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こう言っちゃ何だが、ウチで毎年お得意先に配っているカレンダーは結構評判が良い。何の飾りっ気もない、単なるデカイ数字の羅列のものだが、予定が書き込みやすいし何より見易いからと、特に高齢者の方から多くの支持を頂いている。かつてはこのカレンダーもご近所中に配り歩いていたものだが、世間並みに経費節減を考えなくてはいけない昨今、カレンダーとて例外ではなく、配るのはある程度定期的に御注文いただけるお客に限らせていただいている。ところが昨日今日あたりになると、「お宅のカレンダー、使い易くて良いから1部欲しいんやけど.....」という「駆け込み」のお客が何人も来られる。いずれの方も言っちゃあ悪いが、滅多にウチでお買い上げにはならない方で、中には毎年この時期“だけ”、カレンダーを求めに来られる方もいる。まあそういう方たちもついでに何か買い物はしていただける訳だが、どちらにしても大した額ではない(ビール2~3本とか^_^;)。つまりカレンダー制作費の費用対効果を考えると、この場合は完全にマイナスだ。ただだからといって、カレンダーが欲しいと言って来られた方に対して、目の前にカレンダーが有るのに「ダメです」とはさすがに言えない。そういう方たちよりも多くお買い上げになっているのに、カレンダーをお渡ししていない方もみえるから心苦しいのだが、ある程度「広告宣伝」と割り切らなきゃしょうがないかな。まあ、それほどまでに欲しいと思われるようなら、カレンダーとしても本望だろうが。---------------------------------------------------------------------さて今日で仕事は終わり(^o^)/明日からは3日間休みに入るのだが、例によって妻の実家に帰省する予定だ。その間はパソコンから離れるので、日記にコメントなどいただいてもすぐにレス出来ないと思いますが、どうかご容赦ください。1年間お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。それでは、よいお年をm(__)m
2005年12月31日
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あるお客からお届け物の依頼があった。缶ビールのセットを明日、先様へ配達するのだが、のし紙はどう書いたらいいか、という段になって、そのお客とふたり考え込んでしまった。いくらなんでも「お歳暮」にはちょっと遅すぎるような気がしたが、かといってまだ年も明けていないうちから「お年賀」は論外だ。「お中元」の場合だと一応、7月いっぱいが「お中元」で8月に入ったら「残暑お見舞」という明確な境目(地方によっては違うようだが)があるから、「寒中見舞い」というのも考えてはみたが、何だか喪中ハガキの文面みたいでちょっと縁起悪そうだ。結局こういうのは年の功、ということで母に訊いたら、「この辺りはあんまりうるさく言わないから、年が明けるまでは『お歳暮』でOK」ということだったので、「お歳暮」ののし紙を書いた。でもこういうのって人によって解釈がバラバラだし、それが原因で他人に不快感を与えたりすることがあるから、ホント難しいな。
2005年12月30日
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明日で各卸問屋の配送が年内最終となるので、今日はその分の発注書作りで忙しい。夕方の受注締めに間に合わせなくてはいけないし、そうこうしているうちに配達はどんどん溜まってくる。たかが注文するくらいのことだが、これがなかなか難しいのだ。だいたい卸問屋は1月4日ぐらいまで休業となるのだが、その間にウチで売る分の在庫を持っておかなければいけないのだが、最近はそれがなかなか読めないのだ。正月を過ぎると需要はガクンと落ちてしまうので、あまり余裕を持って大量に仕入れてしまうと、売れ残った時に始末に終えなくなるし、かといって「機会ロス」も避けなければいけない。普段の発注に比べると、格段に時間と気を遣うところだ。でもこれが終わると、気分的にもちょっと一段落、ようやくいよいよ押し迫ってきたなー、という気分になる。あとは多少の欠品には開き直りで臨んで、バンバン売るのみ!(^^)!
