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毎年春と秋の2回、限定発売される『赤霧島』というイモ焼酎がある。ご存知も方も多いかもしれないが、『霧島』というブランド(今では黒麹モノの『黒霧島』の方が圧倒的によく売れているが)で長年焼酎を造り続けてきた蔵元が、『ムラサキマサリ』というちょっと特殊な芋を使用して造ったもので、とにかく数が少ないがゆえに、我々のところにも思うように入ってこない。我々のところには数多くのお客さんからのリクエストがあるものの、入荷については卸店サイドでの「割り当て」になっているので、もちろん需要を満たすだけの入荷は期待できず、やむなくお客さんに対しても「割り当て」をせざるを得なくなるのだ。今年の秋の分もつい先日発売になったが、卸店から提示された割り当て本数は、昨年から一つも増えていない。しかし今回は、今までに比べてお客さんからのオファーが少ない。オファーが多ければそれだけお断りすることも多いわけだから、そういう意味では少なけりゃ「助かる」ことには違いないが、ちょっと腑に落ちないでいた。しかし先日、何となくそのわけが分かった。コンビニで軒並み売られているのだ。いや、コンビニで酒類を扱う店が多くなってきたことなど重々承知しているから、それ自体どうこう言うつもりはないが、それでも今までは『赤霧島』のような特殊な商品は、あまり店頭で見かけることはなかった。それが今年はどこのチェーンのコンビニに行っても、たいてい6本ずつ置いてあったりするから、つまり売れる売れないに関わらず、一律に6本(=1ケース)ずつ配下されているとみることが出来る。しかしどうもコンビニでそう売れてるようにも見えない。実際私がよく行くある店など、最初に見たときとその5日後に見たときも、本数は変わっていない、つまり1本も売れていないのである。そういえばこの蔵元の『黒霧島』という商品が一時品薄になって、我々のところへも出荷規制が掛かって思うように入ってこなかったときも、コンビニには普段通りに売られていたことがあったっけ。要はコンビニのような全国チェーンに対しては、どうしても一律に商品供給しなければならないし、断れば他のレギュラー商品の扱いにも影響が出かねないから、我々一般店の分を削ってでも、そちらに回さざるを得ないのだろう。それはそれで商売上ある意味必然だから仕方が無い。ただ単純に考えて、我々のように欲しいというお客に対してお断わりしているようなところは無視して、売れるか売れないか分からないようなチェーン店に商品に回っているという、需給のいびつな面を見せ付けられると、どうにも納得のいかない部分があるのだ。それにもっと困るのは、私が「商品が入らなくて......」とお断りしたお客さんが、コンビニでその商品を見かけて、「あの野郎、本当は隠し持ってやがったな!」などと、あらぬ誤解を受けることだ。そんなつまらぬことで店の信用を落としたくは無いし、何とか考えてもらいたいものだ。
2007年10月31日
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昨日は学生時代の同級生などと名古屋で飲み会の場を持った。名古屋で飲むとなれば、私自身かねてより、一度ブログ仲間の「エイクマン」さんのお店へ行ってみたいと思っていたので、早速そちらにお邪魔することにしていた。もちろんエイクマンさんにお目にかかるのも初めてだったが、確か私とひとつ違いのはずなのに、ずっと若く見えたのには驚いた。エイクマンさんのお店は、名古屋市で言えば中心繁華街からはちょっと外れたところにあるが、天井まで吹き抜けている広々とした店内は、なかなかの賑わいだ。いかにも地元の人たちに愛されているお店、といった感じがありありと伝わってくる。壁面には巨大なスクリーンが設えられていて、折りしも昨日は日本シリーズ第2戦の中継が流されていた。スクリーンの最もよく見える特等席に案内していただいた我々は、美味しい料理とお酒に舌鼓を打ち、ドラゴンズの圧倒的な勝利にも酔いしれながら、楽しいひと時を過ごさせていただいた。エイクマンさん、どうもありがとうございました!
