全4件 (4件中 1-4件目)
1
先日、思わず目を見張るニュースに出会いました。それは、9月22日付けのロイター通信。 【 メキシコのワニ保護区、洪水で280匹以上が脱走メキシコ南東部ベラクルス州の自然保護区をハリケーン「カール」による洪水が襲い、少なくともワニ280匹が逃げ出したことが分かった。21日付の現地紙エル・エコノミスタなどが報じた。逃げ出したのは希少なモレレットワニで、当局は住民に対し、捕獲したり殺したりしないよう呼び掛けている。ベラクルス州の知事は記者団に対し、保護区から逃げ出したワニは約280匹だと説明したが、400匹近いと報じるメディアもある。モレレットワニはメキシコ東部やベリーズ、グアテマラの淡水域や汽水域に生息し、大きいものは体長3メートルに達する。】メキシコで わ、ワニ~!!! @@;しかも280匹って、、、400匹って、、、( ̄□ ̄;)ベラクルス州は、私が訪れるカンクンやチチェン・イツァーのあるユカタン半島からは少し距離がありますが、そうですか、、、メキシコはやはりそういう国だということですか、、、脱走ですか、、、。記事を読んだ途端、"頼むよ、もう!!"って思わず叫びたくなりました。(苦笑)* * * 「ワニ」といえば、何かと最近 私が耳にする生き物。先週のTBS『世界ふしぎ発見!』でも、ワニを神聖視するパプアニューギニアの原住民が取り上げられていましたし、(イアトムルの人々は、自分達をこの国で最も強いワニの子孫だと信じており、男性の成人儀式として、刃物で背中にワニのような文様を彫り込むのだそうです。><)先月 訪ねた飛騨高山の友人宅でも話題に上りました。。。私の親友 T恵の旦那様であるRちゃんは、今から20年も前に、2年半にも亘って世界各国をたった一人で周遊した体験の持ち主。ソ連崩壊後すぐのロシアをはじめとする旧共産圏の国々や、当時から危険だったアフガニスタンやイランなどもご自分の足で歩かれています。また、その前年にはオーストラリアにワーホリビザで滞在し、そこから渡ったニュージーランドをヒッチハイクで一周するといった、私とは話が尽きない愉快な方なのです。^^「picchuちゃん、オーストラリアのダーウィンではね~、、、」Rちゃんの武勇伝が始まると、もう誰も話の流れを変えることはできません。(笑)「ダーウィンではねぇ~、ワニが普通に道端で信号待ちしてたりするんだよ!(注 : これは20年以上前の話です。)それも人間と並んでだよ! 信号を渡る速さはあっという間だ。 見た目と違って、とにかくすばっしこいやつらなんだよ!!」「そして、何が面白いかっていうと、そのワニの隣りで平気な顔をして「今日は良い天気だね~」なんて笑ってるオーストラリア人だよ! さすがはオージーだよね。(笑)」ちょうど先日も、Rちゃんの愉快な話に 私は他人事のように大笑いしたのです。*そして、この夏に偶然 TVで見た恐竜の番組でも、彼らは堂々と登場していました。恐竜よりも古くから地球上で生息している彼らは、恐竜と同時期に繁栄をし、様々な環境に適応できるよう数多くの種を生み出していきました。そして、白亜紀末に恐竜が絶滅した後も、今なお淡水域の生態系ピラミッドの頂点に君臨し続けているとのこと。また、恐竜時代にはすでに存在した哺乳類が人類に至るまでの進化を遂げる中で、彼らは当時の姿とほぼ同じまま現在に至っているのだとか。それは、進化する必要もないほど、太古の昔から完成された姿であることを意味するのだそうです。その話に、"すごいなぁ~、ワニって!"と、一人 感心していたのですが、その野生のワニとご対面~☆ってことになると話は随分と異なってきます。(><)もしかしたら、ユカタン半島にだって、脱走したワニが忍びこんで(?)いるかもしれない!いやいや、もともと野生のワニが平気な顔で人間と並んで信号待ちしているかもしれない?!