2005年12月29日
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大都市などではよく交差点に名前がついている。例えば東京で言うと、『銀座4丁目』『六本木』『赤坂見附』、京都なら『四条河原町』『百万遍』などといったところが有名だろうか。交差点に名前がついてないと分かりづらい。人に説明をするときに「“○○通り”と“××通り”の交差点」とか、「△▼□◆(ランドマークになる建物の名前)の交差点」という言い方をしなければならず面倒だし、交通情報でも困るだろう。でも私の住んでる町にはそれが無いのだ。ずっとここに住んでいればあまり気にせずに済むのかもしれないが、私のように一旦他所の土地で生活して戻って来た者にとっては、交差点に名前のついてない不便さを痛感する事が多い。これが自治体かあるいは国土交通省か、どこの管轄になるのかよく知らないが、わが町の主要交差点にも名前をつけて欲しいと、ずっと思っていた。で、その願いが通じたのかどうなのか分からないが、数年前に市内を走る大きな国道に関して、交差点ごとに名前を示すプレートがつけられた。ああやっと付いたか、と喜んだのも束の間、よく見てみるとその国道にある「信号のある交差点」“すべて”に名前がつけられている事に気が付いた。元来こういうのは主要なところだけに有るから覚えられるものだと思うのに、のべつまくなしに付いていたら覚えるものも覚えられないではないか。そのせいか、私の周りでは交差点を「交差点名」で呼ぶ人は滅多にいないし、他人に認知されていなければ私も人に道を教える時に使う訳にいかない。行政ももうちょっと考えてくれれば良いのに......、これじゃ単なる「地名表示」でしかないのだ。
2005年12月28日
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そういえば最近、ぜんぜん飲みに行っていない。というよりもこの仕事を始めてからこのかた、「飲みに行く」ということ自体、極端に少なくなっている。まあ人が飲んでる時間に働いてるようなものだから、そういう意味では仕方が無いのかもしれない。ただ、飲みに行くということは必要だ。われわれにとっては飲みに行くことも、ある意味「仕事」の内だったりする。ウチのお得意先の店に客として赴きおカネを落としてあげる、という直接的な意味もあるが、それ以上にそこは自分たちが仕事をしている「最前線」であり、そういった現場に身を置くことで見えてくることもあるし、ビジネスチャンスだって転がっているかもしれない。なにより夜の街はあらゆる意味で刺激になる。人間、刺激を受けなくなったら退化してしまいそうだしね。来年はできるだけ機会を作って、もっと積極的に飲みに出かけるようにしたいものだ。ただ問題は、その間の店をどうするかということだが(店を閉めてから行ったのでは体が持たない.....)。
2005年12月27日
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先日ウチのお得意先から、県内のとある酒蔵が出している商品について、取り寄せの依頼があった。ウチはその蔵元とは直接取引きは無いが、ウチに出入りの卸問屋はそこと取引があるということなので、そこを通して入手できることを確認の上、OKの返事をした。ところがあとになってその卸問屋から、「その商品は蔵元から卸してもらえない」と言ってきた。私としてはお客にOKの返事をしてある手前、今さら手に入らないと言われても困る。よくよく話を聞くと、その商品はいわゆる「差別化商品」として、蔵元が限定した一部の酒販店向けにしか卸さないことになっていて、問屋サイドがその確認を怠ってウチにOKを出してしまったのだ。清酒や焼酎の蔵元が、販売店を限定して取引をするというのは、別に珍しいことではない。生産量が極めて少ないわりに人気が上がってしまったという場合はもちろんだが、その他にも、安売りをウリにしている店や品質管理がなってない店に卸されることで、商品自体の価値が下がってしまうのを警戒するという理由もある。蔵元としても手塩にかけて造った大事な商品を預けるのだから、そういった姿勢はよく理解できる。ただそういう蔵元がホームページを開設して、大々的に商品の紹介をしたりしているのには、ちょっと納得が行かないところがある。実際今回のオーダーも、お得意先がホームページを見てのオーダーだったのだが、ホームページとは基本的に不特定多数のお客に対しての宣伝であり、それを見て「欲しい」と思ったお客が最善の方法で入手できることが前提だろう。そして欲しいと思ったお客が、懇意にしている酒屋に取り寄せを依頼するのは当然の成り行きだ。そこでその酒屋が、その蔵元とまったく何のパイプも無いというのならしょうがないが、今回のケースは仕入れルートがキチンと整っていて、それにもかかわらず、蔵元の一方的な都合で断られるのだから、たまったものではない。まあ今回は確認を怠った問屋のミスといってしまえばそれまでだが、事情が事情なのだから蔵元の方でも、お客のために例外的措置を講じてくれてもよさそうなものなのに。ウチだって今後も継続して卸してくれというわけじゃなく、今回この1本だけのつもりなのだから。こういうことがあるとウチの信用にも関わるだけでなく、お客にも迷惑が掛かってしまう。蔵元が商品や販売姿勢にこだわりを持つのは勝手だけど、あくまでも「顧客本意」の考え方は崩して欲しくないな。
