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思い違いや勘違いは時々と言うよりは、結構な度合いでもって、人生を過ごす中には経験することであって、勝手な先入観は何時の場合も適度に、敏速に調整をする必用がありそうです。昨日初めて尋ねることができた川崎大師の町も、川崎の北に存在する大師様と思っていて、実際に尋ねるに当たって知った、羽田空港と多摩川を挟んで、対岸に位置するとは知りませんでした。出掛け先になって一応ネットで検索をしましたら、羽田空港から高速道路に乗って、アクアラインに分岐する、ジャンクションを正反対に向った位置で、頭の中で描いていたもっと山側の思い込みは、全くまと外れてしまいました。JR品川までは何回も利用していますので、地理的な方向感や町の親しみがあるのですが、乗り換えた京浜急行の電車の利用は初めてで、検索した時刻通りに特急を利用して京急川崎には10分足らずで到着でき、一層近距離感を体感できました。二階建てのホームを下りると大師線になっていて、方向として海に向っていることが不思議で、思い込みが強いと修正が利かなくて、10分ほどで到着できた大師様の町は、お参りの時季ではないらしく、真夏の陽光を避けるように、参道のお店には人影がありませんでした。地元の成田山新勝寺も同じで、お正月とか5月9月の参拝月には、駅からの参道には人混みで前に歩くことさえ出来なくて、ましてや呼び込みが活況なお店には、入りきれない人の波が途絶えなく、ひっきりなしの混雑振りが伺えます。炎天下の境内にたたずむ本堂も、沢山の緑を背景にした寺院と思い込んでいたところが、本当に近代的な街中に存在して、ビル街にあることを初めて知ることとなりました。この川崎大師は通称だそうで、正式名は金剛山平間寺、地元の成田山新勝寺と同じ宗派で、真言宗智山派の大本山と成ると、尚一層親近感が沸き親類の町にでも出かける、気楽な親しみは増すばかりでした。お仲間のロータリアンが所属する川崎大師ロータリー・クラブの例会に出席する為であったのですが、弘法大師さんのご縁もあってか、例会前に本堂に参拝して手を合わせる念願が達成でき、ホッとした安堵感を覚えることができました。世界各国の何処のクラブ例会へでも自由に出席することが、保証されている素晴らしいシステムは、ロータリアンある限り最大限に活用して、自分自身の学び取りをすることができますし、新しい友愛を広めることが出来ますし、更には関係する友人との交流を深める会談の場にも利用することができます。自クラブの出席だけでもそれなりの学び取りや意義があるのですが、ロータリーライフの醍醐味は、クラブから離れて他クラブや他地区クラブと行事に参加する時こそ、おおきな感動を覚える時が増えつつあります。交流の輪が広がる恵まれた環境を、これからも大切にして、更なる感動の出会いを限りなく享受できる、友愛の喜びを重ねていこうと思っているところです。私利私欲を関係なく、ただただ素直な出会いと交流を求めてのローターリライフは、どんな新しい出会いと感激をもって、自己研鑽の教えをしてくれると、悦びをもって活動を邁進していこうと思っています。川崎でお会いしたお仲間も、全国にいらっしゃるたくさんのお仲間も、きっときっと阿吽の頷きをしていてくれることでしょう。
2008.07.31
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陽が落ちると物凄く気持ちの良い風が吹き抜ける毎日になって、寝室の東向きの窓を開けると、寒いくらいのそよ風が入り込んできています。昼間の厳しい炎暑を思うと、安眠ができてとっても楽で助かっていますし、一日のなかで酷暑とそよ風の巡り会わせを感じていますと、人が心地良く生きている此の世の仕組み自体が、まったく人生そのものの同じスタイルのままで、時間が経過していることの証のような気がしています。気候が物凄く暑い日寒い日の厳しさがあれば、人生にも辛く悲しい時があるように、自然界に存在する身とすれば、すべてが人が歩む道と同じ意味をもっている気がしてなりません。世界のなかでも日本の中でも各地の陽気が様々で、北半球と南半球での天気サイクルが反転するのも、自然の摂理に従がって生かされている、全ての生命が授かっている宿命でもあるし、命を永らえる為の乗り越えなければならない、自然環境でもあるようです。と言うことを自問自答してみますと、一年中温室のような平穏な気候で、平坦で何事もない日常はありえないことを、厳しい地球上で生きる我々は、改めて自覚してこそ、創意工夫の進歩が目覚めることとなるのだと信じています。極寒や酷暑の厳しい環境で、辛い日々を生きる中で耐えることを学び、やがて訪れる陽春の輝かしい穏やかさの中で、生きることができる喜びと希望を歓喜することが出来るのです。辛さと厳しさに耐えた人こそ味わうことの出来る特権が、やがて訪れるであろう、素敵な過ごしやすい恵みの環境であるとすれば、与えられた人生と対峙して正々堂々と歩んでいくことが肝要に思います。忙しくも精一杯過ごした一日が終えて、家人と接する時間のなかで一日の疲労を解消する、そんな平凡な日常こそ、忍耐と寛容をもとに思い遣りが養える最高の修練の場であるようです。日常生活を無駄にすることなく、常に問題意識を高めていくことで、自らの生きる一歩を磨くことが出来、意味のある高尚な時間とすることができると思うのです。強く生きてくことこそ、人の基本的な役目であると思いますので、日常に生かされてもらっている自然界の仕組みを良く理解して、雲が流れるが如し時々の変化を見極めることが出来る意識を、修練によって高めていきたいものです。ひと時でも同じ環境をもって生活が出来ないことは、誰でもが認識していることであって、何時でも自在に変化する変わり身を、確りと心得られるだけの、見極め力と体力を持ちたいものです。自然界の変化に乗って、共に流れる人生を送るためにも、厳しい時には挫けずに、融和な時こそ奢らずに、天雲が流れ雨水が降り風が吹くが如し、活き活きと人生の寒暖を出せたらよいのです。
2008.07.30
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二人だけの時の話からは、何故こんなにも素直で理解力があって、全てに多様的な受け入れが出来るのでしょうか、聞き耳を持てることが不思議なことだと、何時も首を傾げてしまっています。仲間の一人と二時間ばかりお茶をする機会があって、難しい仕事の話や身の回りとか、家庭のなかの世間話など、いろいろ豊富に話し合う時間がもてましたが、時間の経過と共にその人が日常に抱きもっている、素の疑問を問いかけられてしまいました。長い間不思議に思って、解決できていないことが、何かの話題のなかでの切っ掛けで、互いの波長が同調して、一気に疑問解決の手がかりを求めて、問答が沸騰することがあります。今回の話題は、共通する友人の言動に対して、不安と疑念をもって接していたそうで、その疑念を誰にも相談をすることなく、長い時間御腹の中でしまっておいた対人関係の話題でした。対人関係の話題として、不思議な3人組がいるのですが、誰しもが特別に意識をしなくとも、普段の交流の中で、個性が強い人ばかりには、だれもが本心で腹を割って、注意や苦言をできない現状があります。特徴があって個性が強い3人組は、それほど加害者の自意識をもっていないのでしょうし、強いアドバイスや忠告を聞く耳がないのですから、何時になっても組織の中では、宙にういている存在なのです。その事実は、組織の代表する方に媚をふって、自らの存在の後ろ盾として、勝手な判断と言動を発揮させて、代表する方に迷惑を掛けえる結果を生んでしまったのです。これらと同じような数多くの迷惑行為の中の一つが、今日逢った仲間の方が数年前に受けてしまって、時が経った今になって、再確認と裏の事情を尋ねてきたのでした。この3人組の特徴は、自分達だけの勝手な価値観でもって、勝手な行動を進めてくれることで、関係する他の方が如何に迷惑を蒙るのかを、認識出来ない方なのです。その言動から派生する大きな迷惑と、人間関係の信頼崩壊が、どれほど大きな傷跡を、人のこころの中に残すのか、3人組には気を配る余裕がないようです。遣っていることは全てが正しく、その結果の評価が最善だと思ってしまうのですから、被害を受けている人からすれば、迷惑千万な被害を受けるばかりでは、たまったものではありません。声高に高飛車に人に威圧をすることしかできないグループは、結果的には他の仲間からの、強く大きな信用と信頼を届けることができないのです。今日あった仲間の方が数年前に受けたショックは今日まで蓄積されて、漸くにして、話しを伝えても、安心して聞いてもらえる人間に恵りあったようでした。人の悪口を言い合うのでなく、自戒できない3人組の改心を期待して、少しでも腹を割った言動になることを、念じているところです。一言仲間としての忠告を、直言する役目も自覚しているのですが、自分が受けた迷惑な言動ならいざ知らず、人様が受けている迷惑ですから、できれば、今日の仲間が直接に苦言を呈して欲しいところです。3人組が、子供のような我侭な餓鬼心をやめて、良い子のような純真な心をもって、変身をしてくれることを、仲間の一人として心待ちにしているところです。
2008.07.29
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知ってる心算でいることが如何に多いのか、特に地元県の観光地と名所の内容になりますと、県内よりは県外とか国外に目がいってしまい、同じ県内の素晴らしい景勝地とか、祭事とか物産とかが、知らないままになっている場合が多いです。千葉県内は都心に向って交通網が整備されていて、太平洋に向っていきますと、九十九里の海岸線で全てが行き止まりになって、海岸線にある銚子から御宿、鴨川、勝浦、館山までの景勝観光地には、JRも道路もとっても利便性に欠けています。そんな鴨川の地に車で出掛ける用事があって、一泊の予定で出掛けてきたのですが、高速道路は東京湾沿いに館山の近くまであっても、一般道は全てが山間道路になっていて、その交差点が複雑になっていますし、車のナビがなければ快適に走ることができない状況でした。それこそ子供が幼稚園とか小学校の時には、何度か車で走った覚えがあるのですが、当時はナビシステムが無く、迷路を感覚だけを頼りに走ってきましたし、迷うことがあっても当然のことでもありました。今思い返しても、山間道路特有の急勾配の狭い道を、不安な気持をもって、くねくねと登り下りを繰り返して、交通標識が極端に少ない細道を走りぬけて、漸く大きな町とか幹線道路に出た時の、あの開放感と安堵感がなんとも言えない、嬉しい満足感になっていました。現在もところどころがバイパスが出来ていますが、便利な標識も少なく、ほぼ30年前に尋ねた時と、さして大きな変化が無い気がしました。漸く山間部から九十九里の海岸線にたどり着くと、いたるところの観光地には、県外各地からの観光客や海水浴客がごったがえしていて、上半身真っ黒に日焼けした裸のままで、海辺の道路が混雑しているのでした。冬の風景も知っているのですが、海岸線のリゾート地は、やはり真夏の燦燦とした輝きの元、海水着姿の若者や家族連れの賑わいが、元気と活気を感じることが出来、風景までが逞しく目に飛び込んできました。宿の隣にある神社では、丁度2日間の夏祭りが終わって、お神輿の納めの儀式が夜遅くまであって、笛、太鼓、鉦が賑やかなお囃子となって聴こえて、大勢の人手の中浴衣姿で散策をして、旅人が故の自由気侭な時間を味わってきました。早朝の露天風呂から海岸線を見渡せば、いたるところに漁船の姿があって、漁師町ならでの大漁祈願と安全祈願を、夏の熱心なお祭りに昇華させたことが、理解することができました。銚子から御宿まで九十九里あると呼称されている海岸線を、一応はこの歳になるまでは、何回か通行をしているのですが、最先端の海岸線が弓のように、素敵に海と接した波の動きが、少しばかりセンチメンタルなロマンを感じさせます。海岸線から遥か太平洋の水平線を眺めれば、遥か遥かの対岸にある国々を思い遣ったり、地元の内陸にある山々の谷間にある景勝地に、少しは気にして目をやらねば成らないことを、確りと思い知らされました。おそらくは知らない地域には、どこの県にも劣らない、誇れる景勝や名産があることは、絶対に間違いがないのですが、県民として、いかに無関心でいることを自認しながら、これからはどんどん県内に足を運んで行き、新しい発見をしてみたいものです。それには先ずは県が推奨している千産千消を実践して、各地に足を向けることから、理解を深めていこうと思っています。ふと自戒をしていることは、景勝地を破壊開発してまで道路網を構築する必要性を、改めてじっくりと環境保護と開発も論じる必要性も、心にすることだと強く感じています。
