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今年はとにかく暑い夏でしたね。
地域によってはまだ暑いところもあるのかもしれませんが、私が住む北海道は夏はもう終わった感じですね。
というか、もう肌寒いですね(笑)。
あんなに暑かったのに、喉もと過ぎればなんとやらで、もうすっかり良い思い出です(笑)。
人間というものは不思議なもので、どんなにつらい出来事でも、済んでしまうとよい思い出に変える力を持っています(笑)。
「あのときは本当に大変だったな~」とか、「もう二度とごめんだ」などと思っても、そこから何らかの成長が得られたり、心機一転気持ちを入れ替えてその後に頑張れたりすると、つらかった思い出も、あとになってみればよい思い出です。
きっと、だからこそ、楽しい出来事はより楽しくなりますし、人生をエンジョイできる気がします。
楽しいことばかりだと、楽しみも半減します。
楽しみとは、楽しくないこととセットで登場するからこそ、より鮮烈な感情としての体験ができるわけですね。
ですから、ある意味、不幸は幸福の延長だと捉える事が出来ます。
やがてくる幸福を味付けするスパイスのようなものですから。
そして、どんなに長い不幸(猛暑)も、やがて終焉(夏の終わり)を迎えます。
その後には、穏やかな紅葉の季節が待っています。
そして、冬が来て、さらに春が来て・・・
このように、自然界というのは、うまい具合にできているんですよね。
ですから、トータルで見れば、人生とはすべて楽しみだと考えることができます。
苦しみは、楽しみのためのスパイスにすぎません。
思い思いの料理(人生)を作っていきましょう。
そのために生まれてきたんですから。
どんな体験でも無駄なものはありません。
しかし、一瞬でもいいですから、閃光のような花火を打ち上げたいですね。
人と動物の決定的な違いは、自らの意志で神性の花火を打ち上げることができることにあります。
これはすばらしいことです。
1日24時間、1年365日、いつでも美しい神性の花火を上げることができるんです。
それは、自分自身が輝き、周りを輝かせ、周りの人を癒します。
たとえどんなにわずかな灯(ともしび)であったとしてもです。
スピリチュアル的に見れば、これはとてつもない貢献といえます。
自分自身が内在する神性さに気づき、他人にもそれを気付かせることができる。
それによって、全体の進化に貢献できるからです。
ともあれ、どんな神性の花火を上げるかは、その人その人の自由です。
様々に人生を楽しみ、一瞬でもいいですから、輝きを放ちたいですね。
(Credit & Copylight by Mr Magoo ICU)