2005年12月26日
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先日テレビの歌番組を観ていたら、今年『恋のマイアヒ』を大ヒットさせた、モルドバ共和国の『O-ZONE』が出ていて、日本の聴衆を前にかの曲を披露していた。なんでも今年の洋楽の売上ナンバーワンで、「着うた」でもぶっちぎりのトップだそうだ。ただご承知のように、この曲は例の「空耳」の歌詞と、『のまねこ』なるキャラが受けたのであって、それが無ければわれわれの目に触れることも無い、ただの「見知らぬ国の歌」に過ぎなかっただろう。当の本人たちはそういう事情をどこまで理解しているのか知らないが、モルドバとは何の縁もゆかりも無いこの極東の島国で、どうして自分たちの歌が突然ヒットしたのか、不思議でしょうがないんじゃないだろうか。その楽曲やアーティストそのものが持つ本来の魅力が必ずしも認められたわけじゃないのだから、普通に考えればあまり嬉しくない、というか複雑な心境にならないかなー。まあなんのかんの言っても、彼らには莫大な印税が転がり込むわけだから、それでいいんじゃない、と割り切ってしまえばいいのかもしれないが、彼らがもし今回の日本でのヒットに違和感を持っていないとしたら、同じミュージシャンのはしくれ(アマチュアだけど^_^;)としてはちょっと悲しく思ってしまうのだ。
2005年12月25日
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クリスマスイブというと、ウチにとっては大晦日と並んで大きな売上の期待できる日だ。しかし今年のクリスマスは何とも日程的にタイミングが悪い。24日のイブと25日が土日、しかもその前日に祝日があるので、見事に3連休になってしまう。どうしてそれがいけないのか、と思われるかもしれないが、この日程ではイブの日に街に出てくる人が格段に減るのだ。3連休にみんなどこへ行くのか知らないが、その中日にノコノコ出てくるとも思えないし、そもそも平日でないと飲食業関係も、勤め帰りの人たちを拾うことが出来ない。かくして本日は街中のクリスマスムードも今ひとつ、実に静かなイブだ。
2005年12月24日
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12月に入ってからウチの店で流している有線放送は、いわゆる「クリスマスチャンネル」に合わせてある。つまり朝から晩まで、クリスマスソング三昧なのだ。クリスマスソングといってもいろいろだが、山下達郎やドリカムやワムなどのいわゆる「ヒット曲」系ではなく、昔っからあるスタンダードもの―――――つまり『ジングルベル』『赤鼻のトナカイ』『サンタが町にやってくる』といったようなやつばかりだ。これはさすがに聴き飽きるかな、とはじめは思っていたが、今のところ特に拒絶反応(?)のようなものは無い。「正統派」的なバージョンばかりではなく、ラテン、タンゴ、デキシー、ソウル、ロックンロールなど、結構様々なバリエーションのアレンジを施されている曲も多いから、そのせいかもしれない。ただそうは言っても、あらゆるジャンルのアレンジに耐えうるということは、つまるところ原曲の造りが良くないと話にならない訳で、そういう意味では改めてスタンダードナンバーの奥深さを感じるのである。
2005年12月23日
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大寒波は私の住んでるところにも、容赦なく押し寄せてきた。今日は大雪警報が出るほどに、雪が降り積もった。20センチ位は積もっただろうか?私の車もノーマルタイヤなので、久し振りにチェーンを引っ張り出して、装着して配達だ。ただ走るのに問題は無いのだが、何せ雪のせいで幹線道路が異常な渋滞(>_
2005年12月22日
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先日、ウチのあるお得意先の飲食店から、店を閉めるという話を聞かされた。わりと取引の大きかったお店だったので、ウチとしてもダメージは大きく、非常にガッカリしていた。ところが今日、あるメーカーさんを通じて新規の飲食店の紹介があった。以前から別の酒販店が納入していたのだが、その納入店が店をたたむことになり、他に納入してくれるところを探していたのだということだ。量的にもそこそこ期待できそうなので、今回閉めるお店のダウン分くらいは何とかまかなえそうだ。何だか世の中上手く出来てるなー。タイトルにある「捨てる」とか「拾う」という表現は適切でないかもしれないが、でも正にそんな心境なのだ。
2005年12月21日
