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*意識とクオリア2*その226*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*意識とクオリア2意識とはなにか最も根本的な、「意識」の定義を五つ挙げてみよう;「人の中にある(意識し)感じ味わう能力・機能・働きのようなものとその実体であって情報処理能力・機能を含まないもの(またはそれを実現しているハードウェア=意識の器)」「任意の人がその人であることを担保する形而上的なもので、(意識し)感じ味わう能力・機能・働きのようなものとその実体であって情報処理能力・機能を含まないもの」(任意の人=すべての人がひとりひとり)(形而上的=物質的・肉体的でなく、手で触れられない・精神的・霊的)「人において、目が覚めている時と、眠っている時の違い(機能している・機能していない、という違いのある機能)の中で、情報処理能力・機能を含まないものであって、(意識し)感じ味わう能力・機能・働きのようなものとその実体」「人間において、一生変わらない形而上的なもので、(意識し)感じ味わう能力・機能・働きのようなものとその実体(情報処理能力・機能を含まない)」(人間において、意識(と性別)以外は、どうにでも変わっていく、さっさと変わっていく)「人間において、形而上的なものは(も)分業になっていて、その中のひとつの機能のようなもので、PCでムリに例えれば、モニター(画面)にあたるものであって、(意識し)感じ味わう能力・機能・働きのようなものとその実体(情報処理能力・機能を含まない)」類似しているように思える概念に、「認識」、「認知」、「知覚」、「意図」、「思考」、「配慮」、「思考」、「意志すること」、「思うこと」、「考えること」、「気をつかうこと」、「感じること」、「味わうこと」、などがあるが、それらは情報処理の範疇(カテゴリー)に入る。それらは「意識」とは異なる。それらは分業になっている。ただし、「感じること」、「味わうこと」、は、意識を例えるのに最適である(知覚もそうである)。つまり、「意識」というものは、意識し感じ味わうだけの働きをもっていて、その他の人間の精神活動のもつ能力・機能・働きはもっていない。注)意識の定義の中に、「意識」という単語をカッコして入れているが、念のために入れた。入れた方がはっきりするからである。注)ここでは、ほかの動物に意識があるかどうかは論じない。注)このブログによく登場する「意識の主体」という単語・概念は、「意識」あるいは「意識の器」または「意識において他の意識たちと区別されるなにかを含んだものを含んだ意識という概念の実体をも含むところの意識」である(わかりにくいことおびただしい・はなはだしいですね)→「意識において他の意識たちと区別されるなにかを含んだところの意識という内容の実体をも含んだところの意識」→つまり、Aさんの意識、Bさんの意識、Cさんの意識・・・というふうに、意識たちはそれぞれ独立し区別されているが、その独立・区別される(する)なにかをも含んでいる意識(それを特に強調する)、といったような意味・内容です。その分業について(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)新しい資本主義・精神的資本主義3現在の形の金融資本主義は、崩壊を迎える段階に至ったようである。このブログで、崩壊する理由・原因・そのメカニズム、についてはある程度述べてきた。生産・消費の不必要な暴走、必要のない活動まで行うこと、地球環境破壊、などなど、人類がやりたいままに行動してきたら、世界が壊滅しそうなところにまで到達してしまった。共産主義・社会主義の多くが崩壊した時点で、質の対を失った資本主義も不安定になっていき、崩壊していくはずである、という予想が、質の科学によってなされていた。それがいよいよ現実化していくところにやってきたようだ。さて、その崩壊後、どういった主義が望まれるのか考えてみよう。現在の資本主義は金融資本主義であって、お金至上主義である。お金が企業と人や社会・世界をコントロールし動かす。そのお金とは何か。それは、生産物・商品・サービスなどの交換手段である。その、生産物・商品・サービスはなにが生産するか。人・精神・精神エネルギーがそれらをつくり出す。なんのためにそういったものをつくり出すのか。人々が使うためである。人々が楽しむためである。こう見てくると、お金が人々の上に立つなどとは、主客転倒であることがわかる。つまり、主体はどこまでも「人間」であるといえる。お金は主体ではない。「人間」「精神」が主体である。お金は従である。その「人間」「精神」「精神エネルギー」がさまざまなもの・サービスをつくり出す。「生産技術」「さまざまなノウハウ」も同じくそうだ。お金があっても人間がいなければ、お金の意味も価値もない。お金だけがあっても、人がいなければ何もつくれない。一方、お金はなくても、不便だしやりにくいが、人間にはなんでもつくれる。(ただ、お金の存在、その量の膨大化は、さまざまな進歩を急速に促すという面はあるにはあるが、冒頭その他で述べたようにマイナス面の方が大きい。おまけに人類の精神的借金をも加速度的に増大させる)。ここまでくると、企業といえども、「人間」「精神」をその最重要な基本に据えるべきだという結論が自然にでてくる。その上での、交換手段としてのお金ということになる。その他、土地・建物・資材などを含めた物質的資本(技術・ノウハウは除く)もお金と同じレベルにある(それらを物質的資本と呼ぼう)。それに対して、人間・精神・技術・ノウハウなどは、精神的資本であって、それらが物質的資本の上にあると考えるのは自然である。そこで、金融資本主義=物質的資本主義、が崩壊した後にやってくるべき主義は、「精神的資本主義」と呼ばれるべきものでしょう。そこで、質の科学を基にして、「精神的資本主義」の設計をしてみよう。資本主義、共産・社会主義のよいところを採り入れ、マイナスな点を排除し、しかも人々の精神的借金が増えすぎない在り方をとる。具体的には;書いてもいいけど、そういったものをここに書いたところで、アホらしい、と私も思うし、他の人たちもそう思うだろう質の科学でいうと、人によって、精神的貯金や借金の量が異なるので、もてる資産の量が違うのは当然であるから、それは認めるとして、実際、質の科学を基に経済制度を設計するといっても、万人が望む理想的なものはできないし、できたとしても実行不可能であるし、仮に実行したとしても、しかし、その主義も、ある期間だけ有効に機能するかもしれないが、そのうち質時間回帰で崩壊していくだろう実際のところ、現在世界中の人々が抱えている膨大な精神的借金を、労苦・艱難辛苦などによって大きく減らさないと、どんないい制度をつくったとしても、うまくいかない、ということが質の科学からわかるということは、これからやってくる世界の金融破綻・資本主義崩壊によって、世界中の人々が、それが、その先よりよい制度を(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)賢すぎる欧米・利殖のうまい欧米欧米の、主張していることや他国に押しつけることと、その欧米の自国がやっていることとを比べると、反対になっていることがかなりある。つまり、他国にはこうしろ、と押しつけるが自国はやらない、他国にはそんなことするな、と主張するが自国はやる、そういったことだ。そういったことは結局、戦争が始まることを後押ししていることになる。そのほかにも、百数十年前、欧米はアジアを侵略し植民地化し、日本にも押し寄せ、「いうこときかないと、大砲をぶっぱなして、日本をぶっ壊すぞ」と脅しまくり、アメリカに至っては、それに加えて自国に有利な嘘までついた(日本側にはその情報が偽りであることがわかった。世界情勢についての情報をもっていたからである)。実際、日本のあちこちがそれらの大砲でやられた。世界史を見渡してみよう。すると、それはほんの一例、氷山の一角・砂漠の中の一粒の砂、であることがわかる。しかも欧米は決して反省もしないし、謝罪もしないように見受けられる(その自国内でのことについては除く)。しかも、他国が欧米に何を言っても、豚に真珠・猫に小判・蛇に靴! である。ほかにもまだあるが、そういったことたちによっても、欧米のマイナスの質時間(精神的借金)は急激に増大していく。おまけに欧米は、楽して儲けている、という面を多くもつ。海外の国々を荒らし回りながら。欧米が金融で利殖に励んで儲けたことによって、それ以上に、彼らは精神的借金(質時間)を増大させているのである。欧米は利殖のプロであるから、マイナスの質時間(精神的借金)を利殖すること(増やすこと)にも長けているのだ。ところが、彼らはそういったこと・マイナスの質時間(精神的借金)などにについて何もしらない。教えたとしても、さっき言ったとおり、豚に真珠・蛇に靴! である。欧米のかなりの精神的支柱になっているカトリックの総本山ヴァティカンが受け入れている「聖母マリアの予言・預言」には、質時間回帰と同じ内容が盛りこまれている。その預言はとてつもなく恐ろしい。このままいくと質時間回帰によって欧米は壊滅していくしかないだろう。以上は、その預言と質の科学による見解です(歴史的事実は除く)。質時間はエントロピーにもある面似ている(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)金融制度の崩壊とその後1ー5現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理に(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.31
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*意識とクオリア*その225*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*意識とクオリア意識とはなにか最も根本的な、「意識」の定義は;「人の中にある(意識し)感じ味わう能力・機能であって情報処理能力・機能を含まないもの、(またはそれを実現しているハードウェア=意識の器)」「任意の人がその人であることを保証する形而上的なもので、(意識し)感じ味わう能力・機能であって情報処理能力・機能を含まないもの」「人において、目が覚めている時と、眠っている時の違い(機能している・機能していない、という違いのある機能)の中で、情報処理能力・機能を含まないものであって、(意識し)感じ味わう能力・機能」類似しているように思える概念に、「認識」、「認知」、「知覚」、「意図」、「思考」、「配慮」、「気をつかうこと」、「感じること」、「味わうこと」、などがあるが、それらは情報処理の範疇(カテゴリー)に入る。それらは「意識」とは異なる。ただし、「感じること」、「味わうこと」、は、意識を例えるのに最適である(知覚もそうである)。注)意識の定義の中に、「意識」という単語を入れているが、そういうやり方しかできない。注)ここでは、ほかの動物に意識があるかどうかは論じない。注)「意識の主体」という概念は、「意識」「意識の器」「意識において他の意識と区別されるなにかを含んだものを含んだ概念という意識」である。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)新しい資本主義・精神的資本主義3現在の形の金融資本主義は、崩壊を迎える段階に至ったようである。このブログで、崩壊する理由・原因・そのメカニズム、についてはある程度述べてきた。生産・消費の不必要な暴走、必要のない活動まで行うこと、地球環境破壊、などなど、人類がやりたいままに行動してきたら、世界が壊滅しそうなところにまで到達してしまった。共産主義・社会主義の多くが崩壊した時点で、質の対を失った資本主義も不安定になっていき、崩壊していくはずである、という予想が、質の科学によってなされていた。それがいよいよ現実化していくところにやってきたようだ。さて、その崩壊後、どういった主義が望まれるのか考えてみよう。現在の資本主義は金融資本主義であって、お金至上主義である。お金が企業と人や社会・世界をコントロールし動かす。そのお金とは何か。それは、生産物・商品・サービスなどの交換手段である。その、生産物・商品・サービスはなにが生産するか。人・精神・精神エネルギーがそれらをつくり出す。なんのためにそういったものをつくり出すのか。人々が使うためである。人々が楽しむためである。こう見てくると、お金が人々の上に立つなどとは、主客転倒であることがわかる。つまり、主体はどこまでも「人間」であるといえる。お金は主体ではない。「人間」「精神」が主体である。お金は従である。その「人間」「精神」「精神エネルギー」がさまざまなもの・サービスをつくり出す。「生産技術」「さまざまなノウハウ」も同じくそうだ。お金があっても人間がいなければ、お金の意味も価値もない。お金だけがあっても、人がいなければ何もつくれない。一方、お金はなくても、不便だしやりにくいが、人間にはなんでもつくれる。(ただ、お金の存在、その量の膨大化は、さまざまな進歩を急速に促すという面はあるにはあるが、冒頭その他で述べたようにマイナス面の方が大きい。おまけに人類の精神的借金をも加速度的に増大させる)。ここまでくると、企業といえども、「人間」「精神」をその最重要な基本に据えるべきだという結論が自然にでてくる。その上での、交換手段としてのお金ということになる。その他、土地・建物・資材などを含めた物質的資本(技術・ノウハウは除く)もお金と同じレベルにある(それらを物質的資本と呼ぼう)。それに対して、人間・精神・技術・ノウハウなどは、精神的資本であって、それらが物質的資本の上にあると考えるのは自然である。そこで、金融資本主義=物質的資本主義、が崩壊した後にやってくるべき主義は、「精神的資本主義」と呼ばれるべきものでしょう。そこで、質の科学を基にして、「精神的資本主義」の設計をしてみよう。資本主義、共産・社会主義のよいところを採り入れ、マイナスな点を排除し、しかも人々の精神的借金が増えすぎない在り方をとる。具体的には;書いてもいいけど、そういったものをここに書いたところで、アホらしい、と私も思うし、他の人たちもそう思うだろう質の科学でいうと、人によって、精神的貯金や借金の量が異なるので、もてる資産の量が違うのは当然であるから、それは認めるとして、実際、質の科学を基に経済制度を設計するといっても、万人が望む理想的なものはできないし、できたとしても実行不可能であるし、仮に実行したとしても、しかし、その主義も、ある期間だけ有効に機能するかもしれないが、そのうち質時間回帰で崩壊していくだろう実際のところ、現在世界中の人々が抱えている膨大な精神的借金を、労苦・艱難辛苦などによって大きく減らさないと、どんないい制度をつくったとしても、うまくいかない、ということが質の科学からわかるということは、これからやってくる世界の金融破綻・資本主義崩壊によって、世界中の人々が、それが、その先よりよい制度を(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)賢すぎる欧米・利殖のうまい欧米欧米の、主張していることや他国に押しつけることと、その欧米の自国がやっていることとを比べると、反対になっていることがかなりある。つまり、他国にはこうしろ、と押しつけるが自国はやらない、他国にはそんなことするな、と主張するが自国はやる、そういったことだ。そういったことは結局、戦争が始まることを後押ししていることになる。そのほかにも、百数十年前、欧米はアジアを侵略し植民地化し、日本にも押し寄せ、「いうこときかないと、大砲をぶっぱなして、日本をぶっ壊すぞ」と脅しまくり、アメリカに至っては、それに加えて自国に有利な嘘までついた(日本側にはその情報が偽りであることがわかった。世界情勢についての情報をもっていたからである)。実際、日本のあちこちがそれらの大砲でやられた。世界史を見渡してみよう。すると、それはほんの一例、氷山の一角・砂漠の中の一粒の砂、であることがわかる。しかも欧米は決して反省もしないし、謝罪もしないように見受けられる(その自国内でのことについては除く)。しかも、他国が欧米に何を言っても、豚に真珠・猫に小判・蛇に靴! である。ほかにもまだあるが、そういったことたちによっても、欧米のマイナスの質時間(精神的借金)は急激に増大していく。おまけに欧米は、楽して儲けている、という面を多くもつ。海外の国々を荒らし回りながら。欧米が金融で利殖に励んで儲けたことによって、それ以上に、彼らは精神的借金(質時間)を増大させているのである。欧米は利殖のプロであるから、マイナスの質時間(精神的借金)を利殖すること(増やすこと)にも長けているのだ。ところが、彼らはそういったこと・マイナスの質時間(精神的借金)などにについて何もしらない。教えたとしても、さっき言ったとおり、豚に真珠・蛇に靴! である。欧米のかなりの精神的支柱になっているカトリックの総本山ヴァティカンが受け入れている「聖母マリアの予言・預言」には、質時間回帰と同じ内容が盛りこまれている。その預言はとてつもなく恐ろしい。このままいくと質時間回帰によって欧米は壊滅していくしかないだろう。以上は、その預言と質の科学による見解です(歴史的事実は除く)。質時間はエントロピーにもある面似ている(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)金融制度の崩壊とその後1ー5現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.30
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*新しい資本主義3*その224*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*新しい資本主義・精神的資本主義3現在の形の金融資本主義は、崩壊を迎える段階に至ったようである。このブログで、崩壊する理由・原因・そのメカニズム、についてはある程度述べてきた。生産・消費の不必要な暴走、必要のない活動まで行うこと、地球環境破壊、などなど、人類がやりたいままに行動してきたら、世界が壊滅しそうなところにまで到達してしまった。共産主義・社会主義の多くが崩壊した時点で、質の対を失った資本主義も不安定になっていき、崩壊していくはずである、という予想が、質の科学によってなされていた。それがいよいよ現実化していくところにやってきたようだ。さて、その崩壊後、どういった主義が望まれるのか考えてみよう。現在の資本主義は金融資本主義であって、お金至上主義である。お金が企業と人や社会・世界をコントロールし動かす。そのお金とは何か。それは、生産物・商品・サービスなどの交換手段である。その、生産物・商品・サービスはなにが生産するか。人・精神・精神エネルギーがそれらをつくり出す。なんのためにそういったものをつくり出すのか。人々が使うためである。人々が楽しむためである。こう見てくると、お金が人々の上に立つなどとは、主客転倒であることがわかる。つまり、主体はどこまでも「人間」であるといえる。お金は主体ではない。「人間」「精神」が主体である。お金は従である。その「人間」「精神」「精神エネルギー」がさまざまなもの・サービスをつくり出す。「生産技術」「さまざまなノウハウ」も同じくそうだ。お金があっても人間がいなければ、お金の意味も価値もない。お金だけがあっても、人がいなければ何もつくれない。一方、お金はなくても、不便だしやりにくいが、人間にはなんでもつくれる。(ただ、お金の存在、その量の膨大化は、さまざまな進歩を急速に促すという面はあるにはあるが、冒頭その他で述べたようにマイナス面の方が大きい。おまけに人類の精神的借金をも加速度的に増大させる)。ここまでくると、企業といえども、「人間」「精神」をその最重要な基本に据えるべきだという結論が自然にでてくる。その上での、交換手段としてのお金ということになる。その他、土地・建物・資材などを含めた物質的資本(技術・ノウハウは除く)もお金と同じレベルにある(それらを物質的資本と呼ぼう)。それに対して、人間・精神・技術・ノウハウなどは、精神的資本であって、それらが物質的資本の上にあると考えるのは自然である。そこで、金融資本主義=物質的資本主義、が崩壊した後にやってくるべき主義は、「精神的資本主義」と呼ばれるべきものでしょう。そこで、質の科学を基にして、「精神的資本主義」の設計をしてみよう。資本主義、共産・社会主義のよいところを採り入れ、マイナスな点を排除し、しかも人々の精神的借金が増えすぎない在り方をとる。具体的には;書いてもいいけど、そういったものをここに書いたところで、アホらしい、と私も思うし、他の人たちもそう思うだろう質の科学でいうと、人によって、精神的貯金や借金の量が異なるので、もてる資産の量が違うのは当然であるから、それは認めるとして、実際、質の科学を基に経済制度を設計するといっても、万人が望む理想的なものはできないし、できたとしても実行不可能であるし、仮に実行したとしても、しかし、その主義も、ある期間だけ有効に機能するかもしれないが、そのうち質時間回帰で崩壊していくだろう実際のところ、現在世界中の人々が抱えている膨大な精神的借金を、労苦・艱難辛苦などによって大きく減らさないと、どんないい制度をつくったとしても、うまくいかない、ということが質の科学からわかるということは、これからやってくる世界の金融破綻・資本主義崩壊によって、世界中の人々が、それが、その先よりよい制度を(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)賢すぎる欧米・利殖のうまい欧米欧米の、主張していることや他国に押しつけることと、その欧米の自国がやっていることとを比べると、反対になっていることがかなりある。つまり、他国にはこうしろ、と押しつけるが自国はやらない、他国にはそんなことするな、と主張するが自国はやる、そういったことだ。そういったことは結局、戦争が始まることを後押ししていることになる。そのほかにも、百数十年前、欧米はアジアを侵略し植民地化し、日本にも押し寄せ、「いうこときかないと、大砲をぶっぱなして、日本をぶっ壊すぞ」と脅しまくり、アメリカに至っては、それに加えて自国に有利な嘘までついた(日本側にはその情報が偽りであることがわかった。世界情勢についての情報をもっていたからである)。実際、日本のあちこちがそれらの大砲でやられた。世界史を見渡してみよう。すると、それはほんの一例、氷山の一角・砂漠の中の一粒の砂、であることがわかる。しかも欧米は決して反省もしないし、謝罪もしないように見受けられる(その自国内でのことについては除く)。しかも、他国が欧米に何を言っても、豚に真珠・猫に小判・蛇に靴! である。ほかにもまだあるが、そういったことたちによっても、欧米のマイナスの質時間(精神的借金)は急激に増大していく。おまけに欧米は、楽して儲けている、という面を多くもつ。海外の国々を荒らし回りながら。欧米が金融で利殖に励んで儲けたことによって、それ以上に、彼らは精神的借金(質時間)を増大させているのである。欧米は利殖のプロであるから、マイナスの質時間(精神的借金)を利殖すること(増やすこと)にも長けているのだ。ところが、彼らはそういったこと・マイナスの質時間(精神的借金)などにについて何もしらない。教えたとしても、さっき言ったとおり、豚に真珠・蛇に靴! である。欧米のかなりの精神的支柱になっているカトリックの総本山ヴァティカンが受け入れている「聖母マリアの予言・預言」には、質時間回帰と同じ内容が盛りこまれている。その預言はとてつもなく恐ろしい。このままいくと質時間回帰によって欧米は壊滅していくしかないだろう。以上は、その預言と質の科学による見解です(歴史的事実は除く)。質時間はエントロピーにもある面似ている(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)金融制度の崩壊とその後1ー5現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。それらによって使える資金と資産が増えたことによって享受してきた、いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的・化学的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、いやなこと・恵まれなさ・マイナスの快の系統を受けさせられ、その変化を元に戻すことを強いられていくことになる、ということである。そのままいくと、それら変化が極限に達して、世界中の多くの人々の精神・魂が壊れていくから、それを防ぐためにそうなっていくのである。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、「質時間回帰則」=「精神的収支の均衡の法則」によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。表現を変えれば、「世界中の人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」に沿って世界の金融も崩壊していく、と質の科学は観る。「精神的収支の均衡の力学」と「金融盛衰の力学」は同じものなんだろう(一部か全部が。たぶん全部が。少しだけ時間のズレがでるだけで全部が)。人間たちが金融を運営しているのだから。金融の盛衰に参加しているのは世界中の人間たちなんだから。気圧の低い所には大気が流れ込み、気圧の高い所からは大気が流れ出ていく、というのと同じようなメカニズムが働くのだろう。資金の流れもそのモデルでかなり説明できるだろう(ただし、人間の精神面を織り込まなくてはならない)。金融崩壊については、そういった「金融の質時間回帰(人間における質時間回帰を盛り込む)」、すでに述べた「ハウリング投機」、などで説明される。さて、特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことに(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.29
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*新しい資本主義2*その223*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*新しい資本主義・精神的資本主義2現在の形の金融資本主義は、崩壊を迎える段階に至ったようである。このブログで、崩壊する理由・原因・そのメカニズム、についてはある程度述べてきた。生産・消費の不必要な暴走、必要のない活動まで行うこと、消費活動の増大、地球環境破壊、などなど、人類がやりたいままに行動してきたら、世界が壊滅しそうなところにまで到達してしまった。共産主義・社会主義の多くが崩壊した時点で、質の対を失った資本主義も不安定になっていき、崩壊していくはずである、という予想が、質の科学によってなされていた。それがいよいよ現実化していくところにやってきたようだ。さて、その崩壊後、どういった主義が望まれるのか考えてみよう。現在の資本主義は金融資本主義であって、お金至上主義である。お金が企業と人や社会・世界をコントロールし動かす。そのお金とは何か。それは、生産物・商品・サービスなどの交換手段である。その、生産物・商品・サービスはなにが生産するか。人・精神・精神エネルギーがそれらをつくり出す。なんのためにそういったものをつくり出すのか。人々が使うためである。人々が楽しむためである。こう見てくると、お金が人々の上に立つなどとは、主客転倒であることがわかる。つまり、主体はどこまでも「人間」であるといえる。お金は主体ではない。「人間」「精神」が主体である。お金は従である。その「人間」「精神」「精神エネルギー」がさまざまなもの・サービスをつくり出す。「生産技術」「さまざまなノウハウ」も同じくそうだ。お金があっても人間がいなければ、お金の意味も価値もない。お金だけがあっても、なにもつくれない。一方、お金はなくても、不便だしやりにくいが、人間にはなんでもつくれる。(ただ、お金の存在、その量の膨大化は、さまざまな進歩を急速に促すという面はあるにはあるが、冒頭その他で述べたようにマイナス面の方が大きい。おまけに人類の精神的借金をも加速度的に増大させる)。ここまでくると、企業といえども、「人間」「精神」をその最重要な基本に据えるべきだという結論が自然にでてくる。その上での、交換手段としてのお金ということになる。その他、土地・建物・資材などを含めた物質的資本(技術・ノウハウは除く)もお金と同じレベルにある(それらを物質的資本と呼ぼう)。それに対して、人間・精神・技術・ノウハウなどは、精神的資本であって、それらが物質的資本の上にあると考えるのは自然である。そこで、金融資本主義=物質的資本主義、が崩壊した後にやってくるべき主義は、「精神的資本主義」と呼ばれるべきものでしょう。そこで、質の科学を基にして、「精神的資本主義」の設計をしてみよう。資本主義、共産・社会主義のよいところを採り入れ、マイナスな点を排除し、しかも人々の精神的借金が増えすぎない在り方をとる。具体的には;書いてもいいけど、そういったものをここに書いたところで、アホらしい、と私も思うし、他の人たちもそう思うだろう質の科学でいうと、人によって、精神的貯金や借金の量が異なるので、もてる資産の量が違うのは当然であるから、それは認めるとして、実際、質の科学を基に経済制度を設計するといっても、万人が望む理想的なものはできないし、できたとしても実行不可能であるし、仮に実行したとしても、しかし、その主義も、ある期間だけ有効に機能するかもしれないが、そのうち質時間回帰で崩壊していくだろう(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)賢すぎる欧米・利殖のうまい欧米欧米の、主張していることや他国に押しつけることと、その欧米の自国がやっていることとを比べると、反対になっていることがかなりある。つまり、他国にはこうしろ、と押しつけるが自国はやらない、他国にはそんなことするな、と主張するが自国はやる、そういったことだ。そういったことは結局、戦争が始まることを後押ししていることになる。そのほかにも、百数十年前、欧米はアジアを侵略し、日本にも押し寄せ、「いうこときかないと、大砲をぶっぱなして、日本をぶっ壊すぞ」と脅しまくり、アメリカに至っては、それに加えて自国に有利な嘘までついた(日本側はその情報が偽りであることがわかった。世界情勢についての情報をもっていたからである)。実際、日本のあちこちがそれらの大砲でやられた。世界史を見渡してみよう。すると、それはほんの一例、氷山の一角・砂漠の中の一粒の砂、であることがわかる。しかも欧米は決して反省もしないし、謝罪もしないように見受けられる(その自国内でのことについては除く)。しかも、他国が欧米に何を言っても、豚に真珠・猫に小判・蛇に靴! である。ほかにもまだあるが、そういったことたちによっても、欧米のマイナスの質時間(精神的借金)は急激に増大していく。おまけに欧米は、楽して儲けている、という面を多くもつ。欧米が金融で利殖に励んで儲けたことによって、それ以上に、彼らは精神的借金(質時間)を増大させているのである。欧米は利殖のプロであるから、マイナスの質時間(精神的借金)を利殖すること(増やすこと)にも長けているのだ。ところが、彼らはそういったこと・マイナスの質時間(精神的借金)などにについて何もしらない。教えたとしても、さっき言ったとおり、豚に真珠・蛇に靴! である。欧米のかなりの精神的支柱になっているカトリックの総本山ヴァティカンが受け入れている「聖母マリアの予言・預言」には、質時間回帰と同じ内容が盛りこまれている。その預言はとてつもなく恐ろしい。このままいくと質時間回帰によって欧米は壊滅していくしかないだろう。以上は、その預言と質の科学による見解です(歴史的事実は除く)。質時間はエントロピーにもある面似ている(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)金融制度の崩壊とその後1ー5現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。それらによって使える資金と資産が増えたことによって享受してきた、いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的・化学的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、いやなこと・恵まれなさ・マイナスの快の系統を受けさせられ、その変化を元に戻すことを強いられていくことになる、ということである。そのままいくと、それら変化が極限に達して、世界中の多くの人々の精神・魂が壊れていくから、それを防ぐためにそうなっていくのである。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、「質時間回帰則」=「精神的収支の均衡の法則」によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。表現を変えれば、「世界中の人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」に沿って世界の金融も崩壊していく、と質の科学は観る。「精神的収支の均衡の力学」と「金融盛衰の力学」は同じものなんだろう(一部か全部が。たぶん全部が。少しだけ時間のズレがでるだけで全部が)。人間たちが金融を運営しているのだから。金融の盛衰に参加しているのは世界中の人間たちなんだから。気圧の低い所には大気が流れ込み、気圧の高い所からは大気が流れ出ていく、というのと同じようなメカニズムが働くのだろう。資金の流れもそのモデルでかなり説明できるだろう(ただし、人間の精神面を織り込まなくてはならない)。金融崩壊については、そういった「金融の質時間回帰(人間における質時間回帰を盛り込む)」、すでに述べた「ハウリング投機」、などで説明される。さて、特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことに(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.28
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*新しい資本主義*その222*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*新しい資本主義・精神的資本主義現在の形の金融資本主義は、崩壊を迎える段階に至ったようである。このブログで、崩壊する理由・原因・そのメカニズム、についてはある程度述べてきた。生産・消費の不必要な暴走、必要のない活動まで行うこと、消費活動の増大、地球環境破壊、などなど、人類がやりたいままに行動してきたら、世界が壊滅しそうなところにまで到達してしまった。共産主義・社会主義の多くが崩壊した時点で、質の対を失った資本主義も不安定になっていき、崩壊していくはずである、という予想が、質の科学によってなされていた。それがいよいよ現実化していくところにやってきたようだ。さて、その崩壊後、どういった主義が望まれるのか考えてみよう。現在の資本主義は金融資本主義であって、お金至上主義である。お金が企業と人や社会・世界をコントロールし動かす。そのお金とは何か。それは、生産物・商品・サービスなどの交換手段である。その、生産物・商品・サービスはなにが生産するか。人・精神・精神エネルギーがそれらをつくり出す。なんのためにそういったものをつくり出すのか。人々が使うためである。人々が楽しむためである。こう見てくると、お金が人々の上に立つなどとは、主客転倒であることがわかる。つまり、主体はどこまでも「人間」であるといえる。お金は主体ではない。「人間」「精神」が主体である。その「人間」「精神」「精神エネルギー」がさまざまなもの・サービスをつくり出す。「生産技術」「さまざまなノウハウ」も同じくそうだ。ここまでくると、企業といえども、「人間」「精神」をその最重要な基本に据えるべきだという結論が自然にでてくる。その上での、交換手段としてのお金ということになる。その他、土地・建物・資材などを含めた物質的資本(技術・ノウハウは除く)もお金と同じレベルにある(それらを物質的資本と呼ぼう)。それに対して、人間・精神・技術・ノウハウなどは、精神的資本であって、それらが物質的資本の上にあると考えるのは自然である。そこで、金融資本主義=物質的資本主義、が崩壊した後にやってくるべき主義は、名付けて、「精神的資本主義」でしょう。質の科学を基にして資本主義、共産・社会主義のよいところを採り入れ、マイナスな点を排除し、質の科学でいうと、人によって、精神的貯金や借金の量が異なるので、もてる資産の量が違うのは当然であるから、それは認めるとしてしかし、その主義も、ある期間だけ有効に機能するかもしれないが、そのうち質時間回帰で崩壊していくだろう(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)賢すぎる欧米・利殖のうまい欧米欧米の、主張していることや他国に押しつけることと、その欧米の自国がやっていることとを比べると、反対になっていることがかなりある。つまり、他国にはこうしろ、と押しつけるが自国はやらない、他国にはそんなことするな、と主張するが自国はやる、そういったことだ。そういったことは結局、戦争が始まることを後押ししていることになる。そのほかにも、百数十年前、欧米はアジアを侵略し、日本にも押し寄せ、「いうこときかないと、大砲をぶっぱなして、日本をぶっ壊すぞ」と脅しまくり、アメリカに至っては、それに加えて自国に有利な嘘までついた(日本側はその情報が偽りであることがわかった。世界情勢についての情報をもっていたからである)。実際、日本のあちこちがそれらの大砲でやられた。世界史を見渡してみよう。すると、それはほんの一例、氷山の一角・砂漠の中の一粒の砂、であることがわかる。しかも欧米は決して反省もしないし、謝罪もしないように見受けられる(その自国内でのことについては除く)。しかも、他国が欧米に何を言っても、豚に真珠・猫に小判・蛇に靴! である。ほかにもまだあるが、そういったことたちによっても、欧米のマイナスの質時間(精神的借金)は急激に増大していく。おまけに欧米は、楽して儲けている、という面を多くもつ。欧米が金融で利殖に励んで儲けたことによって、それ以上に、彼らは精神的借金(質時間)を増大させているのである。欧米は利殖のプロであるから、マイナスの質時間(精神的借金)を利殖すること(増やすこと)にも長けているのだ。ところが、彼らはそういったこと・マイナスの質時間(精神的借金)などにについて何もしらない。教えたとしても、さっき言ったとおり、豚に真珠・蛇に靴! である。欧米のかなりの精神的支柱になっているカトリックの総本山ヴァティカンが受け入れている「聖母マリアの予言・預言」(当たりまくっている)には、質時間回帰と同じ内容が盛りこまれている。その預言はとてつもなく恐ろしい。このままいくと質時間回帰によって欧米は壊滅していくしかないだろう。以上は、その預言と質の科学による見解です(歴史的事実は除く)。質時間はエントロピーにもある面似ている(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)金融制度の崩壊とその後1ー5現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。それらによって使える資金と資産が増えたことによって享受してきた、いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的・化学的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、いやなこと・恵まれなさ・マイナスの快の系統を受けさせられ、その変化を元に戻すことを強いられていくことになる、ということである。そのままいくと、それら変化が極限に達して、世界中の多くの人々の精神・魂が壊れていくから、それを防ぐためにそうなっていくのである。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、「質時間回帰則」=「精神的収支の均衡の法則」によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。表現を変えれば、「世界中の人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」に沿って世界の金融も崩壊していく、と質の科学は観る。「精神的収支の均衡の力学」と「金融盛衰の力学」は同じものなんだろう(一部か全部が。たぶん全部が。少しだけ時間のズレがでるだけで全部が)。人間たちが金融を運営しているのだから。金融の盛衰に参加しているのは世界中の人間たちなんだから。気圧の低い所には大気が流れ込み、気圧の高い所からは大気が流れ出ていく、というのと同じようなメカニズムが働くのだろう。資金の流れもそのモデルでかなり説明できるだろう(ただし、人間の精神面を織り込まなくてはならない)。金融崩壊については、そういった「金融の質時間回帰(人間における質時間回帰を盛り込む)」、すでに述べた「ハウリング投機」、などで説明される。さて、特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことになる。さてここで、その先、インフレになるのか、デフレになるのか考えてみよう。それは国ごとの通貨の強弱をみて、国ごとに推定する、という作業になる。あと、戦争、社会・経済混乱、異常気象による不作、なども考慮することになる。さらに、海外からその国に流れ込む資金があると、その国の通貨はその前後には強くなる、流れ出る資金があると弱くなる、という見方も織り交ぜて考えるとする。ではまず、世界中の金融が崩壊した時点での、主要国の通貨の強さの順位を推定してみよう。平均的な強さを推定し、それと比較するという形である。以上の条件を含めた上で、先に述べた「赤字・負債が、資産や使える通貨と合体し、それらが消えてなくなる」という現象が起こると、その後のある期間において、通貨の相対的強弱(国別比較による)は次のようになると推定される:アメリカ;ドルは非常に弱くなるだろう。海外からの資金の流入があっても、たいして効かないだろう。日本;(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.27
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*賢すぎる欧米*その221*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*賢すぎる欧米・利殖のうまい欧米欧米の、主張していることや他国に押しつけることと、その欧米の自国がやっていることとを比べると、反対になっていることがかなりある。つまり、他国にはこうしろ、と押しつけるが自国はやらない、他国にはそんなことするな、と主張するが自国はやる、そういったことだ。そういったことは結局、戦争が始まることを後押ししていることになる。そのほかにも、百数十年前、欧米はアジアを侵略し、日本にも押し寄せ、「いうこときかないと、大砲をぶっぱなして、日本をぶっ壊すぞ」と脅しまくり、アメリカに至っては、それに加えて自国に有利な嘘までついた(日本側はその情報が偽りであることがわかった。世界情勢についての情報をもっていたからである)。実際、日本のあちこちがそれらの大砲でやられた。世界史を見渡してみよう。すると、それはほんの一例、氷山の一角・砂漠の中の一粒の砂、であることがわかる。しかも欧米は決して反省もしないし、謝罪もしないように見受けられる(その自国内でのことについては除く)。しかも、他国が欧米に何を言っても、豚に真珠・猫に小判・蛇に靴! である。ほかにもまだあるが、そういったことたちによっても、欧米のマイナスの質時間(精神的借金)は急激に増大していく。おまけに欧米は、楽して儲けている、という面を多くもつ。欧米が金融で利殖に励んで儲けたことによって、それ以上に、彼らは精神的借金(質時間)を増大させているのである。欧米は利殖のプロであるから、マイナスの質時間(精神的借金)を利殖すること(増やすこと)にも長けているのだ。ところが、彼らはそういったこと・マイナスの質時間(精神的借金)などにについて何もしらない。教えたとしても、さっき言ったとおり、豚に真珠・蛇に靴! である。欧米のかなりの精神的支柱になっているカトリックの総本山ヴァティカンが受け入れている「聖母マリアの予言・預言」(当たりまくっている)には、質時間回帰と同じ内容が盛りこまれている。その預言はとてつもなく恐ろしい。このままいくと質時間回帰によって欧米は壊滅していくしかないだろう。以上は、その預言と質の科学による見解です(歴史的事実は除く)。質時間はエントロピーにもある面似ている(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)金融制度の崩壊とその後1ー5現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。それらによって使える資金と資産が増えたことによって享受してきた、いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的・化学的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、いやなこと・恵まれなさ・マイナスの快の系統を受けさせられ、その変化を元に戻すことを強いられていくことになる、ということである。そのままいくと、それら変化が極限に達して、世界中の多くの人々の精神・魂が壊れていくから、それを防ぐためにそうなっていくのである。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、「質時間回帰則」=「精神的収支の均衡の法則」によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。表現を変えれば、「世界中の人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」に沿って世界の金融も崩壊していく、と質の科学は観る。「精神的収支の均衡の力学」と「金融盛衰の力学」は同じものなんだろう(一部か全部が。たぶん全部が。少しだけ時間のズレがでるだけで全部が)。人間たちが金融を運営しているのだから。金融の盛衰に参加しているのは世界中の人間たちなんだから。気圧の低い所には大気が流れ込み、気圧の高い所からは大気が流れ出ていく、というのと同じようなメカニズムが働くのだろう。資金の流れもそのモデルでかなり説明できるだろう(ただし、人間の精神面を織り込まなくてはならない)。金融崩壊については、そういった「金融の質時間回帰(人間における質時間回帰を盛り込む)」、すでに述べた「ハウリング投機」、などで説明される。さて、特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことになる。さてここで、その先、インフレになるのか、デフレになるのか考えてみよう。それは国ごとの通貨の強弱をみて、国ごとに推定する、という作業になる。あと、戦争、社会・経済混乱、異常気象による不作、なども考慮することになる。さらに、海外からその国に流れ込む資金があると、その国の通貨はその前後には強くなる、流れ出る資金があると弱くなる、という見方も織り交ぜて考えるとする。ではまず、世界中の金融が崩壊した時点での、主要国の通貨の強さの順位を推定してみよう。平均的な強さを推定し、それと比較するという形である。以上の条件を含めた上で、先に述べた「赤字・負債が、資産や使える通貨と合体し、それらが消えてなくなる」という現象が起こると、その後のある期間において、通貨の相対的強弱(国別比較による)は次のようになると推定される:アメリカ;ドルは非常に弱くなるだろう。海外からの資金の流入があっても、たいして効かないだろう。日本;海外に貸し出したり投資している分の「いくらかとかなりの中間ぐらい・ある程度」の量は不良債権化するだろうが(だからもっとずっと早く回収しておけばよかった。いろいろ難しいことがあるが)、それ以外は貸し債務(債権)として残るだろう。よって相対的に円はある程度強い状態になるだろう。ユーロ圏;ドイツ、フランスなどは、経済・金融が相対的にいくらか強い状況になるだろうが、ユーロ圏全体で考えると、相対的にユーロはいくらか弱くなるだろう。イギリス;かなり弱くなるだろう。中国;韓国;北欧;いくらか強い状態だろう。オーストラリア;平均的だろう。恐慌がくれば、弱くなるだろう。食糧危機がくれば、強くなるだろうが、不作が続けばその限りではない。移住先として人気がでてくれば、いくらか強くなるだろう。ニュージーランド;平均的だろう。食糧危機がくれば、強くなるだろうが、不作が続けばその限りではない。移住先として人気がでてくれば、いくらか強くなるだろう。産油国の資金もかなりバブルに参加しているので、そういった国の資産も大きく目減りしていくだろう。さて、以上の結果から世界の国々のインフレとデフレの程度を考えてみよう。まず、通貨の強さによって、相対的に、インフレ、デフレの程度が決まると考えるとする(相対的インフレ・デフレと呼ぼう)。世界中の使える通貨の総量と資産の額にかなり比例して起こるインフレと、かなり反比例して起こるデフレもあるだろう(絶対的インフレ・デフレと名付けよう)。しかし、その場合まず、最も強い通貨の国(その場合、日本か?)が、インフレ?・・・デフレ?・・・どっちになるのだろう? 金融崩壊が起こって、世界中にその悪影響が広がって、それからかなりの期間続く状況のことを考えているのだが、輸入品が値上がりし、しかも量が大きく減っているだろうから、たぶん、インフレだろう? 今現在と比較して、二倍、三倍、あるいは四倍、そういったところのインフレだろうか? ・・・・・・ほかの国々については、それと先に述べた推測から導きだされる。直近のその立場に立つと、インフレの程度が一番小さい日本円をもっているのがいいのかもしれない。そして、銀行は持ち金にレバレッジをかけて運用できるので、邦銀はそれで日本国債を買い支えるべきだろう。そうすれば、政府財政の破綻は長期に渡って避けられるかもしれないし、そのうち数倍のインフレが始まれば・・・・・・国債の利率の上昇をなんらかのやり方で・・・・・・注)以上のようにイメージ思考で推定しましたが、それは、思考のようすを呈示しているだけであって、実際そのとおりになっていくかどうかは、まったく別の話しです(質の科学についてではありません)。つまり、それら予測は、私論・試論であって、保証ゼロです。次に、どの国の通貨がまず暴落し、そこからどういうことになっていくのかを考えてみよう。今の状況から推察すると;まずあそこの(あの国の)不動産関連の債券が暴落し、不動産価格も暴落し、それがきっかけになってその国から始まって世界中の株価が暴落し(すでに下がっているところは割り引かれる)、さらに、世界中の不動産価格が暴落し(すでに下がっているところは割り引かれる。さほど上がってない国々については除く)、世界中の債券が暴落し、世界中の金融が崩壊し、世界中の経済がめちゃくちゃになっていき、世界中の社会不安が増大し、世界が大混乱に陥り、どの国も孤立主義に近づいていき、あのあたりで戦争が始まって、あっちあたりで食糧と燃料の奪い合いが始まり、それが世界中に拡大していき、世界大戦になっていき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そのうち桁外れの天変地異が起こって・・・・・・・・・・・・・・・・・・地球は、世界は・・・・・・・・・・・・(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.26
