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古古古米の味・品質は?小泉農水大臣「おいしく頂けます」小泉農水大臣が2021年産の備蓄米、いわゆる「古古古米」の放出を発表しましたが、ネット上では餌米や小泉米などの言葉が飛び交い、その味などを巡って議論が巻き起こっています。小泉農水大臣「うん…ちょっと固いかな」29日、2021年産のいわゆる「古古古米」を試食した小泉農水大臣。2024年産のコメなどと食べ比べたのですが…。「率直に、僕はどれを食べても、おいしくいただけます。私はそこまで(違いは)分からなかったですね。職員の中では、炊き上がりの香りを指摘する職員もいましたね」コメの高騰のなか、農水省は、まだ在庫がある「古古古米」の随意契約を中小のスーパーや街のコメ店に対象を変えて、30日にも受付を始める方針です。価格は1800円程度となる見通しを示していますが…。「一部、味や、そしてまた品質、こういったものについて、どうなのかと、こういったご指摘があるのも事実ですので、そこはしっかりお伝えした方がいいだろうと」(以下略)---古古古米の味については、相当劣化しているという説と、玄米で適切に温度管理されていればそれほど味は落ちないという説があります。ただ、案外味が落ちないという意見を言う人でも、精米後味の劣化速度は新米よりずっと早い、という指摘をする人が多いので、実際の備蓄米が精米後流通過程を経て、かつ一般家庭では5kgの米を2日や3日で食べきることはまずないので、実際に食べる場面ではどんな味?という疑念は抱かざるを得ないでしょう。そして、味はともかく値段の方は、ようやくLINEヤフーが備蓄米販売、24分で完売 5キロ1998円LINEヤフーは29日に政府備蓄米を販売し、予約受け付けから24分で用意した5キログラム1万袋が完売した。6月中下旬から順次発送する。今後の追加販売については購入ページで知らせる。午後7時30分すぎの受け付け開始から24分で完売した。2022年産の白米を5キロ1998円で販売する。送料は無料。予約販売方式とし、一部ユーザーによる買い占めを防止する。LINEヤフーは政府備蓄米1万トンの随意契約を政府に申請している。精米や包装、配送には出資するオフィス用品EC大手のアスクルの物流網を活用する。購入者には「PayPayポイント」も5%付与するほか、次回以降に「Yahoo!ショッピング」の米カテゴリーで使えるクーポンも配布する予定。---5kg2000円を切ったそうで、すごいじゃないですか、小泉農相就任した途端に公約達成。でも、24分で売り切れだそうです。もちろん5kgを2000円台という公約は備蓄米だけの話であって、市場の米すべてがその値段になるわけではありません。が、逆に言えば、たかが30万トンの備蓄米放出分だけ価格が下がることを、国民は期待しているのでしょうか。30万トンを国民1人あたりで割返せば2.4kg、10日ももつかどうか、です。その備蓄米の値段が下がることだけが国民の願いのはずがないでしょう。とは言え、市場に流通するコメの値段を政治の力で引き下げるのが困難であることもまた事実です。それにしても、昨年はコメ不足が顕在化したのは夏頃でした。今年は、現時点では(価格高騰はともかく)小売店の店頭にコメがない、という事態は、現時点ではまだ起こっていません。でも、まだ5月です。7月8月頃はいったいどうなるか、今から不安を抱きます。32年前の1993年は記録的冷夏で平成の米騒動が起こりました。しかし翌1994年は、一転して記録的猛暑だったため、逆に水不足は生じたものの、米は豊作で、米騒動が1年限りで終息しました。しかし、令和の米騒動は、不作という要素も皆無ではありませんが(作柄指数からは読み取れないが不作だった、という指摘はありますが)、少なくとも1993年の記録的不作とは、比較にもならない作柄だったにも関わらずコメ不足に陥っています。そして現下の状況から考えると、このコメ不足が昨年度米1年で終息する可能性はなく、少なくとも今年も継続することはほぼ確実です。コメの値段は上がる、それ以外の食料品の値段も上がる、ありとあらゆる物価が上がる。でも、給料は(物価の上がり方ほどは)上がらない、預金の利率もまったく上がらない。実質給料も預金も下がっていく。かといって株は下落(幸い、私は株は一切やらないので、それによる被害はないですが)、生活の上で、何ひとつ良いことがないし、この先も当面これらが好転しそうな見通しも抱けない今日このごろです。
2025.05.30
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ハーバード大がトランプ政権を憲法違反だとして提訴 「留学生いなければハーバード大学ではない」アメリカの名門・ハーバード大学は、トランプ政権による留学生の受け入れ資格の停止は憲法に違反するとして、措置の差し止めを求め、提訴しました。トランプ政権は22日、ハーバード大学の留学生の受け入れ資格を停止すると発表しましたが、これを受け、大学は23日、留学生の受け入れ資格停止は憲法違反だとして、措置の差し止めを求め、提訴しました。大学側は、訴状で「大学が憲法に基づき政権の要求を拒否したことへの明らかな報復措置だ」と批判。「留学生がいなければ、ハーバード大学はハーバード大学ではありません」などと主張しました。また、大学は提訴にあたり声明を発表し、「ハーバード大学の留学生と研究者の将来を危険にさらし、教育を追求し、夢を叶えるためにアメリカにやってきた全米の大学に通う留学生や研究者への警告となる」と指摘したうえで、「大学は学生と研究者を支援するために全力を尽くす」との考えを示しました。---ハーバード大は言うまでもなく米国の名門大学ですが、イスラエルによるパレスチナ攻撃に批判的で、学生によるイスラエルへの抗議行動を許容していた、そのことが親イスラエルのトランプは許せないからと、補助金の差し止め、更に留学生受け入れ資格停止という挙に出たわけです。要するに、気に入らない主義主張に対する報復措置として、ハーバード大を取り潰してやる、というわけです。これがそのまま許容されるようでは、もはや自由の国ではありません。まあ、元々米国は自由の国なんかじゃないだろう、という見方もできるでしょうが、それにしてもトンデモすぎる事態です。「偉大なる首領様」が統治するどこかの国と大差ない状況と言わざるを得ません。米国が世界一の大国であり続けている理由は複合的ですが、大きな理由の一つに、世界中から人材が集まってきているから、ということがあるのは明らかです。当然のことながら、ハーバード大は途方もなく優秀な人でなければ入学できない大学です。それは留学生でも同じです。そこに集まっている世界の頭脳ともいうべき人達を追い出して、米国にとって益になることは一つもないでしょう。それでもそういうことをやる、異論を排除して反対派を弾圧できれば、どれほど国内が混乱して、米国全体の利益が損なわれても構わない、そういうトップが国を治めていれば、その国は発展する方向には進んでいかないでしょう。ただ、言い方を変えると、ハーバード大の当局はトランプの恫喝に屈しなかったわけで、なかなか気骨があるなと思います。とりあえずハーバード大の提訴を受けて、ボストンの連邦地裁は留学生受入れ資格はく奪措置の差し止め(日本でいう仮処分)を認めています。これは真っ当な対応でしょう。そのまま判決も大学側勝訴(最高裁まで)となるかどうかは、私には予想がつきませんけど。