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本来なら先週・今週あたりが忘年会のピークになるところだが、そんなことを感じさせないほどに、歓楽街は静まり返っている。いや、「静まり返っている」というと言い過ぎかもしれないが、でも毎年のこの時期の賑わいでないことは確かだ。12月というのに普段の月とそう変わらないもんなー。最近よく、景気も回復基調にあるとの報道を耳にするが、世間一般の景気とこの業界の景気とはだんだん別物になってきている。もっとも一般的な景気にしても、大企業と中小企業とでは大きな格差があるし、大企業の好景気が、ある意味リストラの屍の上に成り立っていると言う事実も見逃せないが。何はともあれ今は、かつてのように世間の好景気が飲食業にストレートに還元されるということが、少なくなったように思う。まあ、バブル期のようなバカ騒ぎの浮かれモードが良かったかどうかは別にしても、景気が良ければ何らかの形で、街におカネを落として行ってもらいたいと思うのだが、忘年会や新年会も縮小気味だし、何よりも飲酒運転を避ける傾向が相変わらず続いている(当たり前だが)。そこへ持って来て、飲食業界の構造変化によって、真面目にコツコツやってきている個人営業の店が、大手資本のチェーン店に次々と食われつつある。そういうお店を相手に商売している私達にしてみれば、売上の自然減につながるわけだから、気が気ではない。だから政府やマスコミが発表する景気に関する指標は、われわれにとってはあまり意味が無いのだ。
2005年12月20日
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ちょっと思い出したいことがあって、たまたま昨年の12月のこの日記を開いた。ただちょっと見るだけのつもりだったのが、懐かしさ(?)からついつい12月の一ヶ月分を全部読んでしまった。たかだか一年前のこと、と思っていたのだが、読んでいると意外と「あれっ、こんなこと書いたっけ!?」とか「当時はこんなふうに考えてたのか」などと、今読むと新鮮に思えることも結構ある。年を重ねるにつれ、時間の経過も早まったように感じるし、一年なんてあっという間だと思っていたが、こうして昔の日記を読んでみると、一年の間にずいぶんと心理的な変化があったことがわかる。逆に一年前と同じようなことで悩んだり、失敗したりしていることもあり、これはこれで成長のあとが見られないということか(^_^;)また昔自分の日記で書いておきながら、ついついそれを忘れていて、後日同じようなネタで再度書いていたというのも見受けられた。まあ六百数十回も書いていると、そういうのは仕方ないかな。
2005年12月19日
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予報が的中し、朝から雪模様だ。さすがに今までになく寒い。今年はどこまで「セーター無し」で引っ張れるかチャレンジしていたが、さすがに今日は断念した。子供たちは野球団のレクリエーションで鈴鹿サーキットへ行くことになっていたのだが、あえなく延期となり少々不満顔。仕方なく雪だるまでも作るか、ということになったが、雪だるまを作れるほどの積雪でもない......。私はといえば、どっちみち今日は一日店にこもって、溜まりに溜まった事務仕事の予定だったから、まあちょうどいいか(^^ゞ
2005年12月18日
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店の冷蔵庫が一昨日から冷え具合が悪くなり、昨日メーカーの修理担当者に診てもらったところ、「ガスが抜けている」とのこと。なーんだ、ということでガスを注入してもらい一件落着、と思ったら、今日また庫内の温度が上がってきているではないか!もう一度担当者に来てもらってよく調べてもらったら、室外機の中の配管で亀裂が生じ、そこからガスが漏れているのが分かった。まあ修理自体はわりとすぐに済んだし、今は気温も低い時期なので、営業に支障を来たすことは無かったが、これがクソ熱い真夏だったらと思うとちょっと恐ろしい。しかしウチの店のこの冷蔵庫ももうすぐ丸11年になるから、いつぶっ壊れてもおかしくない代物だ。ただこれはいざ交換しようと思うと結構な費用が掛かるし、そうなると店のレイアウトを替えるというレベルまでの話に広がってしまうから、そう簡単には出来ることではないのだ。しかし冷蔵庫といえば、特にウチのような店舗では、壊れた時のリスクが他の電化製品に比べると格段に高い。壊れてる間は商売にならないし、モノによっては中の商品を劣化させてしまうからだ。だから本来ならば、壊れる前に先手先手で機械を更新していった方がいいのだろうが、やっぱり先立つものが無いと、なんとかダマシダマシ使っていこうか、ということになってしまう。ただこれは一般家庭でも同じようで、あちこちで話を聞いていると、殊冷蔵庫に関しては、壊れる前に先手を打って買い換えるという家庭はあまり無さそうだ。本当に替え時が難しい家電品だが、壊れてしまうと買い替えるまでの期間が非常に困るというのは、一般家庭でも同じだよね(特に冷凍食品に頼りきっている家庭などは大変だ^_^;)。
2005年12月17日
