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「恐怖を感じた」 三重県議会 吉田紋華議員(27)に殺害予告メール 8000件超え 送信は同じアドレスから1分おきに 警察は被害届を受理三重県議会議員の吉田紋華議員に対する殺害予告メールが、三重県議会事務局に8000件以上届いていることが分かりました。吉田議員は警察に被害届を提出し受理されたということです。三重県議会事務局や吉田議員によりますと、3月28日の午後8時ごろ、三重県議会事務局の総務課と企画総務課に「いい歳して非常用ナプキンを持ち歩かない吉田あやか議員を殺害します」という件名のメールが届いたということです。メールは同じアドレスから1分おきに送信されていて、きょう午後4時までに8000件を超えたということです。きょう会見を開いた吉田県議は「恐怖を感じた」などとしたうえで、今回のメールは、3月25日に投稿した市役所内での生理用ナプキンの設置などに関するSNSの投稿が発端とみられると説明しました。吉田議員は警察に被害届を提出し受理されたということです。---殺害予告メール8000通というのは常軌を逸している、というレベルですらなく、れっきとした犯罪です。で、そもそもこの議員が何故批判されているのか、私にはさっぱり分からないのです。元々問題となったXへの投稿は以下のようなものです。---吉田あやか🪷三重県議会日本共産党今日いきなり生理になって困った。用があって寄った津市役所のトイレにはナプキンは残念ながら配置されてなかった。家に帰るまでちゃんと対処できなかった。27歳でもこんなこと起こります。トイレットペーパーみたいに、生理用ナプキンをどこでも置いてほしい。---何か問題のある投稿ですか?わたしは男だから分からない世界ですが、トイレに生理用品を置いてほしいという要望が批判される意味が分かりません。もちろん、その要求が通るかどうかは分かりません。予算的に無理なら仕方がないし、何が何でもとは言いません。でも、現時点での可能不可能は措いて、不当な要求、おかしな要求とはまったく思えないのです。そもそも文面自体も強圧的に要求しているような内容ではまったくありませんし。それを、寄ってたかって「要求すること自体がけしからん」みたいな批判は、私には異常としか思えません。昔を思えば、私が高校生の頃、都営地下鉄のトイレにはティッシュペーパーがありませんでした。代わりに、トイレの入口にはトイレットペーパーの自動販売機がありました。その時代、「都営地下鉄のトイレにもティッシュペーパーを備え付けて」と要望したら、それも批判の対象になったんでしょうか。もちろん、当時都営地下鉄駅のトイレにティッシュペーパーがなかったことには、それなりのやむをえない事情はあったんだと思います。予算の制約でしょうか。しかし、今は当然都営地下鉄のトイレにもティッシュペーパーはあります。当然、トイレにティッシュペーパーくらい置いてほしい、という意見はあったんだと思います。それがなかったら、あるいは「ティッシュペーパーをトイレに置いて」という意見を言うことすら批判の対象になっていたら、今も都営地下鉄のトイレにはティッシュペーパーはなかったんじゃないですかね。要望は、口に出して言わなければかなうことはありません。もちろん、口に出して言っても、今すぐ実現するとは限りません。それは仕方がない。でも、時代が変われば実現するものもある。言わなければいくら待っても実現はしません。まあ、共産党の議員だから、それでくじけた黙ってしまう、なんてことはないでしょうけど、世間一般の人、まして女性だったら多くが黙ってしまうでしょうね。そうやって、求める声を上げること自体を「けしからん」と圧殺するような風潮の先に、明るい未来があるとは、まったく思えません。
2025.03.31
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炎上のストリートピアノ「休止」一転「撤収」【報告全文】「私の運営が問題だらけ」3日間で対応が右往左往演奏者への注意喚起が騒動となっていた、大阪市住之江区の大型商業施設「ATC」シーサイドテラス内に設置されたストリートピアノが25日に撤去完了された。同ピアノの公式Xが27日に発表した。発端となった22日の投稿からわずか3日後の“スピード撤去”となった。投稿した文書では「一昨日、ピアノの撤去が完了しましたことを、ご報告させていただきます」とし、25日時点で「休止」としていたピアノの運営については「前言の『休止』ではなく、『撤収』となります」と発表した。公式X自体も「時期をみて閉鎖」と明言。最後は「この度は、私の運営が問題だらけでこのような結果となり、本当に申し訳ありません」と謝罪で締めくくった。同ピアノをめぐっては、22日に公式Xが発表した使用方法に関する声明が物議に。拙い演奏に対して「練習は家でしてください」「人の練習聞かされる側はたまったもんじゃないんです」「つっかえてばかりの演奏に多くのクレーム」「手前よがりの演奏は『苦音』です」などと表現したがネット上で炎上騒動となった。騒動を受けた25日、同公式Xは「ストリートピアノの活用に係る掲示文書について、表現が適切でなかったことを深く反省しております」と運営者名義で謝罪。今後については「運営について考える時間が必要」として「暫くの間休止」と発表し、続く投稿で「撤去の方向性」と追記していた。---音楽を愛する人間としては残念な半面、「仕方がない」とも思います。わたしはピアノ(鍵盤楽器)は演奏できませんが、ご承知のとおり笛の練習はあちこちでやっています。で、練習の頻度に対してクレームの頻度は非常に少ないものの、皆無ではありません。葛西臨海公園で長らく練習していましたが、練習できなくなった経緯は以前記事を書いたことがあります。そのため、現在は葛西臨海公園の敷地のちょっと外側、京葉線の荒川を渡る鉄橋の下で練習しています。