2025.05.27
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最近フルートのメンテナンスをさぼっていたので、銀座の山野楽器にフルートの調整をお願いしてきました。私のフルートは、ムラマツEXという機種ですが、ムラマツフルートの調整会が予約いっぱいで、何故かサンキョウフルートの調整会に予約しました。サンキョウフルートだけは、他社製品の調整も受け入れてくれる、のだそうです。ありがたいことです。コロナ以前は毎年必ず調整に出していたのですが、コロナ以降は毎年調整には出せなくなってしまい、多分今回は2年ぶりくらいだと思います。さて、調整会と同時に、サンキョウフルートの試奏会もやっていました。高い楽器が並んでいます。中でももっとも心が動く楽器は・・・・・中央の黒い木管フルート(グラナディラ材製だったかな?)です。10年以上前にも試奏したことがあり、あまりに音色がきれいで、「欲しい!!」と思ったことがあります。100万円以上もするので、とても買えませんが。その時以来なので、ワクワクしながら吹いたのですが、どうもきれいな音が出ません。唇の調子がよくないかな、と思ったのですが、他のフルートはそんなにひどい音ではなかったので、後で思い至ったのは、吹き口の角度(フルートは頭部管が切り離せるので、吹き口の角度も自由に変えられる)が自分に合っていなかったかもしれません。そこを調整して吹きなおせばよかったですが。そして普通の銀色のフルートも、総銀製と頭部管銀製のリングキーモデルを何度か吹き比べてみました。音色は皿を感じず、音量は頭部管銀製の方が大きいような気が私にはしました。でも、これも吹き口の角度の問題かも。それにしても、前述の木管フルートは100万円以上と書きましたが、10年以上前に試奏した時は、確か100万円ちょっと(105万円か110万円くらい)だったように記憶しています。それが今は146万円。そして、頭部管銀製は29万円(写真では値札の一部が切れていますが)。10年前にいくらだったかは記憶がありませんが、私が吹いているムラマツEXは、やはり頭部管銀製で同じクラスの楽器ですがC足管、Eメカ付き※で、2008年に購入した時、21万円でした。(定価からすこし値引きしてもらい、定価は23万円くらいだったと思います)今回試奏したサンキョウフルートの頭部管銀のモデルは、C足ですがEメカは付いていません。※フルートは最低音がC(ド)のC足管と、それより1音低いB(シ)まで出せるB足管があります。世の中で市販されているフルートの8割はC足だと思います。入門用でB足管はまずありません。B足はより高価です。また、フルートは構造上、3オクターブのE(ミ)の音が出しにくいため、それを出しやすくする機構「Eメカ」がついている機種があります。付いているものいないもので半々でしょうか。これも、付いているものの方が高価です。ちなみに、価格は全般的に、ムラマツフルートはやや高価です。わたしが17年前に買ったEXのC足・Eメカ付きの現在の価格は約33万円のようです。つまり、5割値上げしているわけです。物価高の影響は、楽器にも及んでいます。普通のフルートより低音のアルトフルートも吹いてみました。多分初めて試奏したと思います。最低音がG(ソ)だそうなので、ケーナの丁度1オクターブ下、ということになります。これがいい音色でした。更に低音の楽器バスフルートまで勢いで吹かせていただきました。アルトフルートが初めての試奏なんだから、もちろんバスフルートも始めて吹きます。オクターブ上が少々きつく、3オクターブは試しませんでした。多分、3オクターブを使うようなコンセプトの楽器ではない気がして。最初に試奏した木管フルート以外は、「きれいな音が出ない」という感覚はありませんでした。いずれも素晴らしい楽器ですが、今使っているムラマツEXが、まだまだ問題なく使えるので、当面買い替えの予定はないかな。調整が終わったフルートはすごく調子がよく吹けました。
2025.05.26
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国会議員が「高速道路バイク料金の新設」を明言! ついに二輪料金がフルタイムで安くなる!?軽自動車と同額という割高な設定だった高速道路の二輪料金が、ついに「分離されることが実質決定した」と国会議員がアナウンス! 二輪料金の値下げは多くのライダーの悲願だけに本当ならビッグニュースだが!?実際どうなのか探ってみた。ライダーは長年、軽自動車と同額の割高な高速料金を支払ってきた。路面にかける負担や、占有スペースが明らかに小さいにも関わらず、である。現在の料金区分は次のとおり5車種で設定されている。軽自動車、二輪車/普通車/中型車/大型車/特大車そもそもバイクと軽自動車が同じ料金区分なのがおかしいが、日本では高速道路で二輪料金の設定が一度もなく、現在の5車種区分になってからも36年が経過。長年にわたって、ライダーと二輪関連団体はバイク料金の独立化を主張してきた。その結果、ETC搭載バイクを対象にエリアや曜日を限定し、事前申し込みが必要な「ツーリングプラン」や「二輪車定率割引」がようやく導入された経緯がある。そんな中、なんと国会議員が「軽自動車とバイクの料金が分離されることが実質決定した」と3月19日付のブログで書いている。国交省は「高速道路料金の車種区分について」という素案を発表済み。これによると、現在の5車種区分に対して13車種にまで区分を細分化し、高速道路料金に反映すべきとしている。まだ検討段階で実際に決定したわけではないが、二輪料金の分離が検討されているのは間違いない。ただし二輪料金が実現したとしても、導入時期などは不明で、少なくとも数年かかる見通しだ。(抜粋・以下略)---3年前まで3X年ペーパードライバーだった私ですが、一念発起して小型二輪の免許を取って二輪は運転するようになったことは、何度も記事を書いているところです。ただし、小型二輪(125cc以下)では高速道路を走ることはできません。従って、それ以降も高速道路を走った経験はまだありません。普通二輪に限定解除し、PCX160に乗り換えて、高速道路を走れる状態にはなりましたが、まだ走っていません。まだ、乗換えてからすごく遠方には出かけたことがない、というのが理由ですが、遠方に出かけるとしても、まずETCカードを持っていません。そして、ETC車載器も持っていません。料金所で現金で払うのは結構面倒そうだなって思います。それに、以前乗っていたDIO110に比べるとPCX160は格段に横風に強い印象はありますが、それでも強風時に高速道路は怖いなあ、と思います。一般道ならなりふり構わず低速走行で路肩で後続車をやり過ごすことができても、高速ではそんなわけにいかないだろうし。そして高速料金は高いです。駐車料金なら、たいていの場合四輪車より二輪車の方がかなり安いのですが、引用記事にあるとおり、高速料金は何故か二輪と軽自動車が同額です。とんでもない金額だなと思います。