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*金融制度の崩壊5*その220*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*金融制度の崩壊とその後1ー5現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。それらによって使える資金と資産が増えたことによって享受してきた、いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的・化学的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、いやなこと・恵まれなさ・マイナスの快の系統を受けさせられ、その変化を元に戻すことを強いられていくことになる、ということである。そのままいくと、それら変化が極限に達して、世界中の多くの人々の精神・魂が壊れていくから、それを防ぐためにそうなっていくのである。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、「質時間回帰則」=「精神的収支の均衡の法則」によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。表現を変えれば、「世界中の人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」に沿って世界の金融も崩壊していく、と質の科学は観る。「精神的収支の均衡の力学」と「金融盛衰の力学」は同じものなんだろう(一部か全部が。たぶん全部が。少しだけ時間のズレがでるだけで全部が)。人間たちが金融を運営しているのだから。金融の盛衰に参加しているのは世界中の人間たちなんだから。気圧の低い所には大気が流れ込み、気圧の高い所からは大気が流れ出ていく、というのと同じようなメカニズムが働くのだろう。資金の流れもそのモデルでかなり説明できるだろう(ただし、人間の精神面を織り込まなくてはならない)。金融崩壊については、そういった「金融の質時間回帰(人間における質時間回帰を盛り込む)」、すでに述べた「ハウリング投機」、などで説明される。さて、特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことになる。さてここで、その先、インフレになるのか、デフレになるのか考えてみよう。それは国ごとの通貨の強弱をみて、国ごとに推定する、という作業になる。あと、戦争、社会・経済混乱、異常気象による不作、なども考慮することになる。さらに、海外からその国に流れ込む資金があると、その国の通貨はその前後には強くなる、流れ出る資金があると弱くなる、という見方も織り交ぜて考えるとする。ではまず、世界中の金融が崩壊した時点での、主要国の通貨の強さの順位を推定してみよう。平均的な強さを推定し、それと比較するという形である。以上の条件を含めた上で、先に述べた「赤字・負債が、資産や使える通貨と合体し、それらが消えてなくなる」という現象が起こると、その後のある期間において、通貨の相対的強弱(国別比較による)は次のようになると推定される:アメリカ;ドルは非常に弱くなるだろう。海外からの資金の流入があっても、たいして効かないだろう。日本;海外に貸し出したり投資している分の「いくらかとかなりの中間ぐらい・ある程度」の量は不良債権化するだろうが(だからもっとずっと早く回収しておけばよかった。いろいろ難しいことがあるが)、それ以外は貸し債務として残るだろう。よって相対的に円はある程度強い状態になるだろう。ユーロ圏;ドイツ、フランスなどは、経済・金融が相対的にいくらか強い状況になるだろうが、ユーロ圏全体で考えると、相対的にユーロはいくらか弱くなるだろう。イギリス;かなり弱くなるだろう。中国;韓国;北欧;いくらか強い状態だろう。オーストラリア;平均的だろう。恐慌がくれば、弱くなるだろう。食糧危機がくれば、強くなるだろうが、不作が続けばその限りではない。移住先として人気がでてくれば、いくらか強くなるだろう。ニュージーランド;平均的だろう。食糧危機がくれば、強くなるだろうが、不作が続けばその限りではない。移住先として人気がでてくれば、いくらか強くなるだろう。産油国の資金もかなりバブルに参加しているので、そういった国の資産も大きく目減りしていくだろう。さて、以上の結果から世界の国々のインフレとデフレの程度を考えてみよう。まず、通貨の強さによって、相対的に、インフレ、デフレの程度が決まると考えるとする(相対的インフレ・デフレと呼ぼう)。世界中の使える通貨の総量と資産の額にかなり比例して起こるインフレと、かなり反比例して起こるデフレもあるだろう(絶対的インフレ・デフレと名付けよう)。しかし、その場合まず、最も強い通貨の国(その場合、日本か?)が、インフレ?・・・デフレ?・・・どっちになるのだろう? 金融崩壊が起こって、世界中にその悪影響が広がって、それからかなりの期間続く状況のことを考えているのだが、輸入品が値上がりし、しかも量が大きく減っているだろうから、たぶん、インフレだろう? 今現在と比較して、二倍、三倍、あるいは四倍、そういったところのインフレだろうか? ・・・・・・ほかの国々については、それと先に述べた推測から導きだされる。直近のその立場に立つと、インフレの程度が一番小さい日本円をもっているのがいいのかもしれない。そして、銀行は持ち金にレバレッジをかけて運用できるので、邦銀はそれで日本国債を買い支えるべきだろう。そうすれば、政府財政の破綻は長期に渡って避けられるかもしれないし、そのうち数倍のインフレが始まれば・・・・・・国債の利率の上昇をなんらかのやり方で・・・・・・注)以上のようにイメージ思考で推定しましたが、それは、思考のようすを呈示しているだけであって、実際そのとおりになっていくかどうかは、まったく別の話しです(質の科学についてではありません)。つまり、それら予測は、私論・試論であって、保証ゼロです。次に、どの国の通貨がまず暴落し、そこからどういうことになっていくのかを考えてみよう。今の状況から推察すると;まずあそこの(あの国の)不動産関連の債券が暴落し、不動産価格も暴落し、それがきっかけになってその国から始まって世界中の株価が暴落し(すでに下がっているところは割り引かれる)、さらに、世界中の不動産価格が暴落し(すでに下がっているところは割り引かれる。さほど上がってない国々については除く)、世界中の債券が暴落し、世界中の金融が崩壊し、世界中の経済がめちゃくちゃになっていき、世界中の社会不安が増大し、世界が大混乱に陥り、どの国も孤立主義に近づいていき、あのあたりで戦争が始まって、あっちあたりで食糧と燃料の奪い合いが始まり、それが世界中に拡大していき、世界大戦になっていき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そのうち桁外れの天変地異が起こって・・・・・・・・・・・・・・・・・・地球は、世界は・・・・・・・・・・・・ついでに、記しておきましょう。FXその他で人気のある通貨は、次第に強くなっていき、その国の物価や給与の水準が、そこに投資して通貨価値が下がっていく国の物価や給与のそれよりもさっさと(「どんどん」という表現の代わり。代わりとしては「勢いよく」ぐらいしかない。語感が幼稚で冴えないので、さっさと、と工夫しました。ユーミンは歌詞の中で、でぃんどん、と工夫している)上がっていく。そういった状況がある程度続いたあとは、反転して、逆になっていくだろう。それも「人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」=「質時間回帰の力学」から派生する「通貨・金融の力学」による。(物価と給与の水準の格差が開きすぎると、それを埋めようとする力が働く、という考え方も成り立つ)。かんたんにいうと、そういった投資で儲けた人たちは、そのうち正反対に損していくことになる、ということである。注)ただし、収入があるということについての精神的貯金の多い人は、その限りではない。ということは、金融でお金を儲けまくってきた英米は(海外を荒しまくって儲けてきたという面が大きい)、この先、恐ろしい損失をだして、壊滅していくということになる。それも、質時間回帰! である。世界は質時間回帰の流れの中にあるのである。金融もその例外ではない。以上、質の科学によれば、ということです(通貨の強弱の予想、インフレ・デフレの予想は、質の科学に完全によっているわけではありません)。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.25
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*クオリアと意識5ー3*その219*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について5ー3(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)意識の器内での波動パターンさてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、もっとも本質的・根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。光による映像についていえばそれは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてを(一応)もっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば(あるいは加えることの、それぞれの光がやってきた方向)、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。普通、レンズなしでは(特に眼にあるレンズ)景色は見ることができない、と思いますよね。ところが、そうとはいいきれないようです。前の方には、すべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。(このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります)。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、映像を直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器の送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、と考えてみるわけです。そう戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。さて、ふたつの眼によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったやり方でなされているのでしょうか。それはホログラムではない。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)二つの眼それぞれにやってくる対象の景色からの光の集団は、わずかな違いがある。つまり、どちらか一方の眼にやってくる光量子たちすべてとまったく同じそれらが別な方の眼にやってくることはなく、いくらか異なったものたちがやってくる。それらやってくる光の集団をそれぞれの眼が位相情報を切捨て情報化する。そして、それら二つの眼からの映像情報を突き合わせると、そのわずかな違い・差の間に干渉が起こって、新しい一本化された情報となる。その一本化された情報とは、対象の立体映像である。となっているのだろうか。その一本化された情報の中に、位相の情報を甦らせている、ということはありうるのだろうか(それができるなら、元の情報(眼たちからの)から一番大きな元情報(景色からの)を再構築していることになるので、不可能だろう)可能性として次のことを考えてみましょう。景色からの光の集団が意識の器に至ると;その中のそれぞれの光量子たちが、意識の器を構成するエネルギー素子に入り込み、とか、意識の器を構成するエネルギー素子が、それぞれの光量子たちから情報を受け取り、とか、意識の器の中で、それら光の集団がいっぱいに広がって、とか、ともかく、その光の集団そのものか、それからの情報が、意識の器の中で波動パターンになる、ということも考えられます。(意識の器は、なんらかのひとつのエネルギー的存在である可能性についても既に言及しています)その他;音の世界についても同様で、意識の主体(器)は、音の振動に直接触れると、そこから情報を得て、直接音の世界を意識し味わうことができてもおかしくない。匂いの世界についても同様で、意識の主体(器)は、匂い分子に直接触れると、そこから情報を得て、直接匂いを意識し味わうことができるのかもしれない。さらに、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかもしれない。意識の器は波動性がきわめて高いから、すべての存在に共振できる可能性をもっているのではないか。それは直接認識といえる。その情報こそ、最も根元的な情報・表現形態のひとつだろう。ここまでの流れの中で、意識の器の中での波動パターンは、どういった姿をとるのだろうか、ということも追求しているところです(そこから、変換の追求もできるはずである)。抽象的に考えると:視覚情報の場合、対象の映像がどのような形で反映されているか、聴覚情報の場合は、音そのものがどのような形で反映されているのか、そのものずばりの情報がそのままで波動パターンをとる場合、どうなっているのか、なども課題として考えられます。注)そのものずばりの情報、という表現はあいまいなので、削除しようかとも思いましたが、なにか魅力があるので残しました。イメージ思考を刺激するので。ただし、視覚情報も聴覚情報も、そのものずばりの情報でもあるでしょう。そのほかの情報の場合は(思考、感情、知性的な働きによる心的内容、身体を動かすときの心的内容、感覚、そのほか)、まったく推察もできない。実際に意識の器のそれを観察するしかなさそうである。(それも、そのものずばりの情報でしょう)。意識の器の中での波動パターンを計測するには、量子力学でたとえば電子の振舞いを記述すると、複素数が現れるが、その複素数を想定する複素空間は実在するのか実在しないのか、実在するとなると、意識の器は、その空間に(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.24
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この先、お金がお金を生む、という在り方は大きく減っていくだろう。金融機関や損保など、お金を預ってそれを投資して増やさなくてはならない企業などは、その多くが成り立たなくなっていくのではないか。そういった時代が目の前にきていると思われる。(それら予測は、私論・試論であって、保証ゼロです)(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.24
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*金融制度の崩壊4*その218*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*金融制度の崩壊とその後1ー4現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。それらによって使える資金と資産が増えたことによって享受してきた、いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的・化学的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、いやなこと・恵まれなさ・マイナスの快の系統を受けさせられ、その変化を元に戻すことを強いられていくことになる、ということである。そのままいくと、それら変化が極限に達して、世界中の多くの人々の精神・魂が壊れていくから、それを防ぐためにそうなっていくのである。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、「質時間回帰則」=「精神的収支の均衡の法則」によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。表現を変えれば、「世界中の人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」に沿って世界の金融も崩壊していく、と質の科学は観る。「精神的収支の均衡の力学」と「金融盛衰の力学」は同じものなんだろう(一部か全部が。たぶん全部が。少しだけ時間のズレがでるだけで全部が)。人間たちが金融を運営しているのだから。金融の盛衰に参加しているのは世界中の人間たちなんだから。気圧の低い所には大気が流れ込み、気圧の高い所からは大気が流れ出ていく、というのと同じようなメカニズムが働くのだろう。資金の流れもそのモデルでかなり説明できるだろう(ただし、人間の精神面を織り込まなくてはならない)。金融崩壊については、そういった「金融の質時間回帰(人間における質時間回帰を盛り込む)」、すでに述べた「ハウリング投機」、などで説明される。さて、特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことになる。さてここで、その先、インフレになるのか、デフレになるのか考えてみよう。それは国ごとの通貨の強弱をみて、国ごとに推定する、という作業になる。あと、戦争、社会・経済混乱、異常気象による不作、なども考慮することになる。さらに、海外からその国に流れ込む資金があると、その国の通貨はその前後には強くなる、流れ出る資金があると弱くなる、という見方も織り交ぜて考えるとする。ではまず、世界中の金融が崩壊した時点での、主要国の通貨の強さの順位を推定してみよう。平均的な強さを推定し、それと比較するという形である。以上の条件を含めた上で、先に述べた「赤字・負債が、資産や使える通貨と合体し、それらが消えてなくなる」という現象が起こると、その後のある期間において、通貨の相対的強弱(国別比較による)は次のようになると推定される:アメリカ;ドルは非常に弱くなるだろう。海外からの資金の流入があっても、たいして効かないだろう。日本;海外に貸し出したり投資している分の「いくらかとかなりの中間ぐらい・ある程度」の量は不良債権化するだろうが(だからもっとずっと早く回収しておけばよかった。いろいろ難しいことがあるが)、それ以外は貸し債務として残るだろう。よって相対的に円はある程度強い状態になるだろう。ユーロ圏;ドイツ、フランスなどは、経済・金融が相対的にいくらか強い状況になるだろうが、ユーロ圏全体で考えると、相対的にユーロはいくらか弱くなるだろう。イギリス;かなり弱くなるだろう。中国;韓国;北欧;いくらか強い状態だろう。オーストラリア;平均的だろう。恐慌がくれば、弱くなるだろう。食糧危機がくれば、強くなるだろうが、不作が続けばその限りではない。移住先として人気がでてくれば、いくらか強くなるだろう。ニュージーランド;平均的だろう。食糧危機がくれば、強くなるだろうが、不作が続けばその限りではない。移住先として人気がでてくれば、いくらか強くなるだろう。産油国の資金もかなりバブルに参加しているので、そういった国の資産も大きく目減りしていくだろう。さて、以上の結果から世界の国々のインフレとデフレの程度を考えてみよう。まず、通貨の強さによって、相対的に、インフレ、デフレの程度が決まると考えるとする(相対的インフレ・デフレと呼ぼう)。世界中の使える通貨の総量と資産の額にかなり比例して起こるインフレと、かなり反比例して起こるデフレもあるだろう(絶対的インフレ・デフレと名付けよう)。しかし、その場合まず、最も強い通貨の国(その場合、日本か?)が、インフレ?・・・デフレ?・・・どっちになるのだろう? 金融崩壊が起こって、世界中にその悪影響が広がって、それからかなりの期間続く状況のことを考えているのだが、輸入品が値上がりし、しかも量が大きく減っているだろうから、たぶん、インフレだろう? 今現在と比較して、二倍、三倍、あるいは四倍、そういったところのインフレだろうか? ・・・・・・ほかの国々については、それと先に述べた推測から導きだされる。直近のその立場に立つと、インフレの程度が一番小さい日本円をもっているのがいいのかもしれない。そして、銀行は持ち金にレバレッジをかけて運用できるので、邦銀はそれで日本国債を買い支えるべきだろう。そうすれば、政府財政の破綻は長期に渡って避けられるかもしれないし、そのうち数倍のインフレが始まれば・・・・・・国債の利率の上昇をなんらかのやり方で・・・・・・注)以上のようにイメージ思考で推定しましたが、それは、思考のようすを呈示しているだけであって、実際そのとおりになっていくかどうかは、まったく別の話しです(質の科学についてではありません)。つまり、それら予測は、私論・試論であって、保証ゼロです。次に、どの国の通貨がまず暴落し、そこからどういうことになっていくのかを考えてみよう。今の状況から推察すると;まずあそこの(あの国の)不動産関連の債券が暴落し、不動産価格も暴落し、それがきっかけになってその国から始まって世界中の株価が暴落し(すでに下がっているところは割り引かれる)、さらに、世界中の不動産価格が暴落し(すでに下がっているところは割り引かれる。さほど上がってない国々については除く)、世界中の債券が暴落し、世界中の金融が崩壊し、世界中の経済がめちゃくちゃになっていき、世界中の社会不安が増大し、世界が大混乱に陥り、どの国も孤立主義に近づいていき、あのあたりで戦争が始まって、あっちあたりで食糧と燃料の奪い合いが始まり、それが世界中に拡大していき、世界大戦になっていき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そのうち桁外れの天変地異が起こって・・・・・・・・・・・・・・・・・・地球は、世界は・・・・・・・・・・・・(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)手抜きと工夫この長い題名のシリーズで、クオリアについて書いた部分は十いくつかあります。今、それらをまとめてみようとしているんですが、字数制限があるため、手抜きをして書き継いできたので、苦労しています。前日のものに、書き継いでいくにあたって、一番最後に加えたケースがもちろん一番多いんだけれど、途中に書き加えたり、一番前に書き加えたりしたので、それらをまとめようとすると、苦労します。一応、そこらのことに配慮して、番号に工夫をしてきたつもりなんですが、それでもなおややこしく、やりにくいことはなはだしい。これなら、最初から新たに書いた方が楽だ、というくらいに。文書ソフトに書いてからコピーすればいいのはわかっているんだけど、直接書いた方が、やる気がでますからね。世界につながっているような感じがして。それに、直接書くと、クラッシュしたりフリーズすることも稀にだけれどある。それでも、直接書きたい。直接書く書かないはべつとして、まとめるにあたってフリーページを利用すれば、かなりやりやすいことを発見しました。使い方を研究すれば、かなりいけそうです。まあ、なんとか少しずつまとめていきます。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先世界は世界情勢にいっそう気をつけなければならない状況になってきた。この先;不況とインフレとの重なったスタグフレーションが起こり始める世界的な戦争が起こり始める世界の金融制度が破綻する世界経済が大混乱に陥り、現在の形の資本主義はぶっ壊れる異常気象による不作その他などで食糧危機が起こる新しい伝染病が世界中を襲う世界的に社会不安が激化していき混乱が始まっていく天変地異がひどくなっていく世界中がめちゃくちゃになっていくそういった状況になっていく可能性がそれぞれ高い。世界はずれこんだ世紀末の時代に突入していく。さて、なんとかしなければ。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.24
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*クオリアと意識4ー3*その218*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について4ー3(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)ふたたび、「変換」についてここで再び変換についての研究に戻ります。すでに述べたもの以外の変換として、イメージ思考で拾い上げたのはこんなイメージです。意識の器(意識の主体)は、なんらかのエネルギー的な存在である、というのはそのままで。まずは、「意識の器」を、時間変化を伴った三次元(とりあえず)の存在とみなして、それが、脳を覆っている・脳に重なっている(あるいは何らかに連絡している)として、意識の器の任意の点におけるエネルギー密度をρと表して(ρの次元はエネルギー/体積)、そのρは、脳のニューロンたちの活動における電位(あるいは加えることの磁界)の変化に感応して、ρが時間と共に変動するのでρ(t)で(ここでエネルギーがいくらか意識の器に入ってきそうである)、任意の点のエネルギーを全体に渡って積分して;S=∫dxdydzρ(t)dt;S=意識の器全体のエネルギーの総量ρ(t)は位置によって異なるので、ρ(t)→ρ(x,y,z,t)S=∫dxdydzρ(t)dt→S=∫ρ(x,y,z,t)dxdydzdt(数学的にもいい加減な表現です)となって・・・S/dxdydzdt=ρ(x,y,z,t)(数学的にもいい加減な表現です)これは、エネルギーについての密度関数の微分方程式といったところでしょうか。その系の総エネルギーSは時刻によって変動するのかしないのか、場合分けする必要があるでしょう(任意の点におけるエネルギーは変動する)。Sが変動するとしたら、エネルギーが外部に出ていったり、外部からはいってきたりする、ということになります(先に、ここでエネルギーがいくらか入ってきそうである、という個所あり)。そのイメージとしては、先にだした、「池」のたとえ(二次元的ですが)が参考になるでしょう。しかし・・・まだまだ必要な項目やより具体的なことに対応したなにかが足りない・・・それを解こうとしても解けないでしょうね。それは関数化できるようなシロモノではないだろう、よって解けないだろう、場合分けと確率的な記述ならできるかもしれないけれど、といったような可能性については既に記しました、知性などについての研究のところで。(このモデルは初出ですが)。解けた場合は、その「変換」がどこかにでてくるでしょう。でもとにかく、解けそうにない。と思ったものの、もうちょっと踏ん張ってみましょう。まず、脳におけるニューロンの活動の位置は点ではなく、ある程度の範囲をもった領域(シナプスでの活動についても)です。その意味では、そこにおいては極限の操作をなす微分や積分は必要ではないのかもしれません。一方、意識の器のほうは、エネルギーのまとまった存在として、そのモデルと理論は(筆者は、という意味と同じ)考えています。(一応考えられるのは;そこでは、微積分を使えるという立場、脳に対応させるのだから極限の操作は無意味であり、微積分は使えないという立場、のふたつがあるでしょう。しかし、意識の器は精密・緻密なエネルギーのまとまり、と考えられるので、近似的に微積分を一応適用できる、とみなしましょう。<ここは一応記しただけです>)。先の記述においては、脳のニューロンたちの活動による、それらの電界(あるいは加えることの磁界)の変動が、そこを覆っている(あるいはなんらかに連絡している)意識の主体の多くの点(点といっても広がりのある領域でしょう)に、なんらかの変動を与え、その変動が意識の器全体に(瞬時に)波及していく、ということになるでしょう。意識の器は、一体性・全体性をもっている意識し味わう存在・実体ですから、それら波及していく変動(波動パターン)が、意識内容であり、そこに意識も意識内容の質(クオリア)も発生する、ということになるでしょう。さて、問題の「変換」です;脳は、意識の器の規格・性能・特性に則ってつくられている、とすれば(仮定ですが、それ以外ないでしょう)、脳のニューロンたちの活動(局所的・部分的な)によるエネルギーの変動を、脳のあちこち(それらに接している・連絡している)にそのまま送り込んだら、それらが意識の器全体に波及し、そのままで意識の器の中で、全体性・一体性をもった情報(心的内容・意識内容)に総合・統合されてしまう、ということである可能性が高い。たとえば、動画・撮影のためのデジタル式カメラは、走査という操作をやっており、それを画面に映し出せば、元の映像(に似たもの)が再現されます。(フィルム式カメラでも、電子的に情報を送るためには、走査という操作を行います。デジタルカメラでは、受光面(CCD)自体では景色全体を受けて映しているが、それをそこから送り出して記録したり電送したりするにあたっては、走査する)。それと同じようなことが、意識の器~脳の系では起こっているのだろう、ということです。(あるいは、既に述べたように、ホログラム変換、フーリエ変換、の可能性も排除できません)ですから、その立場では、その「変換」は、意識の器の中で自動的になされる可能性が高い、と考えられます。注)既に述べましたが、脳に端子を設け、視覚信号や聴覚信号として、カメラやマイク的な信号を直接送り込むと、脳はそれに有効に対応していくそうです。そのことは、脳は意識の器の規格・性能・特性に基づいて設計されつくられている、という印象をもたらします。注)さらに、人間において、ある種の薬剤によって、見ている景色がゆがむ、といった現象も起こるそうなので、それも同じく直近の結論に至らせます。脳が本来どおりに働かないと、映像が歪む、と解釈できるからです。そこで、その「変換」を研究するにはどうすればいいか考えてみましょう。脳におけるニューロンの活動を観察記録し、さらに、意識の主体における波動のようすを観察記録する。最小単位時刻毎にそれらを比較する(もちろん、記録をなさず、同時に比較してもよい)。すると、その「変換」がわかる。ほかのやり方もあるでしょうが、基本的にはそういうことですね。つまり、脳におけるニューロンたちの活動をなんらかに記述し、それをなんらかに変換すると、意識の器の中での複雑な波動パターンとその経時変化がでてくる、という関係になっているわけです。(たとえば、フーリエ級数と一本化した複雑な波動。たとえば、行列と一本化した複雑な波動。たとえば、元の映像とホログラム。など)MRI的手法を用いると、そこのところに迫れるかもしれません。MRIでの解析においてもフーリエ変換(二次元、三次元)が用いられているので、なおさら参考になるかもしれません。MRIにおいては、脳のすべての位置からでている情報が、すべて混じり合って、一本化された信号(たとえば、絵の情報を電送するとして、電送するその信号のようになっている)(ある意味、ホログラムにもいくらか似ている? 原理は異なるけれど、似た面がありそうです)になるので、それをフーリエ変換で、元の情報に戻し(そのときに位置の情報まででてくる)、脳のすべての地図のようなものを作る、ということをやっているようですから、参考になるかもしれません。それは、局所的なさまざまな情報が一本化されている姿(変換するまでもなく、自然にそうなる)を示しているという面ももっています。(それは、オーケストラの演奏をマイクで拾うと、一本化された音楽情報になっている、というのと基本的に同じです)。それを脳と意識の器の関係にもっていくと、脳のあちこちのニューロンが活動し、そのときにそれぞれが電位や磁界の変化を生じ、それら変化たちがそこから出ていき、(ほんの)少し離れたところでは、それら変化たちが入り混じって一本化された情報(変化・変動)になっており、それが意識の主体に送り込まれると、本来の心的内容・意識内容になってしまう、というイメージですか。あるいは、少し前に述べたような、意識の器には、ばらばらな情報のままで入る、というモデルの方があたっているのかもしれません。ともかく非常に参考になりそうです。注)MRIについては、参考になりそうな気がしたので、ネットで探して、難しいことがたくさん書かれているのを、さっと見ただけですので、勘違いがあるかもしれません。そのほか、もちろん、私の書いているものすべてについても、勘違いや間違いはあるでしょう。イメージスケッチ・書きなぐりですから。脳波もそれらになんらかに関係しているかもしれません。脳波をフーリエ変換すると、ニューロンたちのそれぞれの活動のようすがわかるとか(ひとまとまりになったもの→個々)、脳波は、意識の器の中での波動パターンになんらかに対応しているとか、そういった関係になっているのかもしれません。参考までに:位置ベクトルの場合、なんらかの位置ベクトルを加えると、視点を変換することができる。たとえば、かなり以前に述べた(ブログで)惑星の運動量時間回帰における視点で、惑星自体から見る立場を、太陽から見る立場に変換する例を挙げた。そこには、ホログラフィーと共通したなにかがあるのではないか。で、意識の器の次元を、一応、時間変化を伴った三次元として、フーリエ級数的に、その基本波動をはじめとしてうんぬん、ということも既に書きましたが、それは波動関数ということになるんでしょうね。「変換」を追求していくと、複素数空間(複素空間)がでてきて、複素数空間は実在する、そこに「意識の器」は存在する、という結論に至るのかもしれません。このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.23
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追記かなり以前に、「謎の知性体Xがいうには」といったような表題で書かれた内容は、かつて外資が日本に対して行ったことそのままだそうである。
2008.08.23
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*金融制度の崩壊3*その217*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*金融制度の崩壊とその後1ー3現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは世界の金融の破綻である。それは、現在の形の金融資本主義の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻、バブル崩壊、何かのきっかけなどで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。それらによって使える資金と資産が増えたことによって享受してきた、いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的・化学的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、いやなこと・恵まれなさ・マイナスの快の系統を受けさせられ、その変化を元に戻すことを強いられていくことになる、ということである。そのままいくと、それら変化が極限に達して、世界中の多くの人々の精神・魂が壊れていくから、それを防ぐためにそうなっていくのである。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、「質時間回帰則」=「精神的収支の均衡の法則」によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。表現を変えれば、「世界中の人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」に沿って世界の金融も崩壊していく、と質の科学は観る。「精神的収支の均衡の力学」と「金融盛衰の力学」は同じものなんだろう(一部か全部が。たぶん全部が。少しだけ時間のズレがでるだけで全部が)。人間たちが金融を運営しているのだから。金融の盛衰に参加しているのは世界中の人間たちなんだから。気圧の低い所には大気が流れ込み、気圧の高い所からは大気が流れ出ていく、というのと同じようなメカニズムが働くのだろう。資金の流れもそのモデルでかなり説明できるだろう(ただし、人間の精神面を織り込まなくてはならない)。金融崩壊については、そういった「金融の質時間回帰(人間における質時間回帰を盛り込む)」、すでに述べた「ハウリング投機」、などで説明される。さて、特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことになる。さてここで、その先、インフレになるのか、デフレになるのか考えてみよう。それは国ごとの通貨の強弱をみて、国ごとに推定する、という作業になる。あと、戦争、社会・経済混乱、異常気象による不作、なども考慮することになる。さらに、海外からその国に流れ込む資金があると、その国の通貨はその前後には強くなる、流れ出る資金があると弱くなる、という見方も織り交ぜて考えるとする。ではまず、世界中の金融が崩壊した時点での、主要国の通貨の強さの順位を推定してみよう。平均的な強さを推定し、それと比較するという形である。以上の条件を含めた上で、先に述べた「赤字・負債が、資産や使える通貨と合体し、それらが消えてなくなる」という現象が起こると、その後のある期間において、通貨の相対的強弱(国別比較による)は次のようになると推定される:アメリカ;ドルは非常に弱くなるだろう。海外からの資金の流入があっても、たいして効かないだろう。日本;海外に貸し出したり投資している分の「いくらかとかなりの中間ぐらい・ある程度」の量は不良債権化するだろうが(だからもっとずっと早く回収しておけばよかった。いろいろ難しいことがあるが)、それ以外は貸し債務として残るだろう。よって相対的に円はある程度強い状態になるだろう。ユーロ圏;ドイツ、フランスなどは、経済・金融が相対的にいくらか強い状況になるだろうが、ユーロ圏全体で考えると、相対的にユーロはいくらか弱くなるだろう。イギリス;かなり弱くなるだろう。中国;韓国;北欧;いくらか強い状態だろう。オーストラリア;平均的だろう。恐慌がくれば、弱くなるだろう。食糧危機がくれば、強くなるだろうが、不作が続けばその限りではない。移住先として人気がでてくれば、いくらか強くなるだろう。ニュージーランド;平均的だろう。食糧危機がくれば、強くなるだろうが、不作が続けばその限りではない。移住先として人気がでてくれば、いくらか強くなるだろう。注)以上のようにイメージ思考で推定しましたが、それは、思考のようすを呈示しているだけであって、実際そのとおりになっていくかどうかは、まったく別の話しです(質の科学についてではありません)。つまり、それら予測は、私論・試論であって、保証ゼロです。次に、どの国の通貨がまず暴落することになっていくのかを考えてみよう。今の状況から推察すると、資源国の資金もかなりバブルに参加しているので、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)手抜きと工夫この長い題名のシリーズで、クオリアについて書いた部分は十いくつかあります。今、それらをまとめてみようとしているんですが、字数制限があるため、手抜きをして書き継いできたので、苦労しています。前日のものに、書き継いでいくにあたって、一番最後に加えたケースがもちろん一番多いんだけれど、途中に書き加えたり、一番前に書き加えたりしたので、それらをまとめようとすると、苦労します。一応、そこらのことに配慮して、番号に工夫をしてきたつもりなんですが、それでもなおややこしく、やりにくいことはなはだしい。これなら、最初から新たに書いた方が楽だ、というくらいに。文書ソフトに書いてからコピーすればいいのはわかっているんだけど、直接書いた方が、やる気がでますからね。世界につながっているような感じがして。それに、直接書くと、クラッシュしたりフリーズすることも稀にだけれどある。それでも、直接書きたい。直接書く書かないはべつとして、まとめるにあたってフリーページを利用すれば、かなりやりやすいことを発見しました。使い方を研究すれば、かなりいけそうです。まあ、なんとか少しずつまとめていきます。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先世界は世界情勢にいっそう気をつけなければならない状況になってきた。この先;不況とインフレとの重なったスタグフレーションが起こり始める世界的な戦争が起こり始める世界の金融制度が破綻する世界経済が大混乱に陥り、現在の形の資本主義はぶっ壊れる異常気象による不作その他などで食糧危機が起こる新しい伝染病が世界中を襲う世界的に社会不安が激化していき混乱が始まっていく天変地異がひどくなっていく世界中がめちゃくちゃになっていくそういった状況になっていく可能性がそれぞれ高い。世界はずれこんだ世紀末の時代に突入していく。さて、なんとかしなければ。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)デフレ圧力とインフレ圧力このところの資源・エネルギー価格の暴騰(インフレ圧力となる)によって、新興工業国など、それらの価格上昇でもろに影響を受ける国々は非常に大きな影響を受けつづけている。今現在、それらはかなり下がってきているが、そういった国々の株価は暴落したままである。世界中の金融機関の貸出しも慎重になってきているし、金融機関、投資・投機機関などが、投資・投機におけるレバレッジを下げてきているので、金余りという状況は大きく変化していき、金足らず、という状況がそのうちやってくるかもしれない。そうなると、それはデフレ圧力となっていく。しかし、新興工業国での、物価・人件費・その他の費用は上昇を続けているので、その分、割り引きされたインフレが続いていくのだろうか。株価も上がりにくいし、不況もやってきそうである。やはり、世界はスタグフレーションに突入していくのだろうか。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)クオリア・意識内容の質感について多くの人がもつ、意識についての問題のひとつについて考えてみましょう(私も、中学生の頃だったと思いますが、その頃から考えてきました)。たとえば、「赤」という色は、どの人も同じに意識し味わっているのだろうか、という課題です。ここまでの研究によれば、クオリア・意識内容の質感は、なんらかのエネルギーの波動パターンに対応しているはずです。その波動パターンとその変化は、意識の器(主体)の中で展開されていく。そこにおいて、「赤色」としてまったく同じ波動パターンが、意識の主体の中に存在している場合は、まったく同じ「赤色」を意識し味わうが、その波動パターンが微妙に異なっていることもあって、その場合は、微妙に異なった「赤色」を意識し味わう、ということになります。つまり、同じ「赤」という色でも、脳の情報処理によって微妙な違いが生じるので、人によって、微妙に異なって意識し味わっていることもあるし、まったく同じ「赤」を意識し味わっていることもある、という結論になります。繰り返しになるけれども、その微妙な違いは、脳の情報処理によって生じる(ほかにも可能性はあるかもしれない)ので、同じ人でも、それまで見ていた色によってそれが変わってくるし、身体の調子によっても異なってくる。さらに、人の体質によっても違いがあるかもしれない。以上がその答えのひとつです。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.23
