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必修科目の履修漏れが話題になっている。幸いにもウチの息子の学校は心配ないようで良かったが、数年前にはやっぱりこんな事もあったようだ。息子の友達の学校は履修漏れがあったらしく今まで買っただけで使ってなかった教科書を持ってくるように言われたらしい。なんちゅうこっちゃ!!なんだか・・ねぇ・・。受験競争のために高校の学習指導要領がごまかされているなんて本末転倒。息子が言うには「受験科目に関係ない授業の時はみんなほとんど違う勉強をしてるよ。」息子は世界史も日本史も受験科目なのでそれなりに勉強しているが「なんだか変だよな~」とつぶやく。「受験科目になくても、基礎教養は絶対必要。勉強したほうがいい」さすが我が息子!!こんな言葉を聞くとなんだか嬉しくなる。タダ大学に受かればいいという思いだけで勉強をして欲しくない。でも、現実は厳しい。理想ばかり言っていられない。一生懸命勉強している子どもたちがいろんな意味で被害者になっているんだよね。結局。何とも言えないため息が出る。
2006年10月31日
一年に6回ほど、近所のお友達と遊ぶ会がある。このお友達は、子どもを通じて知り合ったお母さん達。子どもたちが大きくなると、学校で顔を合わせる機会が減るからこういう会があると、何となくいろんな情報交換が出来て面白い。近所のうわさ話など花が咲くこともあるが私はあまり興味が無いのですぐ忘れてしまう。だから、ランチだけというのは、ちょっと苦手。一年の初めにそれぞれ月の幹事をくじ引きで決める。10月の幹事は私と私と仲の良いAさん。二人でああでもない、コウでもないと色々相談してイタリア村に行くことにした。大げさな名前だけれどなんの事はない、イタリア物ショッピングモール。でも、こういうテーマがあるとウインドウショッピングも楽しい。普通のお店では見られないような商品が並ぶ。イタリアの町並みを歩いているような気分が味わえるし陽気なイタリア人の「チャオ」に笑顔で応えたりしてイタリア料理を頬張り、チーズとワインをおみやげに買う。小さな水路のゴンドラに乗り本当のヴェネチアに行きたいと思いをはせる。なぜだか、イタリア村でフラメンコショーを見てそのエネルギッシュな踊りに少し感動したりして・・・。最近は、どうもいろんな事が面倒になっていて、こんな事でも無いと、きっとイタリア村に足を運ぶことも無かったと思う。一人も気楽で良いけれどこうして、一緒に遊びに行けるお友達がいることは嬉しい事。来年はどこに行こうかもう考えておこうかな??
2006年10月30日
もちろん、金婚式を迎えたのは私ではありません。私の両親です。今年で結婚して50年になりました。二人で無事に迎えられてホントに良かったと思います。この金婚式を市からお祝いしてもらえるということで先日二人でおめかしして出かけました。せっかくなので、その後、両親と私と妹で食事をしました。とても感じの良いホテルのレストランで4人そろってランチしました。前もって金婚式のお祝いと言ってあったのでレストランの方もとても温かく迎えてくださって感激しました。そのゆっくりと流れる時間の中でそういえば、私が結婚してからこの4人でゆっくりご飯を食べたことが無いと気付きました。いつも子どもたちや主人がいて沢山でわいわいしているけれどこの4人がもともと私の家族だった事を思い出したような・・・。なんだか・・・・・・子どもの頃にタイムスリップしたような不思議な時間でした。二人で結婚50年を迎えるというのは本当に素敵な事ですね。私にもいつかこんな日が来るのでしょうか・・。出来れば、夫と娘と息子とこんな日が迎えられたらいいとまだ銀婚式にもなっていないのに・・願っている私です。
2006年10月20日
