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治療の書28ページから30ページ。『人の一挙手一投足、之全生の要求をもつ也。之死ぬこと忘れ生きてゐる理由なるべし。死にきるまで死ぬこと忘れゐるは自然也。死来るも慌てず、怯えず、又死にたくなしとか、何時死んでもよいとか、考へること無くただ生きてゐる也。人の造りし目的の為あくせくいのちけずること慎む可き也。死に際していのちをけづる如きこと更に慎む可きは勿論也。その故に最後の一瞬迄、活き活き生くる可き也。治療する者、このことに添ひ彼を指導す可き也。その故に治療する者にあって死ぬ可きもの無し、生ききる可きものにのみ会ふ也。人は死ぬと見、人は働くと見、人は食らふと見、人は背くと見、人は従ふと見、人は信ずべしと見、人は油断ならずとみるも、それぞれ見る人の立場也。人はその如きに非ず、ただ生きてゐる也。その生くるはらたきの鬱散が癇癪になり涙になり、又活動になり思索になり、結婚となり分娩となり成長となって一瞬も止まらず、生きって生くること終へる也。疲れて眠りを要求する如き也。ただ生くる也、活き活き生くる也。之治療する者の見也。』「生きって生くること終へる時、(死することただ)疲れて眠りを要求する如き也。」歩むべき道を歩み、使うべき体を使い切って「生ききった人」は、本当に眠るように旅立ちます。
2005年07月26日
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野口晴哉先生の治療の書、25ページから28ページ。『或る人問ひて、「死ぬべきに会はば治療する者如何にす可きかと」。安らかに死なしむる也。 その為には最後の一瞬まで生くるを望ましめず、死する怖れもたしめず、活き活き生かしむること也。死の直前の一分間も同じく一分間也。その最後迄生命は活き活き輝く可き也。石田三成の刑場に赴く途中柿を辞したるの古事、味ふ可きものあり。どうせ死ぬのだからと何もしないでその尊き時を雲散霧消するは間違ひ也。五十年と五分間の差、また幾可も無き也。生まれた瞬間からどうせ死ぬに決まって居る也。しかも五分間か十分間しか生きておらぬ生物も多数ある也。しかもその生涯の意義あり。百年生くるも、十年生くるも、三ヶ月生くるも、一生也。未だその寿万年に達せる人もなく、億年兆年も生くこと想像だにせざれども、億兆年も又短き也。ピカリと光る星の中にも億兆年の歴史ありて眼に見るを得る也。五十年生くるから活き活きし、十分間の生命なるが故に粗末にす可き理由無き也。その最後の一瞬迄活き活き生かしむ可き也。平素人は死ぬものなること心得おかば、このこと容易に為し得るも、多くの人毎日死につつあること忘れ、人の死ぬものなること忘れ、死に近づきて憶ひ出し慌てる也。之も又楽しきもの也。その機になって慌てる程気楽に生きてゐること又活き活きしたるものあり、されど気楽に最後の瞬間迄死ぬこと忘れて活き活き生くること望ましきこと也。死を告げて生きてゐるうちから何回も死なしめ、死ぬ前に殺して息だけさせてゐる人もあれど之間違ひ也。用心の為殺すことしばしばあり、されど生くること用心より大切也。後に残れる人の便利より、生を失はんとしてゐる人のいのち大切にす可き也。 人もともと目的なく生まれたり。生まれし後いろいろと目的たてる人あれど、この目的、人の生くる為の便宜也。生くる真の目的に非ずして生くる目的は生くること也。生くることの何なるか、人知らず、ただ自然之を知る也。太陽の輝くも、空の蒼く見ゆるも、人何の故か知らず。人何の故にあるか、人知らず。ただ生まれたが故に生きんとする也。生くるを全うすること大切也。』生まれし後いろいろと目的たてる人あれど、この目的、人の生くる為の便宜也。生くる真の目的に非ずして生くる目的は生くること也。生くることの何なるか、人知らず、… 生くるを全うすること大切也。
2005年07月25日
