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私が以前から話題にしていた『南セントレア市』の名称を決める住民アンケートが昨日あったのだが、名称どころか同時に行われた合併そのものを問う住民投票で、反対票が賛成票を大きく上回り、合併そのものが破綻になってしまうことがほぼ確実になった。しかし単に名称だけの問題だと思っていたから、この結果にはちょっとビックリしたなー。報道などを見聞きしても、合併協議会そのものへの不信感を持った人が少なからず居たようだ。名前ごときでここまでもめるのなら、いっそのこと合併なんかやめちまえ、という感情論に走った人も多かったのかもしれないな、きっと。でもこれで、今回の合併騒動がいかに住民不在で進められてきたかが改めてクローズアップされたような気がする。今現在合併を検討している他の地域にも影響が出るかもしれないな。あともうひとつ以外だったのが、市の名称を決める住民アンケートの結果だ。先に公募した中で最も多かった11の候補に『南セントレア市』を加えた計12の候補から得票の最も多いものを採用するということになっていた。1位が『南知多市』、2位が『美浜市』と、現在の町名をそのまま用いたものが1位2位を占めているのはある意味当然の流れだと思うが、誰も投票するワケ無いだろうと思っていた『南セントレア市』が以外や以外、3位に食い込んでるのだ(ただ、1・2位からはかなり離されてはいるが)。ただこれはその名称を積極的に支持したというよりは、「一旦決まったものだからそのままでいいんじゃないの」という消極的支持が多かったからかもしれない。でもいずれにしても今回は合併そのものが破綻になりそうだから、アンケートの結果自体はムダになってしまうが、合併後の名称の付け方の難しさが改めて浮き彫りになったような気がする。当該するどこかの自治体の名前をそのまま使えば、他の自治体から「対等合併なのに吸収されたような印象を受ける」という批判が出るし、逆に平等を意識して当該市町村の名前を一文字ずつ採ったような名前だと、何だかぎこちなさが残る。だからといってあまりに突拍子も無い名前だと、今回の『南セントレア市』のように強い拒否反応に遭ってしまう。いみじくも先日は千葉県の4町村が合併してできる新市の名前に決まった『太平洋市』というのが、やはり内外からの猛反発によって撤回の憂き目に遭う、ということがあったばかりだ(なんでもここは太平洋に面している海岸線が僅か8kmしかなかったそうだ^_^;)。どんな名前をつけたところで100%の住民が納得することは所詮有り得ないのだから、変な小細工無しに住民投票で単純に多いものを採用というようにしたほうが、お互い恨みっこナシでいいんじゃないかな?
2005年02月28日
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今日もムスコの野球に付き合う。今日はしかも私が球審だ。今日の相手のチームのピッチャーは何と女の子。女の子の入ったチーム自体はさほど珍しくないのだが、どちらかというとチームにとってそれほど重要な存在の子というのはあまりない。しかし今日のコは3番ピッチャー、チームの柱だ。他のチームの女の子というのがどちらかというと男勝りでややガサツな感じのコが多い中で、今日のコはちょっと裕木奈江(古い!)に似た感じの、はかなげな感じのするかわいらしい子。私は思わず彼女に対しては判定が甘くなってしまいそうになるのを必死でこらえながら、つとめて冷静にジャッジした(^^ゞしかし女の子の野球人口も増えてはきているだろうが、まだまだここは男社会。そんな中に女の子がひとり飛び込んでくるというのは、われわれが想像する以上に勇気と決断が必要なんじゃないかな、と思うのだがどうなんだろう?もちろん「好きだから」入って来るのだろうし、厳しい練習にも耐えられるのだろうが、そのハートが強くなければ続かない。しかし翻ってウチのチームを見ても、そんなハートが有るのか無いのか分からないような子も結構居たりするから、彼女らのハートを見習って欲しいと思う。彼女らを見ると、私も思わず心の中で「ガンバレ!」とエールを送っているのである。野球が好きな女の子というのも潜在的にはかなり居そうな気がするのだが、そういう子たちがもっと気軽に参加できるような環境が整うといいね。そうなったら何年か後に『野球狂の詩』の『水原勇気』みたいな存在が現実になったりして...(*^_^*)
2005年02月27日
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近所の方のお葬式があって、参列してきた。焼香の順番が来て何気なく親族席を見ると、そこに何とかつての同級生の顔があるではないか!そういえば確かに亡くなられた方と同じ苗字だ。向こうは気が付いてないみたいだったが、こういうときだから声を掛ける訳にもいかない。そしてお経を上げていた僧侶が帰って行く時にチラッと顔を見たら、何とこれもかつての同級生!もちろん彼にも声は掛けられなかった。世間は狭いって言うけど、こんなシチュエーションで昔の同級生に2人も出会うとは(同窓会じゃあるまいし)!
