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小林一茶(こばやし・いっさ)ともかくもあなたまかせの年の暮句文集『おらが春』(1819年、文化文政期) 掉尾句(つらいことばかりのこの人生でこれからもどうなるか分からないが)ともかくも阿弥陀如来様のお慈悲にすべてをお任せして迎えた年の暮れだなあ。
2024年12月31日
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■【ひろゆき】誰かに認められたいこの承認欲求の正体が判明あいかわらず鋭いな。西村博之氏は心理学をやった人らしい。「元祖・炎上系論客」だけあって、語り口は下世話だがけっこう正鵠を射ていると思う。確かに、社会、ひいては世界で問題を起こす人は、今の言葉でいう「承認欲求モンスター」が多いのだろうと、僕も思っている。いわゆる「欲求不満」というのも、あながち間違っていない表現だ。アドルフ・ヒトラーは、その極端かつ近代史上最悪の例である。旧用語では、≒「自己顕示欲」「権勢欲」「名誉欲」「支配欲」「独占欲」「ヒステリー気質」「功名心」など現われ方に応じてさまざまな言い方をされていたが、今では包括して承認欲求と呼ぶのが主流になった。もちろん、一定の承認欲求は誰にでもあるし、必要ともいわれる。根底には、生物としての自己保存本能や種族保存本能(無意識的なエロスの情動)があり、根源的なものである。僕にもあるから、このブログなどをやっている面もあるわけだがそれはまずまずセルフ・コントロール出来ていると思う。心理学を齧っておくと、人生ですごく役に立つよね
2024年12月29日
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TENDRE古河電工グループ パーパスオリジナルCMソング
2024年12月29日
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Dooley WilsonAs Time Goes By
2024年12月29日
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東洋水産 マルちゃん緑のたぬき「年越しの問いかけ」篇ちょっとシュールでおもしろく、あのちゃんが可愛いのでとりあえずリンクしておきます よく見ると、けっこうすごいな、このセット。どこかの実在の邸宅か。――大晦日には、刑務所の夕食でさえ「緑のたぬき」か「どん兵衛」が出るといわれる(・・・知らんけど)。カップ麺といえども、これはもう立派な日本文化だね。(・・・うちはちゃんと茹でたそばを食べるけどね )
2024年12月28日
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スガシカオ夜空ノムコウ
2024年12月26日
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Kan SanoStars In Your Eyes
2024年12月26日
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Kan SanoHere and Nowfeat. Monday Michiru
2024年12月26日
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Kan SanoNatsume
2024年12月26日
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Kan Sano喉仏のクリスマス
2024年12月25日
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SEKAI NO OWARIsilent
2024年12月25日
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ヨハン・パッヘルベルカノン ニ長調上野隆史指揮日本ニューフィルハーモニック管弦楽団
2024年12月25日
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KICK THE CAN CREWクリスマス・イブ Rap
2024年12月24日
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Charlie PuthDecember 25thDecember 25th和訳十二月二十五日。
2024年12月24日
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浜田雅功と槙原敬之チキンライス
2024年12月24日
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【悲惨な映像 リンク先動画、視聴注意】John Lennon & Yoko OnoPlastic Ono BandHarlem Community ChoirHappy Xmas(War Is Over)War is over, if you want it戦争は終わるんだ、君たちが望むなら「目には目を」は、我々すべてを盲目にするマハトマ・ガンジー
2024年12月24日
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山下達郎クリスマス・イブTatsuro YamashitaChristmas Eve
2024年12月24日
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back number新しい恋人達に
2024年12月22日
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BialystocksOver Now
2024年12月22日
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藤原さくら初恋のにおい
2024年12月22日
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ピエトロ・マスカーニ 歌劇カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲(インテルメッツォ)吉田裕史指揮混成管弦楽団
2024年12月22日