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*クオリアと意識5ー2*その216*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について5ー2(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)さてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、もっとも本質的・根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。光による映像についていえばそれは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてを(一応)もっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば(あるいは加えることの、それぞれの光がやってきた方向)、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。普通、レンズなしでは(特に眼にあるレンズ)景色は見ることができない、と思いますよね。ところが、そうとはいいきれないようです。前の方には、すべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。(このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります)。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、映像を直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器の送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、と考えてみるわけです。そう戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。さて、ふたつの眼によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったやり方でなされているのでしょうか。それはホログラムではない。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)二つの眼それぞれにやってくる対象の景色からの光の集団は、わずかな違いがある。つまり、どちらか一方の眼にやってくる光量子たちすべてとまったく同じそれらが別な方の眼にやってくることはなく、いくらか異なったものたちがやってくる。それらやってくる光の集団をそれぞれの眼が位相情報を切捨て情報化する。そして、それら二つの眼からの映像情報を突き合わせると、そのわずかな違い・差の間に干渉が起こって、新しい一本化された情報となる。その一本化された情報とは、対象の立体映像である。となっているのだろうか。その一本化された情報の中に、位相の情報を甦らせている、ということはありうるのだろうか(それができるなら、元の情報(眼たちからの)から一番大きな元情報(景色からの)を再構築していることになるので、不可能だろう)可能性として次のことを考えてみましょう。景色からの光の集団が意識の器に至ると;その中のそれぞれの光量子たちが、意識の器を構成するエネルギー素子に入り込み、とか、意識の器を構成するエネルギー素子が、それぞれの光量子たちから情報を受け取り、とか、意識の器の中で、それら光の集団がいっぱいに広がって、とか、ともかく、その光の集団そのものか、それからの情報が、意識の器の中で波動パターンになる、ということも考えられます。(意識の器は、なんらかのひとつのエネルギー的存在である可能性についても既に言及しています)その他;音の世界についても同様で、意識の主体(器)は、音の振動に直接触れると、そこから情報を得て、直接音の世界を意識し味わうことができてもおかしくない。匂いの世界についても同様で、意識の主体(器)は、匂い分子に直接触れると、そこから情報を得て、直接匂いを意識し味わうことができるのかもしれない。さらに、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかもしれない。意識の器は波動性がきわめて高いから、すべての存在に共振できる可能性をもっているのではないか。それは直接認識といえる。その情報こそ、最も根元的な情報・表現形態のひとつだろう。ここまでの流れの中で、意識の器の中での波動パターンは、どういった姿をとるのだろうか、ということも追求しているわけです。視覚情報の場合、対象の映像がどのような形で反映されているか、聴覚情報の場合は、音そのものがどのような形で反映されているのか、そのものずばりの情報がそのままで波動パターンをとる場合、どうなっているのか、なども課題として考えられます。(そのものずばりの情報、という表現はあいまいなので、削除しようかとも思いましたが、なにか魅力があるので残しました。イメージ思考を刺激するので。ただし、視覚情報も聴覚情報も、そのものずばりの情報でもあるでしょう)。そのほかの情報の場合は(思考、感情、知性的な働きによる心的内容、身体を動かすときの心的内容、感覚、そのほか)、まったく推察もできない。実際に意識の器のそれを観察するしかなさそうである。(それも、そのものずばりの情報でしょう)。このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.22
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*クオリアと意識4ー3*その215*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について4ー3(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)ここで再び変換についての研究に戻ります。すでに述べたもの以外の変換として、イメージ思考で拾い上げたのはこんなイメージです。意識の器(意識の主体)は、なんらかのエネルギー的な存在である、というのはそのままで。まずは、「意識の器」を、時間変化を伴った三次元(とりあえず)の存在とみなして、それが、脳を覆っている・脳に重なっている(あるいは何らかに連絡している)として、意識の器の任意の点におけるエネルギー密度をρと表して(ρの次元はエネルギー/体積)、そのρは、脳のニューロンたちの活動における電位(あるいは加えることの磁界)の変化に感応して、ρが時間と共に変動するのでρ(t)で(ここでエネルギーがいくらか意識の器に入ってきそうである)、任意の点のエネルギーを全体に渡って積分して;S=∫dxdydzρ(t)dt;S=意識の器全体のエネルギーの総量ρ(t)は位置によって異なるので、ρ(t)→ρ(x,y,z,t)S=∫dxdydzρ(t)dt→S=∫ρ(x,y,z,t)dxdydzdt(数学的にもいい加減な表現です)となって・・・S/dxdydzdt=ρ(x,y,z,t)(数学的にもいい加減な表現です)これは、エネルギーについての密度関数の微分方程式といったところでしょうか。その系の総エネルギーSは時刻によって変動するのかしないのか、場合分けする必要があるでしょう(任意の点におけるエネルギーは変動する)。Sが変動するとしたら、エネルギーが外部に出ていったり、外部からはいってきたりする、ということになります(先に、ここでエネルギーがいくらか入ってきそうである、という個所あり)。そのイメージとしては、先にだした、「池」のたとえ(二次元的ですが)が参考になるでしょう。しかし・・・まだまだ必要な項目やより具体的なことに対応したなにかが足りない・・・それを解こうとしても解けないでしょうね。それは関数化できるようなシロモノではないだろう、よって解けないだろう、場合分けと確率的な記述ならできるかもしれないけれど、といったような可能性については既に記しました、知性などについての研究のところで。(このモデルは初出ですが)。解けた場合は、その「変換」がどこかにでてくるでしょう。でもとにかく、解けそうにない。と思ったものの、もうちょっと踏ん張ってみましょう。まず、脳におけるニューロンの活動の位置は点ではなく、ある程度の範囲をもった領域(シナプスでの活動についても)です。その意味では、そこにおいては極限の操作をなす微分や積分は必要ではないのかもしれません。一方、意識の器のほうは、エネルギーのまとまった存在として、そのモデルと理論は(筆者は、という意味と同じ)考えています。(一応考えられるのは;そこでは、微積分を使えるという立場、脳に対応させるのだから極限の操作は無意味であり、微積分は使えないという立場、のふたつがあるでしょう。しかし、意識の器は精密・緻密なエネルギーのまとまり、と考えられるので、近似的に微積分を一応適用できる、とみなしましょう。)。先の記述においては、脳のニューロンたちの活動による、それらの電界(あるいは加えることの磁界)の変動が、そこを覆っている(あるいはなんらかに連絡している)意識の主体の多くの点(点といっても広がりのある領域でしょう)に、なんらかの変動を与え、その変動が意識の器全体に(瞬時に)波及していく、ということになるでしょう。意識の器は、一体性・全体性をもっている意識し味わう存在・実体ですから、それら波及していく変動(波動パターン)が、意識内容であり、そこに意識も意識内容の質(クオリア)も発生する、ということになるでしょう。さて、問題の「変換」です;脳は、意識の器の規格・性能・特性に則ってつくられている、とすれば(仮定ですが、それ以外ないでしょう)、脳のニューロンたちの活動(局所的・部分的な)によるエネルギーの変動を、脳のあちこち(それらに接している・連絡している)にそのまま送り込んだら、それらが意識の器全体に波及し、そのままで意識の器の中で、全体性・一体性をもった情報(心的内容・意識内容)に総合・統合されてしまう、ということである可能性が高い。たとえば、動画・撮影のためのデジタル式カメラは、走査という操作をやっており、それを画面に映し出せば、元の映像(に似たもの)が再現されます。(フィルム式カメラでも、電子的に情報を送るためには、走査という操作を行います。デジタルカメラでは、受光面(CCD)自体では景色全体を受けて映しているが、それをそこから送り出して記録したり電送したりするにあたっては、走査する)。それと同じようなことが、意識の器~脳の系では起こっているのだろう、ということです。(あるいは、既に述べたように、ホログラム変換、フーリエ変換、の可能性も排除できません)ですから、その立場では、その「変換」は、意識の器の中で自動的になされる可能性が高い、と考えられます。注)既に述べましたが、脳に端子を設け、視覚信号や聴覚信号として、カメラやマイク的な信号を直接送り込むと、脳はそれに有効に対応していくそうです。そのことは、脳は意識の器の規格・性能・特性に基づいて設計されつくられている、という印象をもたらします。注)さらに、人間において、ある種の薬剤によって、見ている景色がゆがむ、といった現象も起こるそうなので、それも同じく直近の結論に至らせます。脳が本来どおりに働かないと、映像が歪む、と解釈できるからです。そこで、その「変換」を研究するにはどうすればいいか考えてみましょう。脳におけるニューロンの活動を観察記録し、さらに、意識の主体における波動のようすを観察記録する。最小単位時刻毎にそれらを比較する(もちろん、記録をなさず、同時に比較してもよい)。すると、その「変換」がわかる。ほかのやり方もあるでしょうが、基本的にはそういうことですね。つまり、脳におけるニューロンたちの活動をなんらかに記述し、それをなんらかに変換すると、意識の器の中での複雑な波動パターンとその経時変化がでてくる、という関係になっているわけです。(たとえば、フーリエ級数と一本化した複雑な波動。たとえば、行列と一本化した複雑な波動。たとえば、元の映像とホログラム。など)MRI的手法を用いると、そこのところに迫れるかもしれません。MRIでの解析においてもフーリエ変換(二次元、三次元)が用いられているので、なおさら参考になるかもしれません。MRIにおいては、脳のすべての位置からでている情報が、すべて混じり合って、一本化された信号(たとえば、絵の情報を電送するとして、電送するその信号のようになっている)(ある意味、ホログラムにもいくらか似ている? 原理は異なるけれど、似た面がありそうです)になるので、それをフーリエ変換で、元の情報に戻し(そのときに位置の情報まででてくる)、脳のすべての地図のようなものを作る、ということをやっているようですから、参考になるかもしれません。それは、局所的なさまざまな情報が一本化されている姿(変換するまでもなく、自然にそうなる)を示しているという面ももっています。(それは、オーケストラの演奏をマイクで拾うと、一本化された音楽情報になっている、というのと基本的に同じです)。それを脳と意識の器の関係にもっていくと、脳のあちこちのニューロンが活動し、そのときにそれぞれが電位や磁界の変化を生じ、それら変化たちがそこから出ていき、(ほんの)少し離れたところでは、それら変化たちが入り混じって一本化された情報(変化・変動)になっており、それが意識の主体に送り込まれると、本来の心的内容・意識内容になってしまう、というイメージですか。あるいは、少し前に述べたような、意識の器には、ばらばらな情報のままで入る、というモデルの方があたっているのかもしれません。ともかく非常に参考になりそうです。注)MRIについては、参考になりそうな気がしたので、ネットで探して、難しいことがたくさん書かれているのを、さっと見ただけですので、勘違いがあるかもしれません。そのほか、もちろん、私の書いているものすべてについても、勘違いや間違いはあるでしょう。イメージスケッチ・書きなぐりですから。脳波もそれらになんらかに関係しているかもしれません。脳波をフーリエ変換すると、ニューロンたちのそれぞれの活動のようすがわかるとか(ひとまとまりになったもの→個々)、脳波は、意識の器の中での波動パターンになんらかに対応しているとか、そういった関係になっているのかもしれません。参考までに:位置ベクトルの場合、なんらかの位置ベクトルを加えると、視点を変換することができる。たとえば、かなり以前に述べた(ブログで)惑星の運動量時間回帰における視点で、惑星自体から見る立場を、太陽から見る立場に変換する例を挙げた。そこには、ホログラフィーと共通したなにかがあるのではないか。で、意識の器の次元を、一応、時間変化を伴った三次元として、フーリエ級数的に、その基本波動をはじめとしてうんぬん、ということも既に書きましたが、それは波動関数ということになるんでしょうね。このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.22
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*金融制度の崩壊2*その214*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*金融制度の崩壊とその後1ー2現在の世界の金融状況を観ると、近い将来それが破綻していくだろう、ということがいえると思う。なぜそういえるのか;世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上(中)で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは、現在の金融制度の崩壊をも意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中(上)で、財政破綻やバブル崩壊などで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、いやなこと・恵まれなさ・マイナスの快の系統を受けさせられ、その変化を元に戻すことを強いられていくことになる。そのままいくと、それら変化が極限に達して、世界中の多くの人々の精神・魂が壊れていくから、それを防ぐためにそうなっていくのである。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、「質時間回帰則」=「精神的収支の均衡の法則」によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。つまり、「世界中の人々の精神・魂を破壊しないための力学」=「精神的収支の均衡の力学」に沿って世界の金融も崩壊していく、と質の科学は観る。「精神的収支の均衡の力学」と「金融盛衰の力学」は同じものなんだろう(一部か全部が)。金融の盛衰に参加しているのは世界中の人間なんだから。さて、特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことになる。さてここで、その先、インフレになるのか、デフレになるのか考えてみよう。それは国ごとの通貨の強弱をみて、国ごとに推定する、という作業になる。あと、戦争、社会・経済混乱、異常気象による不作、なども考慮することになる。ではまず、世界中の金融が崩壊した時点での、主要国の通貨の強さの順位を推定してみよう。先に述べた「赤字・負債が、資産や使える通貨と合体し、それらが消えてなくなる」という現象が起こると、通貨の相対的強弱(国別比較による)は次のようになると推定される:アメリカ;ドルは非常に弱くなるだろう日本;海外に貸し出したり投資している分の「いくらかとかなりの中間ぐらい・ある程度」の量は不良債権化するだろうが(だからもっとずっと早く回収しておけばよかった。いろいろ難しいことがあるが)、それ以外は貸し債務として残るだろう。よって相対的に円はある程度強い状態になるだろう。ユーロ圏;ドイツ、フランスなどは、経済・金融が相対的にいくらか強い状況になるだろうが、ユーロ圏全体で考えると、相対的にユーロはいくらか弱くなるだろう。中国;韓国;北欧;オーストラリア;ニュージーランド;次に、どの国の通貨がまず暴落することになっていくのかを考えてみよう(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)手抜きと工夫この長い題名のシリーズで、クオリアについて書いた部分は十いくつかあります。今、それらをまとめてみようとしているんですが、字数制限があるため、手抜きをして書き継いできたので、苦労しています。前日のものに、書き継いでいくにあたって、一番最後に加えたケースがもちろん一番多いんだけれど、途中に書き加えたり、一番前に書き加えたりしたので、それらをまとめようとすると、苦労します。一応、そこらのことに配慮して、番号に工夫をしてきたつもりなんですが、それでもなおややこしく、やりにくいことはなはだしい。これなら、最初から新たに書いた方が楽だ、というくらいに。文書ソフトに書いてからコピーすればいいのはわかっているんだけど、直接書いた方が、やる気がでますからね。世界につながっているような感じがして。それに、直接書くと、クラッシュしたりフリーズすることも稀にだけれどある。それでも、直接書きたい。直接書く書かないはべつとして、まとめるにあたってフリーページを利用すれば、かなりやりやすいことを発見しました。使い方を研究すれば、かなりいけそうです。まあ、なんとか少しずつまとめていきます。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先世界は世界情勢にいっそう気をつけなければならない状況になってきた。この先;不況とインフレとの重なったスタグフレーションが起こり始める世界的な戦争が起こり始める世界の金融制度が破綻する世界経済が大混乱に陥り、現在の形の資本主義はぶっ壊れる異常気象による不作その他などで食糧危機が起こる新しい伝染病が世界中を襲う世界的に社会不安が激化していき混乱が始まっていく天変地異がひどくなっていく世界中がめちゃくちゃになっていくそういった状況になっていく可能性がそれぞれ高い。世界はずれこんだ世紀末の時代に突入していく。さて、なんとかしなければ。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)デフレ圧力とインフレ圧力このところの資源・エネルギー価格の暴騰(インフレ圧力となる)によって、新興工業国など、それらの価格上昇でもろに影響を受ける国々は非常に大きな影響を受けつづけている。今現在、それらはかなり下がってきているが、そういった国々の株価は暴落したままである。世界中の金融機関の貸出しも慎重になってきているし、金融機関、投資・投機機関などが、投資・投機におけるレバレッジを下げてきているので、金余りという状況は大きく変化していき、金足らず、という状況がそのうちやってくるかもしれない。そうなると、それはデフレ圧力となっていく。しかし、新興工業国での、物価・人件費・その他の費用は上昇を続けているので、その分、割り引きされたインフレが続いていくのだろうか。株価も上がりにくいし、不況もやってきそうである。やはり、世界はスタグフレーションに突入していくのだろうか。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)クオリア・意識内容の質感について多くの人がもつ、意識についての問題のひとつについて考えてみましょう(私も、中学生の頃だったと思いますが、その頃から考えてきました)。たとえば、「赤」という色は、どの人も同じに意識し味わっているのだろうか、という課題です。ここまでの研究によれば、クオリア・意識内容の質感は、なんらかのエネルギーの波動パターンに対応しているはずです。その波動パターンとその変化は、意識の器(主体)の中で展開されていく。そこにおいて、「赤色」としてまったく同じ波動パターンが、意識の主体の中に存在している場合は、まったく同じ「赤色」を意識し味わうが、その波動パターンが微妙に異なっていることもあって、その場合は、微妙に異なった「赤色」を意識し味わう、ということになります。つまり、同じ「赤」という色でも、脳の情報処理によって微妙な違いが生じるので、人によって、微妙に異なって意識し味わっていることもあるし、まったく同じ「赤」を意識し味わっていることもある、という結論になります。繰り返しになるけれども、その微妙な違いは、脳の情報処理によって生じる(ほかにも可能性はあるかもしれない)ので、同じ人でも、それまで見ていた色によってそれが変わってくるし、身体の調子によっても異なってくる。さらに、人の体質によっても違いがあるかもしれない。以上がその答えのひとつです。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)どうしようもない世界の情勢・状況今や、世界のさまざまな問題は、解決の方法が見いだせなくなってしまっているかのようにみえる。国々の利害があまりにも複雑に絡み合い、敵と味方が複雑に入り乱れ、どの国も主張してきたことと行動してきたことが反対のことが多く、どの国もどこをも信じられず信じず、なにをどうやっても、にっちもさっちもよっちも!いかない、という状況に陥っている。もうどうしようもないということだろうか。欧米諸国の指導者たちも、やる気を失って萎びているように見える。今の状況が続くと、そのうち世界大戦が始まっていくだろうが、ある時点で世界は日本をリーダーとして担ぎだすかもしれない。お人好しでアホな日本しか世界は救えない、と。もちろん、アジアの数か国は反対するだろうが。しかし、日本は、蹴るだろう、蹴飛ばすだろう「そんな、損でバカな役割はやらん!」と。などとアホな小説のようなことを考えてみたが、さて、これから世界はどうなっていくのだろう。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)欧米人は精神的借金を積み上げるのが得意である欧米人の頭のよさは、理屈、理由づけ、言い訳、言葉での表現、といったところに主に発揮されるようだ。質の科学でみると、そういった行為は、やり方にもよるが、精神的借金を増やすことが多い、といえる。ただし、自分の方が損をするような在り方も交えてそれをやれば、その度合いは小さくなる。その観点から欧米を見渡すと、彼らは、現在までに精神的借金を膨大に積み上げてきているといえる。質の科学でいえば、その結果、彼らは没落していくことになる、となる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.22
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*金融制度の崩壊*その213*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*金融制度の崩壊世界中に設けられた膨大な赤字と、そこから生み出されている使える膨大な通貨、しかも使える通貨にはレバレッジがかけられさらに大きく流通している、というそれらの上で、それらがそう遠くない将来合体し、爆縮を起こすだろう。それは、現在の金融制度の崩壊を意味する。手短かにいうと、日本政府の財政赤字とそれによってその分増えている日本国民と世界中の人々の資産と使える通貨、アメリカの双子の赤字とさまざまなバブルによって増えている将来の負債(バブル崩壊によって顕在化する)とそれらによってその分増えている米国民と世界中の人々の資産と使える通貨、その他の国々についても同じことがいえる、というそれらの中で、財政破綻やバブル崩壊などで、資産や使える通貨と赤字・負債が合体し、使える通貨は劇的に減少し、資産価値も激減する、そういった時点が必ず訪れる、近い将来に、ということである。前にも少し書いたが、それは、物理法則の不確定性原理によって、一時的に空間から膨大なエネルギーを借りだせるが、次の瞬間にはそれがマイナスのそれと合体して空間に消えてしまう、という現象にそっくりである。通貨の場合、時間が歴史的時間となるので、数十年単位になるが。しかもそれはそれだけでは終わらない。そこにおいて残るものがある(そのエネルギーの場合もこの世界に何かを残すのだろう、たぶん)。世界中の人々に精神的借金が残る。いいこと・恵まれ・プラスの快の系統を受けた時につく変化が、人の心・精神系統のどこかに確かに残る。それは物理的事実である。そして人々は精神的借金を返させられる。つまり、世界中の人々を待ち受けているのは、とてつもない艱難辛苦である。質の科学で観るとそういうことになる。つまり、質時間回帰則=精神的収支の均衡の法則、によって、現在の金融体制はぶっ壊れる、と質の科学は教える。特筆すべきことは、そういった人類の中でも、特別に大きく精神的借金を積み上げた人たちがいる、ということだ。そういう者たちを将来待ち受けているのは、極めつけの地獄の最深部、そこでの永遠に近い地獄の極限の生活、そういうことになる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)手抜きと工夫この長い題名のシリーズで、クオリアについて書いた部分は十いくつかあります。今、それらをまとめてみようとしているんですが、字数制限があるため、手抜きをして書き継いできたので、苦労しています。前日のものに、書き継いでいくにあたって、一番最後に加えたケースがもちろん一番多いんだけれど、途中に書き加えたり、一番前に書き加えたりしたので、それらをまとめようとすると、苦労します。一応、そこらのことに配慮して、番号に工夫をしてきたつもりなんですが、それでもなおややこしく、やりにくいことはなはだしい。これなら、最初から新たに書いた方が楽だ、というくらいに。文書ソフトに書いてからコピーすればいいのはわかっているんだけど、直接書いた方が、やる気がでますからね。世界につながっているような感じがして。それに、直接書くと、クラッシュしたりフリーズすることも稀にだけれどある。それでも、直接書きたい。直接書く書かないはべつとして、まとめるにあたってフリーページを利用すれば、かなりやりやすいことを発見しました。使い方を研究すれば、かなりいけそうです。まあ、なんとか少しずつまとめていきます。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先世界は世界情勢にいっそう気をつけなければならない状況になってきた。この先;不況とインフレとの重なったスタグフレーションが起こり始める世界的な戦争が起こり始める世界の金融制度が破綻する世界経済が大混乱に陥り、現在の形の資本主義はぶっ壊れる異常気象による不作その他などで食糧危機が起こる新しい伝染病が世界中を襲う世界的に社会不安が激化していき混乱が始まっていく天変地異がひどくなっていく世界中がめちゃくちゃになっていくそういった状況になっていく可能性がそれぞれ高い。世界はずれこんだ世紀末の時代に突入していく。さて、なんとかしなければ。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)デフレ圧力とインフレ圧力このところの資源・エネルギー価格の暴騰(インフレ圧力となる)によって、新興工業国など、それらの価格上昇でもろに影響を受ける国々は非常に大きな影響を受けつづけている。今現在、それらはかなり下がってきているが、そういった国々の株価は暴落したままである。世界中の金融機関の貸出しも慎重になってきているし、金融機関、投資・投機機関などが、投資・投機におけるレバレッジを下げてきているので、金余りという状況は大きく変化していき、金足らず、という状況がそのうちやってくるかもしれない。そうなると、それはデフレ圧力となっていく。しかし、新興工業国での、物価・人件費・その他の費用は上昇を続けているので、その分、割り引きされたインフレが続いていくのだろうか。株価も上がりにくいし、不況もやってきそうである。やはり、世界はスタグフレーションに突入していくのだろうか。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)クオリア・意識内容の質感について多くの人がもつ、意識についての問題のひとつについて考えてみましょう(私も、中学生の頃だったと思いますが、その頃から考えてきました)。たとえば、「赤」という色は、どの人も同じに意識し味わっているのだろうか、という課題です。ここまでの研究によれば、クオリア・意識内容の質感は、なんらかのエネルギーの波動パターンに対応しているはずです。その波動パターンとその変化は、意識の器(主体)の中で展開されていく。そこにおいて、「赤色」としてまったく同じ波動パターンが、意識の主体の中に存在している場合は、まったく同じ「赤色」を意識し味わうが、その波動パターンが微妙に異なっていることもあって、その場合は、微妙に異なった「赤色」を意識し味わう、ということになります。つまり、同じ「赤」という色でも、脳の情報処理によって微妙な違いが生じるので、人によって、微妙に異なって意識し味わっていることもあるし、まったく同じ「赤」を意識し味わっていることもある、という結論になります。繰り返しになるけれども、その微妙な違いは、脳の情報処理によって生じる(ほかにも可能性はあるかもしれない)ので、同じ人でも、それまで見ていた色によってそれが変わってくるし、身体の調子によっても異なってくる。さらに、人の体質によっても違いがあるかもしれない。以上がその答えのひとつです。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)どうしようもない世界の情勢・状況今や、世界のさまざまな問題は、解決の方法が見いだせなくなってしまっているかのようにみえる。国々の利害があまりにも複雑に絡み合い、敵と味方が複雑に入り乱れ、どの国も主張してきたことと行動してきたことが反対のことが多く、どの国もどこをも信じられず信じず、なにをどうやっても、にっちもさっちもよっちも!いかない、という状況に陥っている。もうどうしようもないということだろうか。欧米諸国の指導者たちも、やる気を失って萎びているように見える。今の状況が続くと、そのうち世界大戦が始まっていくだろうが、ある時点で世界は日本をリーダーとして担ぎだすかもしれない。お人好しでアホな日本しか世界は救えない、と。もちろん、アジアの数か国は反対するだろうが。しかし、日本は、蹴るだろう、蹴飛ばすだろう「そんな、損でバカな役割はやらん!」と。などとアホな小説のようなことを考えてみたが、さて、これから世界はどうなっていくのだろう。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)欧米人は精神的借金を積み上げるのが得意である欧米人の頭のよさは、理屈、理由づけ、言い訳、言葉での表現、といったところに主に発揮されるようだ。質の科学でみると、そういった行為は、やり方にもよるが、精神的借金を増やすことが多い、といえる。ただし、自分の方が損をするような在り方も交えてそれをやれば、その度合いは小さくなる。その観点から欧米を見渡すと、彼らは、現在までに精神的借金を膨大に積み上げてきているといえる。質の科学でいえば、その結果、彼らは没落していくことになる、となる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.21
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*クオリアと意識4ー2*その212*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について4ー2(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)ここで再び変換についての研究に戻る。それ以外の変換として、イメージ思考で拾い上げたのはこんなイメージです。意識の器(意識の主体)は、なんらかのエネルギー的な存在である、というのはそのままです。まずは、「意識の器」を、時間変化を伴った三次元(とりあえず)の存在とみなして、それが、脳を覆っている・脳に重なっている(あるいは何らかに連絡している)として、意識の器の任意の点におけるエネルギー密度をρと表して(ρの次元はエネルギー/体積)、そのρは、脳のニューロンたちの活動における電位(あるいは加えることの磁界)の変化に感応して、ρが時間と共に変動するのでρ(t)で(ここでエネルギーがいくらか意識の器に入ってきそうである)、任意の点のエネルギーを全体に渡って積分して;S=∫dxdydzρ(t)dt;S=意識の器全体のエネルギーの総量ρ(t)は位置によって異なるので、ρ(t)→ρ(x,y,z,t)S=∫dxdydzρ(t)dt→S=∫ρ(x,y,z,t)dxdydzdt(数学的にもいい加減な表現です)となって・・・S/dxdydzdt=ρ(x,y,z,t)(数学的にもいい加減な表現です)これは、エネルギーについての密度関数の微分方程式といったところでしょうか。その系の総エネルギーSは時刻によって変動するのかしないのか、場合分けする必要があるでしょう(任意の点におけるエネルギーは変動する)。Sが変動するとしたら、エネルギーが外部に出ていったり、外部からはいってきたりする、ということになります(先に、ここでエネルギーがいくらか入ってきそうである、という個所あり)。そのイメージとしては、先にだした、「池」のたとえ(二次元的ですが)が参考になるでしょう。しかし・・・まだまだ必要な項目やより具体的なことに対応したなにかが足りない・・・それを解こうとしても解けないでしょうね。それは関数化できるようなシロモノではないだろう、よって解けないだろう、場合分けと確率的な記述ならできるかもしれないけれど、といったような可能性については既に記しました、知性などについての研究のところで。(このモデルは初出ですが)。解けた場合は、その「変換」がどこかにでてくるでしょう。でもとにかく、解けそうにない。と思ったものの、もうちょっと踏ん張ってみましょう。まず、脳におけるニューロンの活動の位置は点ではなく、ある程度の範囲をもった領域(シナプスでの活動についても)です。その意味では、そこにおいては極限の操作をなす微分や積分は必要ではないのかもしれません。一方、意識の器のほうは、エネルギーのまとまった存在として、そのモデルと理論は(筆者は、という意味と同じ)考えています。*そこでは、微積分を使えるという立場、脳に対応させるのだから極限の操作は無意味であり、微積分は使えないという立場、のふたつがあるでしょう。しかし、意識の器は精密・緻密なエネルギーのまとまり、と考えられるので、近似的に微積分を一応適用できる、とみなしましょう。*先の記述においては、脳のニューロンたちの活動による、それらの電界(あるいは加えることの磁界)の変動が、そこを覆っている(あるいはなんらかに連絡している)意識の主体の多くの点(点といっても広がりのある領域でしょう)に、なんらかの変動を与え、その変動が意識の器全体に(瞬時に)波及していく、ということになるでしょう。意識の器は、一体性・全体性をもっている意識し味わう存在・実体ですから、それら波及していく変動(波動パターン)が、意識内容であり、そこに意識も意識内容の質(クオリア)も発生する、ということになるでしょう。さて、問題の「変換」です;脳は、意識の器の規格・性能・特性に則ってつくられている、とすれば(仮定ですが、それ以外ないでしょう)、脳のニューロンたちの活動(局所的・部分的な)によるエネルギーの変動を、脳のあちこち(それらに接している・連絡している)にそのまま送り込んだら、それらが意識の器全体に波及し、そのままで意識の器の中で、全体性・一体性をもった情報(心的内容・意識内容)に総合・統合されてしまう、ということである可能性が高い。たとえば、動画撮影のためのデジタル式カメラは、走査という操作をやっており、それを画面に映し出せば、元の映像(に似たもの)が再現されます。(たんなる単映像カメラ(フィルム式を含めて)でも、電子的に情報を送るためには、走査という操作を行います)。それと同じようなことが、意識の器~脳の系では起こっているのだろう、ということです。(あるいは、既に述べたように、ホログラム変換、フーリエ変換、の可能性も排除できません)ですから、その立場では、その「変換」は、意識の器の中で自動的になされる可能性が高い、と考えられます。注)既に述べましたが、脳に端子を設け、視覚信号や聴覚信号として、カメラやマイク的な信号を直接送り込むと、脳はそれに有効に対応していくそうです。そのことは、脳は意識の器の規格・性能・特性に基づいて設計されつくられている、という印象をもたらします。注)さらに、人間において、ある種の薬剤によって、見ている景色がゆがむ、といった現象も起こるそうなので、それも同じく直近の結論に至らせます。脳が本来どおりに働かないと、映像が歪む、と解釈できるからです。そこで、その「変換」を研究するにはどうすればいいか考えてみましょう。脳におけるニューロンの活動を観察記録し、さらに、意識の主体における波動のようすを観察記録する。最小単位時刻毎にそれらを比較する(もちろん、記録をなさず、同時に比較してもよい)。すると、その「変換」がわかる。ほかのやり方もあるでしょうが、基本的にはそういうことですね。つまり、脳におけるニューロンたちの活動をなんらかに記述し、それをなんらかに変換すると、意識の器の中での複雑な波動パターンとその経時変化がでてくる、という関係になっているわけです。(たとえば、フーリエ級数と一本化した複雑な波動。たとえば、行列と一本化した複雑な波動。たとえば、元の映像とホログラム。など)MRI的手法を用いると、そこのところに迫れるかもしれません。MRIでの解析においてもフーリエ変換(二次元、三次元)が用いられているので、なおさら参考になるかもしれません。MRIにおいては、脳のすべての位置からでている情報が、すべて混じり合って、一本化された信号(たとえば、絵の情報を電送するとして、電送するその信号のようになっている)(ある意味、ホログラムにもいくらか似ている? 原理は異なるけれど、似た面がありそうです)になるので、それをフーリエ変換で、元の情報に戻し(そのときに位置の情報まででてくる)、脳のすべての地図のようなものを作る、ということをやっているようですから、参考になるかもしれません。それは、局所的なさまざまな情報が一本化されている姿(変換するまでもなく、自然にそうなる)を示しているという面ももっています。(それは、オーケストラの演奏をマイクで拾うと、一本化された音楽情報になっている、というのと基本的に同じです)。それを脳と意識の器の関係にもっていくと、脳のあちこちのニューロンが活動し、そのときにそれぞれが電位や磁界の変化を生じ、それら変化たちがそこから出ていき、(ほんの)少し離れたところでは、それら変化たちが入り混じって一本化された情報(変化・変動)になっており、それが意識の主体に送り込まれると、本来の心的内容・意識内容になってしまう、というイメージですか。あるいは、少し前に述べたような、意識の器には、ばらばらな情報のままで入る、というモデルの方があたっているのかもしれません。ともかく非常に参考になりそうです。注)MRIについては、参考になりそうな気がしたので、ネットで探して、難しいことがたくさん書かれているのを、さっと見ただけですので、勘違いがあるかもしれません。そのほか、もちろん、私の書いているものすべてについても、勘違いや間違いはあるでしょう。イメージスケッチ・書きなぐりですから。脳波もそれらになんらかに関係しているかもしれません。脳波をフーリエ変換すると、ニューロンたちのそれぞれの活動のようすがわかるとか(ひとまとまりになったもの→個々)、脳波は、意識の器の中での波動パターンになんらかに対応しているとか、そういった関係になっているのかもしれません。参考までに:位置ベクトルの場合、なんらかの位置ベクトルを加えると、視点を変換することができる。たとえば、かなり以前に述べた(ブログで)惑星の運動量時間回帰における視点で、惑星自体から見る立場を、太陽から見る立場に変換する例を挙げた。そこには、ホログラフィーと共通したなにかがあるのではないか。で、意識の器の次元を、一応、時間変化を伴った三次元として、フーリエ級数的に、その基本波動をはじめとしてうんぬん、ということも既に書きましたが、それは波動関数ということになるんでしょうね。このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.21
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*クオリアと意識3ー3*その211*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について3ー3(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)さてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、もっとも本質的・根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。それは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてを(一応)もっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば(あるいは加えることの、それぞれの光がやってきた方向)、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。普通、レンズなしでは(特に眼にあるレンズ)景色は見ることができない、と思いますよね。ところが、そうとはいいきれないようです。前の方には、映像としてのすべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。注)このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器に送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、とまずは可能性を考えてみるわけです。そう戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。ふたつの眼によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったやり方でなされているのでしょうか。それはホログラムではない。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)二つの眼それぞれにやってくる対象の景色からの光の集団は、わずかな違いがある。つまり、どちらか一方の眼にやってくる光量子たちすべてとまったく同じそれらが別な方の眼にやってくることはなく、いくらか異なったものたちがやってくる。それらやってくる光の集団をそれぞれの眼が位相情報を切捨て情報化する。そして、それら二つの眼からの映像情報を突き合わせると、そのわずかな違い・差の間に干渉が起こって、新しい一本化された情報となる。その一本化された情報とは、対象の立体映像である。となっているのだろうか。その一本化された情報の中に、位相の情報を甦らせている、ということはありうるのだろうか。景色からの直接の情報が最も情報量が大きく、元の情報(眼たちからの)はそれより情報量が小さい。元の情報(眼たちからの)から一番情報量の大きな原情報(景色からの)を再構築することは不可能だろう。削ぎ落とした情報を再生させることはできない(難しい)からである。(ただし、再生する定式化された方法があれば話しは別だが。たとえば、コンピューターで3Dアニメをつくるソフトのようなものが。それでも完全には再構築できないはずだ)。少し前にもどります。景色からの光の集団が意識の器に至るとどうなるか、考えられることを考えてみましょう。その中のそれぞれの光量子たちが、意識の器を構成するエネルギー素子に入り込み、とか、意識の器を構成するエネルギー素子が、それぞれの光量子たちから情報を受け取り、とか、意識の器の中で、それら光の集団がいっぱいに広がって、とか、ともかく、その光の集団そのものか、それからの情報が、意識の器の中で波動パターンになる、といった可能性はあるでしょう。それは、意識の主体が脳から離れたら、レンズなしで直接景色を意識し味わうことができる、ということを意味します。注)意識の器は、なんらかのひとつのエネルギー的存在である可能性についても既に言及しています。さてそこで、それ以外の;音の世界についても同様で、意識の主体(器)は、音の振動に直接触れると、そこから情報を得て、直接音の世界を意識し味わうことができてもおかしくない。匂いの世界についても同様で、意識の主体(器)は、匂い分子に直接触れると、そこから情報を得て、直接匂いを意識し味わうことができるのかもしれない。そのほか、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかもしれない。意識の器は波動性がきわめて高いから、すべての存在に共振できる可能性をもっているのではないか。それは映像による認識ではない。それは直接認識といえる。その共振による情報も、最も根元的な情報・表現形態のひとつである可能性が高い。(意識の主体が他の意識の主体と共振したらどうなるか。知性体が他の知性体と共振したらどうなるか)。ここでは、意識の器の中での波動パターンは、どういった姿をとるのだろうか、ということも追求しているわけですが、それについてどう考えていけばよいのでしょうか。視覚情報の場合、対象の映像がどのような形で反映されているか、聴覚情報の場合は、音そのものがどのような形で反映されているか、そのものずばりの情報がそのままで波動パターンをとる場合、どうなっているのか(そのものずばりの情報というのは、視覚情報、聴覚情報も含めて言っている。そのほか匂い情報もあるが、そのものずばりの情報、という表現は意味がはっきりしない表現で削除しようかと迷う。しかし、なにか魅力があるので、あえて残しておきます。イメージ思考を刺激してくれるから)など、追求すべきことはたくさんあります。そのほかの情報の場合は(思考、感情、知性的な働きによる心的内容、身体を動かすときの心的内容、感覚、そのほか)、まったく推察もできない(それも、そのものずばりの情報ともいえるだろう)。実際に意識の器のそれを観察するしかなさそうである。このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.21