2008.07.28
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天気予報ですと夕方から雷雨になるとのことでしたが、幸いにも夜中まで降雨の心配が無く愛犬の散歩も、思いがけない涼風に助けられて何時も通りに出かけることができました。すっかり暗くなってから出かけたのですが、いつもの公園には向かわなく、風の流れに乗ってくる地元の夏祭りである、盆踊りの軽快な音楽が昨夜当たりから各地で交錯して聞え出して、その音を背中にするように、静かさを求めて、その方向へとゆっくりと歩むのでした。季節は音でも感じることになって、毎年ごとに近所に何箇所かある公園では、恒例になっている自治会主催の盆踊りを開催して、一斉にリズムある音楽とメリハリの利いた太鼓の音が交錯して、一年間の時間を一瞬に凝縮させてくれます。愛犬は幼い頃に盆踊りに散歩して、大勢の人ごみの中に迷子状態で歩けなくなって、飼い主を捜しても人だらけの中で薄暗くては、恐怖感が先に出てしまい、子供が遊ぶ花火や爆竹の破裂音が一層輪をかけて嫌いになり、それいらい夏の行事に興味がわかないどころか、大の苦手になってしまったようです。静かな方向へ進んでいっても、次の公園で踊っているのですから結果的には同じなのですが、トイレを済ますと、きびすを返して家路に向かう姿は、よっぽど懲りてしまっているようすです。一年前の様々な出来事が頭の中を過ぎって、盆踊りの歓声と音楽が重なってみたり、ご当地音頭の歌詞に郷愁を感じ取って納得してみたり、数曲流れる間には歌を口ずさんでみたりして、楽しんでいる自分がいることに気付きました。ただ去年と違うことは蝉の声が聴こえなく、猛烈な炎暑に加えての蝉時雨は、何と表現をしたら良いのか分からない五月蝿さが、身勝手な親しみと成っているのです。その夏の光景の一つである蝉の声も無く、トンボは飛びまわらなく、夏の昆虫が目に止まるのは蝶ぐらいである自然模様が寂しい気がしています。玉虫やコガネムシといった夏特有の昆虫と、当たり前に接することが出来なくなって久しいのですが、里山の開拓や自然環境の変容が、なにかしらの悪影響を及ぼしていることにまちがいないのでしょう。そういえば、住宅地になる前には、随分と田んぼが当たり前のように存在していたのですが、すっかり姿が消えていることも、昆虫類の生息場所が無くなった原因になっているかもしれません。田んぼに沿って流れる小川には、小魚や水中虫などが無数に泳いでいるのが、ごくごく普通の自然環境であったわけで、田んぼが無ければ蛙も水鳥も当然のことですが、時代とともに姿が見えなくなりました。何気ない生活の中で音と季節の関係が薄れていく世の中に、人工的な盆踊りと花火の音だけが、巡ってきた季節を象徴させているようで、あくまでも人が季節を構成している模様に、こころからの寂しさを感じてしまいます。暑い季節に飛ぶ蝶やトンボの姿、鳴く蝉の声、その時期にしか接することが出来ない昆虫類は、どんな嘆きをつぶやきながら、自然環境の汚染を感じ取っているのでしょうか。地球環境が少しでも本来持っている自然サイクルに復元して、ごくごく当たり前の役割が出来るように、こころからの意識を持っていかなければなりません。
2008.07.27
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実に大きな存在感があったお人でしたし、その一言の影響が大きかったことが、二年の時間が経った今だからこそ、改めて腑の中から強く実感をさせられています。今から18年前に初めてお会いできたOさんは、お寺の住職さんでありましたが、若い頃には教職にあって、時間が空いた時にお寺の仕事をされていたことを訊かされていました。いまこそ何処のお寺さんも経済的な保証と余裕があるようですが、Oさんが若かりし頃はお寺の経営が厳しくあって、教職と掛け持ちが必然であった時代が、当然のこと暫くの間あったようでした。そんな時代からこそ社会に目を向けて、お寺と学校を勤務しながら、青年会議所に所属して、ご夫婦して社会貢献に励んでいたそうで、それでも飽きたらずに、ロータリー・クラブに入会して、一層社会奉仕に全身全霊の活動を、世の中に向けて励むことになりました。その後新しいクラブを創立して、自ら初代会長としてクラブ運営に尽力をされて、以来全力で活動に率先して参加し、近隣クラブの中でも会員数も奉仕活動も全てに目を見張る実績を残されてきた方なのですが、2年前に惜しくも天国に召されていきました。縁があってクラブに入会をさせて頂き、半年後にあった台湾への姉妹クラブ訪問時に、おそらく初めて長い時間の会話が出来たことをうっすら覚えています。それから同じ委員会の仲間にさせてもらって、委員会活動も度々ご一緒でき、海外訪問時に奥様とご一緒したり、家内も仲間になったりして、徐々に親しく接する時間が多くなっていきました。新しい事業を始める際も、根回し的な私的な訪問ごとが結構あった時代で、その殆どがご一緒にお手伝いをさせていただくことができ、クラブ活動のイロハを自然的に身につけていくことが出来、対人関係も、Oさんの力の傘の下、一皮も二皮も脱皮して成長している自分を喜んだ時代でもありました。8年ほど前から、年齢と共に宗派の責任者として東京の宗務所に勤務することが多くなって、クラブから徐々に遠ざかっていき、新しい会員はまったく知らない人となって、4年間の勤務終了時には、若い方が多くなったが為に、例会に出席することが億劫に成ったと、浦島太郎の心境を述懐していたことが思い出されます。当時は自クラブよりも、子クラブや孫クラブに出席することが多くなって、その殆どを同席させてもらい、クラブ特別代表としての指導方を、終始学ぶことができました。その頃からいろいろなことの相談を受けるようになって、業界の仕事で本山の重き役職を引き受けることになった場合の、数年後のクラブ運営を心配されて、幅広い問答を語り合ったことが昨日のように懐かしく思い出されます。随分穿った考え方ですが、お付き合いが深まるに従がって、家族を交えての交流が出来ましたし、大きな、対外的な信用を得ることができたと自負をしています。いま思うと数え切れない思い出が残っていますが、その全てが無駄でなく、有益に活用されていることが誇りに思い、自身の宝物にさせて貰うことができています。初代会長が亡くなってからのクラブ内は、大きな指導者に変わるべき率先指導できる方が存在できてなく、すべてのことに集団で結論を出す時代に趨勢せざるをえない時流でもありました。悲喜こもごも、たくさんの反省点も噴出している事実もあって、三回忌法要が営まれた今日の仏事に際し、過去は過去の咲いた花を観ることよりも、これから咲かせる花を手入れすることを、会員の皆さんと一緒になって、工夫をしていこうと認識をしています。とっても位がある方の法要の仲で、線香を手向けられる悦びと責任を感じて、大勢のお坊さんの読経の声明が木霊する仲で、にこっとされて名前を呼ばれて、手招きされて用事を言いつけたOさんは、今どんな懸案を語って、意見を求められ、どのような指示を出してくれたのか、ひとり自問自答の繰り返しでした。この先、初代会長を真似て、手招きしたら応答してくれる方がいてくれるのでしょうか、大いに不安な時代に居る気がします。
2008.07.26
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久し振りに二人っきりで長い話ができた県議の友人が、クールビズのノーネクタイ姿で、ホテル2階のティールームに、先に座っているのがみえました。軽く手を挙げあって、ご無沙汰の挨拶をしたのですが、こちらは半袖ワイシャツのノーネクタイ、それでも暑い位の温度設定で、県議の友人は最後まで上着を着たままのスタイルでした。聞けば何時誰とお会いするかも知れないので・・・・とおしゃっておりましたが、随分律儀で礼節に厳しい姿だけは、相も変わらないのだと再認識できました。損害保険のクライアントでもあって、長期火災保険に契約されていて、この月末が更新時なので、いろいろ契約パターンを試算して、あらかじめFAXで御伝えをしていたのですが、細かな契約事項が納得できていないらしく、とにかく前回と同じスタイルの更新でお願い、と資料をロクに見ていない様子がありありでした。世間話や身の上話が優先されて、久し振りの会話は至って個人的な話題が優先されて、保険の内容は二の次にされていました。ふと家庭内の話題に移った時に、今の古い家屋はいずれ建て替えの必要があるけど、子供たちの意見も聞きいれて、時代にマッチした建物にしたい気持ちの相談が投げかけられました。それであれば数年間長期契約でなくして、1年契約の保険に変更して、いつでも建て替えが出来る事態にしましょう、と提案を投げかけてみましたら、そんなこと出来るのかと、聞き返されてしまいました。そのために、時代にあった契約内容を提案させて貰った事を、再度説明をすることとなって、漸く本人が自身のためになる、最善な契約を選択する意識がでてくれました。結果的には建物の火災保険を基本契約して、時節柄地震が多発している話題も気になってか、新規に地震保険を契約するように、ご自身から提案をされてくれ、漸く火災保険加入と保障の範囲が納得でき、保険加入の意味合いが理解できたようで、契約内容にお互いが安心できることになったと御伝えしました。この方は、今では地方政界の中堅として、政策案件も人間関係等随分苦労が多いらしく、県民市民のための政策を代議することよりも、あくまでも自身の保身や、所属する党利党略が優先される、得意な業界裏話がおおぴろげに聞かされることとなりました。この業界の古き淀んだ組織では、どんな立派な意識をもった、若い方が代議に選ばれても、所詮は所属する会派内のご都合に身を任せざるをえない、醜い上下関係があっては、自身の顔は県民市民に向く時間がなく、つねに所属する会派での立ち位置の確保になってしまいます。一方選挙民である県民市民である側でも、県議を個人的に悪用する輩がいるとのことで、支持団体に所属して大切な選挙権を盾にして、大事誇示に半恐喝めいた取引を迫る事案もあるらしく、立場立場にある悩みを知ることとなりました。今の時期夏祭りが活発に毎夜開かれていますが、この挨拶回りも苦労が多いらしく、地元の顔役の為の興行的な挨拶回りだと、本心を嘆いておりました。政治家と役人の関係、会派内政治家の関係、党内政治化との関係、党外政治化との関係、支持者との関係、一般県民市民との関係、夫々に関係する諸事情があって、その事情調整が目的となってしまい、結論は県民市民の安心して住める環境構築は、お題目だけが優先している実態を再確認することとなったのです。仲間だから言えることを、正直に伝達することも出来、できれば一人でも多くの支持をえながら、我々の代議を任せられることを、誇りに出来る県議に成長をして欲しいものです。
2008.07.25
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今度の週末に仲間内との一泊ゴルフが予定されていて、この厳しい暑さのなかでプレーすることが、少しばかり億劫な腹の虫がうじうじ動き回っていました。今日になって、そんな尻篭りを察知してか、仲間から車で送迎をする旨の有り難い連絡が入って、これでは無下に断りができませんので、今度は腹を決めて参加をしなければ成らないと、覚悟をして、適当に遊んでこようとしているところです。もともと早起きが得意でなく、人様に迎えにきていただくと更に気を遣ってしまい、ゴルフを遊ぶどころか、準備をするだけで疲れはててしまうタイプです。ゴルフの場合は、先ずは道具が大きすぎること、着替類が必用で完全に外泊気分で準備をする必用があること、そんな面倒さが嫌いだと言い張って、暫しゴルフから遠ざかっていました。本来の趣味者であれば、準備することこそ楽しさの本髄があり倍増するのだと、キツイ忠告を頂く話になりますが、人の性格とは様々であることを、面白く感じとることかもしれません。自身のおなかの中が、多少複雑にうねっていることを自覚していますので、せいぜい素直さを強く意識してみて、今のうちから準備をはじめ、仲間に迎えに来ていただくことに、迷惑を掛けないように心がける必要を感じています。これが野球の試合であればミットとスパイクを袋に入れて、ユニホームのまま何の衒いも無く出かけることが出来るのですから、遊びの多様性を求めて、なかなか生活の裏模様が浮き彫りになって、自分自身が複雑にならざるを得ない心境になっています。今思うに10年も前になりますが、時には自分で運転をして、時には迎えの仲間と一緒に、早朝でも泊りがけでも、どこにでも大きなゴルフバックを担いで出掛けていたのでが、とんと縁が遠ざかってしまったのは、やはり生活に余裕が無くなる、仕事のつまずきがあってからです。全てが自己責任のなかで、ことの分別を弁えていたにも拘らず、時代趨勢が変化して、根本的な仕組みが変容した仲で、もがいてもがいて、いまだに全面解決が果たせないのですから、いかに経営能力に欠如しているかが証明されてしまいます。それでも人の一生の限りはそれこそ多様性があって、それぞれに大きく左右をされるのですから、できりことなら、人生の後半が極々普通の華を咲かせることができると期待して、つまずきから立ち上がってみたいものです。そのためにも心身ともに健康にさせ、家族の理解と支援を精一杯享受しながら、ひたすら真心をこめた生き方に精進を重ねたいものです。ゴルフが野球と同じ感覚でプレーできる日が、目の先まで来ていることを信じて、真心を一生懸命に丸く輝かしくさせるために、精魂込めた修業を堂々と果たしていこうと、改めて確認させているところです。