2007年10月29日
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私は幼い頃、父や叔父たち(ウチの店で働いていた)が配達に出かけるときに、クルマの助手席にちょこんと乗って一緒に出て行くのが好きだった。まだまだお手伝いとして間に合うような年齢ではなかったので、本当に「乗っている」だけだったが、それでも結構楽しかったのを覚えている。だから助手席に座りながら、クルマの運転に興味を抱くのも、ある意味必然だったかもしれない。あるとき私は叔父のクルマに同乗していたとき、左手で操作されるミッション・ギアのことが気になって、思わず尋ねた。そのときは私も幼かったので、もちろん説明を聞いても理解は出来ていなかったと思うが、「どう?よかったらやってみる?」という叔父の言葉に、何となく興味が沸いた。一度クルマが止まっている状態で、ギアをシフトアップしていく練習をした後、今度は実際にクルマを走らせながら、叔父の「2!」「3!」「4!」という号令に従って、私が右手でギアを動かした(よい子はマネをしてはいけません!)。最初のうちはたまにギアが引っ掛かってうまく動かせないこともあったが、その都度私の手の上に叔父が手を添えてリードしてくれた。何回もやってるうちに私もすっかり上手になり、この叔父と一緒に配達に行くのが楽しみになった。時は流れて、以前私の配達用のクルマでムスメをどこかに送っていく機会があったのだが、そのときにかつての私と同じようにムスメは訊いた、「これなあに?」。確かにムスメが普段乗っている私のプライベート用の自家用車はオートマチック車なので、走行中にシフトギアを何度も動かす光景というのは見たことがないのだ。私は昔叔父にギア操作をやらせてもらったことを思い出し、車を停めてからちょっと触らせてやった。しかしさすがに昔のように、実際の走行中にムスメにギア操作をさせるなどというのは、とても怖くてさせようという気にはならなかった。何かあったら笑い話では済まないしね。そう考えると私にギア操作を託した叔父は、よっぽど度胸が有ったのか、それとも何にも考えてなかったのか、あるいは時代そのものがおおらかだったのか.......。
2007年10月27日
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『赤福』の一連の騒動に関して、周りの人とあれこれ話している中で、よく「賞味期限」のことが話題に上る。考えてみれば、かつては賞味期限が設定されてなかったのに、今では賞味期限がしっかりと明記されている、という商品が、昔に比べて格段に増えている。例えば我々の業界でも、ビールや缶チューハイなどは以前は「製造年月」だけだったのに(缶チューハイに至っては、「製造年月」の明記すらなかった)、いつの頃からか「賞味期限」が明記されるようになった。清涼飲料についても同じである。ただその「賞味期限」にどれほどの意味があるのか、甚だ疑問なのである。もっともこれが生モノで、期限を過ぎると腐ってしまって体に害を及ぼす、というものならいざ知らず(もっともそういう物には「“消費”期限」という言葉を用いるのが普通だが)、アルコール飲料に関してはそういうことはまず無い。もともと「賞味期限」というのは、その商品の本来の風味や味を保つことの出来る最低限の期間、という解釈を私なりにしているが、じゃあその賞味期限の直前までは「出来立て」同然で、賞味期限を境に一気に劣化してしまうのかといえば、もちろんそんなことはまったく無い。たいていの商品は、出来上がった直後からすでに少しずつ劣化が始まり、それが緩やかに進行する。その進行のどのあたりの段階で賞味期限を設定するかは、あくまでメーカーが一方的に決めるものなのだ。ただ一般的な解釈はおそらく違うだろう。賞味期限までは出来立ての風味が損なわれること無く味わえ、逆に賞味期限を1日でも過ぎると、途端にとても食べられたものじゃなくなってしまう、そう思っている人も多いと思う。いや、それはちょっと極端な言い方だったかもしれないが、頭ではそうじゃないよと分かってはいても、感覚的にはどうしても賞味期限を鵜呑みにしてしまう、そういう潜在的な信仰は根強いと思える(私も他人のことは言えないが)。賞味期限の日を境にして品質がガクンと落ちるなどということはあるはずが無い。だから本来ならば、消費者各々が普段から、自分なりの「賞味期限」の基準を持っていれば、賞味期限など明記する必要は無いだろう。実際、我々の親あたりの世代だと、賞味期限をいちいち気にする人は少ないようだ。だからみんな昔から、匂いをかいだり舌先でちょっと舐めたりして、その商品が飲食に値するものかどうかの判別をしていた。おそらくは、それに失敗して結果的にお腹を壊したり、そうでなくても「不味い物を食わされた!」と嘆くようなことがあっても、誰もメーカーを責める者などいなかっただろう。ところが最近では『PL法』などが出来たこともあって、何か不手際があって訴えられでもしたらたまらない、という気運からか、メーカー側が過剰に神経質になっているように思える。賞味期限を設定するのも、その延長線上でのことだろう。もちろん消費者からの要請、ということもあるだろうが、メーカー側が予防線を張っているという側面もあるのではないだろうか。消費者の不安感とメーカー側の過敏症とがひとつになって、「賞味期限」はどんどんその存在価値を大きくしていった。そしてその結果として、消費者は「賞味期限」を崇拝するあまり、その食品が本当に大丈夫かどうかを見極める「自分なりの判断基準」を失いつつあるのではないか。何もかもメーカー任せになって、商品に対する「主体性」を放棄してしまってはいないか。ある意味、消費者はどんどん「甘やかされつつある」のかもしれない。ただ、かといって、今すべての食品から賞味期限が無くなってしまったら、それはそれで困ることだろう。特に我々のような「売る現場」では、商品管理を今以上にキッチリとやらなければいけないから大変だ。