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坂本野原したたかに大久保佳代子これからはひとり気ままに老いてゆくらむ笑えないぶすといわれてテレビにも干されし二十代のかなしみ業界の奇跡と言わめ不美人のお手本として人気のありてアジアには幾億人もいるだろうぶすの星なる大久保佳代子友だちになれると思うあやまちもあるかもしれぬ大久保佳代子美人にはあがっちゃうから喋れないたしか桑田も歌っていたね*『TSUNAMI』昔からわれはファンなり兄上は銀行支店長なりというカヴァレリア・ルスティカーナを何となく捧げたくなる大久保佳代子しあわせを総身にまとうエロかわの優木まおみと仲がいい謎かなしみを笑いに変える教養と度胸あふれてきょうも生き抜くぽつねんと広き冬野にいるごとし大河ドラマのない日曜日*『大久保佳代子』(第1連作)は、彼女が売れ始めた頃のずいぶん前に詠んで、歌誌『短歌人』に掲載された。
2024年12月22日
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Bialystocks差し色
2024年12月21日
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男性視聴者が好む武断的政治や合戦の場面がほとんどなく、視聴率も歴代ワースト2位(ブービー賞)だったというNHK大河『光る君へ』だが、しかし失敗だったという声はほぼなく、大河ドラマに新境地を拓いた人間ドラマの傑作だったという賛辞と記事で溢れている。ロマンティックなラヴストーリーや、なじみの薄い平安時代に光を当てた挑戦・冒険によって、歴史ファンの高評価や、女性視聴者の新規開拓に成功したといわれる。伝統的な日本文化の粋を描き切った作品として、今後、世界的に大ヒットするのではないかという予感さえしている。オリジナル脚本の大石静をはじめ女性が多い主要スタッフや、主人公を見事に演じた吉高由里子の女性目線で描かれる平安貴族絵巻は、毎回本当に美しく楽しく、全く退屈しなかった。(あんまり女性女性というと、このご時世、逆差別みたいな批判を受けるかも知れないが。)最終回は、大団円(フィナーレ)、というよりまさに舞台のカーテンコールで、主な登場人物がかわるがわる現れて最後の挨拶をしているかのようだった。見事な構成だった。・・・私は「光る君ロス」がはなはだしく、しばらく立ち直れない。以上、くまんパパ □ 最強の源氏物語オタが見抜いた「物語」の役割『光る君へ』評 【Lmaga.jp 吉永美和子氏 19日】1000年の時を越えて読み継がれる長編小説『源氏物語』の作者・紫式部(ドラマでの名前はまひろ)の人生を、吉高由里子主演で描く大河ドラマ『光る君へ』(NHK)。12月15日放送の最終回「物語の先に」では、女性文学が花開いた時代の「物語」の役割について、菅原孝標の娘のオタトークやまひろと道長の最後の語らいを通して浮き彫りになった。■ 道長の魂をつなぎとめるために…最終回あらすじ物語を書くことを止めたまひろの家には、のちに『更級日記』を記すことになる「菅原孝標の娘」ことちぐさ(吉柳咲良)が遊びに来るようになっていた。ちぐさはまひろが当の作者とも知らず、光る君や作品の批評を熱心に語る。入れ違いでやって来た「清少納言」ことききょう(ファーストサマーウイカ)は、自分たちの書いた文章は政を動かしたと振り返り「たいしたことを成し遂げたと思いません?」と、まひろと笑いあった。まひろは藤原道長(柄本佑)の嫡妻・倫子(黒木華)に呼び出され、道長の魂をつなぎとめるよう乞われる。道長に「新しい物語があれば、それを楽しみに生きられるやも」と言われたまひろは、子ども時代の道長を主人公にした物語を、少しずつ語り聞かせるようにした。しかし道長の反応は、少しずつにぶくなっていく。あるとき、自宅で文机に向かったまひろは、ふと自分の名前を呼ぶ道長の声を聞き、その死をさとるのだった。■ 女性文学者たちが才能を発揮できたのは…菅原孝標の娘が見抜く紫式部(まひろ)や清少納言(ききょう)をはじめ、数多くの女性文学者たちが誕生した平安時代中期。世界的に見ても類まれなムーブメントが生まれたのは、「随筆や物語には政治を動かす力がある」と権力者たちが判断したからというのが、『光る君へ』では描かれていた。文章を書くうえで決して欠かせない、当時は高価な「紙」が存分に与えられる環境でないと、彼女たちはその才能を発揮できなかった・・・という説が、近年唱えられるようになったからだ。それゆえにまひろもききょうも、作家としてのライバル意識というよりも、お互いのバックに着いた政治家の動向によって、その関係を崩しかけるというシーンもあった。女性たちによる華やかなカルチャーは、結局は男の思惑によって動かされていた・・・ということを、このムーブメントの最終走者ともいえる菅原孝標の娘(ちぐさ)が「男たちに好評でなければ、これほど世に広まりません」と看破したのは、さすがの感性だろう。ただ、ちぐさがまひろを『源氏物語』の作者本人とは知らず、作家の気持ちを勝手に分析するシーンには、SNSで「おそらく日本史上初のヲタク。源氏物語のヲタクの考察を作者にするという展開www」「目の前の老婆が推し作品の作者だと知ったら・・・」「ぎゃぁぁ作者目の前に知らずに語るなんて恥ずかしすぎて死ぬやつ!! 一生知らないでいてあげて!」「事実を知った時の黒歴史化がスゴイ事になりそう」など、特に身に覚えがありそうな人たちからの悲鳴が上がっていた。さらに、そんなちぐさとすれ違ったききょうとは「私たちが政治を動かしたのよね」「水や米と同じぐらい書物は大事よね」と、自分たちの功績を確かめ合うようなトークを。これにもSNSは「語らえる仲に戻ってるの見られるのはうれしい」「こんな風に語り合っていた姿が史実でもあったらいい、あったかもしれない、そんな夢を見させてくれる、最高のシーン」「全古典マニア・全歴史オタクの夢の光景が叶った瞬間」などの声が上がっていた。■ 道長のためだけに物語を紡ぐまひろ…『光る君へ』らしいラストかように「実は政治的思惑に動かされていた平安女流文学」のエグさを見せてきた『光る君へ』だったが、最後の最後にまひろが道長のためだけに物語を紡ぐことで、文学は人を教え、導き、時には救い出す、まさに「水や米と同じぐらい大事」な存在であるということを見せつけるのは、さすが「文学大河」をうたう『光る君へ』らしい落としどころだった。現代最高の作家が、自分のためだけに作った物語を語ってくれるなんて、道長の「まひろLOVE」を抜きにしても、至福の時間だったはず。その物語を明日も聞きたいという気力で、道長は晩秋から真冬までを乗り越えることができた。きっとそのときに見ている夢も、自分がこれまで犯してきた罪を見せつけられるようなものではなく、「身分を捨ててまひろと一緒に生きる」人生がどういうものかを想像する、まさに夢のような時間だったのではないかだろうか。道長がおだやかな顔で逝けたのも、まひろの物語が道長を照らす最後の光となっていたからだ・・・と思いたい。そして女性の文学が注目される時代は、武士の時代の到来とともに完全に終えんし、女性が作る歌や物語が再び日本文化のなかで脚光を浴びるのは、与謝野晶子や樋口一葉などが登場する大正時代まで待たねばならない。800年にもわたって「失われた時代」がつづいていたことに改めて愕然とするけれど、道長全盛期のわずか10数年の間にあれだけの文学作品が生まれたことが、日本史のなかの奇跡中の奇跡だったのかもしれない。文/吉永美和子12月29日には『光る君へ』総集編(全五巻)が午後0時15分から放送される。次の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は、横浜流星主演で、江戸時代のメディア王・蔦重こと蔦屋重三郎の波乱の生涯を描く。2025年1月5日から、NHK総合で毎週日曜・夜8時から、NHKBSは夕方6時から、BSP4Kでは昼12時15分からスタート。第1回の放送は、15分拡大版。