ここは、使い始めて約3年間で一度もクレームを受けたことはありません。何しろ上は鉄道、その隣は国道357号線、その隣は首都高。騒音を隠すには他の騒音が最強、というわけです。ただ、騒音の多い場所でもクレームを受けたことがないわけではありません。羽田空港の離着陸コースの真下に位置する城南島海浜公園でも、時折練習していましたが、なんとここで公園職員からクレームを受けたことがあります。いやいや、頭上の飛行機の方がよっぽどうるさいでしょ?とは思いましたが、それ以降そこでは吹いていません。それ以外も、場所はいちいち説明しませんが、あちこちで笛練習をしていす。鳥写真の撮影に行けば、その行か帰りに必ずどこかで笛は吹いています。唯一の例外は石神井公園で、あそこは住宅地が近すぎて、近隣に適当な場所もないので、公園近辺では一度も音出しをしたことがありません。というわけで、都内やその近郊各地で笛練習して、クレームを受けることは皆無ではないものの、その頻度は年に1回あるかな、程度です。休みの日は、雨天かグループの練習があるとき以外はほとんど屋外で練習しているので(山登りでも、登山中にどこかで吹いてます)、おそらく年に100回くらいは屋外で吹いているのと思いますが、クレーム発生率は1%かそれ以下です。ちなみに、自宅でも練習していますが、長年の既得権益(笑)のおかげか、クレームはありません。ただし、隣にマンションが建って以降、自宅での練習量は大幅に減らしています。20年前と同じ練習量を今も自宅で続けていたら、苦情を言われていたかもしれません。自宅は措いて、屋外練習のポイントは1.住宅地では吹かない(自宅は例外) 例外的に住宅地に近いのは葛西臨海公園隣の鉄橋下ですが、それでも100m以上離れています。しかも、前述のとおり集合住宅との間には、京葉線、国道357号線、首都高という3つの防音壁(笑)があります。2.人が少ない場所で吹く 基本的に屋外練習は土日の午前中。午後になると人出が増えるので、屋外練習はたいてい午前中です。3.人が寝ていたら近くでは吹かないというところでしょうか。そして、もう一つ、私の演奏レベルがそんなに低くはない、というところもクレームが少ない理由かなと思っています。自分でそんなことを書くのはいささか高慢だし、自分が「上手い」とは思ってはいませんが、少なくとも「下手ではない」とは言っていいかな。人間は正直なものです。どんなに上手くて美しい音楽でも、音楽に無関心な人間にとっては雑音ですし、下手な演奏になれば拷問です。それでも人が滞留しない場所なら、うるさければ歩き去ってしまえばよいわけですが、引用記事の事例では、ピアノの設置場所はフードコートだったそうです。音楽に特に興味があるわけでもない人が集まり、食事が済むまではその場から離れられない場所であるフードコートで、演奏者の技量を担保できないストリートピアノは不向きだったのだろうと思わざるを得ません。おそらく、食事をする利用者からのクレームもあったのかもしれません。この告知について、批判が相次いで炎上状態なのだそうですが、上記のような事情を考えると、私個人としては残念だけどやむを得ないものと思います。
2025.03.28
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旧統一教会に解散命令 東京地裁 経緯は 今後の手続きは旧統一教会の高額献金や霊感商法の問題をめぐり、東京地方裁判所は「膨大な規模の被害が生じ、現在も見過ごせない状況が続いている」として国の請求を認めて教団に解散を命じました。法令違反を根拠に解散が命じられるのはオウム真理教などに続いて3例目で、教団は即時抗告するとしています。旧統一教会=世界平和統一家庭連合の高額献金や霊感商法などをめぐる問題で、文部科学省はおととし、宗教法人法に基づき教団に対する解散命令を東京地方裁判所に請求しました。一方、教団は「献金は宗教活動の一環だ。組織性、悪質性、継続性はない」と反論していました。これについて東京地方裁判所の鈴木謙也裁判長は25日の決定で、民事裁判などから2009年までに1500人、190億円を超える被害があったなどとして「膨大な規模の被害が生じた。コンプライアンスの指導をした後も大きくは改善されず、現在も見過ごせない状況が続いていて、教団に事態の改善を期待するのは困難だ」と指摘しました。その上で「献金や勧誘は教義と密接に関連している。教団は多数の被害の申し出を受けても根本的な対策を講じず、不十分な対応に終始した。解散によって法人格を失わせるほかに有効な手段は考えにくく、解散命令はやむをえない」と判断して教団に解散を命じました。法令違反を理由に解散が命じられるのは、地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教と、最高幹部が詐欺で有罪判決を受けた明覚寺に続き3例目で、民法上の不法行為が根拠となるのは初めてです。教団は決定を不服として即時抗告するとしています。(以下略)---旧統一教会については、遅くとも1980年代初頭には霊感商法や身ぐるみはがすような献金が問題化していました。それに対して批判を行うと、信者を動員してすさまじい攻撃が行われました。かつて統一教会批判キャンペーンを行った朝日新聞(主にキャンペーンを張ったのは朝日が発行していた朝日ジャーナルでしたが)は、本社のある築地管内全体で電話がつながりにくくなったと言われるほどのすさまじいクレーム電話攻撃を受けたと言われます。実は、我が家もこの問題とは無縁ではありません。私が中学生の頃だから1980年代前半でしたが、親戚の一人が統一教会に入信してしまった騒動がありました。最終的には脱会にこぎつけたらしいですが、わたしの父がその脱会に多少関わっていたらしく、実家が統一教会の電話攻撃の標的になった時期がありました。