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病院デー(歯科)3か月に1度の歯の定期健診&クリーニングに行ってきました。いつもの事ですが、3か月ってアッという間にやってくる…。今回は、レントゲンを撮ってから1年経っているので、レントゲン撮影あり。その後、歯科衛生士さんによるクリーニングが約40分間、その後、Drの診察(虫歯などのチェック)、レントゲン画像の説明では、虫歯治療後の神経を抜いた歯の先のほうが黒くなっている事を指摘されました。黒くなっている所が、細菌が入っているらしく、病巣(歯根嚢胞?(しこんのうほう)になっているようだ。今は、特に症状はないのですが、免疫力が低下すると、炎症を起こすそうな…。↑抗がん剤治療で、免疫力低下しているブロ友さんも、歯の痛みを訴えて歯医者に行かれていたし、リレーフォーライフで知り合った癌友さんも、インプラントだったけれど、炎症を起こして、ぜんぶ外さないといけなくなった…と言われていたなぁ…。私も、直腸がん術後、抗がん剤治療をして、いろいろ副作用は出ても、歯は痛むことなく過ごしてきましたが、あれから月日もだいぶ経っているので、今後、癌の治療やその他の治療で免疫力が低下した時、悪化するかもしれない事を覚えておこう。(左の下、奥歯2本。)現在、痛みなどがないので、そのまま様子を見ることになりましたが、痛みがあるようなら、まず薬で抑える、その後、治療(根管治療)したほうが良いと言われました。写真。。。抗がん剤治療中、食欲がなくなり、唯一食べられたもの。私は、ぎょうざの○将の、餃子でした。抗がん剤治療日のランチでよく食べたのよ。(^ω^)♪私の抗がん剤治療。。。術後リンパ節転移がある為の治療。 術後補助化学療法 手術でがんを取りきれた後、もしくは、術後リンパ節転移の可能性がある場合の再発予防を目的として抗がん剤を投与する。 5FU+ロイコボリン療法 <投薬する薬> 5ーFU(フルオロウラシル) 代謝拮抗薬(抗がん剤) ホリナートカルシウム(ロイコボリン・アイソボリン) ロイコボリン自体は抗がん剤ではなく還元型葉酸 5-FUとの併用療法によってその効果が増強される吐き気止め まず、吐き気止めの点滴を30分その後、抗癌剤の効果をあげる為のアイソボリンを1時間点滴、アイソボリン点滴が1時間経った所で、5FUを投入(点滴)、その後引き続きアイソボリンを1時間点滴、で終了・副作用・・・・・・・下痢、口内炎、しみ、色素沈着、手足顔の湿疹、かぶれ肝機能障害、吐き気、食欲不振 白血球↓ー抵抗力が低下 赤血球↓ー貧血 血小板↓ー血が止まりにくくなる(私の場合)・ご飯粒が食べにくく、おうどんなど、ツルツルしたもの(喉越しのいいもの)を食べる。 ・まつげ、眉毛が全部抜けた。・髪の毛が少し抜けた。ちょっと前のほうがハゲた。・手足の関節部分、目の周りとかが、黒ずんでくる。(色素沈着)・少々胃がムカムカする。 化学療法というと、副作用が強くて吐いたり髪がドバッと抜けたりする イメージがあったけれど、思っていたよりしんどくなかった。・スケジュール・・・外来で水曜日に治療 4週点滴、3週休み 4回コース(4クール)2001年10月スタート~2002年4月終了 10月から外科外来で抗癌剤治療を受ける(1回だけ入院中だった) 朝、病院の駐車場が混む為、6時に起きて病院へ8時30分に採血をして2時間後、 検査結果を見て診察してから、抗癌剤治療をする。 治療中は看護士さんが何回も「大丈夫?」と見に来てくれるので安心 週1回の治療だけれど、前の日から憂鬱。。。 気分的なものか、治療前から、胃がムカムカする。。。・化学療法をする事で10人中6人は何もしなくても再発・転移なし残り2人は抗癌剤で再発・転移なし後の2人は再発という現在の医学のデーター私の場合、化学療法(抗がん剤治療)後、残念ながら、2年後の定期検査で肝転移の診断。