2024年12月20日
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アントン・ブルックナー交響曲第9番 ニ短調第2楽章 スケルツォアンドリス・ネルソンズ指揮ドイツ・ライプツィヒゲヴァントハウス管弦楽団Anton BrucknerSymphony No. 9 in D minorII. ScherzoAndris NelsonsGewandhausorchesterなんかふいに、ちょっと激しめのクラシックが聴きたくなった。となると、これかな。とにかく、ブルックナーはスケールがでかい。壮大すぎて、なかなか付き合ってらんないよという感じも若干ある。私の勝手な想像だが、この楽章も、ブルックナーの意識の中ではたぶん幕間(インターミッション)の小品なのであって、ドイツの蒼古の森林や草原を跳ね回る野兎(うさぴょん)かなんかの割と軽やかでユーモラスな音楽的素描なのではないだろうか。スケールがでかい人の感性は、かくも野放図にして自在である。・・・とまで言えるかどうかは、よく分からないが なお、この演奏は最高水準である。
2024年12月18日
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King Gnu 逆夢
2024年12月18日
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紫式部(むらさきしきぶ)めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に 雲隠れにし夜半よはの月かな新古今和歌集 1499 / 小倉百人一首 57たまたま出会って見たのかどうかも分からない間に叢雲むらぐもに隠れてしまった夜更けの月だなあ。(邂逅して、お逢いしたのかどうかも分からないうちにいなくなってしまった、いとしいあなた。)註わかぬ:現代語「分かる」ではなく、古語動詞「分く」(意味は同じ)の打ち消しなので、この形になる。上掲の結句は、百人一首を採った。新古今集(原歌)では「夜半の月かげ(月光)」。百人一首の方は、撰者である後世の巨匠・藤原定家による推敲(添削?)か。確かに、間違いなくこちらの方がいいと思われる。『プレバト』みたいなことを、千年前の人もやっていたってことか
2024年12月18日
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□『光る君へ』最後の最後にすごい伏線回収「まさかの!」「見事すぎる」「ここでぶっ込み」【デイリースポーツ 17日】 NHK大河ドラマ「光る君へ」は15日に最終回を迎えた。 藤原道長(柄本佑)の没後、まひろ(=紫式部、吉高由里子)が娘藤原賢子(南沙良)に自分がよんだ歌集を預けた。 「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな」 百人一首の紫式部のうたが登場し、賢子がよみあげて「幼友達をよんだ歌なのですね」と受け止めた。まひろが「ええ」と返すと、賢子が「母上にも友達がいたなら良かったわ」と笑った。 ネットでは「まさかの!壮大な伏線回収うますぎ」「一周回って道長のことを詠ったものに聞こえるという伏線回収」「なるほどここで使うのかあ…友達ってそういう事ね…」「ここで詠まれる感慨深さ」「ここでぶっこんでくるのか」「使い所が見事すぎる」「反則」「これからは確実に見方が変わる」「ラストに唸りました」と感心する投稿が集まった。
2024年12月18日
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□『光る君へ』完結 道長とまひろの物語のおわりと新しい時代の始まり【産経 女子SPA 18日ふくだりょうこ氏】幼いまひろと道長の出会いから始まった物語が結末を迎えた。夫婦という形にならなくても、ずっと繋がり続けていたふたりの恋はまわりから観たら身勝手なものだったのかもしれない。まひろと道長は、幸せだったのか。◆大変な恋路であった道長(柄本佑)との仲を倫子(黒木華)に問われたまひろ(吉高由里子)。問い詰められるのかと思いきや、倫子はまひろに道長の妾になってくれないかと打診する。そうすれば、道長も元気でいてくれるのではないかと。このタイミングで妾になるのならば!! とっくにそうなっている!!! と思わず叫んでしまうが、まひろは静かに道長とのこれまでについて話し始める。初めて出会ったのは9歳のとき。互いのことは何も知らなかった。しかし、会う約束をしていた日に母が殺された。母を殺したのは道兼。道長の兄だった。それを知ってもなお、結ばれたふたり。死んだ友の遺体を一緒に葬った。互いを支える者は互いしかいなかった。倫子はどんな気持ちで彰子(見上愛)のそばにいたのかと問う。倫子からすると、夫は最初から自分に心はなく、娘はまひろに奪われた。憎くてたまらない、と感じていてもおかしくはない。個人的には、なのだけれど、まひろも倫子も、幸せであって幸せでもなかった人生なのかもしれない、と思う。愛する人に愛され続けたまひろ。でも夫婦になることはなかった。愛する人に必要とされ続けた倫子。でも、愛する人に心から愛されはしなかった。それをどう捉えるかは本人次第だけれど、ふたりはどのように感じていたら。ただ、倫子の立場だとしたら、馬鹿にして! と思うかもしれない。そうはならないのは、倫子が出来た人間だからなのか。◆道長とまひろとはなんだったのか愛とはなんだろう、と思う。娘の藤原嬉子(瀧七海)、藤原妍子(倉沢杏菜)を立て続けに亡くした道長は病を患う。倫子はまひろを呼んだ。殿のために最後にできることはなにかと考えていたら、まひろの顔が浮かんだと言う倫子。まひろは道長を看病し、物語を聞かせる。「続きはまた明日」と言いながら紡ぐ物語。明日、続きを聞かせてあげるから、生きていて。そんな切ないメッセージにも聞こえる。大切な人を奪われ続けていたまひろが、一番愛した人を見送るための儀式のようだ。離れて、近づいて、ずっとそばにいたふたりの人生。でも、共に過ごすことを誰かに許されたのは初めてかもしれない。最終話だというのに、こんなふたりを見るのは初めてだ。どこか反発し合って、素直になれなかったふたりの心が本当に寄り添っているのが感じられた。それは、まひろと道長がこれまで積み重ねてきた時間があるからこそ生まれる空気。