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昨日の雨はひどかった。これをしも土砂降りと言う・・・そんな感じだ。イヌネコ降りというのは本当だろうか?今日は、台風一過の青空だった。今日のお見舞いでは、なんと27日の手術からほんの3日目なのに、尿バッグが取れてる。腹腔からの管のバッグも取れてた。今夜、今ごろ、彼女が聞いてる手術の結果と、今後の見通しを思うと、心が重い。彼女は、自分でも、ほとんど何も取れてないことを分かってる。今日も、誰か他人のことを言うような口調で話してた。でも、心は揺れてるんだ。点滴も、他の人と同じ針が入らない。両腕はカラフルに内出血してた。ほんじゃぁ。 また、明日。うん。点滴の始まった彼女に挨拶して出てきた。もう一人の友達が、見送りに来て言った。放射線のせいで胸がむかむかする。。。抗がん剤の点滴がもう一度始まって、ご飯が食べられない副作用が出たら、治療はやめてもらう。。。時間を延ばすだけやのに。。。そこにいるのは私かもしれない。私は、追加治療がなく、帰宅して、来週復帰する。同じ部屋だった二人は、病院にいる。一人は時間を区切られて。もう一人は時間を知らせられずに。私の復帰は目前だ。そして、二人の友達の癌克服への道は遠い。元気で、無事に、生きて、この世に在ることの、なんと困難なこと。。。
2004年09月30日
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お見舞いに行くと、彼女が心配そうに言う。今日からおかゆだったと言うのだ。ちゃんと取ってないんじゃないかと、彼女は、言う。その可能性を否定できないから、私はそうかぁ、間違えられたんじゃないのぉ・・・と言う。でも、彼女も、私も、取りきれなかった部分を考えている。今日は部長回診があった。たまたま、私の居る時間にあたった。私は廊下に出てた。彼女のところに来て、部長が言った。「出血しとったところはとったんやけど、 また後で、言うけど、難しいところが有って。」彼女が、回診の後で、声をひそめて言った。「後でって、言われたら気になるやん。」本当にそうなんだ、何が取りきれずに残ったのか、どうして切り取れなかったのか。私は、彼女の傷口のことを聞いたし、彼女の手術に5時間近くかかってたことも聞いた。それでも、転移を取りきれていない可能性を思っていた。勿論、当人だって同じことなんだ。肺への転移か?骨か?分からない。自分の身体のことなのに、分からないのだ。多分、もう少ししたら、私が説明を聞いたあの部屋で、彼女も説明を聞くんだ。それは、彼女がそこまで行けるようになったらと言われてる。彼女は、本当はもう歩けるし、あの部屋にだって行ける。誰が、どんな風に、彼女に言うんだろう。その時、彼女は、一人でそれを耐えるんだろうか。私は自分の主治医の先生を思う。彼は、医者として、自分の言葉が患者にどんなインパクトを与えるかを考えるんだろうか。それとも、自分の言葉に患者がどんなショックを受けるかを考えるんだろうか。後者だといいけど、少しはましなんだけど・・・彼女の主治医は日本でも屈指の婦人科医の、部長と、若い男前の先生と二人だ。めったに無いことなのだが、執刀には国立大学の医学部からも加わった。祈る他ないんだ・・・祈ろう。。。
2004年09月29日
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マルセルはゴールデンレトリバーで、飼い主は小芋の元夫君です。運動不足ではないはずですが、犬種の特徴として太りやすい。病休中の私に、元夫君は、わんこのための玄米食を勉強しろと言う。私は、普段、玄米を食べます。玄米は残留農薬の心配がないよう、大潟村から取り寄せていて、さらに、玄米発芽器で、24時間かけて自分で発芽させて、それを炊いて食べます。時間がかかるので、一度に4合炊いて、冷凍させています。元夫君は、玄米をカレーとチャーハンの時だけ、食べます。普段は白米か、胚芽米です。それなのに、私に、わんこのために玄米を用意しろと言うのです。本では、その他にも色々と用意するように書いてありました。小豆だとか、大豆だとか、ゴマ、生姜、果たしてそんなものを、玄米と一緒に与えて、わんこは喜ぶのでしょうか?分かりませんが、とりあえず便秘気味のわんこのために、牛の赤みのひき肉のスープに蒸し大豆を加えて煮てあります。私は発芽玄米に黒豆の蒸したのを炊いて主食にしていますが、さすがにわんこのために蒸し黒豆の缶詰を使うのはやめました。だって、高いし、もったいないんだもん。そこまで私に要求しておきながら、元夫君は水道の水をわんこに飲ませています。我が家では水は3段階あります。水道水・蝶々さんを通した水(磁気を通す)・アルカリイオン水普通の料理は蝶々さんを通した水。アルカリイオン水は元夫君の毎日の水出し番茶のためと、私の玄米を砥いだり、発芽させたり、炊いたりする水。せめてマルセル君の水を磁化水にしてからでしょう。そう言いましたら、早速水道の水を捨てて、汲み直して来ました。わんこにも元気で長生きしてもらわないと、元夫君のメンタルケアを続けてもらえないですからね。せっせと、何でもしますから、わんこちゃん元気で居てね。あなたが来てから元夫君はかなり元気になりましたからね。手がかからなくなった元夫君・・・その分、わんこの食事に手をかけるってことかなぁ。。。
2004年09月28日