2005年02月26日
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昨日9回目の誕生日を迎えた真ん中の娘から、1通の手紙をもらった。開けてみるとまあ何と殊勝なことが書いてあるではないか。『おとうさん、おかあさん、私を生んでくれてありがとう.....』へぇー、こいつもこういうことを考えるようになったのか、とちょっとホロリとして、何気なくそれが書かれている便箋を見ると裏側に、<誕生日は自分を生んで、育ててくれたおとうさん、おかあさんに感謝する日です>という印刷がされている。横からすかさず妻が言う。「学校で誕生日の近い子にコレが配られて、親に手紙を書くように言われるんだって。」なぁーんだ、受け売りか。でも悪い気はしないな。そしてその先を読み進むとこのようなくだりが。『この9年間、本当にいろんなことがありました.....』なんだか岩崎恭子ちゃんみたいだなー(^^ゞまあ彼女には彼女なりにいろいろあったんだろう。でもオマエなー、これからの人生の方がもっともっといろんなことがあるんだぞ!と思いながら返事を書いた。
2005年02月25日
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こういう仕事をしていると、自分の飲む酒(清酒)はどちらかというと日付の古くなったものになることが多い。いわゆる「不良在庫の処分」というヤツだ。ただ「不良在庫」と一口に言っても、ただ単に詰口日付から○ヶ月過ぎたから、というだけで“不良化”してしまうのもまたどうかと思うのだ。というのも、保管状況さえ良ければ時間の経過とともに旨くなっていたりするものもあるからだ。実際昨日私が封を開けたのは、昨年の1月詰口の辛口の吟醸酒だが、前に飲んだ時に感じた突き刺さるような刺激とは打って変わって、緩やかに熟成した後が見て取れるまろやかさの中に、口に含んだ後にじわじわと遅れてやって来る辛味が何とも心地良く感じられたのだ。現在一般的な話として、清酒、しかもある程度ハイクラスな物(業界用語で『特定名称酒』といわれる、吟醸酒、純米酒といったもの)の場合は、詰口日付から概ね6ヶ月が賞味期限の目安とされている。もちろん蔵元によってその認識には差があるし(設定していない蔵元も多い)、飲む方が気にしなければ、詰口日付からどれだけ経っていようが問題ない。ましてや賞味期限を過ぎたからといって、酒がすぐに痛んできたりということも無い(よほど劣悪な環境に置いてあれば別だが)。ただ賞味期限が設定されていても、それはあくまで「瓶詰めした時点の風味を保てる最大の日数」という意味合いというだけのことで、「賞味期限を越えると“まずく”なる」ということでは決して無いのだ。「旨い」「まずい」の判断はあくまでも個人の嗜好によっても左右されるから、そう考えると「古い酒は不味い」とは一概には言えない。ただそうは言っても昨今の日本人の、潔癖なまでの「日付信仰」は結構根強く、ビールあたりと同じ感覚でいる人が多い。つまり「フレッシュ・イズ・ベスト」ということだ。もちろん生酒のように、鮮度に重きの置かれる商品も中にはあるが、先にも書いたようにそういうものがすべてというわけでもない。だから日付の少々古くなった商品でもそれなりの愉しみ方をしてもらえれば、と思うのだが、日付が古いというだけで端から敬遠されることも多い。もっともそのあたりを啓蒙していくのがわれわれの務めでもあるんだろうが、これはなかなか難しい。実際に飲ませて納得してもらえれば早いが、そうそう試飲見本を何本も使うわけにもいかないし.....。またその人が飲むのならまだしも、ハイクラスな酒は贈り物にされるケースが多く、その場合はこちらの論理はまったく通用しない。依頼主が送り先の方に、送った酒についてざっくばらんに説明できる間柄なら良いが、そうでなければ「アイツ、こんな古い酒を送りやがって!」などと、トラブルの火種にならぬとも限らない。酒は“生き物”なだけに、上手く育てる面白味もある反面、扱い方がマズイとせっかくの魅力を台無しにしてしまうこともある。そのあたりがなかなか難しいが、こちらの考えがお客に理解してもらえると非常にウレシイ。
2005年02月24日
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先日の日記にも書いたが、土曜日からコンタクトレンズのドクターストップがかかっていて、約20年振りに人前でメガネをかける生活をしている。見え方が微妙に違うので最初のうちはぎこちなかったが、すぐに慣れてきた。クルマの運転もまあ問題はない。しかしそれはそれとして、ちょっと引っかかることがある。先週の土曜日の昼からメガネをかけ始め、今日までの間に結構たくさんの人と会っているのだが、その人達の中で私がメガネをかけていることについて触れた人は今のところ皆無なのだ。みんな気が付いてないハズはないと思うけどなー?最初私は会う人ごとに「あれっ、メガネかけてましたっけ?」などと訊かれることを予想していたので、何だか肩透かしを食らったような気分だ。確かに他人がメガネをかけようがかけまいが、自分には何の関わりも無いことには違いないし、よしんば気が付いてても、あえて話題にするほどのことでもないと考えられているのかもしれないな。皆が皆、うるさいくらいメガネの事に触れてくれば、それはそれで煩わしいというように思うんだろうが、何にも言われないと正直寂しいものがある。よく女の子がヘアスタイルを変えたのを男が気がつかないと、女の子にスネられてしまうことがあるが、そんな心境が何となく解ったような気がした。
2005年02月23日
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全国的に相当風邪が流行っているようだ。先週から風邪でダウンしていたウチの長男もやっと復活して今日から登校したが、学校では相変わらず風邪で休んでいる子が多いそうだし、他の方のブログを見ても結構「風邪ひきネタ」に遭遇することが多い。ウチの得意先の人たちも例外ではない。今日訪問したある料理屋さんのマスターも昨日から風邪をひいていて熱も大分あるようだったが、「休もうと思ったけど、今晩予約が入ってるんで休めへんのやわ」と言いながら、死にそうな顔をして包丁を握っていた。つい「無理しないで下さいね」と声でも掛けてしまいそうになるが、そんなことは当の本人は先刻承知の上で、あえて無理せざるを得ない状況なのだから、かえって無神経な言い方になってしまいかねない。なので一応無難に「おだいじに」と言葉を掛けた。私も含めていわゆる自営業者は、とにかく風邪なんかではそうそう休んでいられない。特に人を雇わず、個人だけでやっているところはなおさらだ。改めて体調管理の大切さを痛感した。