でも、こんな今際にならないと互いの気持ちを素直に伝えることができないのも……いや、宣孝の死に際に会えなかったことを考えると、まひろにとっては幸せなことなのかもしれない。最期のとき。布団に横たわり、左手だけを横に伸ばしていた道長。訪れた倫子がその手に触れ、動きを止める。その動きと表情で道長が亡くなっているのが分かった。道長の表情はとても穏やかだった。きっとまひろが看取ったのだろう。それを伝えなかったのは倫子への配慮かもしれない。◆倫子の愛の深さ最初から一貫して、倫子はできる女性だった。まひろを含め、周りの人にかける言葉が配慮に満ちている。長い物語の中で、「どうしてそんなことを言うの?」と思うようなシーンが、倫子に関してはなかった気がする。倫子は道長を心から愛していたし、道長がまひろへの想いを隠し切れなくなっても責めるようなことはなかった。全ては道長を失いたくなかったから飲み込んだのだろう。道長が臥せってからも、道長のためを思って、まひろを呼び、助けを求める。道長に少しでも長く生きてほしい、という思うがあるからにせよ……いやあああ嫌すぎないか? ずっとそばで支え続けていた自分ではなく、まひろがそばにいたほうが、道長は長くこの世に留めることができると冷静に判断したということだ。素晴らしい女性だし、賢い人だ。道長がトップに上り詰めたのも倫子あってこそ。ある種、まひろとは別の女性としての生き方を見せてくれたと言えるだろう。◆人の人生とは道長が旅立ったあとに描かれるそれぞれの表情が豊かだった。道長が愛されていたことが伝わるし、道長が己の目標を達成するために一歩一歩、努力を重ねていたのが分かる。道長と同じ日に旅立った行成(渡辺大知)。心から道長を愛し、尽くした人だった。道長を偲び、歌を詠み、献杯する公任(町田啓太)と斉信(金田哲)。日記をしたためながら、涙をこぼす実資(秋山竜次)。人はひとりでは生きられず、他人の想いが重なって人生は彩られる。亡くなったときに、誰かの人生から少し色が失われる。その喪失感を人は悲しみと共に、また自分の人生を積み重ねる。政治的な面とともに、道長とまひろの恋路を描いた物語。ドラマチックにも見えるけれど、それぞれが必死に生き、誰かを真摯に愛し、誰かの人生に影響を与え続ける姿が印象的な物語だった。そんな人の営みに心を惹かれた人も多いのではないだろうか。最終話のタイトルは「物語の先に」。まひろの旅路はまだ続き、そして時代は変わっていく。「嵐が来るわ」――今もまだ、その物語の先にある。<文/ふくだりょうこ>
2024年12月18日
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□『光る君へ』最終回、一挙8人が最期“伏線回収”「晴明に寿命を10年やった」道長&行成同日逝去ネット涙「実資にもらい泣き」【スポーツニッポン 5日】 脚本家の大石静氏(73)と女優の吉高由里子(36)が3回目のタッグを組んだNHK大河ドラマ「光る君へ」(日曜後8・00)は15日、15分拡大で最終回(第48話)が放送され、完結した。「源氏物語」の作者・まひろ/紫式部と源倫子の“ラストバトル”、時の最高権力者・藤原道長の最期、そして、まひろの再びの旅立ち…。直接描写はなかったものも含め、道長と同年同日に世を去った藤原行成をはじめ、主要登場人物(オリジナルキャラクターを除く)8人が最期を迎えた。 「ふたりっ子」「セカンドバージン」「大恋愛~僕を忘れる君と」などの名作を生み続ける“ラブストーリーの名手”大石氏がオリジナル脚本を手掛けた大河ドラマ63作目。千年の時を超えるベストセラー「源氏物語」を紡いだ女流作家・紫式部の波乱の生涯を描く。大石氏は2006年「功名が辻」以来2回目の大河脚本。吉高は08年「篤姫」以来2回目の大河出演、初主演となった。 最終回は「物語の先に」。最終回は「物語の先に」。寛仁4年(1020年)、まひろ(吉高由里子)は大宰府から都に生還したものの、源倫子(黒木華)から藤原道長(柄本佑)との関係を問いただされ、2人のこれまでを打ち明ける。すべてを知った倫子は驚きとともに“ある願い”をまひろに託す。やがて時が経ち、道長は共に国を支えた公卿や愛する家族が亡くなる中、自らの死期を悟って最後の決断。まひろは道長危篤の報を聞き…という展開。 (1)藤原道綱:寛仁4年(1020年)(以下、年号・西暦は没年) 藤原道綱(上地雄輔)は道長に「一度、大臣やりたかったんだよ」「ちょっとだけでいいよ。すぐ辞めるから」と懇願。最後まで“癒やし枠”として存在感を示した。 (2)藤原顕光:治安元年(1021年) 陣定。左大臣・藤原顕光(宮川一朗太)は「では、これより…何を議論するのであったかな」「では、右大臣、よしなに頼む」。藤原頼通(渡邊圭祐)に辞表を迫られた。 (3)藤原嬉子:万寿2年(1025年) 東宮・敦良(あつなが)親王に嫁いだ道長の六女・藤原嬉子(瀧七海)は親仁(ちかひと)親王を出産したものの、2日後に薨去(こうきょ)。19歳の若さだった。 (4)藤原顕信:万寿4年(1027年)旧暦5・4 新暦6・20 道長の三男・藤原顕信(百瀬朔)は蔵人頭になれず、出家(第41回、10月27日)。最終回に出番はなく「嬉子に続き、顕信と妍子も亡くした道長は、11月になって病が重くなり、自ら建立した法成寺に身を移した」(語り・伊東敏恵アナウンサー)と“ナレ死”。 (5)源俊賢:万寿4年(1027年)旧暦6・13 新暦7・19 道長と「四納言」は宴。源俊賢(本田大輔)は「皆さま、私よりお若いのに、情けないことですなぁ。私はまだまだやりますぞ!」と意気軒昂だったものの…。 (6)藤原妍子:万寿4年(1027年)旧暦9・14 新暦10・26 寛仁2年(1018年)、藤原彰子(見上愛)が太皇太后、藤原妍子(倉沢杏菜)が皇太后、藤原威子(佐月絵美)が中宮となり、3つの后の地位を道長の娘が独占した。しかし、妍子は「父上と兄上以外、めでたいと思っておる者はおりませぬ」(第44話、11月17日)。最終回に出番はなく「嬉子に続き、顕信と妍子も亡くした道長は、11月になって病が重くなり、自ら建立した法成寺に身を移した」(語り・伊東敏恵アナウンサー)と“ナレ死”。 (7)藤原道長:万寿4年(1027年)12月4日 道長は「晴明(ユースケ・サンタマリア)に、寿命を、10年やった(第30話、8月4日)。やらねばよかったぁ…。幾度も悔やんだ。いや、そうではない。俺の寿命は、ここまでなのだ」と明かした。 (8)藤原行成:万寿4年(1027年)12月4日 雪が舞う日。藤原行成(渡辺大知)は突如、倒れ込んだ。藤原実資(秋山竜次)は日記「小右記」に書き留め、涙。藤原公任(町田啓太)は「道長と同じ日に逝くなんて、行成は心底道長に惚れていたんだな」、藤原斉信(金田哲)は「あいつはまことに道長によく尽くしたよ」と献杯。それぞれ歌を詠んだ。 SNS上には「あの時の10年か。怒涛の伏線回収」「最終回にして行成は本当にこの大河の裏ヒロインなんだなと、しみじみ実感」「実資の涙にもらい泣き」などの声。視聴者の驚きや涙を誘い、反響を呼んだ。 「総集編」は12月29日に放送される。
