]毎年待っているのも過ぎ去ってゆくのも悲しいのは 秋のはじめの 七月七日 吹きとだに 吹き立ちぬれば 秋風に 人の心も 動きぬるかな[万代集秋上]あまりにも激しく吹く秋風に 人の心も揺れ動いてしまうかも
2022.08.15
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「そう思い聞くと悲しく聞こえる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。 見る人も 心に月は入りぬれど いでといでにし 空は曇らず見る人も気に入って 月は心の中に入ったはずなのに 空は曇らないで月は輝いている玉かとて 取れば消えぬる 白露を おきながらこそ 見るべかりけれ[正集八六三・続詞花葉秋下]玉だと思って取ったら消えた白露を こんなことなら草の葉に置いた まま見ればよかったその事と 言ひてもなかぬ 虫の音も 聞きなしにこそ 悲しかりけれ虫は別に悲しんで鳴いているわけではないが そう思って聞くから悲しく聞こえる
2022.08.14
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「私だけがお勤めをする声を聞く」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。朝霧に 行方も見えず わが乗れる 駒さへ道の 空に立ちつつ[正集一三五]秋霧で行き先も見えないで わたしの乗っている馬も道の途中で宙に 浮いているよう心には ひとつ御法を 思へども 虫の声々 聞ゆなるかな[続集五二四・万代集釈教]心の中ではひたすら仏のみ教えを祈っているが さまざまな虫の声が 聞こえてくる悲しきは 同じ身ながら 遥かにも 仏によるの 声を聞くかな[続集五二二]悲しいのは わたしもあの人たちと同じ人間なのに わたしだけがお勤めをする声を聞くこと
2022.08.13
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「晩秋の深い情趣がわかる人なら」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。跡をみて 偲ぶもあやし ゆめにても 何事のまた 有りしともなくあなたの筆跡を見てあなたを忍ぶのも不思議なことです 夢の中でも あなたとなにかあったわけでもないのに住みかぞと 思ふも悲し 苦しきを こりつつ人の 帰る山辺に[続集五二七・夫木抄廿九]ここが住む所だと思うと悲しい 木こりが木を伐って険しい道を帰る 山のほとりだから秋深き あはれを知らば 知らざらむ 人もこころぞ 訪ね来て見む[正集二一五・万代集雑一]晩秋の深い情趣がわかる人なら わたしを知らない人でも ここを訪ねて来るだろう
2022.08.12
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「物思いに沈みながら日を送る」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。つれづれと ふるやのうちに あらねども 多かるあめの 下ぞ住み憂き物思いに沈みながら日を送っていると 雨漏りするような古い家では ないけれど 辛いことの多いこの世はほんとうに住みにくいあはれにも 聞ゆなるかな 暁の 滝はなみだの 落つるなるべし[続集五二六・万代集雑三]しみじみと身にしみて聞こえてくる夜明け前の滝の音は 人の涙が滝となって落ちるのだろううしと思ふ わが手ふれねど 萎れつつ 雨には花 の おとろふるかな[続集五二九]散るのが辛いと思うから手も触れないけれど 雨に寄ってしだいに萎れて色褪せてゆく
2022.08.11
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「私の身から彷徨い出た魂のよう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。もの思へば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞみる恋に苦しみ物思いゆく末を嘆いていると、乱れ飛ぶ蛍が私の身から彷徨い出た魂のような気がします。 いまさらに 霞の閉づる 白河の 関を強ひては 尋ぬべしやは[公任集]いまさら霞が閉ざしている白河の別荘をわざわざ訪ねなくてもいいのに逝く春の とめまほしきに 白河の 関をこえぬる 身ともなるかな過ぎてゆく春が惜しいので つい白河の関を越えてしまったのです
2022.08.10
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「ああ、何て哀れな女なの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。偲ぶべき 人もなき身は あるうちに あはれあはれと 言ひや置かまし死んでも偲んでくれそうな人もいない私ですから生きているうちに自分で ああ、何て哀れな女なのと言っておこうかしらね立ちのぼる 煙につけて 思ふかな いつまた我を 人のかく見む立ちのぼる煙を見ているとつい考えてしまう 今日はわたくしが人の死を見送っているが いつ私が死んでこうして見送られるのかな身にしみて あはれなるかな いかなりし 秋吹く風を よそに聞きけむしみじみと身にしみて悲しいものだな どのように暮らしていた秋に秋風をよそごとのように流していたのだろうか
2022.08.09
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「どのように秋を暮らしていたのか」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。身にしみて あはれなるかな いかなりし 秋吹く風を よそに聞きけむどのように秋を暮らし 秋風をよそごとのように聞いていたのか今しみじみと身にしみて悲しい思いがする朝風に 今日おどろきて 数ふれば 一夜のほどに 秋は来にけり朝の風の涼しさにはっとして今日、日付を数えてみたところ一夜のうちにこんな所にも秋が来たんだと感じる庭のまま ゆるゆる生ふる 夏草を 分けてばかりに 来む人もがな庭のかたちのままに生え広がる夏草 それをかき分けるようにして会いに来るような人がいたらなと思う
