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「空の景色もざわついてる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。時雨(しぐれ)の空小少将(こしょうしょう)の君(紫式部と親しかった中宮女房、源時通の娘)の手紙の返事を書いてると時雨がさっと降ってきたので使いの者も返事を急ぐが、私だけでなく、空の景色もざわついてると返事の末尾に添えた。拙(つたな)い歌を書いてあげたが、もう暗くなっているのに、返事がきて、紫色に濃く染めた雲紙に、雲間なく ながむる空も かきくらし いかにしのぶる 時雨なるらむ時雨は何を恋いしくて降ってるの。それはあなた恋しさの私の涙の時雨みたい。 前の手紙にどんな歌を書いたのか思い出せないままに、ことわりの 時雨の空は 雲間あれど にがむる袖ぞ かわくまもなき時節柄降る時雨の空は雲の絶え間もあるけれど、あなたを思う私の袖は乾く暇もないの。小少将の君は、内面の苦悩も語り合え、慰めあえる無二の親友。
2022.10.31
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「ついわが身と重ねてしまう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。 水鳥を他人事とは思えない。私だって、浮ついた日々を過ごしている。あの水鳥たちも、楽しそうに遊んでいるように思えるが、その身になってみれば、きっと苦しいだろうと、ついわが身と重ねてしまう。現世的栄華に溶け込めない紫式部。そこに身をおけばおくほど、仏道にひかれてゆく自分をどうすることもできない。気が高ぶるほど嘆いて心配することになり、華麗な宮廷社会と自己との隔絶に懊悩する紫式部。 源氏物語の10帖の賢木(さかき)辺りからブラックな気持ちを募らせたか。源氏との結婚を諦めた六条御息所は、娘の斎宮と共に伊勢へ下る事を決意。紫の上と結婚した源氏も、御息所を哀れに思って野の宮を訪れ別れを惜しむ。
2022.10.30
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「いくら思っても仕方がないこと」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。出家遁世(しゅっけとんせい)とは、家族などとの縁を切り、世間から離れて、僧になることで、私の物思いがもう少し普通であったならば、風流を楽しんで若々しくして、この無常な世を過ごせるのに、憂鬱で、ままならず、嘆かわしいことばかり多くなって、とても苦しい。でも、今は何もかも忘れてしまおう、いくら思っても仕方がないことだし、罪深いことだなどと思って、夜が明けると、ぼんやり外をながめて、池の水鳥たちがくったくなく遊んでいるのを見る。水鳥を 水の上とや よそに見む われも浮きたる 世をすぐしつつ水鳥を他人事とは思えない。このわたしだって同じように、浮ついた日々を過ごしている
2022.10.29
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「美しく色変わりした菊」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。色とりどりに美しく色変わりした菊も、黄色で優れている菊も、様々に植えたててある菊も、朝霧の絶え間に見渡した光景は、中国においては菊は仙人の愛する花で、菊の上の露を飲むと老いを忘れる伝説がある。本当に、老いも何処かへ退散しそうな気持ちがするのに、どうしてだかまして、この人一倍の物思いが、もし、もう少しいい加減な身の上であったならば、風情に愛着を持つ様に若々しく振る舞っているだろうこの無常な世を若々しく過ごせるならば、素晴らしい事、趣きが有る事を見たり聞いたりするにつけても、ただもう、出家遁世(しゅっけとんせい)を思う心が引きつけられる方だけが強く、憂鬱で、心外にも嘆かわしい事が多くなってしまうのは、とても苦痛である。
2022.10.28
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「老いもどこかへ退散する」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。道長は宇多帝(うだてい)の皇孫源雅信(まさざね)の娘倫子と、日本の第60代天皇醍醐帝(だいごてい)の皇子源高明の娘明子を妻室に迎えている。道長が更に望むものは皇室の尊貴の血統であるが、紫式部はこれを複雑な思いで見ている。水鳥に思いをそえて 一条天皇の土御門邸(つちみかど)への行幸が近くなり、邸を一段と手入れして立派になさる。上東門第(じょうとうもんてい)や京極殿(きょうごくどの)ともいう。見事な菊の株を、あちこちから探し出しては掘って持ってくる。様々に美しく色変わりした菊も、黄色が見所の菊も、様々に植えてあり、朝霧の絶え間に見渡した光景は、昔からいうように、老いもどこかに退散するような気がする
2022.10.27