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後、一週間で完全復帰。できるんだろうか。。。考えてみると、退院した当初の元気さは、術後にしては、元気だったんだなぁって、思い当たる。昨夜、右ひざが痛くて眠れなかった。今まで、左ひざが痛くて眠れないことはあっても、右ひざは初の体験だ。何かをすると痛いのではなくて、ただ、横になってるだけで痛かったから、痛みに耐えかねてゲルマニウムのプチシルマの7粒シート張りを、豪勢に2箇所貼った。でも、朝まで痛かったから、朝、6箇所貼りに貼りなおした。右ひざだけでプチシルマが42個も貼ってあることになる。さすがに値段が張るだけあって、貼る箇所を増やすと、何もしてないのに痛い不快感はない。でも、数が悪いから、今夜は、少し1粒貼りを何箇所か足そう。左の膝は今から30年も前から故障中だ。でも、右は左をかばってのことなんだろうか。JRの階段の昇降くらいしか、心当たり無いけど、もしかしたら、思いがけず久しぶりの運動かもしれない。休みをとる前との運動不足の落差が激しかったから・・・それに低温と、湿度かなぁ。。。情けない。小芋、まだ45才。自分の90になってるおばあちゃんの半分しか生きてないのに。両足が故障中では楽しいことも楽しめない。右足の痛みそのものよりも、右足が痛いことのショックの方が、よっぽどこたえた。例によってプチお見舞いに顔を出して、今日は、お兄さんとご両親ともしっかり会ってしまった。お兄さんは初めてだなぁ。私は高速道路をちょいと使って、往復しても1時間と少しだけど。はるばる何時間もかけてご両親はでて来られてる。彼女の手術が無事に早く終わることを、祈りつつ、今日は、彼女から借りてるスタジオジブリのDVDの続きを見よう。真面目なDVD、彼女と、私との共通の関心である「食」に関するNHKの番組。そう、「人間は何を食べてきたか」なんだ。すごくお勧めのDVDなんで、家には元夫君の録画したビデオが、揃ってるけど、ついつい借りちゃった。返すまでに、自分も注文して買うかどうか決めなきゃ。昨日は8巻の内の1を見た。今日は2だな。一週間で見切って、丁度、復職に備えた良い勉強だ。昆虫食を扱っていないのが、本当に残念なんだけど。まぁ、日本では受け容れられにくい映像になるからかなぁ。。。さ、お勉強、お勉強!!
2004年09月27日
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同室の一人が自宅に外泊許可で帰っているから、手術を前に暇にしてるだろうって思って、なんとなくお見舞いに。注文してた水道水の浄化用のボトルがまだ届かないし、仕方なく手ぶらで出かけた。明日手術なんだから、どうせ、何を持って行ってもムダになる。彼女に入れてもらって、彼女の中国茶を飲み、彼女の玉露を飲み、彼女と中国のお茶の話をした。私が注文した中国茶は、もう届いてるけど、彼女もこの間買ったばっかりだし、手術後に飲もうって思って、7種類の中国茶のそれぞれの説明書を持っていった。餅茶のこととか、話しながら、ジャスミンが7つつながって飛び出してくるお茶を飲む。帰り際に、彼女が作ってくれた天然石のビーズジュエリーをもらった。その上に、外泊中の人のも含めて、入院中の二人が、食事制限で食べられなくなってるお見舞いの食品を、いっぱいもらって帰る。葡萄・メロン・柿・チョコレートケーキ・・・・来た時は手ぶらなのに、帰りには、重いくらいのお土産・・・ヘンテコリンなお見舞いだ。明日は手術だね。うん、午後の手術。えー、朝じゃないの?うん、先生も絶対朝って言ってたのにさぁ・・・何人?3人やって。5時間くらい?うん、そのくらいはかかるって。復職の話とか、中国旅行の話とか、お茶造りの話とか、みんな、本当にしたいからさ、手術頑張ってね。きっと、きっと、元気になって、退院してね。そしたら、一緒に中国に行くよ。きっときっと行くからね。
2004年09月26日
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<チチコグサモドキ>…表面がつるつるなのに、裏が真っ白の毛だらけ。大嫌い。しつこい。…名前も嫌い。最悪の名前だと思う。ハハコグサの対極! <イノコヅチ>…にっくきヒッツキ虫! いくら関節の漢方薬でも嫌いなものは嫌い。 <キンミズヒキ>…上に同じだ。西洋金水引(アグリモニー)も、嫌い。最初に植えたのは、確かに私だけど。。。反省。 <ヌスビトハギ>…名前にしてからが、品がないじゃないか。 <ヘクソカズラ>…上に同じ。だけど、くっつかない。でも、臭う。これで、ハンドクリームができると漢方の説明にあるけど、臭いはどうなるの?嫌いなものを思いつくのは簡単だけど、説明するのは簡単じゃない。生理的に嫌いなものは自分が悪いんだけど。。。きちんと理由があるものは、引っ付くことが共通点だ。あるいは、すごくしつこいとかさ。しつこくても、三つ葉やレモンバームは平気。ドクダミも。。。そう言えば、英国王立園芸協会の新・花と植物百科は、楽しい。斑入りのドクダミとか、斑入りのミズヒキソウとか、オニシバリとか、そんなのが、ヒマラヤの青いケシと同じように取り上げられてる。蕗の雌花なんて、アップで載ってる。そんな中から、第二・第三のユリや、ツバキ・ギボウシが生まれるんだ。こうしてみると、レンゲショウマって、感動的にきれいだった。。今日は、移動で忙しかったのに、図鑑を堪能した。。。ちょっと、幸福な気分だった。図鑑好き。これは、もう、40年来の趣味だから。変な小芋である?