2007年10月24日
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店に入って、商品を手に取り、レジに持って来て、おカネを払い、商品と釣銭を受け取る.......、その間ずっとケータイで話をしながら、という人が、私が店で対応している中にもよくいる。最初のうちは私も結構腹が立ったものだが、悲しいかなそういう人も珍しくなくなってきたせいか、私も免疫が出来てしまったようで、最近では何とも思わなくなってきた。しかし今日来たあるお客さんは、さらにその上を行っていた。店に入って、商品を手に取り、レジに持って来て、おカネを払い、商品と釣銭を受け取る.......、その間ずっとケータイでメールか何かを打ちながら、もちろん終始無言のまま去っていったのだ。ケータイで話している分には、「ああ、この人は今ちょっと話しが切れない状況なんだな」という、ある意味“善意の解釈”も出来るが、メールなど店を出てからすればいいではないか。携帯電話のマナーというのは、何も場所によって電源を切ったりマナーモードにするということばかりではない。リアルで面と向かっている人よりもケータイを優先させるということも、ある意味“マナー違反”ではないか、と私は思う。
2007年10月22日
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今日は朝から、地区のイベントでジュースなどの飲料を販売する仕事に従事していた。そしてその合間には、同じ日に重なった末娘のバトンのアトラクションの送迎&見物などもあり、一日中忙しくしていた。それでもまだ他に参加し切れない用事が2件ほどあって、どうもこの時期の週末というのは、何をするにも絶好の時期らしい。もちろん旅行にもいい時期で、たまたま昨日は日帰り旅行に出掛けるお客さんが2組いらっしゃって、その依頼でそれぞれにビールなどの飲料の配達をした。どちらも早朝だったので、普段は朝の9時にやっと外気に触れる私も、昨日は珍しく朝6時半に外に出た。「寒っ!!」最近になって夜の空気がひんやりしてきたな、とは思っていたが、さすがに「寒い」と実感したのは今期初めてだ。もう冬はすぐそこまで来ているなー。
2007年10月21日
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中日ドラゴンズがクライマックス・シリーズで無類の強さを発揮し、無傷の5連勝で日本シリーズ出場権を得た。まずはおめでとうと言っておきたい。CSを制したことは無論だが、それ以上に嬉しかったのは、この日は落合監督の意向により、胴上げもビール掛けもやらなかったことだ。私も以前のブログでそのことを懸念し、もし胴上げを行なおうものなら文句のひとつも言うつもりだったが、さすがは落合監督、そのあたりはちゃんとわきまえていたようだ。もっとも「これはまだ単なる通過点」との思いからのことなんだろうけど。しかしどちらにしても、これでジャイアンツのリーグ優勝のおめでたムードが、ちょっとかすんでしまったことは否定できない。ジャイアンツファンの方々の無念さは察するに余りあるが、同じ思いをホークスファンは2年も味わってきているのだ。今回のことでこの制度の不条理さを、日本で最も数の多いジャイアンツファンに知ってもらったというのは、このCSの今後の行く末に大きな影響を与えるかもしれない。とにかく今興味があるのは、ジャイアンツサイドが今回のこの結果をどう受け止め、今後のCSに対してどういう見解を示すか、だ。とくにナベ○ネ氏の見解など、今とても聞いてみたい心境だ。まさか今さら「リーグ優勝チームが日本シリーズに出られないなんておかしい!」などと、吠えまくるんじゃないだろうね!?
2007年10月20日
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亀田大毅の例の試合のことで、いまだに世間は持ちきりだ。謝っただのどうだのって、もうそろそろ騒ぐのは止めたら、と思うのだけれども、マスコミ的には格好のネタになってるようで、そう考えるとよほど日本は平和なのか、とも思えてくる。今まで私はブログ上ではこのネタには触れてこなかったが、それは私自身、ボクシングに対してさほど造詣が深いわけでは無いからだ。しかしその上であえて言わせていただければ、誤解されるかもしれないが、あの三兄弟はある意味「被害者」ではないか、とも思えるのだ。で、その元凶はもちろん、父親である史郎氏だ。そしてその父親とタッグを組んだ(であろう)マスコミだ。そりゃ少年期からずっとマスコミにおだてられ、あの独特なキャラの父親にずっと付いていたら、どうしたってああいう性格になってしまうだろう。三兄弟にまったく落ち度が無い、というわけではないのだが、彼らの言動と行動のひとつひとつが、父・史郎氏の強い影響の下に醸成されたものだと考えると、哀れな気さえする。こうなると一概に、三兄弟がどうのこうのと言っても、それは彼ら自身に起因するものではなくなってくる。幼・少年期に親から受ける影響というのは、どうしたってすぐに変えられるものでは無いからだ。もし父親がまったく別人であったなら、あるいは別のトレーナーに付いていたなら、彼らの人生はまるで違ったものになっていたのかもしれない。いろんな方が言っておられることでもあるが、ここはいっそ父親から独立して、父とはまったく無関係なジムで揉まれた方がいいだろう。門外漢の私が言うのもおこがましいが、元々3人とも素質としては充分にいい物を持ってるんだろうし、いきなり世界ランカーと対戦させたりするのではなく、地道に育てていければきっといいところで花開くんじゃないか、そんな気がするのだ。