2005年02月22日
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今日卸問屋の営業マンが来店した際に、こんな話を聞いた。「花粉症にいいって話題になってる泡盛があるんですが、知ってます?」「エッ、知らない。そんなのあるんですか(^0_0^)」詳しく話を聞いてみるとその泡盛は、石垣島にある『請福酒造』という蔵元で造られる泡盛で、『請福ファンシー』という商品だ。もちろん花粉症対策に開発された商品ではなく、元から存在する普通の泡盛なのだが、蔵元とはまったく関係のないところで、『クレラップ』でおなじみの『呉羽化学工業』がこの商品を使用しての治験データに基づいて、「泡盛の抗アレルギー有効成分としての利用」として特許申請しているということだそうだ。面白いのはそのような研究がなされていたことを、当の蔵元がまったく知らなかったということだ。お客から「花粉症に効く泡盛を下さい」と言われて初めて知ったというから、そのあたりはさすが、花粉症に無縁の沖縄だからかな、と妙に感心してしまった。そのあとはネット上で話題になり、やがてメディアに取り上げられ、一躍「時の焼酎」としてブレイクするに至る。しかしそこまで話題になっていながら、私も今日まで全然知らなかったとは、リカーマンとして情けない(>_
2005年02月21日
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例によって昼間は1日中、子供の野球に付き合う。もっとも今日はウチの長男は風邪でダウンして休みだったので、私だけ行った。自分のムスコも出てないのに親だけ行くのもなあ.....と以前なら思っただろうが、今はここまで深く付き合い出したらそれなりに当てにもされるし、ヨソの子も我が子と同じくらい気になるし、まあ変われば変わるもんだ。それはそうと1日外にいて気が付いたのだが、結構飛行機をよく見かける。しかも結構低空で飛んでいるのだ。今までは飛んでいる飛行機を見ることもそうそう無かったし、あってもずいぶん上空の方なのであまり気にも留めてなかったのだが。一緒にいた人達とそのことで話をしていて、アッと気が付いた。先週中部国際空港が開港したから、きっとそれによって飛行経路が変わった路線が多くあるんだろう。中部国際空港はウチの街から見たら、伊勢湾をはさんでちょうど対岸、距離にして約20kmちょっとと、今までの名古屋空港から見ても格段に近い。それで結構低空で飛んでいくんだなー。しかし低空で飛ぶ飛行機はやはり音もそれなりにスゴイ。今までヒトゴトのように接してきた飛行場での離着陸時の騒音問題が、何だか身近に感じられた。まあもっともこの程度なら、生活に支障を来たすほどでは無いのだけれど。そういえば先日の開港以来、中部国際空港の混雑振りを毎日のようにメディアが報じている。もうちょっとほとぼりが醒めたら、一度見学に行ってみよう。
2005年02月20日
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私はコンタクトレンズを常用しているのだが、昨日から右目に違和感というか、ちょっとチクチクするものを感じていたので、今日眼科へ行って診てもらった。医師曰く、「角膜が炎症を起こしていますねー。あなたコンタクトレンズをずいぶん酷使していませんか?1週間は着用を止めて様子を見て下さいね。」とのこと。そして右目だけに痛みが有るのは、炎症を起こした角膜が右目だけやや膨らんでいて、それがレンズの淵にちょうど当たるからなのだそうだ。そう言われてみれば私は毎日コンタクトレンズを結構長時間着用している。朝は8時半ぐらいから、夜は遅い日で仕事が終わって帰ったあとだから、だいたい午前1時。これじゃあ目に良いワケないなー。もともとメガネが嫌でコンタクトレンズにしたのだから、向こう1週間メガネの生活というのは考えただけでちょっと気が滅入ってしまう。特にクルマの運転するときは、視界の感覚がまったく違うのでちょっと運転しづらい。まあせいぜい事故を起こさないように慎重に走ろう。元はといえば今まで目を酷使し続けてきたツケが回ってきたのだから.....。
2005年02月19日
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最近小学校の授業参観に行ったり、小学校からのおたよりプリントを見ていたりして、気が付いたことがある。学校の中では普段子供たちは、「下の名前」(苗字ではなく)で呼ばれているようだ。授業中に先生が呼ぶ時もそうらしい。少なくとも私が小学校に行っている頃には考えられなかったことだ。ファーストネームで呼び合うというのは欧米の風習でもあるが、まさかそれを真似たものでもあるまい。どういうキッカケでこんな風に変わってきたんだろう。確かに同じ苗字の子がクラスに何人もいる時は便利だ。しかし逆に苗字が異なっていても名前が同じの子がいれば、それはそれでややこしい。結局メリットとデメリットは背中合わせか(ただ現実的にウチの子供のクラスでは、同じ名前同士というのは1組ぐらいしかいないらしいが)。あとは呼ばれる側の、当の子供たちの好みもあるかな。そう思ってうちの子供に「苗字と名前、どっちで呼ばれるのがいい?」と訊いてみたが、「別に~、どっちでも~」ということだった(^_^;)ただ「下の名前」で呼ぶことの是非はさておいて、個人的には非常に「うらやましい」と思う。というのも私自身、家族や親戚以外から「下の名前」で呼ばれたことがほとんどといっていいくらい無かったからだ。例えばクラスに自分と同じ苗字の子がいる、いわばメジャーな苗字のヤツなどは「下の名前」で呼ばれることが多かったが、あいにく私の苗字は周りにまったく同じ人が居ないような、少々珍しい苗字。なのでいつも「○○くん」とか「○○」(苗字の呼び捨て)という呼び方しかされず(あとはアダ名とか)、子供心に下の名前で呼ばれる子が眩しく見えたものだ。だから私の友人のほとんどは、私の下の名前など知らなかったりする。オマケに私の下の名前は普通にない、少々特殊な「読み方」をするので、どんなに仲の良かった友人でもいまだに私の名前の読み方を間違えたりするのだ。平易な名前の方には分からないかもしれないが、結構これでも昔は気にしていたのだ。
2005年02月18日