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「若宮が殿におしっこをひっかける」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。若宮は何もわからないころなのに、殿が抱き上げて可愛がられるのは、もっともで結構なことである。ある時、若宮が殿におしっこをひっかけられたのを、殿は直衣の紐をといて脱がれ、御几帳のうしろで火にあぶってお乾かしになる。殿は、ああ、若宮のおしっこに濡れるのも、いいものだな。この濡れたのを、あぶるのも、ほんとうに思い通りにいったような気持ちだと、喜ばれる。初孫におしっこをかけられて喜ぶ道長の人間性に共感する紫式部。中務の宮家との縁 中務(具平親王は村上天皇第七皇子で当年四十五歳)の宮家のことを、殿は長男頼通と具平親王の娘隆姫との結婚を一生懸命切望されわたしをその宮家に縁故のある者と思われて、いろいろ相談なさるのも、ほんとうのところ、さまざまな思案にくれることが多かった。
2022.10.26
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「一人ひとりの姿もはっきり見える」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。透き通った薄物の唐衣を通して、つやつやした打衣(うちぎぬ)が見える。そして思い思いの衣装に、一人ひとりの姿もはっきり見える。 こまのおもとという人が、宴席で恥をかいた夜である。めずらしく、なまめいて、つやつやとという表現は白から色彩への転換。初孫をいつくしむ道長 十月十日過ぎまで、中宮さまは産後の養生のため御帳台から出られない。女房たちは、その東母屋の西寄りにある御座(おまし)に、夜も昼もひかえている。殿が夜中にも明け方にもやって来られては、乳母のふところをさがして若宮をのぞかれるのだが、乳母がうちとけて寝ているときなどは、はっとして目をさますのも、ほんとうに気の毒に思われる。
2022.10.25
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「今風に精巧で素晴らしいのを」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。 九日の御産養(うぶやしない)―九月十九日 誕生九日目の夜は、東宮の権の大夫 (ごんのだいぶ 道長の長男、藤原頼通)が御産養を奉仕なさる。白い御厨子(みずし)一対に、お祝いの品々がのせてある。儀式は変わっていて現代風である。銀製の衣箱には、海浦(かいふ)海浦とは、大きな波に貝や海藻をあしらった模様の絵模様がうち出してあり、その中にそびえる蓬莱山など、型通りの趣向だが、今風に精巧で素晴らしいのを一つ一つとりたてて説明することができないのが残念である。今夜は、白一色の几帳に代えて、朽木形(くちきがた)の模様のある几帳を普段と同じように立てて、女房たちは、濃い紅の打衣(うちぎぬ)を上に着ている。今までの白装束を見なれた目には目新しく、奥ゆかしくて優美に見える。
2022.10.24
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「別に添えて与えられたと聞いた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。朝廷からの褒美は、大袿(おおうちき)裄や丈を大きく仕立てる。衾(ふすま)夜具で平安時代などに用いられた古典的な寝具の一種。長方形の一枚の布地で現在の掛け布団のように就寝時に体にかけて用いる。後世の掛け布団も衾と呼ぶことがある。腰差(こしざし)巻絹 軸に巻いた絹の反物など、例によって公式通りだろう。御乳付の役を奉仕した橘の三位への贈物は、きまりの女の装束に、織物の細長を添えて、銀製の衣箱に納めた。その包なども同じように白かったのだろうか。また、別に包んだ品を添えて与えられたと聞いた。でも、詳しくは見ていない。八日目の日、女房たちは、色とりどりの衣装に着替えた。中宮さまに慕わしさをつのらせる紫式部。
2022.10.23
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「乱れないよう元結でくくられる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。小さな灯炉が御帳台の中に掛けてあるので、隅々まで明るく美しい肌が、一段と透き通るように綺麗で、ふさふさとした髪は、横になっても乱れないように元結でくくられると、いっそうふさふさとして見事である。こんなことを言うのも、今更という気がするので、このまま書き続けることができないが、だいたいの儀式は、先日五日の夜の御産養と同様である。上達部への褒美は、御簾の内から、女の装束に若宮のお召し物などを添えて差し出し、殿上人への褒美は、蔵人(くろうど)の頭(とう)二人を、初めとして、順に御簾のそばへ寄って受け取る。
2022.10.22
