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今朝は、ホテルでゆっくり朝食を食べて、8時40分に出発、カオール近辺のロット川沿いの4村を巡ってヌイーのアパートに10時に戻った、全走行2000KMの行程であった。ベニャック、ラロックカジャク、ドームの3村は、何れもロット川沿いの高台や断崖に開けた中世の村で、相互距離も10KM圏内で、似たような歴史と景観で有った。最初に訪問したベルヴェスは、規模の大きな活気に溢れた村(町?)で、村の中心の広場では、大規模な朝市が開かれていた。地元の採れたての産品が並んでいたので(単品販売専門店が多い)、味見をさせてもらいサクランボを買った。1.1ユーロ/500Gは安い(日本の1/4?)。野菜類は新鮮で色艶が良い、昨日ロートレックでアスパラやトマトは仕入れていたので、ここでは見るだけに。次のベニャックでは、7ユーロを払い、Chateau de Beynacのガイド付きツアー(1H)に参加したが、仏語の説明が聞き取れない。 最近、レストランやホテルでの日常会話には困らなくなり、密かに個人レッスンの成果に自信が出てきた矢先に、自身の未熟さを痛感させられた。聞きなれた言葉では無く、新しいSituationには歯が立たない事を思い知った。途中でツアーから抜け様と思ったが、ここの見学は、ガイドが出入り口の鍵をいちいち施錠する方式で、単独行動は不可であった。次のラロックカジャックは、村の名前通り、断崖の下や中腹に、岩をくりぬいた砦や住居が作られた変わった村であった。村に近づくに連れて、断崖が目に付き、上に登りたくなった。クレージーカールに戻って、裏山の登山道を探し当てて、汗まみれに成って、崖の上に出ることが出来たが、危険表示やロープも何も無く、自己責任とあるがままのフランスらしいやり方であった。 最後のドームは、ロット川を見下ろす景観は素晴らしいものの、村は完全に俗化しており、村の中心部には遊園地や屋台が多く出ていた。村の見学は止めて、展望の優れたレストランに入り、遅いランチを取った。本旅で初めてのフルコースで、スープ、前菜、メイン、デサートで、締めて13ユーロと値段の割には満足。ドームで食事を終えたのが4時近く、一路パリを目指したが、A20の高速に乗ると、何時もの事で有るが、急に眠気が襲って来た。パーキングアリアに入り、木陰に行って、30分程度横に成っていたら、少し寝こんだ様で気分がすっきりした。道路は空いていたが、制限速度のキープに努めて、10時前に帰宅。今日は、随分と城や山に登り、汗を掻いたので塩分不足に成った。帰宅後に、仕入れてきたアスパラを入れた味噌ラーメンを作って食べたが、これが本当に美味しかった。サクランボもどんぶり一杯に入りきれない量で、食後のデサートに楽しんだ。今回の村巡りの旅で、フランスの美しい村訪問も72回に成り、区切りの全144村の半分に到達した。
2003年05月31日
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ホテルから仕事のメールのやり取りをしていて、出発が9時に成ってしまった。今日は、タルヌ、ロット県のロートレック、ベルキャッスル、サン・シルク・ラポピー他6つの美しい村を廻って、夜10時にホテルに戻った。ロートレックは小高い丘の上に広がる中世の村で村の頂きには、珍しい風車や十字架が有り、遠くにはピレネーまで遠望出きる。この村は、起源がガリア・ローマ時代にまで遡り、長く通商の村として栄えただけ有って、非常に活気に溢れていた。朝市にも大勢の人が集まり、ここで野菜や果物を買ったが、全部で5ユーロと安さに感激。 3番目に訪問した、ベルキャッスルでは20世紀に、そのままの姿を残して再生されたChateaが川岸の高台に建っている。 ここでトラブルが発生したが危うく逃げ切った。駐車場所が見つからず、道端に1箇所だけ空きスペースを見つけたので潜り込んだ。お城を見学して戻ると、車の前に貼りつく様にして、車止めの柵が設けられていた。困って調べていたら、村発行の駐車違反のカードがフロントガラスに貼ってあった。良く見ると、駐車場所の先に細い道があり、この道が民家に繋がって居た、駐車違反車の後ろには、この家のものと思われる車が停まっていた。全ての事態を悟り、如何すべきかと思案していたら、民家の中から、おじいさんが血相を変えて出てきた。これはおまえの車かと、駐車違反を激しく咎めており、この駐車禁止の文字が読めないのか、警察を呼ぶと言っている様に聞こえた。ここは仏語が解からない様にして、ひたすら日本語と英語で謝りまくった。この間約5分、おじいさんの怒りも収まり、如何すべきか考えた挙句、柵の片側を持つ様に指示されたので、これで無罪放免を確信できた。田舎道のドライブを満喫できたが、フランスの季節の移り変わりは早い。ノルマンディーでは、4月末にまだ鮮やかな緑で有った麦が、この地方では収獲期を迎えている。如何言う訳か、麦畑の中に、赤いケシの花が混ざっていて、綺麗だった。 最後の訪問地の、サン・シルク・ラポピーはコンクと並んで最も美しい村と賞賛されている、名実ともにTOPランクの美しい村。ロット川の断崖に貼りつくように中世の家とサン・シルク教会が望める夕暮れの対岸からの眺めは絶品であった。
2003年05月30日
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4連休を利用して、2泊3日の村巡りに出た。今回は、クレージドライブは自重して、ミディー・ピレーネー地方のコマールのホテルに2泊して、ここを拠点に村巡りをする計画で、現在日記はホテルで書いている。日本、米国は休みで無いため、仕事の緊急対応が出来る様に、インターネット環境が整備されたホテルを選び、パソコン持参のバカンスである。カオール100KM圏内には、20を越える美しい村が有り、最も村密度の高い地方の1つである。昨日は例に因って、朝5時出発、ホテル8時着で、ナジャク他5村を巡って来た。真夏を思わせる30度を越える暑さで、バカンスを楽しむ家族連れも一様に、短ぱん半袖(ノースリーブ)姿で有った。流石に何処の村も、多くの観光客で溢れ、活況を呈していた。フランス人は、おじいちゃん、おばあちゃん、ペットを含む家族総出か、仲の良い数家族が一緒に旅行に出るスタイルが多いようだ。この地方の村は、一様に小高い丘に広がる中世の村で、13-15世紀に建造された、お城や教会が村の中心に成っている。 ミディー・ピレーネーは、ラスコーの壁画で有名であるが、今回訪問した、ブルニュケルの村のShateau内にも、村の洞窟で発見された、2万年前の動物壁画が展示されていたが、素朴で写実的な、美しい壁画であった。 この地方の地元には、多くのお年寄りが外に出ていることに気が付いた、特に本日最後の訪問地のMonestiesでは、村の広場に何組ものお年寄りグループが集っていた。