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先日NHKの番組で、昨今のイモ焼酎の異常なまでの過熱ぶりがレポートされていた。希少価値の高い焼酎がビックリするような高値で取引されていることにスポットが当てられ、またぞろ“いびつな”イモ焼酎人気を煽ることになりはしないかと心配したが、今回の番組ではそういった焼酎がどのような過程を経て価格高騰していくのかが詳しく紹介されており、まだ好感が持てた。というのもいわゆるそういった「プレミア焼酎」が、元は他の名も無い焼酎と大して変わらない価格だということをご存じない方が結構多いからである。今ネットオークションのみならず、デパートの酒売り場などでも1本数万円の値がついている焼酎があるが、こういったものでも蔵元としては小売価格2~3千円という想定で造られている。ただこれらの焼酎も消費者にとっては、端から高価な焼酎と誤解されていることが多く、蔵元としては本当に困っているという。結局昨今のイモ焼酎ブームに目を付けて、転売して利益を得ることを目的に希少性の高いものを買い漁る輩が横行し、そこで吊り上げられた価格が「実勢価格」として独り歩きしてしまっている、という図式だ。以前の日記にも書いたことがあるが、そうやってプレミアがついた焼酎は確かに旨いことは旨いが、そうそう何万円の価値のある味ではない。もし蔵元が始めから何万円かの小売価格を想定して精魂込めて造った焼酎なら、確かにカネを払って満を持して飲んでみる価値はあるかもしれない。しかしただ転売された結果何万円にも吊り上った焼酎というだけなら、正直それだけのカネを出して飲むには値しないと思うよ。敢えてシビアな言い方をさせてもらえば、「プレミア焼酎」に振り回されている消費者は騙されているに等しい。ここはもっと消費者が賢くならないとダメだと思う。ウチの店にもそういった「プレミア焼酎」を求めて来られるお客は多い。ただウチに無いとわかると、他に何を薦めてもあまり耳を貸そうとはしない。別に「買ってもらえないから」という恨み言ではない。ただこれは日本人の典型的なブランド志向の現われかな、と思わざるを得ないのだ。「○○じゃなきゃダメ」、この考え方が嗜好の幅をどんどん狭めてしまっている。焼酎の蔵は日本中にゴマンとある。ブランド化した一部の商品ばかりを追いかけるのではなく、もっといろんな銘柄にチャレンジして、自分だけのお気に入り銘柄を見つけるほうが面白いと思うんだけどなあ。しかもそれが恐ろしく安価だったりしたら最高だ。またそういったお手伝いをするのがわれわれの役目でもあると思っている。先日のNHKの番組の中で、こんなシーンがあった。自らの意思とは正反対に価格がどんどん高騰していった、ある焼酎の造り手の方が九州から上京して、ある酒販店の店頭でン万円の値がついている自分の造った焼酎を、とても複雑な表情で1本買い求めるのである。ひょっとしたら「番組的な」演出としての購入だったかもしれないが、例えそうだとしても何だか皮肉な、且つ「象徴的な」シーンだったな。
2005年02月17日
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今日は朝からあいにくの雨模様で、どうしても気分が滅入ってしまう。ただ単に雨が降って鬱陶しいというだけではない。私はここ10年来、花粉症を患っているのだが、普通なら雨の日は晴の日よりも症状が楽になるところ、私のはどうもアマノジャクなようで、毎年雨の日の方が症状がひどくなるのだ。もっともそれならそれで花粉以外のものが原因なのかもしれないが、そんな細かいことにいちいち構ってもいられない。今年も昨日までは大して自覚症状は無かったのだが、今日の雨で一気にやって来たような感じだ。鼻が詰まってしまうと困ることのひとつに、酒の味が分からなくなるということがある。仕事柄いろいろな酒のテイスティングをするが、毎年この時期だけは思うように出来ない。今日もとある団体の会合の席で、いも焼酎が何点か出されてテイスティングをする機会があったのだが、とにかく香りがさっぱり嗅げないのだから、どうしようもない。プロのテイスターやブレンダーの方々は、こういう状況になったらどうしているのだろう?
2005年02月16日
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昨日はバレンタインデー。小5の長男は朝からちょっとソワソワしていたそうだが、学校から帰って妻が結果を訊いたところ、「貰ってないよ」と素っ気無い返事。まあ小学校5年生ぐらいならまだそれほどチョコのやり取りはしてないのかな、と思っていたが、どことなく機嫌が悪そう。ところがその夜、妻が仲の良い友達と電話で喋っていた時にたまたまその話題になり、その友達の息子(彼もウチの長男と同じクラスの仲良しだ)は「3コ貰った」ということを聞いたという(ちなみに内2コは手作りらしい)。その子のことは私も知っているが、そう特別女の子にモテそうなタイプという訳でもない。その上「○○くんや△△くんなんかは、もっとたくさん貰っているそうよ」などという余計な情報まで聞かされて、妻としては非常に複雑な心境になったらしい。「ウチの息子はいろんな面で彼らに決して負けているとは思えないのに、何でひとつも貰えないんだろう」という気持ちが沸々と高まってきて、それを私にぶつけてくるのだ。私などは、どうせお遊びだし、今の年頃の好き嫌いなんて当てにならないから、そんなもの気にするな、と言っているのだが、女親というのはこういうのを殊更気にするものなのかなー。言っておくが私は子供の頃バレンタインのチョコなどひとつも貰ったことがない。長男はよく私に顔がそっくりだと言われるが、こういうところまでそっくりなのかもしれない。
2005年02月15日
