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「フラメンコ・フラメンコ」は2010年公開のスペインのドキュメンタリー映画です。フラメンコやスペインの伝統的舞踊を取り上げた作品を数多く手がけ、スペイン映画界を代表する存在でもある巨匠カルロス・サウラ監督が、現在のフラメンコ界を牽引する若いアーティスト、新世代の才能あふれるダンサー、歌手、ギタリストたちの姿を、「フラメンコ」(1995年)に登場した大御所たちとともに捉えています。 「フラメンコ・フラメンコ」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:カルロス・サウラ 脚本:カルロス・サウラ撮影:ビットリオ・ストラーロ音楽:イシドロ・ムニョス出演:サラ・バラス パコ・デ・ルシア マノロ・サンルーカル ホセ・メルセー ミゲル・ポベダ エストレージャ・モレンテ イスラエル・ガルバン エバ・ジェルバブエナ ファルキート ニーニャ・パストーリ ほか【あらすじ】フラメンコはスペイン・アンダルシア地方に伝わるダイナミックで情熱的な民俗芸術で、歌(カンテ)、踊り(バイレ)、ギター(トケ)などの伴奏から構成されます。本作では、パコ・デ・ルシア、マノロ・サンルーカル、ホセ・メルセーら、フラメンコ界の名匠たちが、サラ・バラス、エストレージャ・モレンテ、ミゲル・ポベダ、イスラエル・ガルバン、エバ・ジェルバブエナ、ファルキート、ニーニャ・パストーリなどの新世代のアーティストたちとともに、華麗なフラメンコの世界を繰り広げます。人の誕生から晩年、そして蘇生までの「生命の旅と光」を、多彩なパロ(曲種)を用い、・誕生(アンダルシアの素朴な子守歌)・幼少期(アンダルシア、パキスタンの音楽とそれが融合した音楽)・思春期(より成熟したパロ)・成人期(重厚なカンテ)・死期(奥深く、純粋で清浄な感情)、希望に満ちた再生、命の蘇りへの期待と、全21幕の構成で描いています。光の魔術師と称されるヴィットリオ・ストラーロ撮影監督が、この「人生の旅」の独創的なセッションを幻想的な光で照らし出しています。【レビュー・解説】全21幕、トップ・アーティストのパフォーマンスにより、フラメンコの新たな息吹を描き、さらなる発展を期待させる、巨匠カルロス・サウラ監督が取り続けたフラメンコの映画の集大成とも言える傑作です。パコ・デ・ルシアのフラメンコ・ギターに惹かれて見たのですが、彼の出演は1幕のみでした。21幕、全て異なるアーティストのパフォーマンスで、若手も、ベテランもトップレベルの人ばかり、間違いなく、今日のフラメンコの最高の部分を描いた映画ではないかと思います。個々のパフォーマンスのみならず、芸術性の高いカルロス・サウラ監督の演出も素晴らしく、繰り返し鑑賞に耐える作品です。カルロス・サウラ監督は、カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭を初めとする数多くの賞に常連にノミネートされ、幾多の賞を受賞している、スペイン映画界を代表する巨匠で、「ママは百歳」(1980年)、「カルメン」(1984年) 、「タンゴ」(1999年)と、アカデミー外国映画賞にも三度、ノミネートされています。サウラ監督は、・「カルメン」(1983年)・「フラメンコ」(1995年)・「サロメ」(2002年)・「イベリア 魂のフラメンコ」(2005年)などフラメンコを題材にした映画を多数撮り続けており、本作は長年の経験に基づいた集大成とも言える作品です。そんなフラメンコを知り尽くしたサウラ監督の作品からひしひしと感じられるのは、いわゆるフラメンコというひとつの典型があるわけではなく、生き物のように様々な形がありどんどん変化しているということ。カリスマ的人気を誇ると言うサラ・バラスの踊り(バイレ)は、フラメンコでありながら舞台に芸術の高みにあり、本場スペインでもまだ十分に認知されていないというピアノ・デュオによるフラメンコは極端な例としても、歌(カンテ)、踊り(バイレ)、拍子やギター(トケ)などの伴奏おのおのに、様々な形があり、それらがすべてフラメンコであるということです。フラメンコはもともと、・インドを起源として西に流れてきたロマ族(ジプシー、西語:ヒターノ)・かつてスペインに君臨したアラブ系民族(モーロ人(ムーア人)、イスラム教徒)・在来のアンダルシア人たちの民族芸能が融合してできたユニバーサルな芸術です。歌(カンテ)がその発祥の根を作ったと言われ、仲間内の喜びや悲しみの吟じ合いからリズムと旋律が生まれ、伴奏が加わり、踊りだし、洗練されてフラメンコが誕生したと考えられ、その歴史は意外と浅く、19世紀初頭と言われます。当初は個人の家などプライベートな空間が中心で、ギターが使用されることは少なく、手拍子や掛け声(ハレオ)による伴奏が主でした。19世紀前半にアンダルシアにカフェ・カンタンテと呼ばれるフラメンコが上演される飲食店が現れ、19世紀後半にこれがスペイン国内に広まるともに、ギターが伴奏の主流になり、現在に至ります。そうした流れの中でさらなるフラメンコの進化の触媒となったのが、パコ・デ・ルシアです。彼はフラメンコ・ギタリスト、作曲家、プロデューサーで、新たなフラメンコのスタイルを取り入れることにより、フラメンコ・ギターを単なる伴奏ではなく、ひとつの音楽芸術として確立させたと言われています。クラシックやジャズなど他のジャンルとのクロスオーバーを初めて成功させたフラメンコ・ギタリストで、「フラメンコ・ギターの巨人」、「歴史上、最も偉大なギタリストの一人」と評されています。彼のフラメンコ・ギターは、難解な前衛とは真逆で、非常に聞きやすいものです。その昔、フラメンコギターを無性に聞きたくなった探したことがあるのですが、どれも痒いところに手が届かないような感じで、ピッタリくるものがありませんでした。そんな中で、たまたま彼のアルバム「アルモライマ」と出会い、聞きたかったフラメンコ・ギターはまさにこれだと思いました。何の予備知識もなく聞いたのですが、デ・ルシアが登りつめた最初の極みを示す一枚で、収録された全曲が傑作と言っていい歴史的な名盤だそうです。 パコ・デ・ルシア「アルモライマ」のCD(楽天市場)デ・ルシアは早くて流れるようなピカドス(運指)で知られ、伝統的なフラメンコのレスゲドス(かき鳴らし)と対置しながらより感情豊かな演奏をするとともに、ジャズから擬似コードやスケール・トーンを取り入れています。これらは、従来のフラメンコ音楽を発展させるとともに、新しいフラメンコとラテン・ジャズ・フュージョンを展開しました。また、1967年から1992年まで続いたカンタオール(カンテの唄い手)カマロン・デ・ラ・イスラとの共演アルバムの数々は、フラメンコ史上、最も重要で影響力のあるものと考えられています。よく知られている彼の曲には・Río Ancho・Entre dos aguas ・La Barrosa, Ímpetu・Cepa Andaluza・Gloria al Niño Ricardoなどがあります。残念なことに、2014年に彼は滞在先で心臓発作により急逝してしまいました。2015年には、7歳でギターを手にしてから最後のアルバムまでの60年間を辿る映画「パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト」が公開されています。この映画に収められているパッフォーマンスは、デ・ルシアが作り出したような新たなムーブメントを反映するなものですが、最後の21幕目を、カフェ・カンタンテを彷彿とさせるパフォーマンスで締めくくっているのが粋です。カンタオール(カンテの唄い手)が歌い、みんなが手拍子をとる、バイラオーラ(踊り手の女性)は自分の出番が来ると、椅子から立ち上がって踊る、みんなが参加して楽しそうです。踊り(バイレ)や、歌(カンテ)、ギター(フラメンコギター)がステージ・アートになる一方で、カフェ・カンタンテやパーティ、自宅など、庶民のフラメンコの楽しさを暗示しているかのようです。【演目】1. ルンバ「緑よ、お前を愛している」M・A・フェルナンデス、カルロス・デ・ペパ2. アレグリア「いとしのサリータ」サラ・バラス 3. ソレア・ポル・ブレリアス「フアン・モラオ」モンセ・コルテス、ディエゴ・デル・モラオ4. カルタヘネーラとブレリアス「二つの魂」ダビ・ドランテス、ディエゴ・アマドール 5. ガロティン、ロシオ・モリーナ6. コプラ・ポル・ブレリア「四枚のマント」ミゲル・ポベダ 7. ソレア「叫び」エバ・ジェルバブエナ 8. サエタ、マリア・バラ 9. 「行列」ぺぺ・デ・ラ・ベガ、ハビエル・ラトーレ10. マルティネーテとトナ、ホセ・メルセー 11. ブレリア、エル・カルペタ12. 「静寂」イスラエル・ガルバン 13. グアヒーラ「夜明けの朝に」、アルカンヘル14. アレグリア「七面鳥の舞」、マノロ・サンルーカル 15. タンゴス、エストレージャ・モレンテ 16. 「エル・ティエンポ」J.C.ロメロ、ハビエル・ラトーレ 17. ブレリア「時の伝説」、ニーニャ・パストーリ、トマティート18. 「子守歌」ミゲル・ポベダ、エバ・ジェルバブエナ 19. サパテアード「イリュージョンの雨」、ファルキート 20. ブレリア・ポル・ソレア「アントニア」パコ・デ・ルシア 21. ブレリア・デ・ヘレス、モライート・チコ、ルイス・エル・サンボほか 【サウンド・トラック】 「フラメンコ・フラメンコ」オリジナル・サウンドトラック(楽天市場)【動画クリップ】カリスマ的な人気を誇るバイラオーラ(踊り手の女性)サラ・バラスのパフォーマンスパコ・デ・ルシアのパフォーマンスカフェ・カンタンテではパフォーマーと観客が近いインドはジプシーの起源(インドのジプシー・ダンス)フラメンコはアラブ文化の影響も受けている(アラブ伝統的なダンス)【撮影地(グーグルマップ)】セビリア・エクスポ’92・未来パビリオン 「フラメンコ・フラメンコ」のDVD(楽天市場)【関連作品】フラメンコを描いたカルロス・サウラ監督作品(楽天市場) 「カルメン」(1983年) 「フラメンコ」(1995年) 「サロメ」(2002年) 「イベリア 魂のフラメンコ」(2005年)パコ・デ・ルシアの生涯を描いた作品のDVD(楽天市場) 「パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト」(2015年)
2016年10月31日
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「ウェイバック -脱出6500km-」(原題: The Way Back)は、2010年公開のアメリカのドラマ映画です。元ポーランド兵士スラヴォミール・ラウイッツが1956年に発表した書籍「The Long Walk」(邦題:脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち)を原作に、ピーター・ウィア監督、ピーター・ウィアー/キース・クラーク共同脚本、ジム・スタージェスら出演で、第2次大戦下、シベリアの強制労働収容所から脱出し、1年かけてインドへと辿り着いた主人公と国籍の違う仲間たちの過酷なサバイバルを描いています。 「ウェイバック -脱出6500km-」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ピーター・ウィアー脚本:ピーター・ウィアー/キース・クラーク原作:スラヴォミール・ラウイッツ著「脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち」出演:ジム・スタージェス(ヤヌシュ) エド・ハリス(ミスター・スミス) シアーシャ・ローナン(イリーナ) コリン・ファレル(ヴァルカ) マーク・ストロング(カバロフ) グスタフ・スカルスガルド(ヴォス) アレクサンドル・ポトチェアン(トマシュ) セバスチャン・アーツェンドウスキ(カジク) ドラゴス・ブクル(ゾラン) ほか【あらすじ】1939年、ナチス・ドイツとソビエト連邦による分割占領下のポーランド。ポーランド人兵士のヤヌシュ((ジム・スタージェス) は、ソ連占領下の地域でスターリン批判とスパイ活動の容疑で逮捕されます。ソ連の将校に尋問され、罪を認めなかったものの、20年の懲役を宣告されたヤヌシュは、妻(サリー・エドワーズ)をポーランドに残して、1940年にシベリアの強制労働収容所へ送られます。収容所は夏は暑く、冬は身を切るように寒く、食事も粗末なで、囚人たちが次々と死んでいくのを目にしたヤヌシュに、収容所に長くいるロシア人俳優カバロフ(マーク・ストロング)から脱獄話を持ちかけられます。同じく収容所生活が長いアメリカ人地下鉄技術者ミスター・スミス (エド・ハリス) に、カバロフの話を本気にしないよう言われますが、本気なら付いていくとも言われます。ヤヌシュは、画家志望のケーキ職人トマシュ(アレクサンドル・ポトチェアン)と夜盲症の若者カジク(セバスチャン・アーツェンドウスキ)のポーランド人二人、ラトビア人牧師ヴォス (グスタフ・スカルスガルド) とユーゴスラビア人会計士ゾラン (ドラゴス・ブクル) を仲間に入れ、脱出計画を練ります。収容所から脱出できても、西にはソ連の領土が果てしなく広がり、東は太平洋に行く手を阻まれるという地理の中、逃げ出す為には南へ行くしかありません。収容所から500km離れたところにあるバイカル湖に沿って南下すれば、モンゴルとの国境へ出ることができます。ヤヌシュは脱出直前に、借金が嵩んで命が危うくなった犯罪集団ウルキのメンバーで、ナイフを隠し持つロシア人のヴァルカ (コリン・ファレル)に、仲間に入れるよう強要されます。国籍も事情も背景もバラバラな寄せ集めの7人は、猛吹雪の夜、真冬のシベリアに飛び出し、追っ手を撒いて南を目指します。森を抜けた彼らは、食料も装備も不十分な上、位置も不確かなままひたすら歩きます。なんとかバイカル湖へ到着した7人に、集団農場から脱走した少女イリーナ (シアーシャ・ローナン) も加わります。イリーナのおかげでギスギスとした男たちの関係が和らぎ、それぞれの境遇を打ち明けて、絆が生まれていきます。モンゴルとの国境を超え、ソ連を脱したのを喜んだのも束の間、そこはソ連と密接な関係をもつ共産主義国家だと彼らは知ります。モンゴルも、その南の中国も安全ではありません。それならばと、わずかな希望を頼りに灼熱のゴビ砂漠、ヒマラヤ山脈を越え、自由を求め、生きる為に、彼らはイギリス領インド帝国を目指して歩き続けます・・・。【レビュー・解説】酷寒のシベリアの強制収容所からインドまで、装備も食料も持たずに厳しい大自然の中を歩き通す脱出劇は、過酷な状況下で人間の本質を描き出すピーター・ウィアー監督の壮大な叙事詩的スペクタクルです。酷寒のシベリアから、ゴビ砂漠、ヒマラヤ山脈を超え、インドまで、一年かけてユーラシア大陸を徒歩で縦断する、スケールの大きな脱出劇です。大まかなルートは、・強制労働収容所(ロシア、イルクーツク州)・→バイカル湖(ロシア、イルクーツク州)・→ウランバートル(モンゴル)・→ゴビ砂漠(モンゴル、中国内モンゴル自治区)・→ラサ(中国、チベット自治区)・→ヒマラヤ山脈・→インド、アッサム州で、景観が変化していく様が、凄まじいです。道中の殆どが、人ひとりいないような広大な大自然です。若い頃にオーストラリアの広大な砂漠を旅し、人気の全くない、空漠な大自然に大きく影響を受けたという、オーストラリア出身のピーター・ウィアー監督ならでは自然観かもしれません。また、地続きで歩いているうちに、景観のみならず住む人々、文化、言葉が大きく変わっていくというのも、なかなか日本では得られない感覚です。ピーター・ウィアー監督は、「マスター・アンド・コマンダー」などに見られるように人間を過酷な状況に置き、その本質を描き出すのを得意とし、・刑事ジョン・ブック 目撃者 (1985年) アカデミー監督賞 ノミネート・いまを生きる Dead Poets Society (1989年) アカデミー監督賞 ノミネート・グリーン・カード Green Card (1990年)アカデミー脚本賞 ノミネート・トゥルーマン・ショー(1998年)アカデミー監督賞 ノミネート・マスター・アンド・コマンダー (2003年) アカデミー監督賞 ノミネートと、5度もアカデミー賞にノミネートされている名匠です。原作の「The Long Walk」(邦題:脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち)は、スラヴォミール・ラウイッツから聞いた話をロナルド・ダウニングがゴースト・ライトした本で、イギリスで1956年に発表され、世界25ヶ国語に翻訳され、50万部も売れた作品です。しかし、旧ソビエトの記録から、1942年に恩赦で釈放、カスピ海を渡ってイランの難民キャンプに移送されたというラウイッツ自身の述懐をレポートし、ラウイッツはこの脱出劇に参加し得なかったことがわかりました。次いで2012年にBBCが、「1942年にコルカタでイギリスの諜報部員が、シベリアからインドまで歩いて脱出してきたやつれ果てた男たちを尋問したことがわかった。さらに、コルカタでこの悲惨な生存者たちの尋問をポーランド人技術者が通訳したという知らせがニュージーランドから入ってきた。」とレポートしました。このレポートはセカンド・ソースであり、決定的な証拠にはなりませんが、以前より・著者スラヴォミール・ラウイッツの本名は秘密・スラヴォミール・ラウイッツは脱出した多くのポーランド人を代弁と言われており、ピーター・ウィアー監督は人物を特定できないものの、「The Long Walk」の中には本質的な真実があると確信しました。ウィアー監督は、タイトルや主人公の名を原作から変え、新たなキャラクターも加えて、フィクションとして「本質的な真実」を描き、それをヒマラヤから出てきた無名の生存者たちに捧げることにしました。映画の冒頭の献辞、「In 1941 three men walked out of the Himalayas into India. They had survived a 4000 mile walk to freedom. This film is dedicated to them.」(1941年、三人の男が徒歩でヒマラヤ山脈を超えてインドに入った。彼らは自由を求めて4000マイル(約6500キロ)を踏破した。この映画は彼らに捧げられたものである。)には、そんなウィアー監督の思いが込められています。「The Long Walk」に触発され、フィクションとして制作された本作ですが、モスクワ、シベリア、ロンドンに住む強制労働収容所からの生存者や、ロンドン在住のポーランド人へのインタビューを通して、歴史や事実の裏付けをとっています。また、ノンフィクション「Gulag: A History (Doubleday)」(邦題:グラーグ--ソ連集中収容所の歴史)で2004年にピューリッツァー賞を受賞したアン・アップルバウムを歴史コンサルタントに迎え、何度も脚本をチェックしてもらうとともに、彼女が紹介した生存者やスタンフォードの歴史家にも脚本を送り、徹底的に検証、しっかりと時代考証したリアリティのある脚本に仕上げています。また、実際に「The Long Walk」と同じルートを踏破したフランス人冒険家のシリル・デラフォース・ギアマンをテクニカル・アドバイザーに迎え、樹皮の虫除けの話など彼が経験したことを脚本に折り込む一方で、俳優のコーチも頼み、毎日の撮影にも立ち会ってもらっています。原作は、収容所に送られる前や、収容所での過酷な生活にもかなりの分量を費やしていますが、本作ではそうした政治的な背景よりも大自然の中で自由を目指す脱出行に重点が置かれています。ウィアー監督は、様々なサバイバルを耐え抜いた10数人の生存者に「何があなたを進めさせたのか?」とインタビューも行っており、彼らが求めたものを浮かび上がらせています。「それはある種の希望だった。家族のもとに戻りたいという願望だったんだ。そして面白いことに彼にはユーモアのセンスもあった。「ユーモアのある人間に生き残るチャンスがあった」と話してくれたんだ。」「「でも、彼らは自由な人間として死ぬだろう」というセリフが好きなんだ。それは間違いなく賭けだが、私自身もその道を進んだだろうと思いたい。」(ピーター・ウィアー監督)脱出劇というと男性的な印象で、実際、ジム・スタージェス、エド・ハリス、コリン・ファレルといった男臭い俳優が演じているわけですが、この映画ではそんな彼らに女性が一人、合流します。最初は意外に思いましたが、これは原作のプロットにもあり、よく考えてみると当時には女性を収容する施設もあったわけで、そこから脱走した女性が身の安全確保する為に彼らと合流したとしても不思議はありません。