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「落としましたよ。」すっかり動転していた私は、ピラピラの切符がホームを舞っていたことさえ気付いていませんでした。危ない、危ない、、、あんなに苦労して手に入れたのに、、、。^^;切符売り場の窓口で、あらかじめ乗り場を確認していたおかげで、ヤロスラヴリ行きの列車を見つけることは簡単でした。ですが、完全に自信を失った私です。車内の路線図を何度も何度も確認しなければ、落ち着いて座ってなんていられません。「ここに座ったら?」目の前をウロチョロする私を見かねてか、ある おじさんが声を掛けてきました。「あのぉ~、私、セルギエフ・ポサードへ行きたいんだけど・・・。」「それなら 大丈夫だよ。^^ 僕もそこで降りるんだ。」その言葉に安堵した私は、彼の隣りに腰をおろしました。それと同時に、列車もモスクワを出発しました。彼はベラルーシ出身だと喋りはじめます。* 実は、私がベラルーシという国の存在を知ったのは、つい数週間前のことでした。ポーランド大統領機墜落のニュースで話題になった"カティンの森"が、ベラルーシにほど近い場所だったから、頭の中ですぐに思い浮かべることが出来たのです。恥ずかしいことに、それまで 旧ソヴィエト圏で知っていた国といえば、「ウクライナ」「ウズベキスタン」「カザフスタン」とバルト三国くらい。複雑な国だけど、もっともっと勉強しなくちゃ失礼よねー。(^^;「君は? う~んと、中国人だろ。」はい、はい、、、海外ではよく中国人や韓国人に間違えられますよ。。。(トホッ。)「いいえ、私は日本人。」(キッパリッ!!)* * *少し緊張感がほどけてきた私に、ちょっぴり眠気が襲ってきました。ベラルーシのおじさんに もたれ掛かりながら、気持ち良く列車の揺れに身を任せていました。すると 突然 目の前の扉が開き、一人の男性が車両の入り口に立ち、何やら大声で説明を始めたのです。時刻表らしきものを掲げながら、、、。へぇ~、列車の中で時刻表を売ってくれるんだ。一つ 買っておこうかしら、、、帰りの時間も分からないし、、、。私が慌てて鞄に手をやるのを見て、「ああいうのは放っておくに限るんだよ。」 おじさんは私にそう耳打ちしたのでした。それもそのはず。 列車の中を、色んな物売りが 入れ替わり立ち替わり 次々と現れてくるのです。中には 田畑の肥料までもが登場し、その光景が大変物珍しかった私は、それを無視する多くのロシア人とは反対に、興味津々で彼らを眺めておりました。* * *「ちょっと貸してごらん。」「え?」 物売りをじ~っと観察していた私は、思わずおじさんを振り返りました。「これ、面白そうだ。^^」私が手にしていたのは、、『旅の指さし会話帳』。日常会話や旅に必要な例文が沢山載っており、それぞれの場面に合った挿絵とともに、直接見せながら会話できるという、とても便利な一冊です。すでに持っていたオーストリア編とハンガリー編が結構 良かったので、ロシア語編も準備していたのでした。表紙には、「ぶっつけ本番で会話ができる! その国の本当の姿にふれられる!」との謳い文句が、日本語とロシア語の両方で書かれてあります。おじさんはそれに大喜びで、私の手から本を奪い取りました。おじさんは英語があまり得意ではないようですし、私も英語は嫌いです。(^o ^)この一冊で会話できるのなら、こんな楽ちんなことはありません。(笑)改めて、「Oчень лриятно.(はじめまして。)」「Как вас зoвут?(あなたのお名前は?)」「Meня зoвут Picchuko.(私はPicchukoと申します。」「A,вы?(で、あなたは?)」 「Meня oвут Bасичiии.(僕の名前はバッセーリ。)」「Радс вами лознакомиться.(あなたと知り合えて嬉しいです。)^^」 (注:↑のロシア語はかなり適当です。・笑)と まぁ最初は上手くいっていました。ところが、それもすぐに行き詰まり、、、バッセーリさんはペラペラ ページをめくっては、話したい会話の例文がないことに首を振りました。即席のぶっつけ本番では、そう簡単にはいかないようです。(苦笑)それでも、少し間をあけては 何度も何度も挑戦する バッセーリさん。ロシア語が思うように通じなくても、悪戦苦闘しつつも私にロシア語で話し掛けて来ます。私はといえば、どうせ通じない者同士なら、わざわざ英語を使う必要もないかぁ~と、分からない問いかけには、「ごめんなさーーーい。分かんないの。(><)」普通に日本語!で答えていました。それでも彼は懲りることなく、最後までロシア語を繰り返しておりました。その辛抱強さには脱帽です。(笑)「あ、次の駅がセルギエフ・ポサードだね。」 私は日本語、彼はロシア語でお互い確認し合うと、もう一度 この出会いを喜びあい、記念に写真を撮らせてもらいました。^^「こうやって、人差し指と中指だけを立てらせて~、、、。」無理やり"ピース"させて撮った写真が、この一枚です。(爆) (ちょっと人相は怪しい(?)けれど、とても親切なおじさんでした。^^)