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12月に入ってから毎日とても寒い日が続いている。顔を合わす人誰もが、「寒いね~」というのが挨拶代わりになっている。特に去年の12月がバカ暖かかったから、なおさらそう感じる。何せ去年の12月初旬には、「夏日」が有ったぐらいだから。でもやっぱり冬は寒いに限る(度を越さなければの話だが)。寒くないと潤わない商売も多いしね。何だかんだ言って日本のほとんどの産業・商業は、「四季」をベースに成り立っているわけだから、夏は夏らしく、冬は冬らしくないと、どこか歯車が狂っちゃうんだろう。だいたい歳末のこの時期に暖かいようじゃ、気分的にちっとも盛り上がらないのだ、私としては。
2005年12月16日
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お年寄りはいたわらなければならない。特に自分がクルマの運転をしている時はなおさらだ。そういうことは重々承知しているし、実際にちゃんと実践しているつもりだが、その上でもあえて言わせてもらえば、一部のお年寄りの道路上での振る舞いには、いささか目に余るものがある。。動作がのろくてジャマになるとかそういうことではない(もっともそんなのは運転者の横暴だ)。道の真ん中を堂々と歩く、横断歩道の無いところで道を横切る、信号を全然見ていない、等々......。身体能力や判断能力が落ちて、そのせいで危なっかしい振る舞いになるのではなく、今書いたことはどうもそれ以前の問題で、明らかに「傍若無人」な振る舞いなのだ。私の住んでるエリアは比較的お年寄りが多いのだが、こちらがどれだけ気をつけていても、今まで何度となく危なっかしい目に遭っている。あまりお年寄りに文句は言いたかないのだが、最低限のモラルは守って欲しいと思うのだ。
2005年12月15日
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今日は赤穂浪士の討ち入りの日だ。「忠臣蔵」の話には今なお多くの人たちが共感を寄せているようだが、私はどうしてもこの話は好きになれない。冷静に見てみれば、彼らのやったことはムチャクチャにも程があるではないか。それに一方的に浪士側に立った歴史観を引きずっているという点も気になる。どう見ても今のこの時代の倫理観とはあまりにもかけ離れすぎているのに、どうしてここまでもてはやされるのかよく分からない。浪士たちが自らの命を賭してまで貫き通そうとした「義」の精神は、それはそれで理解できなくもないのだが、だからと言ってそのために何をやってもいいかというと、「仇討ち」が公認されていた武家社会ならともかく、それ以降の日本では論外だ。だからこの話は本来なら、時代が明治に変わったとき、あるいは戦後など、日本人の価値観がゴロッと変わる機会に葬り去られていたほうが良かったのではないかと思う。それがいまだに映画やドラマにもことあるごとに取り上げられ、そこそこいい視聴率を取ったりしているから、よく分からない。いいじゃない、たかがお話に過ぎないんだから、と言われそうだが、やっぱりなんか納得出来ないなー。今この時代に、全く同じような事件が起こったら、世論が一方的に浪士たちの味方をするということは絶対無いだろうに.....。
2005年12月14日
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みずほ証券の「ジェイコム」株誤発注事件で、「1円」の売り注文を出した直後に大量に買い付けた証券会社が5社ほどあったそうだが、見るといずれも外資系か、それに準ずるところばかりだ。ライバルの失態を見逃さず、この機会にぶっ潰してしまえ、ということなのだろう。国内の証券会社はほとんど動いてなかったようだが、そこは「みずほ」のミスを知った上であえて、「武士の情け」を懸けたというのは考え過ぎかな。確かに日本人のメンタリティからすると、ライバルとはいえ「みずほ」があまりにも気の毒に思えるし、そこにつけ込んだ外資系証券会社を「ハイエナ」のように感じる向きもあるかもしれない。与謝野金融担当相の「(大量に買い付けた)証券5社は美しくない」という発言も、そんなところから来ているんだろうな。ただ買い付けた証券会社も、堂々とルールに則って動いたわけだから、これは責められる筋合いのものではないし、株式市場で「モラル」などというものを求めるのに、そもそも限界があるのかもしれない。株式市場は世界に開かれているわけだし、日本人が変に独自のメンタリティに縛られていると、まさに「生き馬の目を抜く」世界で生きている海外投資家にとっては好都合だろう。ある意味「国際化」していくということは、日本人のメンタリティの一部を捨て去ることなのかなー、と思ってしまった(大事な部分は持ち続けていたいけどね)。
2005年12月13日