2003年05月29日
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明日は祝日(昇天祭)で、殆どの職場が4連休となる。帰路のA13は、既にノルマンディー方面に出かける車の渋滞が始まっていた。明日は、われら夫婦の結婚記念日であり、こちらから先に、家内にお祝いのメールを入れた。フランスには、”5月の結婚には、決して良い事は無い””悪い女は5月に結婚する”などの諺が有り、5月の結婚は敬遠されている。これは5月は、聖母マリアの昇天祭の月から来ている様だ。結婚後直ぐに子供が出きると、2月のカーニバル月の誕生にあたるから避けるとのバカンス大国説も有る。フランスの祝日は、日にちを固定するのでは無く、木曜日にするなど、バカンスをベースとした創造性と計画性の賜物と言える。休み開けの、6月2日(月)の20:00より、続行を示唆した鉄道の大規模ストライキが計画されている。今週も、エア-フランス、航空管制のストや○○反対のデモが多く実施されたが、日本では死語と成ったデモやストも仏社会では日常性の一部に成っている。
2003年05月28日
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今週は多くの出張者が重なり、連日レストランでの夕食で、帰りが遅く寝不足できつい。おまけに、ストライキの影響で道路も渋滞するとの事前情報で、朝の6時30に自宅を出発したが、又も拍子抜けで、全く影響無し。朝の7時20分には会社に到着、車内で新聞を読んでいたら、30分ほど座席で眠り込んでしまった。シンガポールで勤務している、イギリス国籍のメンバーに再会したが、シンガポールよりの出張に対して、イギリスの自宅で1週間の自宅待機の後で、フランスに移動して出社して来たそうだ。Globalに仕事をしている我社にも、じわじわとSARSやテロ対策の影響が出てきている。中国や東南アジアから多くの部品を購入したり型の発注をしているが、納期フォローや品質確認のための現地出張がままならなく成って来た。米国のビザも電子式に変更に成る予定と聞かされた。これは、瞳の自動識別方式で身分の確認をするとの事。
2003年05月27日
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アルプス山中のIzoard峠(2360M)を越えて、2村目のサン・ヴェランに漸く16:00に到着した。この村は、標高2042Mに位置する高台に有る村で、背後には大きなゲレンデが広がるスキーリゾート。教会に続く村のメインストリートには、古い家並みが並び、往時の村人の生活を偲ばせる博物館も有る。 この村には、フランス人の老人団体観光客が来ていたが、ほぼ全員が肥満体形(男女共)で、普段スマートなフランス人を見なれているので奇異に感じた。Information centerでパリに戻る最短ルートを聞いたが、やはりグルノーブル経由が一番早いと返事であった。来た道を戻るのも芸が無いと思い、地図を調べたら、山岳道路の途中から分かれて標高2646MのGalibier峠を越えて、シャンベリー経由リヨンに抜けるルートが有り、このルートで戻る事にした。山岳道路では、往路、復路共に自転車でツーリングに来ている人を数多く見かけたが、女性の単独走行が多い。しかも美人でスタイル抜群ぞろいであった。往路で通過したIzoard峠付近で、高山植物の群落を見つけたので、車を停めて調べたら、白馬岳で学生時代に出会った、つくも草(?)に似た白花の群落であった。 青春時代の趣味が山歩きと高山植物の写真撮影で有ったので、思わず昔の血が騒ぎ、今回の村巡りの最中にも、牧草地や山岳道路脇で花の写真を何枚か撮影した。Galibier峠越えでは、未だ1Mを越える残雪が道路脇に残っていた。峠を下るに従って、アルプス名物のマーモットが道路の真中に出ており、なかなか逃げないので危なくてしょうがない。丸々と太っており、愛嬌が有って可愛い。車を停めて、岩場を観測したら、多くのマーモットが居た。暫く走ったところで、可哀想に、車に跳ねられたのか、マーモットの死体が道路上に転がっていた。8時過ぎに、漸く山岳道路から開放されて、A43に乗ったが、ここから未だ500KM以上の長く疲れるドライブが待っていた。
2003年05月26日
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昨夜は遅く帰宅し、即ベットに直行して3時に寝たが、朝8時には目が覚めて仕舞った。溜まった家事や昨日のアルプス紀行の写真やホームページの整理をしていたら、あっと言う間に時間が経過して、昼寝をする時間は無く成ってしまった。インターネットで出張者のパリ着の時間を確認したら定刻通りとの情報であり、6時30分にHotelに到着したとの電話が入った。今回は、パリが新婚旅行以来の2度目と言う、メンバーも混じっていた為に、パリ市内のドライブを兼ねて、和食を食べに一区の中心街に出掛けた。この店で、仕事で繋がりの有った知人と3年ぶりに偶然再会した。欧州のビジネスが増えてきたので、パリかウイーンに住居を移す事を考えているとの話を聞いた。
2003年05月25日