2004年09月25日
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庭の、片隅に、吾亦紅が咲いています。実家の庭なんだけど。昨日は行けなかったお墓参り、今日は、お花も買って行った。青紫と、ピンクの竜胆を選んだ。後は、お店で適当につけてくれた。まん丸のポンポンみたいな菊。真っ白。なんと、花屋さんに黄色い彼岸花を売ってた。びっくり。どうですかって、聞かれた。庭に咲いていますって、言ってびっくりされた。普通、見かけないよねぇ。我も恋ふ 汝も思へと 彼岸花我此岸 胡蝶の夢か 汝彼岸
2004年09月24日
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冷たい雨が降っている。今日はお彼岸のお参りに、お寺さんが来てくれての日なんで。実家に里帰り。朝からえっちらおっちら新幹線を乗り継いで帰る。71歳の母が、眉の書き方を変えたらしい。なんだか、勇ましいメイクだ。妹に癌病棟の話をしつつ、検診を真剣に勧めた。床の間に飾ってある花の中に、吾亦紅があった。実家の庭には、私の植えた、希少な黄色の散り斑入りの品種がある。でも、冷遇されている。花が咲かないと母が苦情を・・・こっちが言いたいぐらいだ・・・ぐっとがまんする。吾亦紅・女郎花・撫子・桔梗・竜胆・秋の花は、みんな優しい名前だ。萩だって、秋萩と言えばいっそう優しい。私は、彼岸花が好きだけど、梔子と一緒で、咲き仕舞いが哀しいところが、残念だ。赤い彼岸花は特に、仕舞いが難しい。芙蓉のように、翌日には落ちれば潔いのだけれど。美しい花ほど、咲き仕舞いが難しい。日本人が、散る花を好むのは、故あることだと、つくづく。どうか、アルツハイマーになりませんように・・・容貌は、もともとが、ウマノスズクサ科の植物だからね。。。
2004年09月23日
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今日は退院以来の診察日。病理検査の結果が出る日だった。ゆうべは寝付けなくって、大丈夫って言いながらも緊張してる自分が居た。先に病室に寄った。元気そうな顔を見て一安心。手術が迫ってきて、カテーテルが入ったのが、不快だと言っていた。本当はどんなにか辛いだろうと思うけど、にこやかに、迎えてくれた。お部屋の卒業生で、もっと大変な、手術も出来ないで、放射線治療だけの方が、私と同じ先生の診察を受けに来ているから、いっそう晴れやかな笑顔を準備していたんだろうって、思う。待合室に行って、呼ばれて、中待合で、そのお部屋の大先輩と会った。私は部屋で一緒だったことはない。でも、前に痛みで動けずに車椅子で来られてた時、食堂と外来とでお見かけしたから、それと分かった。何より、大先輩の襟元には、私と同じ部屋で若い彼女が一生懸命作っていたビーズのネックレスが。背骨への転移の検査の結果を聞くのだという。私の内診が終わった。退院前の内診で、最後の直腸診の痛みと驚きに、「最悪!」と叫んだ私。叫ばれた方の先生も覚えていたんだろう、「これからまた、いやな思いさせるけど、がまんしてな。」と、前もって言われた。もう、前のようなショックはなかったし、実際、前ほど痛くはなかった。でも、次回の診察もあるのかと思うと暗くなる。。。先生から、「病理検査の結果も大丈夫やから。」といわれた。ほっとした。大丈夫じゃなくても、追加治療はしないつもりだったけど、必要ないのはやっぱり嬉しい。診察室から出て、大先輩に挨拶をした。それから、待合室に出たら、手を振る人がいる。こんな人知らんでぇ・・・と内心思ったが、にこやかに挨拶した。「どうだった? 追加治療は?」と、聞かれてやっと思い出した。「なくて済んだよ。ありがとう。」「そう、良かったねぇ。」「あと、3週間したらまた、来るけど。。。」そうだ、いつも食堂で話してた人だ。パジャマで素顔しか知らないと、着飾って化粧した顔は、判別不能。私?私は、いつもと同じ上着を羽織ってたし、いつもと同じノーメイク。。。うーん、変装しようがない。もう一度病室に戻っていって、しばらく話していたら、若い彼女が、帰ってきた。大先輩は、頚椎に、転移が確認されたそうだ。これからは、緩和ケアに入るんだろうか・・・だったら、彼女は自宅がいいと言ってた。ご主人は、仕事を辞めて、ずっと一緒にいるんだと言った。私の両親ぐらいの、カップル。帰りのハンドル、さすがに、重かった。。。若い彼女も、今日は、また、泣くんだろうか。前に大先輩が車椅子できたときは、一晩泣き明かしてたという。互いに気遣いあい、労わりあって、癌病棟の仲間は生きていく。命を生き尽くすんだ。
2004年09月22日