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先日来、『ホメオパシー医学哲学講義』を読み続けているが、少し厚手の本である事と、翻訳者である松本丈二さんという方の経験や考察に興味が湧き、平行して松本氏が書いた「ホメオパシー医学への招待」も読んでみた。(こちらは文章も平易で電車の中と夕食後の居間ですぐに読み切る事ができた)その著作の中の一節に「ホメオパシーからフラワーレメディーへ」という節がもうけられており、松本氏は、「では、なぜバッチはホメオパシーでは満足できず、新しい方法論を編み出したのでしょうか。」との質問をたてて、「ホメオパシーは非常に体系化された素晴らしい医学であるが故に大きな欠点をもちあわせているからではないでしょうか。…中略…、ホメオパシーは非常に難しいのです。習得するのに何年もかかります。いくつかの例外を除いて、とても一般患者が自己治療のために気軽に行えるものではありません。本当の健康を達成するためには病気の予防とセルフケアが重要だとしたら、ホメオパシーはあまり意味がなくなってしまいます。」と語っている。この一節も彼の洞察の深さと鋭さを示している。この一文の的確さは「ホメオパシーが難しいから」という点よりも、実は「本当の健康を達成するためには病気の予防とセルフケアが重要だ」という部分にある。そうして、バッチ博士の意思をより明確にするには「セルフケア」を「セルフヘルプ」としたほうが良いだろう。真のセルフヘルプが何に至るかといえば、「自分と宇宙の関係性の再確立」にまで至る。この点が、しばしばフラワーレメディーがホメオパシー以上にスピリチュアルな治療であると言われる理由の一つでもある。ちなみに、松本丈二氏は、この著作を書いた時点では、生物学者である彼の立場から離れないスタンスを維持しつつ、水分子認識仮説(レセプター説)を立ててホメオパシーの作用機序について一定の論理的な解明を試みておられる。大変すぐれた思考家である。そうして、彼の著作を読んで、ホメオパシーに関わった医師達がヨーロッパでの200年のその歴史の中で、臨床医学として自らを確立する為に払って来た深い努力の一端を垣間みることが出来た。その上で『ホメオパシー医学哲学講義』を読み続けると、現在私も参加している「国際アントロポゾフィー医学ゼミナール」の中心メンバーの医師らが、なぜホメオパシーを学びながら、アントロポゾフィー医学に心ひかれたかが良く理解出来るようになった。翻訳された『ホメオパシー医学哲学講義』の116ページには、ジェームズ・タイラー・ケントの言葉として「ここで、このような質問が出るかもしれません。五感によって感じるもののみを真実であると信じてしまうこと自体が、人類が今、混乱状態にあることを示しているのではないかと。ホメオパシーの医者として、私たちの生命、思考、科学的態度を秩序だてるように努力してみましょう。…」という一文がある。アントロポゾフィー医学は、正に私たちがこの『生命、思考、科学的態度を秩序だてるように努力』する事を要求する医学であり、それを可能にする訓練を持っているのだ。私自身は、一昨年まではホメオパシーを自分で学ぼうと言う意欲はまったくなく、むしろアントロポゾフィー医学ゼミナールに参加して、改めてホメオパシーを勉強している医者の多さに驚いた次第で、ホメオパシーの哲学がジェームズ・タイラー・ケント氏が述べているように大変完成された体系と法則を持っている事をつい最近まで知らなかったというのが本当だ。ただ、シュタイナーの精神科学(アントロポゾフィー)に関しては、20年程前から少しづつ学んで来た。そして、今言える事は、アントロポゾフィー的な認識の光に照らして初めて、ホメオパシーとバッチフラワーレメディーの関係や、それぞれの作用機序も体系的に理解できるという事実だ。この日本で、この時期にアントロポゾフィー医学と中医学が出会い、ホメオパシーとバッチフラワーレメディーが出会っている事は、真の統合的医療の実践が、この国で芽生えようとしている事を示している。この時代に生きることが出来た恵みを、心から神様に感謝します。
2005年07月20日
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7月9日に行った講演会には、長野フラワーエッセンス研究会 http://www.avis.ne.jp/~bea/と http://www.pure-hearts.jp/ でご活躍の2人のバッチフラワープラクティショナー、阿部宗雄さんと村松津美子さんもご来訪下さいました。その阿部さんのご好意により、長野フラワーエッセンス研究会のHPから、私の今までの講演の内容やその要約を一度に読めるようになりました。バッチフラワープラクティショナーを目指す方、またすでに臨床で、セラピーでレメディーを用いている方々には、必ず参考になる所があると思いますので、ぜひ下記ページを覗いてみて下さい。該当するホームページアドレスhttp://www.avis.ne.jp/~bea/bach/ishikawa.htmlhttp://www.pure-hearts.jp/bach/index13.html