2007年10月19日
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今年の初めから読み始めていた司馬遼太郎の『坂の上の雲』を、先日ようやく読み終えた。まず今さらながら、地道かつ綿密な資料の調査と、それをカタチにした氏の高い筆力に感服せざるを得なかった。この物語は日露戦争を主な舞台に、陸軍・海軍のそれぞれで活躍した秋山好古・真之兄弟と、真之の友人でもあった正岡子規の3人が主役であるが、全編通して常にこの3人を軸に展開するかといえば、必ずしもそうではない(特に正岡子規は、結構早い段階で他界してしまう)。彼らは登場人物のほんの一部に過ぎず(ただ存在感はそれなりに大きいが)、後はこの時代の陸海軍のトップクラスの人々やロシア側のトップたち、彼らの群像に迫りながら戦況を逐一追っていく。淡々とした中にも、それぞれの人物のキャラクターの対比が織り込まれてあったりして、結構興味深い。氏も文中で触れているが、日本は鎖国から開国に転換してわずか数十年の間に、世界に比肩しうる海軍を作り上げた。そのこと自体は非常に驚くべきことであるが、日露戦争の勝利によって、「根拠の無い自信」を植え付けられてしまう。それは多分に「精神論的な」ものだっただけに、太平洋戦争においてあらぬ方向に作用し、日本を敗戦へと導いてしまうことになる。そう考えると、日露戦争が日本の軍隊にとって、大きなターニングポイントだったといえるだろう。おそらく開国から日露戦争までの数十年というのは、日本の軍隊にとって最も“理論的に”戦況を考えられる時期だったことだろう。そしてこの時期にはまだ「武士道」なるものが、各々の意識の中に根強く残っていた。そのことも考え合わせると、この時期は日本の軍隊にとって、最も幸福だった時代なのかもしれない、と思える。ロシア側の記述についても相当頁を費やしているが、それを読む限り、やはりロシアは「負けるべくして負けた」ということがよく理解できる。日本にとってラッキーだった面も無くはないが、帝政の末期症状を呈して、指揮官は常に皇帝の顔色を窺い、兵士には共通する目的意識も無い状態では、たとえ日本軍に数の上では勝っていても、敗北するのは必然だったのだろう。ただ、月並みな言い方になるが、戦場での情景描写はあまりにもむごたらしい。なんだかんだ言いながらも、結局は「非戦」という考え方に落ち着くのだ。
2007年10月18日
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真ん中のムスメは現在スイミングスクールに通っているが、そのプールは自宅から3kmちょっと離れたところにあるため、いつも妻がクルマで送り迎えをしている。しかし昨日はたまたま妻の都合で、迎えに行くのが遅れることになっていた。入り口で待っているようにと言っていたのだが、妻が30分ほど送れて到着すると、ムスメの姿が無い!更衣室にもトイレにも、はたまた建物の周囲どこを探しても、まったく姿が見えないのだ。スクールの係員の方々にも事情を話して、手分けして探してもらったが、全然見つからない。普段からムスメは、無責任にフラフラすることの無いやつだから、なおさら心配になる。「すわ、誘拐......!?」良くない想像が妻の頭をよぎった。妻が私に電話でこのことを知らせてきたのはこの時点だ。もう半分泣きそうな声で、「あの子に何かあったら、私......」などと言ってくるからこちらもビックリして、店番中だったのを母に代わってもらって、とりあえずクルマで現場に急行することにした。ところがである、店を出て最初の交差点で信号待ちをしていると、目の前の横断歩道を娘がとぼとぼと歩いているではないか!今だから言えるが、その光景といったらまるで「マンガ」だ。慌てて大声でムスメを呼び、クルマに乗せ、妻に連絡してその旨を知らせた。事情を聞いたところ、あまりにも妻の迎えが遅いと思ったムスメは、仕方なく3kmちょっとの道のりを歩いて帰って来たとのこと。双方の話を付き合わせると、ちょうど妻が到着するホンの数分前にムスメが入れ違えに出てしまった格好だ。要は妻が「ちょっと遅れるから」といったその“ちょっと”という時間の感覚が、ムスメと微妙にずれていたわけだ。しかしムスメもムスメだ、迎えが遅いと思ったらどうしてスクールの電話を借りて連絡しなかったのか。そのあたりの指摘をしてたしなめると、「ゴメンナサイ」とつぶやいた。とりあえず何事も無くてよかった。余談であるが、この話を後で聞いた長男が、「ほ~ら、やっぱりこういうときに携帯電話があったほうがエエやろ」と、ここぞとばかりに主張してきた。もちろん「却下」だ(笑)。
2007年10月16日
