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「行事は早くすんでしまった」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。男たちの沓音(くつおと)がして、ドキドキしながら言っているのを聞いて、年くれて わが世ふけゆく 風の音に 心のうちの すさまじきかな今年も暮れて、私も老いてゆく。風の音に心が荒れて寂しいと独り言をいう。老いゆく身の荒涼たる絶望。晦日(つごもり)の夜の引きはぎ 大晦日の夜、鬼やらい(悪鬼払い)の行事は早くすんでしまったので、お歯黒をつけたりなど、ちょっとしたお化粧しようと、くつろいでいると、弁の内侍(藤原義子)がやってきた。藤原義子974-1053は、太政大臣・藤原公季の長女で、母は有明親王女。弁の内侍は話をして休まれた。内匠(たくみ)の蔵人(くろうど/中宮女房)は長押の下座に座り、あてき(童女の名)が縫う仕立物の折り込み方を教えたり、せっせとしていたときに、中宮さまのところではげしい悲鳴がする。
2022.12.31
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「夢の中を彷徨い歩いている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。 年末独詠(どくえい)---十二 月二十九日の夜 師走の二十九日に実家から宮中に参上する。はじめて宮中へ参上したのも十二月二十九日の夜だった。あの時はまるで夢の中を彷徨い歩いているようだったと思い出してみると、今ではすっかり宮仕えに慣れてしまっているのも、じぶんながらいやな身の上だと思われる。夜はたいそう更けた。中宮さまは物忌にこもっておられるので、御前にも行かないで、心細い気持ちで横になっていると、一緒にいる若い女房たちが、宮中はやっぱり違うわね。実家にいたら、もう寝ているはずなのに、寝つかれないほど女房の局をたずねる男たちの沓音がいつもしている。
2022.12.30
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「神楽なども形ばかり行われた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。宮中の物忌なので、賀茂の社(やしろ)から、使いの一行が内裏に丑の刻(午前二時ごろ)に帰ってくると、還立(かえりだち)の神楽なども、ほんの形ばかり行われた。舞の名手の兼時(尾張兼時)が、去年までは舞人として素晴らしかったが、今年は老けて衰えた動作は、わたしには関係のない人のことだけれど、あわれで、じぶんの身になぞらえることが多かった。舞人は桜の造花を挿す。この文章も二項対立、教通の晴れ姿と舞の名手の老残による内省の念。二つの概念が存在しており、それらが互いに矛盾や対立をしているような様のことを言う。
2022.12.29
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「権の中将が髪を整える」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。その箱の中に鏡を入れて、沈(じん)の香木製の櫛、白銀製の笄(こうがい)笄(こうがい)とは髪をかきあげる用具で、使いの権の中将が髪を整えるようにというようにしてある。箱の蓋に葦手書き(仮名を図案化した書風)で浮き出ているのは、あの「日陰」の歌の返事らしい。文字がふたつ抜けていて、なんだか変だなと思えたのは、内大臣(公季)がてっきり中宮さまからの贈物だと思われて、このようにおおげさになさったのだと聞いた。ちょっとしたいたずらが、気の毒なことに、こんなに大袈裟になさって。殿の北の方も、参内して使者の儀式(晴れ姿)をご覧になり、教通さまが藤の造花を冠に挿し、とても立派で大人びておられるのを内蔵(くら)の命婦(教通の乳母)は、舞人たちには目も向けないで、成人した教通(のりみち)さまをつくづくと見ては感涙にむせんでいた。
2022.12.28
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「当日は宮中の物忌で殿は宿直」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。臨時祭(りんじのまつり)---十一月二十八日 賀茂神社の臨時祭りの神に奉献する使者は、殿のご子息の権の中将(道長の五男教通/のりみち)である。当日は宮中の物忌なので、殿は、宿直(とのい)をなさった。公卿たちも舞人をつとめる人たちも、宮中にこもって、そのため一晩中、女房の部屋があるこの細殿のあたりは、ひどくざわついた気配だった。祭りの日の早朝、内大臣(公季)の随身が、こちらの殿の随身に贈り物を渡して帰っていったが、それは先日の左京に扇を贈ったときの箱のふたで、それに白銀の冊子箱が置いてある。