すばしっこく近寄ってきたら、私は死んだふりでもすればいいの~???な~んて、一人勝手に話を飛躍させてしまったり、、、(笑)*ユカタン半島といえば、白亜紀末(およそ6550万年前)のこと、恐竜などの大型ハ虫類等、多くの生物を絶滅させたといわれる小惑星の衝突跡(チチュルブ・クレーター)が見られるのだとか。小惑星の大きさは直径10~15km、衝突速度は約20km/s、衝突時のエネルギーは広島型原子爆弾の約10億倍、衝突地点付近で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、生じた津波は高さ約300メートルと推定されています。この論文が今年3月、米国の科学誌サイエンスに掲載されたことで、長年続いた恐竜絶滅説論争に一応の終止符が打たれたそうです。その恐ろしい地球変動をも乗り越えてきたワニ。万が一、私と彼らが対面することがあっても、どうか知らん顔して通り過ぎてくださいね~。んんん~、それともマヤ文明における2012年人類滅亡説の乗り越え方を、ワニ様 直々に伝授してもらおうかしら~。(笑)
2010.09.26
「名前はカチューシャ!」「せっかくだから、大女帝のエカテリーナから名前を戴きましょう。呼び方は、エカテリーナの愛称であるカチューシャ!」母が体調を崩さなければ、実はもう一匹 ポメラニアンを買う予定でした。愛犬ヨンサマとクリスにお嫁さんを、と思ってのこと。一匹のメス犬を二匹のオスで、、、というのはどうかな~と思いつつ、さすがにメス犬もニ匹というのは・・・。以前、ヨンサマを買ったブリーダーさんに、「お宅で戴いたポメラニアンがとてもお利口さんで可愛いので、この子の子供を作るための相手を探して欲しい。」と頼んだことがあります。「その子がメスなら相手もすぐ見つかるけれど、オス犬の相手を探すとなれば、その子がチャンピオン犬でなければ、なかなか難しいですよ。」そこで、自分でメス犬も飼っちゃおう!と思い立ったのです。残念なことに、その話はお流れになってしまいましたが、、、。* * *『カチューシャ』といえば、あの名曲。カチューシャという娘が、川の岸辺で、兵役に出て行った恋人を思って歌う姿を描いたあの歌曲。あの曲を歌う10歳のトルマチェフ姉妹があまりにも可愛らしかったので、ヨンサマとクリスのお嫁さんには是非カチューシャという名前を、、、な~んて思ったのでした。^^日本ではロシア民謡と親しまれている『カチューシャ』ですが、本当はソビエト時代の流行り歌です。1941年6月に独ソ戦が始まると、戦場の兵士に広く愛されて歌われるようになり、代表的な戦時流行歌として定着しました。戦後になると、国民が団結した戦時下に流行した誰もが知っている歌として、共産主義を褒め称えるという政治的な意味合いを付加されて歌われるようになりました。 (Wikipediaによる)エカテリーナだと堅苦しく聞こえますが、カチューシャという響きのおかげでかなり印象も異なります。健気な娘をイメージするには、気の強いの女帝を連想させるエカテリーナと呼ぶよりも、カチューシャの方がお似合いですもの。すっかりロシアに浸ってしまった私は、早速 ロシアを思い出させる音楽を購入することにしました。実は、この『カチューシャ』が入ったCDが欲しかったのですが、同い年のよしみで(笑)、ロシアのヴァイオリニストであるアナスタシア・チェボタリョーワのアルバムを一枚買いました。1972年生まれのアナスタシアは、現在ではこの世代のヴァイオリニストとして世界最高峰の一人とする評価を得ているようですが、ソ連社会主義体制の下で国家による英才教育を受けた事が災いし、ソ連崩壊後の一時期、ロシア国内において「旧体制側の人間」とのレッテルを張られ、不当な評価を受けていたそうです。(同) ソ連崩壊、、、あの当時、私はその数ヶ月前に起こった ゴルバチョフ大統領の軟禁(ソ連8月クーデター)に対するショックが大きく、崩壊当時の様子までは詳しく覚えておりません。