この女性イリーナを演じているのが、当時15歳、撮影期間中に16歳になった個性派女優のシアーシャ・ローナンです。彼女は年齢からは想像できないような天才的なプレゼンス、パフォーマンスを発揮しています。ジム・スタージェス(ヤヌシュ)イギリスの俳優。1994年に映画デビュー、2007年公開の「アクロス・ザ・ユニバース」や翌年公開の「ラスベガスをぶっつぶせ」で注目を集める。エド・ハリス(右、ミスター・スミス)ニュージャージー州出身の俳優、映画監督。ピーター・ウィアー監督の「トゥルーマン・ショー」(1998年)でゴールデングローブ助演男優賞を受賞している他、「アポロ13」(1995年)ではアカデミー助演男優賞に、自ら主演・監督した「ポロック 2人だけのアトリエ」(2000年)ではアカデミー主演男優賞にそれぞれノミネートされている。本作では、強制労働収容所に送り込まれたアメリカ人を演じている。「多くの人は知らないが、恐慌の最中、数1000人のアメリカ人がソビエトに働きに行った。エド・ハリスのキャラクターのように、特に自動車産業やモスクワの地下鉄現場で働いたんだ。仕事があったし、ソビエトが産業先進国として雇用を提供していたからね。ほとんどの場合、彼らが入国すると、パスポートを取り上げて返さなかった。だから彼らは戻れなくなった。そして、矯正労働収容所に送り込まれたんだ。」(ピーター・ウィア監督)シアーシャ・ローナン(イリーナ)ニューヨーク生まれ、アイルランド育ちのアイルランド人女優。9歳の時に子役とアイルランドのテレビシリーズなどに出演、2007年に映画「つぐない」で13歳でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、注目された。「ブルックリン」(2013年)ではアカデミー主演女優賞にノミネートされている。名前のSaoirseはゲール語で「自由」を意味するが発音が難しく、ゴールデン・グローブ賞のノミネーションの際にも司会のデニス・クウェイドに誤って「シーシャ」とコールされた。本番の授賞式では正しくコールしてもらえるようにと、テレビ番組エレン・デジェネレス・ショーで「Hello, my name is SUR-SHA(サーシャ)」と書いたプラカードをプレゼントされた。本人も覚えてもらえるようにと「サーシャ」と発音しているが、アイルランドでは「シアーシャ」と発音される。(How to Pronounce Saoirse Ronan's Name(YouTube))父親も俳優という彼女は、本作では15歳、撮影期間中に16歳になったという年齢からは想像できないプレゼンスとパフォーマンスを発揮しており、天性の才能を感じるが、彼女は他の俳優にも影響を与えたとウィアー監督は言う。「イリーナはまだ性的な問題のない年齢で、そんな女優を探さねばならなかったが、それがシアーシャだった。彼女が加わって、俳優たちが柔らかくなった。わかるだろう?プロの俳優だから問題は起こさないが、男臭い連中ばかりだった。彼女はまさに、脚本に描かれているようにその中に入って来たんだ。女性的な感性が男たちを洗練し、郷愁を呼び起こし、母親、姉妹、娘、恋人であれ何であれ、彼らの生い立ちの記憶を呼び出すようにね。男たちの間に女性がいる、撮影しながらその行動に思いを巡らすは興味深かった。シアーシャのクォリティが高く、それが顕著に現れた。彼女は典型的な女優ではない。彼女は面白く、ヘマをやるし、ショービジネス・タイプではない。でも、精神的に大人なんだと思う。物語の中同様、俳優たちはみんな彼女と仲良くなったんだ。」(ピーター・ウィアー監督)コリン・ファレル(ヴァルカ)ハリウッドを中心に活躍するアイルランド人俳優。本作ではちょっとアブナイ囚人ヴァルカを演じている。胸に見えるのはレーニンとスターリンの入れ墨で、これをからかわれたヴァルカは「二人は偉大な男だ」と言い返すが、実はレーニンやスターリンの像を汚すのが違法であることから、こうした入れ墨を入れておけば銃で撃たれることがないと囚人たちが考えたことに由来する。実際の処刑は後頭部を銃で撃つので、胸のレーニンやスターリンの像を汚すことはないのだが・・・。【脱出劇のルート(グーグルマップ)】酷寒のシベリアから、ゴビ砂漠、ヒマラヤ山脈を超え、インドまでユーラシア大陸を徒歩で縦断 「ウェイバック -脱出6500km-」のDVD(楽天市場)【関連作品】ピーター・ウィアー監督作品のDVD(楽天市場) 「刑事ジョン・ブック 目撃者 」(1985年) 「いまを生きる」(1989年) 「グリーン・カード」(1990年)・・・脚本のみ 「フィアレス」(1993年) 「トゥルーマン・ショー」(1998年、アメリカ) 「マスター・アンド・コマンダー 」(2003年)シアーシャ・ローナン出演作品のDVD(楽天市場) 「つぐない」(2007年) 「ハンナ」(2011年) 「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年) 「ブルックリン」(2015年)
2016年10月28日
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「しあわせな孤独」(原題:Elsker dig for evigt、英題:Open Hearts)は2002年公開のデンマークのドラマ映画です。スサンネ・ビア監督、ソニア・リクター、マッツ・ミケルセンら出演で、突然の不幸に見舞われた2組のカップルを主人公に、せつなくもひたむきな愛の形をじっくりと描き、本国デンマークで大ヒットした恋愛映画です。 「しあわせな孤独」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:スサンネ・ビア脚本:アナス・トーマス・イェンセン出演:ソニア・リクター(セシリ) マッツ・ミケルセン(ニルス) ニコライ・リー・カース(ヨアヒム) パプリカ・スティーン(マリー) ほか【あらすじ】23歳の女性コックであるセシリ(ソニア・リクター)は、大学のドクターコースで地理を専攻、卒業間近のヨアヒム(ニコライ・リー・カース)と、結婚を控えて幸せな日々を送っています。ある日、助手席の娘スティーネ(スティーネ・ビェルレガード)と口論していて前方をよく見ていなかったマリー(パプリカ・スティーン)が、彼を車で轢いてしまい、ヨアヒムは首から下が麻痺して全く動かなくなってしまいます。ヨアヒムは絶望し、献身的に介護しようとするセシリに辛く当たります。ヨアヒムの入院する病院の医師であり、マリーの夫であるニルス(マッツ・ミケルセン)シリを励ますようになります。セシリはヨアヒムを愛していましたが、拒絶されて傷ついた彼女は、ニルスに慰めを求めます。二人の間柄は、いつしか本気の恋へと変わっていき、娘スティーネがニルスの様子の変化に気づきます。彼女はセシリの部屋を訪ね、二人の関係を知り、次いでマリーの怒りが爆発します・・・。【レビュー・解説】交通事故の加害者の夫に癒やしを求めた被害者の婚約者、加害者の婚約者を愛した加害者の夫、「しあわせな孤独」は人間の感情を生々しく描き、思わずコペンーハーゲンの街角に行き交うであろう様々なドラマに思いを馳せずにはいられない、現実感溢れる叙情的恋愛映画です。原題の「Elsker dig for evigt」は「永遠に愛して」、英題の「Open Hearts」は「心を開いて」、邦題は「しあわせな孤独」と、上映地でタイトルが異なります。原題を直訳することが多い英題が異なった意味のタイトルになるのは珍しいのですが、叙情的なこの作品に描かれている感情は様々な角度から捉えることができます。社会の決まりごとや様々な制約の中で、人は大なり小なり、感情を押さえて生きています。しかし、大きな交通事故に遭うなど人生を左右するような出来事があると、人は時に感情を抑えることができなくなります。この映画は、そんな感情の発露を肯定的に描いています。想像を超える困難が待ち構えていたとしても、自然に沸き起こる「永遠に愛して」という感情は美しく、尊いものです。日本におけるキャッチコピーは「もしもあなたが孤独を感じているなら、すでにしあわせを知っているはず」ですが、しあわせの絶頂にいればいるほど、悲しみや辛さは大きくなります。辛くて耐えられない時に、誰かに慰めを求めるのも自然な振る舞いです。むしろ頑なに心を閉ざし、いびつに固まるよりは、「心を開いて」癒される方が大切な時もあります。社会的制約から逃れ続けることはできませんし、時には社会的な代償を伴うかもしれません。だからこそ、感情の発露は美しく、価値あるものと感じさせる作品です。「しあわせな孤独」は加害者の夫に癒やしを求めた被害者の婚約者、加害者の婚約者を愛した加害者の夫という、センセーショナルな設定の下、低予算で制作された映画と、B級恋愛映画の匂いがぷんぷんしますが、・スリリングな設定対する有無を言わせぬストーリー展開と、生々しくリアルな映像表現・急展開するストーリーに追従するソニア・リクターら、俳優の目をみはるパフォーマンス、特にマッツ・ミケルセンは後に007シリーズに出演するなど、国際的な俳優に成長・抑圧された感情を現実と並行して素粒子表現するなど、徹底して感情にフォーカスした主題性など、芸術的価値の高い作品に仕上がっており、デンマーク映画の底力が感じられます。デンマークは人口500万ほどの小国ですが、以前、同じ監督の「アフター・ウェディング」(2008年)を観た時に、他の映画では得られない強いインパクトを感じました。監督の個性もあるかと思いますが、この背後には、ドグマ95という映画運動があります。ドグマ95は、・デンマーク出身の4人を監督を中心とする・CGなど、過度な特殊効果や先端テクノロジーに依存した映画制作を拒否する・物語性や俳優の演技、そして主題といった映画本来の伝統的価値へと立ち返る・「純潔の誓い」に定めるルールに従い、様々な制約の下に映画製作を行う運動です。「純潔の誓い」とは、・撮影はすべてロケーション撮影による。スタジオのセット撮影を禁じる。・映像と関係のないところで作られた音(効果音など)をのせてはならない。・カメラは必ず手持ちによること。・映画はカラーであること。照明効果は禁止。・光学合成やフィルターを禁止する。・表面的なアクションは許されない(殺人、武器の使用などは起きてはならない)。・時間的、地理的な乖離は許されない(今、ここで起こっていることしか描いてはいけない。回想シーンなどを禁止)。・ジャンル映画を禁止する。・最終的なフォーマットは35mmフィルムであること。・監督の名前はスタッフロールなどにクレジットしてはいけない。という10個のルールで、これまでに270本の映画がこのルールに従い制作されています。ルール遵守は自己宣誓制で、また・すべて守られなければドグマ映画として認定されないという訳ではない・また先端技術を拒否すること自体に絶対的な意味がある訳ではないのですが、厳しい制約を設けることにより、映画本来の価値を高めるのに大きく貢献した運動と言えます。2008年にサイトが閉鎖され活動は実質的に終了していますが、ドグマ95は、逆説的に新しいテクノロジーの大胆な導入を可能にしたと言われています。即ち、一旦、デジタル技術を否定し、映画の本質を追求することにより、ゴテゴテした効果ではなくデジタル技術による低予算化と、省力化によりDIYスピリッツを得たということです。また、ルールを明確化し、実力で勝負できる土俵を作ったことにより、本作や「ある愛の風景」(2006年)、「アフター・ウェディング」(2008年)などを監督、「未来を生きる君たちへ」(2010年)でアカデミー外国語映画賞を受賞したスサンネ・ビアや、「17歳の肖像」(2009年)のロネ・シェルフィグなどの優れた女性監督を輩出したこともドグマ95の功績と言えます。技術が変わっても、映画には変わらない基本がありますが、ドグマ95はその後のドキュメンタリーなどにも影響していると思われます。例えば、・「ビルマVJ 消された革命」(2008年)・「100,000年後の安全」(2010年)・「アクト・オブ・キリング」(2012年)・「ルック・オブ・サイレンス」(2014年)・「アルマジロ」(2015年)などの優れたドキュメンタリーが、何故、小国デンマークから続出するのか不思議だったのですが、ドグマ95の影響を受けたリアリズム表現と考えれば腑に落ちます。ソニア・リクター(セシリ)デンマークの女優。事故の被害者の婚約者を演じる。不倫の後ろ暗さを感じさせない、ひたむきで純粋な23歳の女性を好演している。マッツ・ミケルセン(ニルス)デンマーク・コペンハーゲン出身の俳優。国立演劇学校で学び、短編映画数作に出演した後、1996年に「プッシャー」で長編映画デビュー。「キング・アーサー」(2004年)でハリウッド進出、「007 カジノ・ロワイヤル」(2006年)で悪役ル・シッフルを演じ、世界的に知られる。「偽りなき者」(2012年)で、第65回カンヌ国際映画祭男優賞を受賞。加害者の夫を演じる。ニコライ・リー・カース(手前、ヨアヒム)デンマーク出身の俳優。デンマークの映画に多く出演、スザンネ・ビア監督の「ある愛の風景」(2006年)にも出演している。事故の被害者を演じる。パプリカ・スティーン(マリー)デンマーク出身の演技派女優。事故の加害者であり、夫の不倫の被害者を演じる。被害者の婚約者に吐く、「家庭を奪わないで。(夫が贈った)家具の代金は払えないわ。」というセリフは強烈。【サウンドトラック】OPEN HEARTS(しあわせな孤独)オリジナル・サウンドトラックCD(楽天市場)アングン(歌)1. カウンティング・ダウン2. オープン・ユア・ハート3. リトル・シングス4. ブルー・サテライト5. エンド・オブ・ア・ストーリー6. アイム・ユア・ミラー7. プレイ8. アイ・ウォナ・ハート・ユー9. ネイキッド・スリープ10. アイ・ウォナ・ハート・ユー (ニールズ・ブリンク・クラブ・ミックス) (BONUS TRACKS) 11. オープン・ユア・ハート (アカペラ・エディット) (BONUS TRACKS)【撮影地(グーグルマップ)】セシリが住む家セシリは三階に住んでいる。ヨアヒムが入院した病院ニルスが医師として勤務する病院でもある。ニルスとセシルが散歩した公園妻の弟夫妻と出くわし、ニルスが当惑する。 「しあわせな孤独」のDVD(楽天市場)【関連作品】スザンネ・ビア監督 x マッツ・ミケルセン コラボ作品のDVD(楽天市場) 「しあわせな孤独」(2004年) 「アフター・ウェディング」(2008年)スザンネ・ビア監督作品のDVD(楽天市場) 「ある愛の風景」(2006年) 「未来を生きる君たちへ」(2010年)マッツ・ミケルセン出演作品のDVD(楽天市場) 「ウィルバーの事情」(2002年) 「007 カジノ・ロワイヤル」(2006年) 「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」(2012年) 「偽りなき者」(2012年) 「メン&チキン」(2015年)その他おすすめデンマーク映画のDVD(楽天市場) 「バベットの晩餐会」(1983年) 「モルグ/屍体消失」(1994年) 「プッシャー 」(1996年) 「ゼイ・イート・ドッグス」(1999年) 「ストリングス〜愛と絆の旅路〜」(2004年) 「ビルマVJ 消された革命」(2008年) 「100,000年後の安全」(2010年)「アクト・オブ・キリング」(2012年) 「ルック・オブ・サイレンス」(2014年) 「ある戦争」(2015年) 「アルマジロ」(2015年)
2016年10月25日
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「マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり」(原題:Man Up)は、2015年公開のイギリス・フランス合作のロマンティック・コメディ映画です。ベン・パーマー監督、テス・モリス脚本、サイモン・ペッグ、レイク・ベルら出演で、ロンドンの街を舞台に彼氏いない歴4年、下ネタ大好きな34歳のこじらせ女と、元妻に未練タラタラ、夢を語る40歳のバツイチ男がブラインドデートで出会い、嘘だらけの関係がトラブルに発展する大騒動の一日を描いています。「マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ベン・パーマー脚本:テス・モリス出演:サイモン・ペッグ(ジャック) レイク・ベル(ナンシー) ロリー・キニア(ショーン) ケン・ストット(バート、ナンシーの父) ハリエット・ウォルター(フラン、ナンシーの母) オリヴィア・ウィリアムズ(ヒラリー、ジャックの元妻) シャロン・ホーガン(エレイン、ナンシーの姉) オフィリア・ラヴィボンド(ジェシカ、ジャックのデート相手) スティーヴン・キャンベル・ムーア(エド、ヒラリーの彼氏) ポール・ソーンリー(アダム、エレインの夫) ディーン=チャールズ・チャップマン(ハリー) ほか【あらすじ】34歳になっても結婚相手はおろか、4年も彼氏がおらず、家族にも心配されるナンシー(レイク・ベル)は、両親の結婚40周年パーティーに向かう途中に、40歳のバツイチ男ジャック(サイモン・ペッグ)にブラインドデートの相手と間違われてしまいます。相性が良さそうな彼との出会いをふいにしたくなかったナンシーは、自身をデートの相手と偽り、二人は楽しい時間を過ごします。しかし、そんな嘘がバレないはずはなく、ナンシーがジャックに真実を打ち明けると、ジャックは怒りをあらわにしますが、元妻に浮気をされた挙句に捨てられた彼は、元妻に新しいデート相手を見せつけてやろうと、ナンシーにデート相手のふりをして欲しいと頼みます・・・。【レビュー・解説】しっかりと構成された脚本をレイク・ベルとサイモン・ペグが好演、真面目で、可笑しくて、刺激的な、晩婚や離婚が多い時代にマッチした、ロマンスとコメディのバランスがとれたロマンティック・コメディです。ナンシーがちゃっかりジャックを騙したり、それがバレて言い争いしたり、下ネタトークもありで、レイク・ベルとサイモン・ペグの魅力を満喫させてくれるだけではなく、ロッキーさながらのランニング・シーンやスピーチで感動させてくれるロマンティック・コメディですが、そもそも「ロマンティック・コメディ」などと映画を分類するのは、ステレオタイプや偏見を生むばかりなので、不必要と言う人もいます。時代は変化と刺激を求めており、典型的なロマンティック・コメディはあまり評価されてなくなっているようでもあります。確かにこうした分類は形骸化しつつあり、例えば「世界にひとつのプレイブック」(2013年)は素晴らしいロマンティック・コメディなのですが、この作品をロマンティック・コメディと認識する人は、アカデミー賞を受賞した正統な作品と認識する人ほど多くないとも言われます。こうした傾向は従来のロマンティック・コメディの良さを楽しみたい人には悲しい限りですが、「マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり」は、ロマンティック・コメディという分類に逆らうことなく、可笑しくて、軽くて、刺激的で、機微に富み、時代に合った題材を扱っており、「ロマンティック・コメディはまだまだ行ける」と感じさせてくれる作品です。本作は軽く楽しめるロマンティック・コメディに仕上がっていますが、背景は至って真面目で、脚本を書いたテス・モリス自身が色濃く反映されています。彼女は実際にウォータールー駅の時計の下でブラインド・デートの相手と間違われた経験があります。「クレア?」と声をかけられ、「いいえ」と答えると、彼は歩き去りましたが、「いい男だったのに・・・、イエスと言えば良かった」と、恋人がいなかった彼女は思ったそうです。この出来事をきっかけに脚本を書き始めた時、彼女は33歳か34歳で、何度めかの失恋をしたばかりでした。何故、自分ばかりそんな目に遭うのか、友達はみんな結婚して赤ちゃんが生まれているのに、何故、自分はそうならないのか、彼女は何もわかっておらず、世界から隔絶されているように感じていたと言います。ナンシーにはそんなモリスが投影されており、またナンシー同様、ジャックも繊細で扱いにくく、複雑な男という設定です。モリスは自分が思っていた事を、この二人に言い合いさせたと言います。ロマンティック・コメディはただ可笑しいだけではなく、軸となる命題を持たねばならないと、モリスは言います。ロマンティック・コメディの名作と言われる「恋人たちの予感」(1989年)には、「男と女は友達でいられるか?」という命題があり、作中で繰り返し語られます。「マン・アップ!60億分の1のサイテーな恋のはじまり」の命題は、「どの時点で誰かに賭けるか?リスクを冒す価値があるか?」だと、モリスは言います。そんなこじらせ女子の(?)