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いわゆる「ご当地ナンバー」というのが全国各地で検討されているという。要するにこれまで、自動車検査登録事務所の所在地の名称しか認められなかったナンバープレートの地名表示に、一定の基準を満たせば独自の地名表示が可能になるというものだ。そこで「地域おこし」の機運も手伝って、いろんなところで新しいナンバープレートの創設が話題に上っているようで、ほんの一例を挙げただけでも「伊豆」、「会津」、「川越」、「諏訪」、「南信州」、「富士山」なんていうのが検討されているようだ。しかしそんなのよりも、ここでもし登場したら一気に脚光を浴びそうなのが、すぐ近くにある。その名も「鈴鹿」ナンバーだ。言うまでも無く鈴鹿はモータースポーツのメッカとして、全国的にも認知度はきわめて高いし、モータースポーツファンからは羨望の目で見られる街である。だからもし「鈴鹿」ナンバーが本当に実現したら、「品川」、「横浜」、「湘南」などの人気ナンバーに匹敵する高い人気を得るのは間違いないだろう。このナンバーつけたさに、住民票をわざわざ移動する輩も出てくるだろうな。ちょうど私の車もあと数年後が買い替え時なのだが、まあ私は鈴鹿市民ではないが私の住んでる四日市市はすぐ隣の街だし、当然買い換えるときには晴れて「鈴鹿」ナンバーをゲットできるぞ、とほくそえんでいた。しかし今日たまたまこの件に関する鈴鹿市のHPの記載を見て愕然!「創設検討地域」となっているのは「鈴鹿市、亀山市」だけで、四日市市は入っていないではないか!同じ鈴鹿山脈の麓の地域として、北勢地区一帯は当然このナンバーの対象になると思っていたのに...(;_;)「何をオマエはミーハーなこと言っているんだ」と言われるかもしれないが、私は元来ミーハーな方ではない。でもね、クルマを購入する時に目の前に「三重」ナンバーと「鈴鹿」ナンバーの両方がぶら下がっていたら、誰だって「鈴鹿」ナンバーを選ぶと思うよ。
2005年02月14日
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先日、愛知県のとある小学校で飼っていたウサギ12匹が切り殺されるという事件があった。その報道を受けての、妻との会話。-------------------------------------------------------私「この事件、まだ犯人捕まってないけど、何の容疑で捜索中か知ってる?」妻「え、分かんない。」私「『器物損壊』の容疑なんやて。ニュースでそう言うとったわ。」妻「そうよね。『殺人』にはならないもんね。」私「そら『人』と違うんやから。それやったら何や、『殺“ウサ”』か。」(笑)妻「でもウサギって『器物』になるのねー。なんだかカワイソー。」私「これがもし野ウサギやったらどうなるやろ?」妻「やっぱり同じ『器物損壊』になるんじゃないの?」私「何で~、学校で飼ってるから『器物』扱いになるんやろ。」妻「でも一応、ウサギには変わりないじゃない。」私「動物全般を一緒くたにすると収拾つかんやろ。そやからどっかで線引きせんと...。」妻「じゃあ、あくまでも学校の備品っていうことね。」私「そうやな。」妻「じゃあこれがペットだったらどうなるのかなー?」私「そら、他に適当な言葉が無いで、ペットも同じ範疇に入るやろなー。」妻「じゃあもしゴキブリをペットとして飼ってる人がいたとして、そのゴキブリが何者かに殺されたら、 殺した人は何の罪に問われるの?」私「.....『器物損壊』.....?」(笑)妻「いくらなんでもゴキブリで『器物損壊』はないでしょう。」私「でもゴキブリはともかく、他所のペットを殺したら罪になるやろ。たまにそういうニュース見るで。」妻「それはそうね。」私「たとえ動物と言えども、種類によって命の重さに軽重があったらあかんやろ。」(大まじめ)妻「でも世間的にはやっぱりどこかで線を引いてるんじゃないの?」私「そんなもんかなー。」妻「じゃあ例えば、『昨日未明、○○さん方のペットのゴキブリを殺害した疑いで、 警察は△△××という男を現行犯逮捕しました。』なんていうようにニュースで流れるワケ?」私「そら恥ずかしいなー」(爆)-------------------------------------------------------こんなおバカな会話をしている我が家は、つくづく平和だと思う。
2005年02月13日
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今度新規開店する飲食店から、グラスや徳利、ぐい呑み、その他いろいろの備品の依頼を受けた。ただ現在こういった備品は一切メーカーが出さなくなっているので、原則として有料(使用者負担)となっている旨を先方に伝えたが、もし汚くて、且つ不揃いでもよければ探してみましょうか、ということも付け加えておいた。というのも昔メーカーから貰った様々な備品がまだ倉庫の奥に若干眠っていたのではないか、ということをちょっと思い出したからだ。先方は、どんなのでもいい、タダなら文句は言わないから、有れば欲しいとのこと。ただホントは新規オープンする時ぐらい、店のイメージにもかかわってくるから、多少の出費を伴ってもキチンとした物を揃えておくべきだと思ったが、相手の懐具合にあまり首を突っ込むのも気が引けたので、敢えて言わなかった。さあそれから期せずして倉庫の大掃除(?)が始まった。実は1年ほど前に一度大掃除をやっていて、その時にも結構処分したりしているので、正直大した物が見つかるとは思ってなかった。しかし探せばあるもので、確かに不揃いではあるが比較的キレイなグラス、徳利などが発掘(?)された。それを今日先方の店に届け、大いに感謝されたのだった。まあウチとしても、倉庫の掃除が出来た上に、本来ガラクタとして処分の対象となるようなもので喜んでもらえたのだから、一石二鳥である。
2005年02月12日
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今日は末娘の幼稚園のお遊戯会があったが、例によって仕事を休む訳にはいかないので、プログラムとニラメッコしながら、ムスメの出番の合間が比較的長いときを見計らって仕事に戻る、という“出たり入ったりの超綱渡り的観賞”だ。このお遊戯会も長男が入園して以来毎年見に来ているが、とうとう今年で最後となり、そう考えると感無量だ。他のウチでもそうだろうが、いつも私はビデオ係だ(なぜなら私の妻がヘタクソだからだ)。しかし「ビデオを録りながら観る」というのは現実的には不可能で、どうしてもビデオのモニターを注視することになってしまう。ちょっとでもモニターから目を離すと、後で観た時にとんでもないところを録っていた、ということになりかねないからだ。ただ実際に会場まで来てビデオのモニターばかり見ているのでは、せっかくのライブ感が味わえないのが残念だ。私は普段から「ライブ感」を大切にしたいと思っており、たとえば映画などはビデオではなく出来るだけ映画館に出向いて観るようにしている。最近はなかなか時間的に難しくなったが、ライブハウスへ行くのも好きだ。だから本当はビデオなど録らずにゆっくりと肉眼で見たいのだが、ここへ観に来られない両家の祖父母がぜひ、というので、そのためにしっかりとビデオに収める必要があるのだ。ムスメの出番以外の出し物はもちろんビデオを録らずに肉眼で観ているわけだが、後で思い返すと却ってそちらの方が印象に残っていたりして、皮肉なものだ。
2005年02月11日