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**その210*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*手抜きと工夫この長い題名のシリーズで、クオリアについて書いた部分は十いくつかあります。今、それらをまとめてみようとしているんですが、字数制限があるため、手抜きをして書き継いできたので、苦労しています。前日のものに、書き継いでいくにあたって、一番最後に加えたケースがもちろん一番多いんだけれど、途中に書き加えたり、一番前に書き加えたりしたので、それらをまとめようとすると、苦労します。一応、そこらのことに配慮して、番号に工夫をしてきたつもりなんですが、それでもなおややこしく、やりにくいことはなはだしい。これなら、最初から新たに書いた方が楽だ、というくらいに。文書ソフトに書いてからコピーすればいいのはわかっているんだけど、直接書いた方が、やる気がでますからね。世界につながっているような感じがして。それに、直接書くと、クラッシュしたりフリーズすることも稀にだけれどある。それでも、直接書きたい。直接書く書かないはべつとして、まとめるにあたってフリーページを利用すれば、かなりやりやすいことを発見しました。使い方を研究すれば、かなりいけそうです。まあ、なんとか少しずつまとめていきます。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先世界は世界情勢にいっそう気をつけなければならない状況になってきた。この先;不況とインフレとの重なったスタグフレーションが起こり始める世界的な戦争が起こり始める世界の金融制度が破綻する世界経済が大混乱に陥り、現在の形の資本主義はぶっ壊れる異常気象による不作その他などで食糧危機が起こる新しい伝染病が世界中を襲う世界的に社会不安が激化していき混乱が始まっていく天変地異がひどくなっていく世界中がめちゃくちゃになっていくそういった状況になっていく可能性がそれぞれ高い。世界はずれこんだ世紀末の時代に突入していく。さて、なんとかしなければ。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)デフレ圧力とインフレ圧力このところの資源・エネルギー価格の暴騰(インフレ圧力となる)によって、新興工業国など、それらの価格上昇でもろに影響を受ける国々は非常に大きな影響を受けつづけている。今現在、それらはかなり下がってきているが、そういった国々の株価は暴落したままである。世界中の金融機関の貸出しも慎重になってきているし、金融機関、投資・投機機関などが、投資・投機におけるレバレッジを下げてきているので、金余りという状況は大きく変化していき、金足らず、という状況がそのうちやってくるかもしれない。そうなると、それはデフレ圧力となっていく。しかし、新興工業国での、物価・人件費・その他の費用は上昇を続けているので、その分、割り引きされたインフレが続いていくのだろうか。株価も上がりにくいし、不況もやってきそうである。やはり、世界はスタグフレーションに突入していくのだろうか。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)クオリア・意識内容の質感について多くの人がもつ、意識についての問題のひとつについて考えてみましょう(私も、中学生の頃だったと思いますが、その頃から考えてきました)。たとえば、「赤」という色は、どの人も同じに意識し味わっているのだろうか、という課題です。ここまでの研究によれば、クオリア・意識内容の質感は、なんらかのエネルギーの波動パターンに対応しているはずです。その波動パターンとその変化は、意識の器(主体)の中で展開されていく。そこにおいて、「赤色」としてまったく同じ波動パターンが、意識の主体の中に存在している場合は、まったく同じ「赤色」を意識し味わうが、その波動パターンが微妙に異なっていることもあって、その場合は、微妙に異なった「赤色」を意識し味わう、ということになります。つまり、同じ「赤」という色でも、脳の情報処理によって微妙な違いが生じるので、人によって、微妙に異なって意識し味わっていることもあるし、まったく同じ「赤」を意識し味わっていることもある、という結論になります。繰り返しになるけれども、その微妙な違いは、脳の情報処理によって生じる(ほかにも可能性はあるかもしれない)ので、同じ人でも、それまで見ていた色によってそれが変わってくるし、身体の調子によっても異なってくる。さらに、人の体質によっても違いがあるかもしれない。以上がその答えのひとつです。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)どうしようもない世界の情勢・状況今や、世界のさまざまな問題は、解決の方法が見いだせなくなってしまっているかのようにみえる。国々の利害があまりにも複雑に絡み合い、敵と味方が複雑に入り乱れ、どの国も主張してきたことと行動してきたことが反対のことが多く、どの国もどこをも信じられず信じず、なにをどうやっても、にっちもさっちもよっちも!いかない、という状況に陥っている。もうどうしようもないということだろうか。欧米諸国の指導者たちも、やる気を失って萎びているように見える。今の状況が続くと、そのうち世界大戦が始まっていくだろうが、ある時点で世界は日本をリーダーとして担ぎだすかもしれない。お人好しでアホな日本しか世界は救えない、と。もちろん、アジアの数か国は反対するだろうが。しかし、日本は、蹴るだろう、蹴飛ばすだろう「そんな、損でバカな役割はやらん!」と。などとアホな小説のようなことを考えてみたが、さて、これから世界はどうなっていくのだろう。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)欧米人は精神的借金を積み上げるのが得意である欧米人の頭のよさは、理屈、理由づけ、言い訳、言葉での表現、といったところに主に発揮されるようだ。質の科学でみると、そういった行為は、やり方にもよるが、精神的借金を増やすことが多い、といえる。ただし、自分の方が損をするような在り方も交えてそれをやれば、その度合いは小さくなる。その観点から欧米を見渡すと、彼らは、現在までに精神的借金を膨大に積み上げてきているといえる。質の科学でいえば、その結果、彼らは没落していくことになる、となる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先人類は天気情報での衛星からの映像を見ていると、今年の夏は日本列島の南西海上に雲がなく周辺部だけにある、という状況が続くことが多いですね。台風の発生する時期、場所と規模にも変化が現れてきている。冬場に巨大な強い低気圧が発生し、ひとつで日本列島全土に風を吹かせたりするし、風の多い日が増えてきてもいるし、気候が変わってきていることを実感します。さまざまな生き物や植物の分布にも大きな変化がでてきていると報じられています。さらに地磁気が非常に弱くなってきているそうです。地球環境は破壊・汚染され、地球が生き物だったら、怒りだすところでしょう。太陽の活動にも異変が見られ、それが地球にも大きな影響を及ぼすという。こうなってくると、この先世界はいったいどうなっていくんだろう、という心配・懸念が人類全体に広がっていくことでしょう。このところ人類の活動が、特に生産と消費のそれが極端に激しくなってきているので、それもなんらかに関係があるのでしょう。たとえば、気温上昇は、CO2などの保温効果の高い気体が大気中に増えたからであるという説も強く主張されているし、ひょっとしたら、人類の心の過激化・乱れが、なんらかに影響している可能性もあるのかもしれません。質の科学では、人類の精神的借金が現在膨大になってきていると判断し、この先、質時間回帰で、その借金を返させるために大変な事態がやってくる、という結論になるんですが、それを避けるにはどうしたらよいのでしょうか。質の科学では、不便で苦しい生活を送れば、精神的借金が返せる・精神的貯金を積める、となるので、現在のような生活水準をかなり落とせば、その大変な事態を和らげることができるのかもしれません。具体的には、できるだけ車は使わない、省エネ・節電・節水に努める、地産地消を心がける、娯楽を減らし勉強を増やす、流行を追い求めない、便利な機器を使うことを減らす、などでしょうか。ぼくはそれらを心がけています。完全ではないですが。実際のところ、それだけでは足らず、電気・機械文明の度合いを、かなり昔の状態に戻すのが最善なんでしょうが、それはムリというもの。そこで、自然・地球・宇宙が、なんらかのやり方で、人類の精神的借金・質時間の総量を劇的に減らすことを強いてくることになっていくでしょう。人間もその心も自然の一部ですから、人間もそれに参加させられていくことでしょう。恐いことですが、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.20
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*クオリアと意識3ー2*その209*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について3ー2(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)さてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、もっとも本質的・根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。それは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてを(一応)もっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば(あるいは加えることの、それぞれの光がやってきた方向)、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。普通、レンズなしでは(特に眼にあるレンズ)景色は見ることができない、と思いますよね。ところが、そうとはいいきれないようです。前の方には、すべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。注)このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器の送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、と考えてみるわけです。そう戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。ふたつの眼によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったやり方でなされているのでしょうか。それはホログラムではない。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)二つの眼それぞれにやってくる対象の景色からの光の集団は、わずかな違いがある。つまり、どちらか一方の眼にやってくる光量子たちすべてとまったく同じそれらが別な方の眼にやってくることはなく、いくらか異なったものたちがやってくる。それらやってくる光の集団をそれぞれの眼が位相情報を切捨て情報化する。そして、それら二つの眼からの映像情報を突き合わせると、そのわずかな違い・差の間に干渉が起こって、新しい一本化された情報となる。その一本化された情報とは、対象の立体映像である。となっているのだろうか。その一本化された情報の中に、位相の情報を甦らせている、ということはありうるのだろうか。景色からの直接の情報が最も情報量が大きく、元の情報(眼からの)はそれより情報量が小さい。元の情報(眼たちからの)から一番情報量の大きな原情報(景色からの)を再構築することは不可能だろう。削ぎ落とした情報を再生させることはできない(難しい)からである。(ただし、再生する定式化された方法があれば話しは別だが。たとえば、コンピューターで3Dアニメをつくるソフトのようなものが。それでも完全には再構築できないはずだ)。少し前にもどります。景色からの光の集団が意識の器に至るとどうなるか、考えられることを考えてみましょう。その中のそれぞれの光量子たちが、意識の器を構成するエネルギー素子に入り込み、とか、意識の器を構成するエネルギー素子が、それぞれの光量子たちから情報を受け取り、とか、意識の器の中で、それら光の集団がいっぱいに広がって、とか、ともかく、その光の集団そのものか、それからの情報が、意識の器の中で波動パターンになる、といった可能性はあるでしょう。注)意識の器は、なんらかのひとつのエネルギー的存在である可能性についても既に言及しています。さてそこで、それ以外の;音の世界についても同様で、意識の主体(器)は、音の振動に直接触れると、そこから情報を得て、直接音の世界を意識し味わうことができてもおかしくない。匂いの世界についても同様で、意識の主体(器)は、匂い分子に直接触れると、そこから情報を得て、直接匂いを意識し味わうことができるのかもしれない。そのほか、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかもしれない。意識の器は波動性がきわめて高いから、すべての存在に共振できる可能性をもっているのではないか。それは直接認識といえる。その共振による情報も、最も根元的な情報・表現形態のひとつである可能性が高い。ここでは、意識の器の中での波動パターンは、どういった姿をとるのだろうか、ということも追求しているわけですが、それについてどう考えていけばよいのでしょうか。視覚情報の場合、対象の映像がどのような形で反映されているか、聴覚情報の場合は、音そのものがどのような形で反映されているか、そのものずばりの情報がそのままで波動パターンをとる場合、どうなっているのか(そのものずばりの情報というのは、視覚情報、聴覚情報も含めて言っている。そのほか匂い情報もあるが、そのものずばりの情報、という表現は意味がはっきりしない表現で削除しようかと迷う。しかし、なにか魅力があるので、あえて残しておきます。イメージ思考を刺激してくれるから)など、追求すべきことはたくさんあります。そのほかの情報の場合は(思考、感情、知性的な働きによる心的内容、身体を動かすときの心的内容、感覚、そのほか)、まったく推察もできない(それも、そのものずばりの情報ともいえるだろう)。実際に意識の器のそれを観察するしかなさそうである。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.20
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*クオリアと意識2ー6*その208*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について2ー6(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)質の科学においては、意識以外の機能もまったく変化しないケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)だけ特別に扱っており、その上で、それが事実である可能性を否定しています(現実はそうでないということ)。そのほかの場合・ケースにおいては、まったく同じ結論が導きだされます。(詳しくは別なところで記します)。以上の解説をかんたんに説明すると、脳は分業になっていて、意識の部分・部位、その他の機能の部分・部位たちに分けられ、後者たちはどうにでも変化していくし変化できるが、意識は変化せず変わらないために自分はいつでも自分である、ということになります。注)先に述べた「意識」の定義から、同じ人の意識は一生変化しない、という結論がでてきます。それを「意識不変の原理」と名づけましょう。あるいは、同じ人の中で、一生変化しないものは「意識」であり(「意識不変の原理」)、そこから「意識」を定義することもできます。つまり、変化していくものは「意識」を構成しない、ということです。以上のように、「意識」については、「意識不変の原理」というものがあって、意識自体は決して変化しない、意識内容は千変万化していく、という立場に立っています。脳の情報処理における変換さて、人間の外からの情報を感覚器官で脳に送り込み、さらに意識の器に送り込むにあたってのその流れの中にある変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。あるいはそれに加えて、脳の活動(思考、感情、知性、その他)による心的内容を、意識の器に送り込むにあたっての変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。(それらふたつの項目の内容の実体は、複合している・絡まり合っている)そこでは、ニューロンたちの局所的な活動が、非局所的で一体性・全体性をもつ心的内容・意識内容へと変換されています。考えつくままに列記してみます。フーリエ変換ホログラフィー変換走査ツイスター変換的変換(これは、茂木健一郎さんのサイトで知ったもので、茂木さんのアイディアです)などが参考になるかもしれません。フーリエ変換は時間をたたみ込んでしまう。ホログラフィー変換においては、全体に部分が含まれ、部分に全体が含まれてしまう。走査は、時間のズレがあっても、それをゼロにしてしまう(ゼロにみえるようにする)。ツイスター変換的変換は、局所的なものたちを非局所的な在り方に変換する。ただし、そういった変換ができたとしても、変換された情報の送り込み先というものはあるはずであり(先に述べたことの延長線上にある仮定)、そこは、一体性・全体性を形作っている何か、つまり意識の器、でしょう。その対応・変換、は、意識の器・意識内容の「実体・性質・特性・規格」が出発点になっていることはいうまでもありません。意識の器・意識内容の規格を考慮せずに、脳の中でたんに変換としてよさそうな変換をやってみたら=脳がそうつくられていたら、それがちゃんと、意識の器の機能・意識内容の規格、に正確に対応していた、などということは考えられないからです。ただ、脳に直接端子を設け、音や映像の装置からの信号を送り込み続けると、脳はそれに適応していく、という現象・事実を現す、ということはあるそうですが。それもなんらかに関係しているのかもしれません。質の科学における「意識」「意識の器」と変換へのアプローチそこで、「意識」のもつ特性である、一体性・全体性、が、脳の中において、脳の活動において、どう構成・現出されるか考えてみましょう。脳のなかで最も波動性が高いのは電子です。中間子は一時的にしか現れないだろうし、その波動性は電子よりはるかに小さいものです。クォークがあるとしてもまずは現れないだろう(結合して納まっているという感じですか)。超ひも理論の超ひもがあったとしてもそれも現れないだろう(これも結合して納まっているという感じですか)。その電子にアプローチしてみましょう。特殊な関係性をもったふたつの電子が、どんなに離れていても、瞬時に特殊な情報みたいなものを交換できる、という現象はあるけれども、意識やクオリアに関わっているようにみえる数多くの電子たちが、一体性・全体性を形づくることはない・できない。とくに波動性においてそうである。(物質的にですらそうであるともいえる。離ればなれである)そういう結論に至ります。ということは、電子たちは「意識の器」を構成できないということになります。(電子一個または数個のなんらかの状態に意識が生じる、とすると、おかしなことがいくつかでてきて、その可能性は否定されるだろう)つまり、「意識の器」というものは、物質的には構成できない・つくれない、ということになっります。となると、いったいどういうことになるのでしょうか。人間には意識はないということになる、ということはないのは確かです。ということは、「意識の器」というものは、先に述べたように、なんらかのエネルギーが一体性・全体性をもってひとまとまりになったものである、とするしかないということでしょう。ついで、その変換ですが、質の科学では、そこのところは、「なんらかに変換して」で済ませています。それで十分なんです。質の科学においては。なぜなら、質の科学では、意識の主体(意識の器)というものの存在は、さまざまな根拠からいって、自明のことである、としているからです。つまり、脳はさまざまな情報を局所的・並列的に処理しているけれども、それらは結局なんらかに変換され、意識の主体(器)に送り込まれ、そこで意識・意識内容(クオリアを含む)が生じる、という結論を得ているのです。なぜそういえるのかというとこうなります。まず、脳の中で、局所的に情報処理を行っているニューロンたちの一団、そういった一団が数多くあり、それらの一団たちの多くが欠けても、意識は変わらず存在します。ということは、それらは、意識を担っているのではなく、意識に送り込む情報の処理をやっているにすぎない、ということになります。(そのことは、意識は決して変化せず、それ以外の脳の機能たちはどうにでも変化できるし変化していく、ということでもあります)。ということは、「意識の器」はどこかに存在する、ということになるでしょう。(それに関してもその他にもいくつもの根拠があり、それらを私のブログ(楽天ブログ。ハンドルネーム・春楽天)のあちこちに挙げてあります(私のノートやPCなどにも書き込んであります))。さらに可能性として考えて、脳がホログラフィー的な在り方をしていたとしても、結局は、「意識の器」は存在するという、同じ結論に至ります。その変換と数学現在、先に述べた変換が課題になっているようなので、それに非常に興味をもちました。私の数学の力は、まったくもってたいしたことはなくて微々たるものですが、私はなんでも考えたがるので、ヒマが増えたら、それに挑戦するかもしれません。数学というのは、既存の数学の中に必要なものがなければ、つくりだせば(発見すれば)よい、という興味深いものでもあります。その数学が矛盾なく働き、現実に適用したばあい、現実に対応した結果を示せればそれでオーケーなわけです。おもしろいですね。そういった数学によって、有効な変換が探しだせ、結論にたどり着いたらたぶん、先に述べた「意識の器」の存在が導きだされていることになるでしょう。「意識の器」へのアプローチさて、「意識の器(主体)」なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。そのほかにも;池の水面に、砂粒をたくさん投げ入れると、砂粒たちによって波紋源がたくさん発生し、それら波たちが合成されて複雑な波紋のパターンをつくりだす、そういったイメージのモデル。超ひも的な存在によって構成され、波動性が非常に高く波動性においてひとまとまりになったもの、というイメージのモデル。波動性の非常に高いエネルギーたちがなんらかの結びつける力によってひとまとまりにされ一体性・全体性を形づくっているもの、という、かなり量子力学的イメージのモデル。そういったものが考えられます。こうアプローチしてきて、その変換について気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換です。(手入れ、一応済み)(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.20
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**その207*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*この先世界は世界情勢にいっそう気をつけなければならない状況になってきた。この先;不況とインフレとの重なったスタグフレーションが起こり始める世界的な戦争が起こり始める世界の金融制度が破綻する世界経済が大混乱に陥り、現在の形の資本主義はぶっ壊れる異常気象による不作その他などで食糧危機が起こる新しい伝染病が世界中を襲う世界的に社会不安が激化していき混乱が始まっていく天変地異がひどくなっていく世界中がめちゃくちゃになっていくそういった状況になっていく可能性がそれぞれ高い。世界はずれこんだ世紀末の時代に突入していく。さて、なんとかしなければ。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)デフレ圧力とインフレ圧力このところの資源・エネルギー価格の暴騰(インフレ圧力となる)によって、新興工業国など、それらの価格上昇でもろに影響を受ける国々は非常に大きな影響を受けつづけている。今現在、それらはかなり下がってきているが、そういった国々の株価は暴落したままである。世界中の金融機関の貸出しも慎重になってきているし、金融機関、投資・投機機関などが、投資・投機におけるレバレッジを下げてきているので、金余りという状況は大きく変化していき、金足らず、という状況がそのうちやってくるかもしれない。そうなると、それはデフレ圧力となっていく。しかし、新興工業国での、物価・人件費・その他の費用は上昇を続けているので、その分、割り引きされたインフレが続いていくのだろうか。株価も上がりにくいし、不況もやってきそうである。やはり、世界はスタグフレーションに突入していくのだろうか。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)クオリア・意識内容の質感について多くの人がもつ、意識についての問題のひとつについて考えてみましょう(私も、中学生の頃だったと思いますが、その頃から考えてきました)。たとえば、「赤」という色は、どの人も同じに意識し味わっているのだろうか、という課題です。ここまでの研究によれば、クオリア・意識内容の質感は、なんらかのエネルギーの波動パターンに対応しているはずです。その波動パターンとその変化は、意識の器(主体)の中で展開されていく。そこにおいて、「赤色」としてまったく同じ波動パターンが、意識の主体の中に存在している場合は、まったく同じ「赤色」を意識し味わうが、その波動パターンが微妙に異なっていることもあって、その場合は、微妙に異なった「赤色」を意識し味わう、ということになります。つまり、同じ「赤」という色でも、脳の情報処理によって微妙な違いが生じるので、人によって、微妙に異なって意識し味わっていることもあるし、まったく同じ「赤」を意識し味わっていることもある、という結論になります。繰り返しになるけれども、その微妙な違いは、脳の情報処理によって生じる(ほかにも可能性はあるかもしれない)ので、同じ人でも、それまで見ていた色によってそれが変わってくるし、身体の調子によっても異なってくる。さらに、人の体質によっても違いがあるかもしれない。以上がその答えのひとつです。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)どうしようもない世界の情勢・状況今や、世界のさまざまな問題は、解決の方法が見いだせなくなってしまっているかのようにみえる。国々の利害があまりにも複雑に絡み合い、敵と味方が複雑に入り乱れ、どの国も主張してきたことと行動してきたことが反対のことが多く、どの国もどこをも信じられず信じず、なにをどうやっても、にっちもさっちもよっちも!いかない、という状況に陥っている。もうどうしようもないということだろうか。欧米諸国の指導者たちも、やる気を失って萎びているように見える。今の状況が続くと、そのうち世界大戦が始まっていくだろうが、ある時点で世界は日本をリーダーとして担ぎだすかもしれない。お人好しでアホな日本しか世界は救えない、と。もちろん、アジアの数か国は反対するだろうが。しかし、日本は、蹴るだろう、蹴飛ばすだろう「そんな、損でバカな役割はやらん!」と。などとアホな小説のようなことを考えてみたが、さて、これから世界はどうなっていくのだろう。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)欧米人は精神的借金を積み上げるのが得意である欧米人の頭のよさは、理屈、理由づけ、言い訳、言葉での表現、といったところに主に発揮されるようだ。質の科学でみると、そういった行為は、やり方にもよるが、精神的借金を増やすことが多い、といえる。ただし、自分の方が損をするような在り方も交えてそれをやれば、その度合いは小さくなる。その観点から欧米を見渡すと、彼らは、現在までに精神的借金を膨大に積み上げてきているといえる。質の科学でいえば、その結果、彼らは没落していくことになる、となる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先人類は天気情報での衛星からの映像を見ていると、今年の夏は日本列島の南西海上に雲がなく周辺部だけにある、という状況が続くことが多いですね。台風の発生する時期、場所と規模にも変化が現れてきている。冬場に巨大な強い低気圧が発生し、ひとつで日本列島全土に風を吹かせたりするし、風の多い日が増えてきてもいるし、気候が変わってきていることを実感します。さまざまな生き物や植物の分布にも大きな変化がでてきていると報じられています。さらに地磁気が非常に弱くなってきているそうです。地球環境は破壊・汚染され、地球が生き物だったら、怒りだすところでしょう。太陽の活動にも異変が見られ、それが地球にも大きな影響を及ぼすという。こうなってくると、この先世界はいったいどうなっていくんだろう、という心配・懸念が人類全体に広がっていくことでしょう。このところ人類の活動が、特に生産と消費のそれが極端に激しくなってきているので、それもなんらかに関係があるのでしょう。たとえば、気温上昇は、CO2などの保温効果の高い気体が大気中に増えたからであるという説も強く主張されているし、ひょっとしたら、人類の心の過激化・乱れが、なんらかに影響している可能性もあるのかもしれません。質の科学では、人類の精神的借金が現在膨大になってきていると判断し、この先、質時間回帰で、その借金を返させるために大変な事態がやってくる、という結論になるんですが、それを避けるにはどうしたらよいのでしょうか。質の科学では、不便で苦しい生活を送れば、精神的借金が返せる・精神的貯金を積める、となるので、現在のような生活水準をかなり落とせば、その大変な事態を和らげることができるのかもしれません。具体的には、できるだけ車は使わない、省エネ・節電・節水に努める、地産地消を心がける、娯楽を減らし勉強を増やす、流行を追い求めない、便利な機器を使うことを減らす、などでしょうか。ぼくはそれらを心がけています。完全ではないですが。実際のところ、それだけでは足らず、電気・機械文明の度合いを、かなり昔の状態に戻すのが最善なんでしょうが、それはムリというもの。そこで、自然・地球・宇宙が、なんらかのやり方で、人類の精神的借金・質時間の総量を劇的に減らすことを強いてくることになっていくでしょう。人間もその心も自然の一部ですから、人間もそれに参加させられていくことでしょう。恐いことですが、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)意識の主体(器)についてさて、意識の主体(器)なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。その場合、そのコンデンサーとコイルは、意識の器においてはどんなものなのか・・・エネルギー的なもののはずなのですが・・・むずかしい・・・未知のなにかをこうアプローチしてきて、いちばん気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換意識の器の中での波動パターンを(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.19
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*クオリアと意識3*その206*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について3(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)さてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、もっとも本質的・根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。それは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてを(一応)もっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば(あるいは加えることの、それぞれの光がやってきた方向)、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。普通、レンズなしでは(特に眼にあるレンズ)景色は見ることができない、と思いますよね。ところが、そうとはいいきれないようです。前の方には、すべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。(このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります)。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器の送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、と考えてみるわけです。そう戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。ふたつの眼によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったやり方でなされているのでしょうか。それはホログラムではない。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)二つの眼それぞれにやってくる対象の景色からの光の集団は、わずかな違いがある。つまり、どちらか一方の眼にやってくる光量子たちすべてとまったく同じそれらが別な方の眼にやってくることはなく、いくらか異なったものたちがやってくる。それらやってくる光の集団をそれぞれの眼が位相情報を切捨て情報化する。そして、それら二つの眼からの映像情報を突き合わせると、そのわずかな違い・差の間に干渉が起こって、新しい一本化された情報となる。その一本化された情報とは、対象の立体映像である。となっているのだろうか。その一本化された情報の中に、位相の情報を甦らせている、ということはありうるのだろうか(それができるなら、元の情報(眼たちからの)から一番大きな元情報(景色からの)を再構築していることになるので、不可能だろう)景色からの光の集団が意識の器に至ると;その中のそれぞれの光量子たちが、意識の器を構成するエネルギー素子に入り込み、とか、意識の器を構成するエネルギー素子が、それぞれの光量子たちから情報を受け取り、とか、意識の器の中で、それら光の集団がいっぱいに広がって、とか、ともかく、その光の集団そのものか、それからの情報が、意識の器の中で波動パターンになる、(意識の器は、なんらかのひとつのエネルギー的存在である可能性についても既に言及しています)音の世界についても同様で、意識の主体(器)は、音の振動に直接触れると、そこから情報を得て、直接音の世界を意識し味わうことができてもおかしくない。匂いの世界についても同様で、意識の主体(器)は、匂い分子に直接触れると、そこから情報を得て、直接匂いを意識し味わうことができるのかもしれない。そのほか、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかもしれない。意識の器は波動性がきわめて高いから、すべての存在に共振できる可能性をもっているのではないか。(それは直接認識といえる)その情報も、最も根元的な情報・表現形態のひとつである可能性が高い。そもそも、意識の器の中での波動パターンは、どういった姿をとるのだろうか、ということも追求しているわけですが、それについてどう考えていけばよいのでしょうか。視覚情報の場合、対象の映像がどのような形で反映されているか、聴覚情報の場合は、音そのものがどのような形で反映されているか、そのものずばりの情報がそのままで波動パターンをとる場合、どうなっているのか、など、追求すべきことはたくさんあります。そのほかの情報の場合は(思考、感情、知性的な働きによる心的内容、身体を動かすときの心的内容、感覚、そのほか)、まったく推察もできない、実際に意識の器のそれを観察するしかなさそうである。
2008.08.19
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*クオリアと意識2ー5*その204*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について2ー5(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)質の科学においては、意識以外の機能もまったく変化しないケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)だけ特別に扱っており、その上で、それが事実である可能性を否定しています(現実はそうでないということ)。そのほかの場合・ケースにおいては、まったく同じ結論が導きだされます。(詳しくは別なところで記します)。以上の解説をかんたんに説明すると、脳は分業になっていて、意識の部分・部位、その他の機能の部分・部位たちに分けられ、後者たちはどうにでも変化していくし変化できるが、意識は変化せず変わらないために自分はいつでも自分である、ということになります。注)先に述べた「意識」の定義から、同じ人の意識は一生変化しない、という結論がでてきます。それを「意識不変の原理」と名づけましょう。あるいは、同じ人の中で、一生変化しないものは「意識」であり(「意識不変の原理」)、そこから「意識」を定義することもできます。つまり、変化していくものは「意識」を構成しない、ということです。以上のように、「意識」については、「意識不変の原理」というものがあって、意識自体は決して変化しない、意識内容は千変万化していく、という立場に立っています。脳の情報処理における変換さて、人間の外からの情報を感覚器官で脳に送り込み、さらに意識の器に送り込むにあたってのその流れの中にある変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。あるいはそれに加えて、脳の活動(思考、感情、知性、その他)による心的内容を、意識の器に送り込むにあたっての変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。(それらふたつの項目の内容の実体は、複合している・絡まり合っている)そこでは、ニューロンたちの局所的な活動が、非局所的で一体性・全体性をもつ心的内容・意識内容へと変換されています。考えつくままに列記してみます。フーリエ変換ホログラフィー変換走査ツイスター変換的変換(これは、茂木健一郎さんのサイトで知ったもので、茂木さんのアイディアです)などが参考になるかもしれません。フーリエ変換は時間をたたみ込んでしまう。ホログラフィー変換においては、全体に部分が含まれ、部分に全体が含まれてしまう。走査は、時間のズレがあっても、それをゼロにしてしまう(ゼロにみえるようにする)。ツイスター変換的変換は、局所的なものたちを非局所的な在り方に変換する。ただし、そういった変換ができたとしても、変換された情報の送り込み先というものはあるはずであり(先に述べたことの延長線上にある仮定)、そこは、一体性・全体性を形作っている何か、つまり意識の器、でしょう。その対応・変換、は、意識の器・意識内容の「実体・性質・特性・規格」が出発点になっていることはいうまでもありません。意識の器・意識内容の規格を考慮せずに、脳の中でたんに変換としてよさそうな変換をやってみたら=脳がそうつくられていたら、それがちゃんと、意識の器の機能・意識内容の規格、に正確に対応していた、などということは考えられないからです。ただ、脳に直接端子を設け、音や映像の装置からの信号を送り込み続けると、脳はそれに適応していく、という現象・事実を現す、ということはあるそうですが。それもなんらかに関係しているのかもしれません。質の科学における「意識」「意識の器」と変換へのアプローチそこで、「意識」のもつ特性である、一体性・全体性、が、脳の中において、脳の活動において、どう構成・現出されるか考えてみましょう。脳のなかで最も波動性が高いのは電子です。中間子は一時的にしか現れないだろうし、その波動性は電子よりはるかに小さいものです。クォークがあるとしてもまずは現れないだろう(結合して納まっているという感じですか)。超ひも理論の超ひもがあったとしてもそれも現れないだろう(これも結合して納まっているという感じですか)。その電子にアプローチしてみましょう。特殊な関係性をもったふたつの電子が、どんなに離れていても、瞬時に特殊な情報みたいなものを交換できる、という現象はあるけれども、意識やクオリアに関わっているようにみえる数多くの電子たちが、一体性・全体性を形づくることはない・できない。とくに波動性においてそうである。(物質的にですらそうであるともいえる。離ればなれである)そういう結論に至ります。ということは、電子たちは「意識の器」を構成できないということになります。(電子一個または数個のなんらかの状態に意識が生じる、とすると、おかしなことがいくつかでてきて、その可能性は否定されるだろう)つまり、「意識の器」というものは、物質的には構成できない・つくれない、ということになっります。となると、いったいどういうことになるのでしょうか。人間には意識はないということになる、ということはないのは確かです。ということは、「意識の器」というものは、先に述べたように、なんらかのエネルギーが一体性・全体性をもってひとまとまりになったものである、とするしかないということでしょう。ついで、その変換ですが、質の科学では、そこのところは、「なんらかに変換して」で済ませています。それで十分なんです。質の科学においては。なぜなら、質の科学では、意識の主体(意識の器)というものの存在は、さまざまな根拠からいって、自明のことである、としているからです。つまり、脳はさまざまな情報を局所的・並列的に処理しているけれども、それらは結局なんらかに変換され、意識の主体(器)に送り込まれ、そこで意識・意識内容(クオリアを含む)が生じる、という結論を得ているのです。なぜそういえるのかというとこうなります。まず、脳の中で、局所的に情報処理を行っているニューロンたちの一団、そういった一団が数多くあり、それらの一団たちの多くが欠けても、意識は変わらず存在します。ということは、それらは、意識を担っているのではなく、意識に送り込む情報の処理をやっているにすぎない、ということになります。(そのことは、意識は決して変化せず、それ以外の脳の機能たちはどうにでも変化できるし変化していく、ということでもあります)。ということは、「意識の器」はどこかに存在する、ということになるでしょう。(それに関してもその他にもいくつもの根拠があり、それらを私のブログ(楽天ブログ。ハンドルネーム・春楽天)のあちこちに挙げてあります(私のノートやPCなどにも書き込んであります))。さらに可能性として考えて、脳がホログラフィー的な在り方をしていたとしても、結局は、「意識の器」は存在するという、同じ結論に至ります。その変換と数学現在、先に述べた変換が課題になっているようなので、それに非常に興味をもちました。私の数学の力は、まったくもってたいしたことはなくて微々たるものですが、私はなんでも考えたがるので、ヒマが増えたら、それに挑戦するかもしれません。数学というのは、既存の数学の中に必要なものがなければ、つくりだせば(発見すれば)よい、という興味深いものでもあります。その数学が矛盾なく働き、現実に適用したばあい、現実に対応した結果を示せればそれでオーケーなわけです。おもしろいですね。そういった数学によって、有効な変換が探しだせ、結論にたどり着いたらたぶん、先に述べた「意識の器」の存在が導きだされていることになるでしょう。「意識の器」へのアプローチさて、「意識の器(主体)」なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。そのほかにも;池の水面に、砂粒をたくさん投げ入れると、砂粒たちによって波紋源がたくさん発生し、それら波たちが合成されて複雑な波紋のパターンをつくりだす、そういったイメージのモデル。超ひも的な存在によって構成され、波動性が非常に高く波動性においてひとまとまりになったもの、というイメージのモデル。波動性の非常に高いエネルギーたちがなんらかの結びつける力によってひとまとまりにされ一体性・全体性を形づくっているもの、というイメージのモデル。そういったものが考えられます。こうアプローチしてきて、気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換です。意識の器の中での波動パターンを(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.19