2008.07.24
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人が大勢参加する集会には、決まっているといって良いほど、仲良しグループの輪が自然と出来上がっていて、時間経過と共に、大体いくつかの固定席になっていくのが世の中の常のようです。18年間も同じ集会に通っていて、時の変遷と共に随分と輪の浮き沈みを経験しましたし、他の輪からの厳しい視線を受けていた時もあって、今更になっても悲喜こもごもの感慨を深く思い出しています。集会の仲間に入った頃は当然のことですが、常に顔見知りの方と一緒していましたし、たまたま輪の中の指導者が集会のボス的存在であったこともあって、以来ついつい最近までは同じ輪の固定席にどっぷりと入り込んでいた感じがします。時代の趨勢もあったり、輪に参加していた指導者が亡くなったり高齢に成ったりして、徐々にながら世代交代の底上げが表面化してきて、若い方がそれぞれに自己意識が芽生えたり、主張を遠慮なく発揮できるようになってきました。集会全体を切り盛りする責任者の方とは別に、輪の大きさによって自然発生的に取り仕切り役の方がいらっしゃって、何においても時々の流れの軸足の置き方を表示してアドバイスしています。まったくノンポリの参加するタイプの輪はそれなりに存在し、意外なほどの無関心さを発揮されていて、何を生き甲斐に集会に参加されているのだろうかと、不思議なほど消極的な人達なのですし、素朴に参加するだけの輪ができています。まるでクオーツ時計のような、感動が無くて無機質な方々がいらっしゃることも、集会の輪の事実として知ることができるのですが、この不思議な空間の人々に少々迷いを感じています。反面的に振り子時計のように、時々を活き活きと存在感をアピールさせながら、確りと役割を果たして、傍目からも行動の役目大きさを感じ取ることができる、行動的で元気良い輪の方々もいます。集会の年齢層の底上げがされて、仕切り役の意見が即効薬でなくなっている現実は、社会現象の趨勢によるものなのか、集会自体が変化を求めて動き出しているのかは定かではありませんが、幅広い多様性を認知しなければならない時代性を強く感じさせられます。時の変遷と共に、自分自身も輪の軸足を動かせて見たいと思っていたところに、たまたま役目上の固定席に着座する義務があって、数年前ですが一年間隔離状況になった機会を利用して、全く無色の雰囲気にある最前列の輪に入り込むことになりました。この頃から意識の変革を自らにかせて、心の成長変革を求め、あえて孤高を目指して、一人ボッチを求めていくことになったのですが、やはり転校生の心境が理解できるほど、孤独な立場の辛さを味わって、世間が平坦でないことを知ることになるのです。孤高は特別な違和感はなかったのですが、輪の仲間の顔立ちが違って見えますし、雰囲気的には周りが随分気になった時期もありましたが、集会の中で進化する意欲が後押ししてくれて、自信をもって席を温めることができました。お互いにいい感じの憧れを感じあって、信頼関係が構築されはじめましたし、孤高にいる立場が認められるとそれだけの責任があって、一層の学びごとが必用になって、自らを律する厳しい修行僧の心意気に似てきました。尋ねられれば即座に判断して自分の認識を返答ができる修養が必要で、一人ぼっちの孤独でなく、あくまでも孤高に輝きながら仲間の燈明役に徹したいと胆に命じているところです。あくまでも善役として、ある程度のリーダーを勤め上げる役割が必然とすれば、集会の皆さんからいかに信頼され、どれほど信用を得られるかが肝要になっています。どこまでも腹心で無い誠心誠意の心掛けが必用で、無心での精進が世の中の判断として、いつかは認めてくれることになることを期待しているのです。固定の輪の中に張り込まないメリットを捜し求めた結果、集会の持っている善悪を矯正させる意識に芽生えて、メモがたくさんできるほど、改善点がリストアップできてきたことが、ことのほか嬉しくなっています。
2008.07.23
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見つけだすことができないと、そのことばかりが気になる性分で、どんなに大事な仕事があっても気が散ってしまい、物事に集中できない性格は、自身でもどれほど嫌になるくらいに思ったことが、今まで何遍あったことでしょうか。定期的に物をなくしたり、行方不明にさせている事実があるのですが、いたって経験豊に名人技を発揮させているのですが、所詮は性格的に大雑把な所以が引き起こす悪事だと、納得をしております。大まかな性格人間の証拠としては、机の上の書類の散乱状況を見れば一目瞭然で、様々な書類や冊子がものの見事に散乱山積み状況を露呈させています。今朝のこと、出先にかばんの中に確かに入れた小銭入れですが、ふと気付けば、どこに行ったのか探しても見当たらなくて、気になって仕方ないのですが、行方がまったく分からないまま、日が暮れようとしています。今利用している小銭入れは父親の遺品ですが、私の小銭入れは韓国のホテルにあって、部屋の忘れ物として半年間預けたままになっています。次回の訪問時に引き取りたいのですが、いまだ訪問の予定が無くて、僅かな金額の小銭が、韓国のホテルの金庫に眠っている状況なのです。このときも何日間にわたって捜し続けて、気が散った不安定な生活をしていたことが蘇ってくるのですが、漸くホテルの部屋に忘れたことが気づき、国際電話で確認がとれたのでした。どこで無くしてしまったのかが分からないことが、イライラの原因となって、自己勝手で、まったく好い加減な性格が、自分ながら情けなくなっています。こうした性格は、大事な書類の提出がされてないとか、会議予定がメモされなく、出欠が最後まで未決のままとか、付随的に人様に大変なご迷惑も掛けてしまっているのです。毎日毎日届けられている書類とか、冊子をきちっと整理して、仕分けをしておけば何の不都合もなく、仕事の段取りも捗って、更には人様への信用も欠けることなく、全てが上手く事が流れてくれることくらいは、十分に理解でき納得しているのです。分かっていることが、実践できない不都合さがあって、全部自分の悪態であることを再認識せざるをえません。一ヶ月も前に日程が告知されて、出席と資料の作成を約束しておきながら、その日が明日になっていますし、後追いの仕事をあまりにもたくさん創作させているようです。捗らない様子は納得して、遅々として処理を果たしていけば何とか過ごすことが出来るのですが、人様への過失はどのように補填すれば好いのか、最低限の礼節はきっちりと果たさなければ、世の中に申し訳なく思ってしまいます。今夜は明日の資料つくりに没頭させたいのですが、やはり気になる小銭入れの行方知れずに、集中力が散漫のままの作業になりそうです。適当でいい加減で損な性格ですが、心得次第で徳をする、好い加減なバランスが適度に保てる範囲に固守させて、人から評価を頂く信頼と信用だけは、最低限の資質として高めようと思っています。
2008.07.22
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何年か前までは自治会を通して手書きの住宅地図が配布されていましたが、最近は個人情報の守秘問題があってか、めっきりと地図の配布がなくなっています。その古い地図を引っ張り出して、目指すお宅のお名前を探してみているのですが、手書きも関係して漢字が上手く判読できなくて、正式には何とお名前をお読みするのかが分かりません。以前から何度か気になって、役所に行った時にでも住宅地図を借りて、印字されたお名前を判読したいと思って何度かチャンスがあっても、その時は他の用事があってか気が廻らないままになっています。そのお宅は我が家から直線で20メーター離れたところで、門先からは建物がお互いに見えますので、時々前を通る時に表札を覗き込もうと意気込むのですが、セキュリティーの防犯カメラが複雑に設置されていて、覗き込んでいる様子が判明する仕掛けにすっかり躊躇をして、離れたところから斜めに見る都合になって、結果はいまだに変らず、お名前が分からないままのお宅です。このお宅とはどのような関係なのかは、愛犬の散歩仲間としてかれこれ4年間も、道中で仲良くさせて頂いており、その方とは当初から名前を確りと呼ばれての交流でした。今になっては、何故お名前を教えて貰う機会が無かったのか、まったく不思議なほどで、夕刻の散歩時にはお互いの犬も飼い主同志も、極々ご近所の友愛を深めて、情報交流も至って盛んなのです。何時も愛犬の名前を○○ちゃんで呼んでいたもので、4年も経った今更お名前を教えてくださいとも訊き辛くなっているのが事実なのですが。最初の頃から安易な考えで、住宅地図を利用すれば判明するとか、表札を覗けば解明するとか、いとも簡単に思っていたところが、とんでもない遠回りで難儀な作業を経験することとなって、最近ではお隣の方にでも、お名前を教えてもらおうと覚悟をしていたところです。余りに単純なことをあれこれ悩まずに、直接ご本人に尋ねることが一番の道と理解をしているのですが、4年間の流れと空白は余りにも重すぎて、相手の方に失礼を及ぼすことが重荷になっています。さきほど夕刻の散歩時にお会いしてきたのですが、何時もの変らぬ友愛を満喫させて貰って、暫し愛犬同士飼い主同士が、四方山話に沢山の華をさかせてきました。その方は、何時もニコニコとされて、旧知の仲のように親しみをもって接してくれますし、我が家の日常を良くご存知でして、毎時の交流時には、男同士の井戸端会議を楽しんでいますのに、今一お名前を読んであげない、申し訳なさが益々募ってきました。人様に伺って見れば、そんな馬鹿なことに時間を掛けるなと怒られてしまいますが、当人にとっては至って真面目になって処理を考えているのです。今後どんなに素晴らしい関係に、なるかもしれない要素を考慮すれば、何とか偶然の力を利用でき、極々自然に△△さんこんにちは~と、4年のブランクを感じさせない呼称のお付き合いにさせたいものです。あのあっけらかんとして、遠くから大きな声で名前を読んでくれるのですから、何としても遠くから△△さんと呼び返せることが出来る日を実現させる為にも、明日あるかも知れないグッドタイミングを期待しているのです。
2008.07.21