2024年12月18日
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和子/源氏物語ホームページ紫式部 源氏物語ほぼ全文 現代語訳小川和子氏ネット上についに無償で現れた世界最古の大長編小説のほぼ完訳。その知性と情熱と奉仕の精神に感服。尊敬します。ネットを見ていてしばしば思う、世の中にはすごい人がいるもんだな~
2024年12月16日
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Willie NelsonAlways On My MindLiveAlways On My Mind汝なはいつも吾あがたましひにゐるといふフォークソングをまこととぞきく野原
2024年12月16日
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俵万智(たわら・まち)「どうだった? 私のいない人生は」 聞けず飲み干すミントなんちゃら歌集『アボカドの種』(令和5年・2023)* 元彼に30年ぶりぐらいに会った時の歌だという。「・・・そこで、『うん、すごく良かったよ』と言われても、ちょっと悲しいよね。」(笑)「齢を重ねたからこそ詠める恋もある。」紫綬褒章歌人の名言である。(『NHK短歌』12月8日放送)未練や悔恨、思慕の念がまだ少しあることをかすかに匂わせつつ、ミント(薄荷)系の飲み物の涼やかな印象が利いていて、「なんちゃら」のおどけた感じもあいまって、成熟した大人の余裕を感じさせる一首。
2024年12月15日
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和泉式部(いずみしきぶ)憂きことも恋しきことも 秋の夜の月には見ゆる心地こそすれ和泉式部集 507辛いこと恋しいことを映し出す鏡と思う秋の夜の月俵万智訳(『NHK短歌』12月8日放送)
2024年12月15日
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Glenn Miller & His OrchestraMoonlight Serenade
2024年12月14日
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□『木綿のハンカチーフ』の歌詞の解釈が真っ二つに分かれる件 さにー氏昭和・平成の大作詞家・松本隆の若書きの出世作で、「元祖J-POP」とまで評されるこの不朽の名曲の歌詞を、論理的に徹底分析。けっこう面白かったので、リンクしておく。大都会で立身出世を夢見る若者と、故郷に残してきた(今の言葉でいえばやや「重い」)恋人の女の子の遠距離恋愛の悲話。イケイケドンドンだった昭和の日本の社会状況の中での男女の真情を活写している。一杯やりつつコメント欄を読んでいたら、泣けた。文学や映画に親しんでいる者であれば、これに類似したシチュエーションが、手を変え品を変えて繰り返し描かれてきたことを知っている。スタンダール『赤と黒』、ドライサー『アメリカの悲劇(陽の当たる場所)』、フェリーニ『道』、伊藤左千夫『野菊の墓(野菊のごとき君なりき)』、松本清張『ゼロの焦点』、遠藤周作『わたしが・棄てた・女』など、作品はまさに枚挙にいとまがない。西洋キリスト教文化の文脈では、このような「捨てられる女性」は、しばしばイエス・キリストや天使・聖女のような「純朴無垢(イノセンス)」の象徴・アイコンとして描かれてきた。そこに悲劇性が生まれ、ある種の哲学的ともいえる深い読後感が残るのである。これらの作中人物の若者(男)は、その選択の過ちを神に裁かれ、最終的には(「最後の審判」で)深く悔恨したり、破滅したりするのである。カトリックでは、その前に懺悔して赦しを請うわけである。ただ、例えばドライサーの小説『アメリカの悲劇』を映画化した名作映画『陽の当たる場所』では、若者はモンゴメリー・クリフト、捨てられる娘は、可愛くてけなげだがいかにも田舎娘のシェリー・ウィンターズ、そして若者が走る女性は、当時世界最高の美女と謳われた大女優エリザベス・テーラーである。こりゃちょっと、無理からぬところがあるかも知れぬ。また、松本清張『ゼロの焦点』の映画化(第1作)では、電通や博報堂を思わせる「一流広告代理店」に勤める男が捨てる女性は、宝塚出身ながら庶民的な個性で親しまれた有馬稲子。男が結婚した相手は、リアルに華族出身だった高貴な雰囲気を纏う女優・久我美子である。そういったニュアンスはこの詞にも歴然と感じ取れ、松本隆の繊細な知性を慮(おもんぱか)れば、このあたりの含みは十分承知した上で作詞したのだろう。ところで、このユーチューブの分析そのものはめちゃくちゃ面白かったけれども、あまりにも頭脳明晰で論理的すぎるこの女性は、あんまりお近づきになりたくない、なんか別の意味で重いなと思っちゃったよ □ 木綿のハンカチーフの「僕」は、当時レコード会社CBSソニーでこの曲を手掛けた、九州の炭坑町出身の音楽ディレクターその人がモデル【小学館 NEWSポストセブン 2021.11.24】
2024年12月13日
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エリック・サティノクチュルヌ 第5番パスカル・ロジェ:ピアノSatie: Nocturnes: 5.Pascal Rogé
2024年12月13日
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Christopher CrossArthur's Theme(Best That You Can Do)
2024年12月12日
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松たか子ありのままでレット・イット・ゴー『アナと雪の女王』よりイディナ・メンゼルの本家・英語版オリジナルを超えたと当時世界的に評判になった松たか子の圧倒的な名唱。母音の多い日本語の響きの美しさが、最大限に発揮されている。訳詞は高橋知伽江。Idina MenzelLet It Gofrom Frozen
2024年12月12日
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Stevie WonderOverjoyed巨人・スティーヴィーの到達地点。
2024年12月11日