2005年07月18日
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ヒーラーの香りさん http://plaza.rakuten.co.jp/homeopathy1kaori/ が日記でご紹介されていたジェームズ・タイラー・ケント著「ホメオパシー医学哲学講義」を購入して読んでいます。二年程前に医者として西洋医学的診断、治療の原則が、いかに患者さんを苦しめる事が多いかに気がついてから、私はバッチフラワーレメディーを自分の医療の中心に据えました。そして、臨床での必要にせまられて、レメディーの効果をより有効に発現させるための方法論を求めてきました。その結果として行き着いた所が食養生であり、「いずみの会」です。食養生については、吉祥寺の小児科医である「真弓定夫先生」に直接の啓蒙を受け、現在は幕内秀夫さんのフード&ヘルス研究所の食養塾に通っています。粗食の伝統食、身土不二の食事が病を予防し、癒すと理解しています。患者さんによっては、西式医学や甲田式食養生をお勧めすることもあります。同時に、私は改めて『人間とは何か』について探求を行い、行い続けています。その現時点での結実として、ルドルフシュタイナーの人智学(アントロポゾフィー)、易学、陰陽五行論を中止とした中国哲学などに、自分の体験に合致する論理的な説明を見いだしています。ホメオパシー医学の論理的背景、哲学的背景は優れたものですが、経験的科学としての論理性と哲学的背景を比較した場合、その内容はシュタイナーの精神科学や中国哲学ほどには完成されていない、発展途上の医学だと考えられます。人間存在に対する洞察と、自然と人間の関係を見通す視点、そして世界と人間に対する深い「理解と愛情」によってこれからもホメオパシーは発展を続けるでしょう。ただ、私はアントロポゾフィー医学 http://homepage.mac.com/anthro_med/Menu1.html や中国医学をいくらかでも知り、理解している者として、これからの未来にむかって、ホメオパシーがさらに論理的、かつ科学的な発展を遂げるために参考となる、いくつかの事柄を指摘出来ます。ホメオパシーを日々活用し、その哲学を深く理解している人は、以下に述べる私の意見を、いわば「アンチテーゼ」として理解して頂きたいと思います。ホメオパシー医学ならびにその哲学の基礎を構成するという4つの視点、1)病気の単元論、2)生物学的不可知性、3)階層原理、4)実験至上主義 の内、2)の生物学的不可知性に関して、私は単純にその「不可知性」に同意する事が出来ません。なぜなら、単元論と階層原理、実験至上主義の3つは極めて論理的であり「論理の整合性」において十分な説得力があるにも関わらず、この「不可知性」という原則だけは、論理性に欠けるからです。そして、この「生物学的不可知性」という原則をただ単に受け入れる事は、「人間精神の挫折」を意味し、「援助者としての責任を放棄する」事を意味します。(私はここでアントロポゾフィー的な意味を含めて、自由なるものとしての人間精神を指しています)自由な精神であることを意志しながら、他者に影響を及ぼす医薬品(レメディーを含む)を用いようとするなら、そのレメディーや医薬品の効果と副作用について熟知する必要があります。そしてその知識は西洋医学においては、ただ闇雲に薬品名とその副作用を暗記する事によって得られるものではなく、一つ一つの薬剤の薬理作用を理解した上で得られるべきものです。つまりは、薬剤やレメディーを使用した結果について、常に出来る限りの説明を行い、その医薬品やレメディーが及ぼす作用に「目覚めている」必要があると言う事です。そのようであって、はじめて専門的な援助者でいる事が出来ると私は理解しています。医者として仕事をし続けるなかで、確かに眼前の「患者さんが経験している事全てを理解する事」は不可能であると認めざるを得ません。それでも、ホメオパシー医学が「人間全体の理解と人間全体の回復」を目指す以上、真のホメオパスを目指す人は、レメディーの作用機序についても熟慮すべきです。その努力が、現代を生きるホメオパス1人1人によってどこまでなされているのか、また、得られた理解が、マテリアメディカやレパートリーを現実に用いるための指針として活かされているのかどうか、私はこれからホメオパシーを学びながら探ってゆくつもりです。
2005年07月17日