2022.12.27
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「使いはどこから入ってきたの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。先方では女の声で、舞姫の付添で来てるなんて誰も知らない筈なのに、使いはどこから入ってきたのと下仕えに尋ねているようだったが、女御さま(いわゆる側室)の手紙と、疑いなく信じてることだろう。もと内裏の女房が舞姫の付添でやっきているのを見ていたずらをする。虚栄や嫉妬や競争に明け暮れる宮廷女房社会の一端を見い出せる。五節も過ぎて---なにも耳をとどめることもなかったこの数日間だが、五節も終わってしまったという宮中の様子は、急に寂しい気がするけれど、二十六日の夜にあった臨時祭の雅楽の練習は、ほんとうにおもしろかった。
2022.12.26
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「すぐ近くを通って歩かれる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。五節とは、新嘗祭(にいなめさい)や大嘗祭(おおなめさい)の後の豊明節会(とよのあかりの/天皇が豊楽院に出席)と呼ぶ宴で行われた。四人(大嘗祭は五人)の舞姫の舞を中心とする四日間にわたる行事。若々しい殿上人などは、どんなに名残惜しい気持ちだろう。高松の上(道長の第二夫人/源高明の娘明子)の若い子息たち(頼宗十六歳、頼信十五歳、能信)さえ、中宮さまが宮中にお入りになった夜からは、女房の部屋に入ることを許されて、すぐ近くを通って歩かれる。ひどくきまりが悪い思いをし、私は盛りが過ぎたのを口実にして隠れている。若い子息たちは五節が恋しいとは思ってなく、やすらい(中宮付の童女の名)や小兵衛(中宮の若女房)などの、裳の裾や、汗衫(かざみ)にまつわりつかれてまるで小鳥のようにきゃぁきゃぁとふざけていらっしゃる。
2022.12.25
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「大袈裟なのも趣旨にあわない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。顔の知られていないはずの局の女房を使って、これは中納言の君からの御手紙で、女御様から左京の君に差し上げたいとのことですと声高らかに言っておいてきた。中宮さまは、同じことならもっと趣向を凝らして、扇ももっとたくさんあげたらとおっしゃる。だけれど、あまり大袈裟なのも、趣旨にあわないでしょう。中宮さまが特別にお贈りになるのでしたら、これはほんの私事なのですからこのように内々にして意味ありげになさるものではありませんと申し上げた。顔の知られていない者を使いにやって、これは中納言の君(弘徽殿の女御付の女房)からあずかった女御(義子)さまからの手紙です。左京の君にと声高に言って置いてきたが、使いの者が引き止められたらと思っていると、使いの者は走って帰ってきた。
2022.12.24
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「手紙は大輔のおもとに」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。(地上から8センチの所にこの花だけが凍えながら咲いていた)櫛の両端をくっつくくらいみっともないほど反らして、黒坊(薫香の名)を押し丸めて不細工に両端を切り白い紙二枚を重ねて立文(正式な書状)にした。手紙は大輔(たいふ)のおもと(あて名に書き添える)につぎのように書かせた。おほかりし 豊の宮人 さしわきて しるき日かげを あはれとぞ見し大勢いた宮廷人の中で、とりわけ目立った日陰の鬘のあなたを、とても感慨深く見受けたあまり大袈裟になるのも、事の趣旨に合わないでしょう。特別にご下賜されるというのならば、こっそり訳ありげにお与えになるべきではありません。これはこのような私的な事柄ですと申し上げた。
2022.12.23