2022.08.08
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「わたしの浮名(ゴシップ)をすすぐ水」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。つれづれと 眺めくらせば 冬の日も 春のいくかに 異らぬかな日々物思いに沈んで暮らしていると 冬の日も春の幾日かも劣らないほど長く感じる待つ人の 今も来たらば いかがせむ 踏ままく惜しき 庭の雪かな待っているあの人が今来たらどうしよう あの人でも踏んで汚してほしくない庭の雪だからことわりに 落ちし涙は ながれての 浮名をすすぐ 水とならましひどいことを言われて落ちた涙が 後々にわたしの浮名(ゴシップ)をすすぐ水となればいい
2022.08.07
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「今夜天の川を眺めない人はいない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。人知れぬ 心のうちを 知りぬれば 花のあたりに 春は過ぐとも誰も知らないあなたの心の中を知っていますから 花のあたりを春が過ぎ去っても忘れません天の川 今宵ながめぬ 人ぞなき 恋の心を 知るも知らぬも恋心を知っている人も知らない人も 今夜天の川を眺めない人はいない 逝く春の とめまほしきに 白河の 関をこえぬる 身ともなるかな過ぎてゆく春が惜しいので つい白河の関を越えてしまったのです
2022.08.06
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「深く身に染みるものなのね」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。かれを聞け さ夜ふけゆけば 我ならで つま呼ぶ千鳥 さこそ鳴くなれあれを聞いて 夜が更けてゆくと わたしのだけでなく千鳥だって夫を求めてあんなに鳴いている世の中に こひといふ色は なけれども 深く身にしむ ものにぞありける[後拾遺集恋四]世の中に恋という色はないけれど まるで色があるように深く身に染みるものなのねわれが名は 花盛人(ふすびと)と 立てば立て ただ一枝は 折りて帰らむ[夫木抄春四・公任集]花泥棒という噂が立つなら立ってもいい せめて一枝だけでも折って帰ろう
2022.08.05
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「川のように流れるわたしの涙」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。涙川 おなじみよりは ながるれど こひをば消たぬ ものにぞありける[後拾遺集恋四・五代集歌枕]川のように流れるわたしの涙でも 同じわたしの体から燃え上がる恋の炎を消してはくれないわが袖は 水の下なる 石なれや 人に知られで 乾く間もなしわたしの袖は水の底の石なのかしら だれも気づかないけれどいつも濡れている山かげに みがくれ生ふる 山草の やまずよ人を 思ふ心は山陰に姿を隠して生える山草ではないが わたしのあの人を愛する心は止められない
2022.08.04
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「今はわたしの生きがい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。わたつみに 人をみるめの 生ひませば いづれの浦の あまとならまし大海に海松藻(みるめ)が生えているなら わたしはどの浜辺の海女になったらいいのだろう君恋ふる 心は千々に 砕くれど 一つも失せぬ ものにぞありける[後拾遺集恋四]あなたを恋する心は何千にも砕けてしまったけれど その一つ一つの愛情はひとつもなくならないかく恋ひば 堪へず死ぬべし よそに見し 人こそおのが 命なりけれ[続後撰集恋一]こんなに恋しい想いを抱き続けたらきっと耐えられず死んでしまうなんの感情もいだかなかったあの人こそ 今はわたしの生きがい
2022.08.03
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「あなたに逢う事を生き甲斐にしている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。夢にだに 見えもやすると しきたへの 枕動きて いだにねられず[万代集恋一]夢でまた逢えるのではないかと思って横になるが 恋しさのあまり枕が動いて 夢を見るどころか眠ることもできない惜しと思ふ 命にそへて 恐ろしく 恋しき人の たま変るもの長生きしたいけれど 生きているうちに恋しい人が心変わりするのが恐ろしくてあふことを 息の緒にする 身にしあれば たゆるもいかが かなしと思はぬ[新勅撰集恋四]あなたに逢うことを生きがいにしているわたしだから あなたに捨てられるのをどうして悲しまないことがあろうか
2022.08.02
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「髪を撫でてくれた人が恋しい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「和泉式部集」の研鑽を公開してます。よそにては 恋しまされば みさごゐる 磯による舟 さしでだにせずあなたと離れ離れだと恋しくてたまらないから 鶚のいる磯の舟ではないが あなたを一歩も外へ出したりしない 鶚(みさご)―タカ科の鳥。海辺にすみ、水中の魚をとる。さまらばれ 雲居ながらも 山の端に いで入る夜の 月とだに見ば[新勅撰集恋五]一緒に暮らせないならそれでいい 空の彼方の夜半の月が山の端に出入りするときのように一目見ることができるなら黒髪の 乱れも知らず うち臥せば まずかきやりし 人ぞ恋しき[後拾遺集恋三・後六々撰]黒髪が乱れるのもかまわないで横になると こんな時にすぐに髪を撫でてくれた人が恋しく思われてならない
2022.08.01
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