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初めてハナカタバミを見たときのショックを覚えている。もう、何十年も昔、( 注 小芋は、45歳)小学校からの遠足の時だった。本州の西の端、下関市の裏日本側の一番端っこに、吉見という小さな町があって、そこに竜王山という山がある。その山に小学校から全校生が登る。学年に応じて目標地点が変わる。多分まだ、4年か5年くらいの時だ。行く途中の道の民家の塀際に、ハナカタバミが咲いていた。カタバミも好きな花だった。ムラサキカタバミはもっと好きだった。でも、はるかに大輪のハナカタバミの咲き誇る姿に、私は心を奪われた。欲しい! そう思った。花が欲しいのではなくて、株が欲しいと思ったのだ。それまでは、野原や山に咲いている植物を欲しいと思えば、いくらでも持って帰って植えていた。自宅の裏山は国有林だったから全部自分のものだった!一面のスミレも、咲き誇る春蘭も、薫り高いスハマソウも。。ハマユウ・ハマゴウ・ハマヒルガオ・ハマエンドウ・・・でも、明らかに民家の塀際、人様のものだ。私が、園芸植物で、植えてあるのを見て、欲しいと思った、その最初の記憶は、このハナカタバミなんだな。今でこそ、オキザリスといえば結構知られた花だけど、今から35年近い昔、名前も分からない花を手に入れるすべはない。土地を手に入れて家を建てた時、裏庭は、私の25年間の物欲の、あふれかえった庭になった。白い彼岸花も、ハナカタバミも、勿論そこに植えられていた。そして、今も、ハナカタバミは咲いてくれる。やっぱり、黄色い水仙を注文しよう。ふとそう思った。日本水仙の黄色、小学校の時に荒れ果てた花壇に咲いているのを見た。緑に飲み込まれた花壇から、救ってやれなかった記憶がよみがえった。ジョンキルともまた違う、濃い黄色とオレンジのカップの濃淡。こうやって書くことで記憶がよみがえり、紡がれ、子供の頃の自分に向き合える。
2004年09月21日
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昨日の夕方、庭で台風の後片付けの一部を燃やした。生い茂ったアップルミントの中に、くっきりと、ピンクの花が咲き出ていた。ああ、コルチカムって、すぐには思い浮かばなくて、イヌサフランという先に覚えた名前が出てきた。もしかして、呆けが進んで、古い記憶が先行するようになったか?以前熱心にハーブを作っていた頃は、サフランもたくさん植えて、めしべを摘むのを楽しみにしてた・・・そう言えば、身体のために飲んでたなぁ。生理痛がひどかったし、冷え性だから。考えてみれば、もう、一生生理は来ないんだ?不思議だ・・・小さいながらも子宮筋腫があって、生理がすごく重かった。10年前くらいからだったかなぁ。夜はオシメみたいな状態だった・・・仕事のストレスから来る若年性の(でもないか?)更年期障害で、生理の周期が早まって、かかりつけの産婦人科で検査したのは、3年前42歳の時だ。血液検査で、ホルモン量の減少を言われ、貧血を指摘された。中用量のピルを処方されて、様子を見て、副作用を自覚しなかったので、低用量のピルに切り替えた。そして、「それまでの人生はなんだったの?」と思うくらい、生理は軽くなり、楽になっていた。代わりに子宮体癌のリスクを負ったので、検診を受けることが日常に加わった。体癌にはならなかったけど、思いがけない癌で子宮や卵巣を手術した。45歳は卵巣を残すかどうかの境目だと、医師は言った。若ければ、残したろう。50に近ければ迷わず手術。では、46なら、47なら、悩まなかったか?私は、今でも悩まないし、後悔もしない。「その時はその時」いつも、自分の選択を肯定し、歯を食いしばって選択を肯定できるまで努力してきた。これから自分が向き合うべき時間、45歳で両卵巣をとったことは、更年期のさまざまな症状を思えば、リスキーかもしれない。しかし、これまでの3年間とは違う新しいタイプの薬ももう、成人病センターでの手術を決めた後で、いつものかかりつけの病院の医師と話し合って決めている。庭仕事はやっぱり無理があったみたいで、夜からわずかに出血した。今日は反省して、午前中ジダラクに寝ていた。無茶とジダラクを調整するのが難しい・・・
2004年09月20日
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二階のベッド脇の窓からも、はっきりと分かるくらい、今朝から黄色い彼岸花こと、肥後の鐘馗水仙(鐘馗蘭とも)が咲き始めた。白やクリーム色の彼岸花の中でも、一際目立つ剛毅な花。早速2本手折って、近所の友達の家に届けた。2本じゃ寂しいと思って、白のいいのをさがしたけど、どれも植えてから長いから、先祖帰りして朱がさしている。純白の花は、もう咲きに何本か開いておわりかけている。クリームイエローのは、形がもう一つだし・・・困っていたら、台風で折れたポポーの木の下に、小ぶりの花があったので、それを添えて持っていった。リコリスが好きで、何度も買って植えてきたけど、白は、本当に不安定だ。最初から、花の形に繊細さを欠くのもあるし、毎年次第に色が混ざるのもある。私の欲しい、純白のは、結構難しいのだ。「葉無し花無し」だから、球根を特定するのも難しい。厄介だったらないのだ。プランターの中で、植えたことさえ忘れてしまってたのが、今年一番白かった・・・ごめんね。大事にするからねって。声をかけてしまった。おっと、水遣りの時間だ。天気予報の嘘つき!