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「学生が長官に引率されて参賀」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。歓学院は左大臣冬嗣が藤原氏の子弟教育のために開いた私学校のこと。氏の長者の家に慶事があるときは、学生が別当(長官)に引率されて参賀する。この参賀には、練歩除歩などの一定の作法があり、藤原氏に大慶事のあるとき、勧学院の学生が練歩してその邸に行き、祝賀を述べたこと。これを「歓学院のあゆみ」といった。中宮さまの御帳台をのぞいたところ、このような国の母として崇められる麗しい様子でもなく、少し苦しげで、面やつれして、お休みになっていらっしゃる様子は、いつもより弱々しく、若くて美しい。
2022.10.21
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「整然と威儀を正して」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。蔵人の少将道雅(みちまさ)を勅使として、天皇から若宮に贈られる目録を、柳筥(やないばこ)に入れて来られた。柳筥とは、柳の細枝を編んだ箱。 柳の木を三角に削って寄せ並べ、生糸やこよりで編んだ蓋つきの箱で、硯 (すずり) ・墨・筆・短冊や冠などを納めた。中宮さまはそれをごらんになると、そのまま宮司に返される。歓学院(かんがくいん)の学生(がくしょう)たちが、整然と威儀を正して歩いてくる。その参賀の人々の連名簿などを、中宮さまへごらんにいれる。中宮さまはこれもすぐに宮司に返される。禄なども賜れるだろう。今夜の儀式は、朝廷の御産養なので一段と盛大で、大騒ぎしている。歓学院は左大臣冬嗣が藤原氏の子弟教育のために開いた私学校のこと。
2022.10.20
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「歓待したり冗談をおっしゃり」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。内裏の女房たちの突然の訪れに、船に乗っていた若い人たちも、あわてて家の中に入ったが、殿が出てこられて、なにもない様子で、歓待したり、冗談をおっしゃり、内裏の女房たちへの贈物なども、それぞれの身分に応じて与えられる。七日の御産養(うぶやしない)---九月十七日の夜、誕生七日目の夜は、朝廷主催の御産養。平安朝の貴族社会などで行われた通過儀礼の一つ。 小児誕生の夜を初夜といい、その日から3,5,7,9日目に当たる各夜ごとに親戚・知人から衣服・調度・食物などが贈られ、一同参集して祝宴を張り和歌・管絃の御遊に及ぶ。 産養の主要行事に廻粥(めぐりがゆ)の儀がある。
2022.10.19
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「真っ白な白砂の庭に月の光」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。真っ白な白砂の庭に、月の光が照り返し、その月光に映えて女房たちの白装束の姿や顔つきも、風情がある。北の陣に牛車がたくさん停めてある。というのも、内裏の女房が来たからで、藤三位(左大臣師輔の娘繁子)をはじめとして、侍従の命婦(みょうぶ)、藤(とう)少将の命婦(藤原能子)、馬の命婦(枕草子の猫の乳母と同一人かも)、左近の命婦(さこんのみょうぶ)筑前の命婦(後に彰子に従い出家)少輔(しょうゆう)の命婦、近江の命婦などであると聞いた。だが、詳しく見て知っている人たちではないので、間違いもあるかもしれない。内裏の女房たちの突然の訪れに、船に乗っていた若い人たちも、あわてて家の中に入った。
2022.10.18
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「中将の君が誘い出されて」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。小大輔(こたいふ 中宮の女房)源式部(げんしきぶ 中宮の女房 源重文の娘)宮木(みやぎ)の侍従(中宮の女房)五節(ごせち)の弁(中宮の女房 惟仲の養女)右近(中宮の女房)小兵衛(こひょうえ 中宮の女房 左京大夫源明理の娘)小衛門(こえもん 中宮の女房)馬(中宮の女房)やすらい(中宮の童女)などが、端近く(出入り口に近く)に座っていたのを、左の宰相の中将(源経房 道長の妻明子と兄弟)と殿のご子息の中将の君(教通 十三歳)が誘い出されて、右の宰相中将兼隆(かねたか)に棹(さお)をささせて舟に乗せられる。殿のご子息の中将の君が誘い出されて、右の宰相中将兼隆に棹(さお)をささせて舟に乗せられるが、一部の女房たちは船に乗らないでそっとぬけ残ったが、やはりうらやましいのだろうか、池のほうに目をやっていた。
2022.10.17
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「装束に用いる衣服の一種」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。特別に名指して歌を詠むように盃をさすこともなく退出なさった。褒美などは、上達部には女の装束に若宮のお召し物と産着が加わった。殿上人の四位の者には、袷(あわせ)の衵(あこめ)を一揃いと袴(はかま)あこめとは、装束に用いる衣服の一種で装束の表着と単の間にこめて着る衣の略装。五位の者には袿一揃い、六位の者には袴一着と見えた。月夜の舟遊び―九月十六日 次の日の夜、月がとても美しく、そのうえ時候も風情あるときなので、若い女房たちは船に乗って遊ぶ。色とりどりの衣装を着ているときよりも、白一色の装束を、つけている容姿や髪が、清浄で美しく見える。
