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息子が実家から半月ぶりに戻ってきて1週間になる。仕事にも復帰した。気が付けば1月も今日で終わり。早かったな~。1月・・・私、何してたんだろ??病院にいた、という記憶しかないぞ。(笑)息子が少し大人になったのか、仕事がボチボチと忙しくなくて私に余裕があったからか、火曜の朝以外は「それほど」(ってとこがポイント)困らせることのなかった息子。抱っこもほとんどせずに済んだ。ただ、このままずっと上手くいくはずもなく。今のところ出血もなく、お腹が張ることはあっても長時間ではないし、お土産の「ウテメリン」(張り止めの薬)もまだあるから安心だが、無理は禁物!!さすがに25週ともなると、お腹が出てくる。(当たり前だけど!)これなら、どこからどう見ても妊婦だよな、なんて思うんだけど、職場では相変わらず「来年(度)はどうするの?」「来年(度)も頼むよ!」なんて聞いてくる人もいて、答えに困ってしまう。こんなに態度(体?)で示してるっていうのに。(笑)先週の退院時(24週)の段階で腹囲73,5cm。どんなもんなんでしょ?ちなみに息子妊娠時26週の段階では77cm。今回はあまり出てないかも?
2003年01月31日
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何なんだ~!昨日の悲惨さがウソのよう。そう、今日はご機嫌で登園した息子。この分ならたぶん明日以降も大丈夫か?いやいや、それはその時になってみないと分からない・・・。保育園でも成長ぶりを発揮しているようで、靴を自分で履いたり、最も快挙なのは、園庭でのかけっこで1番になったりすること!もともと競争心の全くない息子は、お友だちが一生懸命ゴール目指して走っていても、ニコニコと自分は歩くような、おっとりマイペースくん。それが、何を思ったか昨日も今日も1番になったという。これはひとえに実家で従兄弟たちにもまれたおかげなのだろう。今までのほほんと1人だけの世界を満喫してきた息子にとって、干渉されたり時に大事な物を取られたりすることなんてなかっただけに、逞しくなって帰ってきた。それが園でも現れているのかもしれない。うん、いいことだ。この調子でオムツも外れないかしら~!
2003年01月29日
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はははっ、やっぱりね・・・。昨日はあんなにおりこうに保育園に行ったのに、今日は全くダメだった。まず、私がスーツに着替えた時点でアウト。【お母さんは仕事に行ってしまう】という感覚が芽生えたらしい。「これ、ぬいで!きちゃだめ~!!」ジャケットやスカーフを引っ張る息子。もちろん自分はパジャマから着替えようとしないし、うんちを抱えたままオムツも替えさせてくれない。なるべく怒らないように、となだめすかしても全然効かず。時間は無情にも過ぎてゆき、登園時間に間に合いそうにない。電話して遅れる旨を伝える。時間的に少し余裕はできたものの、私も急がなければ間に合わなくなってしまう。ぐずる息子を置いて、車に荷物を積んだり車を玄関に横付けしたり。さて、いよいよタイムリミットが来て、家を出なければならなくなった。いつもならここで無理矢理抱えて出るのだが、それはあまりにもお腹に負担がかかる。でも、そうでもしなければ息子は座り込んでガンとして動こうとしない。さて、どうしたものか・・・と考えた結果、引きずって外に出すことになってしまった。泣き叫ぶ子どもを外へ引きずり出すなんて、ハタから見たら虐待ものだ。でも、そんなことには構ってられない状況まで来ていた。靴下も靴も履きたくないと言い張った息子は、裸足のまま外に連れ出され、社宅中に響く泣き声で抵抗を続ける。外では何とか歩いて(裸足のまま!)くれたので、車にはどうにか乗せることができた。ところがあんなに気に入ってくれたジュニアシートにも座ってくれず、訳の分からないことをわめき散らしている。危ないけどもう強行突破だ、ということで、そのまま発進。息子も懲りずにまだ抵抗し続けている。いい加減に諦めろよ~!!「もう、お母さんは○○のお母さんはやめる!」「そんな言うこと聞かない子は知らない!」こんな捨てぜりふ(大人げない・・・笑)を吐いていると、さすがに息子も困ったらしい。泣きながら「いうこと、きく~!ごめんなさい~!」と言い出した。保育園に着くとすんなり車から降り、さすがに黄色いタオルとミニカーを手に歩いていったが、教室の前では先生にニコニコと挨拶し、タオルとミニカーを私に渡し、「ばいばい」なんて笑顔で手を振る。だったら最初からそうしろよー!!朝から虐待?母はそのまま職場へ直行。みんながいろいろ声を掛けてくれたが、切迫で入院していたことをみんなが知っているわけではなく。未だ私が妊婦だということを知らない人もいるし、中には今回の入院で初めて知った人もいる。「大事にしてね~。今どれくらい?2ヵ月?3ヵ月?」ってあんた、もう7ヵ月よ~!!欠勤の手続きをしたり溜まった書類を片づけたり、久々に4階まで上ったりして、結構疲れた。脚がパンパンにむくんでしまった・・・。息子よ、明日はおりこうに登園しておくれ。お母さんのお願い!