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最近CS放送のとあるチャンネルで『トムとジェリー』が放送されていて、ウチのムスメふたりが今これにハマっている。この『トムとジェリー』といえば、確かもともとは1940年代くらいの作品だが、私の小学生の時分にも結構繰り返し放映されていたので、私もよく観たクチだ。ムスメ達はもちろんゲラゲラ笑いながら観ているが、ストーリーがすっかり読めてしまっているほど見倒した私ですら、思わず笑ってしまうのだから、今さらながらそのクォリティーの高さには全く恐れ入る。しかし大人になって、オトナの感性で改めてこれを観たとき、ストーリーやユーモアのセンスもさることながら、改めて驚かされるのが、非常に手の込んだ作りの「音楽」だ。一度観たことのある方ならお解りだと思うが、とにかくセリフがもともと少ないアニメで、その上必要最小限の効果音の他は大部分を音楽が占めている。だから情景描写とか、登場キャラの動作や心理の描写などがすべて音楽で表現されていて、そこでいろんな楽器が非常に効果的に使われているのだ。しかも今みたいにシンセサイザーやコンピューターのない時代だから、それを考えるとこれはもう作曲者も指揮者も演奏者も「神業モノ」だ。今さらながら、昔の作品がいかに丁寧に作られているかという事を実感するのである。
2005年12月12日
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久し振りに何も無い日曜日だったので、延び延びになっていた年賀状作りに取り掛かった。ところで私は、仕事用とは別の、プライベート用の年賀状には毎年写真を入れているのだが、子供“オンリー”の写真というのはイヤなので、いつも家族全員の写真を使うようにしている。だって私(や妻)の名前で私(や妻)の知人に送るのに、その本人の写真が無いというのもおかしいと思うからだ。ところが年賀状を作りながら妻と、いつまで家族全員の写真を使うのか、という話になった。私は別にいつまで続けてもいいんじゃないか、と思っているのだが、妻としては長男が中学に進学する来年あたりが潮時、と思っているようだ(根拠はよく分からないが)。まあ私も時期的なことにはこだわらないが、ただ「家族全員」でなくても、何らかの写真は入れたいと思っている。「じゃあ、家族全員で撮らないなら、夫婦で写真に納まるか?」と言うと、「いやだー、そんな年賀状送ったら、『あ~ら、リカーマンさんところは夫婦仲よろしいんですわね~、オホホホ』なんて言われそうじゃない!」と却下された。でも近くの方はともかく、遠方にいて全然会えない方にとっては「年賀状=消息報告」だから、やっぱり写真は入れたいな。しょうがない。1人で写真に納まるか(^_^;)
2005年12月11日
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今回のみずほ証券の注文ミス事件には驚かされたが、これが一担当者の、それも些細な入力ミスが原因と聞いて、改めて機械による受発注の怖さを感じずにはいられなかった。担当者が警告メッセージを無視した、という「落ち度」はあったにせよ、「単価」と「数量」を逆に入力してしまう、なんてミスは何処にでも転がっていそうだからなー。レベルは全く違うが、ウチも問屋への発注にはEOSシステムにお世話になっているので、こういう入力間違いのリスクというのはどうしても付きまとう。以前にも注文の数量の入力時に、「ケース」の欄と「バラ」の欄を間違えて、とんでもない数の商品が届いたことが何度かある。問屋が融通の利く場合は返品なり何とかフォローしてもらえるが、かつて発注入力ミスで百数十本の牛乳がバーンッと届いた時はさすがに卸元の方でもどうしようもなく、赤字の超特価で売りさばき、売れ残った分は泣く泣くご近所に差し上げたということもあった。もちろんわれわれの商売で300億円という単位での損失が出ることは有り得ないが、これを他山に石として、機械入力の際には細心の注意と確認を怠らないようにしなければ、と改めて思った次第だ。しかし他人事とはいえ、このミスしたみずほの担当者の今後が心配だ........。
2005年12月10日
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今日は忘年会を兼ねた、とある業者懇談会に参加した。遅くなりそうだったので、配達のバイト店員君に後を頼んで夕方から出かけた。しばらくは何事も無かったのだが、さて宴もたけなわというところで私の携帯電話が鳴った。店からだった。何でも配達のバイト店員君がオーダーストップの時間がきて帰ってしまった直後に、とある料理屋さんから、「ビールの在庫が無くなったので至急配達して欲しい」という電話がかかって来たのだが、時間外でもあるしどうしたものかと私に電話してきたのだ。ちょっと断るわけにもいかないと思い、残念だが私はその場を中座して、そのまま倉庫で荷物を積んでその料理屋に駆けつけた。ただその時の私のいでたちは、懇談会からそのまま来たので「スーツ姿」だ。普段配達の仕事の時はもっとラフな格好をしているので、配達で訪れたその料理屋のスタッフの方々も、初めて私がビシッとスーツを着ている姿を見て、一様にびっくりされていた。ことの仔細を話すと、「えー、そうだったのー?それは本当に悪かったねー」と言って、何だか必要以上に有り難がって頂いた。私としてはそういうつもりなど毛頭無いのだが、スーツ姿で駆けつけたことが図らずも「スタンドプレー」になってしまったようだ。
2005年12月09日
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今週に入ってからの冷え込みで、ウチの辺りから望める鈴鹿山脈の山々が雪化粧を始めた。ふもとの村では、その雪が時々風に乗って飛んで来るらしい。これから毎日、山を眺めるのが楽しくなってきた。