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ダーク・ダックスクラリネットをこわしちゃったフランス民謡 石井好子訳詞さきほど、TBS『ラヴィット』を何気なく見ていたら番組内容と大して脈絡のない形ながら、この曲がBGMで不意に流れて、懐かしかった。明らかに面白くてユーモラスな歌詞と曲調で子供の頃から大好きな名曲だが、同時に、全く別な感慨も湧く。昭和の親父は怖かった。ゲンコツは当たり前、時には殴る蹴るの体罰(暴力)もあった。学校でも先生による体罰がけっこうあった。ただし、そこに愛情があることは子供心にもはっきりと分かっていたけれども。まだまだ野蛮な時代だった。「クラリネットをパパからもらう」という、田舎の小学生から見ればおよそ想像だにできないこの「東京の上流階級の同年輩の少年」(当時の想像)がこのあとどうなってしまうのか、はらはらと、半ば涙しながら聴いていたのであった。いわば、星飛雄馬と花形満の、格差を超えた共感。・・・平井堅の、哀感溢るる歌唱で聴いてみたい
2024年12月11日
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□ NHK大河『光る君へ』がフィナーレへ大コケどころか「成功」と言えるワケ【東京スポーツ 8日】 女優・吉高由里子主演のNHK大河ドラマ「光る君へ」がいよいよ最終盤だ。 8日放送の第47話「哀しくとも」が終われば、15日放送の第48話が最終回。今作は千年の時を超えるベストセラー「源氏物語」を紡いだ女流作家・紫式部(吉高)の波乱の生涯を描いた。 そんななか、一部メディアでは「どこが失敗したのか?」と題した考察記事が飛び出した。登場人物に「藤原姓」が多く、登場人物の相関図がイマイチわかりづらい点などを挙げた。 たしかに「光る君へ」の初回視聴率は12・7%で、前作の松本潤主演「どうする家康」の15・4%を2・7ポイント下回る低調なスタートとなった。その後も視聴率はひとケタ~ふたケタをウロウロ。お世辞にも大ヒットとは言いがたい状況だ。 だが、制作現場からは悲観の声は聞こえてこない。NHK関係者が明かす。「大河ドラマは撮影期間が長く、チームは大所帯。おのずとファミリーのような信頼関係が生まれます。世間は数字(視聴率)のことを気にしていますが、制作現場はそこまででもありません。なにせこれまでの大河ドラマとは違ったアプローチをしているのですから」 今作は合戦シーンがなく、皇族たちの優雅な暮らしぶりや、男女の恋愛描写が多い。戦国時代が好きな人は早々にリタイアしたのだろうが、代わりに歴史好き女子や、いわゆる韓流ドラマのような淡い恋愛モノが好きな層の関心を集めた。「ハマる人はとことんハマったのが、今回の大河ドラマ。これまで大河に全く興味を示してこなかった女性視聴者の開拓にも成功したのではないか。今後DVD化されても、コレクター色が強いため、ヒットが期待できる」(同) 元放送作家の長谷川良品氏は7日までにXを更新。「光る君へ」を大コケ扱いする声に「そもそもこれNHKも数字が取れないことなど分かった上で編成していて新たな層の獲得が狙い」「合戦がないので数字が取れないのは明白でそんなことNHKも承知の上でのことなんですよね」と〝目的〟をズバリ。同氏は「歴代上位」に面白いと絶賛した。 吉高も少しは報われたか…。
2024年12月11日
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Stevie WonderSuperstition6日放送のNHK『チコちゃんに叱られる』の「音楽を聴くと踊りたくなるのはなぜ?」の設問で、スティーヴィー・ワンダーの『迷信(スーパースティション)』が(欧米の大学の研究で)「人類が最も踊りたくなる曲」であるとして紹介。なるほどなあと、直観的に肯(うべな)った。実際に、番組が慶応大・藤井進也准教授の監修のもと人生経験や生育環境にまだ影響されていない生後3か月~7か月の赤ちゃんで行った検証実験では、ほかの曲では今ひとつだった反応が、この曲ではたちまち満面の笑みを咲かせてリズムに合わせて手足を動かす(踊り出す)顕著な反応があり、「あー」とか「うー」とか歌い出すような様子さえあった。見ているこっちまで楽しくなった。英バーミンガム大学の研究によれば、(リズム、メロディ、アレンジメント、歌詞、歌唱などが)「複雑すぎず、単調すぎず」、「ちょうどいい難しさ」なのが踊りたくなる要素だという。さすがは人類、あんまり簡単すぎてもつまんないらしい 見方を変えれば、生まれたばかりの赤ちゃんまでノリノリにさせるスティーヴィーの天才ぶりを改めて再認識させられるエピソードでもあった。(歌詞は、人種差別など、当時のいくつかの「迷信」に言及し、それを否定・論破してゆく哲学的・思想的な内容を陽気なリズムに乗せて歌い上げた。全米ヒットチャート1位。ポピュラー音楽史上に輝く名曲と認識されている。)・・・ちなみに、上記設問の答えは、「人間が言葉を話す生き物だから」という、やや意外なものであった。言葉を話すことと踊ることは、耳で聴いた音(言葉や音楽)に合わせて体(口・のど/手足など)を動かすことであり、共通した機序(メカニズム)であるという。言われてみれば、これまたなるほど、である 『迷信』日本初盤(1972)EPレコード(ドーナツ盤)ジャケット
2024年12月10日
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このブログサイトも、始めてから19年ぐらいになる。光陰矢の如し。時の経つのは早いものだね。始めたころは僕もまだ若く、スマートフォンもなくてPCだけの時代で、趣味として日常的にネットをやっている者がまだまだ珍しいころだった。言ってみれば、けっこう先駆者(パイオニア)の部類に入るのかな。初期の頃は、僕もインターネットの怖さを知らず、好き勝手放題いろんなことをタブーなく書いて、2、3度炎上しかかった苦い思い出もある。近頃では、僕も歳を取って万事面倒くさくなり、差し障りのあるようなことは全く書いてないが、まだまだ続けて行くつもりではある。そのうち、仕事をリタイアしたら、顔写真ぐらい晒そうと思っているが、今なお宮仕えの身なので、当分は無理である。この20年弱の間、ネット上で知り合った友人も出来て、楽しい思い出になっているが、お互いに年を経て人生の最盛期は過ぎ去ろうとしている。彼らと夙に「これからはインターネットの時代だね、マスメディアは終わりつつあるよね」などと語り合っていたのが、今やまさに現実のこととなりつつあるのは、状況をご覧の通りだ。近頃ではユーチューブで、ひろゆきやホリエモンなどの、テレビや新聞・雑誌などでは決して接し得ない言説を聞いて、(その論旨に100%同意というわけではないが)その驚くべき頭の良さと洞察力に感服している。新時代・ニューウェイヴの有力な論客といって間違いないだろう。どちらも、「放送禁止表現」(?)満載だが、世の中の真実を鋭く突いていると感嘆しきりである。・・・言っては悪いが、もう田原総一朗の時代じゃないよね ■ 堀江貴文ユーチューブ僕は読解力不足が許せないあ~、そうなのかな。そうかも知れないな。確かに、若い人などと話していて、多少思い当たる節はある。いきおい、会話であんまり難しい言い回し・表現は使わなくなった。SNSでものを書く場合には、頭の隅に置いておく必要があるかもね。■ 同窓会に行く人って正直〇〇ですよね!?