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週末の天気予報の晴れマークがローヌアルプとコートダジュールのみで有った為、アルプス山中の美しい村、ラ・グラーブ・ラ・メジュとサン・ヴェラン2村に出掛けた。日帰りには強行軍で有る為、朝5時に出発したが、時間の見積もり誤りと余りの素晴らしさに時の経つのを忘れて長居したため、帰宅が翌日のAM2:30分に成ってしまった。全工程1500KM、21.5Hと日帰り記録を塗り替えた。年甲斐も無く、自重しなさいとの声が聞こえる。距離の見積もりも、200KMオーバーの誤算。夕方7時過ぎまで、アルプス山中をうろうろしていたので、この時間の帰宅は仕方なし。途中での宿泊も考えたが、洗面道具も着替えも無いので、帰宅を決断した。サービスエリアでの仮眠場所も探したが、安全とは言えず、休みながら慎重に帰りついた。道路は空いていたが、速度制限を守る様に運転した事と、アルプス山中の山岳道路は曲がりくねって一向に距離が稼げない。今回のドライブは、出足から躓いた。車は、点火系の修理と2回目の定期点検を終えた直後ですこぶる快調では有ったが、取り締まりは厳しい。A6のオーセル付近で、左車線に車が溜まり、思わず追い越し車線に出て、140-150KMで抜きに掛った。この時、後ろからバンが横に出て、有ろう事かブルーのチカチカが点灯した。とうとう捕まったかと、覚悟を決めて車を減速させて、路肩に寄せたが、何とこの覆面は速度を落とさずに走り去って行った。おちょくられたのかそれとも後から速度オーバーの切符が送付されて来るのかは不明だが、心臓には良くない一瞬だった。最初の目的地のグラーヴは、グルノーブルよりブリアンソン、更にイタリアのトリノに抜ける、アルプス山中の谷間に有る、標高1450Mのスキーリゾートで、村の正面には、4000M級のエクラン山系が聳え立ち、反対側の斜面には急な牧草地が上の村まで続いていた。 今回訪問の2村は、共にスキーリゾートで冬場が観光の中心、今はお客も少なく(数組のハイカーのみ)、レストランも開いていなかった。おかげで景色を見ながらのランチは取れず。ロッジの建て増しや補修に多くの村人が従事していた。素晴らしい景色と牧草地の高山植物に引かれて、1800Mに位置する上の2村まで、3時間かけてハイキングをした。登るに連れ、正面のエクランが大きく成り、下のグラーヴの全貌が見えてきた。 上の2村は、下界から取り残され、時間が止まったような空間で有った。長閑な日差しの中で、多くの犬たちが、のんびりと全く無関心に、一瞥をくれただけで、迎えてくれた。次のサン・ヴェランまでは、僅か90KMの距離で有ったが、3H近くの時間が掛り、ものすごく遠かった。途中、アルプスの峠越えが2箇所もあり、往路と復路で道を変えた事もあり、2000-2600級の峠を3箇所も越えた。 アルプス山中は、雄大な景色と高山植物に溢れ、何度も停車して付近を散策した日本では、海岸線に相場が決まったいる野生の水仙の群落が、アルプス山中に咲き乱れていたのは驚きであった。 一度では書ききれないので、後半のサン・ベランは後日にする。
2003年05月24日
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今日は仏側株主のトップ訪問が有り、終日対応した。対応者は全員、何時ものジャケットとネクタイのラフな姿から、スーツ姿に変身。質疑応答が仏語に成ったり、英語に成ったりで全神経を集中して聞き取りに努めた。以前に比べれば、仏語の聞き取り能力も向上し、大半は理解できたが、残念ながら、プレゼンや質問への回答は、英語に成った。普段、仏語レッスンを真剣にやっていれば、仏語のやり取りに参画できたのであろうか。帰路、Pacyのスーパーに滞在許可証の更新用の写真を撮りに行った。1年ごとの許可証更新でこれが結構面倒な作業である。証明写真を仏で撮るのは初めての体験であったが、仏語の説明も解り易く、楽勝と思われたが、最後に失敗をしてしまった。4枚組みの写真が、2種類撮影されており、画面上の良い方を選ぶ選択ボタンの上に、白黒かカラーかの文字表示が有ったので、白黒の文字の下のボタンを押してしまった。これが、写りの悪い(実際は目を伏せて下を向いている)写真の選択ボタンで有った。直ぐに間違いを悟ったが、後の祭りである。何度見なおしても、使い物に成りそうには見えないが、これで頑張ってみるか。折角、スーパーに来たので、食料品を買い込んだ。こちらの野菜売り場では、同じ野菜でもいろいろ選択出来るのが有りがたい。同じトマトでも、大きさや形の異なる物が何種類も有る。アスパラガスは高級野菜で、French restrauntでも、しばしば付け合せの野菜に出てくる。Vert(緑)、Violette(白紫)、仏語は不明な(憶えきれなかった)、ジャンボの3種類が並んでいた。値段は、Vert(3.2E/500g)、Violette(2.5E)、ジャンボ(3.8E)。アスパラの身は同じ物で、畑での育て方で色が変化する。白紫の方が、陽光を防ぐ為の培土をするので、手間が掛り、値が張ると思っていたが、一番安かった。アスパラの塩茹でが好きなので、一番新鮮で穂先の締まったVertの1パック(500g)を買った、週末に茹でよう。
2003年05月23日
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出張者と食事をする予定が、それぞれ関連部門のフランス人が面倒を見てくれる事に成り、予定が狂って8時前に自宅に戻った。久しぶりに、冷凍して有ったおでんだねと冷蔵庫に眠っていた大根を煮ている所。時間が出来たので、溜まっていた新聞(フィナンシアル、タイムス)を流し読みしていたら、Weekend版の一面に、An uncivil warの文字とLe mondeの破れた新聞の大見出しが出ていたので、興味が沸いて読み始めた。フランスのインテリを代表する、Monde紙が3名の編集幹部に乗っ取られたとのセンセーショナルな暴露本が出されて、1Mユーロの訴訟が起こされたと言う内容の記事であった。最近同誌が、商業主義に毒され、一部政治家との癒着は目に余る等手厳しい事が書かれていた。門外漢には、何が真実かを判断するすべは無いが、社会の根幹に係わる内容であり、一度会社のフランス人に本件の成り行きを聞いてみよう。6月には、再度大規模なストライキが計画されているとの事で、政府のペンション改革反対のストから政治的な色彩の強いものに変質してきた様だ。但し、ストが打たれても、それに表立って文句を言う人はなく、フランス人の流れに任せる、異常時適用力は大した物だ。
2003年05月22日