ただ、その地に生きるアナスタシアにとって、ようやく大人として花開こうとする18、9歳のアナスタシアにとって、その出来事は彼女の音楽人生だけでなく、奏でる音色そのものにも大きな影響を与えたのでしょうね。美しい容姿から放たれるその音色からは、独特で複雑な哀愁が漂ってくるようです。女性ならではの柔らかな響きの奥に潜む物悲しい響きが胸をえぐってくるようです。それが多くの涙を飲みこんできた、哀しい歴史を無言で見つめてきたモスクワの表情をそのまま表しているようで、帰国後しばらくは、この一枚にどっぷりハマっておりました。このアルバムの題名になっている『モスクワの思い出』という曲は、作曲家ヘンリク・ヴィェニャフスキが、1850年代に大流行していたロシア民謡の『赤いサラファン』と別の民謡のメロディを用いて編曲したもの。懐かしさを感じさせるその美しい旋律、ソ連とロシアという同じ国であって全く違う両方の国と時代を生きてきたアナスタシアが奏でることで、そこにもう一つ趣きが加わるような気がします。(You Tube)私は彼女のCDで初めて『赤いサラファン』を知りましたが、この音楽は戦後間もない頃に日本でも随分と歌われていたようですね。合唱部に所属していた私の母も、このメロディが流れた途端、日本語訳のこの歌を口ずさみます。歌詞の内容は、「お母さん、赤いサラファン(婚礼衣装)なんて縫わないで。まだ結婚なんてしたくないもの!」という娘に対し、「小鳥のように歌って過ごす、蝶のように花から花へと飛び交うような、そんな日々もいつかは色褪せ、楽しい遊びだって退屈になってくるものよ。お母さんだって、若い頃は貴方と同じだったのよ。」と諭す、娘を思う母親の気持ちが込められたもの。この歳になっても気ままに生きている私には耳の痛い内容なのですが(笑)、旋律だけを聴いていると優しい愛情に包まれているような、そんな気分になれるのです。ソビエトを思い起こさせる『カチューシャ』と、ロシアの原風景を感じさせる『赤いサラファン』。私がモスクワを思い浮かべる時、これらの音楽はなくてはならない存在です。
2010.09.19

このブログを始めた頃、私の愛犬・ヨンサマとクリスは 夜になると私のベッドで一緒に寝ていました。ところが、やんちゃ坊主の2匹ですから、ちょっとした場所にチッチッと自分の匂いを付けていきます。それも、私の知らない間にということが多いので、ある日 大変な染みになっていることも多々ありました。これではいけないと、それ以来 2匹を私の両親の部屋の隣りで寝させることにしました。それでも困ったことが起こりました。クリスが夜中に鳴くようになってしまったのです。それは人間に相手をしてほしいという甘えからなので、少し放っておくと自然と鳴きやむのですが、、、キャンキャン!一声クリスが鳴いただけで、父が「うるさい!!!」と大声で叱るようになりました。その声の方がよっぽど大きくて迷惑なのですが。。。クリスを可哀想に思い、夜中にクリスが吠えれば母が起きて、しばらく2匹の傍にいてやるという毎日。「どうせ昼も寝てるのだから・・・。」 そう母は言ってくれますけど、まだまだ安静が必要な母に無理はさせられません。そこで、再び私の部屋で寝させる為に、今度は新しく夜用のゲージを購入しました。最初の夜は、一つのゲージに2匹を入れてみたのですが、どうも狭苦しいみたい。まだ夜も暑くて寝苦しいので、もう一つ購入して、広いスペースで快適に眠れるようにしてやりました。近頃のペット用のクッションは、とてもフワフワして気持ち良さそうです。^^ 夜中に数回 トイレの為に裏庭へ連れて行くので、私が少々寝不足ですが、可愛い2匹の為ですもの、なんとか眠い目を擦りながら頑張っています。早朝5時には朝ごはんの催促が始まるので、私も5時少し前には起きます。