2010.05.29

「あのぉ~、鉄道駅へはどちらから行けばいいのですか?」私は駅員さんらしき人に尋ねました。「◎×&$$Д・・・。(^^)/」あら あなた、意外と(?)愛想がいいのね、、、でも私はロシア語が分からないの。。。「スーズダリ」へは、「ウラジーミル」という街で鉄道からバスへと乗り換えます。その「ウラジーミル」へ行く為には、まず鉄道駅の「ヤロスラーフスキー駅」もしくは、「クルスク駅」を目指さなければなりません。クルスク駅へは、ホテルの最寄り駅から地下鉄で同じ路線、5つ目のクールスカヤ、ヤロスラーフスキー駅へは、クールスカヤで環状線に乗り換えて1つ目、カムサモーリスカヤで下車となります。普通なら近くのクルスク駅を選ぶのでしょうけど、ヤロスラーフスキー駅の最寄りであるカムサモーリスカヤこそが 私が最も見たかった地下鉄駅だったことで、この小旅行の出発点はヤロスラーフスキーに決定です。それは、シベリア鉄道が発着する駅としても有名です。日本の都会ほどではないにしろ、やはり地下鉄駅の出口は数ヶ所ありました。ここで無駄に歩きたくないし、鉄道駅の時刻表すら持っていなかった私ですから こんなところで無駄に時間を使いたくありません。そこで、目の前の駅員さんに尋ねてみた、、、というわけです。何度か英語で話し掛けてみるも、彼にはさっぱり通じる様子もなく、、、面倒くさくなった私は大声で「ヤロスラーフスキー!」とだけ叫びました。「あ、ヤロスラーフスキー駅ね。 それならあっちだよ。(たぶん そう言った、、、と思います。)」と、彼は後ろを指さしました。そうか、ロシアでは単語で叫ぶのがポイントか!(笑)これでウラジーミルまでは楽勝だ!(*^^*)*カムサモーリスカヤ駅にさよならして、私は鉄道駅へと急ぎました。ロシアの鉄道駅の面白いところは、出発地ではなく終着地の地名が駅名になっていることです。私が向かった「ヤロスラーフスキー駅」とは、「ヤロスラヴリ」という名の街への列車が出る駅ということ。サンクトペテルブルク行きの列車は「レニングラーツキー(サンクトペテルブルクの旧名)駅」から、ベラルーシ行きが出るのは「ベラルースキー駅」というわけ。ですから、モスクワには「モスコフスキー(モスクワ)駅」はないのです。この逆転の発想が優秀な人材を生むのかしらね?(笑)と、ここで 一瞬 歩が止まります。地下鉄カムサモーリスカヤ駅の目の前には、様々な方面の鉄道駅があちこちに見られます。「レニングラード駅」もここが最寄りとなりますし、タタールスタン共和国の首都カザンへ向かう「カザン駅」もここから出発します。いきなり、どれが「ヤロスラーフスキー駅」か分からない!全て他力本願の私は、難しいキリル文字を解読(?)する気なんて これっぽっちもありません。(笑)「すみませ~ん! ヤロスラーフスキー駅はどれですか?」「ヤ・ロ・ス・ラー・フ・ス・キー!!!」私は何人もに尋ねました。無視する人もあれば、簡単に指で示してくれた人もいます。私の手元には、「ウラジーミルへの往復切符を下さい。」とロシア語で書いた紙切れがあるだけです。それで十分だと思っていた私は、その文章だけはあらかじめ用意していたのです。しかし、そもそも駅からして迷うなんて・・・。それらしき駅を見つけ、訳の分からない時刻表を眺めながら、それでも まだしつこく周りの人達に聞いていると、アラブ系???と思われる髭の濃いおじさんが「ここだよ。ここだよ。^^」と教えてくれました。駅の中には沢山の窓口。どこでもいいや、、、と一つの窓口で紙を見せると、係員のおばさんに「ウラジーミル行きのチケットはもっと奥へ行ってちょうだい。」と突き返されてしまいました。奥・・・といったって、どこ???振り返ると、そのおばさんがず~っと奥を指さしています。「奥といったら奥なの!」って、そう言ってるのが表情と動作から窺えます。キョロキョロしながら、私は奥の窓口へ。