2004年09月19日
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秋の風 吹き渡る虫の声 るりるりり荒れ果てた裏庭に、さまざまの虫の声が、困った雑草も、虫たちのお宿なら言い訳を考えて、そのままの裏庭窓を開け放して、虫の声を楽しめて、エアコンの要らない季節の嬉しさ。鳥のさえずりとか、虫の鳴き声を写真を押すと流してくれる、そんな子供向けの絵本があるといいな、あるのかな。酔芙蓉 日毎早まる 笑み上戸
2004年09月18日
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今日は、北斗さんのために、私の訳した「千の風」を書きます。 風は空へ墓前に立って泣かないで僕はそこにはいないもの眠ってなんていないんだ吹き抜けてゆく千の風雪にきらめくダイアモンド穀物に恵みを与える陽の光そして優しい秋の雨あなたが朝のしじまに覚める時静かに輪を描(か)く鳥のように風は空へ すばやく 高く 舞い上がるそして夜 そっとやさしく光る星墓前に立って泣かないで‥‥僕はそこにはいないもの僕は ずっと 一緒だよ大好きな英語の原詩も載せますね。色んな原詩が紹介されていますが、一番好きなのを選びました。作者不詳だから、色んな形になったのでしょうね。「僕」としたのは、息子さんをなくされたお友達のために訳したからです。原詩は、韻のきれいな詩なので、音を重視して訳しました。I AM NOT THERE Do not stand at my grave and weep; I am not there, I do not sreep.I am a thousand winds that blow.I am the diamond glints on snow. I am the sunlight on ripened grain. I am the gentle autumn's rain.When you awaken in the morning's hush,I am the swift uplifting rush of quiet birds in circled flight. I am the soft stars that shine at night. Do not stand at my grave and cry; I am not there, I did not die. < Author unknown >この、英語の詩と私の訳は、(知らない内に!)ベテランのジャズミュージシャン、加藤さとるさんと浜崎むつみさんによって曲がつけられていて、お二人のコンサートで、演奏されています。初演は、オーストリアのウィーンで、国内の初演は北九州市だったそうです。
2004年09月17日
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落葉樹は本当に塩害の被害をくっきりと見せている。木々は、風にあたった方向の半分が葉を落としたり、黄色くなったり枯れたりした葉が痛々しかったりする。常緑広葉樹は一度葉を落とすと、あとの回復が難しい。我が家のフィジョアもツバキや山茶花も心配だ。でも、どうしてやることも出来ない。祈るばかりだ。今日のお見舞いは、野菜ジュースの飲み比べだったけど、味覚の変化してる彼女がおいしく飲める野菜ジュースが、なんとか見つかって、よかった。でも、意外にも彼女の一番気に入ったのは、番外に持ち込んだ大豆そのままの「豆」だった。昨日自分用に「すごい大豆」(大塚製薬)を買いに行ったら、KAGOMEから、「豆」って言う、同じような商品が出てたので、ためしに買って、豆乳が飲めるなら、いけるかも・・・って、持って行ってみた。豆乳と違うのは、「豆」も「すごい大豆」も、繊維にあたるオカラの損失が無いこと。大豆をそのまま極微小な状態にまで粉砕してあるらしく、繊維質が豊富だ。私はそのままでも好きだけど、普通の人にはおいしいとは。。。私の飲みは、この、繊維タップリの「すごい大豆」と、ニオイ消しのパイナップルジュースを混ぜて、そこに、流行の腸まで届くとか言うヨーグルトを混ぜる。大体2:1:1か、豆乳も加えて3:1:1か・・・密封して冷蔵庫に入れます。24時間で、ヨーグルトになっています。密封だし、冷蔵庫で作るんだから、私は平気で二日間ぐらい冷蔵庫においています。パイナップルジュースは、豆の生臭さを完全に消します。それに、ヨーグルトができるのが面白くて。豆乳で造るより、「すごい大豆」とかの方が面白いよ。実際、混ぜた直後でも、生臭くなく飲めます。どうして大豆かというと、勿論、女性ホルモンの不足を危惧するから。卵巣なくなったんだもの。実は、手術が決まった時から、作って飲んでいます。入院中に飲めなくって、辛かったです・・・飲んでると、絶対に便秘なんかしないんだもん。大豆の繊維もすごいパワー?