現状二輪車の高速料金が軽乗用車と同額である理由をNEXCOが書いていますが、到底納得できるものではありません。Q:なぜ二輪車と軽自動車の高速道路料金は同等なのですか?A:二輪自動車と軽自動車(二輪自動車を除く)では、車両の大きさ・重量・乗車可能人員にある程度の違いはありますが、どちらも走行に1車線を必要とし、法定の最高速度は100kmであるなど、(1)「原因者負担の考え方」(2)「占有者負担の考え方」(3)「受益者負担の考え方」の考え方を総合的に勘案すると、両者が高速道路を利用することによる負担の割合は、他の車両との比較上では同程度と考えられることから、同一の車種区分としております。・・・・失笑です。もうょっとマシな理屈を考えろやって思いますね。どちらも走行に一車線を必要とし、法定最高速度は100kmだ、というなら、そもそも普通車と軽乗用車だってどちらも走行に一車線を必要とし、法定最高速度は100kmです。中型車、大型車、特大車だって、別に走行に二車線を必要とするわけではないし(そんな車は公道を走れませんし、そもそも物理的に料金所を通過できませんね)、法定最高速度が150kmになるわけでもありません。それどころか、大型トラックに至っては法定最高速度は80kmです。ならぱ「走行に一車線を必要とし、法定最高速度は100km(か、それ以下)」なら、軽自動車から特大まですべて高速料金は同額でなければ筋が通りません。重くて大きい車両に対しては重量によって料金を上げておきながら、軽くて小さい二輪車には「どちらも走行に一車線を必要とし、法定最高速度は100km」だからって、そういうのを「ダブルスタンダード」というのです。なお、二輪車は、走ろうと思えば同一車線を2台で走ることはできます。同一車線で真横に並んでの2台並走はやや厳しいかもしれませんが、斜め後ろであれば十分可能です。なので、実質的に四輪車1台分のスペースで二輪車が2台走ることは可能でしょう。高速料金が(車体規模に比べて)異常に高価であることに加えて、ETC車載器って、四輪車用は数千円程度なのに、二輪車用は2~3万円もして、とんでもなく高価なのです。設置をバイク店で頼むと、工賃含めれば4万円前後もします。よほど頻繁に高速道路を使うのでなければ、取り付けようとは思いません。バイク用の車載器は防水性能や振動対策が求められるから、というのですが、実際にはスクーターならメットインスペース、ミッションバイクでもシート下など雨が入らない場所に設置されることが多いようなので、どこまでその防水が必要かは謎です。そのため、軽乗用車用にセットアップされた車載器を入手して二輪車に流用する、というより安上がりな裏技もあるそうです。というのは、軽乗用車と二輪は高速料金が同額だからです。金額的には不正にならないからです。ところが、NEXCOは、公式には「二輪車に四輪車(軽自動車)でセットアップした車載器を取り付けて、ETCを利用してもよいですか。」という質問に対して、「使っちゃダメ」と回答しています。実際には、前述のとおり軽乗用車も二輪車も高速料金は同額なので、捕まったりすることはないものの、別の車名義で登録された車載器は、ETCシステム利用規程違反だからETCの利用を制限したり、「高速道路営業規則」に基づき各種割引を行わないこともあり得るぞとNEXCOは脅しているわけです。軽自動車と同額の高速料金と言い、軽自動車用の車載器は二輪に使っちゃダメという公式見解と言い、露骨な二輪車冷遇だなと思います。さすがにその理不尽に気が付いていないわけではないから、土日限定、ETC車載器搭載限定、事前申し込み限定という、超不便金縛りをかけた割引制度「ツーリングプラン」なる目くらましでごまかしている、というのが現状です。結局、NEXCOは、というか国交省もでしょうけど、バイクが高速道路を走る利便性を上げる意識はないのでしょう。端的に言って、二輪車は趣味性の高い乗り物です。もちろん、通勤や配送でなどの仕事で使う人も大勢いますが、それで高速道路を走る人は、おそらく皆無に近いでしょう。従って、利用者の業界団体(圧力団体)というものもありません。二輪車を製造する会社(ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ)の業界団体はあるでしょうけど。だから、どんな理不尽な理屈でも、「そんな理屈で二輪車と軽自動車の高速料金が同額なんておかしいじゃないか」と主張する組織がないから、こんな金額がこれまで平然とまかり通っていたのでしょう。あまりにバカバカしい話です。だから、やはり今後もETC車載器を買うことはないでしょう。現金払いで試しに乗ることくらいは、一度はやってみたいなとは思っていますけどね。
2025.05.23
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イスラエル軍、パレスチナ自治区で外交団に発砲…日本や英仏の外交官が難民キャンプを訪問中パレスチナ自治区ヨルダン川西岸北部のジェニン難民キャンプで21日、視察のため現地を訪問していた英仏など欧州や日本などから成る外交団に対し、イスラエル軍の兵士が実弾で発砲した。けが人はなかった。現地からの映像では、検問ゲートに近づいた外交団に対し、兵士2人が小銃で数発発砲。外交団は建物の物陰に隠れるなどして逃れた。外交官の保護はウィーン条約に定められている。視察はパレスチナ自治政府が企画し、約25か国の外交官が参加していた。自治政府は「極悪な犯罪だ」と非難する声明を出した。武装勢力を掃討するとして難民キャンプに駐留しているイスラエル軍は21日、「外交団は承認されたルートから外れ、認められていない地域に入った」とする声明を出した。---日本の外交官も含む外交団に対して発砲した、という報道ですが、これに対して日本政府はどう対応するのでしょうか、なあなあで済ませるのでしょうか。イスラエルは、小国にもかかわらず経済力は高く、一人当たりGDPは、落ち目の日本よりかなり上です。とはいえ、人口1000万人に満たない小国であり、いくら一人当たりの平均では豊かでも、トータルの国力はたかが知れています。にも拘わらず、ガザでの暴虐をはじめとして、周辺諸国はおろか、世界中からの反発をものともせずに周辺国や地域に圧迫、侵攻を繰り返しています。普通に考えれば、ウィーン条約で保護される外交団に対してこのような行動に出るのは、異常なことです。国際秩序の破壊行為とも言えますが、それを意に解さない国です。それもこれも、世界一の超大国である米国と特別の関係にあり、それは民主党バイデン政権時代もそうでしたが、とりわけトランプ政権はイスラエルの利益代弁者と化していることから、何をやっても米国の庇護のもとにある、そのような意識が行動の背景にあると考えざるを得ません。歴史を紐解けば、イスラエル建国当初においては、確かにイスラエルという国の存在自体が「1敗すれば国家消滅」という危うい状況にありました。ナチスの迫害を逃れた命からがら逃げ延びてきたユダヤ人と、そのユダヤ人国家を撃ち滅ぼそうとする周辺諸国、という構図がありました。その危機感が第一次中東戦争でのイスラエルの圧勝の背景には確かにありました。しかし、その圧勝、そしてその後第4次にまでわたった中東戦争によって、構図はまったく一変しています。