そこで先ほどの紙切れを見せると、「%#&&☆××・・・?」 あぁ~~~ん、返ってくるのは超早口のロシア語、、、疑問文ということだけは分かるものの、あなたの質問事項が分かりましぇ~ん。(><)結局、相手にされず、私はただの阿呆のように「ウラジーミル」「ウラジーミル」とその名だけを繰り返し繰り返し、色んな窓口を覗きました。その殆どが無視か、返事があってもやはり早口のロシア語なのです。(><)「Oh,my ウラジ~ミルゥ~~~!!!」 すでに私は街名ではなく、愛しのプーチン首相(ウラジーミル・プーチン)に縋る思いでその名を繰り返しました。うっそぉ~~~~~!! 切符が買えない! こんな簡単なことで躓くなんて、、、そのショックの大きさといったら、今でも表現しようがありません。(苦笑)なかば投げやりの気持ちで駅を出て、また別の行き先であろう窓口を覗きました。モスクワでこんなに困るのなら、ウラジーミルからのバスの乗り換えは大丈夫だろうか、、いや、もし成功してスーズダリまで行けたとしても、無事に帰りの便に乗れるかどうか、、、すっかり弱気になってしまった私が その窓口で発した言葉が、「セルギエフ・ポサードまで往復チケット一枚、、、。」でした。そうです、ロシアの原風景が広がるという「スーズダリ」への旅は、ここであっさり根尽きたのでした。(T_T)ロシア正教の中心地として栄えた「セルギエフ・ポサード」は、モスクワ北東近郊一帯に広がる中世の面影を残す古い街並み「黄金の環」の中で、最もモスクワに近い街です。片道3~4時間も掛かるウラジーミルやスーズダリよりも随分と近く、たった1時間半で辿り着くことができます。予想以上に出発が遅れたこともあり、行き先を変更した方が無難でしょう。ロシアでは、外国人観光客にさほど自由はありません。"無難と妥協"、これは私が旅する上で一番嫌いな選択方法なのに、ロシアの壁は私には高過ぎたようです。(悲)「ДШБФ××・・・?」 あぁ、ここでもやっぱりロシア語かぁ~。ところが それまでの人達とは全く違って、途方に暮れている私を前に、その窓口のおばさんは、気持ちの良い笑顔で「ちょっと待っててね。^^」と何やらペンを走らせていきます。「これを持って、18番窓口へ行きなさい。」 (たぶん)そう言って、背後に聳えるヤロスラーフスキー駅を示しました。 18番窓口には若いお姉さん。英語が喋れる貴重なそのお姉さんは、親切に「今からだと、8時43分発の列車があるからね。」と笑顔で教えてくれました。この時の嬉しさといったら、たぶん 幼い子供が初めてのお遣いをやり遂げた気分と似ていたことでしょう。(笑)とにかく、これで列車に乗れる~!!レシートを貰って、彼女の指す方に進もうとした時、ふとチケットは?と気付きました。もう一度 戻って尋ねてみると、そのレシートらしき紙切れがチケットだと言うのです。ちょっと信じ難かったけれど、バーコードの部分を改札口の機械に挿すことで難なくOK。 ここまで来れば、もう大丈夫! 次回は、ここからシベリア鉄道でウラジオストックへ行こう!!9297km、およそ一週間の鉄道の旅も悪くはないよね!(o^ー^o)実は、セルギエフ・ポサードの地図を持っていない、世界遺産「トロイツィ・セルギエフ大修道院」への道順だって分からない、、、そんなことにさえ気付いていない その時の私は、"列車に乗れる~~~!"という単純な喜びと達成感でいっぱいだったのです。(笑)
2010.05.25
ヨーロッパの歌の祭典 「Eurovision Song Contest」・・・それは、参加国が自国をのぞく他の国を採点した結果で その年の優勝国が決まるという音楽コンテスト。1956年から毎年開催されており、現在では公式サイトによりインターネットでも中継されている超人気番組ですので、ご存知の方も多いことでしょう。そして、2003年からは ジュニア版「Junior Eurovision Song Contest」が登場しました。先日、ロシア民謡の中でも最も有名な曲『カチューシャ』を「You Tube」で検索して、その2006年優勝アーティストの『The Tolmachevy Twins(トルマチェフ姉妹)』の映像を見つけました。3年前の2007年5月9日。「赤の広場」における 大祖国戦争(対独戦)の戦勝記念日コンサートで、当時10歳の可愛い二人が、大観衆を前に堂々と「カチューシャ」を熱唱しております。一瞬、容姿と声のギャップに驚きましたが、その見事な歌唱力に私もファンになってしまいました。