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**その204*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*デフレ圧力とインフレ圧力このところの資源・エネルギー価格の暴騰(インフレ圧力となる)によって、新興工業国など、それらの価格上昇でもろに影響を受ける国々は非常に大きな影響を受けつづけている。今現在、それらはかなり下がってきているが、そういった国々の株価は暴落したままである。世界中の金融機関の貸出しも慎重になってきているし、金融機関、投資・投機機関などが、投資・投機におけるレバレッジを下げてきているので、金余りという状況は大きく変化していき、金足らず、という状況がそのうちやってくるかもしれない。そうなると、それはデフレ圧力となっていく。しかし、新興工業国での、物価・人件費・その他の費用は上昇を続けているので、その分、割り引きされたインフレが続いていくのだろうか。株価も上がりにくいし、不況もやってきそうである。やはり、世界はスタグフレーションに突入していくのだろうか。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)クオリア・意識内容の質感について多くの人がもつ、意識についての問題のひとつについて考えてみましょう(私も、中学生の頃だったと思いますが、その頃から考えてきました)。たとえば、「赤」という色は、どの人も同じに意識し味わっているのだろうか、という課題です。ここまでの研究によれば、クオリア・意識内容の質感は、なんらかのエネルギーの波動パターンに対応しているはずです。その波動パターンとその変化は、意識の器(主体)の中で展開されていく。そこにおいて、「赤色」としてまったく同じ波動パターンが、意識の主体の中に存在している場合は、まったく同じ「赤色」を意識し味わうが、その波動パターンが微妙に異なっていることもあって、その場合は、微妙に異なった「赤色」を意識し味わう、ということになります。つまり、同じ「赤」という色でも、脳の情報処理によって微妙な違いが生じるので、人によって、微妙に異なって意識し味わっていることもあるし、まったく同じ「赤」を意識し味わっていることもある、という結論になります。繰り返しになるけれども、その微妙な違いは、脳の情報処理によって生じる(ほかにも可能性はあるかもしれない)ので、同じ人でも、それまで見ていた色によってそれが変わってくるし、身体の調子によっても異なってくる。さらに、人の体質によっても違いがあるかもしれない。以上がその答えのひとつです。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)どうしようもない世界の情勢・状況今や、世界のさまざまな問題は、解決の方法が見いだせなくなってしまっているかのようにみえる。国々の利害があまりにも複雑に絡み合い、敵と味方が複雑に入り乱れ、どの国も主張してきたことと行動してきたことが反対のことが多く、どの国もどこをも信じられず信じず、なにをどうやっても、にっちもさっちもよっちも!いかない、という状況に陥っている。もうどうしようもないということだろうか。欧米諸国の指導者たちも、やる気を失って萎びているように見える。今の状況が続くと、そのうち世界大戦が始まっていくだろうが、ある時点で世界は日本をリーダーとして担ぎだすかもしれない。お人好しでアホな日本しか世界は救えない、と。もちろん、アジアの数か国は反対するだろうが。しかし、日本は、蹴るだろう、蹴飛ばすだろう「そんな、損でバカな役割はやらん!」と。などとアホな小説のようなことを考えてみたが、さて、これから世界はどうなっていくのだろう。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)欧米人は精神的借金を積み上げるのが得意である欧米人の頭のよさは、理屈、理由づけ、言い訳、言葉での表現、といったところに主に発揮されるようだ。質の科学でみると、そういった行為は、やり方にもよるが、精神的借金を増やすことが多い、といえる。ただし、自分の方が損をするような在り方も交えてそれをやれば、その度合いは小さくなる。その観点から欧米を見渡すと、彼らは、現在までに精神的借金を膨大に積み上げてきているといえる。質の科学でいえば、その結果、彼らは没落していくことになる、となる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先人類は天気情報での衛星からの映像を見ていると、今年の夏は日本列島の南西海上に雲がなく周辺部だけにある、という状況が続くことが多いですね。台風の発生する時期、場所と規模にも変化が現れてきている。冬場に巨大な強い低気圧が発生し、ひとつで日本列島全土に風を吹かせたりするし、風の多い日が増えてきてもいるし、気候が変わってきていることを実感します。さまざまな生き物や植物の分布にも大きな変化がでてきていると報じられています。さらに地磁気が非常に弱くなってきているそうです。地球環境は破壊・汚染され、地球が生き物だったら、怒りだすところでしょう。太陽の活動にも異変が見られ、それが地球にも大きな影響を及ぼすという。こうなってくると、この先世界はいったいどうなっていくんだろう、という心配・懸念が人類全体に広がっていくことでしょう。このところ人類の活動が、特に生産と消費のそれが極端に激しくなってきているので、それもなんらかに関係があるのでしょう。たとえば、気温上昇は、CO2などの保温効果の高い気体が大気中に増えたからであるという説も強く主張されているし、ひょっとしたら、人類の心の過激化・乱れが、なんらかに影響している可能性もあるのかもしれません。質の科学では、人類の精神的借金が現在膨大になってきていると判断し、この先、質時間回帰で、その借金を返させるために大変な事態がやってくる、という結論になるんですが、それを避けるにはどうしたらよいのでしょうか。質の科学では、不便で苦しい生活を送れば、精神的借金が返せる・精神的貯金を積める、となるので、現在のような生活水準をかなり落とせば、その大変な事態を和らげることができるのかもしれません。具体的には、できるだけ車は使わない、省エネ・節電・節水に努める、地産地消を心がける、娯楽を減らし勉強を増やす、流行を追い求めない、便利な機器を使うことを減らす、などでしょうか。ぼくはそれらを心がけています。完全ではないですが。実際のところ、それだけでは足らず、電気・機械文明の度合いを、かなり昔の状態に戻すのが最善なんでしょうが、それはムリというもの。そこで、自然・地球・宇宙が、なんらかのやり方で、人類の精神的借金・質時間の総量を劇的に減らすことを強いてくることになっていくでしょう。人間もその心も自然の一部ですから、人間もそれに参加させられていくことでしょう。恐いことですが、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)意識の主体(器)についてさて、意識の主体(器)なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。その場合、そのコンデンサーとコイルは、意識の器においてはどんなものなのか・・・エネルギー的なもののはずなのですが・・・むずかしい・・・未知のなにかをこうアプローチしてきて、いちばん気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換意識の器の中での波動パターンを(途中ですが、現在の世界の金融状況についてイメージ思考でちょっと考えてみました。<結論:彼ら欧米諸国とその国民たちは、精神的借金を更に増大させ、質時間回帰により、世界の金融破綻がより過激なものになっていく>その思考過程:欧米の金融機関の多くが、さまざまな債券でとんでもない損失をだしているはずなのに、それが少ししか表面化してきていない。彼らは必死で隠す手段を講じているとしか考えられない。。そのことは、他の国々に損失を押しつけることになる可能性が高いのではないか。さらに、彼ら国民たちの精神的借金が桁外れに膨大になっているのに、さらにその精神的借金を増やそうとしていることになる。よって、質時間回帰によって、世界の金融破綻がより劇的なものになっていくだろう)さて、そういった(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.18
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*クオリアと意識2ー4*その203*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について2ー4(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)質の科学においては、意識以外の機能もまったく変化しないケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)だけ特別に扱っており、その上で、それが事実である可能性を否定しています(現実はそうでないということ)。そのほかの場合・ケースにおいては、まったく同じ結論が導きだされます。(詳しくは別なところで記します)。以上の解説をかんたんに説明すると、脳は分業になっていて、意識の部分・部位、その他の機能の部分・部位たちに分けられ、後者たちはどうにでも変化していくし変化できるが、意識は変化せず変わらないために自分はいつでも自分である、ということになります。注)先に述べた「意識」の定義から、同じ人の意識は一生変化しない、という結論がでてきます。それを「意識不変の原理」と名づけましょう。あるいは、同じ人の中で、一生変化しないものは「意識」であり(「意識不変の原理」)、そこから「意識」を定義することもできます。つまり、変化していくものは「意識」を構成しない、ということです。以上のように、「意識」については、「意識不変の原理」というものがあって、意識自体は決して変化しない、意識内容は千変万化していく、という立場に立っています。脳の情報処理における変換さて、人間の外からの情報を感覚器官で脳に送り込み、さらに意識の器に送り込むにあたってのその流れの中にある変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。あるいはそれに加えて、脳の活動(思考、感情、知性、その他)による心的内容を、意識の器に送り込むにあたっての変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。(それらふたつの項目の内容の実体は、複合している・絡まり合っている)そこでは、ニューロンたちの局所的な活動が、非局所的で一体性・全体性をもつ心的内容・意識内容へと変換されています。考えつくままに列記してみます。フーリエ変換ホログラフィー変換走査ツイスター変換的変換(これは、茂木健一郎さんのサイトで知ったもので、茂木さんのアイディアです)などが参考になるかもしれません。フーリエ変換は時間をたたみ込んでしまう。ホログラフィー変換においては、全体に部分が含まれ、部分に全体が含まれてしまう。走査は、時間のズレがあっても、それをゼロにしてしまう(ゼロにみえるようにする)。ツイスター変換的変換は、局所的なものたちを非局所的な在り方に変換する。ただし、そういった変換ができたとしても、変換された情報の送り込み先というものはあるはずであり(先に述べたことの延長線上にある仮定)、そこは、一体性・全体性を形作っている何か、つまり意識の器、でしょう。その対応・変換、は、意識の器・意識内容の「実体・性質・特性・規格」が出発点になっていることはいうまでもありません。意識の器・意識内容の規格を考慮せずに、脳の中でたんに変換としてよさそうな変換をやってみたら=脳がそうつくられていたら、それがちゃんと、意識の器の機能・意識内容の規格、に正確に対応していた、などということは考えられないからです。ただ、脳に直接端子を設け、音や映像の装置からの信号を送り込み続けると、脳はそれに適応していく、という現象・事実を現す、ということはあるそうですが。それもなんらかに関係しているのかもしれません。質の科学における「意識」「意識の器」と変換へのアプローチそこで、「意識」のもつ特性である、一体性・全体性、が、脳の中において、脳の活動において、どう構成・現出されるか考えてみましょう。脳のなかで最も波動性が高いのは電子です。中間子は一時的にしか現れないだろうし、その波動性は電子よりはるかに小さいものです。クォークがあるとしてもまずは現れないだろう(結合して納まっているという感じですか)。超ひも理論の超ひもがあったとしてもそれも現れないだろう(これも結合して納まっているという感じですか)。その電子にアプローチしてみましょう。特殊な関係性をもったふたつの電子が、どんなに離れていても、瞬時に特殊な情報みたいなものを交換できる、という現象はあるけれども、意識やクオリアに関わっているようにみえる数多くの電子たちが、一体性・全体性を形づくることはない・できない。とくに波動性においてそうである。(物質的にですらそうであるともいえる。離ればなれである)そういう結論に至ります。ということは、電子たちは「意識の器」を構成できないということになります。(電子一個または数個のなんらかの状態に意識が生じる、とすると、おかしなことがいくつかでてきて、その可能性は否定されるだろう)つまり、「意識の器」というものは、物質的には構成できない・つくれない、ということになっります。となると、いったいどういうことになるのでしょうか。人間には意識はないということになる、ということはないのは確かです。ということは、「意識の器」というものは、先に述べたように、なんらかのエネルギーが一体性・全体性をもってひとまとまりになったものである、とするしかないということでしょう。ついで、その変換ですが、質の科学では、そこのところは、「なんらかに変換して」で済ませています。それで十分なんです。質の科学においては。なぜなら、質の科学では、意識の主体(意識の器)というものの存在は、さまざまな根拠からいって、自明のことである、としているからです。つまり、脳はさまざまな情報を局所的・並列的に処理しているけれども、それらは結局なんらかに変換され、意識の主体(器)に送り込まれ、そこで意識・意識内容(クオリアを含む)が生じる、という結論を得ているのです。なぜそういえるのかというとこうなります。まず、脳の中で、局所的に情報処理を行っているニューロンたちの一団、そういった一団が数多くあり、それらの一団たちの多くが欠けても、意識は変わらず存在します。ということは、それらは、意識を担っているのではなく、意識に送り込む情報の処理をやっているにすぎない、ということになります。(そのことは、意識は決して変化せず、それ以外の脳の機能たちはどうにでも変化できるし変化していく、ということでもあります)。ということは、「意識の器」はどこかに存在する、ということになるでしょう。(それに関してもその他にもいくつもの根拠があり、それらを私のブログ(楽天ブログ。ハンドルネーム・春楽天)のあちこちに挙げてあります(私のノートやPCなどにも書き込んであります))。さらに可能性として考えて、脳がホログラフィー的な在り方をしていたとしても、結局は、「意識の器」は存在するという、同じ結論に至ります。その変換と数学現在、先に述べた変換が課題になっているようなので、それに非常に興味をもちました。私の数学の力は、まったくもってたいしたことはなくて微々たるものですが、私はなんでも考えたがるので、ヒマが増えたら、それに挑戦するかもしれません。数学というのは、既存の数学の中に必要なものがなければ、つくりだせば(発見すれば)よい、という興味深いものでもあります。その数学が矛盾なく働き、現実に適用したばあい、現実に対応した結果を示せればそれでオーケーなわけです。おもしろいですね。そういった数学によって、有効な変換が探しだせ、結論にたどり着いたらたぶん、先に述べた「意識の器」の存在が導きだされていることになるでしょう。「意識の器」へのアプローチさて、「意識の器(主体)」なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。そのほかにも、池の水面、超ひも的なものによって構成されたもの、波動性の非常に高いエネルギーたちがなんらかの結びつける力によってひとまとまりにされ一体性・全体性を形づくっているもの、こうアプローチしてきて、いちばん気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換意識の器の中での波動パターンを(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.18
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*クオリアと意識1ー4*その202*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について1ー4(主に過去に書いたものをまとめる・手を入れる)質の科学におけるクオリアの位置づけ2007年の末あたり、書店で、茂木健一郎さんの本をぺらぺらとめくっていたら、クオリア、という単語がでてきたので、「これは、英語ではクオリティーとなっている単語の語源のラテン語あたりの単語からきてるんだろうな。質感とでもいう意味に定義しているのだろうか。質の科学の質とかなり似ているんじゃないだろうか」という感想をもったことがありました。そこで、この七月にはいったあたりから、ネットでそういったことについていくらか読んでみました。いやあ、そういったことについてもさまざまな情報が溢れていますね。ネットというのはほんとにありがたいもんです。とくに、茂木健一郎さんのいくつものサイトは、そういった方面の宝の山ですね。刺激になります。ありがたいことです。私は、そういった人々の研究とは没交渉で質の科学の研究(私独自のもの)をしてきていたのですが、おおいなる関連があることがわかって、嬉しくなってきました。そういった方々は、主に、脳とその活動を精密に分析して、そこに現れる現象・観察結果をもとに仮説をたてておられます。いわば、帰納的なやり方が多いようです。一方、質の科学では、たいした精密さが要求されないやり方で研究がなされてきました。鍵になる考え方・概念の発見によって、さらに、帰納的な方法と演繹的な方法の両建て、などによってそれが推進されてきたのです。それができるのも、イメージ思考のおかげだと思っています。クオリアというのは、まだ少しかじっただけですが、意識が意識し味わう「心的内容の実質・意識内容の実質・味わい・質・質感・意識内容に伴う質感」といったふうな意味に私は今のところ解釈しています。質の科学の「質」というのは、そのクオリアという概念・意味に加えて、意識内容が意識の主体(あるいはその近辺)(別なところで詳述します)に方向性をもった変化を残す「性質・質・方向性・ベクトルのような性質性」をもっています。あるいはこうもいえるでしょう。クオリアという質感にも、ほとんどのばあい、方向性・ベクトルのような性質性をもっている、という性質・属性の項目を加えれば、「質」と同じ概念・意味になる、と。で、ほとんどの「質」には、正があればその反がある、という性質をもっています。ちょうど、運動量のようにです。運動量に対応させて「質」を研究してきた、という面もあります。その研究結果は、現実に対応しているようにみえます。「質A」を意識し味わえば、意識の主体(あとで詳述します)にそれに応じた変化がつきます。それを質時間と名づけます。質を意識し味わった時間で積分した、方向をもった量(位置ベクトルに対応)です。さらに、「質A」の反である、「反質A」を意識し味わえば、その変化は元に戻ります。ちょうど、北に十メーター歩いたあと、南に十メーター歩けば、元の位置に戻るのといっしょです。質の科学における「質」というものは、そういった性質ももっています。脳の情報処理における局所性と意識の一体性・全体性さて、茂木健一郎さんは、クオリアと心・意識は、ニューロン(神経細胞)たちの活動(発火)によって生じるのだろう、という仮説をたてています。それはもっともな仮説で、普通、それ以外には見当たらないでしょう。そして、ひとつのニューロンから別なニューロンに情報が伝達される間の時間経過は知覚にとってゼロであるはずだ、という結論がでるそうです。なぜなら、それらニューロンの活動が時間経過を伴わないひとつの知覚を構成しているから、と。さらに、心・意識の発生は、脳全体(あるいは、脳全体に近い広い領域。その非局所性の対象となる領域。その非局所性がみられる領域)に拠っているようにみえる(あるいは、という事実がある)という観察結果があるそうです。そういったふうに、当然ながらこの分野でも多くの研究が、脳・神経細胞の活動を観察することによって結論を得ようとしているようです。そういった方面についてのいくつかの他の仮説があることも知りましたが、そのポイントのひとつは、脳での情報処理の局所性をどうやって意識という非局所的な現象というか機能に変換しているのか・至らせているのか、ということ、ですかね。しかし、そういった研究が進んでもなお、意識発生の根本的・根元的なところは結局示せず、これこれこれのここに意識が発生する、これこれこれのこれが意識のハードウェアである、ということぐらいしか解明できないのでしょう。たとえば、人間はコンピューターを設計しつくり上げたけれど、さらに掘り下げて理解しようとしても、最も根本のところは理解できないように。別な表現でたとえれば、重力とは何か、物質とは何か、電気とは何か、といったことについても、利用する知識と計算方法は手にしたけれども、もっとも根元的な実体・実質の理解はできないように。質の科学における意識の研究さて、私は、「質の科学」という科学を研究し続けてきたのですが、私がもしその研究をやってきていなかったのならば、茂木さんと同じ仮説だけに到達していただろうと思います。「質の科学」では、茂木さんと同じ立場でもさまざまに考察しているし、その立場をひとつの可能性として建てて(立てて)います。それは当然の立場です。ニューロンの活動が、クオリアと意識の発生に関わっているようにみえる、というのは事実ですから。ただし、「質の科学」では、その他のありうる可能性についても研究しています。さてそこで、ここからは「質の科学」に基づいて論を進めていきます。まず、心・意識とはなにか? ということを考えてみます。心・意識とはなんでしょうか?と設問して、まずいことに気づきました。人によって異なりますが、心という概念には、知性的な何かが情報処理を行う機能の概念も含まれているからです。認識もそうです。知覚は、かなり意識だけの機能の概念を表していますが、それでも、知性がいくらか関わっているような機能の概念です。そこで、問題設定をやりなおします。意識とはなんでしょうか?ここでいう意識というのは、意識し味わう機能だけをもった何か・実体(器・ハードウェア)と、その機能(のようなもの)・意識の実体、のことです(ここの表現はすっきりしていません)。「~という意識をもった」とか、「意識傾向を調査する」などといった表現のばあい、それらの意識という単語は、心の内容、とか、心の内容の傾向、などといった知性的情報処理の意味合いを多少もっているので、そういった概念ははずします。ここでいう意識をコンピューターでムリにたとえれば、ディスプレイのようなものです。ディスプレイは本質的な情報処理の機能はもっていません。映像を映し出すだけの働きをもっています。ここでは、それをムリに意識にたとえてみることしかできません。つまりここでいう意識というのは、意識し味わう機能だけの意識です。そういった意識し味わうだけの意識、というものを想定できる根拠は確かにありますので、あとで挙げます。さてそこで、もう一度、問題提起です。意識とはなんでしょうか?意識というのは、物質そのものでないことは確かです。では、いったい何なんでしょうか?今現在の人類の知識の中で、その答えをだすならば、意識とは、エネルギーに伴われる(伴う)波動の世界である、という解答しかないように思えます。意識というのは、一体性・全体性を形づくっており、意識は無数の(数多くの)波動パターンをとることができ、時間とともにその波動パターンが変化していく、それが意識である、という答えしか探しだせません。まず、なんらかのエネルギーによるもので(組織された。あるいは単独の)一体性・全体性を形づくっている意識の器、というものがあって、それがさまざまな波動パターンをとる。その波動パターンが意識内容であり、そこに意識が生じる。それらをあわせて、普通、意識と呼んでいるのではないか。そういう答えです。今のところそれしかなさそうです。物質もエネルギーの一形態ですが、波動性・流動性が低すぎるので、まずは、エネルギーという、より波動性・流動性の高い形態のものに着目してみるのです。その上で、物質の組織では、物質的には一体性・全体性を形づくれますが、波動的には、一体性・全体性を形づくることはできないという事実から、意識というのは、上に述べたようなもの・存在なのだろう、という結論に至るわけです。それ以外にはないように思われます。そういった意識、そういった意識の器(ハードウェア)=意識の主体(意識の主体という用語はハードウェア以外の、意識、という意味に用いることもあります)、が脳になんらかの在り方で存在する、ということになるでしょう。そして、その意識の器に、神経細胞たちの活動によって、情報が送り込まれ、その意識の器の中で、意識と意識内容(クオリアも含めて)が生じる、ということになるのでしょう。そこにおいて、神経細胞たちの活動の局所性は非局所的なものへと統合もされるでしょう。ただし、質の科学においては、そのほかの在りようたちをも受け入れています。そのほかの可能性を排除しません。つまり、現在の世界のそういった方面の研究の立場も、可能性のいくつかとして追求していきます。質の科学では基本的に、可能性をすべて並べ挙げ、ひとつひとつについてどうなっているか研究・追求していくやり方を多くとっています。先に述べた「意識の器」の仮定以外に考えられる在り方は、いくつかあります。(それらは、意識の器を物質の組織とみて、研究を進めることになります。唯脳論的在り方です。ただし、先に述べた意識の器については、唯心論的であるとか唯脳論的でないとか、決めつけていません。というよりも、先に述べた「意識の器」の想定も、「意識の器」は物質で構成されているケースも含めている、ということです)。そこにおいてはまず、こう場合分けします。「脳全体が意識の器」「脳の一部が意識の器」「脳全体が意識の器」であった場合、さらにふたつのケースに分けられます。「意識自体と、脳の意識以外の機能が分けられるケース」と、「意識自体と、脳の意識以外の機能が分けられないケース(つまり、意識自体と、脳の意識以外の機能が一体となっているケース)」です。その後者のケースにおいてさらにふたつの場合、に分けられます。「意識以外の機能はまったく変化していかないケース」と、「意識以外の機能は変化していくケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)」です。(その後者においては、全部が変化していくケースと、部分的にしか変化していかないケースに分けられます)。このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.18
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*クオリア*その200*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリア・意識内容の質感について多くの人がもつ、意識についての問題のひとつについて考えてみましょう(私も、中学生の頃だったと思いますが、その頃から考えてきました)。たとえば、「赤」という色は、どの人も同じに意識し味わっているのだろうか、という課題です。ここまでの研究によれば、クオリア・意識内容の質感は、なんらかのエネルギーの波動パターンに対応しているはずです。その波動パターンとその変化は、意識の器(主体)の中で展開されていく。そこにおいて、「赤色」としてまったく同じ波動パターンが、意識の主体の中に存在している場合は、まったく同じ「赤色」を意識し味わうが、その波動パターンが微妙に異なっていることもあって、その場合は、微妙に異なった「赤色」を意識し味わう、ということになります。つまり、同じ「赤」という色でも、脳の情報処理によって微妙な違いが生じるので、人によって、微妙に異なって意識し味わっていることもあるし、まったく同じ「赤」を意識し味わっていることもある、という結論になります。繰り返しになるけれども、その微妙な違いは、脳の情報処理によって生じる(ほかにも可能性はあるかもしれない)ので、同じ人でも、それまで見ていた色によってそれが変わってくるし、身体の調子によっても異なってくる。さらに、人の体質によっても違いがあるかもしれない。以上がその答えのひとつです。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)どうしようもない世界の情勢・状況今や、世界のさまざまな問題は、解決の方法が見いだせなくなってしまっているかのようにみえる。国々の利害があまりにも複雑に絡み合い、敵と味方が複雑に入り乱れ、どの国も主張してきたことと行動してきたことが反対のことが多く、どの国もどこをも信じられず信じず、なにをどうやっても、にっちもさっちもよっちも!いかない、という状況に陥っている。もうどうしようもないということだろうか。欧米諸国の指導者たちも、やる気を失って萎びているように見える。今の状況が続くと、そのうち世界大戦が始まっていくだろうが、ある時点で世界は日本をリーダーとして担ぎだすかもしれない。お人好しでアホな日本しか世界は救えない、と。もちろん、アジアの数か国は反対するだろうが。しかし、日本は、蹴るだろう、蹴飛ばすだろう「そんな、損でバカな役割はやらん!」と。などとアホな小説のようなことを考えてみたが、さて、これから世界はどうなっていくのだろう。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)欧米人は精神的借金を積み上げるのが得意である欧米人の頭のよさは、理屈、理由づけ、言い訳、言葉での表現、といったところに主に発揮されるようだ。質の科学でみると、そういった行為は、やり方にもよるが、精神的借金を増やすことが多い、といえる。ただし、自分の方が損をするような在り方も交えてそれをやれば、その度合いは小さくなる。その観点から欧米を見渡すと、彼らは、現在までに精神的借金を膨大に積み上げてきているといえる。質の科学でいえば、その結果、彼らは没落していくことになる、となる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先人類は天気情報での衛星からの映像を見ていると、今年の夏は日本列島の南西海上に雲がなく周辺部だけにある、という状況が続くことが多いですね。台風の発生する時期、場所と規模にも変化が現れてきている。冬場に巨大な強い低気圧が発生し、ひとつで日本列島全土に風を吹かせたりするし、風の多い日が増えてきてもいるし、気候が変わってきていることを実感します。さまざまな生き物や植物の分布にも大きな変化がでてきていると報じられています。さらに地磁気が非常に弱くなってきているそうです。地球環境は破壊・汚染され、地球が生き物だったら、怒りだすところでしょう。太陽の活動にも異変が見られ、それが地球にも大きな影響を及ぼすという。こうなってくると、この先世界はいったいどうなっていくんだろう、という心配・懸念が人類全体に広がっていくことでしょう。このところ人類の活動が、特に生産と消費のそれが極端に激しくなってきているので、それもなんらかに関係があるのでしょう。たとえば、気温上昇は、CO2などの保温効果の高い気体が大気中に増えたからであるという説も強く主張されているし、ひょっとしたら、人類の心の過激化・乱れが、なんらかに影響している可能性もあるのかもしれません。質の科学では、人類の精神的借金が現在膨大になってきていると判断し、この先、質時間回帰で、その借金を返させるために大変な事態がやってくる、という結論になるんですが、それを避けるにはどうしたらよいのでしょうか。質の科学では、不便で苦しい生活を送れば、精神的借金が返せる・精神的貯金を積める、となるので、現在のような生活水準をかなり落とせば、その大変な事態を和らげることができるのかもしれません。具体的には、できるだけ車は使わない、省エネ・節電・節水に努める、地産地消を心がける、娯楽を減らし勉強を増やす、流行を追い求めない、便利な機器を使うことを減らす、などでしょうか。ぼくはそれらを心がけています。完全ではないですが。実際のところ、それだけでは足らず、電気・機械文明の度合いを、かなり昔の状態に戻すのが最善なんでしょうが、それはムリというもの。そこで、自然・地球・宇宙が、なんらかのやり方で、人類の精神的借金・質時間の総量を劇的に減らすことを強いてくることになっていくでしょう。人間もその心も自然の一部ですから、人間もそれに参加させられていくことでしょう。恐いことですが、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)意識の主体(器)についてさて、意識の主体(器)なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。その場合、そのコンデンサーとコイルは、意識の器においてはどんなものなのか・・・エネルギー的なもののはずなのですが・・・むずかしい・・・未知のなにかをこうアプローチしてきて、いちばん気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換意識の器の中での波動パターンを(途中ですが、現在の世界の金融状況についてイメージ思考でちょっと考えてみました。<結論:彼ら欧米諸国とその国民たちは、精神的借金を更に増大させ、質時間回帰により、世界の金融破綻がより過激なものになっていく>その思考過程:欧米の金融機関の多くが、さまざまな債券でとんでもない損失をだしているはずなのに、それが少ししか表面化してきていない。彼らは必死で隠す手段を講じているとしか考えられない。。そのことは、他の国々に損失を押しつけることになる可能性が高いのではないか。さらに、彼ら国民たちの精神的借金が桁外れに膨大になっているのに、さらにその精神的借金を増やそうとしていることになる。よって、質時間回帰によって、世界の金融破綻がより劇的なものになっていくだろう)さて、そういった(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.17
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*クオリアと意識2ー3*その202*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について2ー3(主に過去に書いたものをまとめる)質の科学においては、意識以外の機能もまったく変化しないケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)だけ特別に扱っており、その上で、それが事実である可能性を否定しています(現実はそうでないということ)。そのほかの場合・ケースにおいては、まったく同じ結論が導きだされます(詳しくは別なところで記します)。以上の解説をかんたんに説明すると、脳は分業になっていて、意識の部分・部位、その他の機能の部分・部位たちに分けられ、後者たちはどうにでも変化していくし変化できるが、意識は変化せず変わらないために自分はいつでも自分である、ということになります。注)先に述べた「意識」の定義から、同じ人の意識は一生変化しない、という結論がでてきます。それを「意識不変の原理」と名づけましょう。あるいは、同じ人の中で、一生変化しないものは「意識」であり(「意識不変の原理」)、そこから「意識」を定義することもできます。つまり、「意識」については、「意識不変の原理」というものがあって、意識自体は決して変化しない、意識内容は千変万化していく、という立場に立っています。さて、人間の外からの情報を感覚器官で脳に送り込み、さらに意識の器に送り込むにあたってのその流れの中にある変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。あるいはそれに加えて、脳の活動(思考、感情、知性、その他)による心的内容を、意識の器に送り込むにあたっての変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。(それらふたつの項目の内容の実体は、複合している・絡まり合っている)フーリエ変換ホログラフィー変換走査ツイスター変換的変換(これは、茂木健一郎さんのサイトで知ったもので、茂木さんのアイディアです)などが参考になるかもしれません。フーリエ変換は時間をたたみ込んでしまう。ホログラフィー変換においては、全体に部分が含まれ、部分に全体が含まれてしまう。走査は、時間のズレがあっても、それをゼロにしてしまう(ゼロにみえるようにする)。ツイスター変換的変換は、局所的なものたちを非局所的な在り方に変換する。ただし、そういった変換ができたとしても、変換された情報の送り込み先というものはあるはずであり(先に述べたことの延長線上にある仮定)、そこは、一体性・全体性を形作っている何か、つまり意識の器、でしょう。その対応・変換、は、意識の器・意識内容の「実体・性質・特性・規格」が出発点になっていることはいうまでもありません。意識の器・意識内容の規格を考慮せずに、脳の中でたんに変換としてよさそうな変換をやってみたら=脳がそうつくられていたら、それがちゃんと、意識の器の機能・意識内容の規格、に正確に対応していた、などということは考えられないからです。ただ、脳に直接端子を設け、音や映像の装置からの信号を送り込み続けると、脳はそれに適応していく、という現象・事実を現す、ということはあるそうですが。それもなんらかに関係しているのかもしれません。そこで、意識のもつ特性である、一体性・全体性、が、脳の中において、脳の活動において、どう構成・現出されるか考えてみましょう。脳のなかで最も波動性が高いのは電子です。中間子は一時的にしか現れないだろうし、その波動性は電子よりはるかに小さいものです。クォークがあるとしてもまずは現れないだろう(結合して納まっているという感じですか)。超ひも理論の超ひもがあったとしてもそれも現れないだろう(これも結合して納まっているという感じですか)。その電子にアプローチしてみましょう。特殊な関係性をもったふたつの電子が、どんなに離れていても、瞬時に特殊な情報みたいなものを交換できる、という現象はあるけれども、意識やクオリアに関わっているようにみえる数多くの電子たちが、一体性・全体性を形づくることはない・できない。とくに波動性においてそうである。(物質的にですらそうであるともいえる。離ればなれである)そういう結論に至ります。ということは、電子たちは意識の器を構成できないということになります。(電子一個または数個のなんらかの状態に意識が生じる、とすると、おかしなことがいくつかでてきて、その可能性は否定されるだろう)つまり、意識の器というものは、物質的には構成できない・つくれない、ということです。となると、いったいどういうことになるのでしょうか。人間には意識はないということになる、ということはないのは確かです。ということは、意識の器というものは、先に述べたように、なんらかのエネルギーがひとまとまりになったもの、とするしかないということでしょう。ついで、その変換ですが、質の科学では、そこのところは、「なんらかに変換して」で済ませています。それで十分なんです。質の科学においては。なぜなら、質の科学では、意識の主体(意識の器)というものの存在は、さまざまな根拠からいって、自明のことである、としているからです。つまり、脳はさまざまな情報を局所的・並列的に処理しているけれども、それらは結局なんらかに変換され、意識の主体(器)に送り込まれ、そこで意識・意識内容(クオリアを含む)が生じる、という結論を得ているのです。なぜそういえるのかというとこうなります。まず、脳の中で、局所的に情報処理を行っているニューロンたちの一団、そういった一団が数多くあり、それらの一団たちの多くが欠けても、意識は変わらず存在します。ということは、それらは、意識を担っているのではなく、意識に送り込む情報の処理をやっているにすぎない、ということになります。(そのことは、意識は決して変化せず、それ以外の脳の機能たちはどうにでも変化できるし変化していく、ということでもあります)。ということは、「意識の器」はどこかに存在する、ということになるでしょう。(それに関してもその他にもいくつもの根拠があり、それらを私のブログ(楽天ブログ。ハンドルネーム・春楽天)のあちこちに挙げてあります(私のノートやPCなどにも書き込んであります))。さらに可能性として考えて、脳がホログラフィー的な在り方をしていたとしても、結局は、「意識の器」は存在するという、同じ結論に至ります。現在、先に述べた変換が課題になっているようなので、それに非常に興味をもちました。私の数学の力は、まったくもってたいしたことはなくて微々たるものですが、私はなんでも考えたがるので、ヒマが増えたら、それに挑戦するかもしれません。数学というのは、既存の数学の中に必要なものがなければ、つくりだせば(発見すれば)よい、という興味深いものでもあります。その数学が矛盾なく働き、現実に適用したばあい、現実に対応した結果を示せればそれでオーケーなわけです。おもしろいですね。そういった数学によって、有効な変換が探しだせ、結論にたどり着いたらたぶん、先に述べた「意識の器」の存在が導きだされていることになるでしょう。波動関数といったような形とか、そのほか(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.17
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*クオリアと意識1ー3*その201*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について1ー3(主に過去に書いたものをまとめる)2007年の末あたり、書店で、茂木健一郎さんの本をぺらぺらとめくっていたら、クオリア、という単語がでてきたので、「これは、英語ではクオリティーとなっている単語の語源のラテン語あたりの単語からきてるんだろうな。質感とでもいう意味に定義しているのだろうか。質の科学の質とかなり似ているんじゃないだろうか」という感想をもったことがありました。そこで、この七月にはいったあたりから、ネットでそういったことについていくらか読んでみました。いやあ、そういったことについてもさまざまな情報が溢れていますね。ネットというのはほんとにありがたいもんです。とくに、茂木健一郎さんのいくつものサイトは、そういった方面の宝の山ですね。刺激になります。ありがたいことです。私は、そういった人々の研究とは没交渉で質の科学の研究(私独自のもの)をしてきていたのですが、おおいなる関連があることがわかって、嬉しくなってきました。そういった方々は、主に、脳とその活動を精密に分析して、そこに現れる現象・観察結果をもとに仮説をたてておられます。いわば、帰納的なやり方が多いようです。一方、質の科学では、たいした精密さが要求されないやり方で研究がなされてきました。鍵になる考え方・概念の発見によって、さらに、帰納的な方法と演繹的な方法の両建て、などによってそれが推進されてきたのです。それができるのも、イメージ思考のおかげだと思っています。クオリアというのは、まだ少しかじっただけですが、意識が意識し味わう「心的内容の実質・意識内容の実質・味わい・質・質感・意識内容に伴う質感」といったふうな意味に私は今のところ解釈しています。質の科学の「質」というのは、そのクオリアという概念・意味に加えて、意識内容が意識の主体(あるいはその近辺)(別なところで詳述します)に方向性をもった変化を残す「性質・質・方向性・ベクトルのような性質性」をもっています。あるいはこうもいえるでしょう。クオリアという質感にも、ほとんどのばあい、方向性・ベクトルのような性質性をもっている、という性質・属性の項目を加えれば、「質」と同じ概念・意味になる、と。で、ほとんどの「質」には、正があればその反がある、という性質をもっています。ちょうど、運動量のようにです。運動量に対応させて「質」を研究してきた、という面もあります。その研究結果は、現実に対応しているようにみえます。「質A」を意識し味わえば、意識の主体(あとで詳述します)にそれに応じた変化がつきます。それを質時間と名づけます。質を意識し味わった時間で積分した、方向をもった量(位置ベクトルに対応)です。さらに、「質A」の反である、「反質A」を意識し味わえば、その変化は元に戻ります。ちょうど、北に十メーター歩いたあと、南に十メーター歩けば、元の位置に戻るのといっしょです。質の科学における「質」というものは、そういった性質ももっています。さて、茂木健一郎さんは、クオリアと心・意識は、ニューロン(神経細胞)たちの活動(発火)によって生じるのだろう、という仮説をたてています。それはもっともな仮説で、普通、それ以外には見当たらないでしょう。そして、ひとつのニューロンから別なニューロンに情報が伝達される間の時間経過は知覚にとってゼロであるはずだ、という結論がでるそうです。なぜなら、それらニューロンの活動が時間経過を伴わないひとつの知覚を構成しているから、と。さらに、心・意識の発生は、脳全体(あるいは、脳全体に近い広い領域。その非局所性の対象となる領域。その非局所性がみられる領域)に拠っているようにみえる(あるいは、という事実がある)という観察結果があるそうです。そういったふうに、当然ながらこの分野でも多くの研究が、脳・神経細胞の活動を観察することによって結論を得ようとしているようです。そういった方面についてのいくつかの他の仮説があることも知りましたが、そのポイントのひとつは、脳での情報処理の局所性をどうやって意識という非局所的な現象というか機能に変換しているのか・至らせているのか、ということ、ですかね。しかし、そういった研究が進んでもなお、意識発生の根本的・根元的なところは結局示せず、これこれこれのここに意識が発生する、これこれこれのこれが意識のハードウェアである、ということぐらいしか解明できないのでしょう。たとえば、人間はコンピューターを設計しつくり上げたけれど、さらに掘り下げて理解しようとしても、最も根本のところは理解できないように。別な表現でたとえれば、重力とは何か、物質とは何か、電気とは何か、といったことについても、利用する知識と計算方法は手にしたけれども、もっとも根元的な実体・実質の理解はできないように。さて、私は、「質の科学」という科学を研究し続けてきたのですが、私がもしその研究をやってきていなかったのならば、茂木さんと同じ仮説だけに到達していただろうと思います。「質の科学」では、茂木さんと同じ立場でもさまざまに考察しているし、その立場をひとつの可能性として建てて(立てて)います。それは当然の立場です。ニューロンの活動が、クオリアと意識の発生に関わっているようにみえる、というのは事実ですから。ただし、「質の科学」では、その他のありうる可能性についても研究しています。さてそこで、ここからは「質の科学」に基づいて論を進めていきます。まず、心・意識とはなにか? ということを考えてみます。心・意識とはなんでしょうか?と設問して、まずいことに気づきました。人によって異なりますが、心という概念には、知性的な何かが情報処理を行う機能の概念も含まれているからです。認識もそうです。知覚は、かなり意識だけの機能の概念を表していますが、それでも、知性がいくらか関わっているような機能の概念です。そこで、問題設定をやりなおします。意識とはなんでしょうか?ここでいう意識というのは、意識し味わう機能だけをもった何か・実体(器・ハードウェア)と、その機能(のようなもの)・意識の実体、のことです(ここの表現はすっきりしていません)。「~という意識をもった」とか、「意識傾向を調査する」などといった表現のばあい、それらの意識という単語は、心の内容、とか、心の内容の傾向、などといった知性的情報処理の意味合いを多少もっているので、そういった概念ははずします。ここでいう意識をコンピューターでムリにたとえれば、ディスプレイのようなものです。ディスプレイは本質的な情報処理の機能はもっていません。映像を映し出すだけの働きをもっています。ここでは、それをムリに意識にたとえてみることしかできません。つまりここでいう意識というのは、意識し味わう機能だけの意識です。そういった意識し味わうだけの意識、というものを想定できる根拠は確かにありますので、あとで挙げます。さてそこで、もう一度、問題提起です。意識とはなんでしょうか?意識というのは、物質そのものでないことは確かです。では、いったい何なんでしょうか?今現在の人類の知識の中で、その答えをだすならば、意識とは、エネルギーに伴われる(伴う)波動の世界である、という解答しかないように思えます。意識というのは、一体性・全体性を形づくっており、意識は無数の(数多くの)波動パターンをとることができ、時間とともにその波動パターンが変化していく、それが意識である、という答えしか探しだせません。まず、なんらかのエネルギーによるもので(組織された。あるいは単独の)一体性・全体性を形づくっている意識の器、というものがあって、それがさまざまな波動パターンをとる。その波動パターンが意識内容であり、そこに意識が生じる。それらをあわせて、普通、意識と呼んでいるのではないか。そういう答えです。今のところそれしかなさそうです。物質もエネルギーの一形態ですが、波動性・流動性が低すぎるので、まずは、エネルギーという、より波動性・流動性の高い形態のものに着目してみるのです。その上で、物質の組織では、物質的には一体性・全体性を形づくれますが、波動的には、一体性・全体性を形づくることはできないという事実から、意識というのは、上に述べたようなもの・存在なのだろう、という結論に至るわけです。それ以外にはないように思われます。そういった意識、そういった意識の器(ハードウェア)=意識の主体(意識の主体という用語はハードウェア以外の、意識、という意味に用いることもあります)、が脳になんらかの在り方で存在する、ということになるでしょう。そして、その意識の器に、神経細胞たちの活動によって、情報が送り込まれ、その意識の器の中で、意識と意識内容(クオリアも含めて)が生じる、ということになるのでしょう。そこにおいて、神経細胞たちの活動の局所性は非局所的なものへと統合もされるでしょう。ただし、質の科学においては、そのほかの在りようたちをも受け入れています。そのほかの可能性を排除しません。つまり、現在の世界のそういった方面の研究の立場も、可能性のいくつかとして追求していきます。質の科学では基本的に、可能性をすべて並べ挙げ、ひとつひとつについてどうなっているか研究・追求していくやり方を多くとっています。先に述べた「意識の器」の仮定以外に考えられる在り方は、いくつかあります。(それらは、意識の器を物質の組織とみて、研究を進めることになります。唯脳論的在り方です。ただし、先に述べた意識の器については、唯心論的であるとか唯脳論的でないとか、決めつけていません。というよりも、先に述べた「意識の器」の想定も、「意識の器」は物質で構成されているケースも含めている、ということです)。そこにおいてはまず、こう場合分けします。「脳全体が意識の器」「脳の一部が意識の器」「脳全体が意識の器」であった場合、さらにふたつのケースに分けられます。「意識自体と、脳の意識以外の機能が分けられるケース」と、「意識自体と、脳の意識以外の機能が分けられないケース(つまり、意識自体と、脳の意識以外の機能が一体となっているケース)」です。その後者のケースにおいてさらにふたつの場合、に分けられます。「意識以外の機能はまったく変化していかないケース」と、「意識以外の機能は変化していくケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)」です。(その後者においては、全部が変化していくケースと、部分的にしか変化していかないケースに分けられます)。このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.17