ナンシーをレイク・ベルが見事に演じたのですが、彼女はむしろセックス・シンボルとみなされることが多く、魔性の女、ベストドレッサー、熱い女、理想の女などのタイトルに度々ランクイン、またマリ・クレール、エル、マキシム、エスクワイヤなど、雑誌の写真にも再三登場しています。コリン・ファレルと交際していたこともあり、2013年にはタトゥ・アーチティストと結婚、一児をもうけるなど、こじらせ女子とは縁遠い存在のようですが、自身の結婚について興味深いことを語っています。「私は駒のひとつだったのよ。熱くなったわけじゃないけど、彼はいい男だった。で、引き合わせてくれた人のことを考えるわけ、「いい男と一緒にいなきゃいけないような女に見えるの?」ってね。でも、それでいいと思うの。パーティに行くのであれ、陶芸教室に行くのであれ、誰か男性とステーキを食べに行くのであれ、人生のある時点では「イエス」ということが何よりも意味があるのよ。」(レイク・ベル)レイク・ベルは、近年、コメディで才覚を現しており、また、自身で脚本を書き、監督、プロデューサーも務めるほど多才な女優ですが、テス・モリスの分身であるナンシーと、テス・モリスが脚本に設定した命題に、彼女の経験が見事に加味しています。さらに、サイモン・ペグの貢献も大きいです。実は、最初の脚本はナンシーが中心で、ジャックの存在感がなかったと言います。ペグはエドガー・ライトとの共同脚本の経験を通して異性のキャラクターがなかなか膨らまないことを知っておりおり、モリスにとって異性であるジャックのキャラクターについてアドバイスし、ジャックのキャラクターを大きく膨らましています。脚本のまとめ方に悩んでいたモリスは、友人から紹介されたビリー・マーニットの「Writing the Romantic Comedy」を参考に、見事に自分の現実的な体験をロマンティック・コメディにすり替えることに成功しています。マーニットによると、ロマンティック・コメディには7ステップの基本構造があるといい、モリスはこれに忠実に脚本を構成しています。1.設定:化学方程式(ナンシーのキャラクター設定が描かれる)2.触媒:可愛い出会い(ウォータールー駅の時計の下で間違って声をかけられる)3.第一転回点:複雑な関係(ナンシーがジェシカになりすまして、楽しい時を過ごす)4.中間点:ひっかけ(ナンシーのなりすましがバレて、ジャックと喧嘩になる)5.第二点回転:ひねり(ジャックがナンシーに恋人のふりをするよう頼み、元妻に対抗する)6.クライマックス:暗雲(???)7.解決:打倒の喜び(???)モリスは脚本家として芽がでず、一度は制作側で人の脚本を読む仕事に回りましたが、多くを読むうちに、自分の方がもう少し良く書けるかもしれないと思うようになったと言います。単身で住んでいた部屋を引き払い、親元に戻っていたモリスはアテもないまま「まともな職につくから、三ヶ月間だけ、脚本に集中させて欲しい」と言って、「マン・アップ」を執筆しました。マーニットの本を参考に書いた脚本が、サイモン・ペグの「ホット・ファズ」や「ショーン・オブ・ザ・デッド」を制作したビッグ・トークの目に止まり、サイモン・ペグとレイク・ベルがキャストされたのは、モリスにとって大きな幸運でした。タイトルの「マン・アップ」は「男になる、男を上げる」といった意味です。妻に逃げられ、傷つき、自分の年令の半分近い、若いジェシカに救いを求めるようなジャックが、男性らしく立ち直ることを意味しています。何故、ナンシー主体の「ウーマン・アップ」ではないのか、非常に興味深いのですが、考察は別の機会に譲るとして、気になるのは、ロマンティック・コメディの基本構造です。本作では成功しましたが、決まったパターンは安心して見れる一方で、マンネリに陥りやすいのも事実です。今後、繰り返して上演されるシェークスピア劇のように同じパターンを繰り返していくのか、新しいパターンに挑戦して進化していくのか、興味深いところです。サイモン・ペッグ(ジャック)イギリスのコメディアン、俳優、脚本家。1993年、ロンドンでスタンダップ・コメディアンとしてキャリアをスタート、TVやラジオも活躍。テレビシリーズ「スペースド」で、「スター・ウォーズ」おたくの主人公を演じ、脚本も書く一方、「スペースド」の監督エドガー・ライトと、共演のニック・フロストの3人で製作したホラー・コメディ「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)がヒット、その後も数々のヒット作に出演するとともに、スタートレック、ミッション・インポッシブル、スターウォーズなどの対策にも出演している。レイク・ベル(ナンシー)アメリカの女優、映画監督、脚本家、プロデューサー、モデル。「ベガスの恋に勝つルール」、「恋するベーカリー」、「抱きたいカンケイ」、「ミリオンダラー・アーム 」、「マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり」などに出演する一方で、自ら脚本を書いた半自伝的な「私にだってなれる! 夢のナレーター単願希望」(2013年)で大きく注目される。若い頃、人の話し方に興味があり、様々な話し方を録音する為に世界を回った彼女は、様々なアクセントでの話し方に強い。ロンドンで4年間、演技を勉強したという彼女のアクセントは完璧で、撮影前にロンドンに入り、イギリス英語のアクセント「入った」彼女を、スタッフは撮影が終わるまでイギリス人だと思っていたという。また、イギリス英語のアクセントに「入って」いるので、アドリブにも不自由しない。訛で話す俳優は多いが、訛で自在にアドリブをあやつる俳優は少ない。ロリー・キニア(ショーン)ケン・ストット(バート、ナンシーの父)ハリエット・ウォルター(フラン、ナンシーの母)オリヴィア・ウィリアムズ(ヒラリー、ジャックの元妻)シャロン・ホーガン(エレイン、ナンシーの姉)オフィリア・ラヴィボンド(ジェシカ、ジャックのデート相手)ポール・ソーンリー(アダム、エレインの夫)ジェリカになりすましたナンシーは、ジャックとボーリングを楽しむが・・・【撮影地(グーグルマップ)】ジャックとジェシカが待ち合わせをしたウォータールー駅の時計の下ジャックとナンシーがビールを買って飲んだ場所(サウスバンク)ジャックとナンシーが飲みに行ったバー(外観)ジャックとナンシーが飲みに行ったバー(内装)ジャックとナンシーが行ったボーリング場ジャックが本物のジェシカと会ったテラス 「マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり」のDVD(楽天市場)【関連作品】テス・モリスの脚本執筆の参考書(楽天市場) ビリー・マーニット著「Writing the Romantic Comedy」テス・モリスが参考にしたロマンティック・コメディのDVD(楽天市場) 「月の輝く夜に」(1987年) 「恋人たちの予感」(1989年) 「恋愛小説家」(1997年)テス・モリス/サイモン・ペグが好きな最近のロマンティク・コメディのDVD(楽天市場) 「ラブ・アゲイン」(2011年) 「あなたは私の婿になる」(2009年) 「世界にひとつのプレイブック」(2011年)レイク・ベル出演作品のDVD(楽天市場) 「私にだってなれる! 夢のナレーター単願希望」(2013年) 「天才犬ピーボ博士のタイムトラベル」(2014年)サイモン・ペグ出演作品のDVD(楽天市場) 「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004年) 「ホットファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」(2007年) 「スター・トレック」(2009年) 「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(2011年) 「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」(2013年) 「スター・トレック イントゥ・ダークネス」(2013年) 「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」(2015年)「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」(2015年)
2016年10月25日
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「サウルの息子」(原題:Saul fia、英題:Son of Saul) は、2015年のハンガリーのドラマ映画です。ネメシュ・ラースロー監督、メシュ・ラースロー/クララ・ロワイエ共同脚本、ブダペスト出身の詩人ルーリグ・ゲーザら出演で、第二次世界大戦中のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を舞台に、ゾンダーコマンドのユダヤ系ハンガリー人サウルに起きる一日半の出来事を描いています。第68回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でグランプリを受賞、第88回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した作品です。「サウルの息子」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ネメシュ・ラースロー脚本:ネメシュ・ラースロー/クララ・ロワイエ出演:ルーリグ・ゲーザ(サウル) モルナール・レヴェンテ(アブラハム) ユルス・レチン(ビーダーマン) トッド・シャルモン(顎鬚の男) ジョテール・シャーンドル(ニスリ医師) ほか【あらすじ】1944年10月。ユダヤ系ハンガリー人サウル(ルーリグ・ゲーザ)は、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で同胞であるユダヤ人の屍体を処理する特殊部隊ゾンダーコマンドの一員です。ある日、サウルはガス室で生き残った息子とおぼしき少年を発見しますが、少年はすぐさま殺されてしまい、解剖の対象に指定されます。少年の遺体をユダヤ人の囚人医師ミクローシュ(ジョーテール・シャーンドル)に届けるよう命令されたサウルは、彼に頼み込んで解剖を阻止、ユダヤ教に則って埋葬するためラビを探して収容所内を奔走します。同じゾンダーコマンドの隊員アブラハム (モルナール・レヴェンテ)はカポ長のビーデルマン(ウルス・レヒン) に反乱計画に加わるよう打診しますが、ビーデルマンは収容所の惨状を写真に記録し、それを外に持ち出して助けを求める計画を支持します。友人ヤンクル(フリッツ・アッティラ)から別のゾンダーコマンド部隊に「背教者」と呼ばれるラビがいることをサウルは知ります。撮影の援助を申し出たサウルは別の囚人とともにカメラの隠された小屋に向かい、錠前を直すふりをしている間に別の囚人が死体焼却の現場を撮影します。サウルは別のゾンダーコマンド部隊を乗せる為に到着したトラックに紛れ込んで同乗、トラックは付近の川辺に行き、囚人たちはそこで焼却された死体の灰を川に捨てるよう命令されます。川辺でサウルは「背教者」を見つけますが、彼はサウルを助けるのを拒否、サウルが迫ると入水を試みます。サウルは背教者を救い、二人は親衛隊曹長ブッシュ(クリスティアン・ハルティンク)の許に連行されます。尋問の後、サウルは部隊に戻ることを許さますが、背教者は処刑されます。アブラハムから指示を受けたサウルは女性収容所に向かい、エラ (ヤカブ・ユリ) という女性から火薬を収集します。戻る途中、サウルは収容所に着いたハンガリー系ユダヤ人の大群に巻き込まれます。彼らは歩かされた先の森で射殺・焼却されます。ラビだと名乗る男ブラウン (トッド・チャーモント)に出会ったサウルは、彼にゾンダーコマンドの服を着せて収容所に連れ込みますが、火薬を紛失してしまいます。その夜、親衛隊曹長ヴォス(ウーヴェ・ラウアー)の部屋でビーデルマンが囚人のリストを出すよう命令されるのを見たサウルは、所属する部隊の死期が近いことを覚ります。ビーデルマンが親衛隊に殺されたことが分かると、アブラハムら囚人たちは反乱を起こします・・・。【レビュー・解説】ナチスの強制収容所で働くゾンダーコマンドの目を通して、強制収容所での仕事やレジスタンス活動など、絶望の淵での彼らの生活を生々しく描いた、史実に基づくフィクションです。ゾンダーコマンドは、第二次世界大戦中にナチスが強制収容所の囚人で組織した労務部隊で、多くの場合、収容所に連れて来られた時に強制されたユダヤ人からなります。主な仕事はガス室などで殺されたユダヤ人の死体処理で、囚人の中には作業中に自分の家族の遺体を見つけることもあったといいます。彼らは一般の囚人よりも良い待遇にあり、別のバラックに住み、ガス室に送られた囚人から回収した煙草や薬、食べ物を入手できました。ゾンダーコマンドはナチスが秘密裏に行う大量虐殺を知る為、一般の囚人から隔離され、外部への情報漏えいを防ぐ為に3か月から1年ほどで殺され、新しいゾンダーコマンドと入れ替えられました。各収容所ではこのサイクルが繰り返され、終戦まで生き残ったゾンダーコマンドはごくわずかです。女性囚人たちが数か月に渡り、収容所内の軍需工場から火薬を少しずつ盗み、小さな布や紙に包んで体に隠し、警備の目をかいくぐりながら衣類格納庫で働くレジスタンスに渡し、ゾンダーコマンドに届けるなど、レジスタンス活動が行わることもありました。収容所のレジスタンスから自分たちが処刑されると知らされたゾンダーコマンドが、反乱を起こしたこともあります。収容所のゾンダーコマンドが筆記用具やカメラなどを手に入れ、収容所内の様子を記録することもあり、これらの情報は収容所内の火葬場近くなどの地面に埋められ、戦後、掘り起こされました。記録の一部は「Des Voix Sous La Cendre」(「灰の下からの声」、別題「アウシュビッツの巻物」)というタイトルで出版されました。ネメシュ・ラースロー監督は、この本に触発されて本作を制作したといいます。この本には、彼らの日常の作業、どのように仕事が組織され、どのようなルールで収容所が運営され、ユダヤ人が虐殺されていったか、彼らがどのようにしてレジスタンス活動を行ったかが記述されていました。この本に触発されて「サウルの息子」を制作したネメシュ・ラースロー監督は、・ガス室で死なずに生き残った囚人・ゾンダーコマンドが自分の家族の遺体を処理・レジスタンスの組織化・外部に知らせるための写真撮影・自分たちが処刑されることを知ったゾンダーコマンドの反乱など実際にあった話を折り込みながら、アウシュビッツで反乱が起きた1944年の10月6日から7日の一日半を描いていおり、実在した人物も登場しています。ラースロー監督はこれらの話をヒロイックに描くことはせず、ゾンダーコマンドがさまよった絶望の淵を描いています。彼らは一般囚人とは別のバラックに住み、ガス室に送られた囚人から回収した煙草や薬、食べ物を入手できるといえ、ナチスによる大量虐殺に強制的に組み込まれて同じユダヤ人の死体処理という悪夢のような仕事をしながら、何ヶ月か命が延びるだけに過ぎません。レジスタンス活動も行われますが、ガス室の犠牲者の中から息子の死体を見つけだしたと信じた主人公のサウルは、ユダヤ教のタブーである火葬から遺体を救い出し、ラビにカディッシュを唱えてもらって埋葬しようとします。強制収容所という地獄では無意味に思える彼の行動を軸に、収容所内の非人間的な所業やレジスタンス活動が描かれています。「収容所を描いた映画にいつも失望していたからです。それらの映画はサバイバルやヒーローのストーリーを作ろうとしているのですが、それは過去を神話的概念で再構築することだと私は思うのです。ゾンダーコマンドの記録は逆に、具体的で現実的で確実です。彼らは、死の工場の“正常な”働きについて、その組織、ルール、作業のリズム、シフト、偶然、最大の生産力について、詳細に記述しています。実際に親衛隊は、死体を指すときは「シュトゥック」(部品、パーツ)という言葉を使っています。死体がこの工場の生産品なのです。これらの記録によって、私は虐殺収容所の亡者の目ですべてを見られるようになりました。」「私はこの題材を物語るにあたり、文明社会が自身を破壊に導いてしまうそのプロセスを描きたいと思いました。人間性を失った危うい社会システムの案内役、それがゾンダーコマンドなのです。彼らはいわば、地獄の淵で生存することを許された特殊な人々。すぐに死にゆく収容者たちとは違い、肉体的でなく、精神が破壊されていく極限状態に見舞われた人々ともいえるでしょう。そんな彼らが一体どう生きていたかを克明に描くことで本作の存在意義が際立つと思ったのです。」(ネメシュ・ラースロー監督)「ショア」(1985年)で、同じくゾンダーコマンドを描いたクロード・ランズマン監督は、「サウルの息子を評して、次のように語っています。「ゾンダーコマンドであるということはどういうことなのか、強い現実感を与える映画です。メロドラマではありません。ゾンダーコマンドに対して非常に謙虚な気持ちで描かれています。」<ネタバレ>最初の脚本では、サウルの息子は疑いなくサウルの息子でしたが、ルーリグ・ゲーザがそうとは信じず、次第にあいまいになったと言います。それでは何故、サウルは息子ではないかもしれない子供の埋葬に躍起になったのでしょうか?ユダヤ教には地獄に落ちるという概念がないと言います。サタンが支配する現世、あるいは他民族や異教徒が理想のエルサレムの実現を妨害する現世が地獄なのかもしれません。ユダヤ教では「最後の審判」によってサタンの支配に終末が訪れ、異教徒や他民族が滅んだ楽園エルサレムが実現します。人々はよみがえり、裁きによってある者は永遠の命を受け、ある者は限りなき恥辱を受けますが、いずれにせよ、死者は生前の姿で復活するのでユダヤ教の埋葬は火葬ではなく土葬です。息子ではないかもしれない子供の埋葬にサウルがこだわったのは、最後の審判でナチスが滅んだ後、子供たちが復活することを願ったのかもしれません。ラストシーンで見知らぬ子供と目が会いサウルが微笑むのも、そんなサウルの気持ちを象徴しているとも言えます。ラースロー監督が描いたのは、まさにこの世の地獄でした。サウルの息子ではないかもしれない子供の土葬は、ゾンダーコマンドとして現世の地獄を生きたサウルが子どもたちの復活を託す、唯一の夢だったのかもしれません。<ネタバレ終わり>ルーリグ・ゲーザ(サウル)ネメシュ・ラースロー監督は思い立って、ブルックリンに住む、ハンガリー人の友人で詩人のルーリグ・ゲーザを脇役のオーディションに招待した。サウルには別の俳優がキャストされるところであったが、ルーリグが主役として完璧であることに気づいた。ルーリグに演技経験はあったが、1980年代以降、まった演技しておらず、これが長編デビュー作となった。モルナール・レヴェンテ(中央、アブラハム)ユルス・レチン(左、ビーダーマン)トッド・シャルモン(顎鬚の男)ジョテール・シャーンドル(左、ニスリ医師)【関連動画(YouTube)】同様なスタイルで制作されたネメシュ・ラースロー監督の短編「Türelem」(忍耐) 「サウルの息子」のDVD(楽天市場)【関連作品】ネメシュ・ラースロー監督が触発された証言集(楽天市場) 「Des Voix Sous La Cendre」(「灰の下からの声」、別題「アウシュビッツの巻物」)ネメシュ・ラースロー監督が触発された映画のDVD(楽天市場) 「炎628」(1985年)ゾンダーコマンドを描いた作品のDVD(楽天市場) 「ショア」(1985年) 「灰の記憶」(2001年)
2016年10月22日