(*^^*)戦勝記念日の興奮も同時に感じて戴けると思いますので、宜しければ こちらの画像をどうぞ!(You Tube:Sisters Tolmachevy,Katyusha)*1997年生まれの彼女達は、僅か4歳で歌を始め、初ステージの際には会場の多くが「音楽が彼女たちを呼んでいる」、そう感じたといいます。2006年、ルーマニアの首都ブカレストで開催された「Junior Eurovision Song Contest」では、200組の強豪の中を勝ち抜き、2位のベラルーシ国に25票の大差をつけて圧勝しました。その時に歌ったのは「Vesna」、ロシア語で「春」を意味します。(You Tube:Sisters Tolmachevy,Vesna)いつの日か、プーチン首相と一緒に、ロシアで彼女達のライヴを観られますように!(笑) (Wikipedia:The Tolmachevy Twins)
2010.05.21

旅行記を続ける前に、今の気持ちを少し綴っておきたいと思います。モスクワから帰国して後、いつになく気持ちが高ぶっており、あの場所で見た多くのことを、それこそ小さな小さな出来事さえも書き残しておきたいのに、いつも以上に満足のいく文章になりません。書きなおしても、何度 書きなおしてみても、何かが違う。ますます文章に歯切れがなくなり、行き詰ってしまう。。。違う、違う、、、全然 違う!!決して 好きな場所ではなかったけれど、これほどまで魂を抜かれた旅はありませんでした。今、私がモスクワにいないことも、今、私のいないモスクワに普通の時間が流れていることも、ごく当たり前のことが、何故だか不思議に思えてしまう。モスクワを発ち ヘルシンキに降り立った私は、あまりの安堵に足はガクガクで思うように歩けず、ペンを持つ手も震えて満足に文字も書けない状態でした。それほど緊張の連続で、あれ以上 一人でモスクワに滞在することは到底 無理な話だったでしょう。65周年の戦勝記念日を数日後に控え、街全体が独特の緊張感と高揚に包まれていたからです。それなのに、帰国後早々から モスクワへ行きたい、モスクワへ帰りたい、、という思いが日に日に強まり、そのせいで、余計に旅の記録を上手く表せないでいます。旅が与えてくれるものは、旅の数だけ無限にあるのですね。改めて、縁というものを深く感じる今日この頃です。<5月5日、モスクワより出題した問題の答え>2. モスクワの象徴である「赤の広場」に立つ。 ・・・でした。* * * * * * * 気分転換に、淡路島までドライブに行って来ました。讃岐の可愛い山々を抜け、鳴門の渦潮を横目に海を越え、片道2時間あまりのドライブです。明石海峡大橋にほど近い、天気の良い日は大阪湾まで見渡せる場所に、「あわじ花さじき」というお花畑があります。今はポピーが花盛り。 一面、ポピーのお花でいっぱいです。^^ 少し離れた場所では牛が放牧され、その のほほ~んとした景色に心がほぐされていきました。こちら、甲子園球場の約4倍もの広い敷地に、春は菜の花、夏にはブルーサルビア、秋はコスモスが まるで絨毯のように山の斜面を覆うそうですよ。
2010.05.21

もう数年前のことになりますが、私の毎朝の楽しみが、NHK教育(TV)の語学講座でした。もちろん、語学の勉強の為ではありません。(^^;番組後半で紹介される それぞれの観光名所、そして流行の音楽や話題の映画など、新たな感動と旅先を探して、とりわけ古代遺跡が豊富で、未知との遭遇が多いアラビア語圏の映像がお気に入りでした。ある土曜日、30分早くTVを点けると、そこにはロシア語講座が流れていました。ロシアには興味ないけどなぁ~と思いつつ 目にした、数分間という僅かな時間に凝縮されたモスクワの魅力が、何故か他のどの国の風景よりも私の心に残りました。その時は、まさか自分がモスクワの地を踏むだなんて、夢にも思っていませんでした。ですが、きっと その時から私とモスクワとは何かの縁で結ばれていたのでしょう。^^*さて、スーズダリへ向けての小旅行を前に、 少しモスクワの地下鉄についてご紹介したいと思います。モスクワの地下鉄駅構内が世界で最も美しいことは、私はロシア語講座で初めて知ったことでした。そして、モスクワ行きが決まった時、それを見ることが楽しみの一つでもありました。^^まるで宮殿のような、美術館のような、豪華で芸術に富んだ壁画や天井画の数々。初めて訪れる人の 一体 誰がそこを駅構内だと思うでしょうか…。