肝転移手術を受けることになる…。病院デー。(眼科)アレルギー性結膜炎の症状(目の痒み・目の奥の痛み)が酷くなっているので、眼科に行くと、眼圧の検査・視力検査 & 診察で、必ず緑内障が疑われ、緑内障の検査をされるんだよなぁ…。今回の検査は、視野検査ではなく、目のレントゲンをはじめて撮られましたよ。緑内障ではありませんでしたが、疑わしい状態なのかなぁ?年1回、定期検査はしたほうが良いと言われましたよ。目の痒みは、「どのぐらい痒いのか?」尋ねられ、「目を取り出して洗いたいぐらいです」と答えると、普段笑わないDrなのですが、「ふふっ」と笑われました。www目の奥の痛みは、目が原因じゃないようなので、頭?脳?脳神経?外科?内科?今、アレルギー性鼻炎も酷いし、何が原因か?しばらく様子を見てから受診するか決めようと思ってます。こちらは、目薬2種類処方されて終わり~。 備忘録用。
2019.01.27

今日は一日、雪がチラチラ。庭の木に、うっすら積もりました。今晩降り続いたら道路も積もってるかも。昨年の事。。。雪が15センチぐらい積もった日、裏庭の道路では、車が、雪道(坂道)でスリップして縁石に乗り上げて、そのまま林の中に突っ込んで、引きあげるの大変そうでした。雪道のお出かけ、徒歩の人も、車を運転される方も、皆様、気を付けてくださいね。今日は冷えるので、温まる食べ物~。夕飯はおでんにしました。(^ω^)♪
2019.01.26
飲めるごはん↑ この前テレビでやってました。
2019.01.17

今日は、病院(神経科)受診でした。今の体調、この前の検査の事、今後の治療など、病院受診計画を相談してました。がん治療の病院も、主治医が移動になっているので、☆主治医のおられる病院へ行くか?(今の病院より遠くの病院へ行く事になる)☆今までの治療カルテのある病院へ行くべきか?(新しい医師に、私の状態を一から説明しなくてはいけない)☆手術治療に適している病院へ行くべきか?(癌治療に適している病院へ新たに受診する)こればかりは、自己判断なのでね。(^^ゞ患者歴が長くなると、病院の内部もある程度見えてくるし…。「白い巨塔」的な感じがする病院もあるし…。患者の前なのに、ライバル心むき出し…だったり…。派閥的なものがあったり…。←患者が感じるぐらい。初めの頃は、お医者様は、偉い人、って感じに思っておりましたが、お医者さんも、普通の人間なんだ・・・と、長年、患者になってみるとわかってきました。「マネーデータベース『製薬会社と医師』」↑ 今まで受診した医師、検索してみましたよ。 500万とか900万の方、おられましたわ。人生、いろいろ迷うことってありますよね。そんな時、あの方だったら、どのような選択をするのだろう?とか、私の選んだ道を、支持してくれるかなぁ?とか、いろいろ思います。私の場合、日々体調によって、精神状態もいろいろなので、(^^ゞこのキーホルダー(お守り)から、頑張る!!パワーを頂いております。(^ω^)♪開けると、大切な、「種」が入ってます。(^ω^)♪ いろいろ困難なことがありますが、後悔しない生き方をしたいです。
2019.01.17
阪神淡路大震災から24年。。。 謹んで犠牲となられた方々のご冥福と被災なされた皆様に心からお見舞いを申し上げます。 当時を振り返って。。。あの日の朝、いつもの地震とは違う強い揺れ…。私の住んでいる地域の被害は少なかったのですが、それでも家は少々傾いたり、屋根の瓦がずれたり、外壁はヒビが入ったり…。 今ような薄型テレビと違って、安定感のありそうな32型のブラウン管テレビが、ひっくりかえって転がっていたし、タンスが倒れたり、重いピアノが部屋の真ん中のほうまで動いていたり、食器棚からは食器が落ちて割れ、足の踏み場もない状態…。 