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以前からFAXの調子がおかしかったので、家電品店などをいろいろと見て回ったのだがなかなか良いのが無く、結局Yahooオークションで手頃な普通紙FAXを見つけ、14,000円でめでたく落札した。そのFAXが今日到着した。以前olive2004さんが同じくYahooオークションでやはりFAXを8,500円で落札したと言っておられたが、今回私が落札したのはメーカーこそ違うがまったくの同機種。落札価格ではolive2004さんにずいぶんと負けてしまった(?)が、このタイプのものをしばらくオークションサイトでウォッチしていたところ、だいたい相場が20,000円台だったので、それから比べりゃまあ上出来かな。もっともこの機種は現在は製造されていないのだが、その後継機種がメーカー希望小売価格378,000円というから、ずいぶん安い買い物になった(^_^)vさて早速FAXをつないで、テストしてみた。まずは妻に頼んで自宅から適当なものを送ってもらった。ウン、受信は良好。今度は取引先の卸問屋にテストファックスを送って、送信テスト。送ったのをそのまま送り返してもらうよう紙に書いて流そうとしたのだが、あいにく話し中。じゃあということで別の卸問屋に流そうとしたが、ここも話し中。またもう1軒別のところも話し中。何だかちょっと嫌な予感がしたので今度は自宅に送ってみようとすると、やっぱり話し中。しかし自宅の妻に確認したらFAXは使用中ではないと言う。アレッ、もしかして不良品!?少々訝しく思いながらもメーカーのサービスセンターへ電話をかけて訊いてみた。そうしたら何てことはない、ただ回線が一致してなかっただけだった。要するにウチの回線がいまどき珍しい「ダイヤル回線」だったのに対し、購入したFAXの設定が「プッシュ回線」になっていたのだ。そのためいくら試しても話し中になってしまうとのことだった。早速設定を「ダイヤル回線」に変更したら、何事も無かったように順調に動き出した(あせったー!)。この機械、中古にしては結構きれいだし、動きも申し分ないし、まったくオークション様々である。今回購入したような機種のFAXは半ば事務用みたいのものなので、普通の家電品店などでは売っておらず、ともすれば事務用品店などを通して定価のせいぜい何割引か程度で購入せざるを得ないところだったから、それを考えたら本当にいい買い物が出来たと思う。リスクが伴うこともあり、私自身あまりネットオークションに手を出していなかったのだが、そこいらで売っているような品物ならともかく、こういったケースでは本当に有効な手段だとつくづく思った次第である。
2005年02月10日
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先日の日記で私が散々酷評した『南セントレア市』の名称が、どうやら見直されることになりそうだ(詳細はこちら)。やはり圧倒的な数の抗議を受けて、あれほど強気だった合併協議会としても、方針を転換せざるを得なくなったようだ。そりゃあそうだろう、部外者である私でも非常に違和感を感じるのに、当の住民の方々にしてみればトンデモナイハナシだろう。事実「合併には賛成だが、名前が嫌だから合併には反対」という声もあり、合併そのものに水をさす恐れが出てきているだけに、方針転換は当然の結果だと思う。ところが厳密に言うと、合併協議会で「新しい市の名称を議題にあげる」ことが決まったというだけで、まだ名称の撤回が正式に決まったわけではないらしい。合併協議会の中にもいろいろな意見があり、必ずしも皆撤回に賛同しているという訳でもないようだ。事実「一度決定したことを変えるのは、この会議の権威と信頼を失うことになる。冷静に対応することが大事」という意見も出ている。一見もっともらしい意見だが、結局町民不在の論議が混乱を招いたという反省が微塵も感じられない。住民の財産と心の豊かさを追求するのが自治体の使命だと私自身思っているのだが、それよりも「権威」などというものに囚われてしまうなど、もってのほかである。ここだけに限らず、誰のための合併なのか、という本質が全国各地で置き忘れられているような気がしてならない。
2005年02月09日
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先日、ある旧友に電話をした。実は彼は先月、一人娘を病気で亡くしたばかりだ。まだ16歳、あまりにも早すぎた。以前から永いこと病気を患ってはいたらしいのだが、ここのところやや良くなる兆しが見えかけてきた矢先のことだったので、余計にショックが大きかったと見える。でも先日電話で話した限りでは、予想以上に元気そうだった。さすがに亡くなった直後は夫婦ともども、食事もノドを通らないような状態だったらしいが、ここへ来て奥さんの方もパートに出て働き出しているらしく、徐々に生活も普通に戻りつつあるようでホッとした。しかし考えてみれば理不尽な話だ。彼らの他にも私の周りでは、お子さんを幼くして亡くした人もいれば、あるいは生まれつきの障害を背負っている子なども何人かいる。みんな普通に生まれてくる中で、うちの子供たちのように何不自由なく生まれ育っているのもいれば、そうでない子たちも多い。どこかで神様が線引きをしているとしか思えないのだが、ではその基準が何なのかといえばまったく分からない。その子達に罪があるわけでもないのに、どうしてもそのような線引きが生まれてしまう。運命という言葉で片付けてしまうにはあまりにも残酷な話だ。せめて自分の子供たちには、自分たちが如何に恵まれているかということを今一度噛み締めて欲しいと思っている。
2005年02月08日