それは、社会主義国であったソヴィエト時代の名残りであり、社会主義リアリズム(社会主義を称賛し、革命国家が勝利に向かって進んでいる現状を平易に描き、人民を思想的に固め、教育する目的を持った芸術。(Wikipediaによる。))の様式に沿って、豪華な装飾が施されているのだとか。そして、"かつて要人の核シェルターの役割をするために造られた" とのうわさもあるほど、地下深くに広がっています。けれど、実際に目にした地下鉄のそれは、そんな重苦しいものではなくて、大理石に囲まれた広い空間とお洒落なデザインのシャンデリアによって、豪華に贅沢に、だけど少し翳りのある 一昔前の雰囲気に、まるでトルストイの時代にでも遡った気分になれるのです。では、そんなお洒落な場面を、皆さんにもほんの一部分だけお届けしますね!ただし、駅構内の写真撮影は原則禁止されておりますので、(エスカレーターを降りると監視員がいて、そこら中に警官がウロウロしています。><)記念に購入した ポストカードからの拝借です。<環状線カムサモーリスカヤ駅> <3号線アルバーツカヤ駅> <環状線キエフスカヤ駅><8号線アヴィアマトールナヤ駅> <環状線タガンスカヤ駅> <3号線プローシャチ・レヴァリューツィイ駅・革命志士の像>すっご~い!!@@ と、思わず口をポカ~ンと開けて見入っていると、ギュ~ンと思わず耳を塞ぎたくなる騒音を引き連れて、猛スピードで列車が入って来ます。2、3分に一本の割合で走っていますので、煩過ぎて じっくり壁画や彫刻を見て回る、、、ということはちょっぴり難しいようです。^^;ワルツでも流れれば、今にも舞踏会が始まりそうなのに、実際は、列車の騒音と振動、そして豪華な装飾など目もくれずに超現実を生きる大勢のモスクワ市民でごった返しておりました。(笑)*路線は非常に分かりやすく、ロシア語標記しかなされていないにも関わらず、他のどの国や街の地下鉄よりも簡単に乗りこなすことが出来ます。東京や大阪では迷子になり、ソウルでは慣れるまでに目イボができるほど公共機関が苦手な私でさえも、モスクワだけは大丈夫でした!!!市内に路線が3本だけというブダペストほど単純ではありませんが、放射線と環状線を巧く組み合わせて、ほぼ市内を網羅しているので、どこへ行くにもこの上なく便利です。営業時間(?)は早朝5時半から深夜1時過ぎまで。 料金は一回につき26ルーブル。 日本円にして、単純に80円くらい。料金については、常に変動しているようですので、その都度 ご確認を! *一つだけ残念だったことがあります。それは、ブダペストと同じく "地球の裏側まで潜るのだろうか…(笑)"、と思うほど長~い長~~~いエスカレーターです。4ヶ月ほど前に訪れたブダペストの地下鉄では、エスカレーターのスピードは日本の2倍以上は優にあったと思われます。あまりの速さに、その上を歩く人は一人もいません。大きく下から風にあおられて、あわや吹き飛ばされそうになった あの感覚がまだしっかり残っていたせいでしょうか、モスクワは「ごく普通」の速さに感じました。(それでも、日本のスピードのつもりで乗り降りすると危険です。)モスクワのエスカレーターはかなりのスピードだと聞いており、そのジェットコースター並み(?)の速さは、モスクワこそが本場かも?と期待していた分、それを裏切られた気分になったのです。*あっ、忘れてはなりません!このモスクワ地下鉄で、私は生まれて初めて「スリ」に遭遇したのです!!!私がポケットに手を入れようとした その時に、偶然 犯人の手と接触し、幸いにも未遂に終わりましたけど、、、。隣りになったおばさんも、「あなた、危なかったわね~!」と目をまん丸にしていましたっけ。うぅ~~~、やっぱり油断は禁物のようです。(><)*そして、もっと忘れてはならないのが、地下鉄で出会った若い何人もの青年達。^^どの青年も、自分より年配の方が列車に乗ってくると、スッとその席を立ち、相手に席を譲ります。それは相手がお年寄りに限ったことではなく、自分よりも明らかに年上である人が目の前に立つと、当然のごとく席を譲るのです。おぉ! ロシアの未来は明るいな!(^^)/ って、なんだか嬉しくなりました。そうそう、プーチン首相を20歳くらい若くして背を高くしたような、私好みの男性を見かけたのも地下鉄でした。(*^^*)美しき青きモスクワ地下鉄を、今日も沢山のモスクワ市民が目まぐるしく行き来していることでしょう。私の時計は未だモスクワ時間のまま、今でも時々、ふっと時空を飛んだような、モスクワの地下鉄に立っている自分を感じます。。。
2010.05.17