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「アルマジロ」(原題:Armadillo)は、2010年公開のデンマークのドキュメンタリー映画です。ヤヌス・メッツ監督が、国際平和活動(PSO)の一環でデンマーク陸軍からアフガニスタン南部のアルマジロ前線基地に派遣された若い新兵たちを、7か月間に渡って密着取材したものです。2010年カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリを受賞した作品です。 「アルマジロ」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ヤヌス・メッツ出演:メス ダニエル キム ラスムス 小隊長ラスムス ほか【あらすじ】2009年、クデンマーク陸軍近衛驃騎兵連隊の兵士メスやダニエルらは10日間の訓練の後、国際平和活動(PSO)の名の下にアフガニスタンのヘルマンド州ゲレシュク付近のアルマジロ前線基地へと向かいます。アルマジロ前線基地はNATOが統率する国際治安支援部隊(ISAF)の一つでイギリス軍とデンマーク軍が駐留しています。イギリス同様、ISAF支援国であるデンマークは警戒エリアでパトロールを担当しています。平和な都市生活から前線基地での軍務についた彼らは、タリバンの拠点まで約1キロの場所で穏やかな日々を送りますが、偵察活動という戦争の日常の中、やがてタリバンとの交戦を繰り返すうちに若い兵士たちは好戦的になっていきます・・・。【レビュー・解説】初めて前線に送り込まれた若い兵士たちの心境の変化と、兵士のヘルメットに装着されたカメラで捉えたタリバンとの激しい交戦シーンが現代の戦争をリアルに浮かび上がらせる、緊迫感溢れるドキュメンタリー映画です。暴力的で血なまぐさい実戦を経験した若い兵士たちが、戦闘の様子や戦友との強い絆や一体感について生き生きと話し、緊迫した戦地を懐かしく思っては、戦地へ戻りたがるといいます。これを不思議に思っい、兵士たちと同じ目線で映画を撮りたくなったというヤヌス・メッツ監督は、このドキュメンタリーで、・初めて前線に派遣された普通の若者が兵士に変わっていく様子・ヘルメット・カメラによるタリバンとの激しい交戦シーン・深い傷を負って這いずり回るタリバン兵を、銃の乱射で殺害した疑惑・帰国後、多くの若者が再度、前線に復帰することを描いています。彼らが従事する国際平和活動(PSO:Peace Support Operations)は、日本人にとっても馴染みの深い国際平和維持活動(PKO)を含む国連が定義する広範な活動で、以下を含みます。・平和創造(PM:Peacemaking )・平和構築(PB:Peacebuilding )・平和維持(PK:Peacekeeping)・平和強制(PE:Peace Enforcement)・紛争予防(CP:Conflict Prevention )・人道的活動(HO:Humanitarian Operations )国際社会の承認が必要などの制約はありますが、中には武装した軍隊が行う活動もあり、戦闘を伴います。国際平和活動という穏やかな名称とは裏腹に、アルマジロで激しい戦闘が行われているこの為です。なお、アフガン紛争に関しては、日本も海上自衛隊の補給艦と護衛艦を派遣、多国籍軍に燃料補給するとともに、アフガン難民に救援物資を運搬しました。一人の兵士は、初めて戦場に向かう前に「沢山のことを学べる。大きなチャレンジだし、冒険でもある。」と戦場に行く理由を家族に説明しますが、そこに好戦的な様子は見られません。むしろ、どこにもいるような内気な青年の風情です。それが戦地に赴き、戦闘を繰り返すうちに、精悍な面持ちに変わっていきます(ドキュメンタリーではタリバンとの交戦が、2-3回、描かれていますが、派遣期間には30回以上の交戦があった)。アルマジロでは死傷者も出ます。地雷を踏んだ仲間は、両足と股間を損傷、両足切断の手術を受けます。さらに、デンマークから派遣された兵士が三人、爆弾による攻撃で死亡します。同様の攻撃が基地に及ぶのを未然に防ぐため、部隊は先手を打つことに事に決めますが、進軍中にタリバンと交戦状態となり、一人が腕に、もう一人が腿に被弾します。タリバンとの交戦は兵士のヘルメットに装着されたカメラで撮影されていますが、ここで問題のシーンとなります。わずか、10メートルほど先の溝にタリバン兵が潜んでいることがわかり、これを手榴弾で攻撃、続いて銃で掃射します。前後の会話から、深い傷を負って這いずり回るタリバン兵を、銃の掃射で殺害した疑いが示唆されます。ジュネーブ諸条約により、降伏者、捕獲者、負傷者、病者、難船者、衛生要員、宗教要員、文民の非戦闘員は、保護対象であり、攻撃することは禁止されています。これを無視して危害を加えることは戦争犯罪になりますが、この映画には証拠となる映像はありません。戦争犯罪か、否かは、別にしても、若者たちの発言は赤裸々です。「家の人が理解に苦しむと思う。僕らの行動が・・・、なぜ人の命を奪うのか」(メス)「部外者は鼻で笑って俺たちのことをキチガイだの人殺しだの言うだろうけど、俺は正しいことをやった」(ダニエル)「なんか あいつらガンガン殺っても、もう罪の意識とか感じないかも。まだ野良犬を殺した方が悪いことしたと思いそう。」(キム)「俺はあの子の死(発射した爆弾に巻き込まれて死亡)でもう悩まない。派遣されて来たんだ。故意にやったんじゃない。任務を遂行したんだし、また同じことも起こる。仕方ない」(ラスムス)「負傷したとき、ものすごい爆発音がして砂と埃の世界になった。口の中が石と血だらけで、他のことはよく覚えていない。搬送中のヘリの中で意識が戻って、今どんな姿?また戻れるのか?ともかくアルマジロに戻って みんなの前で"俺は死なねぇぜ"っていうんだ、とか考えていた」(小隊長ラスムス)ヤヌス・メッツ監督は「戦争中毒」が、若者たちをこれほどまでにアグレッシブにしていると言います。彼も、仲間に死傷者出て若者たちの生命が脅かされる状況を描いていますが、「レバノン」(2010年)の監督で、自身もイスラエルのレバノン侵攻に従軍した経験のあるサミュエル・マオズは、これを「戦争の罠」と言います。「これは戦争の罠です。生きるためには殺すしかないのです。普通の人は殺すことができません。サイコパスにでもならなければ殺せません。戦争の罠は、人々をこの状況に落とし込むことです。後は、時間の問題、1日か2日で生まれ変わります。我々の最も原始的な生存本能が働き、麻薬のようにすべてをコントロールします。抵抗できません。最初に味覚をほとんど失います。好き嫌いを言わずになんでも食べる必要があるからです。そして、視覚と聴覚が鋭敏になります。それから、わずか30分しか眠る必要がないことに気づきます。人の道など考えません、これが戦争の罠です。国の為や家族の為に戦っているのではない、自分自身の為に戦っているのです。」(サミュエル・マオズ)彼らがアルマジロでの任務を終えて帰国し、映画は終わりますが、最後にテロップで・小隊長ラスムス:2011年にアルマジロに戻る・キム:2011年にアルマジロに戻る・ラスムス:除隊・ダニエル:2011年にアルマジロに戻る予定・メス:アルマジロに戻ることを希望と出ます。仲間に死傷者が出るほど危険な戦地に何故、多くの若者が戻りたいという理由について、ヤヌス・メッツ監督は次のように語っています。「兵士たちが帰国後に陥る心的外傷後ストレスです。彼らは、トラウマによるストレスのさなか、それを押さえ込もうとしますが、同時に大量のアドレナリン類が分泌されます。馬鹿げた例えですが、ローラー・コースターのようなものです。終わってしまえば、ほっとして汗が出ます。ヒステリックに笑い飛ばします。極端な例ですが、これがドラッグのように作用する人もいます。兵士にもそういう人がいます。「これは何度も繰り返さなければならないことだ」と、言い聞かせなければならないからです。これは若い人にとって、とても重要な視点です。私たちが探し求めているもの、気にかける人々への愛情や友情の強さです。これが戦争に行けば、何百倍にもなる。兵士たちがいつも戦争で培った友情を口にし、そのようなことは二度とないと言うのはその為です。生きているという強い実感、それが兵士達が戦場に戻る理由のひとつです。」極限状態の中では、兵士の間にお互いを守るという強い絆ができていき、例え、自分が血を流しても仲間や部下を守ろうとするようになります。それは生死を共にする者だけが持つ強い信頼感で、家族や恋人同士以上のものであると言う兵士もいると言います。アフガニスタンの別の前哨基地のドキュメンタリー「レストレポ」(2010年)を監督したセバスチャン・ユンガーも、兵士たちが懐かしむのは普通の社会での友情とは異なる仲間たちとの強い絆であり、一般社会に戻ってきて感じる疎外感が彼らを苦しめていると、語っています。ここまで赤裸々なドキュメンタリーの公開を許したデンマーク軍の情報公開のオープンさに驚嘆しますが、個人が特定できる形で交戦規則違反の疑惑を描いている点については、議論が分かれるのではないかと思います。戦場の生々しいドキュメンタリーがかくもリアルに観ることができる時代になりましたが、交戦規則の遵守徹底を願うせよ、彼ら個人を責めたところで戦争はなくなりません。むしろ、彼らをそうした場所に送り込む戦争そのものに目を向けていくべきでしょう。2010年にテロ対策特別措置法が失効した為、日本は現在支援を行っていません。これまで日本はアメリカの傘の下で反戦だけを訴えていれば良かったのですが、EUや中国が台頭する中、特に9.11以降、世界の警察と言われたアメリカの影響力がやや衰えているようでもあります。一方で、世界各地でテロ事件が続発、日本人も犠牲になっています。東シナ海で了解の問題がくすぶる一方で、北朝鮮は核ミサイルで武装する動きです。反戦を論うのは容易ですが、こうしたドキュメンタリーを観れば観るほど、日々刻々変化する国際情勢の中で実際にどうしたら戦争をなくすことができるのかが、むしろ問われているような気がします。避難する住民たち交戦があるたびに住民は村から避難する。爆弾で負傷した小隊長デンマークの病院で治療を受けたが、その後、アルマジロ全身基地に復帰した。仲間の兵士が地雷を踏む両足、股間、腹部を損傷、呼吸困難に陥るも、幸い内蔵を損傷しておらず、一命をとりとめた。手術で両足を切断。地雷の探知タリバンが隠れた民家に踏み込む前に、地雷が仕掛けられていないかチェックする。罠かもしれないのだ。連合軍は、地雷や車に仕掛けられた様々な爆弾に悩まされているという。民家に隠れたタリバンを捜索する兵士たちいつ撃たれるかわからない、緊迫した一瞬。腕を撃ち抜かれた兵士直後で興奮しているのか、それほど痛がる素振りがない。この後、ヘリコプターで搬送された。銃弾で腿を撃ち抜かれた兵士この兵士も直後で興奮しているのか、それほど痛がる素振りがない。この後、ヘリコプターで搬送された。【撮影地(グーグルマップ)】アルマジロ前線基地(アフガニスタン)現在はブドワン(Budwan)前線基地と名称が変わっている。 「アルマジロ」のDVD(楽天市場)【関連作品】アフガン戦争を描いた映画のDVD(楽天市場) 「グアンタナモ、僕達が見た真実」(2007年) 「レストレポ 前哨基地 Part 1」(2010年) 「レストレポ 前哨基地 Part 2」(2010年) 「ローン・サバイバー」(2014年)
2016年10月18日
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「スポットライト 世紀のスクープ」(原題:Spotlight)は、2015年公開のアメリカの伝記的社会派ドラマ映画です。トム・マッカーシー監督・共同脚本、マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムスら出演で、2003年にピューリッツァー賞を公益報道部門で受賞した「ボストン・グローブ」紙の報道の実話に基づき、米国の新聞社の調査報道班として最も長い歴史を持つ同紙「スポットライト」チームによる、ボストンとその周辺地域で蔓延していたカトリック教会の神父による児童への性的虐待とそれを隠蔽してきた組織を追及する報道の顛末を描いています。第88回アカデミー賞では、作品賞、監督賞、助演男優賞 (マーク・ラファロ)、助演女優賞 (レイチェル・マクアダムス)、脚本賞、編集賞の6部門にノミネートされ、作品賞と脚本賞を受賞した作品です。 「スポットライト 世紀のスクープ」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:トム・マッカーシー脚本:ジョシュ・シンガー/トム・マッカーシー出演:マーク・ラファロ(マイク・レゼンデス、スポットライト記者) マイケル・キートン(ウォルター"ロビー"ロビンソン、スポットライトのデスク) レイチェル・マクアダムス(サーシャ・ファイファー、スポットライト記者) リーヴ・シュレイバー(マーティ・バロン、グローブ紙編集長) ジョン・スラッテリー(ベン・ブラッドリー・ジュニア、グローブ紙部長) ブライアン・ダーシー・ジェームズ(マット・キャロル、スポットライト記者) スタンリー・トゥッチ(ミッチェル・ガラベディアン、弁護士) ジーン・アモローソ(スティーヴ・カークジャン 、グローブ紙総合調査記者) ジェイミー・シェリダン(ジム・サリヴァン、教会側の弁護士) ビリー・クラダップ(エリック・マクリーシュ、弁護士) モーリーン・キーラー(アイリーン・マクナマラ、グローブ紙コラムニスト) リチャード・ジェンキンス(リチャード・サイプ、心理療法士(電話音声)) ポール・ギルフォイル(ピート・コンリー) レン・キャリオー(バーナード・ロウ枢機卿) ニール・ハフ(フィル・サヴィアノ、聖職者による虐待被害者ネットワーク) マイケル・シリル・クレイトン(ジョー・クロウリー、聖職者による虐待被害者) ローリー・ハイネマン(コンスタンス・スウィーニー判事) ティム・プロゴシュ(ビル・カメザ理事長) ダグ・マーレイ(ピーター・カネロス、グローブ紙都市圏担当記者) ほか【あらすじ】おぞましい事件を扱いながら、実話に基づく緻密な脚本のダイナミズムと豪華なアンサンブル・キャストによる現実感のある人物描写で実在の人物や新聞の読者を称える、真摯なアプローチが素晴らしい作品です。ボストンはアメリカで最も歴史の古い街の一つで、アメリカの独立後、主要な海港と製造業の中心地となり、イギリスの影響が色濃く残るニューイングランド地方最大の都市として同地域の経済的・文化的中心地と考えられており、ニューイングランドの首都とも言われます。アメリカ最初の公立学校ボストン・ラテン・スクール、アメリカ最初の大学であるハーバード大学、アメリカ最初の地下鉄網等を擁し、文化的伝統には、r を発音しないボストン訛りや、魚介類、塩、乳製品中心の郷土料理などがあり、また、レッドソックスの本拠地であることから野球ファンの多い街です。政治的・宗教的風土には、アイルランド系アメリカ人の及ぼした影響が大きいと言われており、カトリックの人口比は約50%(全米平均は約20%)と非常に高くなっています。ボストンは犯罪映画の舞台となることが少なくありません。全米で最も強盗が多く、世襲で強盗を働くと言われたチャールズタウンのような街があることに加え、古い街並や、ニューイングランド地方独特の文化、犯罪を隠蔽するコミュニティ意識、犯罪は働いてもカトリックの教えは守るというアイルランド系ギャングの戒律が、犯罪映画の舞台としてボストンを魅力的なものにしています。そんなコミュニティ意識が強い街の地方紙が、影響力の大きいカトリック教会の不正を暴くですから、大変なことです。本作は一度、ドリームワークスが映画化権を獲得、トーマス・マッカーシー監督、ジョシュ・シンガー脚本で映画化されると2013年4月に報道されましたが、その二ヶ月後にドリームワークスが制作から手を引きます。理由は明らかにされていませんが、カトリック教会は過去に同教会を批判する題材を扱った映画「ダ・ヴィンチ・コード」をボイコットするなど非難が集中したことがあり、題材的にリスクが大きいと判断したと言われています。また、トム・マッカーシーもよく理解できないとして、一度、監督を辞退したと語っています。恐らく、新聞記者たちが電話をかけながら書類の山の中から真実を探し出すという脚本に面白みを見出すことができなかったのでしょう。しかし、一年後にプロデュサーが持って来た、タイムズ傘下に入ったボストングローブ紙に新任編集長マーティ・バロンが着任するところから展開するという話に興味を覚え、先に出演が決まった活動家でもあるマーク・ラファロがマッカーシー監督の起用に熱心だったことから、引き受けたといいます。マーティの出番は少ないのですが、記者にもカトリック教徒が多く、土地柄の影響を受けているボストン・グローブ紙において、生まれも育ちもボストンではなく、ユダヤ教徒で、野球にも興味のないアウトサイダーの新任編集長の果たす役割は大きいです。着任早々、彼は、ボストン・グローブ紙でピュリツァー賞を受賞した著名コラムニスト、モーリーン・キーラーの「カトリック教会の神父に対して80人の児童性的虐待の告発があるのに教会は疑惑を全面否定、証拠は裁判所が非公開にしているため真相は藪の中だ」というコラムに注目します。彼は、スポットライトのデスクや記者に本件の取材を継続する様に指示し、裁判所に情報公開を求める(実質、教会を訴える)ことについて取締役に許可を得に行きますが、これはアウトサイダーの彼でなければなかなか出来ないことです。MARTY:I’d like to challenge the protective order in the Geoghan case.GILMAN:You want to sue the Catholic Church?MARTY:We’re just filing a motion. But yes.GILMAN:You think it’s that important?MARTY:Yes. I do.GILMAN:Because, obviously, the Church will fight us very hard on this. Which won’t go unnoticed by our subscriber base. 53% of them are Catholic. MARTY:Uh, I think they’ll be interested.マーティ:ゲーガン事件の情報開示に挑戦したいと思います。ギルマン:カトリック教会を訴えたいのか?マーティ:開示請求するだけです・・・、が、そうです。ギルマン:それほど重要と思うか?マーティ:はい、そう思います。ギルマン:教会が激しく反発するのは明らかだ。当然、我々の読者も知るところになる。読者の53%はカトリックだ。マーティ:ええ、彼らは興味を持ってくれると思います。また、彼は児童性的虐待に関わっていた個々の神父ではなく、カトリック教会の組織的な隠蔽に焦点を当てるよう記者たちを諭します。MIKE:You’re telling me we run a story about fifty pedophile priests in Boston -- MARTY:We’ll get into the same cat fight you got into on Porter, which made a lot of noise but changed things not one bit. We need to focus on the institution not the individual priests.マイク:ボストンの50人もの小児愛性聖職者の記事を書けと・・・マーティ:ポーターの事件と同じ猫の喧嘩になる。騒がしいが何一つ変わらない。個々の聖職者ではなく、仕組みにフォーカスする必要がある。 しかし、映画ではリーヴ・シュレイバー扮するマーティ・バロンが主役というわけではありません。マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、ジョン・スラッテリー、ブライアン・ダーシー・ジェームズ、スタンリー・トゥッチらの錚々たる俳優が、スクープをものした記者たちや、被害者の救済に尽力した弁護士を、アンサンブル・キャストで演じています。彼らは、特別なヒーローというよりは、その辺にいそうな熱血漢、親父、若い女性や変わり者といった感じです。撮影に当たっては、当時のボストン・グローブ職員の全面的な協力を得て、オフィスの内部をカナダのトロントに再現するだけではなく、俳優たちが自分が演じる実在の記者に会ってリアルな役作りをしており、また彼らは撮影の現場にも立ち会っています。スポットライトの記者、マイク・レゼンデスを演じるマーク・ラファロは、実在のマイク・レゼンデスにあったとき、話し方を正確に再現するためにレゼンデスの声を iPhone で録音したと言います。さらに撮影の合間には、現場に待機するレゼンデスに彼のセリフを言ってみるように求め、誰かに叫んでみてくれと頼んだこともあると言います。「マーク・ラファロが僕の5ヶ月間を再現するのは、まるで大きな鏡に映った自分自身を見ているようで楽しかった。」(マイク・レゼンデス) マイケル・キートンはこの役を引き受けた時に、ボストン訛を心配したと言います。事前に実在のウォルター・ロビンソンのビデオや録音テープで研究したキートンは、彼の近くに住むロビンソンに会いますが、会ったばかりになのに何でそんなに知っているのかと、ロビンソンを驚かせたと言います。キートンは実在のロビンソンを正しく学ぶために、何日も彼とともに過ごしました。マッカーシー監督からロビンソンにボストン訛りはほとんどないと聞いていたキートンは、ロビンソンが近所の人と話す時などに「r」や「ing」を発音しないことがあるのに気づき、どんな時にボストン訛りで話せば良いの悩みました。そうした細かいことが大変でしたが、キートンは基本的にロビンソンを美化するのではなく、彼のありままを演ずるように務めたといいます。