2022.10.16
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「声の出し方にも気を配る」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。お祝いの歌が詠まれ、女房、盃を受けて歌を詠めなどと言われたときには、どんな歌を詠んだらいいのかなどと、銘々が口々に呟いて試作している。めづらしき 光さしそふ さかづきは もちながらこそ 千代をめぐらめ若宮がお生まれになって 素晴らしい光が射しこむお祝いの盃は 手から手へと満月のように欠けることなく 千年をめぐり続けるでしょう四条の大納言(藤原公任/きんとう/歌人)に歌を詠んで差し出す時には、歌の出来映えは勿論のこと、声の出し方にも気を配らなければと、言い合っているうちに、夜もすっかり更けてしまった。
2022.10.15
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「その夜の中宮さまの御前の様子」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。その夜の中宮さまの御前の様子が、誰かに見せたいほどなので、宿直の僧が伺候(しこう)している屏風を押し開けて、この世では、こんな素晴らしいことは、またとごらんになれないでしょうと申し上げた。 宿直の僧は、ああ、勿体ない、あぁ、もったいないと本尊様をそっちのけにして、手を摺り合わせて喜んだ。上達部たちは席を立って、渡り廊下の橋の上に行かれる。殿をはじめとして、皆で攤(だ/平安時代以降に行なわれた遊戯。筒(どう)に入れた二個の采(さい)を振り出して、出た目の優劣を競う)をお打ちになる。高貴な方々が賭物(かけもの)の紙を得ようと争うのは、ひどくみっともない。
2022.10.14
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「趣向には才気が感じられる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。この大式部のおもと(婦人)は陸奥の守(みちのくにのかみ)の妻で、このお邸の宣旨女房である。大輔(たいふ)の命婦(身分のある女性の称)は唐衣には趣向も凝らさないで、裳を白銀の泥で、とても鮮やかに大海の波の模様を摺り出しているのは、際立ってはいないが、感じがよい。弁の内侍(ないし)が、裳に銀泥の洲浜の模様を摺り、そこに鶴を立てている趣向は珍しく、裳の刺繍も、松の枝で鶴の千年の齢と競わせている趣向には、才気が感じられる。少将のおもとの裳(も/腰から下に着ける)が、これらの人たちに見劣りする銀箔を、女房たちは秘かにつつき合って笑う。少将のおもとという人は、信濃の守(かみ)藤原佐光(ふじわらのすけみつ)の姉妹で、この土御門邸(つちみかどのてい/寝殿造の邸宅)の古参の女房である。
2022.10.13
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「人が通ることもできない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。采女(うねめ)や水司(もいとりのつかさ/水・粥・氷室を司る)御髪上げ(理髪)の女房たち殿司(とのもり)の輿車(こしや車)・御帳(みちょう)火燭(ひそくあかり)薪炭(しんたん)や掃司(かんもり施設の管理、清掃や式場の設備)の女官などは顔も知らない者もいる。闈司(みかどづかさ 後宮の門鍵の管理・出納)などという者だろうか、粗末な装束をつけ雑な化粧をして、大袈裟に挿した髪飾りも、儀式ばって、寝殿の東の縁や渡り廊下の妻戸口まで、隙間もなく無理に入り込んで座っているので、人が通ることもできない。お膳をさし上げるのが終わって、女房たちは御簾のそばに出て座った。灯火によって、きらきらと見渡される中でも、大式部(おおしきぶ)のおもとの裳や唐衣(からぎぬ)に、小塩山(おしおやま)の小松原の景色が刺繍してあるのは、とても趣がある。
2022.10.12
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「東に面した二間ほどの所に」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。貴人の座所や寝所として屋内に調度品が置かれた東に面した二間ほどの所に三十人あまりも並んで座っていた女房たちの様子は、まさに見ものだった。立ち居振る舞いに威厳を示すお膳は采女(下級の女官)たちがさしあげる。寝殿造りなどの妻戸になっている出入り口の方に、御湯殿を隔てた屏風に重ねて、さらに南向きに屏風を立てた。屏風を立て、そこに白木の調度・書画などを載せる置き棚一対に儀式や饗宴のときに天皇にすすめる御膳が置かれてある。夜が更けるにつれて、月の光が曇りなく射しこんでいる。