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昨日は2名、今日は1名と今週から来週に架けて、多くの日本からの出張者を迎える。今週は、毎日付き合いで外食になる予定。有り難い事には、単身赴任で食生活に苦労しているとの情報が浸透しており、出張者が気を利かして、あれこれ見繕って、おかずを持参してくれる。感謝に絶えない。出張者が宿泊するPacyでは、レストランも限定され、2日連続で中華の夕食に成った。このPacyのHOTELには、免停中のEさんも宿泊中で、来週はメンバーが一部入れ変わり、新たに3名が宿泊予定。車の点火プラグを交換後、ガソリンの消費量が従来に比べて大幅に改善されている事に気が付いた。不完全燃焼で、長い間公害を撒き散らしていたのかも。
2003年05月21日
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昨夜の仏語の先生との食事で、今まで知らなかった先生の一面を垣間見る事が出来た。先生は50歳前後(推定)で、とてもチャーミングな上にスタイルが抜群。おしゃれのセンスも素晴らしい。昨夜、特に驚かされたのは、旺盛な食欲と食べるスピードの速さ。2人の日本人男性を凌駕する圧倒的な速さで、お皿を綺麗に片付けて行った。ワインもがぶがぶ飲む。そんなに食べて太らないには、何か運動でもしているかと尋ねた答えが奮っていた。何もしていないし、食事の量やカロリーを気にした事は1度も無い、母親も同じで太らない体質で幸せねと来た。但しお嬢さんは違って、食べ過ぎると直ぐに太る体質だそうだ。そう言えば、会社の食堂で昼食を食べている女性社員を観察した事が有るが、スタイル抜群の女性ほど、山盛りの料理を食べて居た記憶有り。サラダや軽めの食事を取っている人ほど体格が良かった。ラテン系の人種は太らない、スタイル抜群の遺伝子が有るのであろうか。米国人は非常に判りやすく、太っている人ほど、大食いで脂っこいもの好きだ。
2003年05月20日
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今朝は、本格的な土砂降り。8時に仏語レッスンの予約が有るため、何時もより余裕を見て家を出たが、前が見えないほどの土砂降りと車体の振動が重なり、大幅に時間が掛ってしまった。かろうじて8時ぎりぎりに会社に到着。先生からの第一声は、予想通り仏語の本を何処まで読んだかで有った。週末頑張って家に篭って読んだが、如何せん力不足でたったの20ページしか進まなかった事を説明した。今日のレッスンは、当然の成り行きで、恐れ慄いての本読みに成ってしまった。今晩は、先生から日本人2人がレストランへの招待を受けており、楽しみにしていた。夕方遅くなって、漸く修理工場に出していた車が返却されてきた。これで一安心である、急いで先生との待ち合わせ場所に向かったが、車の調子は見違えるほどなめらかに。6気筒エンジンのNO6シリンダの点火プラグの故障であったと車内に残された書類に記載されていた。セーヌ川沿いの新規開店の清潔なレストランでシーフードを楽しんだが、英語禁止の夕べであり疲れた。最後に、一悶着あった。先生より、私が2人を招待したので、勘定を持つと言って、さっさとクレジットカードで払いを済ませてしまった。割り勘にする積もりで、申し入れをしたが聞き入れてもらえず。Eさんが、日本では女性には払わせないと説明したものだから、余計に揉めた。仏では、誘った方が勘定を持つのがマナーとの仰せで有った。次回は、日本レストランにご招待せねば。
2003年05月19日
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今週末は完全休養を決め込んで、何処にも出掛けなかった。今日は朝から雨で、休養日日和である。頑張って仏語の本を読み進んだが、20ページでGive-Up。先生にだらしないと叱られるのは必死の状況。会社のメールをチェックしたら、日本、米国、仏から、週末にメールが多数届いており、何れも日曜日に出勤又は自宅で仕事をしていた模様。緊急案件が有る場合には、日、仏、米に拘わらず週末でも仕事をするのが共通認識に成りつつあり。午後は、自宅で仕事をする羽目に成ってしまった。6時過ぎから、パリ一区に和食を食べに出かけた。シャンデリゼ通りを車で走るのは2ヶ月ぶりであろうか、街路樹の緑も深くなっていた。驚いたのは、パトカーと警官の多いこと。シャンデリゼ通りの最右側車線は何時も違法駐車で溢れているが、これが少なく、駐車中の車には警官が違反切符を貼り付け廻っていた。主要交差点には警官が出て、交通整理をしているし、其処ら中にパトカーが走りまわっている。これだけやれば、交通違反や事故が減るのも頷けた。コンコルド広場に近づくと、シャンデリゼの歩道に、実物の鉄道車両(時代物からTGVまで)が陳列してあり、雨の中、家族連れで賑わっていた。お目当ての和食は、秋刀魚の塩焼きに有りつけて満足。パリでの食生活で、好物の青魚(鯵、秋刀魚、鯖)が食べられないのが最大の不満。
2003年05月18日
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疲労回復に、今日は完全オフを決めこんで、家事を含め、一切何もしないことを決めて、1日中ベットと居間でぐうたらを決めこんで過ごして居る。 たっぷりの昼寝と、仏語の先生より借りた仏語本の ” 恐れ慄いて ”を読んでいるが思う様に進まない。 判らない文章が出てくると、如何しても辞書を引いて理解しようと頑張るからで、判らないところを読み飛ばせない性分が災いしている。 気分転換に、PM7時過ぎにブロニューの森近くのパン屋さんに出かけた。 普段は食べないバゲットやレーズンパン、ケーキを買って、料金を一回で聞き取るぞと身構えていたら、それまでの仏人のお客と違えて、レジの数字を見せられた。 当然と言えば当然であるが、フランス語を理解できる人種とは認知されていない様だ。 楽天開設後183日と成った、半年経過した事に成る。 昨年の11月半ばに、日本人アシスタントのKさんより、楽天のホームページなら簡単に開設できますよと勧められたのがきっかけで、丁度フランスの美しい村巡りに、のめり込みつつ有ったので、これをメインテーマにしてスタートした。 楽天ホームページの仲間と美しい村巡りは、寂しい海外単身赴任の大きな支えに成っている。