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*世界の情勢*その199*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*どうしようもない世界の情勢・状況今や、世界のさまざまな問題は、解決の方法が見いだせなくなってしまっているかのようにみえる。国々の利害があまりにも複雑に絡み合い、敵と味方が複雑に入り乱れ、どの国も主張してきたことと行動してきたことが反対のことが多く、どの国もどこをも信じられず信じず、なにをどうやっても、にっちもさっちもよっちも!いかない、という状況に陥っている。もうどうしようもないということだろうか。欧米諸国の指導者たちも、やる気を失って萎びているように見える。今の状況が続くと、そのうち世界大戦が始まっていくだろうが、ある時点で世界は日本をリーダーとして担ぎだすかもしれない。お人好しでアホな日本しか世界は救えない、と。もちろん、アジアの数か国は反対するだろうが。しかし、日本は、蹴るだろう、蹴飛ばすだろう「そんな、損でバカな役割はやらん!」と。などとアホな小説のようなことを考えてみたが、さて、これから世界はどうなっていくのだろう。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)欧米人は精神的借金を積み上げるのが得意である欧米人の頭のよさは、理屈、理由づけ、言い訳、言葉での表現、といったところに主に発揮されるようだ。質の科学でみると、そういった行為は、やり方にもよるが、精神的借金を増やすことが多い、といえる。ただし、自分の方が損をするような在り方も交えてそれをやれば、その度合いは小さくなる。その観点から欧米を見渡すと、彼らは、現在までに精神的借金を膨大に積み上げてきているといえる。質の科学でいえば、その結果、彼らは没落していくことになる、となる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先人類は天気情報での衛星からの映像を見ていると、今年の夏は日本列島の南西海上に雲がなく周辺部だけにある、という状況が続くことが多いですね。台風の発生する時期、場所と規模にも変化が現れてきている。冬場に巨大な強い低気圧が発生し、ひとつで日本列島全土に風を吹かせたりするし、風の多い日が増えてきてもいるし、気候が変わってきていることを実感します。さまざまな生き物や植物の分布にも大きな変化がでてきていると報じられています。さらに地磁気が非常に弱くなってきているそうです。地球環境は破壊・汚染され、地球が生き物だったら、怒りだすところでしょう。太陽の活動にも異変が見られ、それが地球にも大きな影響を及ぼすという。こうなってくると、この先世界はいったいどうなっていくんだろう、という心配・懸念が人類全体に広がっていくことでしょう。このところ人類の活動が、特に生産と消費のそれが極端に激しくなってきているので、それもなんらかに関係があるのでしょう。たとえば、気温上昇は、CO2などの保温効果の高い気体が大気中に増えたからであるという説も強く主張されているし、ひょっとしたら、人類の心の過激化・乱れが、なんらかに影響している可能性もあるのかもしれません。質の科学では、人類の精神的借金が現在膨大になってきていると判断し、この先、質時間回帰で、その借金を返させるために大変な事態がやってくる、という結論になるんですが、それを避けるにはどうしたらよいのでしょうか。質の科学では、不便で苦しい生活を送れば、精神的借金が返せる・精神的貯金を積める、となるので、現在のような生活水準をかなり落とせば、その大変な事態を和らげることができるのかもしれません。具体的には、できるだけ車は使わない、省エネ・節電・節水に努める、地産地消を心がける、娯楽を減らし勉強を増やす、流行を追い求めない、便利な機器を使うことを減らす、などでしょうか。ぼくはそれらを心がけています。完全ではないですが。実際のところ、それだけでは足らず、電気・機械文明の度合いを、かなり昔の状態に戻すのが最善なんでしょうが、それはムリというもの。そこで、自然・地球・宇宙が、なんらかのやり方で、人類の精神的借金・質時間の総量を劇的に減らすことを強いてくることになっていくでしょう。人間もその心も自然の一部ですから、人間もそれに参加させられていくことでしょう。恐いことですが、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)意識の主体(器)についてさて、意識の主体(器)なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。その場合、そのコンデンサーとコイルは、意識の器においてはどんなものなのか・・・エネルギー的なもののはずなのですが・・・むずかしい・・・未知のなにかをこうアプローチしてきて、いちばん気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換意識の器の中での波動パターンを(途中ですが、現在の世界の金融状況についてイメージ思考でちょっと考えてみました。<結論:彼ら欧米諸国とその国民たちは、精神的借金を更に増大させ、質時間回帰により、世界の金融破綻がより過激なものになっていく>その思考過程:欧米の金融機関の多くが、さまざまな債券でとんでもない損失をだしているはずなのに、それが少ししか表面化してきていない。彼らは必死で隠す手段を講じているとしか考えられない。。そのことは、他の国々に損失を押しつけることになる可能性が高いのではないか。さらに、彼ら国民たちの精神的借金が桁外れに膨大になっているのに、さらにその精神的借金を増やそうとしていることになる。よって、質時間回帰によって、世界の金融破綻がより劇的なものになっていくだろう)さて、そういった(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*北京オリンピックの開幕式1~2・八月九日の分*北京五輪が開幕した。鳥の巣の中で(鳥変異インフルエンザ流行元年とならないことを祈る)。ぼくはテレビはほとんど見ず、役にたつのをたまに見る程度なんだが、開会式の舞台に興味があったので、それだけは見ることにした。そこに時代の流れが詰まっていそうな気がして。そのパフォーマンスのひとつに、文字を演じ出すものがあった。それが、ぼくには「日本」という文字そっくりに見えた。正確ではないが、左側の日の上の横棒がないな、という感じの古代文字、という感じ・漢字だった、と思う。解説によると、「わ」ということだった。「ほう、あれは和の古代文字なのか」数回それが映し出され、ついで、「和」という文字が飾り出された。「あれっ、和というのは、日本のことじゃないか」とぼくは思った。もちろん、オリンピックの精神をハーモニー「和」と表現したのだろう、と思いながらのことである。占いの得意な人にかかると、「これからは日本の時代だ。偶然とはいえ、日本にとって吉兆だ」などとなるかもしれない。ぼくは占いはやったことはないが、時代と質時間の流れからいって、そんなことになっていくかもしれないな、という感想をもった。スケールの大きな演出・舞台だった。色彩感覚も素晴らしかった。その半面、地味でもあり動きに乏しいという印象も受けた。撮影と音楽をもっと工夫する余地もあったと思う。ただ、歴史の自慢がはいっていたり、パフォーマンスの中に軍人たちが何度か登場したり、桁外れの数の人たちが一糸乱れぬ動き・踊りを披露したりで、「やはり、一党独裁の国らしいな」という感想を押しつけられた。紙、印刷、羅針盤、次は火薬で世界に向けて大砲でもぶっぱなすのかと冗談を考えたりもしたんだが、遠く離れた西アジアの国で火薬が炸裂し戦争が始まって、またまた東西冷戦の復活がなされてきていることを印象づけた。どの国も、他国には「そんなことするな」と高圧的にでるが、自国はしれっとして、「してはいけない」と主張していることをやってのける。(どの国もといったが、日本はその範疇からかなりはずれている)欧米の報道機関は、その戦争についてトップで報じ、次いで北京五輪だという。チャイナにとっては、水をかけられたという思いだろうか。第一次世界大戦は、東ヨーロッパでの事件が発端となったといわれている。今回のそれが、第三次世界大戦のきっかけにならないことを祈ろう。でっかいハコモノが造られた時は、なにか大きなことが起こることが多い、という事実を歴史が明かしている。このところ世界的に、大きすぎるハコモノがたくさん造られてきている。なので、ますますその祈りを強くしよう。さて、そんなチャイナを、アジアのほとんどの国をはじめとして、世界中の多くの国々が、これから世界はどうなって(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.16
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*クオリアと意識2ー2*その198*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について2ー2(主に過去に書いたものをまとめる)さて、人間の外からの情報を感覚器官で脳に送り込み、さらに意識の器に送り込むにあたってのその流れの中にある変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。あるいはそれに加えて、脳の活動(思考、感情、その他)による心的内容を、意識の器に送り込むにあたっての変換の在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。(それらふたつの項目の内容の実体は、複合している・絡まり合っている)フーリエ変換ホログラフィー変換走査ツイスター変換的変換(これは、茂木健一郎さんのサイトで知ったもので、茂木さんのアイディアです)などが参考になるかもしれません。フーリエ変換は時間をたたみ込んでしまう。ホログラフィー変換においては、全体に部分が含まれ、部分に全体が含まれてしまう。走査は、時間のズレがあっても、それをゼロにしてしまう(ゼロにみえるようにする)。ツイスター変換的変換は、局所的なものたちを非局所的な在り方に変換する。ただし、そういった変換ができたとしても、変換された情報の送り込み先というものはあるはずであり(先に述べたことの延長線上にある仮定)、そこは、一体性・全体性を形作っている何か、つまり意識の器、でしょう。その対応・変換、は、意識の器・意識内容の「実体・性質・特性・規格」が出発点になっていることはいうまでもありません。意識の器・意識内容の規格を考慮せずに、脳の中でたんに変換としてよさそうな変換をやってみたら=脳がそうつくられていたら、それがちゃんと、意識の器の機能・意識内容の規格、に正確に対応していた、などということは考えられないからです。ただ、脳に直接端子を設け、音や映像の装置からの信号を送り込み続けると、脳はそれに適応していく、という現象・事実を現す、ということはあるそうですが。それもなんらかに関係しているのかもしれません。そこで、意識のもつ特性である、一体性・全体性、が、脳の中において、脳の活動において、どう構成・現出されるか考えてみましょう。脳のなかで最も波動性が高いのは電子です。中間子は一時的にしか現れないだろうし、その波動性は電子よりはるかに小さいものです。クォークがあるとしてもまずは現れないだろう(結合して納まっているという感じですか)。超ひも理論の超ひもがあったとしてもそれも現れないだろう(これも結合して納まっているという感じですか)。その電子にアプローチしてみましょう。特殊な関係性をもったふたつの電子が、どんなに離れていても、瞬時に特殊な情報みたいなものを交換できる、という現象はあるけれども、意識やクオリアに関わっているようにみえる数多くの電子たちが、一体性・全体性を形づくることはない・できない。とくに波動性においてそうである。(物質的にですらそうであるともいえる。離ればなれである)そういう結論に至ります。ということは、電子たちは意識の器を構成できないということになります。(電子一個または数個のなんらかの状態に意識が生じる、とすると、おかしなことがいくつかでてきて、その可能性は否定されるだろう)つまり、意識の器というものは、物質的には構成できない・つくれない、ということです。となると、いったいどういうことになるのでしょうか。人間には意識はないということになる、ということはないのは確かです。ということは、意識の器というものは、先に述べたように、なんらかのエネルギーがひとまとまりになったもの、とするしかないということでしょう。ついで、その変換ですが、質の科学では、そこのところは、「なんらかに変換して」で済ませています。それで十分なんです。質の科学においては。なぜなら、質の科学では、意識の主体(意識の器)というものの存在は、さまざまな根拠からいって、自明のことである、としているからです。つまり、脳はさまざまな情報を局所的・並列的に処理しているけれども、それらは結局なんらかに変換され、意識の主体(器)に送り込まれ、そこで意識・意識内容(クオリアを含む)が生じる、という結論を得ているのです。なぜそういえるのかというとこうなります。まず、脳の中で、局所的に情報処理を行っているニューロンたちの一団、そういった一団が数多くあり、それらの一団たちの多くが欠けても、意識は変わらず存在します。ということは、それらは、意識を担っているのではなく、意識に送り込む情報の処理をやっているにすぎない、ということになります。ということは、「意識の器」はどこかに存在する、ということになるでしょう。(その他にもいくつもの根拠があり、それらを私のブログ(楽天ブログ。ハンドルネーム・春楽天)のあちこちに挙げてあります(私のノートやPCなどにも書き込んであります))。可能性として考えて、脳がホログラフィー的な在り方をしていたとしても、結局は、「意識の器」は存在するという、同じ結論に至ります。現在、先に述べた変換が課題になっているようなので、それに非常に興味をもちました。私の数学の力は、まったくもってたいしたことはなくて微々たるものですが、私はなんでも考えたがるので、ヒマが増えたら、それに挑戦するかもしれません。数学というのは、既存の数学の中に必要なものがなければ、つくりだせば(発見すれば)よい、という興味深いものでもあります。その数学が矛盾なく働き、現実に適用したばあい、現実に対応した結果を示せればそれでオーケーなわけです。おもしろいですね。そういった数学によって、有効な変換が探しだせ、結論にたどり着いたらたぶん、先に述べた「意識の器」の存在が導きだされていることになるでしょう。波動関数といったような形とか、そのほか脳についての本リベットの実験(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.16
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*クオリアと意識1ー2*その197*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について1ー2(主に過去に書いたものをまとめる)半年ぐらい前、書店で、茂木健一郎さんの本をぺらぺらとめくっていたら、クオリア、という単語がでてきたので、「これは、英語ではクオリティーとなっている単語の語源のラテン語あたりの単語からきてるんだろうな。質感とでもいう意味に定義しているのだろうか。質の科学の質とかなり似ているんじゃないだろうか」という感想をもったことがありました。そこで、この七月にはいったあたりから、ネットでそういったことについていくらか読んでみました。いやあ、そういったことについてもさまざまな情報が溢れていますね。ネットというのはほんとにありがたいもんです。とくに、茂木健一郎さんのいくつものサイトは、そういった方面の宝の山ですね。刺激になります。ありがたいことです。私は、そういった人々の研究とは没交渉で質の科学の研究(私独自のもの)をしてきていたのですが、おおいなる関連があることがわかって、嬉しくなってきました。そういった方々は、主に、脳とその活動を精密に分析して、そこに現れる現象をもとに仮説をたてておられます。いわば、帰納的なやり方が多いようです。一方、質の科学では、たいした精密さが要求されないやり方で研究がなされてきました。鍵になる考え方・概念の発見によって、さらに、帰納的な方法と演繹的な方法の両建て、などによってそれが推進されてきたのです。それができるのも、イメージ思考のおかげだと思っています。クオリアというのは、まだ少しかじっただけですが、意識が意識し味わう「心的内容の実質・意識内容の実質・味わい・質・質感・意識内容に伴う質感」といったふうな意味に私は今のところ解釈しています。質の科学の「質」というのは、そのクオリアという概念・意味に加えて、意識内容が意識の主体(あるいはその近辺)(あとで詳述します)に方向性をもった変化を残す「性質・質・方向性・ベクトルのような性質性」をもっています。あるいはこうもいえるでしょう。クオリアという質感にも、ほとんどのばあい、方向性・ベクトルのような性質性をもっている、という性質・属性の項目を加えれば、「質」と同じ概念・意味になる、と。で、ほとんどの「質」には、正があればその反がある、という性質をもっています。ちょうど、運動量のようにです。「質A」を意識し味わえば、意識の主体(あとで詳述します)にそれに応じた変化がつきます。それを質時間と名づけます。質を意識し味わった時間で積分した、方向をもった量ですさらに、「質A」の反である、「質反A」を意識し味わえば、その変化は元に戻ります。ちょうど、北に十メーター歩いたあと、南に十メーター歩けば、元の位置に戻るのといっしょです。質の科学における「質」というものは、そういった性質ももっています。さて、茂木健一郎さんは、クオリアと心・意識は、ニューロン(神経細胞)たちの活動(発火)によって生じるのだろう、という仮説をたてています。それはもっともな仮説で、普通、それ以外には見当たらないでしょう。そして、ひとつのニューロンから別なニューロンに情報が伝達される間の時間経過は知覚にとってゼロであるはずだ、という結論がでるそうです。なぜなら、それらニューロンの活動が時間経過を伴わないひとつの知覚を構成しているから、と。さらに、心・意識の発生は、脳全体(あるいは、脳全体に近い広い領域。その非局所性の対象となる領域。その非局所性がみられる領域)に拠っているようにみえる(あるいは、という事実がある)という観察結果があるそうです。そういったふうに、当然ながらこの分野でも多くの研究が、脳・神経細胞の活動を観察することによって結論を得ようとしているようです。そういった方面についてのいくつかの他の仮説があることも知りましたが、そのポイントのひとつは、脳での情報処理の局所性をどうやって意識という非局所的な現象というか機能に変換しているのか・至らせているのか、ということ、ですかね。しかし、そういった研究が進んでもなお、意識発生の根本的・根元的なところは結局示せず、これこれこれのここに意識が発生する、これこれこれのこれが意識のハードウェアである、ということぐらいしか解明できないのでしょう。たとえば、人間はコンピューターを設計しつくり上げたけれど、さらに掘り下げて理解しようとしても、最も根本のところは理解できないように。別な表現でたとえれば、重力とは何か、物質とは何か、電気とは何か、といったことについても、利用する知識と計算方法は手にしたけれども、もっとも根元的な実体・実質の理解はできないように。さて、私は、「質の科学」という科学を研究し続けてきたのですが、私がもしその研究をやってきていなかったのならば、茂木さんと同じ仮説だけに達していただろうと思います。「質の科学」では、茂木さんと同じ立場でも、さまざまに考察しているし、その立場をひとつの可能性として建てて(立てて)います。それは当然の結論です。ニューロンの活動が、クオリアと意識の発生に関わっているようにみえる、というのは事実ですから。「質の科学」では、その他のありうる可能性についても研究しています。さてそこで、ここからは「質の科学」にのっとって論を進めていきます。まず、心・意識とはなにか? ということを考えてみます。心・意識とはなんでしょうか?と設問して、まずいことに気づきました。人によって異なりますが、心という概念には、知性的な何かが情報処理を行う機能の概念も含まれているからです。認識もそうです。知覚は、かなり意識だけの機能の概念を表していますが、それでも、知性がいくらか関わっているような機能の概念です。そこで、問題設定をやりなおします。意識とはなんでしょうか?ここでいう意識というのは、意識し味わう機能だけをもった何か・実体(器・ハードウェア)と、その機能(のようなもの)・意識の実体、のことです(ここの表現はすっきりしていません)。「~という意識をもった」とか、「意識傾向を調査する」などといった表現のばあい、それらの意識という単語は、心の内容、とか、心の内容の傾向、などといった知性的情報処理の意味合いを多少もっているので、そういった概念ははずします。ここでいう意識をコンピューターでムリにたとえれば、ディスプレイのようなものです。ディスプレイは本質的な情報処理の機能はもっていません。映像を映し出すだけの働きをもっています。ここでは、それをムリに意識にたとえてみることしかできません。つまりここでいう意識というのは、意識し味わう機能だけの意識です。そういった意識し味わうだけの意識、というものを想定できる根拠は確かにありますので、あとで挙げます。さてそこで、もう一度、問題提起です。意識とはなんでしょうか?意識というのは、物質そのものでないことは確かです。では、いったい何なんでしょうか?今現在の人類の知識の中で、その答えをだすならば、意識とは、エネルギーに伴われる(伴う)波動の世界である、という解答しかないように思えます。意識というのは、一体性・全体性を形づくっており、意識は無数の(数多くの)波動パターンをとることができ、時間とともにその波動パターンが変化していく、それが意識である、という答えしか探しだせません。まず、なんらかのエネルギーによるもので(組織された。あるいは単独の)一体性・全体性を形づくっている意識の器、というものがあって、それがさまざまな波動パターンをとる。その波動パターンが意識内容であり、そこに意識が生じる。それらをあわせて、普通、意識と呼んでいるのではないか。そういう答えです。今のところそれしかなさそうです。物質もエネルギーの一形態ですが、波動性・流動性が低すぎるので、まずは、エネルギーという、より波動性・流動性の高い形態のものに着目してみるのです。その上で、物質の組織では、物質的には一体性・全体性を形づくれますが、波動的には、一体性・全体性を形づくることはできないという事実から、意識というのは、上に述べたようなもの・存在なのだろう、という結論に至るわけです。それ以外にはないように思われます。そういった意識、そういった意識の器(ハードウェア)=意識の主体(意識の主体という用語はハードウェア以外の、意識、という意味に用いることもあります)、が脳になんらかの在り方で存在する、ということになるでしょう。そして、その意識の器に、神経細胞たちの活動によって、情報が送り込まれ、その意識の器の中で、意識と意識内容(クオリアも含めて)が生じる、ということになるのでしょう。そこにおいて、神経細胞たちの活動の局所性は非局所的なものへと統合もされるでしょう。ただし、質の科学においては、そのほかの在りようたちをも受け入れています。そのほかの可能性を排除しません。つまり、現在のそういった方面の研究の立場も、可能性のいくつかとして追求していきます。質の科学では基本的に、可能性をすべて並べ挙げ、ひとつひとつについてどうなっているか研究・追求していくやり方を多くとっています。先に述べた「意識の器」以外に考えられる在り方は、いくつかあります。(それらは、意識の器を物質の組織とみて、研究を進めることになります。唯脳論的在り方です。ただし、先に述べた意識の器については、唯心論的であるとか唯脳論的でないとか、決めつけていません)。そこにおいてはまず、こう場合分けします。「脳全体が意識の器」「脳の一部が意識の器」「脳全体が意識の器」であった場合、さらにふたつのケースに分けられます。「意識自体と、脳の意識以外の機能が分けられるケース」と、「意識自体と、脳の意識以外の機能が分けられないケース(つまり、意識自体と、脳の意識以外の機能が一体となっているケース)」です。その後者のケースにおいてさらにふたつの場合、に分けられます。「意識以外の機能はまったく変化していかないケース」と、「意識以外の機能は変化していくケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)」です。(その後者においては、全部が変化していくケースと、部分的にしか変化していかないケースに分けられます)。質の科学においては、意識以外の機能もまったく変化しないケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)だけ特別に扱っており、その上で、それが事実である可能性を否定しています(現実はそうでないということ)。そのほかの場合・ケースにおいては、まったく同じ結論が導きだされます(詳しくは別なところで記します)。注)先に述べた「意識」の定義から、同じ人の意識は一生変化しない、という結論がでてきます。それを「意識不変の原理」と名づけましょう。あるいは、同じ人の中で、一生変化しないものは「意識」であり(「意識不変の原理」)、そこから「意識」を定義することもできます。つまり、「意識」については、「意識不変の原理」というものがあって、意識は決して変化しない、意識内容は千変万化していく、という立場に立っています。このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。
2008.08.16
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*欧米人は*その196*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*欧米人は精神的借金を積み上げるのが得意である欧米人の頭のよさは、理屈、理由づけ、言い訳、言葉での表現、といったところに主に発揮されるようだ。質の科学でみると、そういった行為は、やり方にもよるが、精神的借金を増やすことが多い、といえる。ただし、自分の方が損をするような在り方も交えてそれをやれば、その度合いは小さくなる。その観点から欧米を見渡すと、彼らは、現在までに精神的借金を膨大に積み上げてきているといえる。質の科学でいえば、その結果、彼らは没落していくことになる、となる。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)この先人類は天気情報での衛星からの映像を見ていると、今年の夏は日本列島の南西海上に雲がなく周辺部だけにある、という状況が続くことが多いですね。台風の発生する時期、場所と規模にも変化が現れてきている。冬場に巨大な強い低気圧が発生し、ひとつで日本列島全土に風を吹かせたりするし、風の多い日が増えてきてもいるし、気候が変わってきていることを実感します。さまざまな生き物や植物の分布にも大きな変化がでてきていると報じられています。さらに地磁気が非常に弱くなってきているそうです。地球環境は破壊・汚染され、地球が生き物だったら、怒りだすところでしょう。太陽の活動にも異変が見られ、それが地球にも大きな影響を及ぼすという。こうなってくると、この先世界はいったいどうなっていくんだろう、という心配・懸念が人類全体に広がっていくことでしょう。このところ人類の活動が、特に生産と消費のそれが極端に激しくなってきているので、それもなんらかに関係があるのでしょう。たとえば、気温上昇は、CO2などの保温効果の高い気体が大気中に増えたからであるという説も強く主張されているし、ひょっとしたら、人類の心の過激化・乱れが、なんらかに影響している可能性もあるのかもしれません。質の科学では、人類の精神的借金が現在膨大になってきていると判断し、この先、質時間回帰で、その借金を返させるために大変な事態がやってくる、という結論になるんですが、それを避けるにはどうしたらよいのでしょうか。質の科学では、不便で苦しい生活を送れば、精神的借金が返せる・精神的貯金を積める、となるので、現在のような生活水準をかなり落とせば、その大変な事態を和らげることができるのかもしれません。具体的には、できるだけ車は使わない、省エネ・節電・節水に努める、地産地消を心がける、娯楽を減らし勉強を増やす、流行を追い求めない、便利な機器を使うことを減らす、などでしょうか。ぼくはそれらを心がけています。完全ではないですが。実際のところ、それだけでは足らず、電気・機械文明の度合いを、かなり昔の状態に戻すのが最善なんでしょうが、それはムリというもの。そこで、自然・地球・宇宙が、なんらかのやり方で、人類の精神的借金・質時間の総量を劇的に減らすことを強いてくることになっていくでしょう。人間もその心も自然の一部ですから、人間もそれに参加させられていくことでしょう。恐いことですが、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)意識の主体(器)についてさて、意識の主体(器)なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。その場合、そのコンデンサーとコイルは、意識の器においてはどんなものなのか・・・エネルギー的なもののはずなのですが・・・むずかしい・・・未知のなにかをこうアプローチしてきて、いちばん気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換意識の器の中での波動パターンを(途中ですが、現在の世界の金融状況についてイメージ思考でちょっと考えてみました。<結論:彼ら欧米諸国とその国民たちは、精神的借金を更に増大させ、質時間回帰により、世界の金融破綻がより過激なものになっていく>その思考過程:欧米の金融機関の多くが、さまざまな債券でとんでもない損失をだしているはずなのに、それが少ししか表面化してきていない。彼らは必死で隠す手段を講じているとしか考えられない。。そのことは、他の国々に損失を押しつけることになる可能性が高いのではないか。さらに、彼ら国民たちの精神的借金が桁外れに膨大になっているのに、さらにその精神的借金を増やそうとしていることになる。よって、質時間回帰によって、世界の金融破綻がより劇的なものになっていくだろう)さて、そういった(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*北京オリンピックの開幕式1~2・八月九日の分*北京五輪が開幕した。鳥の巣の中で(鳥変異インフルエンザ流行元年とならないことを祈る)。ぼくはテレビはほとんど見ず、役にたつのをたまに見る程度なんだが、開会式の舞台に興味があったので、それだけは見ることにした。そこに時代の流れが詰まっていそうな気がして。そのパフォーマンスのひとつに、文字を演じ出すものがあった。それが、ぼくには「日本」という文字そっくりに見えた。正確ではないが、左側の日の上の横棒がないな、という感じの古代文字、という感じ・漢字だった、と思う。解説によると、「わ」ということだった。「ほう、あれは和の古代文字なのか」数回それが映し出され、ついで、「和」という文字が飾り出された。「あれっ、和というのは、日本のことじゃないか」とぼくは思った。もちろん、オリンピックの精神をハーモニー「和」と表現したのだろう、と思いながらのことである。占いの得意な人にかかると、「これからは日本の時代だ。偶然とはいえ、日本にとって吉兆だ」などとなるかもしれない。ぼくは占いはやったことはないが、時代と質時間の流れからいって、そんなことになっていくかもしれないな、という感想をもった。スケールの大きな演出・舞台だった。色彩感覚も素晴らしかった。その半面、地味でもあり動きに乏しいという印象も受けた。撮影と音楽をもっと工夫する余地もあったと思う。ただ、歴史の自慢がはいっていたり、パフォーマンスの中に軍人たちが何度か登場したり、桁外れの数の人たちが一糸乱れぬ動き・踊りを披露したりで、「やはり、一党独裁の国らしいな」という感想を押しつけられた。紙、印刷、羅針盤、次は火薬で世界に向けて大砲でもぶっぱなすのかと冗談を考えたりもしたんだが、遠く離れた西アジアの国で火薬が炸裂し戦争が始まって、またまた東西冷戦の復活がなされてきていることを印象づけた。どの国も、他国には「そんなことするな」と高圧的にでるが、自国はしれっとして、「してはいけない」と主張していることをやってのける。(どの国もといったが、日本はその範疇からかなりはずれている)欧米の報道機関は、その戦争についてトップで報じ、次いで北京五輪だという。チャイナにとっては、水をかけられたという思いだろうか。第一次世界大戦は、東ヨーロッパでの事件が発端となったといわれている。今回のそれが、第三次世界大戦のきっかけにならないことを祈ろう。でっかいハコモノが造られた時は、なにか大きなことが起こることが多い、という事実を歴史が明かしている。このところ世界的に、大きすぎるハコモノがたくさん造られてきている。なので、ますますその祈りを強くしよう。さて、そんなチャイナを、アジアのほとんどの国をはじめとして、世界中の多くの国々が、これから世界はどうなって(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じ(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.15
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*クオリアと意識2*その195*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について(2)(主に過去に書いたものをまとめる)さて、人間の外からの情報を感覚器官で脳に送り込み、さらに意識の器に送り込むにあたってのその流れの中にある変換たちの在り方にはどういったものが考えられるのでしょうか。フーリエ変換ホログラフィー変換走査ツイスター変換的変換(これは、茂木健一郎さんのサイトで知ったもので、茂木さんのアイディアです)などが参考になるかもしれません。フーリエ変換は時間をたたみ込んでしまう。ホログラフィー変換においては、全体に部分が含まれ、部分に全体が含まれてしまう。走査は、時間のズレがあっても、それをゼロにしてしまう(ゼロにみえるようにする)。ツイスター変換的変換は、局所的なものたちを非局所的な在り方に変換する。ただし、そういった変換ができたとしても、変換された情報の送り込み先というものはあるはずであり(先に述べたことの延長線上にある仮定)、そこは、一体性・全体性を形作っている何か、つまり意識の器、でしょう。その対応、変換、は、意識の器・意識内容の「実体・性質・特性・規格」が出発点になっていることはいうまでもありません。意識の器・意識内容の規格を考慮せずに、たんに変換としてよさそうな変換をやってみたら、それがちゃんと、意識の器の機能・意識内容の規格、に正確に対応していた、などということは考えられないからです。ただ、脳に直接端子を設け、音や映像の装置からの信号を送り込み続けると、脳はそれに適応していく、という現象・事実を現す、ということはあるそうですが。それもなんらかに関係しているのかもしれません。そこで、意識のもつ特性、一体性・全体性、が、脳の中において、脳の活動において、どう構成・現出されるか考えてみましょう。脳のなかで最も波動性が高いのは電子です。中間子は一時的にしか現れないだろうし、その波動性は電子よりはるかに小さいものです。クォークがあるとしてもまずは現れないだろう(結合して納まっているという感じですか)。超ひも理論の超ひもがあったとしてもそれも現れないだろう(これも結合して納まっているという感じですか)。その電子にアプローチしてみましょう。特殊な関係性をもったふたつの電子が、どんなに離れていても、瞬時に特殊な情報みたいなものを交換できる、という現象はあるけれども、意識やクオリアに関わっているようにみえる数多くの電子たちが、一体性・全体性を形づくることはない(できない)(とくに波動性において)(物質的にですらそうであるともいえる。離ればなれである)ということになっています。ということは、電子たちは意識の器を構成できないということになります。(電子一個または数個のなんらかの状態に意識が生じる、とすると、おかしなことがいくつかでてきて、その可能性は否定されるだろう)となると、いったいどういうことになるのでしょうか。人間には意識はないということになる、ということはないのは確かです。つまり、意識の器というものは、物質的には構成できない・つくれない、ということです。ということは、意識の器というものは、先に述べたように、なんらかのエネルギーがひとまとまりになったもの、とするしかないということです。ついで、その変換ですが、質の科学では、そこのところは、「なんらかに変換して」で済ませています。それで十分なんです。質の科学においては。なぜなら、質の科学では、意識の主体(意識の器)というものの存在は、さまざまな根拠からいって、自明のことである、としているからです。つまり、脳はさまざまな情報を局所的・並列的に処理しているけれども、それらは結局なんらかに変換され、意識の主体(器)に送り込まれ、そこで意識・意識内容(クオリアを含む)が生じる、という結論を得ているのです。なぜそういえるのかというとこうなります。まず、脳の中で、局所的に情報処理を行っているニューロンたちの一団、そういった一団が数多くあり、それらの一団たちの多くが欠けても、意識は変わらず存在します。ということは、それらは、意識を担っているのではなく、意識に送り込む情報の処理をやっているにすぎない、ということになります。ということは、「意識の器」はどこかに存在する、ということになるでしょう。ほかにもいくつもの根拠があり、それらをこのブログのあちこちに挙げてあります。脳がホログラム的な在り方をしていたとしても、結局は同じ結論に至ります。ともあれ、その変換に非常に興味をもちました。私の数学の力は、まったくもってたいしたことはなくて微々たるものですが、私はなんでも考えたがるので、ヒマが増えたら、それに挑戦するかもしれません。数学というのは、既存の数学の中に必要なものがなければ、つくりだせば(発見すれば)よい、という興味深いものでもあります。その数学が矛盾なく働き、現実に適用したばあい、現実に対応した結果を示せればそれでオーケーなわけです。おもしろいですね。そういった数学によって、有効な変換が探しだせ、結論にたどり着いたらたぶん、先に述べた「意識の器」の存在が導きだされていることになるでしょう。波動関数といったような形とか、そのほか脳についての本リベットの実験(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.15
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*クオリアと意識1*その194*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識について(主に過去に書いたものをまとめる)半年ぐらい前、書店で、茂木健一郎さんの本をぺらぺらとめくっていたら、クオリア、という単語がでてきたので、「これは、英語ではクオリティーとなっている単語の語源のラテン語あたりの単語からきてるんだろうな。質感とでもいう意味に定義しているのだろうか。質の科学の質とかなり似ているんじゃないだろうか」という感想をもったことがありました。そこで、この七月にはいったあたりから、ネットでそういったことについていくらか読んでみました。いやあ、そういったことについてもさまざまな情報が溢れていますね。ネットというのはほんとにありがたいもんです。とくに、茂木健一郎さんのいくつものサイトは、そういった方面の宝の山ですね。刺激になります。ありがたいことです。私は、そういった人々の研究とは没交渉で質の科学の研究(私独自のもの)をしてきていたのですが、おおいなる関連があることがわかって、嬉しくなってきました。そういった方々は、主に、脳とその活動を精密に分析して、そこに現れる現象をもとに仮説をたてておられます。いわば、帰納的なやり方が多いようです。一方、質の科学では、たいした精密さが要求されないやり方で研究がなされてきました。鍵になる考え方・概念(心でつかむおおまかで芯となる内容)の発見によって、さらに、帰納(具体的なものから普遍的・法則的なものへと向かうこと)的な方法と演繹(普遍的・法則的なものから具体的なものへと向かうこと)的な方法の両建て、などによってそれが推進されてきたのです。それができるのも、イメージ思考のおかげだと思っています。クオリアというのは、まだ少しかじっただけですが、意識が意識し味わう「心的内容の実質・意識内容の実質・味わい・質・質感・意識内容に伴う質感」といったふうな意味に私は今のところ解釈しています。質の科学の「質」というのは、そのクオリアという概念・意味に加えて、意識内容が意識の主体(あるいはその近辺)(あとで詳述します)に変化を残す「性質・質・方向性・ベクトルのような性質性」をもっています。あるいはこうもいえるでしょう。クオリアという質感にも、ほとんどのばあい、方向性・ベクトルのような性質性をもっている、という性質・属性の項目を加えれば、「質」と同じ概念・意味になる、と。で、ほとんどの「質」には、正があればその反がある、という性質をもっています。ちょうど、運動量のようにです。「質A」を意識し味わえば、意識の主体(あとで詳述します)にそれに応じた変化がつきます。それを質時間と名づけます。さらに、「質A」の反である、「質反A」を意識し味わえば、その変化は元に戻ります。ちょうど、北に十メーター歩いたあと、南に十メーター歩けば、元の位置に戻るのといっしょです。質の科学における「質」というものは、そういった性質ももっています。さて、茂木健一郎さんは、クオリアと心・意識は、ニューロン(神経細胞)たちの活動(発火)によって生じるのだろう、という仮説をたてています。それはもっともな仮説で、普通、それ以外には見当たらないでしょう。そして、ひとつのニューロンから別なニューロンに情報が伝達される間の時間経過は知覚にとってゼロであるはずだ、という結論がでるそうです。なぜなら、それらニューロンの活動が時間経過を伴わないひとつの知覚を構成しているから、と。さらに、心・意識の発生は、脳全体(あるいは、脳全体に近い広い領域。その非局所性の対象となる領域。その非局所性がみられる領域)に拠っているようにみえる(あるいは、という事実がある)という観察結果があるそうです。そういったふうに、当然ながらこの分野でも多くの研究が、脳・神経細胞の活動を観察することによって結論を得ようとしているようです。そういった方面についてのいくつかの他の仮説があることも知りましたが、そのポイントのひとつは、脳での情報処理の局所性をどうやって意識という非局所的な現象というか機能に変換しているのか・至らせているのか、ということ、ですかね。しかし、そういった研究が進んでもなお、意識発生の根本的なところは結局示せず、これこれこれのここに意識が発生する、これこれこれのこれが意識のハードウェアである、ということぐらいしか解明できないのでしょう。たとえば、人間はコンピューターを設計しつくり上げたけれど、さらに掘り下げて理解しようとしても、最も根本のところは理解できないように。別な表現でたとえれば、重力とは何か、物質とは何か、電気とは何か、といったことについても、利用する知識と計算方法は手にしたけれども、もっとも根本的な実体・実質の理解はできないように。さて、私は、「質の科学」という科学を研究し続けてきたのですが、私がもしその研究をやってきていなかったのならば、茂木さんと同じ仮説に達していただろうと思います。それは当然の結論です。それに、ニューロンの活動が、クオリアと意識の発生に関わっているようにみえる、というのは事実です。さてそこで、ここからは「質の科学」にのっとって論を進めていきます。まず、心・意識とはなにか? ということを考えてみます。心・意識とはなんでしょうか?と設問して、まずいことに気づきました。人によって異なりますが、心という概念には、知性的ななにかが情報処理を行う機能の概念も含まれているからです。認識もそうです。知覚は、かなり意識だけの機能の概念を表していますが、それでも、知性がいくらか関わっているような機能の概念です。そこで、問題設定をやりなおします。意識とはなんでしょうか?ここでいう意識というのは、意識し味わう機能だけをもった何か・実体(器・ハードウェア)とその機能(のようなもの)と意識内容の実体のことです(ここの表現はすっきりしていません)。「~という意識をもった」とか、「意識傾向を調査する」などといった表現のばあい、それらの意識という単語は、心の内容、とか、心の内容の傾向、などといった知性的情報処理の意味合いを多少もっているので、そういった概念ははずします。ここでいう意識をコンピューターでムリにたとえれば、ディスプレイのようなものです。ディスプレイは本質的な情報処理の機能はもっていません。映像を映し出すだけの働きをもっています。ここでは、それをムリに意識にたとえてみることしかできません。つまりここでいう意識というのは、意識し味わう機能だけの意識です。そういった意識し味わうだけの意識、というものを想定できる根拠は確かにありますので、あとで挙げます。さてそこで、もう一度、問題提起です。意識とはなんでしょうか?意識というのは、物質そのものでないことは確かです。では、いったいなんなんでしょうか?今現在の人類の知識の中で、その答えをだすならば、意識とは、エネルギーに伴われる(伴う)波動の世界である、という解答しかないように思えます。意識というのは、一体性・全体性を形づくっており、意識は無数の(数多くの)波動パターンをとることができ、時間とともにその波動パターンが変化していく、それが意識である、という答えしか探しだせません。まず、なんらかのエネルギーによるもので(組織された。あるいは単独の)一体性・全体性を形づくっている意識の器、というものがあって、それがさまざまな波動パターンをとる。その波動パターンが意識内容であり、そこに意識が生じる。それらをあわせて、普通、意識と呼んでいるのではないか。そういう答えです。今のところそれしかなさそうです。物質もエネルギーの一形態ですが、波動性・流動性が低すぎるので、まずは、エネルギーという、より波動性・流動性の高い形態のものに着目してみるのです。その上で、物質の組織では、物質的には一体性・全体性を形づくれますが、波動的には、一体性・全体性を形づくることはできないという事実から、意識というのは、上に述べたようなもの・存在なのだろう、という結論に至るわけです。それ以外にはないように思われます。そういった意識、そういった意識の器(ハードウェア)=意識の主体(意識の主体という用語はハードウェア以外の、意識、という意味に用いることもあります)、が脳になんらかの在り方で存在する、ということになるでしょう。そして、その意識の器に、神経細胞たちの活動によって、情報が送り込まれ、その意識の器の中で、意識と意識内容(クオリアも含めて)が生じる、ということになるのでしょう。そこにおいて、神経細胞たちの活動の局所性は非局所的なものへと統合もされるでしょう。ただし、質の科学においては、そのほかの在りようたちをも受け入れています。そのほかの可能性を排除しません。質の科学では基本的に、可能性をすべて並べ挙げ、ひとつひとつについてどうなっているか研究・追求していくやり方を多くとっています。先に述べた「意識の器」以外に考えられる在り方は、いくつかあります。(それらは、意識の器を物質の組織とみて、研究を進めることになります。唯脳論的在り方です。ただし、先に述べた意識の器については、唯心論的であるとか唯脳論的でないとか、決めつけていません)。まず、こう場合分けします。「脳全体が意識の器」「脳の一部が意識の器」「脳全体が意識の器」であったばあい、さらにふたつのケースに分けられます。意識自体と、脳の意識以外の機能が分けられるケースと、意識自体と、脳の意識以外の機能が分けられないケースです(つまり、意識自体と、脳の意識以外の機能が一体となっているケース)。その後者のケースにおいてさらにふたつの場合、に分けられます。意識以外の機能はまったく変化していかないケースと、変化していくケースです(意識も変化しない)。(その後者においては、全部が変化していくケースと、部分的にしか変化していかないケースに分けられます)。質の科学においては、意識以外の機能はまったく変化しないケース(意識も変化しない。これはすべてに共通です)だけ特別に扱いますが、そのほかのばあい・ケースにおいては、まったく同じ結論が導きだされます(詳しくは別なところで記します)。注)意識については、「意識不変の原理」というものがあって、意識は決して変化しないけれど、意識内容は千変万化していく、という立場に立っています。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天にあります(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.15