その後、庭の草木の水やり。 表と裏庭で30分も掛かってしまうのですが、今はその時間がとても気持ちが良いのです。緑の中で澄んだ空気を吸っていると、自分の心の底まで浄化してくれているような、優しい気持ちになって一日をスタートさせることができるのですね。そして洗濯物や朝食の準備、玄関の掃除にゴミの片付け、、、大したことはしていないはずなのに、見えない雑用が沢山あって、世の女性の凄さや大変さを今頃になって感じております。(^^;これまで随分と母に甘えてきたなぁ~と、さすがの私も大反省。。。近頃ではそんな毎日も慣れてきて、かなり時間の使い方が上手になりました。^^少々の睡眠不足も気にならなくなりました。これを機に、空いた時間を勉強に費やそうと思う余力もできてきました。ただ自由な時間に勉強するっていうと、また明日~なんて怠け心が先だって、いつまでも勉強が進まないことばかりだったのですが、物事に集中する時間とリラックスする時間のメリハリがつくようになると、自然とやる気も出て来るのですね。当たり前のことなのでしょうけど、意外な発見に思えました。子供の頃にそれに気が付いていれば、もっとお手伝いや部活動、そして遊びと勉強のバランスが取れてたのにな~、なんて。(笑)勉強だけしてなさい!では、逆に子供にとってマイナスなんですね~。そういえば、脳科学者の茂木健一郎さんも、「面倒くさい雑用が脳を活性化させる」って言ってますよね。^^*さて、現実は現実として、気分はお先にメキシコです!(笑)今年の夏用にと買ったものなのですが、次回のメキシコ旅行にいいかも~と、このお帽子を眺めてほくそ笑んでおります。 こちらも、7月に神戸へ行った時に、さんちか1番街の「Kyoei」さんで買いました。すっかり顔を覚えて戴いていますので、店員さんも私の好みをよくご存知です。^^「これは日本製なんですけどね・・・。」ちょっと躊躇いながらも、奥からこのお帽子を引き出してくれました。「日本製なんですけど、たぶん お気に召すと思って。。。これまでお持ちのお帽子とは少し雰囲気も違うでしょう? 個性的というよりは、ただ素直で綺麗なお帽子って感じなんですけど、お客様にとてもお似合いだと思いますよ。^^」さすが お商売が上手な方、私が個性的なイタリア製が好きなことも覚えてくださって、その上で、それにこだわらず 私に合う帽子を勧めて下さります。このお帽子、どんなタイプの洋服にも自然と馴染んでくれるので、メキシコ行きにもってこいです!それでは、お茶目なクリス君に早速被ってもらいましょう。(笑)
2010.09.12

「私、5月にモスクワへ行って来たの。」その一言がやっとでした。コンサートの後、購入したDVDのケースにサインをして貰いながら、私はアレクセイ・バルショフ氏に話しかけました。胸の高鳴りを抑えることに必死で、伝えたいことを英語に訳すこともままならない私。アレクセイはそんな私の顔をじっと見つめながら、私の台詞を待ってくれました。一目でロシア好きの私を見てとったのか、彼は素敵な笑顔で「じゃぁ、次回は是非ともペテルブルクへ!」と握手とともに答えました。それからどれくらいドキドキが続いたでしょうか。思い出すたびに鼓動は速まって、頬が赤くなるのを感じました。もしかして、私、今、恋してる?!* * *私が恋したのは、アレクセイただ一人ではありません。ロシアからやって来た4人組みのアンサンブル、『 テレム・カルテット(TEREM QUARTET)』。随分と前のことになりましたが、7月4日、母と二人で西宮市にある兵庫県立芸術文化センターへ彼らのコンサートを聴きに行きました。~ 今、ロシアのみならず、ヨーロッパでも比類ない音楽で人々をひきつけるアンサンブル「テレム・カルテット」。