という事実は、後になって知ったので、当時は何故、どこから続々と電話がかかっているのかは知らなかったんですけどね。何年か後になって(多分大学生くらいの頃)に、何かの拍子に統一教会の話になったときに、「あのときは」と母から教えてもらった記憶があります。私の主義主張は親譲りたところが多分にありますが、私より両親の方がずっと気が強かったので、父は電話がかかってくると百倍返しみたいな感じで詰問を返していた記憶があります。そんなことがあったので我が家の個人的体験に照らしても、統一教会は親の仇(笑)であり、許しがたい存在です。引用記事が指摘するように、宗教法人に対して宗教法人法に基づいて解散命令が出るのは3例目です。民法上の不法行為を問われての解散命令は初めてのことですが、統一教会がやってきたことの内容自体は、明覚寺の事例と同じで、被害額はそれよりずっと大きいのです。更に言えば、刑事事件として立件され、教祖の福永法源が逮捕された「法の華」も同様の罪でしたが、それよりも統一教会の方が被害額は大きいのです。ちなみに「法の華」も、文化庁が解散命令の準備にかかっていましたが、実際に裁判に入る前に、民事訴訟で多額の損害賠償が認められ、破産に至ったことで解散になっています。宗教法人法第43条2項は宗教法人の解散について規定していますが、今回の事例である裁判所による解散命令の他に、破産手続きの開始決定による解散も規定されています。「法の華」の場合はこちらの規定によって解散となったわけです。そうなっていなければ、これも裁判所による解散命令となっていたはずです。この「法の華」よりも統一教会による被害額は多きいのです。これらのことを考え合わせると、遅きに失したとはいえ、今回の解散命令は、「当然のこと」であると私は思います。もちろん、宗教法人法による解散は、あくまでも宗教法人という法人格(およびそれに付随する権利)を剥奪するというものであって、任意団体としての存続を禁止するものではありません。とはいえ宗教団体としての権利を失うことは、信者からの収奪、新たな信者の獲得にかなりブレーキをかけると思われるます。それにしても、このような団体から長年にわたって、人手と資金の支援を受け、特別な関係を築いてきた政党、政治家がいたわけです。そんな党が与党であったり首相であったりしなければ、とっくの昔に解散命令が出ていたはずです。だって、やってきたことは、「法の華」「明覚寺」と同じで、もっと被害額が大きいのですから。明覚寺は2001年に解散命令が出ており、法の華も同じ年に破産開始決定によって解散になっています。それなのに、旧統一教会だけが2025年まで平然と生きながらえてきた(被害者と被害額を拡大し続けてきた)責任は、それらの政党、政治家、元首相らにある、と言わざるを得ません。
2025.03.26
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前回の続きです。アカギツネ(おそらくキタキツネ)とギンギツネ。ギンギツネは名前は知っていましたが、アカギツネの黒変型なのですね。ちなみに、日本のホンドギツネ(本州・四国・九州)とキタキツネ(北海道)もアカギツネの亜種ですが、日本にはギンギツネタイプの黒変種は分布しません。ギンギツネ。毛皮としてはギンギツネの方が人気があるようです。ただ、正直なところ、この顔つきで黒っぽい毛皮だと、どうも「タヌキっぽい」という印象を抱きます。アカギツネ(キタキツネとホンドギツネ両方とも飼育しているようで、どちらかはパッと見では分かりませんが、足が黒いのでキタキツネっぽいです)が丸まっている姿は、可愛いものです。キタキツネでしょう。アカギツネの品種であるプラチナキツネみたいです。ホッキョクキツネだと思っていましたが、顔つきを改めてみると、先の写真と同じく、アカギツネの品種であるプラチナキツネのようです。これはアカギツネですが、キタキツネかホンドギツネかは分かりません。アカギツネとギンギツネアカギツネ入場する際に、色々と注意事項は言われますが、キツネは可愛いし、曲がりなりにも肉食動物の放し飼いですから、事故が起きてはよろしくないわけで、それらの注意が的外れとも思えず、さほど気にはなりませんでした。きつね村を出てちょっと歩き、不忘岳展望台へ。朝はよく晴れていたのですが、この時間は山頂付近にちょっとしガスがかかっており、やや残念です。これが不忘岳のようです。次は山登りで来たいです。白石駅付近まで戻って、昼食後近くのお寺を3軒回ります。傑山寺(「けっさんじ」と読むそうです。)斜面に沿って墓地があり、少し登ると展望があります。墓地の上の方からの展望清林寺常林寺この後白石蔵王駅まで戻り、新幹線で帰路に着きました。娘は大学を卒業したら一人暮らしすると言っており(そのためにはまず就職しなくっちゃ!)、あと何回家族旅行ができるやら、というか、今回が最後の可能性だってありますが、一応今の時点では「あと一回は家族3人で家族旅行に行けるかな」と、勝手に期待しています。
2025.03.25
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家族旅行で蔵王に行ってきました。というと、スキーか、冬山登山か、と言いたいところですが、家族旅行なので、そのどちらでもありませんでした。白石蔵王駅到着。遠方に蔵王の山々が見えます。白石城梅が満開でした。天守閣の入口は急な階段でした。(中の階段はもっと急でしたが、それは予想していました)天守閣より。蔵王の雪山も見えます。周りは森です。周囲が一望できます。天守閣続いて武家屋敷へ。周りは濠に囲まれています。でも、茅葺の、小さな建物です。周囲は住宅地で、敷地の前も普通の公道ですが、濠には柵等はありません。夜は怖いかも。ここに限らず、水路が多い町でした。天守閣は目立ちますね。で、この後鎌先温泉というところに宿泊しましたが、その写真はありません。色々端折って、翌日蔵王キツネ村以下次回に続きます。