現在では、宗教的な深刻な対立はあっても、周辺のアラブ諸国には、イスラエルを攻め滅ぼす意図も能力も、明らかにありません。もちろん、ガザを牛耳るハマスをはじめとするイスラム原理主義勢力はイスラエルに対する敵意を失ってはいませんが、その能力は極めて限定的です。しかも、イスラム原理主義勢力のイスラエルに対する敵意を養ってきたのは、結果としてイスラエル自身の暴虐であることは間違いありません。様々な問題はあったにしても、オスロ合意で一度は和解したはずのイスラエルとPLOの関係を破綻させ、パレスチナ側の反発を招いたのは、どう考えてもイスラエル側です。このやり方の限り、どこまで行ってもパレスチナ側のイスラエルへの反発がなくなることはなく、当然イスラエルが枕を高くして眠れる日も永久に来ないでしょう。それこそ、パレスチナ人を根絶やしにでもしない限りは。そしてもちろん、パレスチナ人を根絶やしにすることなど不可能です※。つまり、「安全保障策」としは高コストだし、最低最悪の策と言わざるを得ません。※イスラエルの極右派は、本気でガザのパレスチナ人を根絶やしにすることを考えているようですが、そんなことは不可能な上に、パレスチナ人はガザだけに住んでするわけではないのは言うまでもありません。
2025.05.21
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国民民主党、4人の公認に非難の声。なぜこの人選だったのか「(山尾志桜里氏、須藤元気氏、足立康史氏、薬師寺道代氏の公認を受け)世論調査でも国民民主が支持率を落としているということです。背景は?」「なんでこの4人なのか、と皆さん、感じるでしょう。衆議院選挙でことのほか当選者が増えたけど1年生議員の活躍がなかなかうまくいっていないからなんです。玉木さんと榛葉さんで支えている党だけど、玉木さんが女性問題で何かあったり休んだりすると、顔がいなくなってしまう。みんなの党や日本維新の会も初期はそうでしたけど、個人商店のような政党はトップが少しグラつくと党勢が一気にしぼんでしまうと」「そう考えると、もう少し幅広に論客がいないと、と。すると即戦力になる元議員の人たちを(呼ぶ)。どこかの党で『もうダメだ』と言われ、『うちが拾いますよ』というようなことをしているんですね。立憲民主党で事務方をしていて、定年で辞めた人も国民民主が『うちは関係ないから、来て』と言って、受け入れて」(以下略)---元々国民民主党をまったく支持しない私ですが、それでもこの4人の取り合わせにはめまいがしました。元々持っている政策が、明らかに正反対と思われる人たちを寄せ集めていることが歴然としているからです。山尾、須藤両氏は元立憲民主であり、須藤氏はその後は「れいわ」寄りの無所属でした。一方山尾氏は前回議員在職中に立憲を離党して旧国民民主に入党しているし、一般的イメージとは裏腹に主張を急激に右旋回させているので、今回も国民民主から出馬というのは不思議ではありません。ただ、昨今の国民民主党支持率急上昇の中核と思われるネトウヨ層との相性は最悪なのと、いかに主張を右旋回させたとはいえ、足立康史との取り合わせは、やはり到底一緒の党にいられるようには思えないわけです。旧民主党が、右と左の寄り合い所帯で基本政策がバラバラだと散々非難されてきました。立憲民主党が旧国民民主党の一部と合併した際も、やはりそのように批判を受けました。ところが、その際に国民民主党に残留した連中も、突然支持率が上がり始めると、誰彼構わず候補者をかき集めて寄り合い所帯化している、というのが現状です。お互いに、政策はどうでもいいのか、と思わざるを得ません。玉木個人も国民民主党も、前回衆院選では「選択的夫婦別姓制に賛成」と明言していたはずですが、ネトウヨ層への迎合か、立憲民主党との対立のせいか、今は選択的夫婦別姓制を潰しにかかっています。そんな国民民主党から出馬するという山尾は、右旋回した今も一応選択的夫婦別姓制には賛成としていますが、その賛成の本気度も、逆に国民民主党側のこの問題に対する真剣度も、どちらも疑念を抱かざるを得ません。さて、さすがにこのような無節操な候補者選び、そして玉木自身や他の議員の不倫騒動が相次いだことなどによって、爆上げした国民民主党の支持率が減少していると報じられています。が、それでも7月の参院選、あるいは6月の都議選でも国民民主党は議席を大幅増するでしょう。何しろ、支持率が減ったと言っても7.2%(NHK調査による5月9日調査)もあります。今後さらに多少支持率は下がるかもしれませんが、前回衆院選の際は同じNHKの調査で昨年10月12日時点で1.6%しかなかったのですから、それに比べれば、多少下がっても充分に支持率爆上がりなのです。でもね、次の参院選で大勝して、そこから瓦解が始まるでしょうね。今維新がその過程にあるように。どんな主張の誰でもいいから勝てればいい、という路線の先には、そういう未来しか待っていないと思います。
2025.05.19
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皇統の安定 現実策を…皇族減 典範改正が急務[読売新聞社提言]皇族数の減少が深刻だ。皇位継承権を持つ皇族は3人となり、皇統の存続が不安視される状態が続いている。安定的な皇位継承の確保は先送りできない政治課題となっており、与野党は衆参両院議長の下で行われている協議で今国会中に結論を得なければならない。読売新聞社は4項目の対策を提言する。・皇統の存続を最優先に・象徴天皇制維持すべき・女性宮家の創設を・夫・子も皇族に与野党の協議では〈1〉女性皇族の身分を結婚後も保持する〈2〉旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える――の2案が議論され、〈1〉については各党・各会派がおおむね賛同しているが、女性皇族の夫と子に皇族の身分を付与するかどうかで意見が対立し、行き詰まっている。特に自民党は、夫や子に皇族の身分を与えると、将来的に女系天皇につながり、父方が天皇の血を引く男系で126代継承してきた皇室の伝統を覆しかねないと懸念している。夫や子への皇族身分の付与は、女性皇族が旧宮家の男系男子と結婚した場合に限るべきだとの立場だ。ただ、皇統の存続を最優先に考えれば、女性皇族が当主となる「女性宮家」の創設を可能にし、夫や子にも皇族の身分を付与することで、皇族数の安定を図ることが妥当だろう。皇室典範は女性皇族が結婚した場合、皇族の身分を離れるとしているが、早急に改正する必要がある。象徴天皇制は戦後、国民に定着し、皇室の活動は深く敬愛されている。皇室典範は、天皇の地位は「男系の男子である皇族」が継承すると定めているが、男系男子にこだわった結果、皇室を危うくさせてはならない。日本の歴史上には8人の女性天皇が存在している。皇統を安定的に存続させるため、女性天皇に加え、将来的には女系天皇の可能性も排除することなく、現実的な方策を検討すべきではないか。憲法には、象徴天皇制と天皇の地位の世襲制が規定されているだけだ。〈2〉の旧宮家の男系男子を皇室に迎える案については、これまで一般人として生活してきた人が皇族になることへの国民の理解が得られるかどうかなど、不安視する声も少なくない。