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ホメオパシープロジェクトでお世話になっている鍼灸師の下山田吉成先生は「ひろもぎ庵HP」http://www.himorogian.jp/index.html で、『私の理解する所を誤解を恐れずに言えば、バッチ博士はホメオパシーの示す真理をよりわかりやすく誰にでも享受できるようにフラワーレメディーという形で遺したものと考えられる。よって、この二つの療法はアダムとその肋骨から創られたエヴァのように患者にとって父母の役割を果たすのではないだろうか。ホメオパシーは厳父の如く道を指し示し、バッチフラワーは慈母の如くやさしく包み込んでくれる。幾多の症例からこの二つの治療法にはそのような優れた相補性があると実感している。』と語っておられます。先日ヒーラーの香りさんが書いて下さったコメントに対して、私は『バッチフラワーレメディーは自然療法における内科治療で、ホメオパシーは自然療法における外科治療に相当する』という意見をご紹介しました。そして私の意見として、「私は西洋医学における内科医ですから、すぐに切りたがる外科に対しては少々批判的です。本当の良き外科医というのは、本来、外科を修めながら、内科的視点の研修も絶対におろそかにしないものです。内科を理解していない外科医は良き外科医とはなり得ないと私は感じています。内科を理解できなければ、胆石を切り取っても、癌を切り取っても、それらの病は場所を変えてまた出現します。原因にまでアプローチ出来る上に、緊急治療も完全に行えるのが理想の外科医です。病と言うものが、人生と人間組織(存在)の全体に対してもっている『意味』を深く問い、理解出来る人だけが、良きホメオパスになり得ると私は思いますので、ホメオパスを目指す人には、外科を目指す医者が全員例外なく内科を学ぶのと同様にフラワーレメディーを学んで欲しいと感じています。」とお伝えしました。昨年来、私はホメオパシーとバッチフラワーレメディーの異同、相補性、適切な併用の方法などについて、アントロポゾフィー医学の視点から考察を重ねてきました。その結果私は『バッチフラワーレメディーはホメオパシーを真に補完する』と理解するに至りました。私はまだホメオパシーの深さを十分には理解していませんが、ホメオパシーのレメディーが身体症状をも指標として選ばれ、用いられる状況に限って言えば、そのシステムを完全なものとするためにはバッチフラワーレメディーが大変有効な「ホメオパシーを補完する治療法」となるでしょう。なぜなら、バッチフラワーレメディーは、いわば「身体症状」というタマネギの皮を剥いた後に見えてくる疾患の真実の原因を徐々に明らかにし、ついには原因そのものを解消してゆくからです。人間の疾患の原因は肉体にではなく、感情体の混乱や、精神的レベルの無明にあります。従って「真の治癒と回復は対症療法によっては生じえない」ということと、「根本的な回復は、感情レベルの混乱(矛盾)を消し去ると同時に、精神の無明を『真の自己』の光によって消し去った時に生じる」と理解することが出来ます。これらの事を理解した上で、既に物質体のレベルに、いわば結晶として析出した身体症状に対処しながら真の回復を支援しようとした場合には、身体症状を外科的手術によって取り去るような乱暴な方法ではなく、「疾患即回復」の原理を認識したホメオパシー療法とバッチフラワーレメディーが手を取り合うことが最善の方法となります。そして、これらの療法と平行して、意識的な努力によって遂行可能な「肉体」、「感情」、「悟性」各レベルでの、〈入力調整〉、〈代謝燃焼促進〉、〈排泄促進〉が同時に行われる事が必須となるでしょう。先日7月9日の未病jpの講演会終了後、長野フラワーエッセンス研究会の方々と少しお話しをさせて頂く時間があったのですが、その際『石川先生は医療という大海原に、バッチフラワーレメディーという手漕ぎボートで漕ぎ出した、勇気あるお医者さんに見えます』というお言葉を頂きました。レメディーの深さとその著しい効果を実感している私にとって、私が乗っている船はボートではなく、言わば大船(おおぶね)に感じられるのですが、医学的な治療の現場でバッチフラワーレメディーがいかに有効か、実際に体験する機会が少ない方には、私の姿は「頼りない小舟」に乗った姿に見えるかもしれないなと、想像も出来ました。けれども考えてみれば、どんな病院よりもガンの患者さんが治っている『いずみの会』でも「心の改善(転換)」、「食事の改善」、「運動すること(歩く事)」のおもにこの3つだけで、あれ程の実績をあげている訳ですから、実に事実は小説より奇なり、論より証拠な訳です。