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*この先人類は*その193*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*この先人類は天気情報での衛星からの映像を見ていると、今年の夏は日本列島の南西海上に雲がなく周辺部だけにある、という状況が続くことが多いですね。台風の発生する時期、場所と規模にも変化が現れてきている。冬場に巨大な強い低気圧が発生し、ひとつで日本列島全土に風を吹かせたりするし、風の多い日が増えてきてもいるし、気候が変わってきていることを実感します。さまざまな生き物や植物の分布にも大きな変化がでてきていると報じられています。さらに地磁気が非常に弱くなってきているそうです。地球環境は破壊・汚染され、地球が生き物だったら、怒りだすところでしょう。太陽の活動にも異変が見られ、それが地球にも大きな影響を及ぼすという。こうなってくると、この先世界はいったいどうなっていくんだろう、という心配・懸念が人類全体に広がっていくことでしょう。このところ人類の活動が、特に生産と消費のそれが極端に激しくなってきているので、それもなんらかに関係があるのでしょう。たとえば、気温上昇は、CO2などの保温効果の高い気体が大気中に増えたからであるという説も強く主張されているし、ひょっとしたら、人類の心の過激化・乱れが、なんらかに影響している可能性もあるのかもしれません。質の科学では、人類の精神的借金が現在膨大になってきていると判断し、この先、質時間回帰で、その借金を返させるために大変な事態がやってくる、という結論になるんですが、それを避けるにはどうしたらよいのでしょうか。質の科学では、不便で苦しい生活を送れば、精神的借金が返せる・精神的貯金を積める、となるので、現在のような生活水準をかなり落とせば、その大変な事態を和らげることができるのかもしれません。具体的には、できるだけ車は使わない、省エネ・節電・節水に努める、地産地消を心がける、娯楽を減らし勉強を増やす、流行を追い求めない、便利な機器を使うことを減らす、などでしょうか。ぼくはそれらを心がけています。完全ではないですが。実際のところ、それだけでは足らず、電気・機械文明の度合いを、かなり昔の状態に戻すのが最善なんでしょうが、それはムリというもの。そこで、自然・地球・宇宙が、なんらかのやり方で、人類の精神的借金・質時間の総量を劇的に減らすことを強いてくることになっていくでしょう。人間もその心も自然の一部ですから、人間もそれに参加させられていくことでしょう。恐いことですが、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)意識の主体(器)についてさて、意識の主体(器)なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。その場合、そのコンデンサーとコイルは、意識の器においてはどんなものなのか・・・エネルギー的なもののはずなのですが・・・むずかしい・・・未知のなにかをこうアプローチしてきて、いちばん気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換意識の器の中での波動パターンを(途中ですが、現在の世界の金融状況についてイメージ思考でちょっと考えてみました。<結論:彼ら欧米諸国とその国民たちは、精神的借金を更に増大させ、質時間回帰により、世界の金融破綻がより過激なものになっていく>その思考過程:欧米の金融機関の多くが、さまざまな債券でとんでもない損失をだしているはずなのに、それが少ししか表面化してきていない。彼らは必死で隠す手段を講じているとしか考えられない。。そのことは、他の国々に損失を押しつけることになる可能性が高いのではないか。さらに、彼ら国民たちの精神的借金が桁外れに膨大になっているのに、さらにその精神的借金を増やそうとしていることになる。よって、質時間回帰によって、世界の金融破綻がより劇的なものになっていくだろう)さて、そういった(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*北京オリンピックの開幕式1~2・八月九日の分*北京五輪が開幕した。鳥の巣の中で(鳥変異インフルエンザ流行元年とならないことを祈る)。ぼくはテレビはほとんど見ず、役にたつのをたまに見る程度なんだが、開会式の舞台に興味があったので、それだけは見ることにした。そこに時代の流れが詰まっていそうな気がして。そのパフォーマンスのひとつに、文字を演じ出すものがあった。それが、ぼくには「日本」という文字そっくりに見えた。正確ではないが、左側の日の上の横棒がないな、という感じの古代文字、という感じ・漢字だった、と思う。解説によると、「わ」ということだった。「ほう、あれは和の古代文字なのか」数回それが映し出され、ついで、「和」という文字が飾り出された。「あれっ、和というのは、日本のことじゃないか」とぼくは思った。もちろん、オリンピックの精神をハーモニー「和」と表現したのだろう、と思いながらのことである。占いの得意な人にかかると、「これからは日本の時代だ。偶然とはいえ、日本にとって吉兆だ」などとなるかもしれない。ぼくは占いはやったことはないが、時代と質時間の流れからいって、そんなことになっていくかもしれないな、という感想をもった。スケールの大きな演出・舞台だった。色彩感覚も素晴らしかった。その半面、地味でもあり動きに乏しいという印象も受けた。撮影と音楽をもっと工夫する余地もあったと思う。ただ、歴史の自慢がはいっていたり、パフォーマンスの中に軍人たちが何度か登場したり、桁外れの数の人たちが一糸乱れぬ動き・踊りを披露したりで、「やはり、一党独裁の国らしいな」という感想を押しつけられた。紙、印刷、羅針盤、次は火薬で世界に向けて大砲でもぶっぱなすのかと冗談を考えたりもしたんだが、遠く離れた西アジアの国で火薬が炸裂し戦争が始まって、またまた東西冷戦の復活がなされてきていることを印象づけた。どの国も、他国には「そんなことするな」と高圧的にでるが、自国はしれっとして、「してはいけない」と主張していることをやってのける。(どの国もといったが、日本はその範疇からかなりはずれている)欧米の報道機関は、その戦争についてトップで報じ、次いで北京五輪だという。チャイナにとっては、水をかけられたという思いだろうか。第一次世界大戦は、東ヨーロッパでの事件が発端となったといわれている。今回のそれが、第三次世界大戦のきっかけにならないことを祈ろう。でっかいハコモノが造られた時は、なにか大きなことが起こることが多い、という事実を歴史が明かしている。このところ世界的に、大きすぎるハコモノがたくさん造られてきている。なので、ますますその祈りを強くしよう。さて、そんなチャイナを、アジアのほとんどの国をはじめとして、世界中の多くの国々が、これから世界はどうなって(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じ(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.14
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*意識について*その191~192*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*さて、意識の主体(器)なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、あるいはそれに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で拾いあげたのですが、それらを数学的に記述できるのでしょうか。<1。>は、音波の力学で攻めたくなるモデルです。その袋の形状が変化する、という条件を与えると、手がつけられなくなるのかもしれません。<2。>は、原子構造をモデルにしていますが、原子構造が数式で完全に記述できているわけではありません。それに、そのやり方では、目的を達成できそうにありません。そのモデル自体を否定する根拠は見いだせていませんが。<3。>について。化学などの概念の中に、そういった力の関係のある存在があると考えたことがあります(たとえばゴム)。それは、拡散せずしかも移動もしないでいられるという「意識の器」の条件を満たしています。それは、それら4つすべてについていえます。<4。>の一部は、電磁波をモデルにしていますが、それだけではなく、ボールのようにまとまっていて、しかも移動しないでいられる何か、という条件が加わっています。これも非常にユニークでしょう。コンデンサーとコイルを多数組み合わせると、その電子回路的なモデルがつくれるかもしれません。その場合、そのコンデンサーとコイルは、意識の器においてはどんなものなのか・・・エネルギー的なもののはずなのですが・・・むずかしい・・・未知のなにかをこうアプローチしてきて、いちばん気になってくるのは、フーリエ級数・展開・変換意識の器の中での波動パターンを(途中ですが、現在の世界の金融状況についてイメージ思考でちょっと考えてみました。<結論:彼ら欧米諸国とその国民たちは、精神的借金を更に増大させ、質時間回帰により、世界の金融破綻がより過激なものになっていく>その思考過程:欧米の金融機関の多くが、さまざまな債券でとんでもない損失をだしているはずなのに、それが少ししか表面化してきていない。彼らは必死で隠す手段を講じているとしか考えられない。。そのことは、他の国々に損失を押しつけることになる可能性が高いのではないか。さらに、彼ら国民たちの精神的借金が桁外れに膨大になっているのに、さらにその精神的借金を増やそうとしていることになる。よって、質時間回帰によって、世界の金融破綻がより劇的なものになっていくだろう)さて、そういった(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*北京オリンピックの開幕式1~2・八月九日の分*北京五輪が開幕した。鳥の巣の中で(鳥変異インフルエンザ流行元年とならないことを祈る)。ぼくはテレビはほとんど見ず、役にたつのをたまに見る程度なんだが、開会式の舞台に興味があったので、それだけは見ることにした。そこに時代の流れが詰まっていそうな気がして。そのパフォーマンスのひとつに、文字を演じ出すものがあった。それが、ぼくには「日本」という文字そっくりに見えた。正確ではないが、左側の日の上の横棒がないな、という感じの古代文字、という感じ・漢字だった、と思う。解説によると、「わ」ということだった。「ほう、あれは和の古代文字なのか」数回それが映し出され、ついで、「和」という文字が飾り出された。「あれっ、和というのは、日本のことじゃないか」とぼくは思った。もちろん、オリンピックの精神をハーモニー「和」と表現したのだろう、と思いながらのことである。占いの得意な人にかかると、「これからは日本の時代だ。偶然とはいえ、日本にとって吉兆だ」などとなるかもしれない。ぼくは占いはやったことはないが、時代と質時間の流れからいって、そんなことになっていくかもしれないな、という感想をもった。スケールの大きな演出・舞台だった。色彩感覚も素晴らしかった。その半面、地味でもあり動きに乏しいという印象も受けた。撮影と音楽をもっと工夫する余地もあったと思う。ただ、歴史の自慢がはいっていたり、パフォーマンスの中に軍人たちが何度か登場したり、桁外れの数の人たちが一糸乱れぬ動き・踊りを披露したりで、「やはり、一党独裁の国らしいな」という感想を押しつけられた。紙、印刷、羅針盤、次は火薬で世界に向けて大砲でもぶっぱなすのかと冗談を考えたりもしたんだが、遠く離れた西アジアの国で火薬が炸裂し戦争が始まって、またまた東西冷戦の復活がなされてきていることを印象づけた。どの国も、他国には「そんなことするな」と高圧的にでるが、自国はしれっとして、「してはいけない」と主張していることをやってのける。(どの国もといったが、日本はその範疇からかなりはずれている)欧米の報道機関は、その戦争についてトップで報じ、次いで北京五輪だという。チャイナにとっては、水をかけられたという思いだろうか。第一次世界大戦は、東ヨーロッパでの事件が発端となったといわれている。今回のそれが、第三次世界大戦のきっかけにならないことを祈ろう。でっかいハコモノが造られた時は、なにか大きなことが起こることが多い、という事実を歴史が明かしている。このところ世界的に、大きすぎるハコモノがたくさん造られてきている。なので、ますますその祈りを強くしよう。さて、そんなチャイナを、アジアのほとんどの国をはじめとして、世界中の多くの国々が、これから世界はどうなって(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じ(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*世界は小船*メロメロコーナー*ああ世界よ世界よ世界はなにゆえに世界は大海原の小船のようにたったひとつの小船になってしまった世界は波に翻弄される小船世界という小船大きな波たちが立ちはだかっている小船のゆく手に高さを増し激しさを加えいったいだれたちがなにたちがどこたちがいつどんなふうになにをやったからこんなことになってきたのかだれだってそう思うでもなんの役にもたたないそんな問いは人類のすべての人びとの精神的借金の総決算そういうことなんだそれはただひとついえることはあるそんな人類の中でも精神的借金を積みおおいに積み上げとびっきりのとてつもない地獄の無限の最深部に落ちていく人たちそういった者たちがいるそれは確定しているそういうことがいえる世界は大海原の小船のようにこの先沈んでいくしかないのか小船はああ世界よ世界よなにゆえに世界は(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(ここからの項の多くは再掲であって、更新せず時期遅れになっていることがあります。書いた日時は、ブログでだいたいわかりますが、それ以前です・テーマを五回変えるため)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.13
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*意識について*その191*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう*さて、意識の主体(器)なるハードウェアについてさらに研究を進めてみましょう。すでにそういったモデルのイメージをいくつか挙げましたが、もっと記してみます。1。ごくごく薄い膜の袋の中に気体が詰まっているようななにか、というイメージ。2。中心部あたりに、引きつけるエネルギー的ななにかがあって、周りを引きつけられるエネルギー的ななにかが取り巻いている、それに定常波的ななにかも加わる、というイメージ。3。ある程度以上近づけば反発しあい、ある程度以上離れれば引き合うというエネルギー的ななにかの集合体。4。たとえば、変動電界(のようなもの。変動エネルギー場)と変動磁界(のようなもの。前者と対をなす変動エネルギー場。あるいは別な変動エネルギー場)が、その法則に従ってうねりあっていて、しかもボールのようにまとまっており、移動しないでいられるなにか、というイメージ。以上をイメージ思考で(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*北京オリンピックの開幕式1~2・八月九日の分*北京五輪が開幕した。鳥の巣の中で(鳥変異インフルエンザ流行元年とならないことを祈る)。ぼくはテレビはほとんど見ず、役にたつのをたまに見る程度なんだが、開会式の舞台に興味があったので、それだけは見ることにした。そこに時代の流れが詰まっていそうな気がして。そのパフォーマンスのひとつに、文字を演じ出すものがあった。それが、ぼくには「日本」という文字そっくりに見えた。正確ではないが、左側の日の上の横棒がないな、という感じの古代文字、という感じ・漢字だった、と思う。解説によると、「わ」ということだった。「ほう、あれは和の古代文字なのか」数回それが映し出され、ついで、「和」という文字が飾り出された。「あれっ、和というのは、日本のことじゃないか」とぼくは思った。もちろん、オリンピックの精神をハーモニー「和」と表現したのだろう、と思いながらのことである。占いの得意な人にかかると、「これからは日本の時代だ。偶然とはいえ、日本にとって吉兆だ」などとなるかもしれない。ぼくは占いはやったことはないが、時代と質時間の流れからいって、そんなことになっていくかもしれないな、という感想をもった。スケールの大きな演出・舞台だった。色彩感覚も素晴らしかった。その半面、地味でもあり動きに乏しいという印象も受けた。撮影と音楽をもっと工夫する余地もあったと思う。ただ、歴史の自慢がはいっていたり、パフォーマンスの中に軍人たちが何度か登場したり、桁外れの数の人たちが一糸乱れぬ動き・踊りを披露したりで、「やはり、一党独裁の国らしいな」という感想を押しつけられた。紙、印刷、羅針盤、次は火薬で世界に向けて大砲でもぶっぱなすのかと冗談を考えたりもしたんだが、遠く離れた西アジアの国で火薬が炸裂し戦争が始まって、またまた東西冷戦の復活がなされてきていることを印象づけた。どの国も、他国には「そんなことするな」と高圧的にでるが、自国はしれっとして、「してはいけない」と主張していることをやってのける。(どの国もといったが、日本はその範疇からかなりはずれている)欧米の報道機関は、その戦争についてトップで報じ、次いで北京五輪だという。チャイナにとっては、水をかけられたという思いだろうか。第一次世界大戦は、東ヨーロッパでの事件が発端となったといわれている。今回のそれが、第三次世界大戦のきっかけにならないことを祈ろう。でっかいハコモノが造られた時は、なにか大きなことが起こることが多い、という事実を歴史が明かしている。このところ世界的に、大きすぎるハコモノがたくさん造られてきている。なので、ますますその祈りを強くしよう。さて、そんなチャイナを、アジアのほとんどの国をはじめとして、世界中の多くの国々が、これから世界はどうなって(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を開発できる潜在力が世界最高なので、それを目指すべきでしょう。3年、などと期限を設けて実行すれば、実現できるのかもしれません。そのための特別な国債を発行して資金を調達すればよいでしょう(失敗しても補償はしない、として。あるいは政府の債務とする)。ただし、実用化した技術は、絶対に流出させない仕組みをつくった上で行い、海外の採掘も請け負い、収益をあげるようにするとよいでしょう。そのためには、外資制限、技術流出を法律で防ぐ、などの措置も必要となるでしょう。それが成功する過程とその先において、雇用も増え国民の可処分所得も増えるので、経済も金融情勢も好転していくでしょう。すると、世界のエネルギー問題が解決に向かい、それを巡る紛争も下火になっていくでしょう。それに関連して、日本の拠り所の大きなひとつは、科学・工業・生産技術ですから、これからは、法で規制してそういったものをできるだけ囲い込み流出させないようにすべきでしょう。日本人の内に向かう性質は、そういった技術の開発・深化に最適ですが、海外の国ぐにには、そういった特性はずっと小さくしかないので、それは日本の最も大切にすべき資産でしょう。技術を流出させて日本を危うくするのは愚の骨頂です。2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じます。世界の食糧事情も好転していき、国際紛争・戦争などを防げるでしょう。<1。2。>によって、政府は大きく稼いで、財政問題をよい方向に向かわせることもできるでしょう。3。そうやって日本の足元をかため、それからその余裕で、海外に手をさし伸べて(途中ですが、質の科学によると、以上のことは、技術的にはうまくいっても、社会的・経済的にはたいしてうまくいきそうにない、という結論がでていますが、やってみる価値はあるのかも(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*世界は小船*メロメロコーナー*ああ世界よ世界よ世界はなにゆえに世界は大海原の小船のようにたったひとつの小船になってしまった世界は波に翻弄される小船世界という小船大きな波たちが立ちはだかっている小船のゆく手に高さを増し激しさを加えいったいだれたちがなにたちがどこたちがいつどんなふうになにをやったからこんなことになってきたのかだれだってそう思うでもなんの役にもたたないそんな問いは人類のすべての人びとの精神的借金の総決算そういうことなんだそれはただひとついえることはあるそんな人類の中でも精神的借金を積みおおいに積み上げとびっきりのとてつもない地獄の無限の最深部に落ちていく人たちそういった者たちがいるそれは確定しているそういうことがいえる世界は大海原の小船のようにこの先沈んでいくしかないのか小船はああ世界よ世界よなにゆえに世界は(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(ここからの項の多くは再掲であって、更新せず時期遅れになっていることがあります。書いた日時は、ブログでだいたいわかりますが、それ以前です・テーマを五回変えるため)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.12
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北京オリンピック2*その190*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう**北京オリンピックの開幕式1~2・八月九日の分*北京五輪が開幕した。鳥の巣の中で(鳥変異インフルエンザ流行元年とならないことを祈る)。ぼくはテレビはほとんど見ず、役にたつのをたまに見る程度なんだが、開会式の舞台に興味があったので、それだけは見ることにした。そこに時代の流れが詰まっていそうな気がして。そのパフォーマンスのひとつに、文字を演じ出すものがあった。それが、ぼくには「日本」という文字そっくりに見えた。正確ではないが、左側の日の上の横棒がないな、という感じの古代文字、という感じ・漢字だった、と思う。解説によると、「わ」ということだった。「ほう、あれは和の古代文字なのか」数回それが映し出され、ついで、「和」という文字が飾り出された。「あれっ、和というのは、日本のことじゃないか」とぼくは思った。もちろん、オリンピックの精神をハーモニー「和」と表現したのだろう、と思いながらのことである。占いの得意な人にかかると、「これからは日本の時代だ。偶然とはいえ、日本にとって吉兆だ」などとなるかもしれない。ぼくは占いはやったことはないが、時代と質時間の流れからいって、そんなことになっていくかもしれないな、という感想をもった。スケールの大きな演出・舞台だった。色彩感覚も素晴らしかった。その半面、地味でもあり動きに乏しいという印象も受けた。撮影と音楽をもっと工夫する余地もあったと思う。ただ、歴史の自慢がはいっていたり、パフォーマンスの中に軍人たちが何度か登場したり、桁外れの数の人たちが一糸乱れぬ動き・踊りを披露したりで、「やはり、一党独裁の国らしいな」という感想を押しつけられた。紙、印刷、羅針盤、次は火薬で世界に向けて大砲でもぶっぱなすのかと冗談を考えたりもしたんだが、遠く離れた西アジアの国で火薬が炸裂し戦争が始まって、またまた東西冷戦の復活がなされてきていることを印象づけた。どの国も、他国には「そんなことするな」と高圧的にでるが、自国はしれっとして、「してはいけない」と主張していることをやってのける。(どの国もといったが、日本はその範疇からかなりはずれている)欧米の報道機関は、その戦争についてトップで報じ、次いで北京五輪だという。チャイナにとっては、水をかけられたという思いだろうか。第一次世界大戦は、東ヨーロッパでの事件が発端となったといわれている。今回のそれが、第三次世界大戦のきっかけにならないことを祈ろう。でっかいハコモノが造られた時は、なにか大きなことが起こることが多い、という事実を歴史が明かしている。このところ世界的に、大きすぎるハコモノがたくさん造られてきている。なので、ますますその祈りを強くしよう。さて、そんなチャイナを、アジアのほとんどの国をはじめとして、世界中の多くの国々が、これから世界はどうなって(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を開発できる潜在力が世界最高なので、それを目指すべきでしょう。3年、などと期限を設けて実行すれば、実現できるのかもしれません。そのための特別な国債を発行して資金を調達すればよいでしょう(失敗しても補償はしない、として。あるいは政府の債務とする)。ただし、実用化した技術は、絶対に流出させない仕組みをつくった上で行い、海外の採掘も請け負い、収益をあげるようにするとよいでしょう。そのためには、外資制限、技術流出を法律で防ぐ、などの措置も必要となるでしょう。それが成功する過程とその先において、雇用も増え国民の可処分所得も増えるので、経済も金融情勢も好転していくでしょう。すると、世界のエネルギー問題が解決に向かい、それを巡る紛争も下火になっていくでしょう。それに関連して、日本の拠り所の大きなひとつは、科学・工業・生産技術ですから、これからは、法で規制してそういったものをできるだけ囲い込み流出させないようにすべきでしょう。日本人の内に向かう性質は、そういった技術の開発・深化に最適ですが、海外の国ぐにには、そういった特性はずっと小さくしかないので、それは日本の最も大切にすべき資産でしょう。技術を流出させて日本を危うくするのは愚の骨頂です。2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じます。世界の食糧事情も好転していき、国際紛争・戦争などを防げるでしょう。<1。2。>によって、政府は大きく稼いで、財政問題をよい方向に向かわせることもできるでしょう。3。そうやって日本の足元をかため、それからその余裕で、海外に手をさし伸べていくべきでしょう。質の科学を元に観察してみると;海外の国々は、精神的借金を積み上げることに長けているのがほとんどです。どういうわけか、それとは対照的・相対的に日本人は、精神的貯金を積む傾向が大きいのです。ですから、日本は世界の希望、ともいえるような状況になっていくかもしれません。ただし、日本人が円を外貨に替え、海外に投資する傾向が大きくなりすぎると、日本は特に、国債を円の流出をさまざまなデータは、長期的には日本は衰退していく、ということを語っていますが、で、質の科学でいえば、精神的借金の貯りすぎた国々を助けることは、かなり難しいのですが、日本の基盤を固めた上で、援助の手を差し伸べるべきでしょう。(途中ですが、質の科学によると、以上のことは、技術的にはうまくいっても、社会的・経済的にはたいしてうまくいきそうにない、という結論がでていますが、やってみる価値はあるのかも(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*世界は小船*メロメロコーナー*ああ世界よ世界よ世界はなにゆえに世界は大海原の小船のようにたったひとつの小船になってしまった世界は波に翻弄される小船世界という小船大きな波たちが立ちはだかっている小船のゆく手に高さを増し激しさを加えいったいだれたちがなにたちがどこたちがいつどんなふうになにをやったからこんなことになってきたのかだれだってそう思うでもなんの役にもたたないそんな問いは人類のすべての人びとの精神的借金の総決算そういうことなんだそれはただひとついえることはあるそんな人類の中でも精神的借金を積みおおいに積み上げとびっきりのとてつもない地獄の無限の最深部に落ちていく人たちそういった者たちがいるそれは確定しているそういうことがいえる世界は大海原の小船のようにこの先沈んでいくしかないのか小船はああ世界よ世界よなにゆえに世界は(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(ここからの項の多くは再掲であって、更新せず時期遅れになっていることがあります。書いた日時は、ブログでだいたいわかりますが、それ以前です・テーマを五回変えるため)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.11
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北京オリンピック*その189*知性,論理,思考,意味,イメージ,本質,質,味わい,価値,心,意識,生物,社会,国家,自然,世界,宇宙,などの研究*イメージ思考でいこう**北京オリンピックの開幕式・八月九日の分*北京五輪が開幕した。鳥の巣の中で(鳥インフルエンザ流行元年とならないことを祈る)。その開会式でのパフォーマンスのひとつに、文字を演じ出すものがあった。それが、ぼくには「日本」という文字そっくりに見えた。正確ではないが、日の上の横棒がないな、という感じの古代文字、という感じ・漢字だった、と思う。解説によると、「わ」ということだった。「ほう、あれは和の古代文字なのか」数回それが映し出され、ついで、「和」という文字が飾り出された。「あれっ、和というのは、日本のことじゃないか」とぼくは思った。もちろん、オリンピックの精神をハーモニー「和」と表現したのだろう、と思いながらのことである。占いの得意な人にかかると、「これからは日本の時代だ。偶然とはいえ、日本にとって吉兆だ」などとなるかもしれない。ぼくは占いはやったことはないが、時代の流れからいって、そんなことになっていくかもしれないな、という感想をもった。スケールの大きな演出・舞台だったが、歴史の自慢がはいっていたり、パフォーマンスの中に軍人たちが何度か登場したり、桁外れの数の人たちが一糸乱れぬ動き・踊りを披露したりで、「やはり、一党独裁の国らしいな」という感想を押しつけられた。そんなチャイナを、アジアのほとんどの国をはじめとして、世界中の多くの国々が、さて、これから世界はどうなって(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を開発できる潜在力が世界最高なので、それを目指すべきでしょう。3年、などと期限を設けて実行すれば、実現できるのかもしれません。そのための特別な国債を発行して資金を調達すればよいでしょう(失敗しても補償はしない、として。あるいは政府の債務とする)。ただし、実用化した技術は、絶対に流出させない仕組みをつくった上で行い、海外の採掘も請け負い、収益をあげるようにするとよいでしょう。そのためには、外資制限、技術流出を法律で防ぐ、などの措置も必要となるでしょう。それが成功する過程とその先において、雇用も増え国民の可処分所得も増えるので、経済も金融情勢も好転していくでしょう。すると、世界のエネルギー問題が解決に向かい、それを巡る紛争も下火になっていくでしょう。それに関連して、日本の拠り所の大きなひとつは、科学・工業・生産技術ですから、これからは、法で規制してそういったものをできるだけ囲い込み流出させないようにすべきでしょう。日本人の内に向かう性質は、そういった技術の開発・深化に最適ですが、海外の国ぐにには、そういった特性はずっと小さくしかないので、それは日本の最も大切にすべき資産でしょう。技術を流出させて日本を危うくするのは愚の骨頂です。2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じます。世界の食糧事情も好転していき、国際紛争・戦争などを防げるでしょう。<1。2。>によって、政府は大きく稼いで、財政問題をよい方向に向かわせることもできるでしょう。3。そうやって日本の足元をかため、それからその余裕で、海外に手をさし伸べていくべきでしょう。質の科学を元に観察してみると;海外の国々は、精神的借金を積み上げることに長けているのがほとんどです。どういうわけか、それとは対照的・相対的に日本人は、精神的貯金を積む傾向が大きいのです。ですから、日本は世界の希望、ともいえるような状況になっていくかもしれません。ただし、日本人が円を外貨に替え、海外に投資する傾向が大きくなりすぎると、日本は特に、国債を円の流出をさまざまなデータは、長期的には日本は衰退していく、ということを語っていますが、で、質の科学でいえば、精神的借金の貯りすぎた国々を助けることは、かなり難しいのですが、日本の基盤を固めた上で、援助の手を差し伸べるべきでしょう。(途中ですが、質の科学によると、以上のことは、技術的にはうまくいっても、社会的・経済的にはたいしてうまくいきそうにない、という結論がでていますが、やってみる価値はあるのかも(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)*世界は小船*メロメロコーナー*ああ世界よ世界よ世界はなにゆえに世界は大海原の小船のようにたったひとつの小船になってしまった世界は波に翻弄される小船世界という小船大きな波たちが立ちはだかっている小船のゆく手に高さを増し激しさを加えいったいだれたちがなにたちがどこたちがいつどんなふうになにをやったからこんなことになってきたのかだれだってそう思うでもなんの役にもたたないそんな問いは人類のすべての人びとの精神的借金の総決算そういうことなんだそれはただひとついえることはあるそんな人類の中でも精神的借金を積みおおいに積み上げとびっきりのとてつもない地獄の無限の最深部に落ちていく人たちそういった者たちがいるそれは確定しているそういうことがいえる世界は大海原の小船のようにこの先沈んでいくしかないのか小船はああ世界よ世界よなにゆえに世界は(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(ここからの項の多くは再掲であって、更新せず時期遅れになっていることがあります。書いた日時は、ブログでだいたいわかりますが、それ以前です・テーマを五回変えるため)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(再掲)(政府の財政を破綻させない方法)(政府が次のことを行う製品本位制をとる科学・工業・生産技術を囲い込む宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す名誉を売り出す生活に不自由のない社会にするお金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と)種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらうお金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする)(詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ)(しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが。それでもなお、日本人の精神的借金の総和よりも、海外の国々の精神的借金ははるかに大きいので、日本の状態は、世界中で一番よい、といえるでしょう)(再掲)(この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね)(<世界・社会混乱・インフレ>対策を始めましたか)(質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます)日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。他の国々はもっとひどいことになっていくだろう。物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。(日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップであるからである)こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )いろいろ忙しくなってきたので、今日はこれくらいで。やるべきことが山積み! です!このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.10
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その186~188*知性、論理、思考、意味、イメージ、本質、質、味わい、価値、心、意識、生物、社会、国家、自然、世界、宇宙、などの研究*イメージ思考でいこう**日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を開発できる潜在力が世界最高なので、それを目指すべきでしょう。3年、などと期限を設けて実行すれば、実現できるのかもしれません。そのための特別な国債を発行して資金を調達すればよいでしょう(失敗しても補償はしない、として。あるいは政府の債務とする)。ただし、実用化した技術は、絶対に流出させない仕組みをつくった上で行い、海外の採掘も請け負い、収益をあげるようにするとよいでしょう。そのためには、外資制限、技術流出を法律で防ぐ、などの措置も必要となるでしょう。それが成功する過程とその先において、雇用も増え国民の可処分所得も増えるので、経済も金融情勢も好転していくでしょう。すると、世界のエネルギー問題が解決に向かい、それを巡る紛争も下火になっていくでしょう。それに関連して、日本の拠り所の大きなひとつは、科学・工業・生産技術ですから、これからは、法で規制してそういったものをできるだけ囲い込み流出させないようにすべきでしょう。日本人の内に向かう性質は、そういった技術の開発・深化に最適ですが、海外の国ぐにには、そういった特性はずっと小さくしかないので、それは日本の最も大切にすべき資産でしょう。技術を流出させて日本を危うくするのは愚の骨頂です。2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じます。世界の食糧事情も好転していき、国際紛争・戦争などを防げるでしょう。<1。2。>によって、政府は大きく稼いで、財政問題をよい方向に向かわせることもできるでしょう。3。そうやって日本の足元をかため、それからその余裕で、海外に手をさし伸べていくべきでしょう。質の科学を元に観察してみると;海外の国々は、精神的借金を積み上げることに長けているのがほとんどです。どういうわけか、それとは対照的・相対的に日本人は、精神的貯金を積む傾向が大きいのです。ですから、日本は世界の希望、ともいえるような状況になっていくかもしれません。ただし、日本人が円を外貨に替え、海外に投資する傾向が大きくなりすぎると、日本は特に、国債を円の流出をさまざまなデータは、長期的には日本は衰退していく、ということを語っていますが、で、質の科学でいえば、精神的借金の貯りすぎた国々を助けることは、かなり難しいのですが、日本の基盤を固めた上で、援助の手を差し伸べるべきでしょう。(途中ですが、質の科学によると、以上のことは、技術的にはうまくいっても、社会的・経済的にはたいしてうまくいきそうにない、という結論がでていますが、やってみる価値はあるのかもしれません)4。さらに、(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)脳の中での情報・情報処理と意識の器の中での波動パターンとの対応・関係についての研究の記載は、前回まででひとまず閉じます。ともかく、質の科学においては、そこの関係性は、「なんらかに変換して」でオーケーなので、進んでいきやすいのです。現在、そこの研究をしている方々は、そこで完全に行き詰まっています。なぜ行き詰まっているのか、といえば、本質に対応した概念、隠された本当のこと、を見出していないからだと思われます。さらに、そこの変換が、数学的に記述できるのかどうかもわかっていません。その変換は、数学的に書き表せない、と証明されるかもしれません(論理などについては数学的に記述できそうにない、ということについては既に記しました)。*世界は小船*メロメロコーナー*ああ世界よ世界よ世界はなにゆえに世界は大海原の小船のようにたったひとつの小船になってしまった世界は波に翻弄される小船世界という小船大きな波たちが立ちはだかっている小船のゆく手に高さを増し激しさを加えいったいだれたちがなにたちがどこたちがいつどんなふうになにをやったからこんなことになってきたのかだれだってそう思うでもなんの役にもたたないそんな問いは人類のすべての人びとの精神的借金の総決算そういうことなんだそれはただひとついえることはあるそんな人類の中でも精神的借金を積みおおいに積み上げとびっきりのとてつもない地獄の無限の最深部に落ちていく人たちそういった者たちがいるそれは確定しているそういうことがいえる世界は大海原の小船のようにこの先沈んでいくしかないのか小船はああ世界よ世界よなにゆえに世界は(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(再掲)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(再掲)(政府の財政を破綻させない方法)(政府が次のことを行う製品本位制をとる科学・工業・生産技術を囲い込む宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す名誉を売り出す生活に不自由のない社会にするお金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と)種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらうお金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする)(詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ)(しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが。それでもなお、日本人の精神的借金の総和よりも、海外の国々の精神的借金ははるかに大きいので、日本の状態は、世界中で一番よい、といえるでしょう)(再掲)(この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね)(<世界・社会混乱・インフレ>対策を始めましたか)(質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます)日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。他の国々はもっとひどいことになっていくだろう。物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。(日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップであるからである)こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )いろいろ忙しくなってきたので、今日はこれくらいで。やるべきことが山積み! です!このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.09