2003年05月17日
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2週間の出張疲れが出たのか、昨夜は夜中に足が数回攣って、最後は七転八倒した。おまけに今日は車の振動異常まで発生し、ナーバスに成った事も手伝って、夕食後ソファーで横に成ったら、眠りこんでしまった。目覚めたら12時を過ぎてしまい、日記を書く気力が失せて、翌朝にシフトしてしまった。小生の車は、酷使して居る割には今までトラブルは皆無で(ガソリン車にデーゼル給油のミスや、タイヤやランプの寿命品の交換のみで、車本体は異常無し)、多いに仏車(ルノー)の品質を見直していた所で有るが、今朝の通勤時に、車の振動が大きく成り、停車してタイヤやエンジンルームを目視したが異常個所は、見つからず、スピードを落として現象を調査した。小生の車はオートマ車であるが、マニュアルのシフトレバーも付いており、最近はガソリンの消費を押さえる為に、高速ではマニュアルの5段速で運転している。振動が大きくなるのは、加速時、マニュアル運転時、速度が落ちたときの5段速運転である事が判った。エンジンの点火に問題が有ると判断(異常ランプは点灯無し)、先ずはガソリンスタンドに入り、SP98をフル給油した。この判断は、前回のPacyでの給油のガソリンの純度を疑った為で有る。まがい物のガソリンでは燃焼が不充分で、振動が出やすいはずだ。この判断は一定の成果があり、振動の大きさは減少した。低速でそろそろ運転するより、高速走行のほうが振動が少なく安定運転できそうなので、そそまま会社に向った。但しエンジン停止の危険性も皆無とは言えず、路側帯に逃げられる様にと、走行車線を走った。会社に何時もより遅れて到着、早速アシスタントのKさんに修理工場にTELを入れて貰い、引き取り検査をして貰った。予想通り、エンジン廻りのトラブルで点火プラグの交換が必要との診断、但し部品が無いので、週明けの月曜日に交換する事と成った。週末の運転には支障が無いが、スタート時にエンストの可能性は有るとの診立て。今週末は、家で静かに静養しろと言う神のお告げと考えるべきなのだろうか。
2003年05月16日
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今日は会社からの帰路、食料品の買出しをした。帰宅後、ご飯を炊いて、茹で野菜、味噌汁、冷奴、サラダのHealthyメニューを作くり、食事を終えたのが10時半。これから日記を書かねば、休まず書くのも辛いよね。昨夜から、寝る前にフランス語の本を少しづつ読み始めた、未だ経った1日しか経っていないが、3日坊主に成らぬ様頑張らねば。この本は、昨日仏語の先生から借りたもので、先生曰く、貴方はちっとも真面目に自宅で仏語の勉強しようとしない。この本を貸してあげるので、来週のレッスンの時までに読んでいらっしゃい!無理ですよ、そんな事を突然言われたってと抗議して、本を手にしてみると、数ヶ月前に映画を見て、先生と語り合った、アメリーノートンの”Stupeur et tremblements”(邦題 畏れ慄いて)の元本であった。ホケットサイズ判の187ページで字は確かに大きい。辞書を引いていると嫌に成るので、解からなくても、どんどん読み進む様にとの御指導で、映画を見て筋が、解かっているのだから、こんなにうってつけの本は無いわよと強引に手渡されてしまった。ここまで言われれば、やるしかないが、今も目の前に、この本が有り、ため息交じりに眺めている。テレビを見ていて、何で笑ったのか、何で怒ったのかが解からないのはやはり悔しいからね。
2003年05月15日
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3週間ぶりのフランス語の個人レッスン、予想通り疲れた。前半の体の部位やオフィス、レストランに有る物の単語を記入する練習は、語彙の貧弱さが露呈され、先生から幼児でも知っているのにとからかわれたが詮無い話。後半は、英文の文章を読んで、これを仏語に翻訳する練習であったが、これは結構楽しく出来た。今日のハイライトは、何と言っても一昨日3チャンネルで放映された、アランドロンとブリジットバルドーがゲスト出演した番組の内容。後半スタジオが騒然と成ったが、仏語が聞き取れず、何故このようなハプニングが起きたのかを先生に聞いてみた。生憎、先生は見ていなかったが、状況を説明したら答えが返ってきた。昼休みに、会社の仏人にも同じ質問をしたが、本件は大きな話題に成っており、賛否の意見が沢山放送局に寄せられ、格好の論議の種に成っているとの事であった。本内容は、楽天仲間で仏在住のpidoさんの日記にも詳しく出ていたが、番組の前半は大物2人のゲストが往時を偲んで、恋人同士のやり取り(台本読み)をして、拍手喝采を受けて、和気藹々と進んでいた。バルドーは、美人だった昔の面影が全く消えうせて(年から言って当たり前かも)、異様に太り見ていて気の毒に成るほどで有ったが、アランドロンは体形や容姿も変化が無く、ダンディーな中年紳士のままで有った。アランドロンが退席した後で、ハプニングが起こった。バルドーの動物愛護活動の紹介が有り、これで終わると思いきや、司会者の質問でスタジオの雰囲気が一変した。昼食時に仏人よりの説明で、バルドーが出版した本の内容への質問で紛糾した事が判った。この本が、曰く付きの内容であった事から騒然と成った様だ。バルドーの旦那は、極右のルペンが率いる党のメンバーで彼女もルペンの熱烈な支援者の一人。本の内容も、移民排斥などの極右思想で貫かれ、彼女がテレビに出たのも、本のPRが目的であったと聞かされた。司会者がルペン嫌いの人で有った為、過激なやり取りに発展して行ったとの事。多くの仏人は、バルドーが晩節を汚しているとの見方をしている(会社の仏人や仏語の先生の見解)。日本では、自身の思想、身上は表に出さないのが一般的であるが、欧米では、バルドーの思想の内容は兎も角、自分の政治的立場や思想を持ち合わせていないと相手にもされない。
2003年05月14日