キートンによると、「ロビンソンはパワフルで直接的だ。普段は愛すべきお気軽男だが、一旦、情報を得ると、いい意味で用心深くなる。それは、まるで猟犬のような格好良さだ。そんな彼の行動パターンを学んだ。」(マイケル・キートン)と言います。当時のオフィスを再現したセットで、ロビンソン本人のような風情で当時のボストン・グローブのコンピューター画面に向かうキートンを見たロビンソンは、いたく感動したと言います。「鏡を見ているよなものだよ。自分の思い通りには動かないけどね。」「自分の人格を乗っ取られたような気分だよ。もしキートンが銀行強盗を働けば、警察は私の腕に手錠をかけるだろう。」「キートンが映画で私を演じるのを見て、これまでに取材した多くの人にお詫びしたくなったよ。」(ウォルター・ロビンソン) レイチェル・マクアダムスも、実在のサーシャ・ファイファーに多くを学んだと言います。「サーシャはとても心の温かい人よ。彼女とのやり取りは最初はメールから始まって、次に電話で話したの。それから、ボストンで会うことになったわ。私はその週末をサーシャと過ごしたの。ご主人と一緒に街を案内してくれて、私は彼女に思いつく限りの質問をしたわ。彼女についての物語をできる限り正確に伝えたい、彼女のすばらしい人柄を的確に表現したいと思ったの。彼女は途方もないことをやり遂げた人よ。彼女は自分が一番若いことや女であることを意識せず、チームの一員として認められてると感じてたの。能力は対等だし、他の人と同様にそこにいる権利があった。彼女はそのことを何度も話してくれたわ。」「彼女は今でも被害者と連絡を取り続けてるの。事件に対する彼女の取り組み方は尊敬に値するわ。彼女は人々が話を打ち明けたいと思う人なの。今は大人の男性でも、自分の感情を共有するのに抵抗のある人もいるわ。女性になら話しやすい人もいると思うけど、彼女は特に聞き役として非凡なの。彼女は温かい心の持ち主で、とても思いやりがある。だから彼女がチームにいるとたくさんの話が集まるの。」「何でも打ち明けたくなる雰囲気をもった女性なのよ。きっと取材を受けた被害者も、同じ気持ちだったはず。セリフにもあるけど、調査報道は「暗闇で真実を手探りする」ようなもの。無駄に終わる可能性があっても、ジャーナリストとしての信念を貫き通す姿には、大いに感銘を受けたわ。」「映画のなかでは、彼女の私生活はそれほど描かれないの。実際の彼女に会っても仕事が先で、プライベートは二の次の人だったわ。サーシャも家人が寝る時間に帰るので、夫と一年ほど会ってないとかザラだったって(笑)。だから、円満じゃない家庭もあるそうよ。最終的に記事が書けるまで時間がかかる、それを盲目的に信じて日々続けていかなければいけない仕事なの。」(レイチェル・マクアダムス) この映画は、安易にヒーローを作って陳腐なスクープ話や手柄話にすることはしていません。新編集長の後押しでカトリック教徒でもある記者たちが戸惑いながら困難で地道な教会告発の業務にも立ち上がる一方で、スポットライトのデスクがかつて事件を扱いながらも掘り下げないまま放置していたことも描くなど、彼らの至らない点も含めてとても現実的で人間的な描き方をしています。もともと、インターネットに押されて衰退しつつある新聞のジャーナリズムを題材に、登場人物をヒロイックに描かないとなると、物語としての面白さが欠ける危険性があります。しかしながら、本作がアカデミー賞を受賞するに至った背景には、・ボストン・グローブを単なる地方紙ではなく、タイムズ傘下の会社として捉える・先にピューリッツァー賞を受賞した有名コラムニストのコラムがきっかけとなる・染まらない見方をする、アウトサイダーの新任編集長がドライブフォースとなる・個々の神父ではなく、カトリック教会の組織的な隠蔽に焦点を当てる・戸惑いながらも、カトリック教徒の多い記者たちが勇敢に立ち上がるなど、社会や組織が動くメカニズムに添って事実を押さえた、卓越した脚本の存在があります。また、ドリームワークスが制作から撤退してからも、熱心に映画化を進めたプロデューサーの存在も忘れることができないでしょう。スポットライトのスクープに対する読者の反応は映画の中に描かれていますが、カトリック教会はどうだったのでしょうか?トム・マッカーシー監督はあからさまな反発は予測しなかったものの、「カトリック教会はなかなか変化しない、何をするにも時間がかかるんだ。誰かが 「教会側からどんな反応がくると思う?」と言った。私は、「誓ってもいいが、カトリック教会からは何の反応もないだろう」 と答えた。」(トム・マッカーシー監督)と語っています。しかし、2015年2月初めにフランシス教皇が設立した、カトリック教会内での性的虐待を防ぐことを目的とした新しい委員会は、この映画のプライベート上映とともに始動します。さらにその後、アカデミー賞作品賞の挨拶でプロデューサーのマーク・シュガーは、「この映画は被害者に声を与えました。そして、その声をさらに大きくしてくれるのがアカデミー賞です。バチカンにまで、その声が届くことを期待しています。フランシスコ教皇も子供たちを守って、そして信頼を取り戻すときです。」(マーク・シュガー、プロデューサー)とメッセージを発しますが、驚いたことに、その翌日、教皇庁が所有する日刊紙オッセルバトーレ・ロマーノが、バチカン初のオフィシャルコメントとして、同作を賞賛しました。「説得力がある。カトリック教会と対立する立場を取るものではない。」「弱い人間を食い物にする捕食者たちが、必ずしも聖職者の衣服を身に着けているわけではないし、小児性愛が必ずしも純潔の誓いから生じるわけでもない。だが、教会内のいかに多くの人間が、虐待行為の重大性よりも教会のイメージが重要だと考えていたかが明らかになった。」「前向きなメッセージとして受け取るべきだ。教会の信用はまだあり、フランシス教皇は、以前の教皇たちによって始められたことの後始末を熱心に進めている。」(日刊紙オッセルバトーレ・ロマーノ2016年2月29日社説) 改めて映画の持つ力を感じます。ピューリッツァー賞を受賞した実際のスポットライトの記者たちの努力は賞賛されて当然ですが、こうした教会の反応を見ると、監督・脚本家・プロデューサー・俳優など映画製作者たちの奇をてらわない、思慮深く真摯なアプローチも賞賛に値します。マーク・ラファロ(マイク・レゼンデス、スポットライト記者)マイケル・キートン(ウォルター・"ロビー"・ロビンソン、スポットライトのデスク)レイチェル・マクアダムス(サーシャ・ファイファー、スポットライト記者)リーヴ・シュレイバー(マーティ・バロン、グローブ紙編集長)ジョン・スラッテリー(ベン・ブラッドリー・ジュニア)ブライアン・ダーシー・ジェームズ(マット・キャロル)スタンリー・トゥッチ(ミッチェル・ガラベディアン、弁護士)【撮影地(グーグルマップ)】設定はボストンだが、セットを含めトロントでも撮影している。ボストン・グローブ社(外観)外観はボストンの実物を、内部はトロントに再現したセットで撮影している。マクリーシュ弁護士のオフィスがあるビルトロントで撮影。ガラベディアン弁護士のオフィスがあるビルボストンで撮影。サーシャがジョーに取材したカフェトロントで撮影。 「スポットライト 世紀のスクープ」のDVD(楽天市場)【関連作品】トム・マッカーシー監督作品のDVD(楽天市場) 「扉をたたく人」(2007年) 「WIN WIN ダメ男とダメ少年の最高の日々」(2011年)マーク・ラファロ出演作品のDVD(楽天市場) 「ユー・キャン・カウント・オン・ミー」(2000年)「エターナル・サンシャイン」(2004年) 「コラテラル」(2004年) 「ゾディアック」(2007年) 「キッズ・オールライト」(2010年) 「アベンジャーズ」(2012年) 「はじまりのうた」(2013年) 「フォックスキャッチャー」(2014年) 「ノーマル・ハート」(2014年)マイケル・キートン出演作品のDVD(楽天市場) 「ビートルジュース」(1988年) 「バットマン リターンズ」(1992年) 「から騒ぎ」(1993年) 「ジャッキー・ブラウン」(1997年) 「アウト・オブ・サイト」(1998年) 「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)レイチェル・マクアダムス出演作品のDVD(楽天市場) 「ミーン・ガールズ」(2004年) 「消されたヘッドライン」(2009年)「ミッドナイト・イン・パリ」(2011年) 「誰よりも狙われた男」(2014年)
2016年10月16日
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「プライベート・ライアン」(原題:Saving Private Ryan)は、1998年公開のアメリカの戦争映画です。スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス、マット・デイモンら出演で、第二次世界大戦時のノルマンディー上陸作戦を舞台に、危険を冒して1人の兵士の救出に向かう兵士たちの姿を描いています。第71回アカデミー賞で11部門にノミネートされ、監督賞、編集賞、撮影賞、音響賞、音響編集賞の5部門を受賞した作品です。 「プライベート・ライアン」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:スティーヴン・スピルバーグ脚本:ロバート・ロダット/フランク・ダラボン出演:トム・ハンクス(ジョン・H・ミラー、アメリカ陸軍大尉、第2レンジャー大隊C中隊隊長) トム・サイズモア(マイケル・ホーヴァス、一等軍曹、ミネアポリス出身、ミラーの右腕) エドワード・バーンズ(リチャード・ライベン、一等兵、自動小銃手、ライアンを嫌う) バリー・ペッパー(ダニエル・ジャクソン、二等兵、卓越した技術を持つ狙撃手) アダム・ゴールドバーグ(スタンリー・メリッシュ、二等兵、小銃手、ユダヤ系) ヴィン・ディーゼル(エイドリアン・カパーゾ、二等兵。小銃手、イタリア系) ジョバンニ・リビシ(アーウィン・ウェイド、四等特技兵、衛生兵) ジェレミー・デイビス(ティモシー・E・アパム、伍長(五等特技兵)、通訳) マット・デイモン(ジェームズ・フランシス・ライアン、二等兵、パラシュート部隊員) ほか【あらすじ】1944年6月、第2次世界大戦のさなか、米英連合軍はフランスのノルマンディで上陸作戦を決行するも未曾有の激戦で、多くの上陸部隊が命を落とします。中でも最も悲惨な戦いとなったオマハビーチでの攻防を生き延びたミラー大尉に(トム・ハンクス)に、軍の首脳から「3人の兄を戦争で失った末っ子のジェームズ・ライアン二等兵(マット・デイモン)を探し出し、故郷の母親の元へ帰国させよ」という命令が下ります。ミラー大尉は古参軍曹のホーヴァス(トム・サイズモア)、2等兵のレイベン(エドワード・バーンズ)、カパーゾ(ヴィン・ディーゼル)、メリッシュ(アダム・ゴールドバーグ)、名狙撃手ジャクソン(バリー・ペッパー)、衛生兵のウェード(ジョヴァンニ・リビジ)、ドイツ語が話せる実践経験ゼロのアパム(ジェレミー・デイヴィス)を選び、落下傘の誤降下で行方の知れないライアンを敵地へと探しに向かいます・・・。【レビュー・解説】スピルバーグ監督の演出によるかつてないほどリアルで生々しい戦闘シーンと、トム・ハンクスによるヒューマンなパフォーマンスが、反戦映画のあり方を変えたとも言われる名作です。冒頭、オマハビーチにおけるノルマンディー上陸作戦を描く20分間の戦闘シーンに度肝を抜かれます。敵の銃弾、砲弾の雨の中、上陸部隊の兵士たちがばたばたと倒れていき、全編を通じて、映る死体の数は255にも上ります。兵士の手足が吹き飛ぶ、内臓が飛び出る、炎に包まれて爆死する、海水が血の色に染まるなど、ハンディカメラのリアルな映像がドキュメンタリーのように戦場の現実を生々しく描き、戦争映画のあり方を変えた歴史に残る戦闘シーンと言われています。戦争写真家ロバート・キャパが捉えたノルマンディ上陸作戦の写真を彷彿とさせる、色飽和度を抑えたリアルな映像で、銃の銃声には本物の発砲音を録音して使用、米軍やドイツ軍の軍装には本物や正確なレプリカ、兵器・車両は可能な限り本物が使用されています。ノルマンディー上陸作戦は連合軍が2年の歳月をかけて準備、満を持して仕掛けた物量作戦で、これを機に戦局が一転、ドイツを敗戦に追い詰めていったされる歴史的な作戦です。しかしながら、歩兵部隊の上陸に先駆けて行われた空爆、艦砲射撃が、悪天候の為にことごとく的を外した為、敵の弾幕の中に次々と歩兵を送り込むことになり、最も激戦を極めたオマハビーチでは上陸部隊の約半数が戦死するという凄惨な作戦でもありました。特にミラー大尉が防御戦を突破した位置にいた部隊は、9割以上が戦死したと言われており、この映画で描かれて居る戦闘シーンは誇張ではなくなく、むしろ現実に近い、生々しいものであると言えます。「私は観衆を舞台に上げ、実戦を見たことがない子供達とともに、オマハビーチの丘を駆け上がって欲しかったのです。」(スティーヴン・スピルバーグ監督)「この映画ができて、とてもうれしい。アメリカ人の誰もがこの映画を見て、次に若者たちを戦場に送る際には、彼らをどういう場所に押し込もうとしているのかわかった上でそうすることを祈りたい。」(スティーヴン・アンブローズ、歴史家、「プライベート・ライアン」アドバイザー)「(死体の数を減らすなど)映画の質を落としたり、受け入れやすいものしたり、実際に起こったことを消し去るようであるならば、それは映画全体で伝えようとしていることを大きく貶めることになります。」(スティーヴン・スピルバーグ監督)1994年、脚本家のロバート・ロダットは、南北戦争で没したアグネス・アリソンの4人の息子に捧げられた記念碑を見ます。彼は、第二次世界大戦を舞台に、似た話の脚本を書くことを思い立ちます。第二次世界大戦の二ランド兄弟の実話を参考にした脚本は、プロデューサーを経て、トム・ハンクス、そしてスピルバーグ監督の手に渡り、映画化が決定しましたが、最終的に映画がリーリースされるまで脚本は11回、書き直されたといいます。中盤にミラー大尉らがライアンを探し当てるまで一時間余り、そしてライアンらとともにドイツ軍を迎え撃つ終盤までの約一時間は、兵士たちの個性とともに様々な戦闘やエピソードがじっくりと描かれます。どの役の人物描写も個性的で、魅力的ですが、やはり注目されるのはトム・ハンクスとマット・デーモンです。トム・ハンクスが演じるミラー大尉は、優秀な下士官ですが、ストレスの為か、時折、手の震えが止まらなくなります。トム・ハンクスは、アメリカで好感度ナンバー・ワンの俳優ですが、いわゆる職業軍人ではなく、良きアメリカ人が戦地に赴いたらと設定を見事に演じています。本作のライアン兄弟は、3人の兄全員が戦死、国防省のポリシーに基づいて残った兄弟が前線から本国に送還されたナイランド兄弟の実話を参考にしていますが、当時のアメリカの田舎の貧しい家庭では、大恐慌の余波で地元に職を得るのが難しく、収入を得る為に子供達が揃って兵士になるケースが少なくありませんでした。ノルマンディー上陸作戦で揃って戦死した双子のスティーヴンス兄弟もそんな田舎町出身ですが、同じ町から25人が出征してオマハビーチで戦っています(内、19人が戦死)。マット・デイモンはそんな田舎町の青年を好演しています。彼はたいして面白くないジョークをアドリブで言っていますが、これが田舎の青年の素朴さを良く体現しており、本編に採用されています。トム・ハンクスと顔を合わせ、対話するシーンでは、さすがオスカーの受賞者同士、映画がぐっと締まります。アパムを演じるジェレミー・デイビスもなかなかです。アパムは救出隊の中で最年少、もともと地図作成や情報処理を担当していたが、ドイツ語とフランス語が話せるため、通訳としてミラーの隊に加わります。実戦経験が無く、敵兵であっても殺害することをできませんが、ジェレミー・デイビスはそんな彼の性格を深掘りして演じています。性格俳優なのか、線が細く、気弱な役を演じると、天下一品のようです。他、「ワイルド・スピード」シリーズでブレイクした、ヴィン・ディーゼルもカパーゾ役で出演しています。イタリア系とアフリカ系の両親から生まれた彼は、演劇関係者であった義父の元で育ち、7歳から舞台を立ちますが、ハリウッドでは役を得るとができず、自分で脚本を書いて1994年に短編映画を制作、撮影期間3日間、制作費3,000ドルという超低予算でしたが、1995年のカンヌ国際映画祭で高い評価を得、スピルバーグ監督に抜擢されてされました。当時、ヴィンは31歳で年収2万ドル、ギャラも安かったようですが、ベン・スティラーやクリスチャン・ベイル、グウィネス・パルトロウらと同様、スピルバーグ作品に出演して注目されるようになりました。国民の意識高揚を狙ったものを含め、アメリカの戦争映画には第二次世界大戦を扱ったものが多かったのですが、1975年のサイゴン(現在のホーチミン市)陥落によるベトナム終戦以降、「ディア・ハンター」、「地獄の黙示録」など、ベトナム戦争を舞台にした反戦映画が主流となりました。 1974年 「ハーツ・アンド・マインズ」公開 1975年 サイゴン陥落、南ベトナムが崩壊してベトナム戦争終結 1978年 「ディア・ハンター」公開 1979年 「地獄の黙示録」公開 1986年 「プラトーン」公開 1987年 「フルメタル・ジャケット」公開 1987年 「ハンバーガー・ヒル」公開 1987年 「グッド・モーニング・ベトナム」公開 ・・・これらは強く反戦を訴える映画でありますが、時に強い閉塞感があり、やむなく兵士になった人々にさえ、行き場を与えない部分があります。そんな風潮もあってか、当初、スピルバーグ監督は危険に挑む勇敢な冒険談として描くつもりでしたが、第二次世界大戦の退役軍人へのインタビューを始めると、そのような描き方は全くもって不適切であることがわかりました。彼らにとっての戦闘は、勇敢でも冒険でもない、死に直面する、生々しい現実以外の何物でもなありませんでした。ベトナム戦争と異なり、ヒットラーを潰した第二次世界対戦は、アメリカでは必要な戦争だったと考えられています。もし、彼らが敗れていれば、ユダヤ系のスピルバーグ監督のみならずアーリア人以外は悲惨な運命を辿ったでしょう。彼らは、文字通り、身を挺してそれを防ぎ、次の世代へ命をつないだのです。スピルバーグ監督は、1998年にインタビューに答えて次のように語っています。「第二次世界大戦は、20世紀の鍵、分岐点だったと思います。それは非常にシンプルです。ベビーブーマーが生まれるか、生まれないかです。第二次世界大戦後に、私たちベビーブーマーは生まれました。私たちの世代を生んでくれた父や祖父に、十分に評価されているとは言えない父や祖父に、感謝しなければならない大きな借りがあるのです。」「私は51歳、ビルマで第二次世界大戦を戦った父は81歳ですが、私は彼を大戦から名誉ともに解放してあげたい。第二次世界大戦を単なるアクション&アドヴェンチャー映画の舞台にしたくないのです。」(スティーヴン・スピルバーグ監督)映画の最初と最後に、墓参りする老いた退役軍人の後を多くの家族がついて行きますが、これは第二次世界大戦を戦った彼らがつないだ命を象徴しています。凄惨な戦闘をリアルに描き、反戦を匂わせながらもやむなくそこで戦った名もなき人々を讃えるという、離れわざをやってのけたのがこの映画であり、反戦映画のあり方を変えたと言われる所以でしょう。スピルーバーグ監督はこれほど幅広く受けいられるとは考えていなかったようですが、凄惨な場面を扱いながらもヒューマニズムを感じさせる娯楽作品として見事にまとめ上げている点を見逃せません。この映画を反戦映画のくくりに入れることに抵抗を感じる人もいますが、アメリカの歴史、国民性を考えれば、「必要な戦争」を戦った名もなき人々を讃えることは自然なことなのかもしれません。第71回アカデミー賞で11部門にノミネートされ、5部門を受賞した作品です。・作品賞:ノミネート(スティーヴン・スピルバーグ他)・監督賞:受賞(スティーヴン・スピルバーグ)・主演男優賞:ノミネート(トム・ハンクス)・脚本賞:ノミネート(ロバート・ロダット)・劇映画音楽賞:ノミネート(ジョン・ウィリアムズ)・音響編集賞:受賞(ゲイリー・ライドストロム他)・録音賞:受賞(ゲイリー・ライドストロム他)・美術賞:ノミネート(トーマス・E・サンダース他)・撮影賞:受賞(ヤヌス・カミンスキー)・メイクアップ賞:ノミネート・編集賞:受賞(マイケル・カーン)トム・ハンクス(ジョン・H・ミラー、アメリカ陸軍大尉、第2レンジャー大隊C中隊隊長)トム・サイズモア(マイケル・ホーヴァス、一等軍曹、ミネアポリス出身、ミラーの右腕)エドワード・バーンズ(リチャード・ライベン、一等兵、自動小銃手、ライアンを嫌う)バリー・ペッパー(ダニエル・ジャクソン、二等兵、卓越した技術を持つ狙撃手)アダム・ゴールドバーグ(スタンリー・メリッシュ、二等兵、小銃手、ユダヤ系)ヴィン・ディーゼル(エイドリアン・カパーゾ、二等兵。小銃手、イタリア系)ジョバンニ・リビシ(アーウィン・ウェイド、四等特技兵、衛生兵)ジェレミー・デイビス(ティモシー・E・アパム、伍長(五等特技兵)、通訳)マット・デイモン(ジェームズ・フランシス・ライアン、二等兵、パラシュート部隊員)【撮影地(グーグルマップ)】冒頭、老いた退役軍人とその家族たちが歩く場所ノルマンディ・アメリカ人墓地の海岸側の道で撮影されている。ノルマンディ・アメリカ人墓地1944年6月8日、アメリカ陸軍によって第二次世界大戦で初めてヨーロッパに作られたアメリカ人墓地。9387人の名前が刻まれており、そのほとんどが上陸作戦で命を落とした兵士である。他に、行方不明者の壁には、1557人の名が刻まれている。同じ日、同じ場所で命を落とした人の数の多さが、戦闘の悲惨さを物語っている。オマハビーチの戦闘が撮影された海岸実際のオマハビーチでの撮影が許可されなかった為に、撮影はアイルランドで行われた。現在のオマハビーチ遠浅い海岸には杭が打たれ、その上部に機雷が設置されていた為、上陸艇は満潮時に海岸に近づくことができなかった。作戦は干潮時に決行され、上陸部隊の歩兵たちは遮るもののない砂浜で砲火にさらされる中、重い背囊を担いで長い距離を進まねばならなかった。 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2016年10月13日