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その186~187*日本の向かうべき方向*知性、論理、思考、意味、イメージ、本質、質、味わい、価値、心、意識、生物、社会、国家、自然、世界、宇宙、などの研究*イメージ思考でいこう**日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を開発できる潜在力が世界最高なので、それを目指すべきでしょう。3年、などと期限を設けて実行すれば、実現できるのかもしれません。そのための特別な国債を発行して資金を調達すればよいでしょう(失敗しても補償はしない、として。あるいは政府の債務とする)。ただし、実用化した技術は、絶対に流出させない仕組みをつくった上で行い、海外の採掘も請け負い、収益をあげるようにするとよいでしょう。そのためには、外資制限、技術流出を法律で防ぐ、などの措置も必要となるでしょう。それが成功する過程とその先において、雇用も増え国民の可処分所得も増えるので、経済も金融情勢も好転していくでしょう。すると、世界のエネルギー問題が解決に向かい、それを巡る紛争も下火になっていくでしょう。それに関連して、日本の拠り所の大きなひとつは、科学・工業・生産技術ですから、これからは、法で規制してそういったものをできるだけ囲い込み流出させないようにすべきでしょう。2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じます。世界の食糧事情も好転していき、国際紛争・戦争などを防げるでしょう。<1。2。>によって、政府は大きく稼いで、財政問題をよい方向に向かわせることもできるでしょう。3。そうやって日本の足元をかため、それからその余裕で、海外に手をさし伸べていくべきでしょう。質の科学を元に観察してみると;海外の国々は、精神的借金を積み上げることに長けているのがほとんどです。どういうわけか、それとは対照的・相対的に日本人は、精神的貯金を積む傾向が大きいのです。ですから、日本は世界の希望、ともいえるような状況になっていくかもしれません。質の科学でいえば、精神的借金の貯りすぎた国々を助けることは、かなり難しいのですが、(途中ですが、質の科学によると、以上のことは、技術的にはうまくいっても、社会的・経済的にはたいしてうまくいきそうにない、という結論がでていますが、やってみる価値はあるのかもしれません)(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)脳の中での情報・情報処理と意識の器の中での波動パターンとの対応・関係についての研究の記載は、前回まででひとまず閉じます。ともかく、質の科学においては、そこの関係性は、「なんらかに変換して」でオーケーなので、進んでいきやすいのです。現在、そこの研究をしている方々は、そこで完全に行き詰まっています。なぜ行き詰まっているのか、といえば、本質に対応した概念、隠された本当のこと、を見出していないからだと思われます。さらに、そこの変換が、数学的に記述できるのかどうかもわかっていません。その変換は、数学的に書き表せない、と証明されるかもしれません(論理などについては数学的に記述できそうにない、ということについては既に記しました)。*世界は小船*メロメロコーナー*ああ世界よ世界よ世界はなにゆえに世界は大海原の小船のようにたったひとつの小船になってしまった世界は波に翻弄される小船世界という小船大きな波たちが立ちはだかっている小船のゆく手に高さを増し激しさを加えいったいだれたちがなにたちがどこたちがいつどんなふうになにをやったからこんなことになってきたのかだれだってそう思うでもなんの役にもたたないそんな問いは人類のすべての人びとの精神的借金の総決算そういうことなんだそれはただひとついえることはあるそんな人類の中でも精神的借金を積みおおいに積み上げとびっきりのとてつもない地獄の無限の最深部に落ちていく人たちそういった者たちがいるそれは確定しているそういうことがいえる世界は大海原の小船のようにこの先沈んでいくしかないのか小船はああ世界よ世界よなにゆえに世界はさて、私はもう何ヶ月もの間、世界の情勢・経済・金融などについての予測を書かないでいます。そういったことについて、ネット上の情報、出版物、新聞、予言書などを見つづけていれば、総合すると誰でも予想が立つようになっていき、よく当たるようになってくるものです。(以前書いた、「愚リーンspan」うんぬん、のコラムは、ある本に書いてあった内容を元にしたものです)しかも先行きというものは質時間回帰則に従っていますから、質の科学に照らし合わせていけばいいわけです。それらが当たることが多いので(ほかにも予想・予言している人は多い。私は、それらも参考にしている)、マイナスの感情がでてくるようになりました。そういった方面で他人に影響を与えたくもないですし。それにしても、世界中の多くの銀行・金融関係組織がつぶれていきそうな状況になってきたし、世界的に食糧危機・経済的混乱・紛争・戦争も始まっていきそうになってきているし、新しい伝染病も流行っていきそうだし、などなど、もう、世界大混乱が始まってしまいました(私論・試論につき保証はありません)。恐いですね。それから、予言・預言の中にはほんとによく当たるものがありますが(あのカトリックの総本山・バチカン=ヴァティカンが認めていて恐れられているものも多い)、そういったものの中であまりにも重大な事態の予言は、時期があとにずれ込む傾向があるようです。それもまた恐いことで(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(再掲)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(再掲)(政府の財政を破綻させない方法)(政府が次のことを行う製品本位制をとる科学・工業・生産技術を囲い込む宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す名誉を売り出す生活に不自由のない社会にするお金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と)種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらうお金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする)(詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ)(しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが。それでもなお、日本人の精神的借金の総和よりも、海外の国々の精神的借金ははるかに大きいので、日本の状態は、世界中で一番よい、といえるでしょう)(再掲)(この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね)(<世界・社会混乱・インフレ>対策を始めましたか)(質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます)日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。他の国々はもっとひどいことになっていくだろう。物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。(日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップであるからである)こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )いろいろ忙しくなってきたので、今日はこれくらいで。やるべきことが山積み! です!このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.08
コメント(1)
その186*日本の向かうべき方向*知性、論理、思考、意味、イメージ、本質、質、味わい、価値、心、意識、生物、社会、国家、自然、世界、宇宙、などの研究*イメージ思考でいこう**日本の向かうべき方向*日本にとって、現在から近い将来にかけて、一番問題になる・なっているのは、政府の財政問題、エネルギー問題、食糧問題、不況、安全保障、などでしょう。(ほかにもありますが)ここで、それらを好転させる方策を考えてみましょう。1。政府の投資として、十兆円くらいかけてもいいから、メタンハイドレートの採掘・供給を実用化するとよいでしょう。日本はそういった技術を開発できる潜在力が世界最高なので、それを目指すべきでしょう。3年、などと期限を設けて実行すれば、実現できるのかもしれません。そのための特別な国債を発行して資金を調達すればよいでしょう(失敗しても補償はしない、として。あるいは政府の債務とする)。ただし、実用化した技術は、絶対に流出させない仕組みをつくった上で行い、海外の採掘も請け負い、収益をあげるようにするとよいでしょう。そのためには、外資制限、技術流出を法律で防ぐ、などの措置も必要となるでしょう。それが成功する過程とその先において、雇用も増え国民の可処分所得も増えるので、経済も金融情勢も好転していくでしょう。すると、世界のエネルギー問題が解決に向かい、それを巡る紛争も下火になっていくでしょう。それに関連して、日本の拠り所の大きなひとつは、科学・工業・生産技術ですから、これからは、法で規制してそういったものをできるだけ囲い込み流出させないようにすべきでしょう。2。<1。>のやり方と同じようにして、食糧の工業的生産技術・方法を飛躍的に高めていくべきでしょう。その他それに関連したことは、<1。>に準じます。世界の食糧事情も好転していき、国際紛争・戦争などを防げるでしょう。<1。2。>によって、政府は大きく稼いで、財政問題をよい方向に向かわせることもできるでしょう。3。さらに、(途中ですが、質の科学によると、以上のことは、技術的にはうまくいっても、社会的・経済的にはたいしてうまくいきそうにない、という結論がでていますが、やってみる価値はあるのかもしれません)(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)脳の中での情報・情報処理と意識の器の中での波動パターンとの対応・関係についての研究の記載は、前回まででひとまず閉じます。ともかく、質の科学においては、そこの関係性は、「なんらかに変換して」でオーケーなので、進んでいきやすいのです。現在、そこの研究をしている方々は、そこで完全に行き詰まっています。なぜ行き詰まっているのか、といえば、本質に対応した概念、隠された本当のこと、を見出していないからだと思われます。さらに、そこの変換が、数学的に記述できるのかどうかもわかっていません。その変換は、数学的に書き表せない、と証明されるかもしれません(論理などについては数学的に記述できそうにない、ということについては既に記しました)。*世界は小船*メロメロコーナー*ああ世界よ世界よ世界はなにゆえに世界は大海原の小船のようにたったひとつの小船になってしまった世界は波に翻弄される小船世界という小船大きな波たちが立ちはだかっている小船のゆく手に高さを増し激しさを加えいったいだれたちがなにたちがどこたちがいつどんなふうになにをやったからこんなことになってきたのかだれだってそう思うでもなんの役にもたたないそんな問いは人類のすべての人びとの精神的借金の総決算そういうことなんだそれはただひとついえることはあるそんな人類の中でも精神的借金を積みおおいに積み上げとびっきりのとてつもない地獄の無限の最深部に落ちていく人たちそういった者たちがいるそれは確定しているそういうことがいえる世界は大海原の小船のようにこの先沈んでいくしかないのか小船はああ世界よ世界よなにゆえに世界はさて、私はもう何ヶ月もの間、世界の情勢・経済・金融などについての予測を書かないでいます。そういったことについて、ネット上の情報、出版物、新聞、予言書などを見つづけていれば、総合すると誰でも予想が立つようになっていき、よく当たるようになってくるものです。(以前書いた、「愚リーンspan」うんぬん、のコラムは、ある本に書いてあった内容を元にしたものです)しかも先行きというものは質時間回帰則に従っていますから、質の科学に照らし合わせていけばいいわけです。それらが当たることが多いので(ほかにも予想・予言している人は多い。私は、それらも参考にしている)、マイナスの感情がでてくるようになりました。そういった方面で他人に影響を与えたくもないですし。それにしても、世界中の多くの銀行・金融関係組織がつぶれていきそうな状況になってきたし、世界的に食糧危機・経済的混乱・紛争・戦争も始まっていきそうになってきているし、新しい伝染病も流行っていきそうだし、などなど、もう、世界大混乱が始まってしまいました(私論・試論につき保証はありません)。恐いですね。それから、予言・預言の中にはほんとによく当たるものがありますが(あのカトリックの総本山・バチカン=ヴァティカンが認めていて恐れられているものも多い)、そういったものの中であまりにも重大な事態の予言は、時期があとにずれ込む傾向があるようです。それもまた恐いことです。さて、金融についていえば、この先、かなりの間、日本円が最も安心で強い通貨になる可能性が大きいのかもしれません(私論・試論につき保証はありません)。すべては質時間回帰していきますから、外貨に投資あるいは外貨を経由して投資して儲けていた・いる人々の中には、反転して損していくようになっていく人たちがでてくるでしょう。日本人の投資先の通貨の中には暴落していくものもでてくることでしょう(私論・試論につき保証はありません)。債券などの中には、紙切れに(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(再掲)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(再掲)(政府の財政を破綻させない方法)(政府が次のことを行う製品本位制をとる科学・工業・生産技術を囲い込む宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す名誉を売り出す生活に不自由のない社会にするお金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と)種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらうお金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする)(詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ)(しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが。それでもなお、日本人の精神的借金の総和よりも、海外の国々の精神的借金ははるかに大きいので、日本の状態は、世界中で一番よい、といえるでしょう)(再掲)(この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね)(<世界・社会混乱・インフレ>対策を始めましたか)(質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます)日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。他の国々はもっとひどいことになっていくだろう。物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。(日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップであるからである)こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )いろいろ忙しくなってきたので、今日はこれくらいで。やるべきことが山積み! です!このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.07
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その185*世界は小船*知性、論理、思考、意味、イメージ、意識、心、本質、質、味わい、価値、生物、世界、宇宙、などの研究*イメージ思考でいこう*脳の中での情報・情報処理と意識の器の中での波動パターンとの対応・関係についての研究の記載は、前回まででひとまず閉じます。ともかく、質の科学においては、そこの関係性は、「なんらかに変換して」でオーケーなので、進んでいきやすいのです。現在、そこの研究をしている方々は、そこで完全に行き詰まっています。なぜ行き詰まっているのか、といえば、本質に対応した概念、隠された本当のこと、を見出していないからだと思われます。さらに、そこの変換が、数学的に記述できるのかどうかもわかっていません。その変換は、数学的に書き表せない、と証明されるかもしれません(論理などについては数学的に記述できそうにない、ということについては既に記しました)。*世界は小船*メロメロコーナー*ああ世界よ世界よ世界はなにゆえに世界は大海原の小船のようにたったひとつの小船になってしまった世界は波に翻弄される小船世界という小船大きな波たちが立ちはだかっている小船のゆく手に高さを増し激しさを加えいったいだれたちがなにたちがどこたちがいつどんなふうになにをやったからこんなことになってきたのかだれだってそう思うでもなんの役にもたたないそんな問いは人類のすべての人びとの精神的借金の総決算そういうことなんだそれはただひとついえることはあるそんな人類の中でも精神的借金を積みおおいに積み上げとびっきりのとてつもない地獄の無限の最深部に落ちていく人たちそういった者たちがいるそれは確定しているそういうことがいえる世界は大海原の小船のようにこの先沈んでいくしかないのか小船はああ世界よ世界よなにゆえに世界はさて、私はもう何ヶ月もの間、世界の情勢・経済・金融などについての予測を書かないでいます。そういったことについて、ネット上の情報、出版物、新聞、予言書などを見つづけていれば、総合すると誰でも予想が立つようになっていき、よく当たるようになってくるものです。(以前書いた、「愚リーンspan」うんぬん、のコラムは、ある本に書いてあった内容を元にしたものです)しかも先行きというものは質時間回帰則に従っていますから、質の科学に照らし合わせていけばいいわけです。それらが当たることが多いので(ほかにも予想・予言している人は多い。私は、それらも参考にしている)、マイナスの感情がでてくるようになりました。そういった方面で他人に影響を与えたくもないですし。それにしても、世界中の多くの銀行・金融関係組織がつぶれていきそうな状況になってきたし、世界的に食糧危機・経済的混乱・紛争・戦争も始まっていきそうになってきているし、新しい伝染病も流行っていきそうだし、などなど、もう、世界大混乱が始まってしまいました(私論・試論につき保証はありません)。恐いですね。それから、予言・預言の中にはほんとによく当たるものがありますが(あのカトリックの総本山・バチカン=ヴァティカンが認めていて恐れられているものも多い)、そういったものの中であまりにも重大な事態の予言は、時期があとにずれ込む傾向があるようです。それもまた恐いことです。さて、金融についていえば、この先、かなりの間、日本円が最も安心で強い通貨になる可能性が大きいのかもしれません(私論・試論につき保証はありません)。すべては質時間回帰していきますから、外貨に投資あるいは外貨を経由して投資して儲けていた・いる人々の中には、反転して損していくようになっていく人たちがでてくるでしょう。日本人の投資先の通貨の中には暴落していくものもでてくることでしょう(私論・試論につき保証はありません)。債券などの中には、紙切れに近づいていくものがでてくるでしょう(私論・試論につき保証はありません)。それにしても我々は、大変な時代を迎える時期を生きています。後世のために、世界・社会のようすを記録しておくことは、我々の義務でしょうね。(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(再掲)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(再掲)(政府の財政を破綻させない方法)(政府が次のことを行う製品本位制をとる科学・工業・生産技術を囲い込む宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す名誉を売り出す生活に不自由のない社会にするお金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と)種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらうお金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする)(詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ)(しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが。それでもなお、日本人の精神的借金の総和よりも、海外の国々の精神的借金ははるかに大きいので、日本の状態は、世界中で一番よい、といえるでしょう)(再掲)(この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね)(<世界・社会混乱・インフレ>対策を始めましたか)(質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます)日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。他の国々はもっとひどいことになっていくだろう。物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。(日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップであるからである)こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )いろいろ忙しくなってきたので、今日はこれくらいで。やるべきことが山積み! です!このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.06
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クオリアと意識について#181~185*知性、論理、思考、意味、イメージ、意識、心、本質、質、味わい、価値、生物、世界、宇宙、などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識についてさてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、もっとも本質的・根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。それは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてを(一応)もっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば(あるいは加えることの、それぞれの光がやってきた方向)、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。普通、レンズなしでは(特に眼にあるレンズ)景色は見ることができない、と思いますよね。ところが、そうとはいいきれないようです。前の方には、すべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。(このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります)。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器の送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、と考えてみるわけです。そう戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。ふたつの眼によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったやり方でなされているのでしょうか。それはホログラムではない。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)二つの眼それぞれにやってくる対象の景色からの光の集団は、わずかな違いがある。つまり、どちらか一方の眼にやってくる光量子たちすべてとまったく同じそれらが別な方の眼にやってくることはなく、いくらか異なったものたちがやってくる。それらやってくる光の集団をそれぞれの眼が位相情報を切捨て情報化する。そして、それら二つの眼からの映像情報を突き合わせると、そのわずかな違い・差の間に干渉が起こって、新しい一本化された情報となる。その一本化された情報とは、対象の立体映像である。となっているのだろうか。その一本化された情報の中に、位相の情報を甦らせている、ということはありうるのだろうか(それができるなら、元の情報(眼たちからの)から一番大きな元情報(景色からの)を再構築していることになるので、不可能だろう)景色からの光の集団が意識の器に至ると;その中のそれぞれの光量子たちが、意識の器を構成するエネルギー素子に入り込み、とか、意識の器を構成するエネルギー素子が、それぞれの光量子たちから情報を受け取り、とか、意識の器の中で、それら光の集団がいっぱいに広がって、とか、ともかく、その光の集団そのものか、それからの情報が、意識の器の中で波動パターンになる、(意識の器は、なんらかのひとつのエネルギー的存在である可能性についても既に言及しています)音の世界についても同様で、意識の主体(器)は、音の振動に直接触れると、そこから情報を得て、直接音の世界を意識し味わうことができてもおかしくない。匂いの世界についても同様で、意識の主体(器)は、匂い分子に直接触れると、そこから情報を得て、直接匂いを意識し味わうことができるのかもしれない。そのほか、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかもしれない。意識の器は波動性がきわめて高いから、すべての存在に共振できる可能性をもっているのではないか。(それは直接認識といえる)その情報も、最も根元的な情報・表現形態のひとつでそもそも、意識の器の中での波動パターンは、どういった姿をとるのだろうか、ということも追求しているわけですが、視覚情報の場合、対象の映像がどのような形で反映されているか、聴覚情報の場合は、音そのものがどのような形でそのものずばりの情報がそのままで波動パターンをとる場合、どうなっているのかそのほかの情報の場合は(思考、感情、知性的な働きによる心的内容、身体を動かすときの心的内容、感覚、そのほか)、まったく推察もできない、実際に意識の器のそれを観察するしかなさそうで(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(再掲)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )
2008.08.05
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クオリアと意識について#181~184*知性、論理、思考、意味、イメージ、意識、心、本質、質、味わい、価値、生物、世界、宇宙、などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識についてさてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、もっとも本質的・根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。それは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてを(一応)もっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば(あるいは加えることの、それぞれの光がやってきた方向)、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。普通、レンズなしでは(特に眼にあるレンズ)景色は見ることができない、と思いますよね。ところが、そうとはいいきれないようです。前の方には、すべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。(このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります)。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器の送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、と考えてみるわけです。そう戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。ふたつの目によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったやり方でなされているのでしょうか。それはホログラムではない。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)景色からの光の集団が意識の器に至ると;その中のそれぞれの光量子たちが、意識の器を構成するエネルギー素子に入り込み、とか、意識の器を構成するエネルギー素子が、それぞれの光量子たちから情報を受け取り、とか、意識の器の中で、それら光の集団がいっぱいに広がって、とか、(意識の器は、なんらかのひとつのエネルギー的存在である可能性についても既に言及しています)音の世界についても同様で、意識の主体(器)は、音の振動に直接触れると、そこから情報を得て、直接音の世界を意識し味わうことができてもおかしくない。匂いの世界についても同様で、意識の主体(器)は、匂い分子に直接触れると、そこから情報を得て、直接匂いを意識し味わうことができるのかもしれない。そのほか、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかもしれない。意識の器は波動性がきわめて高いから、すべての存在に共振できる可能性をもっているのではないか。(それは直接認識といえる)その情報も、最も根元的な情報・表現形態のひとつでそもそも、意識の器の中での波動パターンは、どういった姿をとるのだろうか、ということも追求しているわけですが、視覚情報の場合、対象の映像がどのような形で反映されているか、聴覚情報の場合は、音そのものがどのような形でそのものずばりの情報がそのままで波動パターンをとる場合、どうなっているのかそのほかの情報の場合は、まったく推察もできない、実際に意識の器のそれを観察するしかなさそうで(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(再掲)(世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(再掲)(政府の財政を破綻させない方法)(政府が次のことを行う製品本位制をとる科学・工業・生産技術を囲い込む宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す名誉を売り出す生活に不自由のない社会にするお金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と)種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらうお金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする)(詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ)(しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが。それでもなお、日本人の精神的借金の総和よりも、海外の国々の精神的借金ははるかに大きいので、日本の状態は、世界中で一番よい、といえるでしょう)(再掲)(この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね)(<世界・社会混乱・インフレ>対策を始めましたか)(質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます)日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。他の国々はもっとひどいことになっていくだろう。物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。(日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップであるからである)こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )
2008.08.04
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クオリアと意識について#181~183*知性、論理、思考、意味、イメージ、意識、心、本質、質、味わい、価値、生物、世界、宇宙、などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識についてさてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、もっとも本質的・根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。それは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてを(一応)もっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば(あるいは加えることの、それぞれの光がやってきた方向)、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。普通、レンズなしでは(特に眼にあるレンズ)景色は見ることができない、と思いますよね。ところが、そうとはいいきれないようです。前の方には、すべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。(このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります)。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器の送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、と考えてみるわけです。そう戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。ふたつの目によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったやり方でなされているのでしょうか。それはホログラムではない。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)景色からの光の集団が意識の器に至ると;その中のそれぞれの光量子たちが、意識の器を構成するエネルギー素子に入り込み、とか、意識の器を構成するエネルギー素子が、それぞれの光量子たちから情報を受け取り、とか、意識の器の中で、それら光の集団がいっぱいに広がって、とか、(意識の器は、なんらかのひとつのエネルギー的存在である可能性についても既に言及しています)音の世界についても同様で、意識の主体(器)は、音の振動に直接触れると、そこから情報を得て、直接音の世界を意識し味わうことができてもおかしくない。匂いの世界についても同様で、意識の主体(器)は、匂い分子に直接触れると、そこから情報を得て、直接匂いを意識し味わうことができるのかもしれない。そのほか、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかもしれない。意識の器は波動性がきわめて高いから、すべての存在に共振できる可能性をもっているのではないか。(それは直接認識といえる)その情報も、最も根元的な情報・表現形態のひとつで(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(再掲)(世界が恐慌に突入するのは、もう近くなった、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、経済的混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくかもしれません。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくかもしれません)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(再掲)(政府の財政を破綻させない方法)(政府が次のことを行う製品本位制をとる科学・工業・生産技術を囲い込む宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す名誉を売り出す生活に不自由のない社会にするお金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と)種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらうお金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする)(詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ)(しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが)(再掲)(この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね)(再掲)(<社会混乱・インフレ>対策を始めましたか?)(質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます)(*私論・試論*(覚え書き。推敲してません)(再掲)日本の経済・金融情勢は、この先どうなっていくだろう?ハイパーインフレは起こるのだろうか?(中長期的視野で)低金利や量的金融緩和政策にもかかわらず、インフレはおろか、デフレ脱却もできなかった(現在、わずかに、物価が上がった程度である。デフレの脱却にも時間がかかりすぎた)。現在は安い商品が海外からいくらでも入ってくる。現在はインフレは起こりにくい。日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。(日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップであるからである)こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。加えて、不況になるかもしれません。日本人のさまざまな精神的借金が増えすぎていて、いい生活をする資格がなくなってきているからです(世界的にもそういう国が多い)。同じ理由で、世界的大混乱・戦争が起こるかもしれません。(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )いろいろ忙しくなってきたので、今日はこれくらいで。やるべきことが山積み! です!このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.03
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クオリアと意識について#181~182*知性、論理、思考、意味、イメージ、意識、心、本質、質、味わい、価値、生物、世界、宇宙、などの研究*イメージ思考でいこう*クオリアと意識についてさてここで、その変換について考えるためにもということも含めて、意識の器の中ではいったいどんな波動パターンが生じているのか考えてみましょう。つまりたとえばそれは、ひとつの景色をとりあげ、その景色からの光の集団(その景色の情報をもつ)と、それが意識の主体(器)で意識し味わわれるときの意識の主体内での波動パターンとの関係はどうなっているのだろうか、といったような問題提起です。それは、意識の器の中で、その景色の映像がそのまま生じ、それを意識し味わうのか、それとも、意識の器の中での波動パターンは、その景色の映像をなんらかに変換したもの、または、より本質的な表現形態の波動パターンなのか、それらのうちのどれなのだろう、という課題設定です。で、より本質的根元的な情報・表現形態とは、いったいどんなものなのでしょうか。それは、その景色からやってくるその映像情報の光の集合(集団)、それそのもの、でしょう。そのばあいの光の集合は、たとえば観測者において、観測者の一部(いくらかの領域を占めている)にやってきた場合、そこから見たとみなされるその景色の映像情報のすべてをもっています。その景色からの光の集団は、光についての、強さ・波長・位相(波が歩いていくと考えて、その波の足どり・波の形、の、基準の波からのズレのようなもの)をもっています。その三つの情報がそろっていれば、元の景色の映像をカラーで立体的に再現できます。そのうちの強さと位相の情報を記録してしまうのが、ホログラフィーというやり方で、それを映したものが、ホログラムと呼ばれる縞しまの写真のようなものです。(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)なんらかのやり方で、波長の情報(色についての情報となる)も記録しておけば、カラーの立体像が再現できます。そのばあい、レンズは用いません。面白いですね、レンズなしですよ。それにたいして、その光の集団に対して、たとえばピンホールやレンズを用いて、像を結ばせることができます。それを写真撮影したものが、映像写真であり、そこには、その三つの情報のうち、位相についてのそれは含まれず、強さと波長の情報が記録されます。位相についての情報は切り捨てられてしまいます。(そのうち、電子的に位相についての情報も記録(三原色の)できるようになれば、さらに、それら情報を再生できる画面がつくられれば、すごいカラーの立体映像再生装置ができることになります)。今の研究の流れの上で、ここで考えるべきことは、結ばせた像とその直前の像の光の集合、のどちらが、より本質的であるか、ということです。前の方には、すべての情報が含まれています。あとの方では、位相についての情報が映像化した時点で失われてしまいます。ということは、意識の器にとっては、というか、本質的な存在にとっては、レンズを用いて結ばせた像の波動パターンよりは、その前の段階の光の集合の方が、波動パターンとしてなじむのではないか、と考えるのは妥当なことだといえるのかもしれません。(このブログでの結論として、地上に生物が存在していなかった時点でも、知性体という存在があった可能性がある、という内容があります。その立場に立つと、知性体には目にレンズがないはずであり(たとえ目はあっても)、そういった光の集団をそのまま認識できないと、行動が恐ろしく不自由で、たいした活動ができなかったでしょうから、そうできたはずである、という結論に至ります)。肉体の経験やコントロールのために、レンズのついた目は必要なのであって、本来、意識の器・本質的な存在、にとってはレンズなんていらなくて、直接映像の光の集団をそのまま直接意識し味わうことができるのではないか、と推察するのには有効な根拠がある、といえるでしょう(知性的な存在においては、直接認識することができるのではないか、となります)。意識の器は、脳を覆い、脳に覆われているから、直接映像としての光の集合は受けられないので、目~脳を通して変換した情報として意識の器の送り込んでいるとして、その情報は、直接映像としての光の集合、に戻してやっているのではないか、と考えてみるわけです。戻してなくて、二つの目からの情報を立体映像として、意識の主体に送り込んで、それを意識の主体が意識し味わう、という可能性も残したままで考えています。意識の主体は、そのふたつのモード、または、それ以上のモードを駆使できる、という可能性もあるでしょう。ふたつの目によるふたつの映像を、視差によって立体映像にするのは、どういったメカニズムでそれはホログラムではない(このシリーズで、ホログラフィーと記すべきところを、ホログラムと書いてある個所があります。訂正はしません)音の世界についても同様で匂いの世界についても同様でそのほか、意識の器は、空間のエネルギーなどを用いて、対象と共振(共鳴)できるのかも意識の器は波動性がきわめて高いから(直接認識)その情報も、根元的な表現形態のひとつでしょう(時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません)(再掲)(世界が恐慌に突入するのは、そう遠くない、という感じですね)(世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。よって、経済的混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくかもしれません。同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくかもしれません)(このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。詳しくお知りになりたい方は、検索窓でどうぞ。キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。精神的借金。意識。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。などなどです)(再掲)(政府の財政を破綻させない方法)(政府が次のことを行う製品本位制をとる科学・工業・生産技術を囲い込む宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す名誉を売り出す生活に不自由のない社会にするお金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と)種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらうお金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする)(詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ)(しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが)(再掲)(この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね)(再掲)(<社会混乱・インフレ>対策を始めましたか?)(質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます)(*私論・試論*(覚え書き。推敲してません)(再掲)日本の経済・金融情勢は、この先どうなっていくだろう?ハイパーインフレは起こるのだろうか?(中長期的視野で)低金利や量的金融緩和政策にもかかわらず、インフレはおろか、デフレ脱却もできなかった(現在、わずかに、物価が上がった程度である。デフレの脱却にも時間がかかりすぎた)。現在は安い商品が海外からいくらでも入ってくる。現在はインフレは起こりにくい。日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。(日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップであるからである)こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。加えて、不況になるかもしれません。日本人のさまざまな精神的借金が増えすぎていて、いい生活をする資格がなくなってきているからです(世界的にもそういう国が多い)。同じ理由で、世界的大混乱・戦争が起こるかもしれません。(私論・試論につき、無保証)(推敲してません) )いろいろ忙しくなってきたので、今日はこれくらいで。やるべきことが山積み! です!このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く。引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。それらの無断利用を禁じます。 宇宙人がでました(?)
2008.08.02
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