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今日は、ストの影響で道路が込むことを想定して、何時もより30分早く自宅を6時45分に出たが、全く渋滞が無く早く会社に着きすぎた。 逆方向のパリに向うA13,A14とも渋滞は無かった。 遅れてやって来たフランス人に聞いても、予想外の道路状況で当てが外れた様だ。 殆どの会社で、5月末までに年間休暇の取得が義務つけられており、多くの人が休暇を取ったのか。 帰宅時の夜9時前後の道路も空いており、拍子抜け。昼食前に、小生の10日遅れの誕生祝を兼ねて、自家製のスグリ(groseille)の実のワイン(果実酒)の試飲をさせてもらった。 実家がブルゴニュー地方でワインセラーを経営しているマーケティングマネジャーのギモーさんの作品であるだけに、色合い、味ともに自家製とは思えない素晴らしい出来映えで、昼間から2杯も飲んでしまった。 実家近くで7月に摘んだスグリの実を、6ヶ月間寝かせて仕上げたアルコール度15%のワインだ。 フランスでは、非売品の果実酒等は自家製造が許されているとの事。 日本人好みのさっぱりした飲みやすいお酒で、何より色合いが美しい、輸入販売したら売れそうな予感がした。
2003年05月13日
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夕方、他部門へ転籍となるカンボジア人のエンジニアの送別会が有った。遅れて食堂へ行ったが、100人近くが集まっており大盛況。フランスでの送別会は、送別される人が飲み物やつまみを用意する立食スタイルであるが、今日は本人が会社の食堂のオーブンを借りて、春巻きやサモサを暖め、飲み物もフルーツカクテル風のオリジナルを持参して参加者に振舞い、大奮闘していた。ここでの話題は、免停に成ったEさんをネタに、最近の交通取締りの強化のぶりの情報交換であった。フランスでは、ラフラン内閣により交通取締りの法律が改正され、スピード違反の取締りが格段に強化された。その成果で、6ヶ月間で交通事故が40%も減少した。スピード違反も、従来は20-30KMオーバーは黙認の風潮で、免停時にも運転禁止は週末に限定するなど大甘な所が有ったが、断固たる処置に変更された。更にスピード違反を検知するハイテク機器も多数導入された。Eさんのケースも、高速道路で無い所を走っている時に、検問で誘導され、40KMオーバーを告げられたが、何処で測定されたのか気が付かなかったとの事。3週間の免停で、今週から週の前半はHOTEL暮らしと成った。フランスでは、免停期間の通知が来た後で、裁判所への出頭通知が改めて送られてきて、ここで罰金刑かそれ以上の収監等の処置が決まる。法律規定で、フランス人以外は通訳を同行させる事に成る。PM6時から、3国間(今回は仏、米、フィンランド)の電話会議をやり、フルーツカクテル一杯の酔いが覚める遅い帰宅時間に成ったが、それでも速度厳守でそろりそろりと運転した。A14の入り口で、Policeに捕まっている車が居た、くわばら、くわばら。
2003年05月12日
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時差ぼけで朝4時に目が覚めた。早く寝ると夜中に目が覚めると思い、昨夜は遅い夕食にして、眠いのを我慢して起きていたのに、その甲斐は無かった。兎に角体を動かさねばと、何時もの無謀行動を起こした。朝6時に家を出て、オベールニュ地方に向った。目標は350KM圏内で、最初のガソリンスタンドで道路の混み具合を判断して、目的の美しい村を決める予定を立てた。道路は予想以上に空いて居たが、どの車も走行車線を制限スピードを守って走っている。先週の土曜日に、Eさんが40KMオーバーで捕まり、免停に成ったが、余程取り締まりが厳しく成ったものと思われ、細心の注意を払って運転した。行き先は、最初の給油地でガイドブックを見て、オベルニューとロワールの境界上のシャルーとアプルモンの2村に決めた。シャルーは朝早く着きすぎたのか、村を一巡りしても人に会わない。この村で初めて出会ったのはネコ君。狭い道路でバッタリ遭遇したが、このネコは大物で動じない。その場に止まって、こちらが行過ぎるのをじっと待っていた。顔に特徴が有ったので写真を取ったが、顔の様子が判りにくく、だまし絵の様にも見える。この写真を見て、目が何処に有るか判れば上出来。 暫く村をぶらぶら歩いていたら、6歳と3歳ぐらいの姉妹に出有った、微笑みかけて声を掛けたら興味を持った様なので、写真を撮ろうとしたが、お祖母さんが出てきたので敢え無く中止した。シャルーからサントルロワールのアプルモンに移動中に面白い光景に出くわした。県道を走行していると、前方に数十頭の乳牛が4,5人の勢子(?)に追われて疾駆していた。結構、足が早い。一番後ろを走っていたおばさんに車を止められたので、前を見ていると、乳牛は暫く走って、道路脇の牧草地に駈け込んだ。毎日こんな事をしていると、結構ストレスが溜まって、乳の出が悪くなるのではと、余計な心配をしてしまった。2箇所目のアプルモンは、ロワールの支流アリエ川沿いの村で、中世の景観が色濃く残っていた。村外れには優雅な城塞が有り、村の中央には大きな庭園が広がっていた。入園料の7ユーロは高かったが、花壇や庭園では当に百花繚乱、多くの花が咲き乱れていたが、日本に比べて花の密度が濃い様に思われた。
2003年05月11日
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現在午後9時30分を過ぎたが、未だ外は明るい。2週間で、随分と日が延びたものだ。今朝10時前に空港から自宅に戻り、真っ先に郵便物をチェックした。会社の人が40KMスピードオーバーで免停に成り、通勤に苦労しているとの情報が来ていた。3月に家族とNormandyを旅行した時に40KMオーバーで写真を撮られた可能性が有るので、びくびくして郵便物をチェックしたが大丈夫だった。最悪6ヶ月後に罰金チケットが郵送されてきた知人が居るので、未だ安心は出来ないが。ほっとして、シャワーを浴びた後、取敢えず出張中に溜まった衣類の洗濯だけは急いでやった。アイロンがけや冷蔵庫が空っぽなので、食料品の買出しにも行かねば成らないが、先ずは寝ることにした。暫く寝つけなかったが、それでも4H昼寝をしたら、少し元気が回復した。夕方6時過ぎから、パリに食料品の買出しに行った。Monoprixでは野菜や肉、牛乳、卵など沢山買い込んでも17ユーロと安い、一方日本食料品(寿司、そば麺、和野菜等)は42ユーロと如何しても割高に成る。今晩は、この寿司と豚汁の夕食だ、例によって鍋一杯に豚汁を煮込んでいる。