だんだん涼しくなってくるとお肌の乾燥が気になってくる若い時には感じなかったこと。年を重ねると言うことは見かけ的には残酷なもの。鏡を見つめて、ため息つく日も多くなった。私は若い時あまりお化粧にお金をかけなかった。お化粧直しの化粧品もあまり持ち歩かなかった。でも、今は化粧道具を必ずバッグに詰め込む。見かけだけが美しさでは無いとは思うけど年相応の美しさは保っていたいと思う。老けるのではなく、いい年の取り方をしたい。若作りをするのではなく自分に似合ったおしゃれをしたいと思う。いかにお金と時間ををかけずに、自分を美しくするか・・・。それをあれこれ考えて実践するのって結構楽しい。「もうこの年になるとおしゃれなんてどうでもいい」そう言う人もいるが、なんだかかわいそうになる。そう言うことを言い出すと、すべての物が色あせてくる気がする。「どうでも良い」というのは一番楽な方法だ。きれいにしている人を「今更何気どってるの」と見下げることで自分をごまかしている気がする。「ちょいわるおやじ」が流行ったけれど人間ってそう言う色気が必要だと思う。どうでもいい・・と投げ出すことは楽だけど何も生み出さない。死ぬまで「おしゃれ」でいたいと思う。
2006年10月16日
最近隣の市に引っ越した友達からメール。「ランチしない?」彼女は実家に家族で移り住んだのだけれど元住んでいた家に時々風を入れにやってくる。一戸建ての空き屋。最初は誰かに貸すつもりが結局ホットする場所が欲しくてそのままになっている。まぁ・・贅沢な話しなんだけど・・。自分の親でも年をとってからの同居はいろいろ大変らしい。実家は大きなお家で、彼女たちは離れを改造して住んでいる。引っ越し先に遊びに行った時、リビングに台所用品がキャンプ用のテーブルの上に並べられていて「ここで朝ご飯や子どものお弁当作ってるの」と彼女。「シンク」もないし、換気扇も無いのに・・・・。「父親が頑固でやってられない。でも夕飯だけは一緒にしてる」キッチンを作らなかったのがいけなかった・・。と彼女は後悔しているが・・・。きれい好きの彼女が、こんな仮住まいのような生活を長くしてたら参ってしまうんじゃないかな、と案じていた。この年になって「がまん」って結構辛い。それでなくても、高度成長期の波に乗ってかなりわがままに育ってきている私たち。「一応親も、私たちも一緒に住むことで安心感はあるんだけどね。」そうなんだよね。子どもが少ないから、親の面倒はしっかりみなきゃいけない。私のウチと実家はそれこそスープの冷めぬ距離。夫の実家は妹さんの家族と暮らしている。ありがたいなとつくづく思う。ランチしながら「聞いてもらってちょっとすっきりした」と友達。家の事・子どもたちのことグチグチおしゃべりしてたらすぐ時間が過ぎてしまった。年をとることは親だけの問題じゃないし自分の生き方を考えるためにも親と同居することは絶対無駄じゃないと思うけど大変だよね。いろいろあるから。親もいつまでも元気ではいられないからウチもそのうち考えなきゃ・・・。
2006年10月05日
昨日は恩地日出夫監督「蕨野行」の映画会だった。映画会は今までで一番観客が多く、補助席まで出た。恩地監督をお招きして講演して頂きお客さんはとても喜んで帰って行かれた。ただ・・・・・・・・・・監督とこちら側の間に入った人の手違いがあって少しトラブってしまい、私としては恩地監督の見なくてもいい部分が少し見えてしまいそれまで好印象だった恩地監督のイメージが崩れてしまった。でも、それは私の中でイメージしていた物が壊れただけであって監督自身を否定したり、嫌な監督だったと言うわけではない。あくまでも私の中のイメージ。でも、それを感じたことで私は結構疲れてしまった。私も勝手だよね。監督に言わせれば「自分が勝手に作り上げたイメージと違ったからってそんなことで疲れられても」・・ってねぇ・・?そう思うに違いない。今日は凄く脱力感感じてるけどでも、まぁ今回の経験が私の中でどのように活かされるのか・・。それがちょっと楽しみでもあるかな。
2006年10月01日
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