2003年01月28日
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土曜にやっと(それも鼻水垂らして)戻ってきた息子。夜かなり咳き込んで、日曜は何となく熱っぽい。元気もあまりなく、大好きな黄色いタオル片手にゴロゴロしてばかり。オイオイ、せっかく戻ってきたのに風邪ひいて保育園に行けない、なんてことになったらどうしよう~!!そんな心配もつかの間、今朝はすっかり元気になっていた。半月ぶりの登園はきっと一筋縄ではいかないだろう、と土曜から伏線を張っておいた。「I先生とK先生が○○くんがいなくて寂しいって言ってたよ!」「み~んな待ってるって!RちゃんもYちゃんもHくんも!」あまりに何度も言われて、でも本人も悪い気がしないようだった。それに、もう一つのとっておきは「ジュニアシート」!今までのチャイルドシートに乗せたり降ろしたりができなそう(というよりしない方がいい!)ということになり、昨日あわてて買いに行ったのだ。なんせ13kgもの物体を上げたり降ろしたり・・・考えただけでも生まれちゃいそう!だからといって、そこの定位置で車を見るのが大好きな息子にとっては、そこ以外には座らないと考えられる。そこで、ジュニアシート登場!おまけにそれを助手席に取り付けた。フロントからは今までよりもよく車が見え、息子も気に入ってくれたようだった。この伏線が効いたのか、ちっともぐずらなかった。朝からの冷たい雨で荷物も多く仕度に手間取ったが、すんなり登園することができた。おまけに園ではとてもおりこうだったらしく、半月の成長ぶりに先生方もビックリ!あんなこともこんなこともできるようになっていたらしい。それが今日1日だけで終わりませんように・・・。さて、私は明日(28日)から久々の出勤となる。今週ぐらいは手を抜かせてもらおうかな。あんまり頑張りすぎると取り返しのつかないことになる恐れもあるし。
2003年01月27日
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私の入院のため、遠く実家に預けられていた息子2歳8ヵ月。当初、今週末に迎えに行こうと思っていた。が、退院したとはいえ、まだまだ油断のできない状態のため、母や姉が「もう1週間預かる」と言ってくれていた。周りの人間も「甘えたら?」と言ってくれたけど、まだ小さいのに親とこんなに長期に渡り離れていていいのか?頻繁に会えるならともかく、会わなくなってもう半月になる。魔の2歳児の息子だけに向こうにはかなり迷惑がかかっているし、保育園のこともある。そんなこんなで、私の心は揺れていた。お腹の赤ちゃんも大事だけど、でも息子も大事・・・。で、午前中に母から電話があり、案の定「まー、もう1週間こっちで見るわ!」と言われて30分後、また電話あり。「本人(息子)が帰る気満々になってるから、やっぱり迎えに来て!」とのこと。ふふふ、そりゃそうだよなー。ってなわけで、ダンナが新幹線で迎えに行った。息子を駅まで連れてきてもらい、そのままとんぼ返り。かくして息子は無事、我が家に戻ってきた。駅まで迎えに行くと、運転席にいる私を見つけ、嬉しそうに駆け寄ってきた!本来ならギュッと抱っこしてあげたかったのだが、運転席から降りられず、感動の再会とまではいかなかった(笑)。半月の間にすごく成長した息子。なんだか我が子とは思えない。言うこともやることも何か違う。そしてもちろん、すっかり三河弁になって戻ってきた。久しぶりの我が家に興奮気味で、バタバタと時間だけが過ぎていき、寝たのは11時をまわった頃だった。今日はまだダンナがいるからいいようなものの、平日はまた息子と闘う日々になるかと思うと、体力の落ちている私はついていけるのか不安になってきた。ちょっと動くとお腹は張るし、とても疲れてしまうのよね~。ま、ボチボチやっていこう。親子3人の生活、再スタート!