ライフラインは、地震直後電気が止まりましたが、幸いなことにすぐに復旧した為、水・ガス・電気に困ることはありませんでした。 困ったことは、数日間の食料の調達…(祖母の家など数件分 + ペットの食料(猫・犬が飲んでる牛乳など)。スーパーは入場制限をして大行列で、商品はすぐに売り切れてしまい、陳列棚はスッカラカン状態。お店を探していると、田んぼと畑の間にポツンとある農家の方御用達のお店かな? ↑ 現在は閉店してありません。小さな商店が営業しているのを見つけ、なんとか買うことが出来て助かりましたが…。 そして当時は余震が度々あり、父は服を着て靴を履いて寝るなど、余震が起こるたびに「ドキッ」としながら不安な日々を過ごしていました。 24年経った今でも地震が起こると、またあの時のような激しい揺れになるのでは…と、ドキドキしますが、年月と共に地震に対する備えのほうは疎かになってきているので反省。(= ̄ェ ̄=)ゞ 私たち震災経験者は あの時の事、忘れる事は出来ないと思います。それぞれの24年。。。 いろんな事がありました…。私は震災後、直腸癌、肝転移、悪性リンパ腫疑い、その他病気のデパート状態で日常生活に支障があり大変ですが、今、生きていられる事に感謝して、日々を過ごしたいと思います。 おむすびの日。大震災でボランティアよる炊き出しが、人々を大いに助けた事から 1月17日はおむすびの日です。余談ですが、母方の伯母は(母の姉)、激震地近くの病院に入院中でしたが、「冷えたおにぎりが2つしかもらえなかった」…と、当時を振り返って、ブツブツ言っておられたのには驚きました。(呆)
2019.01.17

2019.01.17

お正月の煮しめが少し残ったので、茶碗蒸しにしましたよ~。(^ω^)♪庭に生えてる三つ葉も入れてみました。あと、黒豆が少々残っているだけで終わり~です。ご馳走さまでした。(^ω^)♪
2019.01.05

叔母から、(母の姉妹、4女がお墓の名義人)墓じまいをすると連絡があってから、約一か月。先月の初めに墓園で、墓じまいの手続きを済ませているので、いつお墓が墓じまいされてしまうか?わからない状態・・・、もしかしたら、もう墓じまいした後かも?でしたが、お墓参りに行ってきました。↑ 叔母が手続きしているので、いつ墓石が撤去されるとか詳細がわからない。私、内視鏡検査前なので、風邪やインフルエンザ等もらわないように、おとなしく過ごしていないといけない状態なのですが、昨年のお盆のお墓参りが最後だったんだ・・・になるのは、心残りでね。まだお墓、あるかも。検査が終わってから行ったらないかも。いろいろ考えておりましたが、今ならまだあるかもしれないお墓、行かずに後悔したくないから、体調はいまいちすぐれませんでしたが、行ってきました。ご先祖・祖父母の眠るお墓。。。祖父が建てた宇都宮のお墓を、遠くてみんながお参りできないからという理由で、平成の初めに移し、当時は、祖母の家もお墓の方面にあったので、伯母の家は年に1度ぐらいは行っていたようですが、ここ10年以上、ほぼ我が家しか行かないお墓になり、「お墓参り行ってもらっているから…」と、お参りする時期になると、お供えの品?が毎年届き、いつの間にか、我が家が行くのが当たり前状態。我が家が後継者?管理しているお墓になってる?墓守を任されているかの状態になってたのよね。もともと我が家は、お参りしたい時、行きたい時に行っていただけなのに…。我が家も、誰かが入院したり、行ける時ばかりではないから、「いつも行ってもらって…」など、言われると、是非とも我が家が行かなきゃいけないような、変~なプレッシャーになるんだよね。伯母や叔母さん達、自分の余暇に費やす時間、デパートとか買い物に行ける時間で、お参り出来る距離に住んでいはるのに、人任せ。↑ 自分の親のお墓なのに…。