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「あの日のように抱きしめて」(原題:Phoenix)は、2014年公開のドイツのサスペンス&ドラマ映画です。1961年に発表されたフランスの小説家ユベール・モンテイエの「Le Retour des Cendres」(英題:The Return from the Ashes、邦題:帰らざる肉体)をモチーフに、クリスティアン・ペッツォルト監督・共同脚本、ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルトら出演で、第二次世界大戦終戦後のドイツを舞台に、アウシュヴィッツの強制収容所から生還、ひどく傷つけられた顔を手術で復元したユダヤ人女性と、彼女に気付かない夫の再会を通して、2人の心の傷と愛の行方を緊迫感たっぷりに描いています。 「あの日のように抱きしめて」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:クリスティアン・ペッツォルト脚本:クリスティアン・ペッツォルト/ハルン・ファロッキ原作:ユベール・モンティエ「Le Retour des Cendres」 (英題:The Return from the Ashes、邦題:帰らざる肉体)出演:ニーナ・ホス(ネリー・レンツ) ロナルト・ツェアフェルト(ジョニー・レンツ) ニーナ・クンツェンドルフ(レネ・ヴィンター) ミシャエル・マールテンス(アーツト) ほか【あらすじ】1945年6月、第二次世界大戦でドイツが降伏した翌月、ユダヤ人の歌手ネリー(ニーナ・ホス)は、親友レネ(ニーナ・クンツェンドルフ)に連れられて強制収容所からドイツへ戻ります。前年の10月に収容所へ送られ銃で顔をひどく傷つけられていたネリーは、手術を受けることになりますが、「別の顔に」という医師の勧めを断って元の顔に復元します。一方、レネは、ネリーと一緒にパレスチナに移住して、安心して住めるユダヤ人の国家の建国することを夢見ています。顔の傷が回復したネリーは、生き別れた夫ジョニー(ロナルト・ツェアフェルト)を探して過去を取り戻そうとしますが、ジョニーがネリーを裏切ったと信じるレネはそれに反対します。やがてネリーは、米兵相手のクラブで清掃員として働くジョニーと再会しますが、妻が死んだと信じて疑わないジョニーは、目の前に現れた女性が妻であることに気付かず、「妻を演じてほしい。そして、妻の財産を山分けしよう」と持ちかけます。自分に気付いてもらえないことを悲しみながらも、ネリーはジョニーの言葉に従います。やがて、自分が収容所に送られた原因が夫の裏切りであることを裏付ける証言を得ますが、ネリーは何か事情があったのだろうと良い方に考えようとします・・・。【レビュー・解説】アウシュビッツから生還、夫との昔のような生活を願う妻と、妻と気づかず妻の資産の詐取をもちかける夫を描く「あの日のように抱きしめて」は、ドイツの戦争犯罪を背景にパワフルな演出・演技により作り込まれた、メロウで緊張感に溢れるフィルム・ノワール風サスペンス・ドラマです。邦題の「あの日のように抱きしめて」から連想するよりはハードな内容です。原題「Phoenix」は、原作の「Le Retour des Cendres」(直訳すると「灰の復帰」の意味)由来で、灰から復活するという不死鳥に因み、アウシュビッツから生還するネリーを象徴するとともに、劇中に登場するキャバレーの名前にもなっています。妻はアウシュビッツで死んだと信じて疑わない夫は、現れた女性が妻であることに気付かず、「妻を演じて欲しい、財産を山分けしよう」と持ちかけ、それに妻が乗る設定がスリリングです。当時の医療技術で元の顔にきれいに復元できるのかとか、目の前に自分の妻がいて気づかずにいられるのかといった疑問も、スリリングな展開と俳優たちの素晴らしいパフォーマンスを見ているうちにどこかに行ってしまいます。この設定は、1961年に発表されたフランスの小説家ユベール・モンテイエの「Le Retour des Cendres」(英題:The Return from the Ashes、邦題:帰らざる肉体)によるものですが、いざドイツでこれを映画化することは、簡単ではなかったようです。話は飛びますが、2014年のワールドサッカーでドイツ・チームが優勝した際に、ドイツ代表が優勝セレモニーで踊ったダンスが、南米などドイツ内外のメディアに人種差別だと叩かれとことがあります。So gehn die Gauchos(YouTube)So gehn die Gauchos, die Gauchos gehen so,So gehn die Deutschen , die Deutschen gehen so.ガウチョはこう歩く、ガウチョはこう歩くドイツ人はこう歩く、ドイツ人はこう歩くと歌っているのですが、ガウチョ(元々はアルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル南部やアンデス山脈東部に17世紀から19世紀にかけて居住していたスペイン人と先住民との混血住民を指すが、現在ではこの地域の住民が誇りをこめてガウチョを自称する)を猿に見立てた人種差別だと騒がれたのです。この踊りはこの式典のオリジナルでも何でもなく、XX(負けたチームの名前や土地の名前)はこう歩く、YY(勝ったチームの名前や土地の名前)はこう歩くと歌う、以前からあるサポーターの踊りで、XXとYYの部分にガウチョとドイツ人を入れただけなのです。ドイツ代表チームが不用意にサポーターの踊りを取り入れた為に、ナチスによる人種差別政策というドイツの汚点に結び付けられてしまったのですが、ここを突かれるとドイツの人はグウの音も出ません。こうしたヒットラーが残した大きな汚点に、ドイツの映画人は未だに神経質にならざるを得ません。ユベール・モンテイエの「Le Retour des Cendres」の映画化に関して、クリスティアン・ペッツォルト監督は次の様に考えています。「この手のストーリー――いわば「めまい」と強制収容所の生還ストーリーをブレンドしたようなもの――は、フランスでしか語ることができないのか、そう僕たちは自問した。そしてドイツの戦後映画について考察した――なぜドイツでは、コメディーやジャンル・フィルムが作られないのか。僕たちは国家社会主義(ナチズム)によって作り出された深淵へと繰り返し繰り返し放り込まれてしまうんだ。数年後、僕は『東ベルリンから来た女』の制作を始めた。ニーナ・ホスとロナルト・ツェアフェルトが演じる恋人たちを見ている内に、彼らを通してストーリーを語ることができるのでは、と考え始めた。それでもう一度試してみることにしたんだ。このストーリーを何とかしてドイツで語ることは可能なのか――もしできるとしたら、どうやって?と。」(クリスティアン・ペッツォルト監督)かくして、「東ベルリンから来た女」(2012年)のクリスティアン・ペッツォルト監督、ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルトの3人が、再び顔を合わせたドラマが本作です。ペッツォルト監督の脚本はシンプルで、関連するイメージや本を俳優に渡すことにより、映画を作り込んでいきます。そういう意味では、気心の知れたニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルトは強い味方です(ニーナ・ホスに限って言えば、ペッツォルト監督とのコラボは6度目)。映画は、原作を踏まえた上で、・フィルム・ノワールとして描く(ナチズムは国家による犯罪、それを許した国民も罪人)・映画で描かない部分も含めて、徹底的にキャラクターを作り込む・大まかな設定のみ原作から取り込み、プロットはドイツの状況や心理に合ったものにすることにより、作り込まれています。ドイツが犯した罪について、ペッツォルト監督は非常に厳しい考え方をしています。「リハーサルをしている時、ドイツの随筆家の自伝を読んだ。1933年、彼は20歳で法廷に立つための勉強をしていた。ヒットラーの選挙に勝って二日後、彼は法廷に座って弁護士のサポートをしていた。親衛隊が建物に入ってきて、ユダヤ人の弁護士を片っ端から殴り始めたんだ。殴られる音や、叫び声を聞きながら、「僕は今、トンネルの中にいる。外で起きていることは自分には関係ないことだ。僕は人を殴らない、だから僕に罪はない。僕はもはや、この社会の一部じゃないんだ。」と自分に言い聞かせるんだ。ジョニーも似たような立場かもしれない。でも、すぐにドアが開けられ、鉄の警棒を持った二人の親衛隊が犬とともに入ってきて、「ユダヤ人か?」と聞かれて、「ユダヤ人ではない」と答えるんだ。これが私が罪を犯した瞬間だと、彼は50年後に言うんだ。」(クリスティアン・ペッツォルト監督)また、ドイツは国として戦後に損害賠償は行っていますが、ナチスはドイツ自身にとっても心理的なトラウマであり、簡単には解放されないと、ペッツォルト監督は言います。「学生の時、心理学と哲学を2−3学期、勉強したんだ。フロイトをたくさん、読んだよ。興味深いと思ったのは、フロイトはトラウマは何度も見るもので、それを何度も繰り返すうちに、ようやくトラウマを破壊するんだ。ドイツもそうだろう。トラウマを繰り返し見て、破壊する、それでようやく、自由になって、罪の意識から解放されるんだ。」(クリスティアン・ペッツォルト監督)こうした厳しい視点の元、映画では必ずしも明確に描かれていない部分も含めて、ネリーとジョニーの背景は次のように設定されているように見受けられます。ネリーの設定・収容所に送られる前は歌手。・収容所では、以前の生活の戻ることを夢見ていた。・収容所から生還、顔の復元により、新たな生活ではなく、過去の生活に戻ることを選ぶ。・復元後のネリーは生まれ変わったかのように純粋だが、やがて厳しい現実を学んでいく。・住んでいた家が破壊されたことを知り、ジョニーと昔のような生活を再構築したいと考える。・自分に気づいてくれないジョニーに付き合い、彼の心の鎧が解けるのを待つ。ジョニーの設定・妻が収容所に行く前はピアニストで、その後はキャバレーの掃除人。・妻を収容所送りから守りきれなかったのは自分の罪だが、無実と忘れたいトラウマである。・ネリーは既に死んでいると思っているので、妻であることに気遣けない。 (さらなる葛藤を生むので、妻と同一人物あることを潜在的に認知できない)・妻の資産を得て、嫌な思い出の残るドイツから去りたい。こうした練られた背景や設定は、時に象徴的に表現されています。ネリーが手術で新しい顔を再建するか、以前の顔に復元するか、選択する場面がありますが、これは未来、過去のいずれを取るか、彼女の生き方の選択を象徴しています。非常にシビアな背景を持つ映画ですが、こうした二人の異なる思いが交わることができるのかスリリングで、さらに夫との生活を夢見るネリーを演じるニーナ・ホスの卓越したパフォーマンスと効果的に使われるジャズのスタンダードナンバー「スピーク・ロー」が、甘く、切なく、メロウな味わいを醸し出す、類を見ない映画になっているのは、まさにペッツォルト監督らスタッフ・キャストのマジックと言えます。「私の映画の登場人物は、家のような場所、あるいは愛や音楽のように感動的なものを求めて、仮の場所をさまよっています。それはドイツの歴史そのものだと思います。」「ドイツには、歌がない。ワールド・カップに勝っても歌う歌がないのです。ナチスがすべて破壊してしまいました。あるのは60年代のポップスだけです。でも、これらはドイルを去るや我々が寂しいことを歌うものばかりです。ドイツを去りたいという気持ちは、ドイツ人に深く根付いていると思います。」(クリスティアン・ペッツォルト監督)先に触れた2014年のワールドサッカーの優勝セレモニーで踊ったダンスは、そんなドイツの不器用な選択だったのかもしれません。ニーナ・ホス(ネリー・レンツ)ロナルト・ツェアフェルト(ジョニー・レンツ)ニーナ・クンツェンドルフ(レネ・ヴィンター)ベルリンの自宅は廃墟になっていたジョニーが清掃員として働いていたキャバレー 【サウンドトラック】・Speak Low Music by Kurt Weill, Lyrics by Ogden Nash, Performed by Nina Hoss・Night and Day Written by Cole Porter、from musical play "The Gay divorce", 1932・Berlin im Licht Written by Kurt Weill(1928) 「あの日のように抱きしめて」のDVD(楽天市場)【関連作品】「あの日のように抱きしめて」の原作本(楽天市場) ユベール・モンティエ著「帰らざる肉体」クリスティアン・ペッツォルト監督 x ニーナ・ホス コラボ作品のDVD(楽天市場) 「東ベルリンから来た女」(2012年)ニーナ・ホス出演作品のDVD(楽天市場) 「誰よりも狙われた男」(2013年) 「ベルリン陥落 1945」(2008年) 「素粒子 」(2006年)
2016年10月11日
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「フィアレス」(原題:Fearless)は、1993年公開のアメリカのヒューマン・ドラマ映画です。1991年にラファエル・イグレシアスが発表した同名小説を原作に、ピーター・ウィアー監督、ラファエル・イグレシアス脚本、ジェフ・ブリッジス、イザベラ・ロッセリーニら出演で、飛行機事故から奇跡的に生還したことを契機に死の恐怖から開放された男の行動を通して、生と死の意味を問いかける異色の作品です。第66回アカデミー賞助演女優賞(ロージー・ペレス )にノミネートされた作品です。日本でのビデオ・タイトルは、「フィアレス/恐怖の向こう側」。 「フィアレス」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ピーター・ウィアー脚本:ラファエル・イグレシアス原作:ラファエル・イグレシアス出演:ジェフ・ブリッジス(マックス・クライン) イザベラ・ロッセリーニ(ローラ・クライン) ロージー・ペレス(カーラ・ロドリゴ) トム・ハルス(ブリルスタイン) ジョン・タトゥーロ(ビル・パールマン) ベニチオ・デル・トロ(マニー・ロドリゴ) ほか【あらすじ】大勢の犠牲者を出した飛行機墜落事故に遭遇しながらも。奇跡的に生還した建築家のマックス(ジェフ・ブリッジス)は、その日から別人のように生をひたすら謳歌し、ポジティブなります。苺アレルギーも、飛行機恐怖症もなくなり、生き生きとした表情で、死に直面した瞬間に見た不思議な光を追い求めて、往来の激しい車道を突っ切ったり、高いビルに登ったりと、奇行を繰り返すようになります。妻のローラ(イザベラ・ロッセリーニ)は不安な思いで見守りますが、事故現場で多くの生存者を誘導して助けた彼を、マスコミは救世主のように書き立てます。一方、同じ事故で赤ん坊を死なせたカーラ(ロージー・ペレズ)はショックから立ち直れずにいます。航空会社から派遣されたセラピストのビル(ジョン・タトゥーロ)は、まったく対照的な症状を示す2人を思い接触させます。最初はかたくなだったカーラも、いつしかマックスだけには心を開くようになります・・・。悲惨な航空機事故が生存者の心理や家族関係に与える影響を、生存者同士の関係とともに描いた本作は、実際の事故現場を再現した迫力の映像と、事故がもたらす深い悲しみを演じる俳優のパフォーマンスが際立つ作品です。原作者のラファエル・イグレシアスは、20歳の頃、車が横転する事故に遭い、死にかけたそうです。幸い、ほとんど怪我もなく、歩いて現場を後にすることができましたが、心は穏やかではなく、日常生活に適応するまで数日、かかったといいます。後にこの経験を作品にすべく、モチーフを求めていたところ、1989年のユナイテッド航空232便の事故の記事を目にします。「事故当初の新聞記事の一文を読んだんだ。「ある男性は墜落の数分前に席を替わって、ある少年の隣に座った。ある女性は赤ちゃんを抱いていたが、事故の衝撃で彼女の腕から引き離されてしまった。」そこから、彼らの人生がどうだったか、想像したんだ。」原作者が書いた映画用の脚本は大胆なもので、二つの映画が盛り込まれているような内容だったと言います。最初の25ページは飛行機を良く知る男の視点で、油圧を失った飛行機は着陸できたとしてもハンドルもブレーキも効かず、このまま死んでしまうだろうといった知識と感情のせめぎ合いが描かれていました。後半は打って変わって、生き残った人間が後の人生を如何に生きるかを描いていました。如何に一本の映画にするか、ピーター・ウィアー監督は見当がつかなかったと言います。結局、ウィアー監督は事故の現場をリアルに再現することにより恐怖とインパクトを演出しながら、事故後の生存者の生き様にフォーカスしています。ユナイテッド航空232便の緊急着陸事故は、1989年7月19日にアイオワ州上空を巡航中のDC−10型旅客機が、機体尾部の第2エンジンのファンブレードを破断、三重の油圧操縦系統がすべて破壊され、エンジン出力制御以外の操縦が全くできなくなり、アイオワ州のスー・ゲートウェイ空港に緊急着陸するも大破、乗員乗客296人中111人が死亡した悲惨な事故です。油圧系統がすべて破壊された事故には御巣鷹山に墜落し乗員乗客524人中520人が死亡した日本航空123便の事故がありますが、この事故の教訓から油圧が抜けた場合の操縦法を研究していた訓練教官がたままた非番でユナイテッド航空232便に搭乗しており、事故発生後は彼が事故機のエンジン推力を操作するという幸運に恵まれました。本事故を調査した国家運輸安全委員会 (NTSB) はクルーの行動を「期待以上」と評価、また、機長以下4名はアメリカ航空界で最も栄誉あるポラリス賞を受賞しました。映画ではアイオワ州のスー・シティで起こった事故の現場を、カリフォルニア南部の畑に再現しました。・85エーカーの畑にトウモロコシを育て、事故機がえぐった溝をブルドーザーで掘り起こした・ロングショットで事故現場を広く映す為に、隣接する綿花畑も買収・カーン群とベーカーフィールド消防署から40人を動員、エキストラを140人雇った・町のメイン・ストリートのひとつを一週間、閉鎖・地域電力会社を説得、幾つかの鉄塔用の鉄骨と800メートルの電線を使って、大事故を演出・600個のスーツケースと、地元の質屋で購入した内容物を周辺にばらまくなどが行われました。現場での準備には10日かかり、再現のための費用は200万ドルにのぼったと言います。この映画に描かれているマックスとカーラには、PTSDの兆候が見られます。・マックス:異なった性格の表出(戦争で重篤なトラウマに晒された帰還兵に共通する兆候)、妻や息子との間に距離ができる、友人や関係者と軋轢が生じる、事故に没頭するなど。・カーラ:生存したことへの罪悪感、自分の赤ちゃんを救えなかったことへの自責の念に取り憑かれるなど。タイトルの「フィアレス」は「怖いもの知らず」の意味で、マックスも事故によって「怖いもの知らず」になったように見えますが、PTSDは恐怖が蘇るものであり、無くなるものではありません。興奮している事故直後は恐怖感が麻痺するようなこともあるのかもしれませんが、事故後にマックスが恐怖体験を意図的に作り出すのは不可解です。