2003年01月25日
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今日も仕事を休み、まったり過ごしております。【入院生活後半】1月14日(火)~22日(水)14日:鎖(=点滴)がとれる!ヤッター!思ったよりも早くとれた。点滴自体が400カロリーもあるためか、毎朝の尿糖が+のことが多かったのも早かった理由の1つかもしれない。その代わり「ウテメリン」という張り止めの薬が1日4回処方された。これも点滴ほどではないが動悸がすごい。もうだいぶ慣れてはきているが。15日:もう一度早産マークの検査あり。そしてシャンプー解禁!さっぱり~!16日:検査の結果は(-)!張り止めの薬は1日3回に。下膳の許可が出て安静が徐々に解除されてきている。17日:ついにシャワーの許可が出た!!う~、気持ちいい~!18日:配膳の許可が!血糖値の方も落ち着いてきて、もうすぐ退院か?といったところ。ただ、動けるようになったのをいいことに午前中生徒のノートチェックをしていたらお腹が張ってきてしまい、少し出血が。便秘のため腹圧がかかっているのもいけないようだ。19日:シャワーに入ったら貧血になった!体力なさすぎ~。20日:張り止めはやめて様子を見ることに。栄養士の方が指導に来る。21日:退院の許可が出る!23日にされそうになったけど、22日にしてもらった。便秘の薬を処方してもらう。午前中、PCで成績処理。さすがに疲れる。22日:祝、退院!!7ヶ月の妊婦検診もついでに受ける。子宮頸管は27mmと長くなったものの、まだ3cm未満。1週間くらいは安静に、とのこと。仕事復帰のことを聞くと「仕事熱心なんだねぇ」と言われる。お土産にウテメリン2週間分もらう。ダンナは出張なので、タクシーで帰る。* * * * * * * * *以上、怒濤の2週間であった。とりあえず、退院できてなにより。やっぱ、家はいいねぇ!あまりの汚さに閉口したが、この際そんなことには目を瞑り、息子が戻ってくるまではひたすら安静を心がけようと思う。現段階で、息子は週末ダンナが迎えに行き、仕事は火曜日から復帰する予定。無理しない程度に、ボチボチやっていこうかと。とにかく、予定日は5月12日。そこまであと4ヶ月弱、何とかお腹の中にとどめて育てていきたい。再び入院することのないよう気を付けなくっちゃ!数々のお心遣い、ありがとう~♪
2003年01月24日
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今日は仕事を休んで家でゴロゴロしております。息子もいないし、静か~。さて、昨日の日記にもあるように、8日(水)に入院となってしまった私。点滴が外れるまでの初めの1週間を紹介しようと思う。【入院生活前半】1月8日(水)~13日(月)個室も考えたが、入院が長くなることを考えて大部屋(4人)にした。でも、1泊で退院する人もいて入れ替わりも激しく、大部屋に1人なんて状態が続いたり。病院食が美味しくて豪華なのにビックリ。さすが産院!糖尿でカロリー制限があるために、他の患者さんより量が少ないんだけど十分に思えた(この頃は!)。間食が許されてなかったので、同室の患者さんがポリポリ食べているのが聞こえると悲しくなったけどね。点滴は24時間つけっぱなし(基本的にトイレと洗面以外は動いてはダメで、食事の配膳下膳も看護婦さんがやってくれる)。その点滴っていうのは張り止めなんだけど、動悸と頭痛がものすごい!病院内は暖かい(というより暑い)ので、熱っぽくもなってしまい、アイスノンを2日間ほどもらう。毎朝回診があり、その後薬を入れに処置室へ。もちろん車いすで送り迎え。点滴がついているので、ガラガラ言わせながら。ずっと寝ているせいか、ついに腰まで痛くなってきてしまった。もともと腰痛持ちの私。痛くて寝返りもうてない。あまりの辛さに温湿布をもらう。しばらく貼っていたら良くなってきた。病院内の乾燥とシャワー・シャンプー不可のため、体にポツポツと湿疹が出てくるし、痒い。肌はカサカサとして粉がふいたようになってしまう。保湿クリームも汚い体に塗る気になれず。日曜以外は清拭タオルがもらえるけど、それだけじゃ何とも・・・。サッパリしたいよ~!この間、出血が少しあったり、内診で「子宮内がかなり柔らかくなってる。子宮口が開きやすいから気を付けて!」と言われたり。でもこれ以上どう気を付けろって言うのよねぇ~!* * * * * * * * *息子は母親を思い出すことなく、何とか実家で過ごしているらしい。実は到着後2日目の夜に「おとうさんとこ、かえる~!」と言って困らせたらしいが、帰ると言ったのはその時だけ。それもお母さんのところに帰るとは言わないらしく、小さいながらに分かってるんだな~、と思うと不憫でならない。ただ、さすがにストレスはあるようで、酷い湿疹が出てしまい、痒くて夜も眠れないとか。向こうの病院では連れていった姉(実家隣に在住)が怒られる羽目になり、申し訳ないことをした。薬が効いてきて、湿疹も落ち着いてきたようだ。しかーし!前回の悪阻時に預かってもらったときよりも実家に慣れてきているし、成長もして物事がよく分かってきているため、前回のように言うことを聞かないらしい。憎まれ口もたたくし、振り回される周りの人間は大変だ。でも。「帰る」と言って困らせないだけエライと思う。できた子だ!電話で話をしても(それも私からはかけず、息子が話したいときに話すだけ)「おねつ、さがったらくる?」なんてかわいいことを言う。私は熱があって来られないということになっているらしい。* * * * * * * * *息子のためにも早く退院しなければ、と思うけど、退院したら安静には絶対できないし、できるだけ長く入院していた方がいいのかな、なんて思ったり。でもねー。実は成績を27日までに出さなければならず、そればかりは他人に任せる訳にはいかないので、ちょっと困りものなのであった。<つづく>