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最近ウチの店でよくお買い上げいただいている、とある韓国料理店がある。在日の方がやっておられる店だが、多くの在日の方の例にもれず、ここの店主も自家製のキムチを漬けておられる。で、先日この方から「よかったら食べてみて」ということで、小さな容器にキムチを分けて頂いた。まあここはキムチの小売もやってるようなので、旨かったら買ってくれよ、と言外に匂わせてるフシもあったが、まあせっかくのご好意なのでありがたく頂戴した。ただ私は今まで不幸にも、本場韓国のキムチを食べた中で、あまり旨いと思うものに当たったことがなかった。妙なクセがあったり、異常に辛すぎたり、ニンニクが思いっ切り効いていたりと、どれも私にはちょっと違和感が残るものばかりだったから、そういうのがちょっとしたトラウマになっていて、今回もちょっと警戒はしていた。しかし今回のは美味しい、お世辞抜きで旨いのである。味の方もひょっとしたら多少日本人向けになっているのだろうか、抵抗無くどんどん食べられるのだ。すっかりこれが気に入った私は、件のお店に行って追加分を購入することにした。私が気に入ったことがよっぽど嬉しかったと見え、この店主は大サービスとばかりに、信じられないくらいの量のキムチをたったの1,000円で分けて下さったのだ。しかしその量がハンパではないので、正直ちょっと私も戸惑っている。あまりの破格値で分けて頂いたことに対して恐れ入る気持ちももちろんだが、我が家では私くらいしかキムチを食べないので(長男も食べることは食べるが、量はたかが知れている)、一体いつまでかかったら全部消化できるのか見当が付かないし、それまで痛まずに持ちこたえるかどうかも怪しい。それと同時に我が家の冷蔵庫の中が、異様にキムチ臭くなってきていることに対して、家族からブーイングが上がりつつあるのだ。
2007年10月15日
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今日は大変なものを聴いてきた。今をときめく元気な3人が一度に会しての講演会だ。その3人とは、 大嶋啓介氏 中村文昭氏 てんつくマン氏この3人のことをご存知の方なら、今日の講演会がいかに豪華な顔合わせかお解りいただけると思う(ご存知で無い方は、以下のサイトでチェックして下さい)。この3人のうち、大嶋氏と中村氏がともに三重県の出身ということも、今回の講演会が実現した背景にあったようだ。はじめに3人それぞれで1時間ほどの講演があり、その後は3人揃ってのトークライブとなる。その中では大嶋氏が代表を努める居酒屋『てっぺん』の名物「朝礼」のさわりが実演されたりと、何とも盛りだくさんの内容。笑いながら熱く夢を語る、そんな彼らの姿に、「元気をもらう」などという言い方をあまり好まない私も、実際に今日はこれを聴いて、非常に前向きな気持ちになることが出来た。実現してくださった主催者、スタッフの方々には、感謝の気持ちで一杯だ。(私の安物ケータイで撮ったものなので、何が何だかとても解かりづらいが、雰囲気だけでも感じていただければ、と思う)<大嶋啓介氏、中村文昭氏、てんつくマン氏>
2007年10月14日
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私は伊勢の『赤福』が大好きで、個人的に数多ある和菓子の中でもナンバーワンだと思っている。だから今回の製造日不正表示事件には、少なからず胸を痛めている。ずいぶん昔のことになるが、『赤福のれん』というテレビドラマが放映されたことがあった。当時私はまだ幼かったので、今となってはストーリーなどもほとんど覚えていないのだが、要は『赤福』の女将(だったかな?)の奮闘振りを描く、人情物のドラマであったように思う。その中で私が妙によく覚えているシーンがある。元々伊勢神宮だけでしか売られていなかった『赤福』を、販路を拡大して遠方の売店などでも売り出すことになった。ところが『赤福』は昔から「その日に作ったものしか店頭に並べない」というルールを頑なに守っているから、そうするとどうしても朝早くから作り出さなくてはいけない。ただそのための女性従業員を早朝から出勤させるとなると、労働基準法だったか何かの法律に引っ掛かってしまう。しかしそれをクリアしないと遠方の店には置けないから、その女将が労働基準局に掛け合って、何とか認めさせる、そういった話であったと思う。その話を記憶していたから『赤福』を見かけるたびに、「ああ、今でも朝早くから出て作っているんだろうな」と思っていたのだが、まさか売れ残りを冷凍していたとは.......。私個人的には、製造日が購入の前日であっても全然問題はないが、やっぱりそういったコンセプトで長年やってきた以上、会社としても「当日販売」ということにプライドを持っていただろうし、それゆえに信用してくれていたお客さんもいただろうから、出来なかったんだろう。「プライド」が時として経営の足かせになる、と何かの本で読んだことがあるが、特に老舗としてのプライドは柔軟な思考を阻んでしまうものなのだろう。
2007年10月13日
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いよいよ明日から、セ・リーグのクライマックス・シリーズが始まる。ただ私としては、気分的に全然盛り上がらない。まあ試合が始まってしまえば、それなりに一喜一憂するかもしれないが、それでもあのペナントレース終盤の優勝争いのときの緊張感とは、比べ物にならない。元々この制度に反対だから、というだけでも無い。やっぱり私の中では、今年のシーズンは巨人の優勝を以ってとっくに終了しているのだ。もうさっさと、巨人vs北海道日本ハムの日本シリーズをやって欲しい、そんな気さえする(あんまりこういうことばかり言うと、阪神やロッテのファンの方には申し訳ないが......)。しかしひとつだけ気になることがある。シーズン2位以下のチームが結果的にCSを制した場合、その瞬間に胴上げしたりするんだろうか?そのあとビール掛けなんかしちゃうんだろうか?もしそういうことをやったら、私はそのチーム(たとえドラゴンズであっても)に対して嫌悪感をあらわにすることだろう。それこそシーズン優勝の価値を軽視する愚行にほかならないからだ。