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昨日梅雨明けがされて、朝から猛暑となっているのですが、昨日から今日の半日間発汗作用が停滞したのかと思われるほど汗をかかなくて、たまに北からの爽やかな風が一層そうさせているようです。夕刻になってから愛犬との散歩で、背中にじっとりとした発汗を確認でき、ようやく健康な身体であることを確認でき、初老の身としてもホット安心ができました。昨日は物凄い炎天下に試合をした野球の時から、目だって汗が出ないことを感じていたのですが、猛烈な暑さのなかですから、当然のことながら水分補給をそれなりに適時していても、体内で蒸発をしてしまったように無発汗でした。年齢の割に、普段からは至って健康に生活させて貰っていますから、肉体的な作業も進んで行なっているのですし、発汗作用もそれなりに働き、好きな庭木の剪定作業時には、大汗をかいて何回も作業着を交換するほど汗っかきと思っています。それが昨日の野球では滝のように流れる大汗はかきませんし、酷い筋肉痛も無く、疲労感も無く、ついでの睡魔も襲ってこない、何とも不思議な爽快感を味わってしまっています。年齢と相反したアンチエージングという言葉があって、年齢と反比例の若さを誇る自己管理方が、最近の流行事として世の中で賑わっていたりします。一方で極自然な加齢があれば、反面注意と努力によっては比加齢があるらしく、きちっと健康管理である食事と運動をこまめに留意して、人間的に有害な飲酒や喫煙や食事を避けて、身体を労わる運動を積極的に取り入れて継続することによっては、永遠の生命に少し近づけられるようです。世の中には至ってお元気で、矍鑠として生活をされている方々が、以外に多く住まわれている様子が時々報道されますと、その人に具わった生命の時の流れが、天上天下からの宿命として、与えられている気がしますし、全ての欲を半分か8分目に節制で自己制御をしているようです。何時までも心身が健康で、近親を煩わすことなく、迷惑を掛けない程度に生きていたいとは、誰しもが極普通に望むことですが、限りある生命の終わりについては、人様々な千差万別の幕の閉じ方が具わっているようです。草野球を楽しんでいる皆さんをみていても、40歳代の方が主選手でも、50歳代60歳代の選手も数人見かけるのですが、運動能力と体力は年齢に関係ないことを、しっかりと実体験させて貰うことができます。一番てきめんに見受けることが出来るのは、塁間走塁と打球を追いかけての守備での健脚ですが、脚の運び方が実年齢を表現しているように思えるのは、長い野球体験で得たグランド内で会得した自分なりに評価の物差しにしています。気ばかりが先になって、少しも前に走れない方が年齢に関係なく沢山いらっしゃる反面、お年を召しても軽快に守備をしたり走塁を果たしたりしている方がいらっしゃいます。日ごろ愛犬の散歩で散歩をしているお蔭があるのでしょうか、いまのところ何とか積極的な走行をできていることがとっても嬉しい気がしています。幾つまで生きていられて、どれ程の活躍が出来るかは未知のことですが、老いたこれからの日々が非常に楽しみなエンジョイ人生として、是非ともアンチエージングに挑戦をして、家族共々幸福な人生を享受してみたいものです。
2008.07.20
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13時試合開始で、チームメートは12時に球場集合の案内がされていましたので、そのつもりで保険のクライアントさんへの契約要旨を作成してから、急いで車を飛ばして試合球場に向かいました。空いている幹線県道を選んで行った心算が結果的に間違いで、中間にある県営球場で行なっている高校野球の県予選大会があって、応援の沢山の車と人出に巻き込まれてしまいました。僅かの信号待ちの時間であったのですが、県営球場から木魂してくる、高校生の歓声と応援団のブラスバンドの軽快な応援を耳にすることができ、暫しグランドと一体化している自分に酔って、遥か昔の青春時代を甦ってしまいました。信号待ちの時間を上手く活用して、昼食代わりのパンを頬張ることができたのですが、30分の遅刻をして野球試合の球場に到着することになりました。梅雨明けの日となった物凄い炎天下のもと、木陰を求めてうちのチームが集っていたのですが、グランド内では前の試合が遅れている様子で、暫し野球見物をすることができ、遅刻の詫び言を言わずに済んでしまいました。内野選手が動くと直ぐに砂塵が上がる最悪の状況で、グランドに備え付けの水道水を散水するのですが、これこそ、焼け石に水でまったく効果がなく、パウダー化した土がもくもくと煙幕をはるだけです。灼熱の太陽は身体の汗さえも出さなく、ひたすら身体の熱を体内に蓄積するだけですから、熱中症を防ぐ為にも水分の補給は欠かすことができない大切な注意事項になりました。15歳も離れている元高校球児のナインが、ご丁寧にも、今日は水分をたっぷりと摂取してくださいと、わざわざ注意を伝達してくれる為に、ペットボトルをもって駆け寄って気遣ってくれました。チーム内では最年長者である身が、どのような立ち位置で皆と接して、どんな役目を果たせばいいかを考えながら、試合開始を待っていたのですが、監督の恩情もあってか先発セカンドの役目を言い渡されて、先ずは後攻のセカンド守備に入りました。ベンチにいる両軍メンバーを見渡しながら、どの時点で選手交代を申し入れてみるかを、試合の流れに従って見極めることにしました。試合は接戦の流れとなって、交互に点を取り合ってのスリリングさとなり、走者が代わる代わる常に塁上にいる関係で、セカンドプレーヤーとしても連係プレーを常に心得る必用があって、気が休まれないクロスプレーを楽しむことができました。試合時間が経過するに従がって、次試合の為に集ってきた顔なじみの野球仲間が、一喜一憂している試合経過に、バックネット裏から俄か解説者の声となって聴こえてきて、守備についている間に、素晴らしいアイデアヒントを提供してくれて、ナイスプレーをすることもできました。セカンドの守備位置で垣間見る、両軍のベンチの動きがそれぞれ特徴あって、ナインの個性も窺いしることができ、人それぞれの気働きを興味もって観察していました。打順に間がある時に、コーチャーズボックスで手伝う人、バットを片付ける人、試合用ボールを洗う人、こまめに水を配る人、じっとベンチに腰を落着ける人、先輩交代しますと労わってくれる人、千差万別の多様性を感じ取ることができました。人様の動きを観察させて貰うことで人生の勉強もでき、野球の試合はゲームだけでない醍醐味が味わえる環境が揃っているものです。試合結果だけでない楽しみと興味が満載のグランドが、何歳になっても大好きで、年齢に関係なく出掛けてしまって、後輩の出番を分捕ってしまうことが少々気がかりです。日焼けで肌が真っ赤になった試合中盤で、自ら選手交代を申告して、試合後半はコーチャーズボックスと裏方のお手伝いをさせて貰って、正選手が出来るだけ疲労をしないことを心がけ、老いた自分の役割を十分に果たすことが出来たとものと自負しています。
2008.07.19
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昨晩の遅くに電話が鳴って、久し振りに台湾・高雄からの友人からでしたが、相変わらず元気にしているそうで、しばし真夜中のダベリングを楽しんでしまいました。昨月はベトナムへの仕事での旅をして、そのあと夫婦二人して、カナダとアメリカを東から西海岸まで3週間の旅を楽しんできたそうです。5歳後輩の彼は貿易商を生業としていて、若い頃から日本とかアメリカに渡航をする機会が多くあって、日本語と英語が堪能で、いつもひがむほどペラペラと流暢な言葉を聞かされます。彼の親類縁者が沢山カナダとアメリカに住んでいて、その方々との交流を、久し振りに深めてきたようでした。後輩の二人の娘さんは台北と台中の大学で学んでいるのですが、将来はアメリカかカナダに永住を決めているそうで、台湾の後輩も肖って国外生活を夢見ている気配がします。昨晩も二人の娘が永住したら、その行き先に同居をする心算だと話をしていましたし、自身の身内も既に国外に生活をしていますので、世間話の延長として、いたって安易に国外永住を話題にしてくれます。随分前からのことですが、余裕のあるお宅では、子供達を早くからカナダとアメリカへの留学をさせて、永住権を取得させる話を聞かされていたのですが、ここ暫くは国内が安定して政治経済が大きく成長をされたお蔭か、永住の話題は聞かないままでした。偶然貰った電話の中で、新しい馬総督のもと、台湾経済がこれから厳しくなっていくこと、中国との関係が不透明であること等々、自国民でなければ肌で感じ取れない、複雑な心境を語ってくれました。我が日本に留学をしない理由としても、永住権の取得の難しさがあるようでしたし、英語を習得していれば先ずは行き先の選択肢が広くなるからでしょうか。後輩が語り伝えていることは、政治的にも単一民族である我が国では、なかなか上手く理解と判断が出来ない様々な要素が加味されているようですし、後輩が判断をしている世情が、台湾の全てでもないように思うのですが、これ以上の詮索は無理で出来かねます。それでいて、北海道に興味をもっていて、私達夫婦と一緒に、上野から出発している、寝台夜行列車のカシオペア号の旅をして、札幌まで家族旅行をしたいので、パンフレットを送付してくださいと依頼をうけてしまいました。連休を控えていましたので、早速中心街のJR駅緑の窓口で資料を求めて、案内文を同封して夕刻遅くになってから中央郵便局に行き、締め切り時間ギリギリセーフの投函手続ができました。自由資本主義のもと、大きく成長を果たした台湾の国家も、国連加盟を目の前にして、独立国家として確立できない国際政治事情があります。国民の皆さんが、島国を何時でも離れて生活できる手段を、身内や親類縁者のネットワークを構築させ、あちらこちらと友人のアンテナを張って、足元の不安定な国情を敏感の情報収集をしているようでした。決して波乱の政治情勢を、扇動する気はさらさらないのですが、20年も前の友人達の行動が、そのまま国民性として引継がれている現実をみますと、自国民でなければ判断することが出来ない複雑な要素があるようです。古くからの親日国家台湾の政治経済が、何時までも安定成長できることを期待して、多くの友人達との交流が変わりなく友愛を深めることが出来るように、切に切に期待と念じを強くしていこうと思います。
2008.07.18
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猛烈な暑さを味わっているさなか、車で移動をしていたのですが、炎天下の刺すような紫外線が肌に痛く、かといえば、訪問する場所場所が冷房の効きすぎで、半袖の肌が寒くなるくらいの繰り返しをしていました。猛暑の中、昼食時に冷静パスタを頂いたのですが、効きすぎるエアコンの冷房は、お冷を飲んだりしていると、温かいパスタが食べたくなるほど、お腹の中から冷え込んでくるのが分かります。団扇を片手に片手に濡れタオルを必需品にしていた、遥か昔の納涼は、それなりに味わいがあって、朝夕のひんやりした冷風が心地よく、その満足度がこの世の極楽だと単純に納得する時代もありました。それでいて、尚且つお腹を冷やさないように、いろいろ工夫もされて、暑さ対策が人の知恵と工夫に頼られていたわけです。その時代に比べて、心地よい住環境を作るために、沢山のエネルギーを稼動させて、移動する交通手段の中から全ての建物の中まで、効きすぎる冷房が当たり前にされています。地球全体が温暖化となって、自然現象も大きな変化をもたらしている原因の一つに、二酸化炭素の急増があります。地球を温める温室ガスの一つである二酸化炭素は、化石燃料をもとに排出されるエネルギーが素で近代化と共に急激に増えて、地球温度の適度なバランスが崩れてしまったわけで、世界中の人類が進化を求めた結果とも言えます。今から30年も前のことですが、信州は諏訪にある知人のお宅に、家族で定期的にお邪魔をしていましたが、関東から一山超えて信州に近付くに従って、ひんやりとした高原の涼風を味わうことができました。なんとも言えない心地よさを味わってもらうために、両親を誘いだして、一服の清涼をプレゼントした想いでもありました。当然のことですが、各家庭にはエアコンがありませんと言うよりは、必要がなかったわけで、都会の住人は家庭にエアコンがあることを、一種の誇りにしていた時代でもありました。諏訪の知人がその頃から言っていたことが、「夏の東京の街は歩けません、車の排気ガス、冷房貴の排出ガスの全てがむかつく熱さなのですから・・・」室内の快適さを求めて、室外に吐き出されていた温暖ガスは、長い時を経て大きな社会問題になってしまいました。素人の感覚でも感じることは、車から電車やバスから、ビルや家屋からのエアコン室外機から排出される、気持ちが悪いほどの熱風が、町中から発散されるであれば、自然に外気温が上昇することが理解できます。人口密度が高ければ高いほど、外気温度は異常に高くなって、自然の緑が豊富な郊外や地方にいくほど、排出される熱風が少ないのですから、外気温が高まらないのは理の当然のことです。何かで知ったことですが、地球上にある温暖化ガスのバランスが問題で、二酸化炭素も異常に減少をすれば、今度は温暖化の裏返しとなる地球冷却化の時代がくるそうですので、程よい生活環境をバランス良く心得ることが大切のようです。せめても人の心だけでも、清らかな涼風が感じることができる為にも、心地よい気配りを一人ひとりが心得ていき、公平で爽やかな声がけから、風鈴のごとく役目を果たして生きたいものです。
2008.07.17