2025.03.23
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硫黄島星条旗の写真を削除 米国防総省、DEI認定か18日付の米紙ワシントン・ポストは、太平洋戦争の激戦地、硫黄島で1945年2月に星条旗を掲揚した瞬間をとらえた写真を、米国防総省がウェブサイトから削除したと報じた。国防総省は多様性・公平性・包括性(DEI)重視を想起させる写真を削除する取り組みを進めている。米先住民の海兵隊員が写っていたため、該当すると認定したとみられる。国防総省は、広島に原爆を投下したB29爆撃機エノラ・ゲイを削除候補に指定。男性の同性愛者を指す「ゲイ」が名称に含まれるため誤認した可能性があると既に報じられている。DEI重視政策を取りやめる中、戦争の重要な記録が消去される動きが再び表面化した。星条旗掲揚の場面はAP通信カメラマンが撮影し、歴史的な一枚としてピュリツァー賞を受賞。東京の南約1250キロに位置する硫黄島では、45年2月19日に米軍が上陸し、3月26日に陥落するまで熾烈な戦いが続いた。トランプ政権は黒人で米軍制服組トップのブラウン統合参謀本部議長らの解任を発表。トランスジェンダーの兵士らを原則除隊とする方針も示した。---先住民出身の兵士が写っているから歴史的に著名な写真を削除、というのは、どう考えても異常であり、唾棄すべき白人至上主義、人種差別主義そのものです。ただ、そのことはそのこととして、偶然硫黄島の摺鉢山に星条旗を掲げた6人の兵士たちが写真にとられ、それが全米に配信されて、6人が一躍英雄と祭り上げられたことが、彼らにとって、とりわけ記事で取り上げられている先住民出身の兵士アイラ・ヘイズにとって望ましいことであったのかは、また別の話です。20年近く前ですが、クリント・イーストウッドが監督した米映画「父親たちの星条旗」を見たことがあります。この摺鉢山の星条旗に写った6人の兵士たちを追った、史実に基づく作品です。米軍が摺鉢山の山頂を占領し、星条旗を掲げた時、まだ日本軍が全滅していたわけではありません。米軍は摺鉢山の山頂を押さえただけで、周囲ではまだ激しい戦闘が続いていました。そのため、6人の兵士たちのうち3人は、その後の戦闘で戦死しています。そして、生き残った3人の兵士は、一躍英雄として祭り上げられたのですが、そのだれ一人、恵まれた戦後を送ることはできませんでした。英雄として祭り上げられていた間は「戦争が終わったら是非わが社で勤務を」と言ってくれた会社が、戦争が終わったらどこも雇ってくれなかった、というようなエピソードがあったように記憶しています。特に悲惨だったのが、渦中の先住民出身のアイラ・ヘイズで、過酷な戦闘経験から戦場神経症を病み、アルコール依存に陥り、逮捕を繰り返して、30代にして野垂れ死にという最期を遂げています。そのアイラ・ヘイズは、写真に写った兵士が自分であることを最初は頑なに認めようとしませんでした。英雄になってしまったら、そんな将来が待っている、とまで予想していたわけではないでしょうが、自分にとって良いことは何もなさそうだ、という程度の漠然とした予想はあったのかもしれません。つまり、彼は自分が英雄として祭り上げることなんか、これっぼっちのも望んではいなかったのです。戦争は、たとえ勝ったとしても、兵士の命は使い捨てであり、生き残った兵士の多くも、戦後の生活は悲惨極まりないものになる、ということです。そして、余談ですが、この摺鉢山の星条旗を日本側から目撃して奇跡の生還を果たした兵士が、驚きのエピソードを書き残しています。「17歳の硫黄島」(文春新書・秋草鶴次著)によると、著者は摺鉢山とは離れた戦場にいたのですが、摺鉢山に翻る星条旗は見えたそうです。しかし、実は翌朝になると、その星条旗が日の丸に変わっていたというのです。前述のとおり、このときまだ摺鉢山は米軍が山頂を押さえただけです。周囲には多くの日本軍が生き残っていました。その日本兵が夜陰に乗じて山頂に忍び寄り、星条旗を日の丸の取り替えたのです。当然、朝になってそれに気づいた米軍は、すぐに日の丸を引きずり降ろし、また星条旗を掲げました。しかしびっくり、その翌朝には、もう一度、星条旗が日の丸にすり替わっていたのだそうです。ただし、2度目の日の丸は、遠方から見ても、手作りで手描きの日の丸だと見て取れたそうです。そして、その翌朝、気付いた米軍は再度日の丸を引き下ろして星条旗を掲げます。そしてついに、3度目の日の丸が上がることはなかったそうです。戦争で殺し合いなんかしなければ、彼らが命を落とすこともなかったし、生き残っても戦後にまで苦しみ続けることもなかったでしょう。その悲惨な事実は、彼らを英雄視したところで、浄化できるものではないと思います。
2025.03.20
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立花孝志氏、襲われた傷痕公開「僕はこの先、街頭に立つことすらできない」、「民主主義の根幹を揺るがす事件」 東京・霞が関で今月14日に男にナタで切りつけられて大けがをした政治団体「NHKから国民を守る党」の立花党首は自身のYouTubeチャンネルを更新し、襲われた左頭部付近などの傷痕を公開した。 患部を撮影しながらけがの詳細を報告。全治3週間で~傷は左耳上部にも及んでおり、執刀した医師からは「耳切り取られなくてよかったね」と言われたという。立候補していた16日投開票の千葉県知事選中に起きた事件だっただけに「選挙演説における妨害なわけですよね。言論の自由というか民主主義の根幹を揺るがす事件なわけですよ」と主張。「僕はこの先、ファンの方々と握手できないですよ。街頭に立つことすらできないですよ」と訴えた。17日に新たに更新した別の動画では「支援者の方やスタッフの方に被害が及ばないようにしないといけないということで、しばらく街頭での活動は中止して、けがの回復に努めていく」と話した。