2003年05月10日
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午前中にHoustonでの残件打ち合わせを終えて、G.Bush Intercont空港にPM2時に到着。ここのSecurity checkは昨年より厳しく成っていた。アラブ系の若者が、椅子に座らされて再検査を受けていたが、靴下の上から探知機で詳しく調べた後で、更に係官が手で靴下を触診までしていた。X線検査の後では、多くの人が荷物を開けられて、中を詳しく検査されていた。ここの所小生は、人相が紳士的である為(?)、荷物を開けて調べられる事は皆無である。Houston-ParisのAir Franceのビジネス席は予約時から満席でWaiting状態であった。Check-in時には未だ席が無く、Temporary Ticketの発行。Economy席を覚悟していたが、Boarding直前に、FirstにUp-Gradeされた人が居て、辛くもビジネスに潜り込めた。会社のルールが4Hを超える国際便のみビジネス適用可と成っており、一旦ビジネスでの長旅に慣れてしまうと、Economyでの長時間夜行Flightには恐怖感有り。人間、一旦楽すると恐ろしい。Houstonは連日30度を越える気温であったが、朝9時のパリ到着時の気温は9度と寒く感じた。
2003年05月09日
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今日は、昼と夜とも懐かしの和食を食べた。夕食はHoustonの昔仲間と話し込んでしまい、HOTELへの帰着が12時近くに成ってしまった。時差ぼけが解消できずに、3-4Hの睡眠時間が続き、兎に角眠くてだるい。昼食に米国人に連れていってもらったJapanese restrauntはあっと驚くスタイルで有った。入り口の看板は、Sushi& Steak。中に入ると、3つのコーナーに分かれていて、Barカウンター、寿司カウンター、鉄板焼きコーナ(紅花スタイル)と中央はテーブル席。板前さんやウエイターはアジア人(韓国?)、鉄板焼きシェフは白人、黒人。小生とアメリカ人はロール寿司、他の日本人はうどんをオーダーした。隣のテーブルの米国人4人組のメニューを見ると、前菜に寿司、主菜に焼肉を食べている人が多い。日本人には想像の付かない組み合わせで有るが、人気は高いようだ。席数の多い大レストランであったが、満席状態。紅花スタイルのシェフの手さばきは御粗末で、不規則な音が聞こえてくる。うどんには前菜として、サラダと味噌汁が付いて来た。味の方は、パリの韓国、中国人オーナーの日本料理店に比較したら、各段に美味しかった。
2003年05月08日
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PM6時にRaleighを発って、Houstonに移動した。Texasは真夏の気候で、メキシコ国境のLaredoは99F(37C)、Houston到着時のPM8時の気温も90F(32C)。日曜日に40名前後の死者を出したトルネードが、火曜日にはテネシーでも発生して10数名の死者を出した。Houstonに向う機内から、北西の雲の様子を観察していたら、出発後1H前後して、北側の雲海の上に、渦巻き状の細くて縦に長い雲が多数表れて来た。まるで蜃気楼のように、雲がゆらゆらゆれているような不気味な光景であった。これがトルネードであるのか、トルネードの原因と成るサンダーストームの雲であるのかは素人には判らなかった。新聞の解説記事では、トルネード発生のメカニズムが図解されていたが、風の流れ、気温、湿度、地形など複雑な要因が絡んでおり、季節(4-6月)と地域(Central Midwest)が限られて居る事も頷けた。最大グレード(F5)の瞬間最大速度が205MPH(330KM/H)と、家屋が骨組みだけに成るほどの破壊力も理解できる。今朝の朝刊記事で、ミズーリ州のAuroraで九死に一生を得た人のドラマを詳しく書いた記事が出ていた。家族を命からがら守ったものの、全ての家財道具や生活の糧を失ってしまった状況下でも、この事態を嘆くのでは無く、家族が無事だった事を神に感謝し、再生を誓うために、ブッシュ大統領のイラク戦争終決宣言で、一旦はたたんだ星条旗を、おれたエルムの木に再度掲げた話しが紹介されていた。米国にどっしりと根を下ろしている、イラク戦争(反テロ)肯定の原点たるキリスト教保守主義の一面(家族愛や悲劇にはくじけずに反撃する)を見た思い。
2003年05月07日
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今日のDinnerも、日、仏、米のアルコール談義で盛り上がった。酒酔い運転の取り締まり方法と判定基準では、日本が断然厳しく、米、仏の順位。日本は基本的に一滴でも飲んでいたらNGであるが、米は州に拠って異なり、NCは度数0.1(ビール1杯はOK)、TXは度数2(ビール2杯まで)。仏ではワイン一杯はセーフ、2杯はボーダーライン、3杯はアウトの感覚。取り締まりの方法は、3国とも風船への排気検査であるが、米国では、真っ直ぐ歩けるかで判定する場合も有り。フランスでは、親が子供に2-3歳ぐらいからワインやシャンペンを与えて、喜んで飲めれば引き続き飲ませて居る事が多い。Mさんの3歳のお嬢さんもワインが好きとの事。法律上の飲酒可能年齢は16歳であるが、これもレストランやバーで飲ませて良いかの基準で、酒屋で買うのはフリーパスであるため、自分で買って外で飲んでいる16歳未満は大勢居るとの事。OECDのランキングでもワインの人口一人当たりの消費量はフランスが断トツの1位で60L/年、日本は2.6Lの26位。この60Lの数字は、1-2本/週のレベルで多くは無いと言うのがフランス人の感想。
2003年05月06日