普通の西洋医学のお医者さんに対して、どんなに口を酸っぱくして「いずみの会」の活動を説明しても、玄米菜食の効果を力説しても、「心」「食事」「運動」の三大療法が、「抗ガン剤」「手術」「放射線」の三大療法よりも有効だと言う事は理解して貰えないでしょう。同じように、ホメオパシーや、バッチフラワーレメディーが、あらゆる病気に対して有効性を示し得るものだと主張しても、これも西洋医学のお医者さんたちには理解も納得も出来ない事でしょう。そうであれば、実践あるのみです。その実践を実りあるものにするためにも、ホメオパシーとバッチフラワーレメディーは、ぜひお互いに助け合うべきです。
2005年07月12日
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7月9日に、竹橋のクシガーデンで開催された未病jp主催の講演会で皆さんにお配りした講演の概要をここにコピーします。不完全な覚え書きのような内容ですから、解説なしには理解不能の部分も多いとは思いますが、アントロポゾフィーについての理解、あるいはゲーテの植物観察などに在る程度理解や経験がある人にとっては世界と人間の関係を理解するためのいくばくかの参考になると考えています。近い将来にこれらの内容をさらに詳しく解説する予定でおります。以下コピーです。『私の理解は、1年と半年程のアントロポゾフィーにおける探求を経て、私が医者として何よりも大切にしているバッチフラワーレメディーの神秘的なプロセスを、ある程度他の人に説明出来るところまで深まりました。そしてこの理解に至る過程で、『同じ〈アントロポゾフィーで言われる3つの原理〉の理解』が、私に世界と人間の関係をより広い視野から理解出来るように導きました。私が『命の流れを味方にする生き方』と呼ぶ、その「命の流れ」が過去とは異なった視点から見えたと言う事です。人間の存在は自然界全体の中で、本来はあたかも自動車のエンジンのスパークプラグのような役目を担っていると推定されます。信じられない程の大きな役割ですが、人間の存在というのは、その本来の働きにおいては、それほど偉大でさえあり得るものです。新約聖書の中に『万物が天国の栄光に浴したいと、救いを(あなた達の回復を)待ち望んでいます』という言葉があります。この言葉は、私たちが言わば神の子としての人間らしい生き方を回復した時に達成される未来の調和ある世界を示唆しています。Foodは風土と言われ、また身土不二(しんどふじ)とも言われます。この言葉の意味を私はホメオパシーを理解した時に同時に理解しました。つまり個人が生活する地域の大地が生えさせた植物というものは、その地域の土に集約される言わば物質的なるものが、光と水によってプロセスされて花開こうとする「プロセスのデータ」そのものだと言う事を理解したのです。このプロセスは、土が含む鉱物的なるものが、水とともに大気中に引き上げられ、最終的には、火であり、熱である花となって開花する、昇華のプロセスです。少し異なった表現をすれば、前の季節に大地に蓄えられた毒が、光と水によって、植物プロセスという形で大地から排泄されていると理解できるのです。そして、私たちの肉体は、大地がそうであるように、それこそ季節の温度変化を含む風土の影響下に形成されており、思考パターンを含む身体機能は土地の影響を強く受けています。その私たちが季節の、旬の野菜を食べる事は、それらの植物が内部に含んでいる毒素排泄を促進するプロセスを吸収するということなのです。これが季節の野菜が健康に良い、つまり肉体と精神を清浄に保つのに一番適している理由だと推定されます。地場の野菜を食べる事と、バッチフラワーレメディーを服用する事とは、ホメオパシーの観点からは希釈度とポテンシーが異なるとはいえ、同じような学習プロセスなのです。この件については、昨年の未病jpでお話しした事を理解して頂く事が参考になります。(昨年、私が不完全な言葉「中和」という言葉で示唆した内容は、これまでの探求から、やはり「成仏」あるいは「昇華」という言葉がより適切だと解りました。)私たちの潜在意識の神経であり、頭脳である自律神経は、非常に複雑で高度の機能を有しており、私たち自身には意識されないまま、体内に取り込まれた「食物が有する情報」をプロセスしています。