---もちろん、いかなる理由があろうとも、暴力はいけません。鉈で他人を切りつけるなどということが、免罪されたり容認されてよいはずがないことは、言うまでもありません。この犯人の行いは、避難されて当然です。が、しかし、襲われた立花の方はどうか。「襲われた」というその一点に関しては、彼は被害者であり、悲しむべきこと、怒るべきことです。あくまでも「その一点に関してだけ」は。それ以外の点では、残念ながら立花に賛同したり同情する余地は、一転もありません。確かに選挙活動中の候補者を襲うことは、選挙制度の根幹を揺るがすことではあるでしょう。しかし、「当選を目指さない」と公言して他の候補者の応援をしたり、他人の尊厳を貶めるデマをまき散らす、それによって人を自殺に追い込む(兵庫県知事選)、選挙区以外の場所で選挙運動を展開する、などの行為は、選挙制度の根幹を揺るがさないのでしょうか?あえて言います。議員当選歴はあるものの、今回の選挙で当選の可能性がゼロであった候補者が、公職選挙法の穴をついて、選挙区域外で選挙運動と称するもの(実際には立候補した千葉県知事選の当選を目指す行動をとっていたわけではない)を行っていた最中に暴漢に襲われたのが、今回の事件です。一方、公選法の抜け穴を突いて、誰も考えつかないようなトンデモ選挙運動を展開する立花。確かに公選法違反ではない※としても、選挙制度の趣旨を踏みにじる行為であると私は思います。※立花はともかく、一緒に立候補した黒川は、選挙妨害で逮捕されていますけど。どちらも、もちろん容認しがたい行為ですし、罪の重さ自体は殺人の方が立花の行為より罪状は重いでしょう。しかし、どちらがより「民主主義の根幹を揺るがした」かという基準で判定するなら、より深刻に民主主義の根幹を揺るがせているのは、間違いなく立花の方であると私は思います。立花の行為は、物理的な暴力、殺傷力のある武器を使用こそしていないものの、選挙制度の破壊を企図しているという意味で、テロの一種でしょう。しかも、ここまでのところ立花の行為は罰せられていません。仮に逮捕されたとしても、昨年5月に逮捕された黒川が12月には保釈されて、今回の選挙にはのうのうと出馬していることを考えると(殺人未遂の現行犯で逮捕された人間が保釈される可能性などない)、どうもたいして重い罪にはならないようです。少なくとも、殺人未遂に比べれば、蛮行に手を染めることへのリスクが、格段に小さい。今後目立つことだけが目的の迷惑系ユーチューバーが続々と同じビジネスモデルに参入して選挙を悪用し始めるたら、選挙制度は本当に破綻しかねないと危惧するものです。
2025.03.17
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自民・西田参院議員「今の体制では戦えない」石破総理に退陣要求自民党の西田昌司参議院議員は党の会合で、夏の参議院選挙を控え「今の体制では戦えない」と述べ、石破総理大臣の退陣を求めました。「昨年の総選挙でですね、大敗してますから既に今年の参議院選挙を行う党の顔としてのね、その責任を果たす資格がないんですよね」「国民にもう一度信を問う参議院選挙があるんですから、その顔としてですねふさわしい人をもう一度選び直す手続きをしてほしいと」(自民党・西田参議院議員)自民党の西田昌司氏は、本会議の前に開かれた参議院の議員総会の場で、新年度予算が成立したあと総裁選挙を実施すべきだと主張しました。西田氏は以前から石破総理の政権運営に批判的で、新年度予算案をめぐる野党との協議や高額療養費制度の見直しに関する度重なる修正などを受けた党内の不満が表面化した形です。党内からは「何もかも滅茶苦茶でこのままだと岩盤支持層がいなくなる」などと参院選への影響を懸念する声が上がっています。一方で、党内から公然と「石破おろし」の声が上がることには「党にとってプラスにならない。少数与党として丁寧に地道に一つ一つやっていくしかない」との受け止めも出ています。---言うまでもなく私は石破政権を支持していません。今の体勢では戦えない、そりゃそうでしょう。でも、石破を取り換えれば勝てるんですか?そう思うなら石破をお払い箱にすればいいじゃないですか。しかし、石破を批判しているこの西田議員、裏金まみれの元安倍派で、自身も411万円の裏金を受け取っています。「今の体勢」がトップである石破だけのことだ、なんて思っていますか?石破を評価はしませんが、裏金議員に対して、途中で腰砕けにはなったけれど、最初は厳しい態度を取ろうとしたことは事実です。裏金を受け取った人間よりは、まだマシでしょうよ。というわけで、戦えないという「今の体勢」とは、石破首相のことだけなんでしょうか?裏金議員が参院選の公認候補としてのさばっていること自体も「今の体勢」でしょう。というわけで、トップを挿げ替えれば参院選で自民党が勝てる、というのは相当におめでたい考えだと思うばかりです。西田とかいう裏金議員も挿げ替えないで、どうして勝てると思えるんでしょうかね。まあ、でも西田議員には是非、今後とも現職議員の座にしがみついてください。その方が自民党敗北の可能性が高まるでしょうからね(笑)
2025.03.14