2004年09月16日
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お友達が雲南アサガオの苗をもらったそうだ。ミルキーウェイとかって、言われてる品種だと思う。琉球朝顔と違って種ができるようだけど、詳しいことが分からない。インターネットで見る株はどれも、越年していそうなでっかい株に育っているんだけど。琉球朝顔みたいに挿し木で簡単に繁殖するかなぁ?どなたかご存じ無いですか?今日は、午後、病院にお見舞いに行ってきた。やっと手術の日程が決まったって、聞いた。にこやかだった。呼吸器への転移が心配されると言われたって。若い人の癌は、進行が早く、転移も速度が速いんだろうな。「何か欲しいもの無い?」って聞いたら、「明日のお昼にナポリタンを一緒に食べに行きたい。」そうで、明日はお昼ご飯を病院内の喫茶店で3人で食べることに。病室の話題は、食べ物と排泄が中心だ。私はリンパ廓清をしなかったので、排尿の困難は無かったけど、癌が進行している人たちは、排尿の困難が伴う。膀胱の訓練で自律排尿できるまでは、涙ぐましい努力が必要なんだ。私の場合は、子宮の周囲への影響はまったく無かった。それでも、子宮と卵巣が無くなったあと、排尿時には緊張が伴うし、便秘に注意しないと、下腹部に力が入らない。無くなった臓器のスペースが腹腔内にもたらす変化は、大きい。見えないのだけれど、とっても大きいのだ。手術の前には、知らなかったことがたくさんある。想像できないことは前もって聞いておくことも出来ない。人間は、自分の理解の範囲でしか質問しない。患者になってみて初めて見えてくること、知ることがある。入院してからは、簡単に外出も出来ないから、体験入院は無理でも、入院する予定の病棟の病室を見学する、あるいは患者の話を聞いてから準備をする、そんなシステムがあるといいのにって思った。一人暮らしの人や、夫婦だけで夫が忙しい場合、結構不自由でも我慢してしまうケースが多いだろうって思った。時間に余裕が出来たら、フリーページに入院のことも書こう。書いておきたいと思った。癌で、髪が失われていく時に、肌触りの良いキャップや、使い勝手のいいバンダナの工夫、そんなことも、上げていきたい。今日のお見舞いに行った先の彼女のバンダナ使いは、おしゃれだったよ!
2004年09月14日
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あっという間に、そこここに群れ咲くヒガンバナ。一年の内の、本の短い期間だけ、印象的に咲いて、無残に枯れる。冬に美しい葉の出ることを知らない人が多い花。種を結ばない花。ヒガンバナは、チューリップとかと一緒で、自分で地下にもぐる。そして、花が咲かないあいだも、美しい葉の枯れてる春から夏も、地中にしっかりあって、畦を崩さないように守っている。今日は、月曜日だ。先週の月曜日の朝、私の執刀医の先生は、ホッチキスの針を取りに来てくれた。マジ?って思ったけど、4人部屋の自分のベッドで、カーテンだけ締め切って。私は最初、メガネをはずして観念してたんだけど、一生にそう何度もない経験だって、思ったので、枕を高くして、メガネもしっかりかけて、ホッチキスの針を抜くのを見てた。コの字型の針を専用の器具で挟むと、針がWの形に近くなって、すっと、抜けていく。27本の中で、痛かったのは一回だけ。うそみたいに、痛くなかった。 (そもそも、私は、痛みに鈍感である。)最初はお臍のほうから、どんどん取っていった。途中から、一つ飛ばしにして、後から抜くのが普通になった。私が、「一生に何度も無い機会だから」と言うと、先生は「まあ、2度3度の人も、いはるけど・・・」と、しれっとして言う。そんなところが、持ち味の飄々とした先生だった。そっけなさ、愛想の無さが、持ち味の先生だった。看護婦さんが笑いをこらえている。漫才みたいだったんだろう。私の執刀医は、結構強面の先生なのである。腕は確かで、説明も的確、でも、素っ気無い。私は、彼のキャラにあたる光の位置を変えたかった。自分の担当の医師とは、強い信頼関係が必要だと思う。信頼できる率直な人だけど、手術以外は不器用な人だと思った。更に一週間前の8月30日は、子宮と卵巣の摘出手術の日だった。ベテランの執刀医にとっては、気楽な手術だったはずだ。大抵の手術では、リンパ廓清とか転移の除去とか・・・そんな病院だからね。私は、夕方の5時に目を覚ました。簡易酸素マスクが付いているし、足には血栓予防のエアマッサージャーが付いてる。左手には、点滴がついてる。背中には痛み止めの薬が入るように管がついたまま。勿論導尿されてる。。。しかも、この日は、ほら、台風の日だった。一晩中ナースが出入りする。大嵐で、停電する。エアコンが切れる。とうとう、一晩中眠れなかった。あの中で眠れるには強力な睡眠薬が必要だったろう。