2022.10.11
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「皆美しい若女房で見映えがした」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。大馬(左衛門の大輔、藤原頼信の娘)、小馬(左衛門の佐、高階道順の娘)小兵部(蔵人である藤原庶政の娘)、小木工(木工の允平文義という人の娘)皆美しい若女房で、向かい合って座っている様子は、見映えのあるものだった。いつもは中宮さまにお膳をさしあげるとき、髪を結い上げる事はしているが、このような皇子を出産された晴れがましい時なので、殿がわざわざ相応しい女房を選ばれたのに、人前に出るのが辛いと嘆いて縁起が悪い程に思われた。殿がわざわざ美しくそれにふさわしい女房を選ばれたのに、人前に出るのが辛いとか嫌だと嘆いたり泣いたりして縁起が悪いほどに思われた。美しさを褒め称えたと思ったら、大役を恥ずかしがった若女房たちへの不満。紫式部特有の表現。
2022.10.10
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「白一色に装束して髪を結い上げ」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。中宮さまにお膳をさしあげるというので、女房が八人、白一色に装束して髪を結い上げて白い元結をして、白銀のおぼんを持ち一列になり入っていく。今夜の給仕役は宮の内侍(ないし/中宮女房、橘良芸子)で、堂々としていてとても美しい容姿に、白元結にいっそう引き立って見える髪の垂れ方は、いつもより好ましく、扇からはみ出て見える横顔は、本当に美しかった。髪を結い上げた女房は、源式部(げんしきぶ 加賀の守、源重文の娘)小左衛門(こざえもん 故備中の守、橘道時の娘)、小兵衛(こひょうえ左京の大夫、源明理の娘)、大輔(伊勢の祭主、大中臣輔親の娘)
2022.10.09
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「望み通りであったという顔つき」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。昼のように明るいので、あちこちの岩の陰や木の下に集まっている上達部の随身でさえ、それぞれ話し合っている話題は、このような世の中の光といえる皇子が誕生なさることを、陰ながら思っている。自分たちの望み通りであったという顔つきで、表情を崩し嬉しそうにしているまして、土御門(天文道・陰陽道をもって朝廷に仕えた家系)の邸の人たちはなにほどの人数にも入らない五位の者までもが、腰を屈め会釈している。皆が会釈しながら行ったり来たりして、忙しそうな様子をして、よい時勢に会ったという顔つきで、権勢に盲従する下役たちを描写する紫式部の辛辣な眼。
2022.10.08
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「松明を掲げて立ち並んでいる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。十五夜の月が曇りなく美しい上に、池の水際近くに、かがり火をいくつも木の下にともして、屯食(飯を握り集めたもの)を五十具立て並べる。宮中や貴族の邸宅で饗宴で庭上に並べて下級職員、時に身分ある人に賜った物である身分の低い男たちがしゃべりながら歩きまわっている様子なども、御産養の晴れがましさを際立たせているようだ。主殿寮(とのもつかさ/宮内省に属し、天皇の乗り物や帷帳(いちよう)に関する事および清掃・湯浴み・灯火・薪炭などの事を司る役所)の役人たちが松明を掲げて立ち並んでいる様子も真剣な様子が伺える。
2022.10.07
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「産所の空間を白で統一」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。近江の守(源高雅)は、その他の全般的なことを奉仕するのだろう。東の対の、西の廂の間は、上達部の席で、北を上席にして二列に並び、南側の廂の間には、殿上人の席が西を上席にしてある。白い綾張りの屏風をいくつも、母屋の御簾にそえて、外向きに立て並べてある。出産は母子にとって大変な営みで、中世においては尚更で、そのためもあり、出産の場では祈祷や呪いが数多く行われ、皇后や中宮が出産する際には、産所の空間を白で統一し清浄さを保ち、魔を除く想いも込められている。五日の御産養―九月十五日の夜 ご誕生五日目の夜は、殿が奉仕なさる御産養(おんうぶやしない/小児誕生の夜を初夜といい,その日から3,5,7,9日目に当たる各夜ごとに親戚・知人から衣服・調度・食物などが贈られた
2022.10.06
