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朝のニュースを見ていたら、天皇陛下が77歳を迎えられた話題が。続いて一般参賀の予定が報道された。 やり過ごしてしまいそうになったが、今日の午後丸の内に予定があることを思い出した。そうだ!少し早めに出て行ってみよう。一度は行ってみたいと思っていたので、ここでつながった。 少し早目に家を出て、地下鉄で二重橋前駅を降り、2番出口から外へ。 皇居前広場に行き、日の丸の旗を受け取る。しばらく行くと、持ち物検査。入念にバッグの中身を調べる。 次のゲートは身体チェック。前後二人の検査員に挟まれて、両手を水平に上げて、前の人はポケットなどをチェック。後ろからは機械でチェック。 厳重な検査を終え、宮殿に向かって歩を進める。門をくぐり、あの二重橋を渡り、また門をくぐり宮殿前広場に。 雅楽の演奏がスピーカーから‥‥。いろいろな話声の中に、耳慣れない外国語も結構交じっている。 しばらく待っていると、後ろの方で「天皇陛下、ばんざーい」の掛け声が。同時に宮殿に皇室のご家族の方々が次々に現われる。と同時に小旗の花が一斉に咲く。 天皇陛下のお言葉があり、しばらくは手を振りながら応対。約5分で3回目のお出ましが終了した。 帰りは坂下門から桔梗門を経て丸の内へ向かった。雲ひとつなく、やや風はあったが暖かく、絶好の参賀日和だった。 今日の参賀の様子(動画)
2010年12月23日
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地元で開催されたコミュニティビジネス起業塾の受講者を対象にした交流会の2回目が開催された。 今回は旧メンバーだけでなく、ツイッターで知り合った方とともに参加した。 参加者20数名。細内所長がファシリテーターとなって、活動報告、今後の見通し、起業に向けての課題、フリーディスカッション、市からのお知らせの順に次第が進んだ。 以下、言葉のメモからサボテンの育成、ルームシェア、ユーカリが丘、杉並区、話を聞いてあげる、高橋真梨子とグランパ、バウチャー、地域通貨、地域経済信託(LETS)、労務交換、先進事例、市民農園、耕作放棄地、障害者雇用、にんじん、バラ、都市型農業、有機野菜、盆栽、中間支援団体、背丈にあった、ファミサポ、個別相談、特定商取引、フリーマーケット、冥加金、携帯TELの使い方、モニター調査、顔入り、AND ETC。 これらは今をひも解くほんの一部のキーワードであるが、これらを如何に読んで、発想を展開できるか?考え始めると面白すぎる。 7~8年前にKAE経営研究所のセミナーを何回か受けたことがあるが、そこで佐藤修氏が話していたことを思い出した。 『これからは行政、企業、NPOが三位一体となって社会が回っていくことになる』と‥‥。 現実、今そうなり始めている。そうでないと社会が回らなくなっていることを実感できる。 にほんブログ村 Tatuhiko Bekkuyaバナーを作成
2010年12月12日
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大学時代の倶楽部の同期会出席が主目的だったが、これを機会にいくつかの課題を兼ねて、久し振りに京都を訪ねた。東福寺 紅葉の名所としてしばしば報道されるが、切り取られた写真や映像だけではその奥行きが伝わらずに気になっていた。着くやいなや真っ先に訪ねた。通天橋からの光景があまりにも有名。7割ほど散っていたが、それはそれで見所があった。下宿界隈 熊野神社近くの聖護院付近に5年ほど暮らした。そのうち3年間お世話になった下宿が当時のまま現存していたのが嬉しい。隣の八つ橋本社も健在。‥「末広食堂」聞いた名前だ。改築されているが、当時からの流れを組んでいるのだろう。「平安湯」そういえば‥‥、忘れていた銭湯名。「らんたん」らーめん。京都を離れる少し前に出来た店。今も繁盛している。角にあった煙草屋。いつもおばさんが座っていた。きれいに建て直されて、やはり煙草屋を‥‥。店にいるのは娘さんか、と言ってももうそれなりの‥。洋酒喫茶「コレクト」。活発に学生運動をやっていた同じ下宿人によく誘われて、角(かく)を飲んだ。多分ここにあったはず、というところに似たような色調の食堂が。 目と鼻の先の「河道屋」 ちょっと気にはなっていたが、当時は入ろうという気持ちも全く起きなかった。今日は、そこで、庭園を眺めながら一杯。キャンパスへ あの時と同じように「山紫水明」。「方丈記」の一節を思いながら鴨川を上がり、今出川通りを西に、御所の樹木を楽しみながら、正門から入り、西門に抜けた。学生生活の原風景ともいえる。狭いが美しいキャンパスと建物はそのままだった。