ピカッ!25階の大きな窓の外を、見事なまでに縦に稲光が走りました。中心部から少し外れにあるホテルだからなのか、大国の首都とは思えないほど夜のネオンも少なく、余計に稲光の眩しさが強調されます。奇しいその光は、怖いというより不思議な魅力でモスクワの空を照らし、私はその美しさにしばし見惚れていました。30分ほど賑わせた雷が去り、静けさを取り戻した部屋の中、、、あ、明日の朝は早いんだった!*実は、今回も直観だけでモスクワ行きを決め、航空券とホテルを手配してから気付いたこと。行きたいと思う殆どの場所が、月曜日と火曜日が休館なのでした。そして、私のモスクワ滞在がちょうどその曜日の2日間。(><)そこで、モスクワ市内の観光は「赤の広場」と「クレムリン」、「国立トレチャコフ美術館」に絞ることにしたのです。トレチャコフ美術館は月曜日が休館ということで、まず第一日目はモスクワ郊外に点在する古い都を訪れようと、行程を頭の中に描きました。*モスクワ北東部には、「黄金の環」と呼ばれる地域があります。11~15世紀に建てられた古い都を線で繋ぐと、まるで首飾りのように大きな円を描いて環状になるのです。私はそのいくつかの町の中で、ロシアの原風景を求めて「スーズダリ」という古都を目指そうと思い付きました。そこへ行くには、モスクワから3時間ほど列車に揺られ、まずは「ウラジーミル」という そちらも「黄金の環」の一つに数えられる町へ行かなければなりません。あらっ、「ウラジーミル」だなんて、愛しのプーチン氏と同じ名前じゃないの!(*^^*)そこで(?!)、そのウラジーミルを少し観光して(笑)、それからバスに乗り換えて1時間弱、目標のスーズダリに向かおうと計画を立てました。少し遠いけど、日中の長いこの季節ですもの。 ちょっとした冒険もいい刺激になるかな~って思ったのです。^^*5月3日、早朝7時前。 私はホテルを出発しました。モスクワでの宿泊先である「イズマイロヴォ・ヴェガ ホテル」は、イズマイロヴォ・グループの6ブロックからなるホテル群のひとつ。合計5000室にも及ぶ規模で、その数はギネスブックに載ったほどなのだとか!ホテルはロシア外務省に登録されている現地旅行社にほぼお任せになるので、たぶんここに泊まる旅行者は多いことでしょう。「メトロの駅へはどう行けばいいのですか?」 ホテル近辺の詳しい地図を持っていない私は、そうフロントで尋ねました。ウラジーミルへの列車に乗る為には、一度 地下鉄に乗って、ヤロスラーフスキー駅、もしくはクルスク駅まで行かなければなりません。「え~と、まず右に曲がって、もう一回右に曲がって、少し下ったところだよ。」ふむふむ、右へ二回ね、、、。何気なく玄関を出て、建ち並ぶイズマイロヴォ ホテル群を見上げながら、その広い敷地の真ん中で、、、はて? 最初に曲がる右ってどこなのだろう、、、、、???「モスクワ」という場所にすでに舞い上がっていた私は、肝心の部分を聞き忘れてしまいました。右? 右?? 右~??? そこで、道行く人に尋ねることにしました。ですが、どの人も冷たそう。(><)冷たいというか、表情がキツいというか、、、。なかなか話し掛ける勇気が出ません。どこかに優しそうな人はいないかしら、、、。慌ただしい月曜の朝だから、皆さん お顔が険しいの??? とにかく誰かに声を掛けなくちゃ! ということで、一人の若いお姉さんを呼びとめました。「すみません、メトロに乗りたいのですが、、、。」「メトロ?」一瞬、相手のムッとした表情にたじろいだものの、ここで負けてはいけません!!「あっちよ!」 彼女の指す方を振り向くと、丸いドーム状の建物がありました。きっと あそこがメトロの駅ね。 詳しく聞く勇気まではなかった私は、一人で勝手に納得しました。そのお姉さんと共に信号を渡り、私はまっすぐドームを目指します。早足のお姉さんはすでに遥か先でしたが、チラッと振り向き、私を探しているようでした。私が「あれね。^^」と、ヘラヘラ愛想笑いしながら ドームを指さすと、「違うわよ! こっちよ!!!」と、相変わらず不貞腐れた表情で、その先にある薄い黄色の建物を示しました。彼女は私が全く分かっていないことに気付いていたのでしょうね。ちょっと怖そうなお姉さんでしたが、私がメトロに辿り着くまで、ちゃんと見届けてくれたのです。人を見かけで判断しちゃダメですね、、、。(笑)本来なら、ホテルから徒歩2分で地下鉄駅に辿り着けるものを、ここまで来るのに すでに30分近くも経過。。。果たして、私はスーズダリまで行けるのでしょうか???(^^;* * *モスクワの地下鉄駅入り口は、赤い「M」のマークが目印で、建物は主に薄黄色をしています。こちらは参考までに、「ボリショイ劇場」やマルクス像のある「革命広場」への最寄り駅、「チアトラーリナヤ駅」の入り口です。