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「舞姫の介添役で東側にいた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。宰相の中将(源経房)が、昔の左京を知っていておっしゃるのを聞いて、あの夜、侍従の宰相の舞姫の介添役で東側にいたのが左京ですよと、源少将(源済政)も見ていたのを、なにかの縁があって左京のことを聞きたい女房たちが、おもしろいことと言いながら、さあ、知らないふりはしていられない。以前上品ぶって住み慣れていた宮中に、こんな介添役なんか出てくるなんて。本人はわからないと思ってるでしょうが、暴露してやろうということで、中宮さまの前にたくさんある扇の中で、蓬莱山(不老不死の仙境)の絵が描いてあるのを特別に選んだのは、なにか趣向があるにちがいない。だが、その趣向を左京にはわかっただろうか。箱のふたに扇をひろげて、日陰の鬘を丸めて載せ、それに反らした櫛や、白粉など、とても念入りに端々を結いつけ、少し盛りを過ぎた人だから、これでは櫛の反りようが足りないなと男の方がおっしゃるので、今流行りの両端をそらした。
2022.12.22
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「舞姫の介添役で東側にいた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。宰相の中将(源経房)が、昔の左京を知っていておっしゃるのを聞いて、あの夜、侍従の宰相の舞姫の介添役で東側にいたのが左京ですよと、源少将(源済政)も見ていたのを、なにかの縁があって左京のことを聞きたい女房たちが、おもしろいことと言いながら、さあ、知らないふりはしていられない。以前上品ぶって住み慣れていた宮中に、こんな介添役なんか出てくるなんて。本人はわからないと思ってるでしょうが、暴露してやろうということで、中宮さまの前にたくさんある扇の中で、蓬莱山(不老不死の仙境)の絵が描いてあるのを特別に選んだのは、なにか趣向があるにちがいない。だが、その趣向を左京にはわかっただろうか。箱のふたに扇をひろげて、日陰の鬘を丸めて載せ、それに反らした櫛や、白粉など、とても念入りに端々を結いつけ、少し盛りを過ぎた人だから、これでは櫛の反りようが足りないなと男の方がおっしゃるので、今流行りの両端をそらした。
2022.12.21
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「自己批判をしてしまう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。あってはならない乱れた異性関係のことまで想像して、怖くなるので、目の前の盛儀も、例によって目に入らなくなってしまう。童女への同情は自己への反省となる。つまり、他人への同情、批評は必ず内省に進み、自己批判をしてしまう。これが式部の精神の特徴である。左京の君---侍従の宰相(藤原実成)の舞姫の控所は、中宮さまの御座所から見渡せる近くにある。立蔀(たてじとみ)の上から、あの評判の簾の端出衣(いだしぎぬ)も見える。人々の声もほのかに聞こえる。衣冠(いかん/束帯に対する略儀の公家の服装)、直衣(のうし)を着るときに、下に着る衣の裾を出して着ること。あの弘徽殿の女御(実成の姉/藤原義子)のところに、左京の馬という人が、慣れた様子でまじっていたねと。
2022.12.20
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「葡萄染めを着せている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。みんな濃い紅の衵(あこめ)を着て、表着はさまざまである。正装の上衣は、みな五重がさねを着ているのに、尾張の守は童女に葡萄染めを着せている。それがかえって由緒ありそうで、衣装の色合いや、光沢など、とても優れている。下仕えの童女の中にとても顔のいいのが、その扇をとらせようと六位の蔵人が近寄ると、じぶんから扇を投げたのは、しっかりしているけれど、女らしくないと感じた。もしわたしたちが、あの人たちのように人前に出ろということだったら、こんな批評めいたことを言っていてもあがってしまってうろうろしているだけかも。わたしだって以前にはこんなに人前に出るとは思わなかった。けれど、目の前に見ながら浅はかなことは、人の心の常だから、私もこれからあつかましくなって、宮仕えに慣れすぎて、男と直接顔を合わせても平気になるだろうと、じぶんのことが夢のように思い続けられる。
2022.12.19