2005年12月08日
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仕事で配達中に小腹が空くと、この時期ならよくコンビニに立ち寄って肉まんを食べる。で、今日もとあるコンビニで肉まんを買って食べたのだが、3分の1ほど食べると.....、「あれっ....、冷たい!(>_
2005年12月07日
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私の妻は結構記憶力が良いなあ、と感心する時がある。何せ子供たちの同級生の兄弟関係、それも今何年生なのかということまで、克明にインプットされているのだ。つまり、○○ちゃんのところには○年生のお兄ちゃんと○年生の妹が居る、というようなことがびっしりと頭に入っているのだ。それが子供たちの同級生に限らず、他の学年の子の事まで結構広範にカバーされているから恐れ入る。ただ私自身がそういう類の話にめっぽう疎く、話を聞いても右から左にすぐ抜けてしまうタイプだから、そう感じるのかもしれない。考えてみれば今、子を持つ母親同士の会話のネタって、よその家の子供と母親に関する噂話しかないしね。女性全般、そういう話題には敏感だから、みんな結構頭に入るのかな。
2005年12月06日
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先日修理に出したプリンターが直って来たという連絡があり、窓口となっていた某大手家電量販店へ引き取りに赴いた。ところでこの某家電量販店には、私は以前から散々不愉快な思いをさせられていて、その都度この日記のネタにもさせていただいてきた、といういきさつもある。だから私はこの店には全く良いイメージを持っていない。そのせいだからかどうか分からないが、店に一歩足を踏み入れた瞬間から私自身、猜疑心の塊りになっていることに気づいた。何か至らない点があればいつでもあげつらってやるぞ、と言わんばかりの、ある意味非常に意地悪でネガティブな感覚、とでも言ったらいいだろうか。そういう心境のときの私は、きっとひどい顔つきをしてるんだろうな。イカンイカン、いくら「なってない店」だからといって、私の態度もあまり誉められたものではないなあ。ここは反省しなきゃ。
2005年12月05日
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私はパソコンに関して全くのドシロウトではないが、エキスパートというわけでもない。普段はだいたい不自由なく快適にパソコンを使用しているが、ウインドウズでいわゆる「警告」を示す「ダイアログボックス」(て言うのかな?よく知らないけど)は、いまだに苦手だ。何かにつけてコイツはよく顔を出すが、単なる「確認」程度の意味で出てくるならともかく、「これを実行すると・・・・・・・・となる恐れがあります」というような、半分「脅し」めいた警告が出るともうダメだ。そこに書かれていることを理解するだけの知識があれば問題ないのだが、たいていは意味不明(ーー;)まあ後で聞くと、ただ盲目的に「はい」ばかりクリックしていけばよかったというケースがほとんどだが、そんなことをいっても、分からないのではどうしようもない。もうちょっと易しい表現で言ってくれないかなー、と思うが、こればかりはパソコン自体の進歩のスピードの速さとは無関係なようだ、どうも。そういえば私よりもパソコンシロウトであるうちの母も、これが大の苦手らしい。この「警告ダイアログ」が出るといつも私に向かって、「このパソコン、おかしい!」などと言ってくるのだ。私が外出していようがお構い無しに、携帯電話にかけてきては「おかしい」、「すぐ来てくれ」などということになる。結局今「パソコンが苦手」と思っている人の多くは、こういった「警告ダイアログ」に対するアレルギーから来ているんじゃないだろうか?今後高齢者に対して今以上にパソコンを普及させようと思ったら、これに対するマニュアルを周到に用意するか、全体的に平易な表現に努めることが必要だろうね。
2005年12月04日
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もうすぐ小学校のマラソン大会がある。本番に向けて子供たちも練習に余念が無いが、このマラソン大会のことで妻からちょっと気になることを聞いた。何でもゴールの手前30mの部分が「追い越し禁止ゾーン」になっていて、その中では前を走っている子を追い抜いてはいけないというのだ。これが設けられたいきさつというのが、以前にゴール前で順位を気にするあまり、人を押しのけて行こうとする子がいて危険だったから、ということらしい。教師も「順位よりタイム重視」ということを子供に徹底させており、そのことも関係しているらしい。でもどう考えても、こんなものは必要ない。実際ウチのムスメが先日試走した時のことだが、ゴール前のそのゾーンに差し掛かったとき、前を走っていた男の子が力尽きて歩き出したそうだ。ムスメとしては追い抜きたかったそうだが、「追い越し禁止」のルールがあるので抜くに抜けず、結局彼の後について歩かざるを得なかった、とぼやいていた。こういうとき、教師はどういう指導をしているんだろう?追い越しが危ない、と思えば、ルールをひん曲げて無理矢理それをさせない環境作りをするよりも、危ない行為をした子を叱り、指導すれば済むことではないか。またこういう大会では当然のことながら、各人が持てる力を最大限に発揮し、力の限り頑張ることに主眼を置いているはずなのに、他方でそれに対する足かせにもなりかねないルールを作るなど、これを矛盾と言わず何と言おうか。最近の学校のやることには、全く不可解なことが多い。