2010.05.13

6日の朝8時半、定刻より20分程早く 関西空港に到着。相変わらずの超特急ではあったものの、選ばれたかのような中身の濃い(?)今回の旅は、日本の地を踏むことにより、ここに無事 終了致しました。そして、これまでになく張り詰めていた緊張の糸が、帰国後 数日を経てプツッと切れ、今の私は完全に すっからかんとなっております。(笑)* 「モスクワ」は、たった2日間とは思えないほど、様々な表情を私に見せてくれました。ただ、あまりに無知なまま飛び込んでしまったせいで、この目で見た出来事の一切を明らかにするためには、今から調べていかなければならないことでいっぱいです。分からないことは、例え強面の警官にだって質問しちゃう私ですが、そこは さすがのロシアですもの!キッと睨まれるか、無視されるか、もしくは ちんぷんかんぷんのロシア語を怒涛のごとくに浴びせかけられるか、、、疑問は全て想像の中で膨らんでいきました。(笑)実は帰国したこれからが、私とロシアとの本当の出会いになるのかもしれません。それでは、いつになくパニックだらけの旅の思い出とともに、しばし私のロシア日記にお付き合い下さいませ。^^* * * * * * *足元が掬われそうなほど 強風が吹き荒れていたヘルシンキを発って およそ1時間半。モスクワのシェレメチェヴォ空港に降り立ちました。 そこは噂通りに薄暗く、陰鬱な雰囲気に包まれていました。ちょうど大韓航空便と同時になったせいか、入国審査場には韓国人の長い列ができていました。何も分からない私は、その多くの韓国人に混じって一番端の列に並びました。この入国審査に相当な時間が掛かることは十分に承知していましたから、ある程度は覚悟しておりました。私の後ろに並んだ 気品ある韓国人夫婦と少し会話を交わしながら、さぁ、長い待ち時間の始まりです。20分近く経過した頃でしょうか、、、。途中で標識と係員が代わり、何やら前方がゴタゴタしている様子です。「どうやら この列は観光でやって来た我々とは違う、特別なビザを持つ人が並ぶようだ。」モスクワで暮らしている弟さんを訪ねて来たという そのご夫婦と共に、私も隣りの列へ移りました。そこで日本語が少しだけ喋れるという気さくな韓国人男性と一緒になり、韓国語・日本語・英語を混ぜながらの簡単で楽しい4人の会話に、気が付けば 1時間が過ぎておりました。「なかなか順番がこないわねぇ~。。。」午後7時に着陸して、すでに時計の針は8時を優に回っています。僅か数mほど先に審査場があるというのに、遅々として前へ進まないのです。さすがに皆さん、少しイラつき始めました。そんな時、国籍不明のある男性が、「俺はトランジットだけだから…。」と私達に話しかけてきました。「ここは出口。 トランジットだけならこの列じゃないよ。」親切にも、韓国人男性は何度も詳しく英語で教えてあげました。それなのに、、、「いやいや、×○×○○*$#&○・・・。」 アジア人など相手ではない、、、そんな嫌な態度で私達の前に割り込んできたのです。ちょっ!!! 「チャッカマン!!!(ちょっと待ってよ!)」 思わず 私は韓国語で叫びました!もちろん、ずるい その男に韓国語が通じるなんて思っていません。ただでさえ長い待ち時間でイライラしている上に、図々しく割り込んできた男のせいで、皆さん ムッとさせられたのです。ですが その私の一言で、韓国人の皆さんに笑顔が戻り、嫌な空気が和んだことは大成功だったかなって思っています。(笑)結局、1時間半近く待たされて、私の番になりました。ピクリとも動かぬ無表情の係官。 パスポートの写真と私をチラッと見比べ、ビザと出入国カードを確認、入国スタンプを押す。そこで聞かれたことは、「あなたのフライトナンバーは?」の一言だけでした。たったこれだけに1時間半。(><)これが噂のロシア入国審査かぁ~。薄暗くなった空を見上げながら、第一関門突破に胸をなでおろしました。そこから車を1時間ほど飛ばし、ホテルに入ったのが午後10時前。25階の部屋で荷物を降ろし、ホッと一息ついた その時、、、、 いきなり空には稲光が走り、大きな雷の音が轟きました。ひとしきりモスクワ上空を賑わせた雷。それは、きっと私のモスクワ入りに対し、かのイヴァン雷帝による歓迎のファンファーレだったに違いありません。^^*<イヴァン雷帝>イヴァン4世。(1530~1584年)3歳でモスクワ大公に即位し、弱冠16歳にして正式にツァーリ(皇帝)の称号を名乗る。恐怖政治を敷いて反対派を弾圧し、「雷帝」として恐れられた。「赤の広場」にひときわ目立つ、ロシア一有名なねぎ坊主頭の建築物「聖ワシーリー寺院」は、このイヴァン雷帝によって建てられました。