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「時代遅れの融通のきかないこと」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。現代的な感覚の人には、見分けがつくだろう。ただこのような曇りのない日中に扇も満足に持たせず、大勢の男たちがいる所で、人に負けないよう競い合う気持ちも、相当な身分、才覚のある人とはいえ、気後れがするだろう。無性に気の毒に思われるのは、まったく時代遅れの融通のきかないことだ。丹波の守の童女の、青みがかった緑色の正装が、素敵だと思っていたところ、藤宰相の童女は、赤みがかった黄色を着せて、その下仕えの童女に唐衣に青みがかった緑色を対照させて着せている。嫉妬したくなるほど気がきいていると思うが、童女の容貌も丹波の守の一人はそれほど整っているとは見えない。宰相の中将のほうは、童女がみな背丈がすらりとして、髪も素敵だ。その中の馴れすぎた童女の一人をどうだろう、あまりよくないのではと人々は言っている。
2022.12.18
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「舞姫の美しさを競う訳でもない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。童女御覧(わらわごらん)の儀---二十二日 今年のように舞姫の美しさを競うわけではない普通の年でも、舞姫に付き添っている童女御覧の日の童女たちの気持ちは、並大抵の緊張ではない。今年はどうでだろうと、気にかかって早く見たいと思っていると、舞姫たちが付添の女房と並んで出てきたのには、わけもなく胸がつまり、ほんとうに気の毒な気がする。だからといって、特別に好意を寄せる人もいないのだが、われもわれもと、あれほどの人々が自信たっぷりにさし出したからであろうか、目移りしてしまって、その優劣も、はっきりと見わけられない。
2022.12.17
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「舞姫が緊張のあまり気分が悪くなる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。舞姫たちは、どんなに苦しいだろうと見ていると、尾張の守の舞姫が、緊張のあまり気分が悪くなって出てゆくのが、現実のこととは思えず夢の中のことのように見える。御前の試みが終わって中宮さまは退出なさった。この頃の若い人たちは、もっぱら五節所(ごせちどころ/舞姫の控室)の趣あることを話している。簾(すだれ)の端や帽額(もこう/一幅の布)さえも、それぞれの部屋ごとに趣がちがっている。そこに出仕している介添の女たちの髪格好や、立ち居振る舞いさえ、さまざまに趣があるなどと、聞きづらいことを話している。華麗な舞姫の内心の苦しさを思わずにいられない紫式部。
2022.12.16
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「北の方がつかわされた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。その宵、中宮さまは東宮の亮(すけ/高階業遠)をお呼びになって薫物を賜る。大きめの箱ひとつに、うずたかく入れられた。尾張の守には、殿の北の方がつかわされた。その夜は御前(五節の舞)の試みとかで、中宮さまも清涼殿へ行かれてごらんになる。若宮も一緒なので、魔除けの米をまき散らし、高らかな声をあげるが、例年とは違う気がする。わたしは気が進まないので、しばらく局で休んだ。そのときの様子をみて伺おうと思っていたところ、小兵衛や小兵部なども囲炉裏のそばにいて、とても狭いので、よく見えないなどと言ってるときに、殿がいらして、どうしてこんなことをしてる、さあ、一緒に行こうと急きたてられるので、その気はなかったが御前に参上した。
2022.12.15
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「灯火の光で美しく見える」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。藤原実成の介添は現代的でとてもお洒落で、介添の女房は十人いる。孫廂(まごひさし/母屋の外側に出した庇)の御簾をおろして、その下からこぼれ出てる衣装の褄なども、得意げに見せているよりは、いっそう見栄えがして、灯火の光の中で美しく見える。(ももはあちらこちらで大分待たされて不満気な表情)五節の舞姫が注目されて、平静を装っている辛い心を思いやり、それが他人事でなく、じぶんも同じ境遇であると胸をつまらせる。このように、他人事をじぶんに引きつけ、内省して沈んでゆくのは、式部特有の精神構造である。殿上の淵酔(えんずい)・御前(ごぜん)の試み---二十一日 寅の日の朝、殿上人が中宮さまの前に参上する。例年のことだが、ここ数ヶ月の間に里住まいに馴れたせいか、若い女房たち殿上人を珍しいと思っている様子である。きょうはまだ青摺り衣(神事の祭服)も見えない。