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今朝の読売新聞朝刊の記事(電子版)を見て、目の玉が飛び出るほどビックリした。「この1月から一部で値上がりしているビールのメーカー出荷価格が、実は反対に下がっている」というではないか!どうも大手ビールメーカーから全国の卸業者に配布された内部資料を読売新聞が入手、スクープしたものらしい。詳しくは記事を見ていただくとして、かいつまんで言うと、(以下引用)、“取引量が多い卸売業者になるほど多額を支払っていた「応量リベート」を廃止する代わりに、メーカーの流通経費負担の軽減度に応じて資金を支払う「機能リベート」を導入”“内部資料は、卸売業者が「機能リベート」を満額取得した場合、「応量リベート」を廃止しても「現状より値下げとなります」と明記している”ということだ。われわれが卸業者から聞かされていた説明は、「応量リベート」が無くなることにより相対的にメーカー出荷価格が上がり、そこに卸業者が適正な利益を乗せることで結果的に小売店への販売価格が上がる、というものだった。もしこの報道が真実なら、われわれが卸業者から受けた説明と真っ向から食い違うことになるのだ。断っておくが私は、卸業者が適正な利益を乗せることが悪いと言っているのではない。今までがあまりにも薄利過ぎたこともあり、むしろそれはキチンと確保するべきだと思っている。しかしメーカーからの出荷価格が下がっているというのは、「まったく話が違う」と言わざるを得ない。われわれは顧客にビール価格値上げの説明をし、理解を求めるに当たって、メーカーからの出荷価格が上がり、その影響で卸価格、ひいては小売価格まで上げざるを得なくなったという前提の元に話をしてきた。だから今さら「メーカー出荷価格が下がっている」などと言われると、われわれが顧客に対してウソをついていたことになってしまうのだ。この件について某卸店に電話をして問い質した。すると実のところ報道はあくまで一面的なもので、現実とはやや状況が違うので卸店サイドでも正直なところ当惑しているのだと言う。担当セールスもなかなかつかまらないし、ひょっとしたらこの件での対応策におおわらわなのでは、とも推測される。結局実際のところは、まだまだ様子を見てみないと何とも言えないのかもしれない。確かに報道を鵜呑みにすることはコワイことだ。しかし事実か否かはさておいても、この報道によって業界に対する消費者の不信感が増幅したことだけは確かで、われわれが一番恐れていることはそれだ。そしてある意味“だまされた”ともいえるわれわれ小売業者もまた被害者なのだが、消費者の批判の矢面に立たされるのもまたわれわれなのだ。今後どういった流れになっていくのか、皆目見当がつかない。
2005年02月07日
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私が「北海道物産展」の次に好きな「京都物産展」が今近所のデパートで開催されており、忙しい合間を縫って顔を出してきた。まあ「北海道」の時は都合3回ほど足を運ぶが、「京都」はせいぜい1回かな。そのかわりこの手の催し物となると人格が変わってしまう私のこと、セーブするのに苦労するのだ。ちなみに今日ゲットしたのは、八ツ橋(あんの入ってないヤツ)・羊羹・わらびもち・漬物・ちりめんじゃこ・にしんそば等々。しかし良く見てみると、この京都物産展も少しずつ様変わりしてきているのに気が付く。例えば京菓子の類でも、今までなら正に伝統の「本流」をいくようなものばかりだったのが、世代交代なのかここへ来て洋菓子とのコラボレートなども見られるようになり、単に京都の薫りを伝えるという場から、京都を発信源とする新しい文化の紹介の場というニュアンスも見て取れる。実際今回のこの催しの新聞広告を見た時も、その広告のトップにメインで取り上げられていたのは何と「ギョ-ザ」なのだ。さすがに私は買う気がしなかったし、おそらく何かで有名になったものに違いないのだろうが、そのギョーザに飛びつく人にとっては、それが京都の物であるか他所の物であるかどうかなんてのはあまり大した問題ではないのかもしれない。まあこういった催しも回を重ねていくとマンネリに陥ってくるのは避けられないだろうから、ある程度中身を変えていかざるを得ないんだろうな。
2005年02月06日
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昨日の日記で病院について書いたついでに、他に前から気になっていることをもうひとつ。たいていの病院には、「中待合室」というのがある。待合室にいる患者が呼ばれると、まず一旦「中待合室」に入りその後診察室からお呼びが掛かるのを待つわけだが、中待合室と診察室との間はドア1枚、もしくはパーテーションで仕切られているだけなので、診察室の中でのやり取りが中待合室までまる聞こえだったりする。それに診察が終わって出た時に、中待合室で待機している次(そのまた次も)の患者と思わず目が合ってしまうことがあるが、アレはホントに気まずいものだ。「ああ、この人はこんな顔しててもこんな病気なんだー」などと詮索されてるようで、何か気分がイヤだ(単に私がナーバスなのかな?)。私がかつて「痔」を患って外科の病院に通ったことがあるが、その時も中待合室のある病院だった。その時も病気が病気だけに、自分の病状が中待合室にいる人に手に取るように聞こえているかと思うととても恥ずかしくて、思わず声を潜めて医師と会話してしまうという、笑えない状況だった。「中待合室」の機能っていったい何なんだろう?特に無くても困るものではないと思うのだが.....。それ以上に患者のプライバシーということを考えれば、無くした方が良さそうな気がするのだ。
2005年02月05日
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半月ほど前から左肩の周りに時々痛みを覚えることがあった。我慢できないような痛みでもなければ、日常生活に差し障りが出るような程度でもないのでしばらく放っておいたのだが、やっぱりちょっと気になるので今日近所の市民病院へ行ってみてもらってきた。整形外科でレントゲンを撮ったりして診てもらったが、結果的には「解りません。とりあえず薬を出しときますから、しばらく様子を見てみましょう」とのこと。何となく頼り無さそうな先生だなと思っていたが、これじゃ何のために行ったんだか分からない。事前に家族に話していたところでは、「神経痛じゃない?」「いや、四十肩かも?」といろいろな憶測が飛んでいたが、これらの説も診てもらった先生によると「違うだろう」とのこと。「しばらく様子をみてまだ痛いようだったら、内科の方で診た方がいいかも」とも言うのだが、はっきり言って内科はあまり関係ないような気がする。ただ私も小心者なので、医者に言われたことにいちいち疑問を投げかけたり異議を唱えたりということがどうも苦手だし、自分の思うこともあまり上手く伝えられていないかもしれない。医者の言うことに何となく納得させられてしまって、コミュニケーションのキャッチボールが上手く出来ないのである。でもそういう人って世間には大勢いるだろう。それならそれで医者の側ももっと患者に近づいて、患者の心を上手く汲み取ることの出来るように努力をして欲しい、と思うのは贅沢だろうか?特にこういう大病院の医師って、雰囲気的に話しづらいような人が多い気がするのは私だけかな?(『白い巨塔』を観ていたせい^_^;)
2005年02月04日