2007年10月12日
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最近ちょくちょくと、得意先の飲食店のビールストッカー(要するに冷蔵庫)が故障する。以前ならこういったときには、そのストッカーを提供してくれたビールメーカーに連絡しさえすれば事足りた。あとはビールメーカーが各冷機メーカーに連絡を取って修理に走らせ、その費用はすべてビールメーカーが負担していたのだ。しかし今はそういうわけには行かない。というのも数年前くらいからビール各社は、飲食店向けのビールストッカーの提供を全面的に止めているからだ。提供だけではなく、今まで提供したストッカーの修理・メンテナンス・廃棄など、それらに関わる業務の一切から手を引いてしまっているのだ。だからたとえ過去にビールメーカーから提供された機械であっても、その修理をメーカーを通じて頼むことが出来ない。もちろん修理代金も飲食店持ちだ。それに飲食店が自前で修理を頼むとき、その知り合いに適当な業者がいなかったりするケースもよくある。そういう時はウチにお鉢が廻ってきたりする。フィルターの汚れなどというレベルなら私でも対処できるのだが、私も専門家ではないので、それ以上のことになるとお手上げだ。ただ幸いなことに、知り合いに懇意にさせていただいている小さな冷機屋さんがあって、ちょっとしたことならウチが得意先にそこを紹介して、直してもらっている(もちろん修理費用は得意先持ち)。まあそこにとっても本来は専門外のことのようなのだが、いつも無理を聞いてもらって、ウチとしては非常に申し訳なく思っている。しかしこういった一連の備品提供に関して言えば、今までがビールメーカーの過剰サービスだったということも言えるわけで、それに慣れ切った飲食店側が意識を変えていかないと仕方ないことなのかもしれないが、私に言わせれば、思いっきりおだてて登らせてからスッとハシゴを外す、というのに近い愚行だ。たとえ新規はダメでも、今まで設置したもののメンテナンスくらい、面倒を見てくれてもいいと思うのだが。
2007年10月11日
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先日、某卸問屋主催の展示会に行ったときのこと。とある焼酎メーカーのブースで、懐かしい顔に出会った。私が以前サラリーマンだった頃、職場の先輩であった「S氏」だ。もう10数年振りの偶然なる再会に、お互い驚き合った。聞けばS氏は何年か前に会社が早期退職を募ったときに退社し、現在のこの焼酎メーカーに採用されたとのことだ。ただ私よりも一回り上のS氏は、年齢的にも正社員としての採用ではないそうで、ご本人曰く、「プロ野球選手と同じ」1年ごとの契約社員のような形態だそうだ。つまり成績が悪ければいつでもクビを切られる、そんなシビアな環境に在るわけだ。お互い厳しいですね、と言いつつ互いの健闘を祈りながら、その場は別れた。と、ここまででひとつのネタが完結してしまいそうだが、実はここからが本題なのだ。その翌朝、メールソフトを開けると、S氏からのメールが来ていた。私の名刺にメールアドレスが印刷してあるので、それを見てメールして頂いたんだな、と素直に思った。ところが、開けてみると何とそこに書かれていたのは、「セフレ大募集!」、「あなたの欲望を満足させます」、等々.......。こりゃ、スパムメールじゃないか!?一瞬、なんでS氏がこんなものを送ってくるんだと疑ったが、もちろんそんなはずは無く、パソコンの不具合なのかなとも思った。ただちょっと冷静になってよくよく考えてみれば何てことは無い。要はそのスパムメールの差出人として書かれている名前(苗字のみ)が、たまたま「S氏」と同じだったというだけのことだ。そういえば件名の欄には、「いつもお世話になっております」と書いてあって、ちょっと変な書き方だなとは思っていた。ちなみに「S氏」のお名前は、日本の苗字十傑に入るようなありふれた物でもないが、かといってよっぽど珍しいというほどでもない。プロ野球界で同じ苗字の往年の名選手を挙げると出てくるのが3人ほど、と言えば分かり易いだろうか。しかしその同じ苗字といい、再会した翌日という絶妙のタイミングといい、たまたま偶然が重なっていたわけで、これでは間違っても仕方ないだろうなあ。
2007年10月10日
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大阪・寝屋川市のコンビニ刺殺事件は、いわば同業ともいえる私にも少なからず衝撃的だった。刺した少年はその動機として、「ビールが飲みたかった」と話しているというが、それだけの欲求が万引き、ひいては殺人にまで繋がるのだから、あまりに短絡的で呆れるしかない。しかしこれも人ごとではない。ウチの場合はコンビニではないので、万引きのリスクは低いかもしれないが、考えてみれば「“ビールを飲みたい”“未成年”が“ナイフを携行”している」というだけでも恐ろしいことではないか。そういうヤツがウチの辺りをウロウロしているかもしれないのだ。ところでご承知のように我々の業界では、未成年に酒を売るということ自体も犯罪となることから、未成年と思しき客には身分証などの提示を求め、証明が出来ない客には酒を売らないようにしている。これは酒類販売業者の義務であるし、当然ウチもそのようにしてきている(とは言え、そのようになってから未成年らしきお客はほとんど来なくなったが)。