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ティエラ・クリオージャ 演奏のご案内3月29日(土)第35回 中野通り桜まつり午後3時~3時30分中野区・新井薬師公園 西武新宿線新井薬師駅より徒歩5分ティエラ・クリオージャそして、もう一つ私自身は関わっておりませんが、情報を得たので紹介します。ウカマウ集団 60年の全軌跡 未公開の新作2作を含む全14作の特集上映ボリビアのホルヘ・サンヒネス監督率いる映画制作集団「ウカマウ」の特集上映が、新宿K's cinemaにて4月26日より行われるそうです。今も新作を製作しているのですね。最新作が2022年。「地下の民」と「最後の庭の息子たち」は見たことがあります。ちなみに、YouTubeに予告編は公開されています。「女性ゲリラ、ファナの戦い」アルゼンチンのアリエル・ラミレス作曲、フェリックス・ルナ作詞による、アルゼンチン史に残る10人の女性を題材にしたアルバム「アルゼンチンの女性たち」の中の1曲に、ただ一人、アルゼンチン人ではないのに取り上げられているのが、このファナ・アスルドゥイです。生まれはボリビア(後にその国名が付けられる、スペイン植民地時代のアルト・ペルー)ですが、ボリビアの独立戦争、転じてアルゼンチンの独立戦争でも活躍した女性です。現在では、ひょっとすると人物そのものより、アリエル・ラミレスの曲の方が有名かもしれません。「アルゼンチンの女たち」の10曲の中でも、「アルフォンシーナと海」とともに最も著名な曲となっています。オリジナルであるメルセデス・ソーサの歌チリの「イジャプ」によるバージョン本題に戻り、他にもいくつかのウカマウ作品の予告編はYouTubeにあります。地下の民最後の庭の息子たち楽しみです。
2025.03.12
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東京大空襲あす80年 新たな写真公開・経験者が当時を証言10日、東京大空襲から80年を迎えるのを前に、当時の新たな写真が公開されました。炎の壁で都民の退路をふさぎ、無差別に行われたB29による爆撃。アメリカ軍の目的は大勢の住民を殺戮し、“戦争継続の意思をそぐことだった”とも言われています。1665トンにも及ぶ焼夷弾が投下され、9万5000人を超える人が亡くなりました。被害の全容をつかむため今も調査は続いていて、今年も新たな写真が公開されました。墨田区の東両国で撮影された、燃える住宅を捉えたものです。80年前のあの日、眞野和雄さんは両親と姉、4人で墨田区の自宅にいました。当時14歳 眞野和雄さん(94)「焼夷弾っていうのはね、落っこちてくる時は『ゴー』っていうんだよ。途中でその音が止まるの。止まるとパカンとタガが外れて、何本か小さいのが落っこちてくる。目の前で落っこちやがってよ、前の家の親父さんがびっくりしちゃって、部屋の前に焼夷弾が落っこちて、真っ暗闇の中、明るくなっちゃって」当時14歳 眞野和雄さん「朝になって焼け跡に行ったら、全部燃えちゃって、くすぶっているんだよな。死体が20も30も転んでいるんだよな、焼死体が。最初はびっくりしたけど、人間ってすごい。慣れるとおっかなくない、死体なんか。兵隊さんがトラックに積み重ねていた。それは見えたね、しっかりと」眞野さんが伝えたいのはとてもシンプルです。“戦争はしないこと”。---私の母は敗戦時小学校1年、川崎の生まれです。東京の空襲は焼夷弾でしたが、川崎は日本鋼管の製鉄所があったため、爆弾による空襲で、振動がすさまじかったそうです。母の実家は、空襲の直接の爆撃範囲からは外れていたものの、延焼を食い止める術はなく、結局焼失したそうです。亡父は学童疎開世帯なので、直接B29による空襲は経験していませんが(疎開先に化学工場があり、P38など戦闘機の機銃掃射に追い回されたそうですが)、疎開している間に実家が空襲で焼失しています。3月10日ではなく、その後の空襲だったらしいですが、路地1本向こう側は焼け残っており、わずか20mかそこらの差で燃えてしまったようです。戦争末期、米軍の空襲で日本中が焼け野原になりましたが、その中でも広島、長崎の原爆と3月10日の東京大空襲は犠牲者数が10万人前後で群を抜いています。連合軍のドイツ空襲を含めると、ドレスデン空襲とハンブルグ空襲が数万人単位の死者を出していますが。引用記事に「1665トンにも及ぶ焼夷弾が投下され」とありますが、実のところこの焼夷弾の量は、一連の空襲の中で最多だったわけではありません。3月10日の空襲で飛来したB29は325機ですが、5月24日には470機、25日には525機のB29が来襲していますが、犠牲者数はそれぞれ700人余と3600人ほどです。また、東京大空襲の半分前後の死者を出したドイツのドレスデン空襲の投下爆弾量は3900t、ハンブルグ空襲は9000tとされています。その差は、ドイツの都市より木造建築の日本の都市の方が燃えやすかったこと、そして、同じ東京での差は、3月10日の空襲で都市が燃え尽きて、その後は燃えるものがあまり残っていなかったことによって生じたのではないかと思います。核兵器ではないのに核兵器並の被害を出したのは、焼夷弾によって猛烈な火災旋風が起きたためです。1923年の関東大震災でも、両国の本所被服廠跡の狭い空き地で4万人が亡くなっていますが、これも周囲を火に囲まれた挙げ句、避難民が持ち込んだ家財道具に火がついて生じた火災旋風が原因です。東京大空襲では、アスファルトが燃えたようです。普段意識することはありませんが、アスファルトって、石油製品だから燃えるんです。めちゃくちゃ高温で炙られ続ければ、ですが。しかも、米軍は攻撃地域をぐるっと焼夷弾で囲ってその内側に焼夷弾を落としてますからね。逃げ道をふさがれているので、その内側にいた人は火に取り囲まれて、逃げようがありませんでした。火災旋風は、1995年阪神淡路大震災でも、東京大空襲ほどの規模ではないですが、起こったと言われています。2016年の暮れに新潟の糸魚川で起きた大火でも起きたと言われます。そういう意味では、全然過去の話ではないのです。
2025.03.10