権太呂 書道部昭和50年卒部の同期会、M君が音頭を取り静岡、和歌山、兵庫、京都、千葉から9名が集った。35年ぶりに会う人もいる。外見が驚くほど変わらない人もいて、むしろそのことに驚いてしまう。数十分も話をしていると時代は完全に学生時代に。 二次会はN君の顔で祇園へ。一角が特別の保存地区になっていて、何とも風情がある。ひとたび、格子戸をくぐればそこは現代空間。 人生、約一回りしようとしているが、そこに35年のブランク。皆、一人ひとりに語りつくせない物語がある。 その絵巻物をじっくり紐解きたいが。限られた時間の中で、どれだけ的確に聞けたか、話せたか。はなはだ疑問であるが、それが同窓会。 つかの間の会話を楽しみ、明日からの活力を得て、夜半、それぞれの方向に散って行った。渉成園(枳殻邸) 東大路を市電やバスなどで通るたびに、塀の向こう側にそれとなく思いを巡らせていた。枳殻邸というその名称と共に心のなかに引っ掛かっていた。柏井壽著「おひとり京都の秋」を読んだら、そこに触れた記事があり、池に映る紅葉や庭園が素晴らしいとのことも、誘われる要因となっていて、朝一番で訪ねた。何とも、人が少ないのが良い。団体もバスもいない。樹木の種類の豊富さが第一印象。大書院の?風亭の奥から見た東山を借景とした庭園がとりわけ良い。実はこういう奥行きがあり、コントラストが楽しめる庭園の鑑賞方法は、学生時代に円通寺の住職に教えてもらった。あの前田さんとランチ 出版関係のメーリングリストで知り、気になっていた方。いつぞや著書「ValueSeeds100」を送っていただいたこともある。その前田さんと町屋を改築した雰囲気が良い「アルトレタント」で初対面。ワインを飲みながらのイタリアンランチ。 食後は近くにあるイノダの2階で中庭を見ながらのコーヒータイム。美味しい食事と有益な話の数々。「縁側」というお土産話も。贅沢ですばらしい非日常的な時間を過ごした。ジャズ喫茶「YAMATOYA」下宿そばの目立たぬところにある。ジャズ好きな同級生に誘われて時々行っては無言のまま一杯のコーヒーで数時間ジャズをただただ聴いていた。今は学生はほとんど来ないという。やはり年配の人が訪ねてくるケースが多いよう。ここのオーディオの良さは当時から有名だった。レコードは数千枚とか??「ブルーノート」河原町通りのバルの脇を入ったところにある。開業して49年経つという。鍵盤のカウンターを含めて、全てがそのままという印象。当時から定期的にライブが開催されている。そういえば、昔、ここでリリイに会ったような記憶が、 6、70年代はジャズが似合った時代。当時の流行か。高野悦子の二十歳の原点で有名になった「シャンクレール」をはじめ、ほとんどの店がつぶれてしまい、今あるのは数件?? 商売っ気がないのがジャズ喫茶の特徴かも。 My Favorite Things - John Coltraneライブハウス磔磔 蔵を改造したライブハウス。今だ健在。できて三十数年経つか? ふらりと入って何回かライブを聴いたことがある。三条通をぶらぶら歩いていたら なんという偶然。家邊徳時計店 あの頃 熱かった時代(1960年代の記録から) インターナショナル 69~70年にかけて 1969‥‥秋 「いちご白書をもう一度」 三島由紀夫 自決 Tatuhiko Bekkuyaバナーを作成 -------------------------------------------------- --------------------------------------------------
2010年12月10日
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不確かな記憶をたどって、 15~16年くらいたつだろうか?少し社会を広げようとダイヤモンド社が主催する異業種交流会に入った。 そこに「ホームページを楽しむ会」というサークルがあり、興味があったので参加した。そのサークルを立ち上げて引っ張っていた人がいた。 ホームページ作成ソフトはホームページビルダーが断然いいと、薦めてもらった。 調布のお宅にお邪魔して、教えてもらったこともあった。 ネット活用の先駆者だった。 「へんな酋長」こと、塩見常雄さん。享年61歳 つぶやき 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 通夜式:12月7日(火)18:00~19:00 告別式:12月8日(水)11:30~12:30 場 所:調布メモリードホール 住 所:調布市菊野台1丁目10-2 電 話:042-483-0983 京王線 柴崎駅から200m位(国道20号線沿い)
2010年12月06日
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