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ので日本橋の電気街に久しぶり自転車に乗って、行ってきた。ちょうど難波の駅へ行く中間地点に、PC関係の専門店が集まりだしている。PC専門誌に、宣伝しているPCブランドショップが、その界隈に集まりだしている。私としたら、長い電気街をあっちこっち行かなくても、その周囲で、パソコンを探したり、部品を探したりする事ができるので、これはちょうどいいと思いましたね。それに、中古の商品が結構安くなっているのも、驚きました。やはり新品の製品が最近では安くなっているので、中古の方が高い値段になっては中古にはならないので、苦しいところでしょうね。でも、まだまだ使えそうな、21インチのCRTが二万円前半で、売っているのは、驚きましたね。液晶に取って代わってきているから、だんだん安くしないと売れなくなっているんでしょうね。私の場合は、17インチのCRTだから、これがつぶれたら、液晶は高くて変えないから、この中古の21インチでも良いかな、と思いますね。でも、広い場所が必用なので、それが問題かな。しかし、液晶も中古で安いものが多かったので、それも、考えに入れてもいいかな?と思っているところですね。ヘッドフォンマイクもかなり安くなって、音量調節付きで、首に引っ掛けるのが、1040円だったから、買って利用しているけど、耳が痛くなくて、良いな。音量も手元でできるから、音楽を聴くにも、いい音だな。
2004年09月27日
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話し合っているのを聞いていても、本当に人間間の、深刻な不信が横行していることが理解できますね。民族という垣根が、同じ人間が、適や味方に成って居る悲しむべき情況を理解する事が出来ます。本当の事が判ってしまえば、国や、民族という形が、いかに意味成さないものである事が判るんですが、、、、。現実を直視したら、『気を許したら、とても危険だ・・・。』という知識が多くの人々の心を支配しているようです。信じられない、、、その思いが、全ての人の心の中に、あるのではないでしょうか?しかし何でもかんでも、信じるというのは、それこそ危険でもありますから、なにを取捨選択するのか、それはその個人が賢明に選ぶことだと思います。人間とは何ぞや、、、その本当のことを理解する行動が必要であると、力説したいですね。
2004年09月19日
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最近、友人から、あるサイトを紹介された。それはmuzieというサイトで、http://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a007264 がその番地です。ここには個人が作られた、沢山のオリジナルが一杯のところです。私はその中の、ヒーリングを利用させていただいています。沢山ある曲の中で、全部調べるのは大変ですが、でもその中に、秀逸の物が、幾らかありました。その中で、homeと言う曲がありました。この曲を聴いていると、どこか懐かしい思い出を語るような、そのような心地よい雰囲気を与えてくれます。そして友人と話をして、この曲をリピートしながら、聴いていますと、何気ない思いが心の中から出てきます。そして自分のことを反省していると、かなり心を援助してくれるというのか、理解が進むんですね。でもこの様な曲を作曲できる人の気持ちは、どんな心の持ち主なんだろうと、想像してしまいますね。自分でも自分の心に合う、その様な曲が作れれば、嬉しいだろうなあと、そう思うこの頃かな。
2004年09月16日
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毎日の生活が、ただ楽しければいいだけの生活、、、考えてもそうなんだろうか?。。という疑問しか出てこないんだ。屁理屈でもなく、ただ楽しいだけを目指しているのなら、それが幸せだとしているのなら、私には、それが空虚なものにしか見えないからだ。自分の心の悲しみを隠してまで、楽しさを演じているのは、ただの空芝居としか、目に感じないからだ。でもその本人が、空洞の心の中を見ない限り、何時までたってもその空洞を、空虚な風邪だけが吹きまくっている現実に、気が付かないまま、時間をいたずらに過ぎ去らしてしまっている。本当に有能な人がその様にしている姿を見ると、私までが心悲しくなってしまう。男女に関係なく、その様な心を持っている人を見ると、もっと真剣に生きて行って欲しいと願うばかりだ。でもこの生きるという人生の中で厳しいことは、自分で気が付かなければならない、その法則が、厳しく横たわっているからに他ならないでしょう。その法則は、誰にでも適応しますから、天皇陛下であろうと乞食であろうと、天才であろうと無学文盲であろうと、関係がない。その様な、自分を理解していかなければ、折角生まれてきた楽しみが、判らないままで、終わってしまう。勿体無い話だ。拘る前に、自分がどんな人間であるかを、しっかりと見る必用があるんでしょうね。それが、本当の、楽しさを味わさせてくれるんですけどねえ。