実際に成人である証明が出来なかったが故に、丁重にお断りしたことも何度もあるが、中には逆ギレされたこともある。そんなときに相手の手にナイフがあったらどんなに怖いことだろう。ひょっとするとそういうシチュエーションで殺人事件に発展する可能性も無いことは無い。そんな時、店員の命の保障は誰がしてくれるんだろう。聞けばコンビニでは、強盗など自分の身に危険が及びそうなときには、とりあえず相手の要求どおりにするということをマニュアルで謳っているそうだが、その当たりは我々もやっぱり柔軟に対応する必要があるだろう。正義感がかえってアダになる.......、肯定したくはないが、現実はそんなものなのだ。しかし我々酒販業者が未成年者飲酒の防止の為の防波堤になるのはかまわないが、そこまで押し付けるのであればその一方で、アルコール飲料のテレビCMを一切中止するくらいのことをやってもいいんじゃないか。大手メーカーや広告業界の反発は必至だが、そうしてもらわなければ、片手落ちというものだろう。
2007年10月08日
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少し前に観に行った映画『プロヴァンスの贈りもの』。この映画で主役のラッセル・クロウと恋に落ちることになる、レストランの女主人を演じていた女優がなかなかいい感じで、やけに印象に残っていた。彼女の名前は、マリオン・コティヤール。しかしその彼女と2週間後に再びスクリーンで再会しようとは、まったく思ってもみなかった。かねてより観に行きたいと思っていた『エディット・ピアフ~愛の賛歌~』を観てきた。その中で主人公のエディットを演じていたのが他ならぬマリオン・コティヤールであるということを、うかつにも帰ってきてから知った。だって、どこからどう見てもまったくの別人だ。それだけ、この役にはまり込んでしまっているということだろう。とにかく作品自体の良さもさることながら、彼女の演技が素晴らしかった。彼女の熱演が無かったら、この映画の印象もまったく違ったものになっていたかもしれない、そうとも思えるほどだ。もちろん実物のピアフなど見たことはないが、きっとこんな感じだったんだろうなあと思わせるほどの名演だ。声もかなり本人に似せて作っているようだ。それとともにここで聴かれるピアフの名曲の数々(マリオンが本当に歌ってるのか、あるいは吹き替えなのか、よく分からないが)が、正に鳥肌モノなのだ。今まで異質の音楽を好んで聴いてきた私にとって、「シャンソン」という音楽は何だかブルジョア的な匂いがしてどうも好きになれなかった。いわば偏った先入観が強かったわけだが、この映画に触れて「シャンソン」がこれほどまでにソウルフルな、魂を揺さぶられるほどのパワーを持った音楽であることを、今さらながら再認識させられた。そして歌詞の内容も単純なラブソングなどではなく、「人生」と真正面から向き合って、その喜び・苦しみ・嘆きなどをストレートにぶつけるような深い内容だったりする(ここいら辺、私の理解もまだまだ未熟だが)。今のような年代だからこそ共感できるところもあるのかもしれない。一度機会があれば、じっくりと聴いてみるのもいいかもしれないな、そう思わせてくれた作品だった。
2007年10月07日
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近場ならいざ知らず、どんなに有名な地名であってもそれが遠方であれば、子供たちにとってはただの「難読地名」だったりすることが多い。先日の夕方、何とはなしにテレビを眺めていた真ん中のムスメが、「ねぇ、“ごどうきん”ってなぁに?」ちょうどキッチンで夕食の支度をしていた妻が、「へっ?......“ごどうきん”!?」ムスメが続けて「なんだかタバコを吸ってる人が注意されているよ」。......ムスメよ、それは「御堂筋」だ(笑)。以前にも書いたことがあるのだが、このムスメには「小豆島」のことを面白い読み方をして、我々大人を笑いの渦に巻き込んだ前歴があるのだ。まだまだある、あれは妻の実家に帰る途中、東京駅でのことだ。駅構内を歩いているときに、ふっと上方の列車案内表示板に目をやったムスメが、「おとうさん、“ネッカイ”ってどこにあるの?」......ムスメよ、それは「あたみ」と読むのだよ(笑)。長男だって負けてはいない。ムスメよりはまだ地名には詳しいようだが、昔一度彼のおかげで大変恥ずかしい目に遭ったことがある。やはりこれも東京でのこと、渋谷から東急東横線に乗った。途中で目黒線に乗り換えるつもりにしていたので、「どこで降りるの?」と訊かれた時、「田園調布で降りるぞ」と答えた。それからしばらくすると、彼は車内に掲示されている路線図を眺め始めた。しばらくそれを見ていた長男は、なんだか胸のつかえが下りたような表情で「あっ、そっかぁ、『でんえんちょうふ』ってこんな字を書くんだぁ!」と、車内中に響き渡るほどのデカイ声で叫んだのだった。一瞬、車内中の視線が私たちに集中したように感じた。これじゃあまるで「田舎モノ」丸出しではないか(汗)。どうも長男は「でんえんちょうふ」とはどんな字を当てるのか咄嗟には分からず、自分なりに考えていたようなのだちなみにあとで、「で、オマエさぁ、最初に聞いた時どんな漢字を思い浮かべたわけ?」と尋ねてみたところ、「う~んとね、『でん』は『伝える』っていう字で、『えん』は『遠い』っていう字、『ちょう』は『町』っていう字で..........」そうだろうな、ウチはしょせん田園調布などには縁もゆかりもない家族だもんな。
2007年10月06日