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「懸盤や白銀のお皿を調進」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。大夫の右衛門の督(えもんのかみ/藤原斉信)は中宮さまにさし上げるご祝膳のことで、沈の懸盤や白銀のお皿などを調進したが、詳しくは見なかった。食器をのせる台。格狭間(こうざま)を透かした台に折敷(おしき)をのせたもの。源中納言(げんちゅうなごん/源俊賢四十九歳)と藤宰相(とうさいしょう)藤原実成三十四歳)は、若宮の御衣(みそ)、御襁褓(むつき)、衣箱の折立(おたて)、入帷子(いれかたびら)、包み、覆い、下机などを調進なさる。御産養のいつもの例で、同じ白一色ではあるが、作り方は人それぞれの趣向があらわれていて念入りにこしらえてあった。強い関心を持って自ら行動する人、それほど深くは考えたことはないけれどなんとなく気になっている。
2022.10.05
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「扇の様子なども白一色なので」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。裳(も/平安時代の女房の装束で、 表着(うわぎ) や 袿(うちき)の上に、腰部から下の後方だけにまとった服)や唐衣(中国風の衣服。 広袖(ひろそで)で裾(すそ)が長く、上前と下前を深く合わせて着る)の刺繍はいうまでもない。袖口に縁飾りをつけ、裳の縫い目には銀の糸を伏せ縫いにして組紐のようにし銀箔を飾って白綾の紋様を押し扇の様子なども白一色なので、まるで雪が深く積もった山を月の明るい夜に見渡している。上着はきらきら光って、はっきり見渡す事ができず、鏡が掛け並べてあるようだ。三日の御産(うぶ)養(やしない)―九月十三日の夜 ご誕生三日目の夜は、中宮職(ちゅうぐうしき)の官人が、律令制において中務省に属して后妃に関わる事務を扱う役所では、中宮の大夫(だいぶ)をはじめとして御産養(平安朝の貴族社会などで行われた通過儀礼の一つ)を奉仕する。
2022.10.04
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「各自は独自の扇を持っていた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。禁色を許されない女房でも、少し年配の人は、みっともないことはしないとなんとも言えない美しい三枚重ね、五枚重ねの袿(うちき)に表着(うわぎ)は織物、その上に織模様のない唐衣を地味に着て、その重ね袿(うちき)には綾や羅(うすもの)を用いている人もいる。扇なども、見た目には、大袈裟に煌びやかにはしないで、風情があるようにしている。扇には気のきいた詩文の一句をちょっと書いたりして、申し合わせたように同じ文句なのも、各自は独自のものをと思っていた。年格好が同じ者は、同じものになってしまうのを、おかしなものだとお互いに扇を見比べている。このような事からも、女房たちの人には劣らないという様子が、はっきり見える。
2022.10.03
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「一点の汚れもなく真っ白」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。前漢の宣帝は即位前に『詩経』『論語』とともに『孝経』を学んでいた。また挙周(大江挙周/たかちか)は、『史記』の文帝の巻を読むのだろう。七日間、この三人が交替で読書の役をつとめる。女房たちの服装 すべての物が一点の汚れもなく真っ白な中宮さまの御前に人々の容姿や、色合いなどまでが、はっきりと現れているのを見わたすとまるで上手な墨書きの絵に、髪だけを黒く描いたように見える。女房達を見ると、禁色の赤・青・黄丹(おうに)・梔子・深紫・深緋色・深蘇芳(ふかすおう)の七色を許された上級の女房たちは、織物の唐衣に同じく白地の袿(うちき)を着ているので、かえって端正な感じがしてそれぞれの趣向が見えない。
2022.10.02
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「庭に二列に立ち並んでいる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「紫式部日記」の研鑽を公開してます。中国人によって書かれた漢文形態の書物を読む博士は、蔵人の弁の広業(ひろなり/藤原広業)で、高欄の下に立って、『史記』の第一巻を読む。悪魔を払う弦打(つるうち/穢れを退散させるまじないで弓の弦を鳴らす)は二十人、そのうち五位が十人、六位が十人で、庭に二列に立ち並んでいる。夕方の御湯殿の儀である産湯(うぶゆ)をあびさせる行事といっても形式的に繰り返して奉仕する。儀式は前と同じである。ただ読書の博士だけが変わったのだろうか。今度は伊勢守(いせのかみ)致時(むねとき/中原致時)は平安時代中期の貴族。読んだのは、孝経(こうきょう/中国の経書のひとつ)の天子章の一章だろう。
2022.10.01
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