私が癌じゃなく元気なら、自分の家のお墓も、(私は肝転移がわかって終活で自分のお墓(永代供養墓)を用意しました。)ご先祖様のお墓も、このままお墓参り&お掃除ぐらいするのですが、私自身が、この先どうなるか?なので、誰も後をみようとしない、お参りもしないお墓を、墓じまいしてくれることは、病気を抱えた私にとって重荷が一つ減り良い事だけれど、突然の話だったからね・・・。今まで、お参りをかかさず行っていた孫である私にとって、お墓が無くなってしまう事、とても寂しく思うし、動揺するお話しでした。今日、行ってよかったわ~。まだ、墓じまいされずにありました。(^ω^)♪最後の お参り & お掃除 する事ができました。いつもは、家に咲いているお花などを買ったお花と一緒にお供えするのですが、お墓があるのか?どうだか???だったので、お墓がある事を確認してから、霊園のお花屋さんで購入しました。家からは、もしお墓がなくなっていても、気持ちだけお花を置いてこようと家に咲いていたサザンカを一輪だけ持って行きました。お墓の上にのせてみました。(^ω^)♪おじいちゃん、おばあちゃん、ご先祖様、平成で建立して、平成最後の年に、墓じまいすることになってしまってごめんね。 今まで、気持ちが安らぐ、心が落ち着くひととき、お墓参りをさせていただけたことに有り難う。
2019.01.05

12月初めは叔母達の訪問があり、家の中の雰囲気は、微妙な重~い雰囲気が続き、少し落ち着いてきた所へ、 昨年の大みそか。。。のんびり~していたところに、夕方、お花の贈り物が…。母宛てに 「喜寿のお祝い」 が届き、困惑…。自分の親の長寿のお祝い、今まで家族でささやかにお祝いしてきていたのに、今までなにもしてこなかった人から贈り物が来ると???なんで?って感じになり、家の中は気まずい雰囲気に…。送り主の叔母。。。この前、イギリスから帰国した時に、「私、古希なの♪」と言いまわっていたので、自分も祝って欲しいから?催促されてるのかしら???普段付き合いない、家族以外の人がお祝いするのなら、普通、きりのいい、60歳の還暦とか、70歳・80歳とかじゃないのかしら?古希まで生きられて良かったよね。病人の私なんて、あとどれだけ生きられるか?なのに…。今年だって生きていられるかが?私が癌患者なのわかっておられるのだから、自分が長寿のお祝いしてほしいのか?ですが、もうちょっと空気読んでほしいわ。昨年の漢字 「災」 が大晦日まで降りかかってきましたよ。2019年 お正月叔母から電話があり、お花を送ってきたわけは、今までお誕生日のお祝いしていなかったから…とか、今までお墓の管理をしていてくれたお礼も込めて…など言っておられましたが、それならメッセージの内容、自分の古希のお祝いを催促しているのか?人に変な気を使わせるような「喜寿のお祝い」ではなく、送る相手の家に対して、どう思うのか?考えたメッセージ内容にすべきだよな・・・と思いました。
2019.01.05
昨年。 12月初めの事。前回の記事、愚痴~の続きになりますが、今年の春に、母方のご先祖・祖父母のお墓は、墓じまいする予定になり、お墓にあるお骨は、海洋散骨(海洋葬)するそうです。祖父は、海が大好きだったので、(釣好き)今のお墓も海が見える場所にありますが、海の中・・・、私的には、あまり好きではありませんが、海好きだったらうれしいかな?どうなんだろう?しか~し、私が癌患者 + 鬱病なの知ってはるのに、お墓の相談したいから、という用事で、我が家を訪問する母の姉妹達って…。墓の相談なら、お墓近くに集まってすればいいのに、具合の悪い病人がいる家に来るのは如何なものなのか?(我が家は、お墓の近くに家があるわけではなく、お墓まで、車で40分かかるんですけれど…。わざわざ我が家に来る理由が???後期高齢者の母に車の運転、墓までの送迎させる為?危ないやろ!!事故起こしたらどうするねん。