私は、飲まなかったから、大嵐を体験できました。その晩は、個室の広いガラス面が、風圧で割れる恐怖があった。同じ日の午前中に、最初の4人部屋で一緒だった人が、手術。彼女の手術は長引いた。親族の人は術後の説明で泣いてたって。同じ部屋だったし、一緒にずっとご飯を食べてた。彼女は、病理検査の結果が出るのは早かった。本当は、手術の日に、分かってたんだと思う。入院前の抗がん剤もひどすぎる副作用ばっかりで、彼女の癌を小さくしてはいなかった。私が退院する日の前の晩ご飯の時、彼女は、言った。「明日、朝、一緒に下の喫茶で、モーニングしよ!」私は、もうパンを買ってたんだけど、「うん!」って、答えた。退院の朝のモーニングは、彼女の食べ切れないサンドウィッチと、私のトーストとで、お腹いっぱいだった。彼女の「このままやったら1年か2年って、言われてん。。。」彼女は、それまでも何度も、延命のための抗がん剤や放射線治療を絶対に受けないって、言い張ってきていた。抗がん剤が合わなくて、下痢の他に、味覚と嗅覚が変わる副作用。ほとんど食べられない状況だったから、仕方無いかもしれない。「まあ、先生に任せますって言うたんやけどな・・・」それで、5年生きられる確率が35%くらいにはなるらしい。胸まで一杯になった。彼女は、手術の前にも輸血用の血が不足すると言われて泣いていた。RH-のAなのだ。ギリギリの線で輸血は要らなかった。でも、今後はわからない。取れるリンパはみんな取ってあるけど、転移があれば次の手術も。モーニング代は、彼女のおごりだった。小柄な彼女の肩に抱きついて「おごってなぁ」って言ったら、あたりまえやん、って、言われた。退院してからも、最初の同室の二人のこと、ずっと考えている。手術の終わった彼女と、まだ手術できるところまで行っていない、若いもう一人。45歳の私と丁度10歳ずつ上と下。人生には色々な大岩やでっかい穴ぼこがある。大岩は、準備して、あたれるけど、穴ぼこには、気付けなくて、知らずに落ちることもある。落ちた時の自分を考える。考えずにはいられない。
2004年09月13日
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先週の日曜日にはまだ、私のお腹には、おヘソのすぐ下から27本の、ホッチキスの針が丁度でっかいムカデみたいに張り付いてた。その幅は1センチも無いんだけど、長さは15センチ以上。個室から移された4人部屋の先輩方から、聞いたんだ。ホッチキスの人も居るし、糸の人も居るって。私は、8月30日の夕方、麻酔が覚めて最初にホッチキスの針を見たとき、冗談だろって、思ったよ。聞いてなかったって言うか、思ってもみなかった。当然、糸だと思うじゃない。縦に並んだホッチキスを、透明な巨大バンソウコウが覆っていて、更に肌色のバンソウコウで周囲を密閉してあった。ホッチキスは、豊満な人には使えないそうだ。これから開腹手術を受けるかもしれない人は、痩せておきましょう。お医者さんの技術が高くても、脂肪が多いと開腹手術は難手術なんだって。部屋の先輩方は教えてくれた、今は1センチ未満の針の穴の幅が、抜糸をすると伸びるんだって。つまり、かなり強引に周囲の皮膚を寄せてとめてあるらしい。さて、私の針の幅は、どのくらいに伸びたでしょうか?今日の水遣りのときに、ついでにオビカレハの幼虫を駆除した。明日は、仕方なくイラガの幼虫を駆除する決心をした。だって、もう2センチほどある幼虫が、ナツメの葉を食い荒らしてたから。刺されませんように!玄関脇のプランターのパイナップルミントを剪定した。お腹の傷が癒えたら、裏庭のアップルミントを駆除して、全部パイナップルミントにしたい。でっかい園芸用のフォークを買うぞ。まだまだ先の話だけどね。やれやれ、腹部の違和感は健在です。
2004年09月12日
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自宅療養中の身の上だけど、庭の水遣りはしている。夫は、してくれていたが、まったく不十分だった。こうなったら、他の家事はほったらかしでも、水遣りだけはきちんとしようって思った。夕方のベストタイムに30分かけて、植木鉢とプランターにだけ。台風で荒れ果てた裏庭には、しばらく入りたくない。現実から目をそらしてる。。。そんな中で、今私の目を楽しませてくれてるのは、ヤブランの紫の花穂!なんて素敵なんだろうって、これって完璧な植物の一つ。アオキに並ぶよね。ヤブランは2種類植えてある。一つは現在大流行してる斑入りのヤブラン。家を建てたときにもらって植えたから、もう、19年以上になる。斑入りなのに、強光下でも葉焼けしないし、元々藪に生えてるから耐陰性は抜群。一年中美しい葉を楽しめる。春先の噴水のような新葉の展開も美しい。秋の初めに咲き始める紫の花穂も長く美しい。その上、この後、緑から紺色の実も楽しめる。特殊な根を持ち乾燥に強く、のどが渇いたら、掘り返して貯蔵根をかじることもできる。ほのかに甘い貯蔵根は、漢方薬として、ジャノヒゲの麦門冬と同様の効果がある。すばらしい!勿論、山から掘り出してきた緑の葉のヤブランもきれい。濃緑の葉は、斑入りとのコンビネーションがすばらしい。葉の美しさではヒガンバナに劣るけど、冬しか楽しめないヒガンバナの葉に比べて、一年中濃緑色である点を評価しよう。皆さん、ヤブランを楽しんでいますか? *ヨーロッパで改良された白・ピンクなどの花もあります。 たしかリリオペって、言ったけか・・・?インドアで一年中楽しめる斑入りのヤブランをどうぞ。おなかの傷跡は、まだ、くしゃみと咳が怖い。