2022.12.14
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「気ままにできないと感じる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。こちらの中宮さまのところに帝もいらっしゃって舞姫をごらんになる。殿も忍んで、引戸の北側にいらっしゃっているので、わたしたちは気ままにできないので面倒と思い距離を置いくことで、少しづつ自分を取り戻すようだ。藤原中清の舞姫の介添役は、背丈も同じくらいそろっていて、とても優雅で奥ゆかしい様子は、他の人にも劣らないと評定される。右の宰相の中将(藤原兼隆)の介添役は、しなければならない事は全てしてある。その中の下役の女二人のきちんとした身だしなみが、どこか田舎じみていると人々は笑っている。最後に、藤宰相(とうさいしょう/藤原実成)のは、そう思って見るせいか現代的でとてもお洒落である。
2022.12.13
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「衣装をたくさん重ね着する」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。舞姫たちが静かに入場してくる様子は、他人事とばかりは思えない。中宮さまの還啓(かんけい/太子・三后などが出先から帰ること)の時も、ただこのように、殿上人が顔をつき合わせたり、脂燭(しそく)を照らしていないというだけだ。こよりに油をしみ込ませた灯火。幔幕を引いて人目を遮っているとしても、わたしたちのだいたいの様子は、舞姫たちと同じように見えただろうと思い出すと、胸がつまってしまう。この年の舞姫は四人(侍従宰相藤原実成の娘、右宰相中将藤原兼隆の娘、丹波守高階業遠(たかしななりとお)の娘、尾張守藤原中清(なかきよ)の娘。業遠(なりとお/高階業遠)の朝臣の舞姫の介添役は、錦の唐衣を着て闇夜でもほかに紛れないで、立派に見え、衣装をたくさん重ね着して、身動きもしなやかでないように見え、それを殿上人が、特に気を配って世話をしている。
2022.12.12
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「差し迫ってから急いで準備」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。紫式部日記の下巻五節(ごせち)の舞姫---十一月二十日 五節の舞姫は二十日に内裏に入る。中宮さまは侍従の宰相に、舞姫の装束などをお遣わしになる。右の宰相の中将が、舞姫に日蔭の葛(ひかげのかずら/飾りの組紐)のご下賜をお願いなさったのをお遣わしになるついでに、箱一対にお香を入れ、飾りの造花に梅の枝をつけて、美しさを競うようにお贈りになる。差し迫ってから急いで準備する例年よりも、今年はいっそう競い合って立派にしたと評判なので、当日は東の、御前の向かいにある立蔀(たてじとみ)板張りの目隠しの塀に、隙間もなく並べて灯してある灯の光が、昼間より明るく恥ずかしい感じなのに、舞姫たちが静かに入場してくる様子は平然としている。
2022.12.11
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「身近において使われるもの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。表紙は薄絹、紐も同じ薄絹の唐様の組紐で、箱の上段に入れてある。手箱の下段には大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)や清原元輔(きよはらのもとすけ/清少納言の父)のような、昔や今の歌人たちの家集を書き写して入れてある。延幹(えんかん/能書家の源兼行の父親)と近澄(ちかずみ)の君(能書家の清原近澄か分からない)が書かれたものは、立派なもので、これらはもっぱら、身近において使われるものとして、見たこともない見事な装丁になっているのは、現代風で変わっている。紫式部日記、底本は上下二冊本。ここで上巻が終わる。藤原道長の要請で宮中に上がった紫式部が、1008年(寛弘5年)秋から1010年(寛弘7年)正月まで、宮中の様子を中心に書いた日記と手紙からなる。
2022.12.10