慎重に検討する必要がある。(以下略)---保守系新聞の代表である読売新聞が、こんな社説を出すとは想像していなかったのですが、天皇制護持を最優先に考えるなら、そりゃ男系男子に固執したら絶対に不可能なのは分かり切った話です。その当たり前のことを、読売もようやく認める気になったのでしょう。天皇制を今後も維持するなら、理論的に男系男子をあきらめるしかないのは当たり前のことです。だって、男系が維持できたのは側室制度があったからで、今の時代には側室制度復活なんてありえないのだから、男系維持なんて確率的に不可能です。そもそも側室制度があっても、男系の女性天皇は過去何人もいますし。「旧宮家の男系男子を皇室に迎える案については、これまで一般人として生活してきた人が皇族になることへの国民の理解が得られるかどうかなど、不安視する声も少なくない。」というのは、まったくそのとおりです。多分、それを言うなら皇族の女性と結婚したて皇族になる夫も同じだろう、という声がありそうですが、皇族の配偶者として皇族になる人は、「当主」にはなりません。もちろん天皇にもならない。旧宮家(正しくは、その子孫)が皇族になると、さすがに本人がいきなり天皇になることはなくても、当主にはなるわけです。そもそも、11家あった「旧皇族」は78年後の今、男系男子の後継ぎがいるのは5家だけなのだそうです。一夫一妻制というのは、そういうことです。従って、仮に今旧皇族の子孫を皇族にしたところで、それは一時しのぎでしかなく、あと100年は経たずにやはり男系は断絶するでしょう。ただ、わたしは護憲派だし、憲法に規定されている象徴天皇制を「打倒!」なんてことは一切思いませんが、皇位継承権者が誰もいなくなって天皇制が流れ解散状態になるのも悪くない、と思ってしまう自分がいることも、完全否定はできません。女系天皇を認めることには賛成ですが、そういう不純な動機から、「男系男子維持」が変わらなくてもそれはそれでいいかな、と思ってもいるわけです。とはいえ、私と正反対に「何が何でも天皇制を守るべきだ」という人に限って「男系男子絶対維持」なんて叫んでいるのを見ると、正直「バーカ」って思うよね。贔屓の引き倒し。その妄執が天皇制の終末を早めることに、自分では気がつかないようです。ぜひぜひ頑張ってください。もっとも、このような考えは大筋以前から変わっていないのですが、秋篠宮家へのバッシング騒ぎを見て「女系天皇を認めても、もう手遅れかもね」という気がしなくもないのが正直なところです。例のKさん本人は知りませんが、その母親には確かにいろいろ問題がありそうです。ただ、それを日本中が総力を挙げて叩き続ける景色には、私は正直心が寒くなる思いしかありません。自分の一族の、誰にもバッシングの種になる要素などない、と言い切れる人って、世の中にどのくらいいますかね。今は問題なくても先のことは分からないわけです。ひとたびバッシングを浴びれば、日本中から攻撃され、プライバシーは丸裸です。あの風景を見たら、マトモな人ほど皇族との結婚なんて忌避するでしょう。それは愛子さんの夫になる人でも悠仁さんの妻になる人でも同じ。実際のところ、あのバッシング騒動よりはるか以前に、いまの天皇が結婚する前、お妃候補と言われた女性は何人もいました。中には旧皇族、旧華族の女性もいましたが、みんな逃げたわけです。皇族の世界に近い人であればあるほど、そこから逃げたわけですよ。その理由が、あのパッシング騒動で図らずも天下に知れ渡ってしまいました。だから、今後女性天皇を認めたところで、その配偶者を見つけることは至難の業だと思わざるを得ません。もちろん、それでも皇位継承権者が一人だけよりは二人いる方が、確率的にまだマシではあるでしょうけどね。そういう意味では、どっちにしても、日本の天皇制はもう詰んでいるのかもしれません。とはいえ、私が生きている間に天皇制がなくなるってことは、さすがにないでしょうけど。
2025.05.17
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4月の鳥写真です4月12日葛西臨海公園上野池にてクロツラヘラサギ、3月に引き続き、まだ4羽いました。というか、5月に入っても先週末の時点で成鳥2羽は北に帰ってしまったものの、まだ幼鳥2羽が残っているそうです。クロツラヘラサギクロツラヘラサギクロツラヘラサギ西なぎさから東なぎさのホウロクシギを撮影。ホウロクシギホウロクシギまたクロツラヘラサギ。クロツラヘラサギ。どう考えても、変な姿の鳥ナンバーワンでしょう。4月19日東京港野鳥公園センダイムシクイ。盛んにさえずっていたのですが、写真はこんなピンボケしか撮れませんでした(涙)4月20日秋ヶ瀬公園ガビチョウ。外来種なので、あまり真剣に撮ったことがありませんが、至近距離にいたので撮影しました。今まで撮った中ではベストショットかもしれません。アオゲラアオゲラアオゲラ4月27日秋ヶ瀬公園、PCX160で最初に走った(給油を除き)行き先です。キビタキ。散々粘って、遠くのピンボケ写真しか撮れませんでした。キビタキ。春の渡りの小鳥たち、声は頻繁に聞くのですが、どうもいい写真が撮れません。
2025.05.14
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以前の記事で、ボリビアの映画制作集団ウカマウの映画特集上映について紹介しました。で、私自身も3日間に分けて「女性ゲリラ・ファナの闘い」「地下の民」「30年後」の3本を見てきました。「地下の民」は、1989年制作で、多分以前に見たことがあったと思います。あとの2本は初めて見ました。このうち、今回は「30年後-2人のボリビア兵」を紹介とします。「30年後-2人のボリビア兵」は2022年の作品で、現時点でウカマウ(サンヒネス監督)の最新作です。1932年に勃発したボリビアとパラグアイの「チャコ戦争」の参加した二人の兵士とその後を描いています。チャコ戦争は、ボリビアとパラグアイに(アルゼンチンとブラジルにも)またがるチャコ地方で石油が取れるのではないか、という推測に基づく領有権争いから起きた戦争です。石油が取れる(かも)ということで、ボリビアにはスタンダード、パラグアイにはシェルという石油メジャーが後ろに付いた石油代理戦争でもありました。ボリビア側は戦死者6~8万人を出しています。当時ボリビアの人口は300万人程度だったので、50人に一人、人口比で言えば太平洋戦争における日本を上回る犠牲者を出しています。パラグアイ軍よりボリビア軍の方が兵力が多く装備も優れていたと言われています。映画では特に触れられていませんが、ボリビアは歴史的にドイツとのつながりが強く、この戦争でもドイツから軍事顧問を招いています(余談ですが、軍事顧問の一人には、ナチス突撃隊の創設者であり、後にヒトラーに粛清されることになるエルンスト・レームがいます)。パラグアイ軍はもっていなかった戦車をボリビア軍は保有していました(これも映画には出てきませんが)。ただし、47mm砲装備のビッカース6t戦車3両と、カーデン・ロイド豆戦車2両の合計5両だけだったようですが。ところが、装備と兵力に勝っているはずのボリビア軍はパラグアイ軍に敗北を重ねて、結局戦争に負けます。