2003年01月23日
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本日、2週間の入院生活にピリオドを打ち、やっと退院できたっ!!私にとってはあまりに過酷な(笑)入院生活だったよー。まだ完全復活とはいかないので、無理しない程度にその様子を報告していこうと思う。【1月7日(火)】・・・入院前日午前中、出勤。会議だったのだが、会議室のあまりの寒さに閉口。だれも話なんぞ聞いてなかった。スタバで軽く昼食、その後電車で東京へ。教え子が演劇をやっており、その公演を見に行ったの。終了後に友人と落ち合い、お茶して新幹線で帰る。寒さと疲れもあったのか、ちょっとお腹が張るな~、と思いトイレに行くと、出血していた!!ヤバイ、これはマズイかも、と受付時間をとっくに過ぎていたが病院に電話。事情を話すと「今日はもう安静にして、明日受診して」とのこと。何となくイヤな予感がした・・・。【1月8日(水)】ダンナに半休を取ってもらい、息子を保育園に連れて行ってもらい、私は病院へ。結果次第でダンナには仕事に行ってもらおうと思っていた。が、現実はそんなに甘くなかったの~(涙)。検査をしたら早産マークが+!おまけに子宮頸管が3cmなければならないところ、現段階で21mmしかなく、このままでは2週間以内に破水してしまう、とか。まだ22週目、今生まれてしまっては助かる可能性はごくわずかだし、市内ではとても対応できない、安静にするためにもこのまま2週間ほど入院です、だって!!入院・・・とんでもないことになってしまった。息子をどうしよう、仕事は?いや、でも入院しなければ赤ちゃんはどうなる?聞けば、入院の支度をしに帰ることも許されなかった。そのまま即入院。とりあえずダンナと実家に電話をし、事務手続きをした後、あれよあれよという間に車いすで病室に連れて行かれた。そんなに無理をした覚えはない。仕事もまだ始まってなかったし。でも、思い当たるのは年末に風邪をひいたこと。咳が止まらず、腹圧がかなりかかっていたのではないか?咳をするたびに痛いこともあったし。おまけに、年末に受けた糖尿の検査で見事ひっかかってしまい、その治療もすることになった。食事制限ということで、1600カロリーに抑えられる羽目に。昼食後に張り止めの点滴が着けられ、不自由な囚人生活が始まった。かわいそうに、息子は遠く実家に預けられることになり、退院するまでは会えない。いや、退院してもすぐには会えないかも。とりあえず実家の両親が車で東名をぶっ飛ばし、息子を連れに来た。息子はおじいちゃんのエスティマに乗れることに大興奮で、私なんかと離れることはどうでもいいみたいだった。本当に車好きの息子。ヘタに泣かれるよりはよかった!かくして、「切迫早産+糖尿」の入院患者となってしまった。ある意味、生まれて初めての病気入院。仕事は今、大事な時期で2週間もどうしよう、って感じだけど、何を優先させなきゃいけないのかは分かってる。分かってるんだけどねー。<つづく>
2003年01月22日
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最悪な誕生日を迎えてからもう10日になる。薬のおかげで復活はしたものの、未だ風邪を引きずっている状態。そんな私をよそに、息子は元気に今日から保育園へ。息子が元気ならいいや!ダンナ?風邪が年中行事のダンナにしては珍しく、今回はうつってないのよ。さて、ちょっぴり振り返ってみることにする。27日:熱があるのに産院でかなり待たされたあげく、2時間の検査 死ぬかと思った・・・28日:年賀状作成に明け暮れる29日:この日も年賀状書いてた(足りなくなって買い出し)30日:ほんのちょっと片づけ31日:大学時代の友人夫妻が子連れで遊びに来る1日:実家に帰省2日:年始の挨拶まわり+宴会3日:自宅に戻る(東名大渋滞で8時間もかかる!!)4日:セールに繰り出す(例のごとく自分のものはゲットできず)5日:片づけなどしつつ、まったり過ごす上記を見て分かるように、大掃除してません。これからゆっくりやろうかと。さて、今年も1年何とか頑張ろうかと思っている。3月に退職、そして5月出産までこぎつけたい。息子の赤ちゃん返りがどの程度なのか・・・それは産んでみないと分からないのよねぇ。知りたいわ~。
2003年01月06日
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