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長く勤めると有利?退職金税制とは 勤続20年の控除額800万円も30年なら1500万円に…石破首相「慎重な上に適切な見直し」 石破首相は5日の参院予算委で、政府内の会議などで、退職金税制に関して長期勤務者が相対的に有利になる税制が転職など労働移動を阻害しているとして、見直しの必要性が指摘されていることに関し、「答えは出ていない」とした上で「慎重な上に適切な見直しをすべきだ」との意向を示した。石破首相は立憲民主党の吉川沙織議員の質問に答え、「雇用の流動化というものが妨げられないような退職金に対する課税のあり方とは何なんだろうということ、私自身はまだ答えが出ていない」と述べた。現状の退職金への課税制度では、勤続年数が20年以下か、それ以上かで控除額が大きく変わる。国税庁のホームページによると、勤続20年以下の場合の退職所得控除額は「40万円×勤続年数」だ。一方20年を超えて勤務した場合には、「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」という計算式となる。つまり、勤続20年なら控除額は40万円×20=800万円勤続30年なら控除額は800万円+70万円×(30-20)=1500万円勤続20年と30年では、控除される額が700万円も変わってくるのだ。このように、勤続年数が長いほど控除額が大きくなるため、労働移動を阻害しているとの指摘も出ている。石破首相は、「雇用の流動化をどう考えるか、それが経済のこれから先の成長にとって非常に重要なことだ」と指摘した一方、「かといってあんまりバンバン辞められても大変だということは、経営者としてあるんだろうと思う」と述べた。さらに吉川氏が「自民党の税調会長は、この見直しについて猶予期間が10年から15年必要と明らかにしている。この発言に従えば、就職氷河期世代で偶然に運良く職に就けて働けている人はちょうど見直しの施行時期に当たる。著しく控除額が減るようなことがあれば、退職後の生活や人生設計に影響甚大だ。拙速な見直しは避けるべきではないか」と迫った。これに対し石破首相は「もちろん拙速な見直しは避けていかなければならないが、これから先、雇用の流動化というものは、賃金の上昇というものと合わせて図っていかねばならないことだと思っている。拙速な見直しはしないが、慎重な上に適切な見直しをすべきだと思っている」と強調した。---雇用の流動化を図るのだそうです。しかし、当ブログで何度も触れているように、公務員の世界でも転職のための中途退職が激増しています。地方公務員でもそうですし、「エリート」のはずのキャリア組の国家公務員でも同様です。かつて終身雇用の代表例だった公務員でも、既に「定年まで勤める」ことを前提にする人は少数派です。ましてや民間企業は言うまでもないでしょう。つまり、とうに終身雇用など崩れ去っているのです。それなのに、今さら「雇用の流動化を図れ」って、いつの時代の話をしているの?って思います。だから、実際には「雇用の流動化を図るため」ってのは、ただのお題目だろうと思います。新たに税金を取立てる先として、退職金に目をつけたぞ、ということに、もっともらしく理由をくっつけてみた、ということです。それにしても、私は定年が65歳に伸ばされる年代なのですが、定年までにはまだ×年(もう10年はないけど)あるので、この退職金税制の改変はそれまでに行われてしまうでしょう。ならば、その前に退職金を受け取ってしまうだけです。60歳までなら、もう片手で数えられる程の年数なので・・・・、と言いたいところですが、それまでにこの制度改変が行われてしまうかなあ。60歳で退職しても、制度の改変には間に合わないかもね。わかりませんけど。あまり心楽しい未来予想ではありません。ただ、いずれにしても、定年いっぱいの65歳までフルタイムで働く気にはなれないことは変わりません。あくまでもフルタイムで働くのは60歳までということであって、働くこと自体をやめる気はありませんれどね(年金が出る年まで食っていけないし)。
2025.03.07
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「米国は貿易戦争始めた」 関税にカナダ猛反発、メキシコも対抗「米国は貿易戦争を始めた。戦いから退くことはない」―。カナダのトルドー首相は4日記者会見し、トランプ米政権が発動したカナダ産品への25%関税に猛反発した。「米国では劇的にインフレ率が上昇し、数千の仕事がリスクにさらされる」と警告。ただ、関税の早期撤回を目指し、トランプ大統領との首脳会談を模索する考えも示した。米国の25%関税の対象となったメキシコのシェインバウム大統領も同日の会見で、「正当性がない」と批判。9日に集会を開き、関税を含む対抗措置を公表する計画を明らかにした。トルドー氏は4日、米国からの輸入品1550億カナダドル(約16兆円)相当に25%の関税を課す対抗措置に改めて言及。関税によるカナダ経済への打撃は避けられないとして、カナダ企業や個人を支援する考えも表明。国民に団結を訴え、「(カナダ人は)米国で休暇を過ごすのをやめ、米製品よりカナダ製品を選ぶだろう」と述べた。トランプ氏は4日、「米国に報復関税を課せば、米国は相互関税によって即座に同じだけ関税を引き上げる」とSNSに投稿。トルドー氏を「知事」と呼び、再びやゆした。一方、シェインバウム氏は、米国が関税発動の根拠とした合成麻薬フェンタニルの米国流入は減少していると強調。「屈辱的で根拠がない」と話し、関税発動を回避できなかったことへの悔しさをにじませた。---この件だけではありせんが、トランプの横暴極まる要求が乱発されています。私は、元々米国の対外政策に対しては、その大半に反対だし、将来的に日米安保は破棄すべき(ただし自衛隊を解体すべきとは思わない)と考えている人間です。しかし一方で、これまでの日本でその考えに同意する人が決して多数派ではないこと、米国が多くの日本人、否世界中の人から魅力ある大国と思われていたことは否定しようのない事実です。米国をリーダーとする世界体制に賛同する気は一切ありませんが、米国自身が世界のリーダーたらんとする意志と姿勢を持っていたこと自体は確かです。力を誇示する一方で親米派にはアメをしゃぶらせる(反米派にはムチをふるう)ことで、その地位を維持してきました。