装備は前近代的ながら、ゲリラ戦に徹したパラグアイ軍の方が、作戦が上手だったようです。また、両軍とも、ボリビア軍はケチュア、アイマラ、パラグアイ軍はグァラニと、いずれも先住民が歩兵の主力でしたが、ボリビアのケチュアやアイマラが冷涼なアンデス高原の住民なのに対して、パラグアイのグァラニは熱帯低地の住む人々で、チャコ地方も彼らの生活領域の一部だった、という点でもパラグアイに分があったようです。高温多湿だが水がなく、兵士たちは渇きに苦しみ、泥水をすすっさたことで様々な感染症によっても多くの命が失われたようです。ただし、戦争に勝ったのはパラグアイでしたが、結局戦争目的だった石油は、チャコ地方ではほとんど産出しなかったのです。だから、多大な犠牲を払って戦争に勝ったパラグアイも、何一つ得るものはありませんでした。勝ったパラグアイも負けたボリビアも、ただただ悲惨な結果になったのが、このチャコ戦争です。主人公の一人セバスチャンは、アイマラ族ですが、結婚式のお祝いのさなかに軍に襲われて、攫われて従軍させられます。戦闘中に足に銃弾を受け、歩けなくなりますが、偶然通りかかったもう一人の主人公、インテリの白人兵士ギジェルモに救われて命拾いします。そのギジェルモは社会主義思想を抱いており、先住民兵士に対する軍上層部の不当な扱い、彼らの命を軽視する戦い方に義憤を抱き、司令官に反抗的態度を取ったことから軍法会議で死刑を宣告されます。しかし処刑の前夜、彼に同情する士官の手引きで営倉を抜け出して軍を脱走、その際にセバスチャンも同行して脱走し、故郷に逃げ帰ります。飢えと渇きに苦しみながら、命からがら故郷のアンデス高地に逃げ延びたところから二人は別行動をとりますが、社会主義思想を抱いてセバスチャンを助けたギジェルモは、それ以上は政治の道に踏み込むことはなく、アイマラの先住民の多い地域の学校で教師となり、ついにはアイマラの村に住むようになります。一方、セバスチャンの方は、いったんアイマラの村に帰ったのち、鉱夫となり、やがて鉱山労働組合の幹部として頭角を現します。歴史的事実としても、ボリビアでは1950年代にMNR(民族革命運動)によるボリビア革命がおこりますが、チャコ戦争における無残な敗北と、その中で少なくない軍人が社会主義思想に感化されていったことが革命の遠因とされており、また総兵力25万人のボリビア軍からは1万人もの脱走兵が出たと言われていることを踏まえたストーリーになっています。ただ、MNRは、当初こそ社会主義的な政策を掲げていたものの、10年後にはかなり無残なことになり、指導者であったパス・エステンソロは、晩年は完全に右旋回して新自由主義の権化の保守政治家になってしまいました。タイトルの30年後、白人だったギジェルモはすっかりアイマラの村の一員となっており、一方アイマラ出身のセバスチャンは、鉱山労働組合の幹部として都会で忙しい日々を送り、立場が完全に逆転していました。そこから先は、ネタバレはやめておきましょう。ただ、チャコ戦争が起きた1932年の30年後というと1962年のはずです。前述のMNRのパス・エステンソロ大統領が社会主義を放棄して、急激に右旋回しつつあった時期になります。更に、その2年後に当たる1964年には、クーデターによって極右軍人レネ・バリエントスの軍事政権ができ、鉱山労働組合も大弾圧を受け、セバスチャンも再び追われる身になったはずです。映画の中では、そのあたりの説明はありませんでしたが、その背景も考えると、この映画のエンディングにも複雑なものを感じます。ウカマウ映画には、毎度ボリビア音楽がふんだんに使われます。今回は、塹壕の中で奏でられるコンセルティーナに敵も聞きほれ、上官に秘密で敵味方が密会するシーンは印象的でした。敵国同士とはいえボリビアもパラグアイもスペイン語圏ですから、意思疎通は比較的簡単で、史実としてもそのようなことは多々あったらしいです。お互いに訳も分からず動員され、敵とは誰かも明確には理解はできていなかったような兵士たちですから。個人的評価としては、今回見た3本のウカママウの作品の中で一番面白かったです。
2025.05.12
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以前の記事で、ボリビアの映画制作集団ウカマウの映画特集上映について紹介しました。で、私自身も3日間に分けて「女性ゲリラ・ファナの闘い」「地下の民」「30年後」の3本を見てきました。「地下の民」は、1989年制作で、多分以前に見たことがあったと思います。あとの2本は初めて見ました。このうち、「女性ゲリラ・ファナの闘い-ボリビア独立秘史-」についてご紹介したいと思います。「女性ゲリラ・ファナの闘い」はファナ・アスルドゥイの闘いを描いた作品です。彼女の名は、フォルクローレファンなら、アリエル・ラミレス作曲フェリックス・ルナ作詞の「ファナ・アスルドゥイ」によって知っている人が多いと思います。私もそうですが、彼女についての詳しいことは、この映画で初めて知りました。前述のラミレスの曲は「アルゼンチンの女たち」というアルバムの一曲ですが、何故か「アルゼンチンの女たち」のなかに一人だけボリビア人のファナ・アスルドゥイが入っているのです。これは、彼女はボリビアとアルゼンチン両国の独立に功績があり、アルゼンチンでも英雄とされているからです。ただ、その生涯は過酷でした。夫のマヌエル・パディージョとともにラテンアメリカの独立戦争に参加したものの、夫は裏切りにあって戦死し、更に戦乱によって、5人の子どものうち4人も幼くして亡くしています。それでも戦いをやめなかった彼女は、独立の英雄として名は遺したものの、後半生は経済的に苦しい生涯だったようです。映画の中では、独立後の1825年にラテンアメリカ独立の父シモン・ボリバルとスクレ(ボリバルがボリビアの初代大統領、スクレが2代大統領)がチュキサカ(後に、スクレ大統領の名にちなみスクレに改称)に住むファナに会いに来るところから始まります。その際、ファナは一見すると立派な邸宅に住んでいるように見えねのですが、実は「2部屋だけを借りています」という描写がありました。スクレ大統領が独立に反対したかつての敵に恩赦を与えたことにファナが激しく反発する描写、昨日までスペイン植民地政府支持であった町の有力者たちが風見鶏のごとく独立派に寝返って、ボリバルらにファナの悪口を吹き込もうとする描写があります。スクレが反独立派を恩赦した歴史的事実があったかどうかは知りませんが、ラテンアメリカの独立は、メキシコにおいて特に著しい※ですが、南米においても、多かれ少なかれ、それまでスペイン側に付いていたクリオージョ(現地生まれの白人)が寝返って独立派に付いた、という大きな流れの下で達成された側面は否定できません。その中には旧体制の守護者だった連中が恥も外聞もなく独立派に寝返ったような例も含まれていたでしょう。※メキシコでは、独立派の反乱軍は植民地政府軍に敗北し、独立戦争は完全に頓挫していたのですが、その最中に本国スペインで自由主義革命が起こります。それまでスペイン植民地政府を支持して独立派を弾圧してきた保守勢力が、逆にスペイン本国の自由主義革命が植民地に波及して自分たちの特権を失うことを恐れて、一転して独立派に寝返ったことで、たなぼた式に独立がなりましたが、それは独立派が願ってきた独立とは違ったものだったわけです。