極めて迅速かつ適切に取り込まれた食べ物の種類と内容を認識し、その内容に相応しい消化酵素や神経伝達物質を分泌して、食物を分解し、人間にとって害のない形に食物を変化させ、消化させて、人間以外の生き物の情報とエネルギーを自分自身を駆動するために取り込みます。その際、私たちは確かに物を食べているのではなく、作り手の愛情も含めた情報、あるいは霊的なエネルギーを食べており、それらと一つになるのです。そして、バッチフラワーレメディーもまたこれと同様なプロセスによって認識され、人間存在の内部に滞り、葛藤している矛盾したエネルギーに、いわば天国への帰り道を教えるのです。これがレメディーによる浄化であり、昇華です。人間システムでは、植物の根に相当する頭部から、1)思考という自覚され得る栄養素と、2)食べ物と呼ばれ消化管によってプロセスされる自覚されない情報、エネルギーが吸収され、3)それら2つのエネルギーが個性の(自我の)光のもとで相互作用をおこなった結果として、感情が生まれ、行動が結実します。感情というものは、言わば思考と食べ物の錬金術から生まれた生き物のようなものであり、しばしば私たちの行動の隠れた動機になってしまっていますが、私たちは、本来的には存在者であり、神性の輝きそのものであって、思考でもなければ、感情でもなく、また行動でも意志でもありません。そして、望むらくは、感情に人生の主導権をまかせるのではなく、むしろ神的な光によって、感情を昇華させ、その高められた力をもって、一人一人が自分らしく、人間に相応しい行為を選びとれる者でありたいのです。私たち一人一人の個性は、異なった大きさのプリズムレンズのようなもので、さらにある人の光源は大きく、他の人はやや小さい光源をもっています。(私たちの本性は、正確にはレンズではなく光源のほうにあります。)そして、たとえレンズが大きくとも表面にレンズを曇らせる(葛藤という名前の)厚い汚れが付着していれば、そのレンズを透過して描かれる虹は歪み、焦点が不明瞭ものに変化してしまうでしょう。また、そのレンズを使って虹を投影しようとしている壁に対して、プリズムと光源の角度が適正でなければ、虹全体が歪む事も明らかです。私たちの本来の役割が、それぞれの個性に相応しい場所で、この世界に美しい虹を描き出す事だとするなら、レンズを曇らせる汚れと、レンズのあるべき場所からそのレンズを移動させてしまう、あるいは傾けてしまう間違った定位を避けなければなりません。そのために必要な事が、バッチ博士が繰り返して語った、これらの言葉です。→(バッチ博士の言葉 http://homepage.mac.com/makio_ishikawa/HealThyself.htm を引用。) これらの言葉に従おうと意志する事が第一に必要です。そして、自分の内側に生じる、「高慢、冷酷、憎悪、自己愛、無知、不安定、支配欲」などの性格の欠点を克服するためには、バッチ博士が語ったように、その欠点を打ち破る徳、「畏敬の感情と謙虚さ、優しさ、愛、献身、経験と学習への意欲、決断力、他者の自由を尊重する態度」などを懸命に育てる事が重要です。さらに、自分で自分をコントロール出来ないという、誰にでも生じる現象を避ける工夫をすることも、私の経験からは、良い成果を達成するために大変有効です。その工夫というのは、知情意の3つのレベルで浄化を行う条件を整える事です。これが、講演会のお知らせの中で言及した、レメディーの効果を最大限に引き出す工夫になります。具体的には、1)知性(悟性)のレベルにおいては、無自覚に情報だけをもとめない、情報の暴飲暴食を避けるということと、獲得された情報を処理するために、一人になる時間、あるいは頭を使わないゆっくりした時間を持つという事。その静けさの中に『自己』の光、あるいは聖霊の導きが加わる時、人は内側から生じる確信を得ます。2)情のレベルにおいては、自分が本当に楽しいと感じられる事に積極的に取り組むようにして、喜びを経験するようにするということ、感情を表現する事を恐れないということ、たとえば、穴口恵子さんというスピリチュアルカウンセリングを行う人は、・わき上がる感情を感じることを自分に許す・その感情を自分のもととして受け入れて、その感情を味わい尽くす ための時間と余地を与える。・自分の感情から逃れるために環境や他者に責任転嫁をしない。・自分を見ている自分を意識し、感じる。(目覚めている)などを具体的に指導しているということですが、これらの態度は、「カウンセリングマインドをもって自分の感情に向き合う」という事を示します。つまり、無批判、共感、目覚めている(自己一致)の3要素を保った状態です。3)意志のレベル、あるいは肉体のレベルでは、食べ過ぎない、良く噛む習慣を身につける、そして十分動く(歩く)という事です。(詳細については口頭で説明)私としては、すでに述べたさまざまな理由から、穀物と野菜を中心とした伝統食が一番良いだろうと感じています。(フードマイレージの話しも含めてお話しします。)』