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「御櫛箱の道具類は立派」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。殿から宮への贈物---昨夜の殿からの贈物を頂いたが、中宮さまは今朝になってより丁寧にご覧になり御櫛箱(髪の道具一式をいれる二段重ねの箱)の道具類は言葉ではいえないほど立派なものである。(ハイ!乗って!と言うと腰掛けの上に乗りテーブルの上へ乗る)手箱が一対、一方には白い色紙を綴じた本類、古今集、後撰集、拾遺集でその歌集一部はそれぞれ五帖に作って、侍従の中納言(藤原行成/三蹟の一人)三蹟---平安時代の能書家、小野道風(おののとうふう)、藤原佐理(すけまさ)藤原行成(ゆきなり)の3人を尊崇した呼称。三賢、三聖ともいう。延幹(えんかん/能書の僧)とに、それぞれ冊子一帖に四巻をあてて書かせておられる。表紙は薄絹、紐も同じ薄絹の唐様の組紐で、箱(懸子〈かけ〉ご)の上段に入れてある。
2022.12.09
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「我慢できない程寒くて」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。今夜はいないものと思われて過ごしたいのに、ここにいることを誰かに聞かれたのだろう。明日の朝早く来ましょう。今夜は我慢できない程寒くて、体もすくんでるからなどと、こちらの迷惑がっているのに気づく。それとなくおっしゃり、こちらの詰所より出てゆかれる。それぞれ家路を急がれるけれど、どれほどの女性が待っているのかと見送る。こんなことを思うのは、自分の身の上から言うのではなく、世間一般の男女関係、小少将の君が、上品で美しいのに、世の中を辛いと思っておられるのを見るからです。この方は父(右少弁源時通)が出家された時(永延元年987年)から不幸が始まって、その人柄にくらべて運がとても悪いようです。還啓の乗車は身分の順で、式部は中位より上だが、儀式で役目があるわけではなく、冊子作りなどで主任格といえる彼女の身分はやや別格である。
2022.12.08
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「穴のあくほど観察する」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。馬の中将が先輩だから先に行くので、どこへ行くかも分からずたどたどしくついてゆく格好を、わたしの後姿をどう見たのだろうと思うと、ほんとうに恥ずかしかった。紫式部は内気だが、いつも穴のあくほど人間を観察する。これが人によっては、知的な冷たさとして嫌われている。一条院の東の対の部屋に入って横になっていると、小少将の君(源時通の娘)もおられて、やはり、こういう宮仕えの辛さなどを語り合って、寒さで縮んだ衣裳を隅にやり、厚ぼったい綿入れを重ねて着ていた。香炉に火を入れて、体が冷えきった同士が、お互いの不恰好を言い合ってると、侍従の宰相(藤原実成)、左の宰相の中将(藤原公信三十二歳、為光の子)、公信(きんのぶ)の中将など、次々に寄って来ては声をかけるのも煩わしい。
2022.12.07
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「そのつぎの車に私が乗った」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。 中宮さまの御輿には、宮の宣旨女房がいっしょに乗る。糸毛の車に殿の北の方、それに少輔(しょう)の乳母が若宮を抱いて乗る。大納言の君、宰相の君は黄金づくりの車に乗っていた。つぎの車には小少将の君と宮の内侍、そのつぎの車に私が、馬(うま)の中将(中宮女房・左馬頭藤原相尹の娘)と乗ったのを、中将が嫌な人と同乗したと思っているのを見ると、なおさら宮仕えの煩わしさを感じる。殿守(とのもり)の侍従の君、弁の内侍、そのつぎに左衛門の内侍と殿の宣旨の式部までは順序が決まっていて、そのほかは、例によって思い思いに乗り込み、車からおりると月がくまなく照らしているので、なんとも恥ずかしいことだろうと、足も地につかなかった。
2022.12.06
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「髪上げして控えている女房」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。紫式部は、宮廷生活を嫌だと思いながらも同僚を慕いながら、宮仕えという境遇に流されつつ源氏物語を書き綴っていった。中宮内裏還啓(かんけい)---十一月十七日 還啓(皇太子、三后が出先から帰ること)中宮さまが宮中にお入りになるのは十七日である。戌(いぬ/午後8時~9時)の刻(とき/午後八時ごろ)と聞いていたけれど、延びて夜も更けてしまった。みんな髪上げして控えている女房は、三十人余り、その顔は見分けられない。母屋の東の間、東の廂に、内裏の女房も十人あまり、わたしたちとは南の廂の妻戸(両開きの戸)をへだてて座っていた。