ファナ自身の実家も、夫のパディージョも裕福な農園主でしたが独立後に困窮したのは、独立派が劣勢だった時期に財産がスペイン王党派に奪われたまま、独立後も取り戻せなかったからです。「独立したと言っても、守旧派に甘い顔をしていたら、いつ揺り戻しがあるか分かったものではない」「でも、守旧派との妥協がなければ独立なんか達成できなかった」「敵は排除したままでは、国の分断は解消できない」相互に矛盾するこれらすべての考え方が、いずれも一面において正しいので、絶対的な解はないんだな、と思います。映画の冒頭で、大要「史実を踏まえて描いたけれど、資料のないところは想像力で補った」というようなテロップが出ていましたが、正直「いくら何でも想像力を働かせ過ぎでは?」と思うところはありました。音楽に関係する部分以外は知識が及びませんが、音楽に関わる部分には時代考証的に明らかに変と思われるところは多々ありましたが、それをいちいち挙げていくことはしません。日本の時代劇だって、女優さんが誰もお歯黒をしてといない時点でアウト、ということになるので、あまり突っ込んでも意味はないかなと思います。
2025.05.11
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新教皇レオ14世は「ペルーとセビーチェに恋した」ローマ・カトリック教会の新しい教皇となったレオ14世は、約20年間滞在した南米ペルーとその代表的なシーフード料理「セビーチェ」に恋をしたと、同国の後任の司教が8日、語った。新教皇となったロバート・フランシス・プレボスト枢機卿は米国生まれだが、1985年にペルーでアウグスチノ会に入り、2015年にペルー国籍を取得した。ペルー北部の町チクラヨの教区で後任に就いたエディソン・ファルファン司教は会見でレオ14世について、「ヤギ肉、鴨肉のライス添え、そしてセビーチェが大好物だった」と述べた。レオ14世がチクラヨで馬に乗っている写真があるとも語った。また、レオ14世は同じく南米のアルゼンチン出身だった故フランシスコ教皇と同様、特に貧困層や社会の「周縁」に生きる人々に強く心を寄せ、「ペルーでの使命に全生涯を捧げた」と評した。レオ14世は教皇としての最初の演説で、スペイン語に切り替え、長年過ごしてきた「愛するチクラヨ教区」では、カトリック信者がイエス・キリストの教えに従うために「多くのこと」をささげてきたと述べ、敬意を表した。レオ14世は、中南米での長い経験から、米国の教皇候補者の中で最も米国的でないと見なされていた。ペルーにゆかりのある教皇が選出されたことについて、史上初の南米出身だったフランシスコ教皇に続く快挙として、南米大陸全体が称賛している。---史上初めて米国人が教皇に選出されたと聞いて、一瞬、トランプ信奉者が選出されたとしたら最悪だなと思ったのですが、どうもその対極的な信条の持ち主であるようです。トランプやヴァンス副大統領の政策やふるまいに反対するツイートをシェアしていたことが報じられています。そして、引用記事にあるとおり、出身は米国・シカゴですが、20年間ペルーで活動し(最初10年はトルヒーヨで活動し、続いてチクラヨで司教となったとのことで、いずれもペルー北部の都市です)、2015年にはペルー国籍も取得しているというので、米国人ですが、ペルー人とも言えます(早速、ペルーでは「ペルー人の教皇」と大騒ぎになっている模様です)。ペルーのメディアは、レオ14世がペルー在住当時、ケチュア語(インカ帝国の公用語であり、現在のペルーとボリビアでもスペイン語に次ぐ公用語とされている)を学ぼうとしていた、という話を報じています。ただし、学ぼうとしたというだけで、どこにも「習得した」とは書かれていませんけど(笑)先日亡くなったフランシスコ教皇はアルゼンチン出身でしたから、二代続いてラテンアメリカを基盤とする教皇が続いた、ということもできます。教皇としての最初の演説では、基本的にバチカンの公用語であるイタリア語で、そして一部はスペイン語で話し、英語は使わなかったようです。ここで話しているスペイン語は、やや外国人っぽい発音(そもそも「ペルー」の発音を頭にアクセントを置いていますが、スペイン語では正式にはPerúと綴ることからわかるように、後ろにアクセントが来ます)ですが、昨年10月のインタビューを見るとインタビュー部分は21:20よりこちらは、上記の演説よりかなり「外国人らしさ」の薄いスペイン語を話しています。なお、このニュース映像ではインタビューの直前にレオ14世の別の機会の発言も紹介されています。「我々は歩みを止めることも前に戻ることもできません。教会の精霊(Espiritu Santo)は今日、そして明日を向いています。なぜなら、教会が置かれている今の世界は、10年前20年前と同じではないからです」示唆に富む発言であり、この言葉からも、彼が保守派ではないことは明らかです。今後のレオ14世の歩みに注視していきたいと思います。
2025.05.10
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沖縄県議会、与野党が謝罪・撤回要求 自民・西田氏のひめゆり発言第二次世界大戦末期の沖縄戦に動員された「ひめゆり学徒隊」の学生や教員を慰霊する「ひめゆりの塔」の展示について、自民党の西田昌司参院議員が3日に那覇市であった憲法記念日のシンポジウムで「歴史を書き換えている」という趣旨の発言をした。西田氏は一連の発言について「事実を言っている」と述べ、撤回しない考えを示したが、与野党からは批判の声が上がった。シンポジウムは沖縄県神社庁や神道政治連盟県本部、日本会議県本部などでつくる実行委員会が主催し、自民党県連が共催した。西田氏は記念講演で、2007年に参院議員になる前に訪れたというひめゆりの塔について「今はどうか知りませんが、ひどい。あの説明のしぶりを見ていると、要するに日本軍がどんどん入ってきてひめゆり隊が死ぬことになった。そしてアメリカが入ってきて沖縄は解放された。そういう文脈で書いている。歴史を書き換えられると、こういうことになっちゃうわけだ」と発言した。その上で「沖縄の場合は地上戦の解釈を含めて、かなりむちゃくちゃな教育のされ方をしている。自分たちが納得できる歴史をつくらないと、日本は独立できない」として歴史観を見直すよう呼びかけた。西田氏は会見で「今回の発言で県民を傷つけたとの報道になっているが、そういう意図はない。切り取られた記事が誤解を生んだ。そこは非常に遺憾に思う」と述べた。ひめゆりの塔の展示については、20年以上前に視察したとして「(ひめゆり平和祈念資料館の)近所の洞窟のようなところに入って、その展示を見た記憶がある。一つ一つの言葉は覚えていないが、明確に違和感がある印象を受けた」などと説明した。(以下略)---2か月ほど前にも、この人の発言を記事にしたことがありますが、その時には、夏の参院選について自民党が「今の体制では戦えない」などと石破首相の退陣を求める発言でした。いやはや、400万円の裏金議員が自分を棚に上げてよく言うよ、と思ったものですが、またも暴言です。西田自身は「真実を言っている」のだそうですが、「一つ一つの言葉は覚えていないが、明確に違和感がある印象を受けた」のだそうです。