2005年07月11日
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世の中に医者は沢山いますが、ガンの末期から回復する患者さんを何人も目の当りにしている医者は、日本中でも数十人居るか居ないかだと思います。私は自分の医院の外来と往診で私の患者さんからと、『いずみの会』の集まりでそれらの方々にお会いする事が出来ました。『いずみの会』 http://homepage2.nifty.com/izuminokai/ は名古屋が本拠地ですが、東京でも『東京いずみの会』が開かれています。(今回は7月9日が会の日です。)また、横浜には『ガンの患者学研究所』 http://www.naotta.net/ という患者さんの集まりがあります。こちらの会ではガンで苦しむ患者さんの個別相談にも応じるウェラー・ザン・ウェルの会 http://www.naotta.net/wtw/index.html もお持ちです。私はターミナルケアの大切さと必要を深く感じてこれに取り組む中からバッチフラワーレメディーに出会いました。そして、普通の意味での緩和ケアやターミナルケアの先にある、あるべき援助の姿として『いずみの会』と『ガンの患者学研究所』に出会いました。これらの3つ(レメディー、いずみの会、患者学研究所)は、3つとも医者でなくても、またガンでなくても、本当の自分の人生を生きようと願う人にとってはかけがえのないものばかりです。この私の日記を読んで、自分と同胞の自立を助けたいと少しでも思われる方は、ぜひ皆さんの日記などでこれらの存在を知らせ広めて下さい。どうかよろしくお願いします。
2005年07月05日
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治療の書、23pから24p『人間といふもの、内閣が変わっただけで不眠症が気にならなくなる人あり、相場が下がっただけで食べ物が不味くなる人あり、妻君が返事しなかっただけで歯痛が激しくなる人あり、雨降れば下痢し、祭りがあれば勇み、デフレ、インフレにも悩んで元気失ふ人あり、勇んで元気なる人あり。体の一部の故障眺めていただけでは治療のこと行へぬは勿論也。然るに、体の一部のみつかまえて治療為し得るつもりの人もある也。人参のませて首くくらせ、淋病薬使って淋病を増やしてゐる也。落ちついて生きた人間そのものを見るやう、心がけざる可からず。治療の為観るといふこと、観る為に観るに非ずして治療するために観る也。他の目的をもって観ることとその内容又違ふ也。止まるに止まらず、観る為に如何に観ること重ねてもまたつまびらかに眺めても、それだけでは治療の役にはたたざる也。風の音きいても風の音ときかず、雨の音きいても雨の音ときかず、陽の照るも暑きも寒きも、祭日も日曜も、内閣の改造も、又治療のことと観、また感じて治療のこと為すを得る也。治療のこと常にひとを導いて強くする為に行ふ也。生くるに溌剌と生かしむることその目的也。病気を制すること目的に非ずして、病気をも活かして人間の溌剌と生くるに資するなり。その為に観る也。人間の元気を発揚するやう、ものごとをみるやうに導く為に観る也。』「病気を制すること目的に非ずして、病気をも活かして人間の溌剌と生くるに資するなり。」現代の西洋医学の医者の世界では、この言葉がしばしば忘れられています。いずみの会や、ガンの患者学研究所につながってガンを克服した人も、自分のどうしようもない感情に向き合って、バッチフラワーレメディーの助けによってその欠点を克服した人も、ともに『病気を活かして』自己の溌剌と生くるに資した人です。『ガンの患者学研究所のHPはこちら→ http://www.naotta.net/ 』
2005年07月04日