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梅雨が明ける前なのに、朝から厳しい暑さになって、時間の合間に気分転換の髪のカットをしてきたのですが、何時も常連にしていた店の手前に、廉価な新規開店のお店ができていました。早速お店の中を覗くと即待たずにカットが出来ることを知って、急遽カットをお願いすることになりました。新装間もないお店のなかは、インテリアも明るくて、壁が木目の為に落ち着いていて、調度品がさり気無く飾ってあり、まるで自宅の居間に居るような、落ち着きのある雰囲気がありました。当然のことですが、開店間もないこともあって、従業員の方のサービスが良く、きめ細かな気配りを受けることに機嫌よくなって、わずか30分の間ですが気分よく過ごすことができました。夏の燦燦とした太陽が明るく差し込んでいるお店には、適度なエアコンが利いていて、BGMも心地よく、気分が爽やかに成っているのですが、気になったことは、目の前にある我が姿が写っている鏡なのですが、まるで自分の姿とは懸け離れた、元気の無いやつれた初老人がみえるのでした。何度も瞬きをしてみたのですが、思いもよらないやつれ方が気になって、しょんぼり気分が強いまま、昼食の為に自宅に入ったのですが、早速洗面台の鏡にわが身を写せば、見慣れたいつもの我が姿が写っているのでした。確かに午前中一杯お役所と銀行を掛け持って廻ったために、気がやつれていたことは事実ですが、これほど精気が感じられない自身を知って、情けなく心細くなってしまいました。カット屋さんに降り注ぐ太陽光とお店の照明が関係したのか、カット屋さんの姿見が特殊であったのか、我が家の姿見がおかしいのか、自分の本来の姿と顔つきを知りたくなりました。今ではDVDや写真が豊富にありますので、ある程度は自分なりの地顔と姿は確認できていたのですが、これほどショックをうけるほど、写っている地顔がやつれていたことは記憶に無いのです。お店の姿身に写っている地顔が正しいのであれば、初老のやつれ顔からは、百害あって一利無しの学びをさせられた思いがします。事実を承知しなくて、街中を闊歩して歩き、人前にそ知らぬ振りして地顔を出していたとすれば、好い加減に公害を撒き散らして、お会いできた方々に、多大な迷惑をお掛けしてしまっていたわけです。それはそれとして、飛び込んで初めてのお店でカットをお願いした割には、カット自体が気に入ってしまい、これから常連としてお願いすることに決めました。ただあの姿身に写る地顔と姿を、少しでも格好良くさせるためにも、自身に気合を入れて、溌剌とした笑顔を写してみたいものです。加齢と共にスマートのなるのは結構なことで嬉しいのですが、夏用のメッシュの革靴がちょっとゆるめに成っていて、歩いている途中で抜けてしまうことが気になり、身体が全体的にやせ細っていることを実感しています。追い討ち的に鏡の姿が気になったのですが、初老になっても多少色気があることを認識でき、せいぜい人様との面談時には、スマイルを強く心掛けることにしたいものです。さてさて次回に行ったカット屋さんの鏡には、どんな地顔と姿が写し出されるか、いまから興味があって楽しく待たれています。
2008.07.16
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電話口から相も変らぬ毒舌が聴こえて、その懐かしい語り方とあわせて、久し振りの大先輩とも会話がでましたが、電話が終わったとたんに、身体の底から燃える熱い力を感じとってしまいました。18年前の頃時代は経済状況も好調で、社会が活気あって、人もお金も物も自然なほど、沢山寄せ集まっていた時代でした。何を遣るにも何をしても、思いつきで自由勝手に事が運ぶことができ、好い加減な手段でもその結果が誠に上手く運ぶことができ、参加された方が大らかに許してくれた時代でもありました。しかし、人間関係で言えば上下関係が厳しく、礼節の欠如とか、約束ごとの反故とかがありますと、こっぴどく叱責を受けましたし、それなりの厳しい叱咤を受けることが、当たり前の環境にありました。今日久しぶりに電話で歓談ができた先輩は、今年83歳になる方なのですが、電話口で軽く不具合を愚痴るほどではなく、いたってお元気で矍鑠と生活をされています。本当に久し振りですと、ついつい昔話に花が咲いてしまうのですが、事実、18年前の人間関係は上意下達が当たり前ですし、人間関係は恒に上下関係の難しい渦の中で、右往左往させられて、時間の経過と共に様々な経験体験ができ、儀式や仕来たりを学ばせてもらっていました。絶対服従が当たり前で、言われたことを言われたままに従がう従順さも時代の背景にあったのでしょうか、当時を振り返っても、今ではとても考えられない、ある面の無茶を生活していました。83歳の方が述懐する良き時代があったとすれば、お互いの立場を許しあって、先ずは先輩を立ててる仕来たりが、自然に当然のことに理解をしていたのです。当時はこの方の言動が何よりも優先されて、主義主張をはっきりと理路整然のされて、我々若者は絶対服従の立場に置かされました。服従することに対して、時には反発する気もあったのですが、言われる通り、声高に主張をされると、素直に服従をせざるをえない状況がありました。先輩達も心得ていて、時にはご馳走をしてくれたり、ご機嫌よく酒席に誘ってくれたり、若手のガス抜きを適度な形で、コントロールをされていました。今の時代はすべてに理論が優先して、公平平等をモットーとする場のバリアフリーが優先されていますから、とかく遠慮と礼節を重きをなす高齢な方が、若者に優先権を譲っているのが現実にあります。時代の流れが社会現象までも変革させて、83歳の方と共に、立場は違っているのですが、昔は良かったと、いい時代であったと口を同じくして頷く始末です。思い返せば、当時の厳しく辛いほどの叱咤激励があって、それに辛抱強く耐えてきたからこそ、いまでは懐かしく昔を思い返せるのかも知れません。今から思えば随分理不尽な交流であったのかもしれませんが、従順のすることができていた、大人の豊かな懐があったのでしょうか。最近の方が見せる格好良い、理屈だけでは窺い知れない、懐の狭い大らかさを持ち合わせない現代人では、こうした懐かしい思い出は、体験出来ないのかも知れません。いたって健康体で思考能力も言語も矍鑠としている83歳の方が、一年でも多く元気でいてもらい、厳しい一言を発言できるように、大いに期待をして、貴重な古人類として大切に保護をしていく必要があるようです。さらには跡継ぎ役として、そろそろ自覚をしてみる必要を考え、電話を切った後に少しだけ実感をしているのでした。
2008.07.15
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今日の夜祭から明日の本祭りまで生まれ育った氏神様の夏祭りがありますが、子供のころと違って自然環境が大きく変容している気がしていますが、社殿や社務所の附属棟が近代的に再建されても、鎮守の森の老松林は圧巻の見事さを誇っています。子供のころの学校は夏休み前で、教室にいても祭りのことが頭にあって、神社の太鼓の音が風にのって聴こえだして、気がそぞろに散っていたことが懐かしく思い返されてきますが、先ずは温暖化といわれても、昔の気温が圧倒的なギラギラ猛暑であった記憶がします。昆虫類についても夏祭りとなれば、当然のことですがトンボや蝉が飛び回り、キリギリスが鳴き、縁日の店ではかき氷りが売れ飛んでいた事実を知っています。我が家の目の前にあった氷屋さんは、一貫目に切り刻むのこぎりの音が、シャーシャーと連続して聴こえていましたし、夏らしい暑さと風情をすべてに感じ取ることができていました。夜店にあったキリギリス屋さんには、結構子供が多く寄っていて、店の前が人だかりになっていた様子が、昨日のことのように思い出されますし、遠くから聴こえるキリギリスの音色は、まさに真夏そのものを表現していました。ここ何年間は地球の温暖化が進んで、平年よりも気温が異常に高くなっている気配であることを報道したり、実際に生活のなかで異様な暑さを実感しているのですが、子供のころの真夏の暑さはとんでもなく暑く、それこそかき氷で涼をとる手段しかなかった記憶があります。さらには蝉の鳴き声が当時のほうが早くて、今の時期ではニイニイゼミが五月蝿いごとく鳴いていましたし、すべてに夏は極端に暑く、冬は極寒であった辛い経験がありました。この時期にあったのが雷雨と通り雨の度数と豪雨の量が、圧倒的に子供のころが多くあって、たちまち田んぼや低い土地は冠水をしていたものです。当時よりは空き地がなくなったり、緑地が減ったりしているのですが、当然のこと今では都市としてのインフラが進化していて、排水設備が徹底していたり、すべてに住環境は進化しているはずなのですが、土の中に浸透できないインフラは、すべての土をアスファルトやコンクリートで被膜してしまいました。結果は蝉もトンボも消え去って、雨水が土中に浸み込まなく、すべてがマンホールの中に集約されて、排水される仕組みは、空気中の湿気を低下させ、気温を極端に上昇させているようです。今では何処のお宅もクーラーをお使いで、車からの排気ガスと共に、安易に暮らしよさを手に入れるがための、空気の汚染と気温の上昇を加速させて、地球の温暖化は日増しに倍加しているわけです。子供のころから比べると、人工的な便利な機械が圧倒的に増えて、生活には便利さがもたらされているのですが、その代償としての排出ガスからの弊害の度合いが増しているのです。たまたま氏子神社の夏の大祭と、子供のころの懐かしい思い出を重ねてしまっているのですが、昔の自然の太陽の陽射しが強かったのは、空気汚染がなかったために、澄んだオゾン層から紫外線が容赦なく降り注いだ結果なのでしょう。現代の暑さは人工的な排出ガスが気温を上昇させているわけで、生きている人としての責任を果たす為にも、自然と調和を果たせる心掛けをして生きたいと思っています。毎年お祭りの時期になると、異様に変化をしている天候が気になって、温暖化が主因だとする責任を重く受止めて、自然環境の循環をもって環境保護の大切さを知って、生活を過ごしやすくする役割を構築させることで、自然界の昆虫とも共生していきたいものです。
2008.07.14
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お陰様で無事役目が果たせましたし、相手の朴さんから大きな感動を味わうことができて、貴重な経験ができたことがとっても嬉しかったですと、電話口で大先達から嬉しい報告を受けました。去年のことになるのですが、大先達に向かって長年お世話になって、日韓の高校生の交流に尽力をしてくれている韓国の朴さんに、感謝状を贈りたいのですがお力をお貸しくださいと懇請をしてみました。韓国にいる77歳の朴さんとの交流は長きに溯りますが、初めて訪韓した時に、空港に迎えに来てくれた方ですし、以来毎年数回訪韓するたびに、出迎えから滞在の接待案内、見送りまで誠心誠意行ってくれました。朴さんとは日韓両国の高校生を引率して、国際交流と奉仕の理想に目指せる、支援をお互いにしていたのですが、毎年高校生と指導する顧問教師の方々を引率されて、毎年のように来日してくれました。朴さんが来日されるたびに、一生懸命な親睦交流を心がけて、好きな日本の演歌テープを見付けてあげたり、訪韓のお礼を心がけて尽くすことに努力をしてきました。途中から協力をすることになってから数えて17年間、それ以前からすると、丸20年間を日韓の高校生の相互交流に尽力を積んできたことになります。その間がすべてに順風満帆な奉仕活動が出来たわけでなく、朴さんと相反する考えの方が責任者として統括した年度には、恒例になっていた高校生の訪韓が出来なくなる事態がありました。朴さんの責任立場では処理する権限が無く、いろいろな手立てを昂じて、直談判を申し込み、急遽訪韓して責任者の方に膝を交えて直訴して、なんとか理解をして貰って、当年度の高校生を受け入れてもらった辛い思いでもありました。当時の責任者は広島県で小学生まで過ごした親日派で、細々とした心配りをして戴き万全な学生奉仕活動ができていましたが、年度が変わって引き受ける責任者が際どい反日派の方で、高校生の訪韓自体を規制して、受け付けませんとの回答が届いたのです。早速顧問教師会と大先達に相談をして、数日後に急遽単身で訪韓をして、ありとあらゆる手立てをとって、反日派の責任者と相対で直談判をした思い出があります。当時の朴さんは黒子に徹してくれて、韓国側の根回しをしてくれたり、顔見知りの有力者に面会を願ったり、それこそ外交交渉的な苦労話が思い返されるのですが、こうした人と人の触れ合いが継続して、いまだに蔭ながらの応援をさせてもらっています。様々な方といろいろな交流が出来ている日韓高校生の交流ですが、行事に参加するたびに感激するのは、高校生の皆さんが訪韓をして奉仕活動をした経験のなかで、素晴らしい人生経験と奉仕の学びができたことの感動を伝えてくれるからです。大人の世界や国際事情が違っても、高校生にとっては現実社会を良く理解をして、異国での奉仕の経験を積むことと、新しい韓国の友人が沢山できたことから、人が変ったように活き活きと自己表現をされる生徒さんが多くみうけられ、企画をして支援をする役目としても嬉しい経験ができました。時々に様々な感動をさせてもらい、若き高校生と共になっての奉仕活動ができたことは、偏に韓国に朴さんがいてくれたからこその奉仕活動を再認識して、ご縁が深くある朴さんに改めて感謝をしているところです。朴さんへのご恩返しに、感謝状が伝達することができて、少しは役目が果たせたことを喜んでいるところです。