2022.12.05
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「あなたが恋しくてならない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。 うちはらふ 友なきころの ねざめには つがひし鴛鴦ぞ 夜半に恋しき鴛鴦(えんおう/おしどり)が互いに露をはらうような友のいないこのごろのねざめには、いつも一緒にいたあなたのことが恋しくてならない歌の書き方までがとても素敵なのを、すべてによくできた方だと思って見る。中宮さまが雪をごらんになって、よりによってあなたが実家に帰ったのを、ひどく残念がっていらっしゃると、女房たちも手紙で言ってくる。殿の北の方からの手紙には、私が引きとめた里帰りだから、特に急いで帰りすぐに帰ってくると言ったのも嘘で、実家にいつまでもいるみたいとのことでたとえそれが冗談だとしても、私もすぐにと言ったことだし、わざわざ手紙もくださったのだから、悪いと思って宮廷へもどった。
2022.12.04
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「孤独な悲しみを述べた日記」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。紫式部の孤独な悲しみを述べた日記。彼女にとって華美な宮廷生活は、肌に合わないという程度ではなく、生まれつきが合わないのである。今のわたしは、ただ、宮仕えでなんとなく話をして、少しでも心にかけてくれる人とか、細やかに言葉をかけてくれる人とか、さしあたってしぜんと仲良く話しかけてくる人ぐらいを、ほんの少しばかり懐かしく思うのははかないことだ。 大納言の君(源扶義の娘廉子)が、毎夜、中宮さまの近くにお休みになって、お話をされたのが恋しく思われるのも、環境に慣れてしまう心なのだろうか。浮き寝せし 水の上のみ 恋しくて 鴨の上毛に さへぞおとらぬ中宮さまとの夜が恋しくて、ひとり実家にいる寂しさは、鴨(かも)の上毛(うわげ)の露の冷たさに劣らないのです。
2022.12.03
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「自然と音沙汰がなくなる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。打ち解けて親しく語り合った友も、宮仕えに出たわたしをどんなにか軽蔑しているだろうと思うと、そんな気を遣うことも恥ずかしくなって、手紙さえも出せない。奥ゆかしい人は、いいかげんな宮仕えの女では手紙も他人に見せてしまうだろうと、つい疑ってしまうだろう。そんな人がどうしてわたしの心の中を、深く思ってくれるだろうかと思うとそれも当たり前で、酷くつまらなく、交際が途絶えるというわけではないが自然と音沙汰がなくなる人も多い。私が宮仕えに出ていつも家に居ないから、訪れてくる人も、来にくくなってすべて、ちょっとしたことにふれても、別世界にいるような気持ちが、実家ではよけいにして、悲しみに気がふさぐ事が多くなる。
2022.12.02
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「わが身の辛さを思い知る」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。将来の不安は晴らしようがなかったけれど、それでもなんとか取るに足りない物語をつくったり、話をして気心の合う人とは、手紙を書きあったり、伝手(つて)をたどって文通などしたものだが、ただこのような物語を色々いじり、取り留めない話にじぶんを慰めたりしていた。だからといってじぶんなど生きてゆく価値のある人間だとは思わないが、どうにか恥ずかしいとか、辛いと思うようなことはまぬがれてきたのに、宮仕えに出てからは、ほんとうにわが身の辛さを思い知らされる。実家に帰った紫式部の索漠とした心境や、式部の宮仕えの憂鬱は底知れぬほど深く、そんな気持ちも晴れようかと、源氏物語を読み返してみても、以前のようにはおもしろくなく、あきれるほど味気ない表現が多い。
2022.12.01
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