こうした行動は被害者の性格による部分もあり、その理由を一般的に説明するのは難しいようなのですが、彼の場合は自分は死んでいる、あるいは自分は不死身だと思い込み、新たな恐怖体験でそれを証明することにより、蘇る事故の恐怖や不安を和らげようとしているものと思われます。彼が見る光は、死や恐怖の象徴でしょう。彼は人知れず、蘇る事故の恐怖に苦しんでいるのです。<ネタバレ>マックスのショック療法で立ち直ったカーラは、妻のローラを気にかけ、マックスに別れを告げます。依然として立ち直ることのできないマックスは、イチゴを食べてアレルギー発作を起こします。死を覚悟したマックスに、事故の一部始終がゆっくりと蘇ります。グレツキの交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」第1楽章レント~ソステヌート・トランキッロ・マ・カンタービレ「私の愛しい、選ばれた息子よ、自分の傷を母と分かち合いたまえ…」が流れ、音楽の力を感じる幻想的で感動的なシーンです。意識が遠のく中、妻の咄嗟の機転で息をぶり返したマックスは、事故後、初めて生きている喜びを実感し、妻と抱き合います。<ネタバレ終わり>ジェフ・ブリッジス(マックス・クライン)カリフォルニア州出身の俳優。60歳になるまで、米アカデミー賞に4回ノミネートされたが受賞に至らず、数年に渡り「ハリウッドで最も過小評価されている俳優」ランキングのトップに選ばれ、「無冠の名優」とも言われたが、「クレイジー・ハート」(2009年)で第82回アカデミー主演男優賞を受賞、翌年公開の「トゥルー・グリット」(2010年)でも主演男優賞にノミネートされた演技派俳優。本作でも、渋く味わいのある演技を見せている。イザベラ・ロッセリーニ(ローラ・クライン)イタリア・ローマ出身の女優。父親は映画監督のロベルト・ロッセリーニ、母親はスウェーデン出身の女優イングリッド・バーグマン。容貌は母の面影を残す美しく、気品のある女優。本作では、夫の異変に戸惑う気丈な妻を好演。ロージー・ペレス(カーラ・ロドリゴ)ニューヨーク・ブルックリン出身の女優、ダンサー、振付師、声優。両親はプエルトリコ系。ダンスクラブで踊っているところをスパイク・リーが発掘、映画デビュー。ダンス番組等にダンサーとして出演する一方で、様々なアーティストの振り付もを行う。ブロードウェイ・デビューし、女優のキャリアを構築、本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされる。その後も様々な権威ある賞にノミネートされており、映画、テレビ、舞台など、幅広い分野で活躍。トム・ハルス(ブリルスタイン)ウィスコンシン州出身の映画・舞台の俳優。「アマデウス」でのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト役でアカデミー主演男優賞にノミネートされた。本作では、飛行機会社から損害賠償を得るべくアドバイスする弁護士を演じるが、PTSDの兆候を示すマックスとことごとく対立する。ジョン・タトゥーロ(ビル・パールマン)ニューヨーク市ブルックリン出身の俳優・映画監督。両親はイタリア系。スパイク・リー、コーエン兄弟、ティム・ロビンス作品の常連としても知られる。コーエン兄弟監督の「バートン・フィンク」(1991年)でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞。プライベートではロバート・デニーロと親交が深い。本作では、事故の生存者をケアする精神科医を演じている。ベニチオ・デル・トロ(マニー・ロドリゴ)プエルトリコ出身の俳優。スペイン系、イタリア系の血をひく。本作は「ユージュアル・サスペクツ」で有名になる前の作品で、後のデル・トロほどパフォーマンスの押し出しは強くない。撮影の為に再現された事故現場恐怖を恐怖で打ち消そうとするマックス【撮影地(グーグルマップ)】マックスが屋上に立ったビルマックスとマーラが行った教会 「フィアレス」のDVD(楽天市場)【関連作品】ピーター・ウィアー監督作品のDVD(楽天市場) 「いまを生きる」(1989年) 「トゥルーマン・ショー」(1998年、アメリカ) 「マスター・アンド・コマンダー 」(2003年)ジェフ・ブリッジス出演作品のDVD(楽天市場) 「ラスト・ショー」(1971年) 「サンダーボルト」(1974年) 「スターマン/愛・宇宙はるかに」(1984年) 「フィッシャー・キング」(1991年) 「ビッグ・リボウスキ」(1998年)「ザ・コンテンダー」(2000年) 「アイアンマン」(2008年) 「クレイジー・ハート」(2009年) 「トゥルー・グリット」(2010年)
2016年10月08日
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「ズートピア」(原題:Zootopia)は、2016年公開のアメリカの3D CG アニメーション映画です。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ制作で、動物たちが人間のように暮らす文明社会ズートピアを舞台に、警察官になりたいと願うウサギのヒロイン、ジュディとキツネの詐欺師ニックが出会い、巻き起こす騒動を描いています。 「ズートピア」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:リッチ・ムーア/バイロン・ハワード/ジャレド・ブッシュ脚本:ジャレッド・ブッシュ/フィル・ジョンストン原案:バイロン・ハワード/リッチ・ムーア/ジャレド・ブッシュ/ジョシー・トリニダード /ジム・リアドン/フィル・ジョンストン/ジェニファー・リー出演:ジュディ・ホップス(アナウサギの女性、主人公、ズートピア初のウサギの新米警察官) ニック・ワイルド(アカギツネの男性、肉食動物、いじめにより心に傷を負っている) ボゴ署長(アフリカスイギュウの男性、ZPDの署長、威圧的、ガゼルのファン) ベンジャミン・クロウハウザー(チーターの男性、ズートピア警察署の受付) ズートピア警察学校の教官(ホッキョクグマの女性) レオドア・ライオンハート市長(ライオンの男性、ズートピア市長、平和維持が第一) ドーン・ベルウェザー副市長(ヒツジの女性、副市長だが実態は秘書、後に市長に) スチュー・ホップス(ジュディの父親、バニーバロウでニンジン農家を営む) ボニー・ホップス(ジュディの母親、夫と同様、ジュディが上京することを心配) ギデオン・グレイ(アカギツネの男性、ジュディが幼い頃のガキ大将) フラッシュ(ナマケモノの男性、免許センターの職員、ニックの友人) ミスター・ビッグ(トガリネズミの男性、裏社会のボス、ニックの詐欺を根に持つ) フィニック(フェネックの男性、ニックの共犯者で相棒) フルー・フルー(ミスター・ビッグの娘、モニュメントに潰されかけジュディに救われる) ガゼル(ガゼルの女性、美しき実力派ポップスター) ほか【あらすじ】高度な文明が発達した動物たちの楽園ズートピアは、誰もが夢を叶えられる街です。田舎町バニーバロウで育ったウサギのジュディは、世界をより良くするために警察官になるのが幼い頃からの夢です。サイやカバといった大型動物だけが警察官になっているものの、ジュディは警察学校を首席で卒業します。ウサギとして初めて警察官になり、ズートピアに赴任しますが、動物たちが連続して行方不明になるという大事件の捜査に向かうのはサイやゾウといった大型の同僚たちばかりで、ジュディはスイギュウの署長ボゴに駐車違反の取締りを命じられます。そんな中、街で困った様子のキツネの親子を助けたところ、実は彼らは詐欺師で、だまされてショックを受けるジュディに、詐欺師のニックは何にでもなれると思っていても無理だと言います。ジュディは落ち込みますが、諦めずに未捜査のままのカワウソのオッタートンの行方不明事件の捜査に名乗り出でます。ジュディを応援するヒツジのベルウェザー副市長の後押しもあり、期間は2日間のみ、失敗したらクビという条件で、やむなくジュディに捜査を任せます。チャンスを掴んだものの手がかりは皆無、ジュディは、街に精通しているニックに協力を依頼します。秘密を握られているニックは、渋々彼女の捜査に付き合います。ニックの情報網を駆使し聞き込みを続けるうちに、ついにツンドラ・ラウンでオッタートンの痕跡が残る車を見つけます。しかしその車はツンドラ・タウンの闇のボス、ミスター・ビッグのものであり、ジュディとニックは捕まってしまいます・・・。【レビュー・解説】「ズートピア」はよく練られた、様々な楽しみ方ができる作品で、明るくテンポが良く、面白可笑しく若い視聴者の心を掴む一方で、時代の最先端を行く豪華なアニメーション技術同様、豊かにタイムリーに思慮深い協調のメッセージを伝える作品です。ディズニーは、2007年公開の「魔法にかけられて」で数々のおとぎ話を自らパロディ化しました。さらに2011年には、ディズニー・アニメの看板である伝統の「お姫さまアニメ」の製作打ち切りを発表しました。この背景には、「お姫さまと白馬の王子とが結ばれるロマンスが観客を魅了する時代は終わった」との判断がありました。そして2013年公開の「アナと雪の女王」で、白馬に乗った王子をものの見事に否定、姉妹愛を通して愛の本質は愛する事にあるという強いメッセージを発し、空前のヒット作となりました。その「アナと雪の女王」の興行成績に迫る大ヒット作となった「ズートピア」は、女性(のうさぎ)が主人公ですが、必ずしも女性向けのポスト「お姫様アニメ」として、制作されたものではありませんでした。「僕が思いついたんだ。人間が存在せず、動物たちが作り上げた世界で暮らす物語なんてどうだろうってね。そのアイデアを(プロデューサーの)ジョン・ラセターに、話したら 「長い間、ディズニーではそういう映画がなかった!」と、僕をハグして持ち上げたくらい喜んでくれたんだ(笑)」(パイロン・ハワード監督)ディズニーがこれまで描いた、人間が登場しない擬人化された動物の映画には、・「バンビ」 (1942年)・「ロビン・フッド」(1973年)・「ライオン・キング」 (1994年)・「ダイナソー 」 (2000年)・「チキンリトル」 (2005年)確かに、最後の「チキンリトル」から10年以上、経過しており、まさに絶好のタイミングだったと言えます。映画化に当たっては、1年以上、動物の生態などをリサーチ、ケニアにも行い、小さな動物から大きな動物までその習性やしぐさなどあらゆるものを丁寧に観察、また取材の中でテーマの原点を発見したと言います。「アフリカで取材旅行をしたとき、ライオンとガゼルが並んで水を飲んでいる光景を目にしたんだ。食べる、食べられるという関係なのにね(笑)。ズートピアを発想する原点だよ。」(パイロン・ハワード監督)また、ディズニーアニメ映画「ベイマックス」では、サンフランソウキョウというサンフランシスコと東京を合体させた都市が舞台となっていますが、本作でも、単なるアメリカの街だと思われないように、東京などアジアやヨーロッパなど世界中の都市をリサーチして、どこの観客も自分の街に近いものを感じてもらえるように国際的な街にする配慮がなされています。さらに、映画に登場するニュース・キャスターも、上映される地域に合ったものに変える配慮がなされています(吹き替え版のみ)。この映画では、偏見や差別が重要なテーマになっていますが、これも動物たちの研究の中から生まれたといいます。「動物を1年くらい研究していく中で、哺乳類の中では捕食する側が1割、捕食される側が9割ということに気付いたんです。この自然界の事実をもとに、時として対立関係にある2つのグループが進化して一緒に社会を築いていった場合、もともとあったお互いに対する恐れや不信感は心の中に残っているといったストーリーを思い付きました。」「あらゆるタイプの動物たちが共生しているズートピアで起きることは、人間社会に置き換えて語ることができます。逆に、扱いづらい題材も動物の姿を借ることで描きやすくなり、幅広い人に伝えることができることもあります。そこに、ファンタジーの力を感じますね。」(バイロン・ハワード監督)中でも、最も重要なシーンは、ジュディがズートピアを守るために行う記者会見のシーンです。ジュディの不用意な発言が、意図せずしてズートピアに大きな影響を与えてしまい、彼女の中にあるものと向き合わなければならなくなります。偏見や差別と言えば、白人警官による非武装の黒人市民の射殺事件の頻発や、9.11以降のイスラム系アメリカ人への差別などを連想しますが、この映画はそうした具体的な事案を想定したものではありません。いつの時代でも関連性を持つテーマのあるストーリーを作ることに挑戦する中で、偏見がいつの時代でも私たちと関連性を持つものであることを発見、偏見は常に何らかの形で私たちの身の回りにあるものだから、ストーリーに深みを与えると思ったし、アニメーション作品において本作ほどのレベルで扱われたことがなかった要素だったといいます。しかし、本作は素晴らしさは、単に偏見の問題を追求するだけではなく、様々な視点で楽しみを提供している点にあります。「きっとディズニーアニメ史上最高に、複雑かつ壮大な世界観だろうね。コミカルな描写に加えて、感情を盛り上げるミステリー要素もある。何より、「自分は何ができる?」、「自分は何になれる?」という答えは、自分自身で手に入れるべき。そんな人生のテーマが響いたんだと思う。」(クラーク・スペンサー、プロデューサー)「間違いなく、これまでの作品よりもコンテンポラリーな映画だよ。今作のストーリーは多層構造だから、観客は多くのことを得られると思う。僕自身はジュディの奮闘する姿を見るのが大好きなんだ。純粋な心の持ち主だからね。彼女には欠点もあるし、たくさんの失敗もする。でも僕ら人間だって、完璧な人なんていないだろう? だから、観客がジュディの旅に自分自身を重ね合わせることができるのは、とても素晴らしいことだと思う。」(バイロン・ハワード監督)「僕たちはバディムービーが大好きなんだ。物語の中でも核となる部分は、主人公であるふたりのキャラクターの関係だと思うから。いい映画の大抵はそうだと思うけど、はじめは対極にふたりを置く。物語が発展していくうちに徐々にふたりの距離が縮んで行ってどんどん親密になっていって、最後にはもう誰にも引き裂けないほどの仲になる。それを自分たちの中でも練って作り上げていって、上手く表現できたことに満足しているよ。」(リッチ・ムーア監督)当初は皮肉屋のニックが主人公のスパイ映画で、ズートピアは最初の10分ぐらいしか登場しなかったと言います。主に絵コンテを編集したビデオを上映する試写が全部12回行われていますが、そのうちの6、7回目の段階、2014年11月のテスト試写で、聴衆はニックに感情移入にできず、むしろジュディに惹かれるという結果が出ました。そこで急遽、ジャレド・ブッシュを監督に加え、ジュディを主役にしたストーリーに変更することになりました。「社内でクリエイターたちが話し合った結果、魅力的な舞台であるズートピアで、全編を通して物語を展開することになったんだ。ズートピアでキャラクターたちが物語を展開するにはどうしたらよいか、という詳細を考えるのが僕の仕事。キャラクターの性格や目的を達成するための行動など、脚本に肉付けをしていくんだ。1700回は書き直しをしたよ。」「僕にとっては最もエキサイティングな日々だった。当初のニックとジュディのキャラクター設定に納得がいかなかったからね。考え抜いたある日、彼女が欠点を克服する物語に変えれば、彼女を無理なく主役に出来るとひらめいたんだ。」(ジャレド・ブッシュ監督)ズーラシアの嫌な面を見てニックが出て行くという当初の話が、ズーラシアの最もいいところを見い出す楽観主義者のジュディが世の中はそれほど単純なものではないとわかってくるという話に置き換わっているのが見事です。災い転じて福となした観がありますが、大人も子供も楽しめる作品を作るコツについて、バイロン・ハワード監督は次のように語ったいます。「感情的に観客の心と繋がれる映画になるためには、やっぱりキャラクターがなんといっても感情移入できる、誰が観ても共感できるキャラクターを主人公にするというのが一番大事だと思います。あとは、凄く説得力のあるストーリー。そしてキャラクターには自分たちの個人的な体験とか、自分たちの持っている部分を反映させるというのもあるし、自分たちが今までの人生で、いろんな人との出会いの中で、インスピレーションを受けてるところもあるし、やっぱり、そういったリアルな体験を盛り込んで、魅力的なキャラクター・共感できるキャラクターを作り上げて行く事が大切だと思います。」(バイロン・ハワード監督)女性が主人公となれば、ロマンスの取り扱いが気になるところですが、ここは微妙です。白馬に乗った王子を否定するだけではなく、あからさまに姉妹愛に振った「アナと雪の女王」よりはナチュラル(?)かと思います。「リッチと僕は彼らの相性の良さを気に入っていたけれど、ロマンスではなくて、とても親密な友情としてとらえていた。「こちらブルームーン探偵社」というテレビドラマがあったのを覚えているかな? ブルース・ウィリスとシビル・シェパードが出演していて、ちょっとロマンスっぽい雰囲気があって、視聴者は2人がカップルとして一緒にいるところを見たくなるんだ。たとえ、彼らが必ずしも恋愛しているわけじゃなくてもね。(バイロン・ハワード監督)「刑事ミステリーというジャンルの中に、夫婦で刑事、または、男性と女性の刑事というサブジャンルがある。いわゆるロマンスというよりも、ミステリーを一緒に解決するということが、2人の間のロマンスになるんだ。今作のジュディとニックの関係は、そういうものだよ。ボーイフレンドとガールフレンドというのではなくて、一緒に事件の捜査をする仕事を通じてのロマンスみたいなものなんだ。でも、わからないけどね。終盤の彼らは、確かにかなり親しくなっているように思えるよね(笑)。」(リッチ・ムーア監督)通常、動物を擬人化するアニメは動物ごとのサイズを調整して画面に収まるようにしますが、ズートピア」では、「誰も見たことのない動物の世界を作る」というミッションのもと、実際に自然の中で生きる動物のサイズにしています(例えばキリンはネズミが95匹積み上がったのと同じ高さ)。これは結構、大変な試みで、なんでこんなことをしなければならないのかと、泣きが入ったこともあるそうですが、そこから、・ネズミ専用のチューブの通路・キリン用に飲み物を高いところまで上げてる売店のエアシューター・大きな車からミニカーまで走る道路・全てがミニチュアサイズの地区など、独自のギミックが生まれてきたそうです。キャラクターの感情は人間のようですが、行動や習性は動物です。例えば、ビンキージャンプという、空中でひねりながら回転して跳ぶウサギ独特の動きがありますが、この映画ではジュディがサイに踏まれそうになった時に、ビンキージャンプをしています。「動物たちは通常は人間に近い形で行動しますが、怖がったり興奮したり感情的になる時に動物らしい姿を見せるというルールを、自分たちの中で決めていました。」(バイロン・ハワード監督)また、ナマケモノの動きを実現するために、制作総指揮のジョン・ラセターは百回以上も演じてみせたそうです。「笑う前に時間をかけてゆっくりと姿勢を低くしていくほどスローなナマケモノの動きを描くためには、とても重要なことだったね。ラセターの頭の中には、劇中のシーンのような完璧なイメージがあって、彼はそれを実現しようと、何度も何度も演じてくれたんだ。」(ジャレド・ブッシュ監督)その他にも、ニックが応募書類の逮捕歴の欄に最初「はい」とチェックし、それを線で消して「いいえ」にチェックしてあるのが見えるとか、細やかな作り込みが行われています。因みに映画には出てきませんが、肉食系の動物は共存している他の動物からタンパク質を摂るわけにいかないので、ズートピアにある豊富なプロテインを誇る昆虫を食材にしたファースト・フードのチェーン店をりようするという設定になっているそうです。ジュディが親元を離れて憧れのズートピアに電車で到着する序盤のシーンは圧巻です。ズートピアのエッセンスを詰め込んだ素晴らしいシーンですが、なんと550人のスタッフが9ヶ月がかりで制作しているそうです。憧れのズートピアへ(YouTube)「街全体に歴史観や生活感を盛り込みたかった。セットのように作られた街ではなく、新しい建物の隣に古い街があり、その隣にはもっと古い街がある。そんな層を持った長い時間をかけて作られた街にしたかった。」「舞台のあらゆるところに冒険や発見が待っている、それがディズニーの醍醐味です。」(リッチ・ムーア監督)<オチバレ>終盤、ジュディの独白〜スピーチが流れますが、「アメリカは完全じゃない、でも、ひとりひとりが一歩踏み出せばより良い世界になる」と聞こえてくるようで、びっくりしました。ジュディ・ホップス:子供の頃、ズートピアは完璧な場所で、誰とでも仲良くなれるし、何にでもなれると思っていました。