2008.07.13
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何ヶ月ぶりの再会になったのでしょうか、入院先のベッドで腰掛けながら、はにかんでいる姿は、今までの元気な様子そのもので、廊下から入室した第一印象が先ずは一安心の気持ちでした。いつもの愛嬌のある仕草で迎えてくれた先輩を、初めて病室にお邪魔してお見舞いをすることができ、ほぼ1時間ばかり喫茶室で歓談をすることができました。4月に病魔に侵されたことが判明して以来闘病生活に入ってしまい、それ以前にお逢いしたのがお正月でしたから、ほぼ半年間に二度目の面談が、入院先とはまったく思いもよらない事態でした。6月下旬に知った発病と入院でしたが、治療の副作用が思ったより厳しくて、心身ともに大きなダメージを受けてしまい、思考も食欲も相当低下した体験談を教えてもらいました。食欲の話題で分かったことは、味覚障害がでるほど、病魔の副作用がきつく現れてしまい、病院食の減塩料理では、まったく食欲が沸かなくて、自宅からの差し入れを楽しみにしているそうです。そうは言うものの、病魔と闘っている最中のお身体には、あちこちにテーピングや治療具の器具があったり、治療を受けている部位の肌には、複雑なインキ模様が残ったりで、余りにも痛々しい様子を観ることになり、病魔との闘病がいかに大変かを窺い知ることになりました。お元気なときに度々ご一緒できた、お茶の時と同じ気持ちで同席をしていたのですが、時間と共に声が小さくなったり、気が滅入る仕草になったり、変色した肌色や痩せた御体を感じとることとなって、余りにも治療の厳しさが感じられて、見舞う身も徐々に滅入ってくるほどでした。喫茶室に隣接した庭園に出て、散歩をしようと誘ってくれた時に、天からぽつぽつと降りだした小雨が冷たく、生憎な天候にそのまま、玄関に移動して見送りを頂きながら、夕刻の中病院を後にできました。副作用が消えた時の比較的お元気な一時のお見舞いは、なかなか難しい設定で、今まで何度か待って何とか漸くにできた面会の機会でしたが、近代的な治療病院の施設とスタッフの技量に期待をして、完全快復の日が来ることを、改めて楽しみにこころ強くして待っているのです。見送りを受けた時に握手をしてくれたのですが、視線がそれたり、握力が無かったり、病魔に冒されている心身からは、心配がつのってくるのですが、ご本人の気力に気合をいれることが精一杯の立場が、ちょっとばかり歯がゆいのでした。日一日と日良薬効果を期待して、何はともあれ、気力だけを確りと持っていただき、完治を目指して病とともに快復を目指す心意気を、応援する仲間と共有して欲しいものです。帰路に観た近代的な高層病院を外から眺めながら、様々な容態をもって入院をされている方が何人生活しているのか分かりませんが、それぞれが関係する人々の厚い看護を受けて、精神的に滅入る自身と闘っている、家族愛のコミュニティーであることを確認することができました。ロビーや喫茶店や歓談室で親しい方との、お見舞い面会をしている姿を拝見していると、全員が一日も早い全快をされて、ご家族と一緒に平安な生活をされることを、心の底から念じてしまいます。病室まで行く間のスタッフの親切さが、痛いほど身に染みて感じたのですが、親切心に甘えてしまい、安心して延泊をする気には絶対にならないことです。患者さんの奥様が毎日付き添いをしてくれているのですが、人様の親切心の有り難味が、今になって実感できましたと述懐されていました。病を知って新たな学びができることは、これを糧にしてリニューアルされた人間として、まだまだ社会貢献が必要だと、世から責められていることを認識することです。病に負けない克己心は、家族愛から育まれて、友人達が応援をして、生きてこそ役を果たせる生き甲斐をみんなで援護をしようと確信したところです。
2008.07.12
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今夜に会合がセットされている友人の飲食店が、今月で閉店をすることを今しがた聞き、なんでこんな機会に参加が出来ないのかと、一人で悔やんでも仕方ない思いをしています。ほぼ毎月に集る懇親会があって、会場は仲間の一人の日本料理屋さんに決めて、恒例的に開催をされてきて、客として随分無茶で無理な御願いをしてきましたが、閉店と知って、これほど便利に利用してきた有り難味を、今更ながら改めて感じているところです。今日の会合が、予定としては随分前から知っていたのですが、どうしても都合が出来ない仕事が急遽入ってしまい、時間の都合で、結果的に出席ができなくなったのですが、世の中の巡り合わせとは、不都合な結果を悔やむことを時たま経験させられるものです。個人経営の飲食店が厳しいとは、経営者の友人から聴いていたのですが、JR駅前の地下にあって、調度品からお店のつくり方に高級感を漂わせて、価格は比較的リーズナブルな設定で、いつも夜の宴席が賑わっていました。お料理自体も値段以上に品良く美味しく戴ける為に、大変に人気があって、常連のお客さんも沢山いたようですが、なにかの事情があって今月で閉店するとは、まことに残念ですし、ましてや8年間続いた定例会の宴席場所が、変更せざるを得なくなってしまったことが、誠に悲しいことになりました。翻ってみると、友人が好意的に場所を提供してくれたからこそ、8年間もの長期に亘って、継続的に会合が開催できたと、今になって思っているところです。人様から料理店の紹介を願われた時に、いつも優先をして紹介をしていましたし、利用された方からは喜ばれていて、紹介者からのお客さんで、友人のお店が大いに人気店に成長されていたはずなのですが、お店の経営が如何に難しいものかは、その中に居る当事者でなければ判断できない厳しさがあるようです。良く仲間達と話すことは、飲食店は粗利率がよくて商売をするなら飲食店が最高だと、茶飲み話には気楽に人事に話題にするのですが、経営されている当事者とすれば、あれこれ現実の難しいことがあるのでしょうか。尚更に世間を騒がせている食品関係の偽装問題とか、経営者の資質の低下問題とか、社会的に随分厳しい目が向けられて、思ったよりは経営が厳しくあったのでしょうか。食の安全が問題にされて久しいのですが、企業倫理が欠如して、営利だけを追い求めた拝金主義が余りにも優先され、社会で評価をされすぎた、反動が今回の社会問題ではないでしょうか。職業に関係なく人の資質が欠如してきていることも、根本的な礼節と良識の分別を狂わせてしまったような気がしています。落着いたら友人から飲食店経営の裏側を、さり気無く聞き出してみたいのですが、先ずは人様のことより、自身の経営者の資質と誠意を改めて反省と学びをする必要がありますし、人事でない経営者としての努力を怠り無く努めたいものです。
2008.07.11
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夕刻になって突然尋ねてこられた仲間の一人が、困惑をされた顔をしながら、自分の本心が理解されない反対勢力がいて、少しは反省をしてはいるものの、それ以上に相手側からの理解がもらえないことが、非常に情けない思いをしていると述懐されました。暑さの性だけで無いやつれた顔をしながら、良しとして判断をし実行されたことが、結果として反対意見の方が多くいたことで、感情的で複雑な悩みを抱えこんでしまったようです。誰しもが思い合うことは一緒であり、志す方向も同じでありたいものですが、全員揃って協調されるような、一様で同じ意見の人間はありえなく、様々な人間がいればこそ多様性の面白みがあって、お互いに違った思いを知ることで、反省やら思い遣りの学び取りができるのだと思っています。仲間の数には関係なく、存在する友好的な反対意見は、おそらく天から授かった、みんなに公平な均衡バランスの自然な仕組みが与えられているようです。時として身内でも多勢のバランスが変化するように、ましてや他人が集る中での謀は、絶対的に賛成をする人、反対の人、その中間の人が、ほぼ均等に振り分けられる、自然原理が伺い知れるのです。夕刻に見えた仲間の一人とは当然理解度が多く重なって、理解し合える部分が多くあるのですが、結果的には反対側の人たちの悪口や批判が会話の主要になってしまい、論点が曖昧になってしまうことが誠に残念でした。何故に人のもつ長所を認めて褒めることなく、人の持つ欠点ばかりが話題になってしまい、輪をかけて批判をし合ってしまう人の性は、時間が経つに従がって事実から離れ、誇張された噂話だけが、一人歩きするのが世の中の常であるようです。仲間の話を訊きながら思うことは、共通する仲間の何人かとも交流があるのですが、直に自分の思いを伝えることができる人の数が、アンバランスに偏っていて、無意識な偏見を持ってしまうことを懸念してしまいます。人の持つ偏見とは、必ず好い加減な未確認情報と相手の欠点短所の誇大化にある気がするのですが、この弱点は誰しもが持っていることであって、そこだけを徹底的に責めることもないように思いますし、そうしたいものです。人の持つ長所を羨望し学ぶことを意識すれば、どんなことでも、批判はしない仲間意識が芽生えてくると期待をしてしまいます。仲間と二人で、そうだそうだと同調をすればするほど、反対意見の方からは、まったく同じ論点で、批判をしている可能性があるわけで、結果的には、同じ穴の狢扱いとなっているのです。なににしても、立ち位置を何処においても、自身がもつ品格を高める意識を持つならば、どのような立場になっても、信用を深く得られることができて、信頼ある人としての評価を頂ける気が強くしているのです。
2008.07.10
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お役所も金融機関もこの7月は人事移動がつきもののようで、関係する方々が揃って転勤と部署移動の連絡を頂くことになりました。一身上の難しい折衝ごとがあって、銀行を巻き込んで三年間に亘っての交渉が継続されているのですが、この間にお役所が四人目の担当官となり、銀行が三人目の担当者に継承されようとしています。商行為の取引交渉ですから、結論に至る筋道の選択肢が限られていますので、時間ばかりが空虚に流れ去って、交渉の成果が出来れない心もとない思いがあるのですが、全てはそれぞれ立場立場と相手の事情があっての経過だと、今になっては達観をして受止めているところです。交渉ごとに付きましては、お陰さまでお役所も銀行も担当される方には、全面的に理解と大きな支援を頂けている幸運を得てきましたので、次の担当者の方にも、きっと素晴らしい信頼関係が構築されることを期待しているところです。この三年間、時々に尋ね合ったり電話での対応をして貰ってきましたが、皆さんが頼りになる紳士であって、こまごました相談やお願いを丁寧に応対してくれ、兎角銀行お役所特有の堅物的なイメージがありますが、温かく大きく和らいでくれることができました。人としての血と情の通った心温かさが感じられて、時には人生相談を対話してしまいましたが、仕事や立場が違っていても、血の通った人としての情の深さを認識させられるのでした。ものの判断を決める価値観が同じであったことが幸いして、此方の願いを聞き入れてくれることが多かったのですが、なかなか商取引に結びつかない時間の流れとなっています。取引結果が達成できない不満感が無いわけではなく、懇請が実現できない不安と不満はあるのですが、所詮は相手側の環境と時空があるわけで、すべてを此方の勝手な都合で解釈はできないのです。一日も一時間も早く朗報を収得したいのですが、無理は禁物と理解をして、ひたすら我慢をしていることが、自身への課題である、人間修練となっているように受止めています。勝つ執念をもって熱き情熱をもって、誠心誠意の真心をもった対応をすることが、やがては立派な果実をもたらしてくれることだと信じています。人生のすべてに交渉ごとの相手としてくれることに感謝して、報恩の果たす役割を一生懸命に尽くせる時がくることを、真摯になって期待しているところです。
2008.07.09