(=`ェ´メ=)プンッ )叔母の訪問。。。始めはイギリスから帰国して来る1名?だったはずなのに、お墓の事・・・という事で、2名に増え、2名の予定が3名来ましたよ。1人は5年ぶり、あとの2人は、2004年、叔父の偲ぶ会の時に会って以来なので、14年ぶり。母は、あらかじめ、私について、体調次第で、「出てこないかもしれないから」とは言っていたらしいですが、私が挨拶だけでも・・・と顔を出すと、「久しぶり~♪」とテンションあげあげで来られたので、私、どんびき…。(目が泳いで、びっくりしてイカ耳になって逃げるネコ状態になりました。)とりあえず、挨拶だけして部屋に退散しました・・・。挨拶するのが精一杯状態。精神的に、限界でしたよ。叔母の皆さん、私のがんのお見舞いにも来ず、父の入院手術のお見舞いにも来ず、よく平気な顔をして来れるよな…。父が出迎えましたが、「お見舞いにも来れずすみません」などの言葉もなかったからね。血が繋がっていなかったら、そんなものかもね。父は伯母と同じ手術をしていますが、心配する度合い、態度が全く違うから…。心臓弁膜症の手術、この手術をすると自動的に身体障がい者一種一級に認定するのはおかしいで。手術すれば普通に日常生活できるのだから。昨年の4月から始まった「妊婦加算」も議論になり、今は凍結?になってますが、身体障害基準も、時代と共に医療技術が進歩しているわけですし、この事案も、厚生労働省は見直す必要あり、です。(これは、家族である父が心臓弁膜症にならなかったらわからなかった事です。)私たち、癌患者は、日常生活に支障があっても、身体障がい者基準に該当しない障害は、日常生活にかなり支障があっても、なにも認めてもらえませんから…。普通に生活できる人が、身体障がい者1種1級の一番重い手帳をもらえて、癌患者でずっと日常生活にも社会生活にも支障があり悩んでいる人が、健常者と同じ枠で、必死に仕事している…。 これ、おかしくないか?↑ 私、直腸がん温存で手術し排便障害の後遺症が残って、 仕事するうえで「排便障害」を会社側に理解してもらえるような書類を探しましたが、 何もありませんでしたので、健常者枠でしか、仕事を探すことが出来ず、 適応できる仕事も少なく、再就職は困難でした。 (医師にも相談しましたが、「厚労省を動かすのは難しい…」と言われ、 働くために、ストマにできないか?も相談した事もあります。
2019.01.05

我が家のお節は、好きな食材だけ少量、買ってくるスタイル。煮しめ・なます・かぶの千枚漬け・お雑煮は手作りです。(母作)お節、並べてみましたよ、の図。(買ってきたもの)お煮しめ。(母作)カブの千枚漬け・なます。(母作)お雑煮。(母作)ご馳走さまでした。(^ω^)♪
2019.01.01

謹賀新年。明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。今年、癌サバイバー歴18年目になります。今のところ、経過観察で一段落していますが、次々に新たな癌、怪しい兆候があるので、油断できない状態です。その他、癌とは違い、命に直接関わらないけれど、生活に支障がある病気のデパート状態の為、日常生活は、病院の事、治療の事、今、目の前にある問題が大半を占めております。まだしばらくは療養生活が続きますが、心と身体の元気を取り戻したら、少し先の将来、仕事復帰に向けて活動再開したいと思っています。(=*^ェ^*=)♪笑顔溢れる日が一日も多くなりますように。なにはともあれ、本年も皆さまにとって素敵な一年でありますように!皆さまのご多幸 お祈り致します。アニマルキングダム、イノシシのぬいぐるみ。(^ω^)♪郵便局で頂いたハッピーターン。イノシシ。
2019.01.01
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