松陰寺太勇 vs カズレーザー僕は高校同窓会の幹事なので、これはちょっと面白かった。ただ、「出席しない派」だというカズレーザーがやや冷淡におちゃらかしすぎて、論議はあんまり深まらなかったみたいだね。ちなみに、80人の同級生中20人集まれば上々だと思う。私の場合、250人中45人前後。そんなものである。同窓会って、けっこう盛り上がって、ものすごく楽しい。来られない人、来たくない人は、来なくていい。これは全然咎めない。それぞれの(境遇や精神的なものを含む)事情があるのだから。でも、来た人は来なかった人にものすごく会いたがっていたりするのも事実であり、よく見る現象である。思い切って出席してみれば、めっちゃ楽しいよ。同窓会ネタでいうと、ユーチューブ上には否定的な動画がくどいぐらいに溢れていて、来ない人の心情はこうなのかと(薄々分かってはいたし、面と向かって言われたこともあるが)、なるほどそうなんだろうなと、よく分かった。そこでお互いの近況ぐらいは聞くだろうし、訊かない方が不自然だろう。だが、そこでわざわざマウントを取って得意になろうとする奴なんか、まったく皆無とは言わないがまずいないし、そう思い込んで何か不必要に怖れているのなら、それ、ちょっと被害妄想っぽくない?実際は、ごくごく和気あいあいの雰囲気だよ。・・・と、ベテラン幹事の実感としてひと言申し添えたい ■ 同窓会あるあるを語るアラフォー~アラフィフ世代の同窓会の本音を語る! ガルちゃんまとめ・・・などと思っていたら、えっ、何これ? このユーチューバーの分析、すごいわ。世の中にはすごい人がいるもんだなあ。僕も、幹事として経験的にだいたい知っていることだけど、この「まとめ」は確かに見事だわ。確かに、陽キャの集いである。それは否めない。学年トップクラスだった大学教授や上級国家公務員、超一流企業トップ級、大手マスメディア勤務は来ない。彼らは、当時ガリ勉にいそしんでいた陰キャだった。最下層はもちろん来ないが、最上級も来ないのは事実である。・・・この両者、心理的には、案外同根なのかも知れないな。どちらも「アウトサイダー」ってことか。ただ、医者は教授クラスでも来る。この辺はさすがだね。人の命、生と死を直接に扱っている彼らは、ある種悟りを開いているということかも知れない。そういえば、石川、塚田もお医者様である。それをすっかり忘れてタメ口でバカ話を喋ってたわ。まあ、これはいいか。しかしまあ、総じていえば、人付き合いのいい陽キャの凡人「中間層」が仲良くつるんで楽しむのが、同窓会ってものかも知れないね。それでいいし、全然問題ない。これは勉強になった。ガルさん、恐れ入りました。
2024年12月09日
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『プレバト』(大阪MBS制作、TBS系全国ネット)5日放送。今回の兼題は「銭湯」。テレビでは、ほんの少し前まではお堅いNHK(教育テレビ)の独壇場だった俳句に、「コロンブスの卵」ともいうべき「コペルニクス的転回」をもたらしてくれたこの民放の番組に、敬意を表する。俳人・夏井いつき氏という余人を以て代えがたい評者と、水を得た魚のようなMC浜田雅功を得て、この番組自体が「見事な発想」だった。芸能人相手ということで、「信賞必罰」が、遠慮会釈なくドラマチックで激しいのが特徴である。褒めるときには思いっきり褒める。ダメなときにはぼろくそ・けちょんけちょんに貶して笑いに持っていく。これ、一般人相手だったら絶対できないエンタテインメントだと思う。泣き出す人もいるだろうね。ただ顧みれば、プロ・セミプロが集う歌壇・俳壇では古くから、「こんなものは短歌/俳句ではない」、「そう言っているあなたの選歌/選句眼がおかしい、選者を辞めろ」、「何をぬかすかこの馬鹿野郎」(土屋文明)といった言葉が飛び交い、果ては人格攻撃(場外乱闘?)に及ぶこともしばしばある、激しく厳しい世界ではあった。その淵源は、平安時代の和歌の「歌合せ(歌合戦)」に遡る。天皇の臨席で行われる、言葉の美の「大相撲」であった。わが国では、剣道・柔道・相撲道・野球道、なんでも「道」になってしまう緊張度の高い国民性もあいまっている。結局、日本人って真面目なのだろう。今回は、上位のベテランが上手くて唸らせてくれるのはもちろんだが、下位の初心者がドツボのダメな例の典型を出してきて大笑いさせてくれて、結果、いい仕事をしてくれた。お笑い芸人は、このポジションを担当してもらいたいというお手本だった。中田喜子「蛍の光」掛け湯忙せわしき湯屋柚子湯冬至の夜、まもなく閉店の銭湯に「蛍の光」が流れ出して、柚子の香りが漂う上がり湯を掛ける客の手が少しせわしくなった。17音に、よくぞここまでの情報量を詰め込んだなと思われるほどだが、調べの美しい、手練れの秀句。ダウ90000蓮見翔5巻がない除夜のコインランドリー大晦日の夜、銭湯に併設されたコインランドリーで、(独身の「私」が)ずぼらに溜め込んだ洗濯物を洗いながら、置いてある漫画本を4巻まで読破したところで、5巻目がないことに気づいて愕然とした。微妙な破調の凹凸と句またがりがむしろ効果的な、現代俳句の秀句。まぎれもなく、「今ここに生きている」詩がある。西岡徳馬雷鳴や女湯の声くぐもりて女湯のお喋りになんとなく耳を澄ませていたら、雷鳴が鳴り出して、たちまちその声はかき消されてしまった。ベテラン俳優による佳句。原作「(雷鳴)に」を夏井氏が添削。ちょっと色っぽさも漂う粋な感じがさすが。村重杏奈銭湯や湯冷めするなとおばあちゃん原作「湯冷めしておばにおこられこたつみかん」を夏井いつき氏が添削。本人の弁によれば、子供の頃、銭湯の湯上りにはしゃぎすぎて、すっかり湯冷めしてしまったのをおばあちゃんに叱られて、家に帰ってしょんぼりと炬燵でみかんを食べたという思い出を詠んだという。そのストーリー(いわば「詞書き」)は、けっこう素晴らしい。が、原句は一読して意味がよく分からない上に、「湯冷め」「こたつ」「みかん」と、季語が三つも入っていることを、温厚な中田喜子にもやんわりと指摘される始末のハチャメチャな一句になってしまい、ぼろくそに笑い者にされて、番組としては面白かった。おバカワイイキャラで売っている作者、ナイスジョブである。意外と真面目な人柄なのであろう。割と本気で落ち込んじゃったみたいに見えたのがかわいそうだったが、大丈夫だよ、一生懸命詠んだことは伝わってるよ、そんなに気にすることはないよと慰めてあげたい。もちろん、「おばあちゃん」を「おば」と言うのは到底無理である。が、この原句には、意外と捨てがたい味があるのではないかと思った。私は、俳句の方は門外漢として岡目八目で見ているので気軽に言うが、季重なり(1句に季語が複数重なること)はあまり気にならない。「銭湯」をばっさり切って、「湯冷めして祖母に叱られ蜜柑剥く」ぐらいにしたらどうかなと思った。やや散文的かな。トータルテンボス・藤田ビリもまた良し体育の日の銭湯夏井氏が添削。原作は「体育の日ビリになってもせんとうだ」。「先頭」と「銭湯」を掛けたのは一目瞭然で失笑を買ったが、これはもう、最下位を目標として出したのであろう。