ところが、トランプはそのような従来の政策を放擲してしまったように見えます。メキシコは歴史的に米国との間には少なからず対立点がありましたて。しかしカナダは、カナダだってもちろん米国とすべて友好的ではなかったのですが、それにしてもnato加盟国同士であり、決して敵対的ではない隣国であったわけです。また、EU諸国に対しても関税引き上げの観測がされていますし、そのEUの一員であるデンマークからグリーンランドを奪い取ろうという意図を公言しています。またウクライナへの支援の打ち切りを言い、日本に対しても円安に対する威嚇、防衛費引き上げ要求などを繰り返しています。元々の敵対国ではなく、元々の友好国、同盟国、支援をしてきた国々に対して、無理難題を押し付け始めたわけです。つまり、米国は世界のリーダー国として全世界の尊敬を集めることはやめて、世界中の国を威嚇して、自国だけがもっと豊かな国に(今だって豊かな国ですが、もっと豊かな国に)なりたい、というわけです。もちろん、今までだって敵対的な国に対しては散々威嚇しまくってきたわけですが、敵対的だろうが友好的だろうが、お構いなし、というわけです。言い換えれば、米国に友好国、同盟国などいらない、ということでしょう。リーダーの地位もそうです。逆もまた真なりで、米国がそういう態度なら、米国をリーダーとして、その傘下に入ろうと考える国は、今後確実に減るでしょう。つまり、「パクス・アメリカーナ」(米国の覇権下の平和)が終わった、ということです。改めて問う必要がありそうです。こんな米国の言うがままで日米安保体制下に居続けることが、本当に日本の将来のためになるのか、というかそもそも仮に日本がそれを熱望したところで、トランプがそれをOKするのか、日米安保体制以外の選択肢を盲目的に排除するのではなく、そこからの脱却を、少なくとも選択肢の一つとして真面目に検討すべき時期にかかっている、私はそのように考えます。
2025.03.05
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というわけで、普通に記事が書けるようになりました。今日の東京は寒気と降雪で冬に逆戻りしてしまいましたが、この週末はぽかぽか陽気でした。そのポカポカ陽気の中で、谷川岳のふもとにスノーハイクにいってきました。春のような陽気でしたが雪はどうかというと水上の1駅手前上牧駅から谷川岳を撮影。雪はたっぷりです。水上駅で乗り換え。水上駅もまた雪はたっぷりです。土合駅で例の長い階段を登り・・・・土合駅も雪はたっぷりです。ただ・・・・暑い。とても冬の気温ではありません。完全に残雪期の気温です。なので、この日はずっと雪の中を歩いたにも関わらず、手袋も帽子(毛糸の冬山用のもの)も使いませんでした。早々にワカンを装着。アイゼンも持っていきましたが、ワカンしか使いませんでした。考えてみれば、登山靴とアイゼンは何回か買い換えていますが、ワカンは一度も買い替えたことがありません。このワカン、いつ買ったかよく覚えていませんが、多分20世紀の時代です。少なくとも2001年より前であることは間違いありません。傷はいっぱいありますが、買い替えの必要はありません。気温の高さとは裏腹に、雪はたっぷり。快晴です。谷川岳が眼前に。なんちゃって白神山地(笑)でも、東京から日帰り圏内でこんな深い雪のブナ林があるわけです。(雪が少なくてもよければ、もっと東京の近く、というか都内でも高尾山や奥多摩の山々にもブナ林はありますが)白毛門方面ワカンで雪の斜面を登るのは楽しいのですが、歩速はやっぱり遅いです。雪の上で笛練習。なんか、雪の末にサンポーニャの跡が残ってしまいました。復路でまた谷川岳誰も歩いていない雪原(新雪と言いたいところですが、しばらく晴天だったし、この陽気なので、もちろん新雪ではありませんが)を歩くのは楽しいのです。谷川岳より北側の山。この辺りはスノーシューで歩く人が多いようです。スノーシューの方が浮力があるのですが、ワカンの方が軽くてかさばらないメリットがあります。多分ツボ足(ワカンやスノーシューを使わず登山靴だけ、あるいは登山靴にアイゼンだけで雪山を歩く状態のこと)では話にならない積雪量ですが、ワカンがあれば充分歩けます。土合駅前まで戻ってきて、白毛門方面を撮影。しかし、暑さかったです。汗をいっぱいかきました。
2025.03.03
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パソコンからのログインが不可能になってしまい、半ばあきらめてこんな記事を書いてしまいましたが、なんとかログインでき、復旧しました。細かい事情は省略しますが、本ブログにパソコンからのログインができない状態です。スマホからはログイン状態を保持していますが、この状態でいつまで維持できるか不明確です。なんとかパソコンからのログインをこころみ、それが不可能な場合は、ブログの引っ越しも検討します。経緯をご説明しますとし、PWが分からなくなってしまったのですが、楽天のアカウントに登録しているメールアドレスが古くてもう使っていないものなので(もう長らく使っていないhotmailのメールアドレスで、アカウント自体が消滅している模様)、パスワードの再設定もできない状態になっておりました。前に使っていたPWがなんで使えないのかな、いつ変えたんだっけ??と記憶を探っていたら、ある時強制的にPWを変えざるを得なくなったことがあったのを思い出して、「変えたとすれば、こう変えたんじゃないか?」と思われるいくつかのPWを試したら、その一つがヒットしました。まあとにかく助かりました。そして、登録メールアドレスも変更したので、元通りとうこうできるようになりました。
2025.03.03
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