ロシア人が「ロシアの宝」と胸を張る、サンクトペテルブルク出身の、結成24年目のそのベテラン・アンサンブルは、プーチンはもちろん、ローマ法王やチャールズ皇太子の御前演奏に、世界でも指折りの一流アーティストとの共演など、その活動は幅広い。ドムラ、バヤン、バラライカとロシア独自の民族楽器を使いながら、インターナショナルなそしてジャンルを超えた音楽!それであってロシアの響きが根底にある何ともユニークな世界。基本はジャンルを超えた楽しい音楽!民族楽器のアンサンブルであり民族アンサンブルではない音楽!民族楽器というこれまででは限定された音楽しか演奏できないとされてきたものを、彼らの高い演奏技術とアレンジ力で、民族楽器の枠をこえ、様々なジャンルの音楽を創り出す。それは、“ロシアの楽器から、インターナショナルな音楽へ”を意味している。「もともとロシア人は今までも外国の新しい文化を取り入れ、それを自国のものにしてきた。その考え方に基づき、テレムの音楽はインターナショナルであり、ロシアの音楽である。」「テレム」とはロシアの伝統的木造の家を意味。「一つ屋根の下にたくさんの人が楽しく一緒に生きる」ことにテレム・カルテットの願いがある。~バッハの音楽から始まった そのコンサートは、最初こそ真面目(?)にクラシックやロシア民謡を演奏していたものの、場が和むのを読みとりながら、次第に遊び心を加速させ、誰もが知ってる「猫ふんじゃった」や日本の歌謡曲である「恋のバカンス」など、彼ら色にアレンジして、ところどころにロシア色を覗かせて、ユーモアいっぱい、気が付けば、観客の誰しもが彼らの虜になっていました。ロシアの民族楽器をまじまじと目にしたのも初めての私は、物珍しさと彼らのパフォーマンスのどちらにも釘付けになり、このコンサートが永遠に終わりませんように・・・、知らず知らずにそう祈っておりました。(笑)小ホールで開催されたおかげで、演奏者と観客の距離が今まで体験したこともないほど近く、演奏者一人一人からも私達観客の表情や感情の移り変わりが手に取るように分かっていたことと思います。会場が一体となり、笑いの渦に巻かれながら、彼らもますます熱く乗ってきたのだと思います。オーケストラのコントラバスに匹敵する巨大な弦楽器 "バラライカ" の弦が一本、切れてしまう勢いでした。これは実際に聴いて戴かなければ、その興奮は伝わりませんね。(You Tube)「また来いよ~!」 隣りに座る男性が大声で叫びました。ホント、ホント、また来て下さいね~! (左から、アレクセイ・バルショフ氏、ミハイル・ジューゼ氏、アンドレイ・スミルノフ氏、アンドレイ・コンスタンチーノフ氏)4人の最年長で、曲のアレンジをされているのがアンドレイ・スミルノフ氏。確か1932年生まれだったと記憶しています。 ということは、今年で78歳?彼はロシアのボタン式クロマティック・アコーディオン "バヤン" を演奏しながら、彼らの音楽をリードしていきます。「IL DIVO」ならば、バリトンのカルロスのように、彼らのサウンドを導き、その主軸になっているような存在。(笑)ツルっとした禿げた頭が 河童のお皿みたいで可愛くて、彼の個性をも現わしているように思えました。^^サイン会では、そのアンドレイ・スミルノフ氏を先頭に年齢順に並んでいたと思います。離れた場所からは、 人の良いユニークな "おじいさん" にしか見えていなかったアンドレイ・スミルノフ氏ですが、すぐ目の前で見てみると、肌はピカピカ艶があり、その優しい眼差しは甘ささえも漂わせておりました。くらぁ~。 私、78歳に恋したかも~。(爆!)彼だけではありません。 一人一人と握手を交わす度、頬が赤くなるのを感じました。そして、最後の最後で勇気を振り絞ってアレクセイに声を掛けたというわけです。(*^^*)私、ペテルブルク出身の男性に弱いのかな?愛する(?)プーチン氏もサンクトペテルブルク出身です。(笑)
2010.09.05
全4件 (4件中 1-4件目)
1
![]()

![]()