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時差ぼけ、睡眠不足のさえない体調で、朝8:30より夕7時30分までの、仏、米、日の3国会議は疲れる。世界一周する出張が時々有るが、どちら廻りでも、滞在日数が増減しても、疲れることには変わりは無い。今日のDinnerはラレーのSeafood restrauntに行ったが、米国は仏と異なり、夜の9時30分には殆どのテーブルが空になるぐらい食事のスタート時間が早い。マヒマヒ(白身TSUNA?)を名前に引かれて食べたが、味が淡白過ぎて美味しく無かった、仏人は気に入っていたが。
2003年05月05日
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長い移動を終えて、漸くそれでも順調にNCのRaleighのホテルに予定より早く、PM9:30に到着。結果は良しとするが、いろいろなHappeningが有った。先ず、成田でTerminal2のJALのカウンターでチェックインを試みたが(JAL5004)、AAのCodeshare便で有り、慌ててTerminal1に移動した。AA機内では、お客が少ないので経費削減を徹底したのかサービスは悪い。夕食も朝食も希望を伝えたメニューが共に無くなり、懇願されて残り物を食べた。シカゴでの国内便への乗り継ぎ時間が1時間15分しかなく、入国審査の列の長さを見て焦ったが、何時もの様に一番端っこのラインに並んだ。少々列は長くても、隣のLineclosedが開くとの読み。読みがズバリ的中して、窓口が開くと突っ走って前に進んだ。次の関門は、Security check、予想通りCustomの出口でもx線検査、検査時に入り口で係員が検査員に国籍を伝えていた。入国者の国籍で、調査深度が異なるのか。国内便のゲートでも長いSecurity checkの行列が出来ており、ここでは検査員に注意された。PCをカバンから取り出してトレーに入れたが、このトレーに上着と靴を一緒に入れた事がルール違反であったらしい。兎に角、時間を取られないよう低姿勢に徹した。漸くRaleighのHotelに着いたが、ここでもトラブル発生。予約が入ってないとの予想外の返事。仏よりAsiistantのKさんがTEL予約して、ConfirmationNumberも取っていたが、予約が入っていなかった。Raleighに2件のAmerisuitesが有る事が判り、これと間違えた可能性有り。ここも低姿勢に徹して、部屋を確保してもらった。HOTELにChineseの出前のチラシが入っていたので、TELをしたら、15分足らずで部屋に届けてくれた。便利なもので、時間の節約が出来た。
2003年05月04日
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明日から米国に移動するので、何とか時間を作って、お気に入りの野川自然観察園に出かけた。野草観察のベストシーズンでもあり、多くの草花を見ることが出来た。ここは都心に近いにも関わらず、自然が良く保存されており、植物図鑑を持参して観察に来ている人を多く見かける。今回の収穫は、青大将とスズメバチを見つけた事。流石にスズメバチが目の前に現れて、フォバリングしたときはビビッタ。スズメバチには苦い体験有り、7年前の秋に三重県の鈴鹿山中でスズメバチに襲われて、腕を刺された。その時のやけどをしたような痛みと、刺された後の皮膚が壊死して傷跡が消えなかった事が咄嗟に頭に浮かび、2度刺されるとショック死する危険有りとの話しも思い出した。動くものを襲うと聞いていたので、静かに立ち止まっていたら、飛び去って行った、ヤレヤレ。大きな青大将も草むらからゆっくりと現れ、遊歩道を横切って向かいの草むらに姿を消した。チョッピリ危険も有るが、自然が残っている事は素晴らしい事だ。夜は、家族4人で誕生日祝いの夕食を食べに、八王子の馴染みのフレンチレストランに出かけた。
2003年05月03日
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今日は56回目の誕生日。弥が上にも、残り少ない会社生活の今後を考えさせられる。午前中に三重での用件を終えて、新幹線で帰京したが、以外に込み合っていた。帰宅して暫く留守にしていたメールを開いた。流石に連休中の日本よりのメールは殆ど無かったが、ゴルデンウィークの無い仏、米国よりは仕事のメールが来ていた。仏では、個人の誕生日には、Surprizeでシャンペンとおつまみの簡単なお祝いを職場でやるが、小生の場合は連休中でも有り、昨年もその機会は無かった。フランス人メンバーより、誕生祝のメールを貰った。残念ながら、いたずら写真付きや面白メールでは無かったが。日記を書いている途中で、出勤していた次男が帰宅し、彼から誕生祝いを貰った。包装を解くと、皮の財布だった。今の財布が、相当草臥れていたのを見ていたのか、息子からプレセントを貰ったのは初めての経験でも有り、予想外の出来事で、正直言って感激した。
2003年05月02日
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今朝の新幹線で三重に行った。連休の谷間で、工場はメンテナンスの人ばかりが目に付いた。予定していた今日の仕事が早く片付いたので、思い立って近鉄の養老線に乗って、養老山地の麓のハリヨ(淡水魚)の里として名高い美濃津屋に出かけた。桑名駅で荷物をコインロッカーに入れ、お茶とおにぎりを買い込んで、養老線に乗ったのが3時近く。靴や洋服はビジネススタイルと言う奇妙な恰好で、ハイキングに出かけた。何時もの計画ナシの、思いついたら即実行の懲りないパターン。津屋川沿いの長閑な道を散策し、橋の上からは清流を覗き込んだ。この川は、傾斜の有る清流と言うよりは、涌き水を集めて平野の中をとうとうと流れるイメージが強い。川沿いの土手には菜の花やあやめが咲き、反対側を見下ろすと蓮華畑が広がる懐かしい日本の田園風景に出会う事が出来た。案内板を探して、ハリヨの生息池に行って見た。めだかの様な小魚が目に付いたが、これがハリヨなのか他の種類なのかの区別は付かなかった。夕方、時間を忘れて暗くなるまで津屋の自然を満喫した。
2003年05月01日
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