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先日の日記に関して、昨年来お世話になっているホメオパスの Wholistic Time Health Care Centreさんからコメントを頂きましたので紹介します。彼女はオーストラリアで活躍するホメオパスでもあり、今年の4月からは日本にもどって、新潟にホリスティックヴィレッジを立ち上げ、運営することに尽力しておられる方です。→ http://plaza.rakuten.co.jp/chakra1110/profile/以下、Wholistic Time Health Care Centreさんからのコメントです。『確かにホメオパスの中にもバッチとの併用を嫌う方がいます。それはオーストラリアでもそうでした。 私自身は、バッチは素人ですが、オーストラリアンブッシュフラワーエッセンスは勉強しましたので、自分のコンサルテーションでは積極的に併用しています。併用を嫌うホメオパスの言い分としては、どちらがどのように有効だったか解らないからというのが、理由のようですが、私は、クライアントさんが少しでも早く、穏やかに症状が改善されることが一番大事だと思うので、どちらがどう、役に立ったかということは、気にしません。 二つを併用することでの相乗効果の素晴らしさを実際に臨床で経験していますので、これからももっと両者が正しく広まることを期待している者の一人です。』私はWholistic Time Health Care Centreさんのような理解を持って活動して下さるホメオパスの方が増える事を願いながら、これからもバッチフラワーレメディーについての説明と実践的なご報告を続けて行くつもりです。ホメオパシーを学び始めたばかりの方や、セルフケアの為にホメオパシーをお使いの方には、ぜひWholistic Time Health Care Centreさんの日記も参考にして頂きたいと思います。→ たとえばこちらです。http://plaza.rakuten.co.jp/chakra1110/diary/200505190000/
2005年07月03日
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ある方からレメディーと西洋薬の併用についてご質問を頂きました。私は以前に、ホメオパシーとバッチフラワーの併用に関しても、この日記とホリスティック医学協会での講演で述べましたが、大切な質問だと思いますので、その質問の全体と、私の応答をここに転記します。質問:『私は、体調が良くなく現在漢方薬や、精神安定剤、抗鬱剤、睡眠導入剤などを服用しております。ホメオパスにかかったこともあり、ホメオパシーの場合はなるべく薬を飲まないように言われていました。フラワーエッセンスの場合はどうなのでしょうか?実は以前は安定剤などを飲まなくて、そのときはフラワーエッセンスの反応が敏感に出ていたのですが、薬を服用していると鈍くなるように思います。薬を飲んでいてもエッセンスの効果と言うのはあるのですよね?その点について、お聞きしたいと思いました。』お答え:『問い合わせありがとうございます。 確かにホメオパシーでは西洋薬との併用や他の薬剤を併用して治療することを制限しますね。 バッチフラワーレメディーはその作用機序がホメオパシーとは異なりますので、いかなる治療方法とも併用可能です。 つまり、ホメオパスの方がバッチフラワーを理解していない場合はホメオパシーとバッチフラワーの併用を避けるように指導されるかもしれませんが、実際にはバッチフラワーがホメオパシーのレメディーの効き目を妨げる事もありません。(これについてはどこにも正式に説明された文章が存在しないと思いますが、私自身は説明出来るレベルで理解しています。いずれ改めて文章にして発表します。) 西洋薬で精神神経系に作用するお薬を使用して居る場合は、それらの薬自体に感覚を鈍麻させる効果があるために、 フラワーレメディーの効果が感じにくくなる可能性はありますが、その状態であっても、バッチフラワーは確実に作用します。 ですから西洋薬を継続する必要がある人にこそ、バッチフラワーレメディーを使って頂きたいのです。 そうすれば、主治医がカウンセリングマインドに関して不足する人である場合も、レメディーの助けによって、 人は自分自身に相応しい回復の道に導かれるでしょう。 この答えが参考になれば幸いです。 』レメディーは一人一人の人間が自分の道を行くための光です。医者といえども、個人の歩みを妨げる権利はもっていません。それを自覚出来る一人でも多くの医療者に、そして真の回復を希求するすべての人に、私はバッチフラワーレメディーを使って欲しいと願っています。
2005年07月01日
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