現実は車のステッカーの標語ほど単純ではありませんでした。現実は混乱しています。そしてお互いを知れば知るほど、お互いが特別なものになっていきます。でも、挑戦しなければなりません。最も大きなゾウ、初めてのキツネ、どんなタイプの動物であれ、君にお願いします。世界を良くすることに挑戦して欲しい。自分自信を見つめ、変化は自分から始まることを知って欲しい。それは私から始まり、我々みんなから始まるのです。200年以上前に世界中の様々な国の人々が集まってアメリカという夢のような国を作りましたが、未だに差別や偏見は厳然と存在しています。それでも、ひとりひとりが自分を変えることから始めれば、みんなでより良い国にできる!という、とてもタイムリーなメッセージに聞こえます。自分たちで国を作ってきたという自負のある、アメリカならではの力強いメッセージです。「僕らだって、チームがみんなで一緒に部屋にいるときにこそ、切磋琢磨できるんだ。みんなが学んで、もっと鋭く、もっと強くなれる。誰かと映画を仕上げた後はまったく違う人になれるんだよ。僕は今作のようなバディ映画を見るのが大好きなんだ。何かを、または誰かを必要としている2人のキャラクターが、最後にはより満たされた、完全なキャラクターになるからだよ。彼らは2人で一緒に未来に向かうことができる。僕が好きなのは、そういう彼らの関係の基本的な要素なんだ。」(バイロン・ハワード監督)「ジュディの旅の目的は、世界をより良い場所にすること。僕自身、若いころにこの業界や自分の世界をより良い場所にしたいと思っていたことを覚えている。僕が学んだレッスンで、劇中のジュディも学んだことがあるんだ。それは、世界をより良い場所にするための最善の方法は、自分自身を見つめるべきだということ。必ずしも外側を変えるのではなく、内側に目を向ける必要があるんだよ。ジュディは失敗して、自分自身を見つめなおし、できるだけ良い人間になろうとする……というより、できるだけ良いウサギになろうとするんだ(笑)。自分たち自身を最良の人にしようと努力する時、僕らは世界を変えられるんだと思うよ。それはとてもパワフルなメッセージだと思うな。」(リッチ・ムーア監督)<オチバレ終わり>ジュディ・ホップスアナウサギの女性、主人公、ズートピア初のウサギの新米警察官。ニック・ワイルドアカギツネの男性、肉食動物。いじめにより心に傷を負っている。ボゴ署長アフリカスイギュウの男性、ZPDの署長、威圧的。古い倫理観をもっているがガゼルのファン。ベンジャミン・クロウハウザーチーターの男性、ズートピア警察署の受付。後に差別的な配置転換を受ける。レオドア・ライオンハート市長ライオンの男性、ズートピア市長、秩序の維持を第一に考えている。ドーン・ベルウェザー副市長ヒツジの女性、副市長だが実態は秘書。後に市長になる。フラッシュナマケモノの男性、免許センターの職員、ニックの友人。ミスター・ビッグトガリネズミの男性、裏社会のボス。「ゴッド・ファーザー」のヴィト・コルレオーネをモチーフにしている。ニックに偽物を売られたことを根に持っている。フィニックフェネックの男性、ニックの共犯者で相棒。ガゼルガゼルの女性、美しき実力派ポップスター。シャキーラがガゼールの声優を務めるとともに、主題歌「トライ・エヴリシング」を歌っている。スケール通りのキャラクターキャラクターは、実際に自然の中で生きる動物のサイズ通り。時にサイズの違いが、うさぎに警官が務まるか?といった偏見に説得力を与える。【サウンドトラック】 「ズートピア」オリジナル・サウンドトラック(楽天市場)01.トライ・エヴリシング(日本盤ボーナストラック) 02.トライ・エヴリシング 03.ステージ・フライト 04.グレイズ・アーマッド・アット・ミー 05.チケット・トゥ・ライト 06.フォクシー・フェイクアウト 07.ジャンボ・ポップ・ハッスル 08.ウォーク・アンド・スターク 09.ノット・ア・リアル・コップ 10.ホップス・ゴーズ(アフター)ザ・ウィーズル 11.ザ・ナチュラリスト 12.ワーク・スローリー・アンド・キャリー・ア・ビッグ・シュティック 13.ミスター・ビッグ 14.ケース・オブ・ザ・マンチャス 15.ザ・ニック・オブ・タイム 16.ワールズ・ワースト・アニマル・シェルター 17.サム・オブ・マイ・ベスト・フレンズ・アー・プレデターズ 18.ア・バニー・キャン・ゴー・サベージ 19.ウィーゼル・シェイクダウン 20.ラミフィケーションズ 21.ユウ・フェール・フォー・イット 22.スリー・トゥ・バンディット 23.スイート・フロム・ズートピア 24.トライ・エヴリシング(ズーラシアン・フィルハーモニー版)(日本盤ボーナストラック) 25.トライ・エヴリシング(日本盤ボーナストラック) ズートピア ジュディ・ホップス フィギュア (楽天市場) ズートピア ニック・ワイルド フィギュア (楽天市場) ズートピア フィニック フィギュア (楽天市場) ズートピア フラッシュ フィギュア (楽天市場) ズートピア ミスター・ビッグ フィギュア (楽天市場) 「ズートピア」のDVD(楽天市場)【関連作品】動物のみで描かれたディズニーアニメのDVD(楽天市場) 「バンビ」 (1942年) 「ロビン・フッド」(1973年) 「オリビアちゃんの大冒険」 (1986年)「ライオン・キング」 (1994年)「ダイナソー 」 (2000年)「チキンリトル」 (2005年) 「ズートピア」(2016年)
2016年10月05日
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「SPY/スパイ」(原題:Spy)は、2015年公開のアメリカ合衆国のアクション・コメディ映画です。ポール・フェイグ監督、メリッサ・マッカーシー、ジェイソン・ステイサム、ジュード・ロウら出演で、CIAの内勤分析官が現場のエージェントになり、スーツケース型核爆弾の闇取引を阻止しようと悪戦苦闘する姿をコミカルに描いています。日本では劇場未公開ですが、ソフトで視聴できます。 「SPY/スパイ」のDVD(楽天市場)【スタッフ・キャスト】監督:ポール・フェイグ脚本:ポール・フェイグ出演:メリッサ・マッカーシー(スーザン・クーパー) ジェイソン・ステイサム(リック・フォード) ローズ・バーン(レイナ・ボヤノフ) ジュード・ロウ(ブラッドリー・ファイン) ミランダ・ハート(ナンシー・B・アーティングストール) ボビー・カナヴェイル(セルジオ・デ・ルーカ) アリソン・ジャニー(エレイン・クロッカー) ピーター・セラフィノーウィッチュ(アルド) モリーナ・バッカリン(カレン・ウォーカー) リチャード・ブレイク(ソルサ・ドゥディエフ) ナルヒス・ファクフリ(リア) ラード・ラウィ(ティホミル・ボヤノフ) ビョルン・グスタフソン(アントン) 50セント(本人役) ほか【あらすじ】ワシントンD.C.にあるCIAオフィスで働くスーザン・クーパー(メリッサ・マッカーシー)は、現場のエージェントの目となり耳となって彼らを誘導する内勤の分析官です。ある日、核爆弾の売買を阻止する任務を遂行中に、パートナーのエージェントであるブラッドリー・ファイン(ジュード・ロウ)が冷酷な武器商人の娘、レイナ(ローズ・バーン)によって殺されてしまいます。レイナはファインとリック・フォード (ジェイソン・ステイサム)ら、CIAのトップエージェントの身元を知っており、テロリストに核爆弾を売ろうとするレイナを阻止する為、彼女に身元を知られていないスーザンは自ら現場のエージェントになることを志願し、上司エレイン・クロッカーの(アリソン・ジャニー)はこれを許可します・・・。【レビュー・解説】普通のおばさんがスパイになったら?「ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン」、「デンジャラス・バディ」に続いて、女性コメディアンを主役にポール・フェイグ監督が放つ、豪華でダイナミックな爆笑アクション・コメディです。オープニングでパーティ会場にタキシード姿のジュード・ロウが登場、一瞬、見る映画を間違えたか?を間違えたかと思う間も無く、アクション・シーンに続きます。そして流れるオープニング・クレジットは、007風のクォリティの高いもので、本作がクォリティの高い作品であることを暗示しています。実際、ジェイソン・ステイサム、ジュード・ロウといった大物スターを助演に起用、海外ロケをするなど、それなりにコストをかけています(制作費は前作「ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン」の倍以上)。ポール・フェイグはアメリカの俳優、映画監督、プロデューサー、脚本家で、「ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン」の監督で大ブレイクしました。第84回アカデミー賞では脚本賞(クリステン・ウィグ、アニー・マモロー)と助演女優賞(メリッサ・マッカーシー)にノミネートされるなど、彼はコメディエンヌを魅力を引き出すのに長けています。以降も女性を主役にしたコメディを撮ることが多いのですが、親しくなる友人はいつも女性、大の親友になったのも女性で、自分を女性的な男性と捉えるフェイグ監督は、女性のユーモアのセンスは攻撃的ではなく、協調的で男性より面白いと言います。「僕が知っている面白い女性たちは、長い間、「意地悪な恋人」や「理解のない妻」を演じることを強いられてきた。女性たちがコメディでそんなひどい役を演じるのを見るのは、とても悲しかった。」(ポール・フェイグ監督)確かに、本作がブラッドリー・ファイン主演のコメディなら、スーザン・クーパーは冷たく事務的だったり、的外れなサポートをしてブラッドリーを窮地に追い込むような役に描かれそうな気がします。 「SPY/スパイ」は高度な駆け引きや危険、世界への脅威を典型的なスパイ映画のように描きながら笑える映画ですが、決してスパイ映画を茶化すものではなく、アクションは真面目に描いていると、フェイグ監督は言います。彼は、ジェームズ・ボンド・シリーズや、ジェイソン・ボーン・シリーズの大ファンで、ダニエル・クレイグ主演の「カジノ・ロワイヤル」(2006年)を見て、スパイ映画を作りたいと思いました。彼は、カジノ、タキシード、マティーナが登場するような世界観が好きなのです。しかし、コメディに生きる彼にボンド映画の監督を頼む人はいません。そんな折、「007 スカイフォール」(2012年)を見た彼は、女性がスーパー・スパイになる映画を書いたらどうだろうか?と思い立ち、すぐに脚本を書いて、自ら監督、プロデューサーを務めて、映画化を実現しました。「フェア・ゲーム」(2010年)にも描かれているように、2003年に政府が実在のCIA女性エージェントの実名を公表するというプレイム事件で、現実の女性スパイがクローズアップされましたが、フェイグ監督もこの映画のリサーチで、「少なくとも人々を自分側に取り込もうとする諜報の世界では、信頼を得やすい女性の方が男性よりスパイに適していることが証明されている」という記事をいくつか読んだと言います(人の仕草を読んだり、直感が働くとも言われます)。本作ではコメディエンヌが活躍しますが、アクション映画を背負う大スターが脇役に回るのも、また楽しいです。メリッサ・マッカーシーを主役に持ってきたことにより、フェイグ監督は普通のおばさんがスパイになったら?という面白さを狙っています。彼女が演じるスーザン・クーパーは内勤とは言え、CIAの分析官であり、格闘もできるのですが、協調心に富み、ドジも踏む、とても人間らしい性格です。スパイのイメージとこの人間的な性格のギャップが、ワインも選べなかったり、スクターで敵を追おうとして転んでしまうなど、無理に作り込んだギャグではなく、リアルで自然な面白みを提供しています。また、なりすます旅行者の女性などもリアルで笑えます。「おばさんスパイ」を連想させるポスター 【映画ポスター】スパイ (楽天市場)ジュード・ロウの起用が夢だったというフェイグ監督は、同時にコメディには意外とも思われるジェイソン・ステイサムを起用しています。かつてスタントマンの卵でもあったフェイグ監督は、彼の出演する映画を全て見ているほどの大ファンで、「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」(1998年)や「アドレナリン」(2006年)を見てステイサムは面白いと思い、彼の演じる役を探し続けていたと言います。フェイグ監督がステイサムが演じる為にあつらえたというリック・フォードはいいスパイだが、自分がやるべき仕事をスーザンがやることになって心乱されるという設定で、この役に限ってはストレートな映画だとステイサムに言い続けたと思います。結果は最初から大成功で、いつものステイサムが出てきて、いつものステイサムのように話すのですが、それがとても可笑しいという仕掛けになっています。因みに、彼がスパイとしてやってきたことを延々と並べ立てるセリフが何回かありますが、これまで出演した映画の内容を被せた内容になっているという凝りようです。さて、フェイグ監督は主要キャスト全員に女性を配した最新作「ゴーストバスターズ」に関し、ネットで殺害予告を含めた厳しい反発を受けたそうです。かつて「男性俳優の主演で男性が監督し、若い男性をターゲットに作られてきた」映画界へのノスタルジーなのか、彼はそれまでも2年間にも人生で一度も目にすることがなかった最悪の女性嫌悪発言などの猛攻撃を受け続けており、背筋が凍ったと言います。男性が主役であれ、女性が主役であれ、面白ければそれでいいと思うのですが、自由な国アメリカでは、保守勢力の気勢も半端なく自由なようです。メリッサ・マッカーシー(スーザン・クーパー)メリッサ・マッカーシーは、アメリカの女優、コメディアン、脚本家、プロデューサー。2011年の「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」でブレイク、アカデミー助演女優賞にノミネートされています。本作では、スタントウーマンがつきましたが、積極的にアクションに挑戦、傷だらけになりながらもアクション・シーンを演じるプロ意識を見せています。ジェイソン・ステイサム(リック・フォード)言わずと知れた、イギリスの俳優。 イギリス代表チームに所属した高飛び込みの元選手で、「俳優として、すべてのシーンに責任があると思っている。もちろんアクションシーンもね。だから、そこだけを他人に任せるというのは、ちょっと違う気がする。可能な限り自分で演じ、その緊迫感で表現できることが大事だと思うんだ。」と、アクションをスタントなしで演じることが多い。ローズ・バーン(レイナ・ボヤノフ)オーストラリア出身の女優。2009年度の最も美しい顔トップ100で1位に選ばれています。いわゆるコメディエンヌではありませんが、ポール・フェイグ監督作品と縁があるのか、「ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン」でも、主人公のライバル役で出演しています。もともとレイナは19歳という設定でしたが、彼女の為にフェイグ監督が脚本が書き直したそうです。ジュード・ロウ(ブラッドリー・ファイン)イギリス出身の俳優。「リプリー」(1999年)でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、その美貌と才能で名を馳せている。本作では、ジェームス・ボンドのようなスパイを演じている。ミランダ・ハート(右、ナンシー・B・アーティングストール)イギリスの女優、コメディエンヌ。フェイグ監督は最初からナンシー役にミランダ・ハートを想定して脚本を書いたといい、身長185cmの彼女は、157cmのメリッサ・マッカーシーと凸凹コンビを演じています。ボビー・カナヴェイル(セルジオ・デ・ルーカ)ボビー・カナヴェイルはアメリカの俳優で、「WIN WIN ダメ男とダメ少年の最高の日々」(2011年)「ブルージャスミン」(2013年)「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」(2014年)「アントマン」(2015年)などに出演している。本作でレイナ役を務めたローズ・バーンは私生活のパートナーで、その縁でデ・ルーカ役を引き受けました。映画では、二人は取引をする間柄ですが・・・。アリソン・ジャニー(エレイン・クロッカー)アメリカの女優。エミー賞を7回も受賞(最多8回に次ぐ第2位)するほどの演技派女優で、本作ではスーザンの上司役を演じ、映画をピリリと締めています。ピーター・セラフィノーウィッチュ(右、アルド)イギリスの俳優、コメディアン、脚本家、声帯模写アーティスト。本作では、イタリア語訛りの英語でイタリア人らしさ全開のイタリア人連絡係を演じています。モリーナ・バッカリン(中央、カレン・ウォーカー)ブラジル出身のアメリカの女優。美人でちやほやされる女性スパイを演じている。役名のカレン・ウォーカーは、グローバルなファッション・ブランド。ナルヒス・ファクフリ(リア)ナルヒス・ファクフリは、ボリウッド映画で活躍する、インド系アメリカ人のモデル、女優です。本作がハリウッド映画デビュー作で、メリッサ・マッカーシー相手にナイフを使った見応えのあるアクションを披露しています。レストランの厨房の中で果物や七面鳥の腿、野菜、調理器具、鍋、フライパンなどが飛び交うこのシーンは、アクションに賭けたフェイグ監督の期待に応えるもので、リハーサル、振り付け、コンピュータでのビジュアル化に数週間、撮影にまる二日かけて行われました。【サウンドトラック】サウンドトラックにも楽しい曲が使われています。007シリーズ風のハイクオリティなオープニングクレジットには、シャリーバッシー風の "Who Can You Trust" by Ivy Levan(YouTube)が流れます。また、屋外コンサートで演奏されているのは、"Dancing Lasha Tumbai" by Andrey Danilko aka Verka Serduchka(YouTube)ウクライナのバンドで、2007年のユーロヴィジョン・ソング・コンテストで2位を受賞した曲を演奏しています。50cent がライブで歌う曲は、TWISTED (FEAT. MR. PROBZ) 50 CENT(YouTube)【撮影地(グーグルマップ)】パリやローマのシーンの一部も、ハンガリーで撮影されています。制作コストが安くつく為、ブダペストはよくパリやローマなどヨーロッパの都市の代替に使用されますが、ブダペストをいたく気に入ったフェイグ監督は、脚本の一部を書き替え、ハンガリーそのものを舞台に取り込んでいます。また、丁寧に効果的なロケ地を選んでいることが伺われます。冒頭、ブラッドリーが潜入した邸宅がある場所中央の木立の向こうが潜入した邸宅。ブルガリアの黒海に面した邸宅という設定だが、撮影はハンガリーのバラトン湖畔で行われている。爆弾を背負わされたリックが知らずに紛れ込んだ屋外コンサート会場設定はパリだが、ブダペストのガラス張りのクジラの形をした「The Whale」というショッピング・モール隣接のスペースにステージを仮設し、300人のエキストラを動員して撮影が行われている。ブダペストでレイナが宿泊したホテルヨーロッパで最も優雅と言われるフォーシーズンンズ・グレハム・パレス・ホテルが使用されています。この映画で初めて撮影が許されたという1904年に建てられたアール・ヌーヴォー風のホテルで、ロビーの高い天井とシャンデリアが見事です。スーザンとアルドが捕えられた廃止された発電所の制御室ブダペストの廃止されたケレンフェルド発電所で撮影されています。1914年から電力供給した古い発電所ですが、アールデコ風の優れた工業デザインが特徴的です。エンディングの舞台となるバラトン湖畔のデ・ルーカの邸宅バラトン湖を空から探索して見つけたという豪華な邸宅は、19世紀に建てられたというもので、かつてはホテルだったそうです。邸宅と湖岸の間を何エーカーもの広い芝生がなだらかなスロープで続いており、映画ではヘリコプターの発着にも使用されています。エンディングは、メインキャスト全員が実際に一堂に会する、見応えのあるシーンになっています。 「SPY/スパイ」のDVD(楽天市場)【関連作品】ポール・フェイグ監督 x メリッサ・マッカーシー コラボ作品のDVD(楽天市場) 「ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン」(2011年) 「デンジャラス・バディ」(2013年) 「SPY/スパイ」(2015年) 「ゴースト・バスターズ」(2016年)
2016年10月02日
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