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節分の『丸かぶりずし』がこのところ結構人気が上昇しているらしい。大阪発祥の、いわゆる『恵方巻』というやつだ。このあたりでもここ10年ぐらいの間だろうか、じわじわと浸透してきているようだ。私は最初、バレンタインデーのチョコレートよろしく、商魂たくましい大阪の寿司組合かどこかが比較的最近考案したのかと思っていたら、その起源はどうも江戸時代末期から明治時代にまでさかのぼるらしい(もっとも一説でしかない様だけど)。私は特に食べるつもりはなかったが、妻が買ってきたらしいので今晩食べるとする。しかし一家揃って同じ方向を向いて無言で黙々とほおばる様は、きっと傍目から見たら異様な光景だろうな。ついでに皆立ち上がって、肩幅に足を広げて、左手を腰に当てて食べたらもっと笑えるかも(^^ゞ(まるで風呂上りに牛乳を飲むポーズだ)。しかしこの『丸かぶりずし』、最も一生懸命売ろうとしているのはどうもコンビニのように見える。もっともコンビニの力なくしてはここまで全国的に認知されることはなかっただろう。良くも悪くも“全国均質化産業”だ。私は基本的にはその土地の風習はその土地だけにとどめておいたほうがいいと思う。それがあるからその土地のカラーが出せるわけだし、よその土地から見た時も新鮮な印象を受けるはずだ。コンビニによってもたらされた『丸かぶりずし』を食べて、風習だの慣わしだのと思わされるのもピンと来ないだろうな。
2005年02月03日
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今日は今年初めての積雪。といってもホンの数センチだが.....。まああまりドカッと積もられて仕事に差し障りがあっても困るので、このくらいでちょうどいい。学校は平常どおりだが、幼稚園は園バスが走らないため休園となった。末娘は朝から大はしゃぎで雪の中を走り回り、妻の手を借りつつ一生懸命雪ダルマを作った。彼女はこれに『ゆきだる丸』と名前までつけて、マフラーを巻いてやったり適当な帽子はないかと探してやったり、夕方までの短い命ながら結構楽しんでいたようだ。
2005年02月02日
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以前の日記で自治体の合併後の名前について触れ、紋切り型のありふれた名前じゃなく、思わずそこへ言ってみたくなるような素敵な名前をつけたらどうか、という注文を付けた。だからといってこんな突拍子も無い名前が出てくるとは.....愛知県は知多半島の先っぽ半分に当たる『美浜町』と『南知多町』が来年3月20日に合併することになっているが、ここの合併協議会ではこのほど、今回出来る新しい市の名前が何と、『南セントレア市』と決まったというのだ。何をバカなことを考えているのか、「気は確かか?」と言いたい。昨年12月に行った住民アンケートで約330件の案が出されたそうだが、その中に『セントレア』の文字はまったく無かったそうで、いつの間にか“密室的に”決定したということになる。当然ながら住民からは相当な反発が起こっているようだ。選考委員はどんな人たちから構成されているか分からないが、何か企業の社名変更あたりのノリで決めたんじゃないか、と思わされる。“地名”というのはそこに住む住民にとってのアイデンティティーであり、外へ出て行った人にとっては心の拠り所にもなろう。そう考えると、あまりにもお粗末な名前だ。選考委員投票の中には当て字で『遷都麗空(セントレア)市』というのもあったそうだが、これなどまったく“言葉遊び”のレベルで、地名をナメてるんじゃないか、としか言いようがない。『セントレア』とは今月開港する『中部国際空港』の愛称だが、だいたいこの空港はこの2町とは関係のない、北隣の常滑市沖に出来るのだ。この合併2町はいずれもセントレアから離れたところに位置し、名古屋への通り道どころかまったく反対方向なので、おそらく直接空港の恩恵を受けるところではないのである。まさか『南セントレア市』という名前にモノを言わせて、無理やり観光客を引っ張ってくるというつもりか?それに『セントレア』は正しくは『中部国際空港株式会社』、つまり一企業に過ぎないということも看過できまい。今後よほどの事がない限り変わることなく常に住民の生活の上に乗っかることになる「地名」に、そんな一企業の名前を拝借して良いのか。ただ実は愛知県には企業名を自治体名に使った『豊田市』という前例があることはある。しかしこの場合は完全にトヨタの企業城下町で、かなりの割合で住民がトヨタ関連の仕事に従事しており、その生活基盤がトヨタという会社の上に立脚していることを考えれば、『南セントレア市』とはまるで状況が違う。美浜町長はこの名前について、「これから空港を中心に知多半島が発展していく上で、新しい市がセントレアの名を頂き、その発展の受け皿を担って進んでいける」などと自画自賛しているそうだが、ただ浮かれているとしか言いようがない。だいたい地域の発展を何かの施設・建造物に依存しようとする体質自体、もはや古いんじゃないか。確かに新空港の開港は一時的には地域振興のキッカケにはなるかもしれないが、長い目で見た場合、それはやはり昔からその土地に根付いた人々の知恵と努力からしか生まれてこないと思うのだ。今回合併してできるこの新しい市の未来図は、ここの住民たちが創っていくべきものなのだ。なのにその時に『南セントレア市』などという“足かせ”があったら、常に空港中心の発想しか出来なくなってしまい、自由な地域づくりが阻まれてしまう可能性が大きいように思う。ただ合併協議会ではこの新市名は何があっても撤回しない、ということらしい。でもかつて岐阜県では住民の反対で一旦決まった新市名を撤回させたことがあった。今年3月に合併が予定されている『海津町』『平田町』『南濃町』の合併後の名称が、3つの町の頭の字を取って『ひらなみ市』という名前に決まった時、あまりにもいい加減な付け方だという批判が殺到して、結局は『海津市』という名前に落ち着いた経緯がある(私個人としては『ひらなみ市』なら悪くはないかな、と思ったが)。良識ある住民によって反対運動がますます盛り上がり、最終的に新市名の白紙撤回につながるように祈りたいと思う。部外者が口を挟むな!と、お叱りを受けるかもしれないが、あまりに常識はずれな感じがしたので、ついつい口を出さずにはいられなくなったのだ。
2005年02月01日
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