2010.05.09
*ロシア正教の聖地として栄えてきた街、「セルギエフ・ポサード」にある世界遺産「トロイツィ・セルギエフ大修道院」。【'10.05.03】この写真を、日本にいる何人かの親しい方達に送りました。 「これはプーチンとの新居でしょうか。 玉ねぎの色使いにこだわりを感じます。(●^ー^●)」今回、職場には極秘で進めてきたモスクワ旅行。 ですが、2人の仲良しさんにだけは こっそり話してしまいました。 ↑の台詞は、愛を込めて(?) ロシアから日本へ送ったメールへの、同僚 K君からの返事です。(笑)* * * * * * * モスクワ滞在も、残すところ 後15時間となりました。未だ 拘束もされず、テロにも遭わず、「赤の広場」に面した「グム(国営百貨店の略)」のカフェで、無事に一息ついています。(o^-^o)モスクワは、私がこれまで見て来た世界の全ての要素が入り交じった街でした。その上で、現在の急成長の中においてさえ、旧ソビエトの栄光を決して忘れることなく "強いロシア"にこだわり続ける、不思議で独特な街でした。「モスクワが好きですか?」と聞かれたら、私は答えが出せないでしょう。けれど、「picchuko とモスクワとの相性は?」と聞かれると、それは かなり良いものだと感じます。そう言いつつ、ここまでくるのに、言葉では表わせない緊張感、焦り、疑問、戸惑いが次々と私を襲いました。だからこそ味わえた達成感も、いつになく大きなものがありました。ロシアから頂いた宿題も沢山あります。 帰国後もしばらくは、私の心はモスクワの中にあるでしょう。*今回の旅において、簡単な 6つの目標を掲げていました。 1. 国立トレチャコフ美術館にて、トラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」を観る。 2. モスクワの象徴である「赤の広場」に立つ。3. プーチン首相のマトリョーシカを買う。(笑)4. お洒落なカフェで、トルストイ作「アンナ・カレーニナ」を読む。 5. ロシアらしい毛皮の帽子を買う。6. モスクワの地下鉄を乗りこなす。 さて、ここで問題です。(笑)実はまだ、この中に達成できていない目標が 1つだけあります。 さぁ、それは何でしょうか?(^^) 皆様、ご心配ありがとうございます。とりあえず、現在のところは無事でいますので。^^モスクワ時間 '10.05.04 PM8:00
2010.05.05
これから香川を出発します。 明日の朝 9時までに関空入りする為には、私の住む町からの始発列車では間に合わないからです。(-_-) そこで、今晩のうちに関空へ行くことを決心しました。 そうです!関空のベンチで夜を明かすというわけです。(爆) 実は 過去においても、二度程 夜中の関空を体験しており、どこで枕と毛布を借りればよいのか、何時頃 係員さんからパスポートチェックを受けるのか、夜中の大きな掃除機の騒音も、 すでに全て熟知しております。ヾ(^_^) 私の旅行の中で最も心に残っている '07年7月のザルツブルク行きも、大型台風の影響のせいで 急遽 関空で泊まりました。ですから、私にとって ベンチでの寝苦しい夜は良い旅への関所のようなものかな?!(笑) おぉっと!そうこう言っている間に、瀬戸大橋線の快速マリンライナーへの乗り換え駅に到着しました。 脱!四国!!脱!日本!!! それでは元気いっぱい 行って参ります♪ 皆様も素晴らしいGWをお過ごし下さいませ。 * 写真は、4月26日に6歳を迎えた、私の愛犬 "ヨンサマ" です。(^^) * * * * * * * こう書いたものの、自分がそう若くないことを悟り、そして どうも自分が女性であるらしい(?)ことに気づいた私は、 関空のラウンジで夜を明かしました。(笑) 個室だと6時間で3000円。ベンチだと、枕と毛布つきでただなのに、、、。 ですが、思う以上に 快適に過ごせたので 満足しています。(^^)
2010.05.01
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