2005年12月03日
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あるイモ焼酎メーカーの商品で、以前はそれほどでもなかったのに、ここ数年とみに人気が上昇し、現在品薄状態になっている商品がある(仮にこの商品を『K』と呼ぶ)。ただこの『K』は、端から生産量が極めて少ない「幻の焼酎」というわけではないし、「数量限定」、「販売店限定」といった類のものでもなく、れっきとした中堅メーカーの普通のレギュラー商品だ。現在この『K』については、問屋レベルで担当セールスごとの割り当てとなっていて、まずこちらのオーダーどおりには出してもらえない。私も複数の問屋に掛け合って、なんとか数を確保しようと努力しているのだが、それでもなかなか難しい状況だ。そのくせ市場ではやけに人気があって、お客からのオーダーが、仕入で確保できる数を上回って、パンク状態なのだ。特に業務用市場での引き合いが多く、飲食店からのオーダーがほとんどなので、本来ならむげに「無い、無い」で済ませるわけにはいかない。もうこの状態が2年以上続いているだろうか。ただこの商品、他何処へ行っても全然無いのかといえば、実はそんなことはないのだ。スーパーやコンビニなどの棚にはしっかりと並んでいるのだ。しかも中には全然売れていないように見受けられるコンビニもある。完全に「供給の不均衡」だ。本当にどこにも無いような商品なら、お客に対して何とでも説明はつく。しかし『K』の場合、われわれがお客に「商品が入らない」と言って弁解しているのをよそに、ある所にはどっさりとあるワケだ。これではともすれば、われわれが嘘つきになってしまう。中には、「『無い、無い!』って言ってるけど、本当はウチを差し置いて他所へ回してるんじゃないのか!?」などと勘ぐられるお客もいる。これではウチの信用問題に関わってくる。とにかくキチンと実情を説明して、納得して頂くしかない訳だが。私も『K』を製造しているメーカーに何度か掛け合ったが、メーカーとしては、「一旦問屋に卸したら、あとの売り先についてはわれわれが口を挟むべきことではない」というスタンスだが、そりゃまあもっともだ。結局問屋段階で売り先の選別をし、スーパーやコンビニなどの大手チェーンに優先的に回しているわけだ。ただ問屋も正直にそれを認めるわけではなく、「いや、本当に入って来ないんです」とお茶を濁すところも多いが、本当にそうなのか、われわれとしては調べる手立ては無いものの、どうも眉唾くさい。確かに問屋としても、大手チェーン相手に徒に欠品など起こせば、今後の取引に差し支えるだろうから、大手優先という措置も止むを得ないかもしれない。しかしわれわれのような小さいところも大手の量販店も、抱えてるお客は同じなのだ。お客がどの店を選ぶか、というその段階ですでに有利不利が出るようでは、お客にも申し訳ないし、自然に大型店にお客が流れるような仕組みを、いみじくも納入問屋そのものが作り上げてるようなものだ。ましてやわれわれは『K』がブレイクする前から地道に販売してきた、いや言い換えれば「育ててきた」という自負もあるのに、そういう店に商品が回らずに、昨日今日オープンしたばかりのようなスーパーやコンビニに商品がどんどん入るというのは、どう考えてもやっぱり釈然としないのだ。われわれとしてはこんなことで必要以上に振り回されたくはないし、ある意味早くブームが去って欲しい、と思わないでもない。
2005年12月02日
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来年の春休みに家族で旅行に行こうと計画していたが、行き先を「小豆島」に決めた。さて夫婦のこの決定を子供に伝えるに当たって、ちょっと試してみた。はたして子供たちは「小豆島」を何と読むだろうか?さすがに小1の次女はまだ分からないだろうが、小6の長男と小4の長女からは、『あずきじま』という回答を私としては予想していた。まず長男。「うーん、“しょうずじま”?」「ブーッ!違う」「じゃあー、“おずじま”?」彼はたぶん「あずき」は知っているんだろうが、どうも彼の頭の中には「大豆(だいず)」が大きな位置を占めているようで、どうしても『ず』にこだわる。次に長女。「うーーーーーん」と延々と悩んだ挙句出した答えは、「こまめじまっ!」(^_^)これには私も妻も大爆笑ヽ(^o^)丿全く想定外の、ストレートそのものの回答に思わず「素直でよろしい!」と逆に感心してしまった。
2005年12月01日
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