2004年09月11日
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咲き始めのマンジュシャゲは、白だった。シロバナマンジュシャゲを始めて見たのは図鑑だった。牧野富太郎の植物図鑑の挿絵だった。赤しか知らなかった極普通の少女だった私は、是非、白いマンジュシャゲを見たいと思っていた。実物を初めて見たのは高校1年生の時だった。通学路のヤブに、ひっそりと咲いていた。欣喜雀躍したかったが、たださえ変人の誉れが高かったので、かなり我慢した。今でこそ、アルビフローラは、園芸品種として、どこででも手に入るようになっているが、当時では、そんなことはありえない。やはり突然変異種だったのだろう。私の高校時代はもう30年も昔だ。なんと言ってもキシャポッポで、通って、更にそこから峠越えの通学路。そこで見たのだから、感動は深かった。球根の販売を知って即行で買い求めた日からでももう、20年。白いマンジュシャゲは、今年も咲いてくれている。マンジュシャゲは赤じゃなきゃだめだと、譲らなかった娘に、私も譲らなかった。赤も好きだけど、白には、格別な思い入れがあるのだよ。お母さんはね。。。もうすぐ、黄色のショウキズイセンも咲くだろう。。。。彼岸はそこまで来ている。私は此岸にいるんだが、ヒガンバナは大好きな花。。。お母さんは、白だぞ!
2004年09月10日
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入院前まではせっせと花芽を摘んでいたから、バジルの花は見なかったのに、帰ってみると花盛り。透明感のある白い花。バジルの葉は、決して花を引き立てるような色じゃない。昔せっせとハーブを育ててた頃ダークオパール、ホーリーバジルなんかは、結構白い花を引き立ててきれいだった。来年はもう一度ダークオパールを植えてみようかな。今日はぼちぼちの一環で、水遣りのあと、琉球朝顔をカット。もう一つ、自慢のアカメガシワを枝打ちして、新芽を挿し木した。適期じゃないからダメかもしれないけど、なんでも、ダメ元。入院前に自動にセットしておいたのに、停電のせいなのか、一階の二部屋用の除湿機が止まっていて、ドライフラワーを飾ってある部屋の湿度が高くなっていた。昨日から最強にしてフル稼働。やっと、湿度が50%まで下がってきた。スターチスも紫陽花もきれいな色のまま置くには、結構気を遣う。でも、生花を飾れない部屋には、自分で作ったドライフラワーが嬉しい。今年のメインはなんと言っても紫陽花だな。11月に職場で飾って欲しい人にあげようって思っている。自分の作ったものを差し上げて喜んでいただけるのは、本当に嬉しい。苗でも、ドライフラワーでも。
2004年09月09日
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手術からたった9日目の朝には退院を余儀なくされた。経過がいいんだから当然だ。癌の専門の病院に入院してくる人たちのほとんどは、私よりもずっと大変そうだ。手術を受けられる状態まで先に抗がん剤の治療を受けてきている。私なんぞがベッドをふさいでいては罰があたるというものだ。昨日、手術の執刀医との詳しい話し合いをした。切り取った子宮の組織についての精密な検査が済むのは、まだまだ先のことだ。2週間後に外来受診することになっている。昨夜の話し合いでは、検査に出した子宮の状態から見て、仮にAMであったとしても、追加治療の必要はないとの判断。AMでなければ、もちろん、今後は無罪放免だが、AMであっても、無意味な治療は要らない。嚢胞の様子から見て、転移はないだろうと、主治医は話した。これからは、自宅治療という名前の、自分との戦いだ。無理をしたい気持ちをきちんと押えて。。。。術創はきれいだし、眠りにくい以外は問題はない。眠りにくいのは、別の問題だから、今のところは順調だ。庭の片付けをしたけれども、我慢しようと思った。おいおいにしていく・・・ゆっくり、ゆっくりを、言い聞かせながら。
2004年09月08日
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