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すべての人と理解し合えることができれば、まったくくだらない人間関係のトラブルが、少なからず負担が減ってくれるのだと、期待を込めて感じ入っているところです。世の中を生きていく中で、様々な取引やお付き合いとかがあって、人様々な意見や生きかたを尊重しなければならないケースが多々あることは、人生を多く経験すればするほど、実に面白おかしく納得をさせられる経験があるものです。人様に親切心をもって注意や助言をすると、素直に訊き入れてくださる方と、余計なことを云いやがると、端から、しかめっ面に形相を変える方がいるのが世の常で、言い出した本人からすると、その見極めのタイミングが結構スリルを感じてしまっています。午後にお会いしたお二方に進言をする機会があったのですが、あくまでも利己的な判断でなく、世間や相手を思っての自論を丁寧に伝達する為に、心して担当する責任者に進言を心掛けました。相手のお一人は感情的な高まりがお顔にでてしまい、ゆっくりとディスカッションすることができませんでしたが、もうお一方は積極的にアドバイスをくださいと、真顔で積極的に対峙をしてくれました。決して請われての助言では有りませんから、あくまでも体験上身についている情報を伝達する進言ですので、他の皆さんが共有共益出来ることを、理解して貰えることを信じたのです。皆さんが真剣になって、一層の理解を高めてくれることを期待して、自ら情報を提供する心算でありましたが、理解がされない厳しさと寂しさを味わうこととなりました。参加される皆さん誰しもが、同じ環境にあるのですが、とかく情報の受止め方となると、自身の価値観と積極性に対比してしまい、人によっては解釈が大きく違ってしまいます。心を広く豊かにして、人様からの助言や進言を聴く耳をもつならば、反対意見があったとしても一旦は訊きいれて欲しいものだと思います。進言する立場を幸い持っていたとしても、無理やり上意下達の押し付けは出来ないくらいは、常識として身につけていますので、人様がその判断さへも出来ないのかと、情けなくも思っています。後ほど話を訊いてくれた方とは、お互いに対話をする中で、相互に尊重し合える時空が心地良く、腹を割っての相談さえもできるのでした。こんな人間関係の背景にあるのは、自身の心の中に持つ他人の偏見と、人を排他的にさせる誤った情報と、人間交流の密度によるのだと判断をしています。親しい仲間に対しては甘い判断をして、普段疎遠にしている人とは厳しい判断をする気配があるのは、極自然の人間模様になのでしょうが、あえてこんな時にこそ、対人密度に関係しない、自身の胆の度量を大きくもちたいものです。反省する点とすれば、いくら進言できる立場であっても、時と場所の弁えとか、相手の方の理解度とかを考慮して、興味と聞き耳を持ってくれる場つくりを、あくまでも謙虚にするべきでありました。相手の方が萎縮する進言であったとしたら、心して反省をして、素直な学びとりをできたことへの、大きな悦びとしなければいけません。
2008.07.08
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普段の生活スタイルから少しだけ離れた体験は、どんなことでも新鮮で、それなりに意欲が高まってきて、ある種の興奮剤を使ったような錯覚になる思いをしたりしています。日常の生活は殆どが自宅と事務所の往復と、同じ市内にある関係する機関の往復が主ですから、お会いする方も固定されて、日常はそれほど新鮮味が無く、精神的な余裕をもった生活を営むことができています。そうした安定感のある日常からは、気の高まる神経はどこかで寝たままの状態になっていて、安心安全が保証された環境を当然な仕組みで、怠慢が優先されているのだと思っています。だからこそ仕事上で起こる難儀なことが厳しく感じて、改革と改善をする努力が辛く感じる負担に、悩める自分が弱弱しいい存在にしか見えないことがあり、問題解決が遅々としている状況を嘆き悲しむ、非日常の生活状況に陥るのでしょうか。物事の段取りが極端に上手でなく、謀も同様に下手な生活をしていますから、家を空けての旅行の準備等が、いつも忘れ物が多い、ばたばたした慌しい身支度風景があります。今朝は早朝に起き食事もせずにJRで新橋まで向かったのですが、神仏への灯明と真水の手向けをして、着替えるのが精一杯でまったく余裕の時間がなくて、倅にJR駅まで送ってもらい、かつ大事な用件を代行する手はずになってしまいました。出先になって降った大雨が、今日一日の活力をどのような気運にしてくれたのか分かりませんが、駅までの車中でバナナを口に出来ました。利用した快速電車のグリーン券を駅で前買いして乗車をすれば、全席超満員であったのですが、たった一駅でお一人が下車してくれたお蔭で、ゆっくりと着席することができました。一駅ごとに東京に近付くに従って、空席待ちの乗客が立ったままの混雑さを経験して、ゆっくり座っての環境に、朝からツイテいる自分を有り難く思っています。慣れない寝起きとは思えないほどやたらに気が冴えて、気が昂ぶるままにラップトップのパソコンを開いて、短時間の集中度を、有効的に活用をしているところです。日常の甘えた環境では気の昂ぶりも感じられなく、集中度に欠ける無駄な時間が過ぎ去るのですが、こうした移動の車中でほんの時たま経験する、大変充実した時空が嬉しく思えるのです。年数回ですが海外に出かける時に感じる、ある種の緊張感と開放感が織り交ざった心の昂ぶりが好きで、出来るだけ機会があると飛行機を利用できるように心得ているのですが、マンネリのだらけた生活からは、効率のよい働きができないものなのか、眠気がのこるJR車中で一人ぼんやりと思案をしています。これから丸一日の長時間に亘ってのセミナーがあるのですが、いつか時間と余裕ができるときには、前泊をしてホテルを上手く活用すれば、また違った緊張感がうまれて、効率よい生活ができるのではと楽しみにしているところなのです。電車とか飛行機とかで移動をする一時間の有効活用が、どれほど大きな作用をしてくれるかが、ときたま事務所から離れて移動する空間で感じる改めて確認できるのです。生きる意欲を持って様々な日常を経験している中で、決して同じ毎日の繰り返しでないことを知り、心して意識を高める工夫をしていき、メリハリの利いた人生の有益性を、自身の手で追求してみたいものです。
2008.07.07
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半年に一回開催されている地元自治会対抗戦の、ソフトボールの試合に参加してきましたが、結果的には顔も知らない方が始めて参加されたりして、先ずはチームワークが上手く発揮できないまま、残念ながら大差でコールド負けしてしまいました。普段は意外にも勝負ごとに淡白であり、負けたところで、そんなには深いダメージを感じなく、淡々としていれるタイプなのですが、今朝あった3回コールド負けでの試合結果は、結構納得がいかなくて、試合終了時にあった、ファミレスでのご苦労さん会には参加できない不満を感じてしまいました。この自治会のチームには創設期から、現役の選手として参加をしてきましたから、かれこれ30年間のお付き合いになっています。当時はご近所の皆さんが同じように若くて、小さなお子さんを連れたり、初老の御両親が見物に来てくれたりして、随分和やかに凛々しく試合ができていました。時には練習試合とかを、皆さんが率先して一生懸命にしていましたし、練習の後にはバーベキューの懇親会を開催したり、今から思えば、大変にコミュニケーションが、上手く発揮されていた時期でもありました。昨日も書き連日になりましたが、最近の地元自治会活動が、皆さんが参加を気安くできる環境がないようで、いきなり試合をしたり、チームのナインがお名前も分からない人とプレーをしたり、戸惑うことが多々あることに愚痴が出てしまいます。今回の試合では、リーダーの人もそれほど心配りを働かさなく過ぎて、打順や守備位置の徹底とか、試合運営のまずさがあったりしても、以外に無関心で、無責任なまま試合を進行させてくれました。一番の年長者として一言の進言を思ったのですが、時代の流れには逆らうことができなくて、皆さんがそれで納得して試合をしたのなら、無様な結果でも仕方ないことかも知れません。親睦第一のご近所の皆さんが楽しく交流を図れれば、それで良いとすべきかもしれませんが、試合の勝敗結果云々よりも、参加意欲とか参加の意思希薄とか、連絡方や準備の礼節が欠如していることが、チームリーダーの無責任さに繋がって、そのことが心から空しく感じ取れるのです。参加された方々が休日の大切な時間を、早朝から協力をしてくれた事実に、もっと感動と満足感を味わってもらうためにも、今後の運営を再考する時期に来ているように思うのです。試合結果は二の次にして、大いに満足感が味わえて、時には相手チームのプレーに、時には自チームのプレーに、大きな感動を味わえる試合参加を経験して欲しいのです。やがてはその思いがお子さんに継がれていき、世代交代の流れが上手く交代できるし、世間の交流が年齢に関係なく、地元の中では極自然に、コミュニケーションが図れることを期待してしまいます。噂では近々実施される、近隣町会合同納涼盆踊りの準備があって、毎年お手伝いをしているのですが、今年は当番町会として、細かな準備や打ち合わせがあってしかるべきなのですが、それもなく、いまだ寄付依頼の案内もされなく、大いに心配をしているところです。ボランティアの集まりでもって、すべてを進行させる自治会運営ですが、出来る時にできる人が交互にお手伝いを進んでできる環境の構築が、いまこそ確立させる時節だと、強く強く実感させられ、自治会の情報開示も全面的にすべき時期と思います。
2008.07.06
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核家族化と言う言葉が社会問題にされてから、どれほど時間が経っているのでしょうか、いまだ日常生活圏に目だって新築されているお宅は、ほぼ8割の数が若い一世帯住宅の様子が伺えます。その中でも何軒かの御家が玄関ドアーが二つある、二世帯住宅が散見されるのですが、ここ二三年に溯ると、新築住宅が急増しているように思いますし、幼稚園生と小学生の児童の数が、賑やかになった気がします。世の中に子供の声が聞こえることが、どれほど元気が貰えて、子供の賑わいが煩わしいほど、煩わしいほど以上の安心ができる空間について、改めて受け入れる余裕を持ちたいものです。自治会活動の一環で、明日には町会対抗のソフトボール大会がありますが、参加する方が少なく、大いに活躍をしてもらいたい世代が心もとなく少ないのです。遥か昔の自治会が結成された頃は、それこそ世代が幅広くチームがいくつもできるほどで、参加された方が全員試合に出れない内に、時間切れで終了してしまった時代がありました。その方々が全員と言って良いほど二世帯で、小さな子供さんを引き連れて家族連れの参加があったのですが、今ではその子供さんが親の世代に入れ替わっていても、当時の参加意欲が薄れてしまっている現実が見受けられます。世代が違うと言えばそれまでですし、社会構造が違っているのだと言えますし、地元自治会に魅力が無いのか、世間に無関心の時代背景があるのか、各年代層が纏まって非協力の立場が見受けられてしまいます。家庭の中にだけの親子だけの限りない交流を求めて、対外的な交流が面倒なのか、家族連れが一家揃ってご近所の方々と、一日を共に楽しむ基盤が、年々希薄になっているように感じています。なにはともあれ、明日のソフトボールの試合には、チームのナインをギリギリの仲間が参加するそうですが、年齢層が若年と老年の分かれて、中間層の壮年が居ない寂しさが感じられています。集ることで親睦が出来れば、それだけで役目が終わる気もするので、時々はソフトの練習とか親睦会を気軽に催しする機会を提案してみるのですが、若い方からすると煩わしく面倒なことは敬遠したいようなのです。反面的に社会問題されている地域の高齢化は、まだ心配が無い様子で、若い世代が協力を増してくれれば、相当の環境変化が期待することが出来るのです。その昔の二世帯の親が居たころは、世間の付き合いは大切にすることを、ことあるたびに、家族に苦言を呈していましたし、親自身も積極的に自治会活動に参加をしているのでした。我が家の現在も夫婦は、共にコミュニテーに積極的参加をしているのですが、我が家の子供達はまったくの無関心ですし、人様のことをとやかく比較することも批評をすることもできませんが、世間に背を向けることだけは避けて欲しいものです。最近の世相は毎日惨たらしく悲しい事件事故が、限りなく多く報道をされていますが、核家族とご近所との希薄な交流が大きな遠因になっているのでしょうか。何時でも何処に行っても、お年寄りもお孫さんも揃った三世代が、元気で煩わしいほどの大きく元気な声を聞かせて欲しいものですし、結果的に朗い社会に貢献が出来ることを期待したいものです。
2008.07.05