いやはや、今回、わざわざ那覇まで行って講演でひめゆりの塔に難癖をつけようというのに、20年前のおぼろげな記憶だけで、一つ一つの言葉は覚えていない、というただの「印象」だけでこんなことを言ってしまうことに、驚きを禁じえません。わざわざ沖縄で講演するんだから、文面を見てくればいいじゃないですか。あるいは、それこそひろゆりの塔にもホームページがあり、そこに当然沖縄戦についての記述もあるのだから、それを確認したうえで発言すればいいじゃないですか。西田議員にとって講演というのは床屋政談、飲み会での放談と同レベルの無根拠言いっぱなしでOKの場、なのか、と言わざるを得ません。事実として、沖縄県は一般国民が生活している場としては唯一、日本の領土で本格的な地上戦が行われた場所です。公式な戦死者は18万人とされ(それも、過小評価であった可能性はありますが)、1944年の沖縄県人口77万人のうち、4人に1人近くが亡くなるという悲惨な戦いとなったことは、明白な事実です。その中で、日本軍が住民に牙をむいた事例(スパイ容疑をかけて住民を処刑、砲弾が飛び交う中で地下壕から住民を追い出す、集団自決の強要や投降の禁止など)が少なからずあったことは、数多くの証言によって裏付けられています。「地上戦の解釈を含めて、かなり無茶苦茶な教育のされ方をしている」と言ったようですが、無茶苦茶だったのは地上戦の実相そのものです。だからこそ多くの住民を巻き込んで、人口の4人に1人に近い戦没者を出したのです。事実が無茶苦茶なんだから、無茶苦茶だったのだと教えるしかないでしょう。無茶苦茶だった事実を隠蔽するべきだ、と西田は言いたいのでしょうか。「日本軍がどんどん入ってきてひめゆり隊が死ぬことになった」は、そりゃあ西田議員の歴史感には反するでしょうが、明白に歴史的事実です。それを歴史を書き換えている、と称する西田議員こそが、歴史を書き換えているのです。西田の言う「自分たち納得できる歴史」とは、ありていに言ってウソの歴史ということです。ウソの歴史で得られる「日本の独立」とは一体何か、皇国史観イデオロギーで粉飾されたかりそめの独立でしかありません。負の歴史に目を閉ざし、書き換えた歴史によって捏造した「日本の独立」先に、明るい未来などないと私は確信します。
2025.05.08
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前回の続きです。12時5分過ぎに山頂に到着。八方池山荘からおよそ3時間半弱程度でした。ちなみに、昭文社の登山地図による夏道の標準タイムが3時間50分となっています。唐松岳山頂から望む五竜岳。どうも感覚的に五竜岳の方が低そうに見えますが、実際には五竜岳(2814m)の方が唐松岳(2696m)より100m以上高いです。立山劔岳立山と劔岳志賀高原と浅間山、だと思います。山頂滞在時間は10分ほど、すぐ下山にかかります。すぐ目の前の主稜線上にある唐松岳頂上山荘不帰ノ嶮八方尾根最上部にて、ライチョウがいました。おそらくメスの冬羽から夏羽への換羽中です。ライチョウ、同じ個体です。こういう時に限って、400mmの望遠レンズはもっていません。鳥撮影モードが入ってしまったら、とうてい唐松岳山頂まで日帰りで往復はできないので。でも、17-70mmのテレ端で何とかなる程度の至近距離まで寄ってきました。八方尾根の最上部は、登山道部分だけ雪が消えています。少し下がると、雪の斜面ですが。この辺りの下りは気持ちよかったです。八方尾根は、雪面そのものは、難易度は高くない山です。ただし、悪天候時は視界がなく、容易にルートを見失います。それで起きた遭難事故が、1980年の逗子開成高校八方尾根遭難事故です(本多勝一「リーダーは何をしていたか」に詳しい)。晴天時限定なら、初心者向きと言ってもいいくらいの雪山です。ただ、どんな雪山でも悪天候時は難易度が上がりますし、この辺りは世界でも屈指の豪雪地帯、ということしは冬季に悪天候の可能性が非常にに高い山であることも確かです。白馬三山、白馬鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳不帰ノ嶮、著名なバリエーションルートの一つです。写真右端の下り部分が核心部らしいです。今度はオスのライチョウに遭遇。やはり冬羽から夏羽に換羽中です。70mmではいささか厳しい距離でした。最後に笛練習をして・・・八方池山荘に下山しました。リフトの最終が3時20分のところ、3時10分に到着。ただし、先の笛練習で20分以上タイムロスしているので、それがなければ最終リフトの30分前には到着できていた計算になります。下山の所要時間は3時間弱。笛練習タイムを除けば2時間30分か35分程度です。始発のリフトに乗って最終リフト30分前(笛吹きタイムなしとしても)の下山。結構ギリギリです。今の脚力からちょっと落ちたら、もう夜行日帰りは無理そうです。あと何年、このコースが夜行日帰りで歩けるかなあ、と思ってしまいました。下山の途中で一時曇天になった以外は、最初から最後まで、ほぼ晴れで、最高の雪山登山となりました。次の雪山は、来シーズンになりますね。
2025.05.06
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ゴールデンウィークの初日、夜行バスで八方尾根から唐松岳を目指しました。八方のバスターミナルからゴンドラリフト乗り場に向かう途中。雲間に日差しを受ける稜線が見えます。バスは早朝に到着しましたが、ゴンドラリフトの始発は8時、2時間半ほど待つ間に、こんな行列になっていました。リフトを3つ乗り継ぐうちに、何やら雲行きが怪しくなってきましたが・・・・。そして、雪がだいぶ茶色くなっています。もう新たな降雪がないのでしょう。リフトの終点、八方池山荘に到着。ここが標高1800mくらいです。8時40分頃にここから登山開始です。雪がまったくありません。そして、ガスがやや薄くなってきたかな、と思ったら。一挙に晴れました。やったーー!!左奥が鹿島槍ヶ岳、中央が五竜岳です。八方尾根上部を望む。山腹にはまだ雪はあるのですが、登山道のある両線上は雪が消えています。実はいったん雪の上に出たのでアイゼンを装着したら、その後再び雪がなくなり、アイゼンを外すのが面倒で、「そのうちすぐまた雪が出てくるだろう」と思ったら、延々と雪のない登山道をアイゼンをつけたまま歩く羽目に。五竜岳鹿島槍ヶ岳雪のない稜線が続きます。白馬鑓ヶ岳、杓子岳、白馬岳やっと雪の上に出ました。急登です。雪山らしくなってきました。八方尾根上部、右端が目指す唐松岳です。この辺りはまだ降雪があるらしく、新雪が多少かぶっています。この辺り、結構きつかったです。目指す唐松岳が近くなってきました。雪の斜面が続きます・・・・が、この後また雪のない稜線歩きに変わりました。稜線に出て、眼前の唐松岳を撮影。しかし、一見雪はあるのですが、登山道をよーく観察したところ、写真に写っている範囲では登山道が雪面を通過するのは3か所だけ(それも比較的短い)でした。結局、ここから再び、雪のない登山道のアイゼン歩行をやる羽目に。以下次回に続きます。
2025.05.04
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