最近では、この番組の長寿化・成熟に伴って、レベルがかなり(セミプロ級に)高くなっている。初心者の視聴者に向けて、反面教師として、敢えて「バカをやれ」というディレクターの示唆もあったのかも知れない。お笑い芸人としては、きわめて正しい判断だった。けっこうウケたよ。言うまでもないだろうが、俳句で駄洒落はだめである。日常生活の会話の中で、ダジャレを飛ばしてどっと受けるということは確かにある。が、それはほんの一瞬の笑いに過ぎない。(ただし、短歌は多少表現の余裕があり、ダジャレもあり得ると思っている。ここは質的な違いがある。)俳句は、日常会話・散文とは全く異なる、世界最小・最短で最高水準の詩であることは銘記すべきである。そこに軽めの口語(ライト・ヴァース)が使われていたとしても、それはいわば異次元空間で発せられているのである。また、「韻を踏む」こととダジャレのような表現には、外形的には紙一重の差ともいえるところがある。どちらも、言語遊戯(言葉遊び・パズル)の典型ではある。それを隔てるものは何か。今、それを的確に言い当てられるかどうか自信がないが、いわば、一種の永遠性と神秘性を纏っているかどうか、というようなことであろうか。それが「詩」なのであろう。
2024年12月08日
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中山美穂世界中の誰よりきっとI ♡ MIHOFOREVER
2024年12月07日
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中山美穂ただ泣きたくなるの
2024年12月06日
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中山美穂色・ホワイトブレンド
2024年12月06日
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やや不幸な家庭に育ち、幼き日から芸能界に憧れて、天与の才能と超絶の美貌で、はや10代で夢を実現し、誰もが魅了された大スターだった。明るくて謙虚で努力家で気さくな人柄が傍目にも見て取れて、僕も本当に大好きだった。音楽的には、折しもJ-POPの成熟期に当たり、日本経済が世界の天下を取った時代とも重なり、その勢いが横溢した名曲揃いだった。『世界中の誰よりきっと』は、僕のカラオケの十八番である。これは書いていいのかどうか分からないが、このところ最近、急激にやつれたように見えていたのは否めない事実だったのではないか。ネット上でも「劣化」という、あられもない言葉で言及されていて、蔭ながら心配していた。何か無理しすぎとか、どこか体調でも悪くしていたのだろうか。■ 中山美穂さん 54歳で死去トップアイドル「ミポリン」から本格女優に数々の名作に出演 【読売新聞 6日配信】 女優の中山美穂さんが亡くなったことが6日、警視庁渋谷署への取材でわかった。54歳だった。 同署幹部によると、同日正午頃、東京都渋谷区の自宅で、中山さんが浴室内で倒れているのを事務所の関係者が見つけ、119番した。救急隊員が駆けつけ、その場で死亡を確認した。 中山美穂さんは「ミポリン」の愛称で親しまれるトップアイドルから、本格女優へと脱皮し、名作との評価が高い映画にも出演した。 1985年、思春期の性を明るいタッチで描いたテレビドラマ「毎度おさわがせします」(TBS系)でデビュー。ませたツッパリ中学生役で人気を博した。その後も「ママはアイドル!」(同)や「君の瞳に恋してる!」(フジテレビ系)などに出演。初出演映画「ビー・バップ・ハイスクール」では、ツッパリ高校生たちが憧れるヒロインを演じた。 その後はアイドルを脱し、本格的に俳優として活動した。92年にはNHK大河ドラマ「信長」に、豊臣秀吉の妻・ねね役で出演。木村拓哉さんと共演した98年の「眠れる森」(同)では殺人事件に巻き込まれた女性の苦悩を繊細に演じ、視聴者の心をつかんだ。初恋の淡い思い出を美しい映像でつづった岩井俊二監督の映画「Love Letter」では1人2役に挑戦し、海外でも同作は高く評価された。 歌手としては85年に「『C』」でデビューし、日本レコード大賞の最優秀新人賞を受賞。「ツイてるね ノッてるね」「WAKU WAKU させて」といったアップテンポな曲から、バラードの「You’re My Only Shinin’Star」まで、幅広い曲で支持された。 90年代以降には大人びた歌唱で魅了し、ロックバンドWANDSとの共演曲「世界中の誰よりきっと」を始め、「遠い街のどこかで…」「ただ泣きたくなるの」といった曲を次々とヒットさせた。 私生活では2002年に芥川賞作家でミュージシャンの辻仁成さんと結婚し、パリに移住して暮らしていたが、その後離婚した。妹は女優の中山忍さん。 6日は夜に、大阪でコンサートが予定されていたが中止となった。来年も40周年を記念するコンサートが、20都市以上で予定されていた。■ 俳優で歌手の中山美穂さん死去 54歳 東京の自宅浴室で 【NHK 6日】1980年代から90年代にかけてアイドルとして一世を風靡した俳優で歌手の中山美穂さんが6日、東京・渋谷区の自宅の浴室で死亡しているのが見つかりました。54歳でした。警視庁によりますと6日正午すぎに中山さんの事務所の関係者から110番通報があり、警察官が駆けつけたところ、東京・渋谷区の自宅の浴室で亡くなっているのが見つかったということです。浴槽内で前かがみの状態で見つかったということで、警視庁は入浴中の事故や病死の可能性があるとみて、詳しい死因を調べることにしています。
2024年12月06日
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坂本野原糸すじのごとくあえかなふつか月ひがしの空に帰りきたりぬおんなたちぼくに向かって小走りす やさしい吾であってよかった面積のないきらめきがさざめいて星との距離はほぼ ∞インフィニティあのひとは今しも何か思うらむ星の光のそそぐはつふゆしみじみとしじみの汁の琥珀酸宍道しんじの湖うみの詩も味わいぬ飲もうよと誘う電話に思いたりコストとタイム・パフォーマンスを思いきり広瀬アリスと抱き合った夢を見ました と知らせますたましいは孤独にあれば歌出ずる 家庭の幸と矛盾している発熱は発火となりて燎原の世界の中でまともな大和和を以て貴しとなす国民くにたみは隣の国に辟易しつつ石破氏のバックに神はついてるぞしょぼい見かけをなめたらあかんゆうちゃみもつらさ苦しさあるらしくあのちゃんに打ちあけるさし飲み*『あのちゃんの電電電波♪』テレビ東京 12月4日未明放送。カスハラに実名公表条例案三重県桑名市全国初の弱いものいじめはだめと幼き日教わらないで大人になってカスハラは攻撃だから防衛は当然であり殲滅すべし
2024年12月04日
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