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葉 千栄東海大教授の講演を時間延長で聴いてきましたが、講演会の予定よりも遥かに延長をされていたのですが、後援者も聴講者も時間の感覚が無いほど、葉さんが話す日中関係の情報に聴き込んでいました。取引銀行の講演会が定期的に開催されているのですが、今日午後にあった会合には、中国から23年前に来日して、最近日本に帰化された中国経済ジャーナリストである、葉 千栄さんで、1957年生まれを紹介で知りました。年齢で一回り若い彼は、大柄の身体を三つボタンの背広に包んで演題に登場して、はきはきした直言でもって、日中の社会問題から切り出して、中国経済が日本抜きでは考えられないスケールに発展している現実を紹介してくれました。登壇して直ぐに今の日本のマスコミを痛烈に批判をして、すべての報道番組が娯楽化して、報道の役目を果たしていないことを憂い、厳しい助言を伝えてくれました。確かに云われるとおり、政治社会問題を議論する目的の番組があっても、芸能番組化した政治家やコメンテーターが、放送局の意向に沿って本心を伝えずに、娯楽化に重きを措いてしまっているようです。真実の報道を真摯に伝える努力でなく、真相を追究する議論も誤魔化して、下品で愚弄な笑いだけをアップで写せば番組の役割が終わってしまう気配がして、確かに社会現象として愚弄が蔓延をしているように見てとれます。講演会とか勉強会等で、葉さんが良く聴かれることに、中国経済は北京オリンピックが終わると崩壊するのかといった愚問が多いのだそうですが、それだけ根拠が無い噂を、娯楽番組でもって情報伝達させている非難をしていました。夜のゴールデンタイムに確りとして、役目を十分果たしているニュース番組は無いに等しく、もう少し国民が学ぶ意思を持たなければ、一億総白痴化に向かっていく懸念をされていました。少子化の中、大学受験の競争が無くなって、定員割れの学部に推薦で進学できれば、学問をまなぶ必要がなくなってしまっている、勉強をしない学生が占めている、悲しい現場の悲観を吐露されていました。肝心な中国経済は、投資している総体額からすれば、オリンピックの投資額は微々たる投資額で、国家のインフラ整備が進む中、日本の先進技術を徹底的に取り入れて、隣国の先進技術を全面的に受け入れる必用に迫られている根拠を伝えてくれました。世界の工場として益々責任を果たす役目を持った国家、中国の経済は先進国と一緒になって、必要かくべからずの、絶対的な役割を担っている実体と、その条件を満たしている国家事情を、改めて知ることが確認できました。葉さんとしては、偏見で情報開示をしているのでなく、母国を中国として国籍は日本人として、肌と血で感じる本能的なコメントを含めて、厳しき判断をリアルに熱弁されてくれました。情報化社会が進む中で、我々も真摯な議論を出来るように、正しい情報を伝えてくれる報道番組を取捨選択して、仲間の中での議論を徹底する空間をもつ必要がありそうです。国民性なのか、なかなか自己主張を議論しない空気があるのですが、本物の情報への興味をもって、飽くなき本物の判断ができる環境を構築させたいものです。国家の歴史や仕組みが違っていても、これからの国際社会の流れは、国民も資源も経済も国家間の共存共栄が基軸になることを、確りと確認することができました。
2008.07.04
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当たり前にその光景を受止めてきて、何時も何時も繰り返えされている情景は、何の抵抗も無く目を通す風景の中から、視覚として頭の中に伝達されます。普段の慣れたイメージをもってすると、どうしたのかな、何かあったのかなと不安に思えるほど、いろいろな推測をしてみたり、多少のこころ配をしてみたりすることが良くあります。毎週通っている歯科女医さんは、完全予約制で治療をされていますので、時として割り込みの治療を願う時は、ほぼ時間配分ができないくらいの、順番空き待ち時間が必要になっています。結果的には予約を入れても、その約束の時間よりも時間超過されることが多く、時とすれば一時間は余計に待たねばならない状況が、極々当たり前の日常になっているようです。そんな経験しか頭の中に残っていないのですが、先程予約時間に到着した歯科医院には、待合室が空っぽで、一瞬間違ったのかと、不安になる思いをしたくらい静かでした。何時もは流れているBGMが聞き取り出来ないくらい、治療の機械の音が途切れなくしたり、先生とスタッフの会話とかが交わされていますから、そうした物音が頭に中に記憶されてしまっていました。診察券を提出すると直ぐに治療室に呼ばれてしまって、待ち時間に心算にしていた、パソコンの打ち込み作業ができなくなり、嬉しい誤算となってしまったのです。女医さんからは、大きなカバンを持って、中身は何が入っているのかと、不思議な問いかけがあったりして、待合室の事情を話すことも出来なく、ひたすら曖昧な答えをするのでした。世の中には、たまたまこうした思いがけない誤算と対峙することがありますが、相手の立場になって心配をしてあげられる配慮が必然だと思っています。何時も何時も此方が思う内容とペースをもって、物事は捗りがされないのですから、いわゆる想定外の対処の腹積もりは、自己責任の範囲として、いつも思考することを再確認できました。先日闘病の為に入院をされた先輩が、自ら電話を掛けてきて、容態が安定している時に来て欲しい要請があったのですが、翌日から始まった治療の副作用が余りにも負担で、暫し面談禁止のおふれが出てしまいました。お見舞いの機会が難しいことは、過去の経験から理解しているのですが、ご本人の意向と看病をするご家族の皆さんの判断がミスマッチすることが多くて、結果的にはお見舞いの機会均等も、情報開示をする困難さがあるようです。その日の体調によってですから、知名度が高く大勢のお見舞いを受ける立場の方には、病状の開示とお見舞いの受付状況が、複雑なバランス感覚が必用になってきます。事務的な判断が効かない思い遣りとは、一方的にさせてもらう立場が強欲と成るのではなく、してもらえる方の現状を十二分に深く思慮をしないと、親切心があだに成る可能性もあります。とかく形式的な処理を願って、安易な解釈をして相手の方を迷惑にしてしまいがちですが、少しでも相手になる方の置かれた状況を鑑みて、お互いにとって心地良い配慮となる、深慮をできる人を目指して生きたいものです。
2008.07.03
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沈み掛けている西日が強く電車の窓ガラスに当たって、冷房が程よく効いている車内で、ふと今しがたお見送りをして頂いたお仲間を思い、暫しの間、時を共にした多くのお仲間のお一人お一人のお顔が、極自然に思いかえされてきました。電車は一路東に向かってスピードを上げて行くのですが、お別れをした皆さんは、それぞれの目的地に向かって、名残りを惜しんで三々五々忙しそうに目的地に向かったのですが、振り返れば、輝く西日が見送るがごとく、いつまでもどこまでもみてとれます。お別れをした駅からは時間と共に距離感が離れて、哀愁に似た感激をもって、仲間の方々との愉しい一時を思い返すことができました。何度かお会いして気心が知れているお仲間は、時にはウエッブでのコメント交流に花を咲かせて楽しみ、時には声がけに応じて顔を合わせて語りあって、いつでも愉快な親しみを深めることが出来ています。今回の会合は、横浜のお仲間が縁を持っていただき、愛媛のお仲間をお迎えする形で、川崎と千葉からの参集ができました。参加された皆さんが、それぞれ愉しくそれぞれが豊かな個性を発揮されて、時間が足りないくらいの和やかさがあり、豊富な人生経験から醸し出されるお話は、とっても薀蓄に富んでいました。なんの利害関係が無い方々が、極気楽に集って語り合える環境が持てるありがたみを享受していますが、これもお互いの立場を思い遣って、気配りや心配りを実践しているからこそ、自然な摂理として、友を呼び合える場が恵まれているのでしょう。地元で御接待していただいたお仲間の皆さんには、大変にお世話をお掛けして、多々ご迷惑も与えてしまった感が有りますが、素直に甘えさせていただけた空間が、旧知の友愛を認識させ、有り難くも、心からの満足をさせてもらうことになりました。豊かな友愛だけが支えになる仲間の会合が、これほど大切で有意義なものであるかは、集った方々の思考で判断されるのでしょうが、お互いに思い遣れる心配りは、それぞれが身につけている天性のものなのです。重ねて謙虚な中から、人様から感化をうけて磨かれ、自身の意欲が更なる相乗効果を育んで、参加された方々の波長が、心地良く同調していく様も知りました。価値観が一緒で、相手が考える思考に理解をもてる自身の豊かな心意気は、一層人の心を成長させる磨きができるようです。時には次元の違った話題や判断が違った物事があっても、そこは大人の気配りと、人様を立てる友愛や一歩引いた譲り合いの謙虚さが、尚一層の信頼を育んでいるのかも知れません。偶然とも言える仲間の集いが始まって、まだ月日も経っていませんから、今後の動向を予想することはできませんが、できるならば、今のままの利害関係を欲張らない原則を守りながら、あくまでも大らかで気楽な集いを続けたいものです。とは言っても、丸半日間を好意的にお世話を頂いたり、御心づけを頂戴したり、駅への送迎の配慮を願ったり、たくさんの負担をお掛けしてしまった横浜の皆さんに、心からの感謝を御伝えしているところです。気分良く過ごさせていただいた御蔭が、地元の皆さんのご好意なのですから、存分に反省をしながら、いつか報恩できる日を大いに期待して、立場が変っての御接待役を楽しみに心しているところなのです。
2008.07.02
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周りの環境はまったく普段と同じですし、顔をあわすメンバーも相変わらずの顔ぶれなのですが、皆さんどことなしに目がキラキラと輝き、身動きに切れのある動作が見て取れました。年度を変えて、今日が最初の会合が開かれたのですが、新たな執行部がぎこちない風情をしながら、開始時間が迫る中、担当者が忙しなく、新しい役職の役目を果たす働きをしていました。目を合わせて挨拶する仕草も、大の大人らしくない少々照れ隠しがみえて、実に微笑ましい光景があって、華やぎも感じられる独特な雰囲気が、毎年楽しみでもあり経験がたくさん積み増しされても、新鮮に受け止めることができています。年度が替わって、新しい役職について経験が浅い方が、先輩方に聞きまわっている姿も、実に微笑ましく見受けられ、会場のあちこちを見回すと、飽きの来ない光景が観察することができました。会合の宴席関係とか、責任者の個人的な関係とか、夫々が綾なす友人関係のお客様も、多数お出でいただくことができ、会場のテーブルも増設させて、初会合は活気ある賑やかな時間を、楽しく過ごすことができました。昨日までの一年間は、執行部に極近いお手伝いをしていましたので、会合の始まる前から出席して、準備をしたり会合の後始末をしたり、参加するだけの方よりは何倍かの拘束時間が長かったのですが、それなりの充実した、納得の時間を過ごすことができていました。人の持つ立場や役職は関係なく、年齢の老若も関係なく、皆さんが等しい価値観をもって公平な立ち位置で、割り振りされた役職を一身に果たしている様子は、人生の修行に繋がる貴重な体験ができると思っています。後輩に当たる何人かの若い方々と一緒になって、少しだけアドバイスをする機会があったのですが、皆さんが溌剌と積極的になって、新しい役職を身につけようと、必死の働きをしている姿が、実に頼もしく観ることができたのです。一年間を過ごすうちには、組織内の不平や不満がこぼれてきて、色々様々な風評が聴こえてきますが、どんなことでも顔を合わせて、相対して言葉を交わせば、心が和んで蟠りが溶け出すこともあることも理解できました。決して噂話に同調することは愚の骨頂ですし、意見は貴重な具申として堂々と公言して、議論を交わすうちに、どこかしら同調できる部分が見つかるものです。人の集まりのなかで、如何に楽しく和やかに活動をすることができるかは、自身の思考しだいですし、意欲があればどんなことでも、苦にならない役回りができますので、結果的には自身の学び取りが出来やすくなります。不平不満を漏らす前に心の切り替えをして、経験することの全てが、今学び取る必要性をもって、学びの機会を与えて貰っていることに、素直な感謝をしたいものです。そのためにも色々な役職を経験することで、知らない価値感を身につけることが出来たり、色々な人様の働きがあってこそ、組織が成立していることを理解できますし、すべてが豊な自身に結びつく変容の為に、ご縁がある世の中に感謝の心を養いたいものです。
2008.07.01
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