2004年09月10日
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最近チャットをする機会があったので、やっていたが、何か違和感が起こってきたんだ。それは、こっちは真面目に相手の身を考えて話をしているんだが、どうも相手はそうではなかったようだ。私は『心』の話をしたいので、毎日の生活の中で、様々に起こる心の問題を理解するために、心の勉強をしていますが、どうしても相手の心の中に入ってしまうんですね。それを行うことが、必用なことなんだと今まで思っていましたけど、どうもそうではないと、この時期になって、よく判ってきました。やはり私自身がわかっていることでも、相手が受け入れなければ、それは判らない事に自動的になると言うこと、、ですね。それを共有したいと思うのですが、なかなか相手がその希望、願望を持たない限り、全く無意味な行為となる、、、、それを嫌というほど、理解させられました。ゆえに、そういう人に対して、どうのように考え相手をするのが良いのか???まあ、結論はありませんが、そのまま相手が自分で矛盾として理解するまで、ほって置く必要があるということに、なりました。やはり、いくら相手の問題点をこっちが理解しているにせよ、相手がそれを否定する以上、説得しても理解を示さない以上、無駄なエネルギーを放出することになってしまいます。でも、生きている限り、無駄なもの、存在はありませんから、無駄だと思わず、自分も何らかの理解をする必要があると考えます。そうしないと、勝手にしたらいいんや、と、大阪弁で、冷たい言い方をしなければいけない状態に自分を持っていってしまうからですね。優しいだけで、楽しいだけで、自分の醜い部分を見つめないまま生きることは、心を一番苦しめてしまう結果を呼んでしまうと思いますが 、でもその人はそれを正しいとは思ってはいませんが、そうしなければ、自分という存在を、そのままで生かすことが出来ないと、頑固なまでに、信じているようです。ほどほどにした方が、いいと思うんですけどね。
2004年09月09日
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世界中にテロと言う名前の、正義が横行してきている。果してこれは正義なのだろうか?問題点は、人の命を奪ったり、ものを破壊したりするのがテロの目的なんでしょうか?何のためにテロを起こすんでしょうか?ただの復讐劇にしか過ぎないその行為の根源は、宗教戦争というよりも、人間関係の不信という心の世界に存在していると思います。そしてその原因は、国家間の歴史的な争いにしかほか成りません。同じ人間でありながら、国家と言う枠に住むために、それぞれの歴史が産み出す価値観に動かされている、哀れな人間の姿が感じられます。魂が永遠であることがわかり、人間だけではなく、そのすべての霊が転生輪廻をし、生まれては死に、生まれては死にの繰り返しをしていることに理解が及べば、こんな問題は確実に無くなってしまいます。本当の姿、本当の理がわからないために、間違った理解と判断で、自分の心を自分で苦しめている結果に他ならないことを、どこまで理解できるのでしょうか?ロシアで起こった、悲しむべき惨状は、自分も人の子供を持った親ですから、その心の痛みは良く判ります。もうこの地上では二度と会えなくなってしまう結果を生んだのは、他ならない、彼等だけの問題ではなく、世界中の人々の平和を願わない、ただ祈っているだけの人の責任です。そして自己中心の心で動いている、自分勝手な暴力団の責任です。世界中の人々の責任です。私も含めて。あなたもそうです。本当の幸せがどういうものかを、国家という枠を越えて、考え、ともに実行しない限り、この悲惨な現実は、消えることはないでしょう。
2004年09月06日
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今日の朝五時に外に出たら、半袖だと、薄ら寒い気候になりました。本当に地球の一年と言うものは、変化があって、面白いものです。もちろん、赤道付近では、余り変わらないでしょうが、日本は縦長の国なので、四季の変化も、微妙に変わって、趣があります。しかし最近、ちょっとショックなことがあって、それはとある友人が、会社を辞めて、北海道に行くと、言ったからです。最近よく北海道に、遊びに行くなあと思っていましたが、住む所を探していたようです。でも実際にその様にするには、大変な労力が要りますが、彼らは、もう仕事をしないでも生活が出来る蓄えを一生懸命貯めて、その様にされたようです。一人息子さんを病気で亡くされ、それからと言うものは働き詰でした。でも彼らが、北海道で、骨を埋める生き方をするという事に、心の中では、羨ましさが起こりました。自分もその様にしたかったからです。ただ、蓄えがないから、その様なことが出来ない、そのジレンマがありますね。経済も大切。心も大切。愛情も大切。大切でないものは、愛情と光を拒絶する心です。そうならないように、毎日、心穏やかに過ごしたいものです。
2004年09月03日
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