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近年まれに見る激しい首位争いの末、ジャイアンツがとうとうリーグ優勝した。まずはおめでとう、と言っておきたい。しかし今までで最大のブランクの末に、ようやく5年ぶりに手にした優勝だというわりに、何故かこれまでの優勝時に比べて地味な印象を持つのは、私だけだろうか?まあこのあとにクライマックスシリーズも控えていて、必ずしも日本シリーズに出られると決まったわけではない、ということもその要因ではあろうが、やっぱり地上波での中継が無かったことも大きな原因なのだろう。昨日の報道で見た「街の人たちの反応」といったものでも、例えばジャイアンツファンが集まる居酒屋などの様子が映されていたが、地上波しかテレビが映らないような店だと、何だかどことなくシラケたムードだったりもする。放送局へも非難が数多く寄せられたということだが、それだけ視聴率も落ちているということでもあるし、それは即ち、ジャイアンツファンが減っているという証拠でもあるだろう。考えてみればこれまでジャイアンツは、全国の数多のファンの「常勝巨人」の期待に応えなくてはいけなかった。他のチームのように、2~3年先を見据えたチーム作りなど出来るはずもなく、毎年毎年優勝を義務付けられてきた。そうなるといきおい、足りないところを補強するにしても、手っ取り早い方法=「他球団からの引き抜き」と「即戦力ドラフト」に頼らざるを得ない。しかしその代償として、前途ある若手選手の出場機会を奪い、結果的に潰してきたことも否定できない。しかしさっき書いたように、もしもジャイアンツファンが現実に減りつつあって、かつてほどその期待に応えるための重圧が大きくないのなら、今こそそのチーム体質を変える好機だと思う。今年はファームでも優勝したように、有望な若手選手はゴロゴロしているはずだし、何より今までに「逆指名」だの「自由枠」だので、さんざんいい選手をドラフトで獲得してきたではないか。今のチーム状態を維持しつつ、少しずつチーム内競争を活発にしながら、逐次選手を入れ替えていけば、ここ当分はそう極端に成績を落とすことも無いだろう。しかしである、先日、横浜のクルーンをジャイアンツが狙っている、というニュースを耳にして、ああやっぱり、このチームの体質というものは簡単には変わらないんだな、と思った。「抑え不在」というチーム事情は理解できるが、まず自軍の選手の中から白羽の矢を立てよう、という発想はまったく無いのだ。かつて中日の落合監督が就任した時に、「このチームなら現状メンバーで充分優勝を狙える」との判断から、「向こう1年間、補強は一切しない」と宣言し、選手のモチベーションを高め、見事初年度に優勝に導いたことは記憶に新しい。中日に出来て、巨人に出来ないことは無いはずだ。もしそれが不可能なら、ジャイアンツはただの「育成下手球団」に成り下がってしまうだろう。しかもクルーンのことについては面白いことに、かつてロッキーズ在籍中に、ジャイアンツも獲得に向けて動いたんだそうだ。ところがなぜかそのときは獲得を見送り、代わりに獲得したミセリというピッチャーはまるで役立たず、そして横浜に入団したクルーンの活躍は皆のよく知るところである。育てるのも下手なら、選手を見る目も無いのである。そのクルーンを今度ジャイアンツが獲得すると、どうなるか?他所で修行を積ませて、モノになったら大金はたいてこちらで引き取る、なんて構図がいよいよハッキリしてくる。カネのある球団が有望選手を獲っていくこと自体は、特に規約に触れることではないが、これじゃあまるで他球団がジャイアンツのファーム=育成機関みたいじゃないか!?とにかく他の11球団をこれ以上引っ掻き回さぬよう、ジャイアンツには有望な選手の発掘&育成に、せいぜい精を出していただきたいのである。それが「球界の盟主」(いまどきそんなこと言う人もいないかな)としての責務だし、そして今がその好機なのである。宙に舞う原監督の写真の載った新聞を眺めながら、そんなことを考えていた。
2007年10月03日
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いまどきは小学校でパソコンを教えるというのは、ごく普通になっている。パソコンの利便性については今さら言うまでも無いから、別に小学校で教えてもそれ自体に問題は無いかもしれないが、私としてはせめてキーボード操作程度にとどめて、インターネットは止めておいて欲しいと思う。ウチの子供たちも学校でインターネットを教わるから、家に帰ってからも普通に使う。特に調べ物をするときには、結構重宝がる。ただやっぱり小学生くらいの年齢であれば、紙媒体を使って欲しい。いずれはイヤでもインターネットに頼らざるを得ないを使うときが来るんだし、何も慌てることは無いだろう。それよりも小学生くらいのうちにもっと紙媒体に馴染んでおかないと、辞書の引き方すらおぼつかなくなってしまいそうで怖い。またインターネットの検索で、ポンッとボタンひとつクリックするだけで結果が出ることに慣れ切ってしまうと、地道な作業を厭うようになってしまわないだろうか、という懸念もある。もうひとつ私が気に入らないのは、「(学習上の)調べもの」と称しては、子供にパソコンの前に何十分も居座られることだ。本当は何をやっているのか分かったものじゃないが、かといって、いちいち監視もやってられない。「調べもの」というのは彼らにとっては、格好の言い訳になっているのだ。小学生にインターネットが不要、とは言わないが、少なくとも学校が率先して教えるようなものでも無いだろう。
2007年10月02日
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