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今日は小学校の運動会朝から元気よく音楽が流れていた。昨日はパパは夜遅くまでお出かけダカラ夕方の散歩も食事もなしパパは今ブログに10数年前のセキレイの話を書いている。昨日川や海に行きセキレイを見に行っただけど何処にもセキレイはいなかった。壇ノ浦の海辺にも行ったが其処にもセキレイはいない。パパは源平壇ノ浦の戦いを思い出しながらセキレイを探した。 (源義経の8艘飛び)1185年壇ノ浦(関門海峡)で行われた源平最後の合戦である。 (平家の総帥平宗盛)屋島の戦いで敗れ下関に退いた平家軍を源氏軍が追撃平氏は総帥平宗盛が安徳天皇と神器を奉じ源義経を総大将とした源氏軍を迎撃激戦の後に宗盛は生け捕られ斬首、平家は滅亡した。この時の船の数は平家500艘、源氏700艘と言われている。二位の尼(平時子・・・平清盛の妻)は安徳天皇を抱いて入水した。安徳帝の入水を見届けた平知盛は「見るべき程の物は見つ、今は何をか期せん」と大碇を差し上げて入水したと伝えられている。当時を見るかのように今日も潮の流れも早く18ノットの潮の流れであった。
2009.05.31
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今日は朝から曇り空、涙が出るので僕は病院から目薬をいただいた。毎朝パパが目薬を差してくれている僕が目薬を差すのを嫌がるとパパからすごく叱られた。パパは叱りらしたら止まらないダカラ、チィーコの話をすると機嫌が直ってチィーコの話をしてくれた。パパは僕にチィーコの話をしながら遠き昔のチィーコとの思い出を懐かしく語っているのだと思った。こうして今僕がパパの所にいるのもチィーコのお陰かもしれない。新しい年の初めパパたちは1月4日会社に出勤前に恒例の新年の祈願祭である。近くの八幡神社で1年の安全祈願。パパはチュン助やチィーコの安全を心から祈ったようである。パパは安全祈願を終えて10時に職場に到着した。パパが来るや否や雀の大合唱チュン、チュンと鳴いている。事務所の屋根や電線に雀の集団である。冬は小鳥の餌が少ない、まして正月三ヶ日はお休みである雀のチュン助たちはすごくお腹をすかしていると思われる。パパはチィーコにはパンをチュン助にはアワを沢山あげた。多くの雀達はチュンチュンいながら我先にと食べていた。チィーコにもパンをあげていたが、チィーコは来る気配は無かった。いくらパパが口笛を吹いても冷たい冬の海に消されて往った。冷たい風にさらされながら呼べどむなしい冬の海行きかう船の汽笛さえなぜか淋しくこだまする。
2009.05.29
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今日散歩のときお友達コーギーのカールに逢ったカールは腰が悪いのでママさんがヒモで支え前足だけでの散歩である。そのママさんからリュウ君尻尾の毛が少ないねといわれた。僕のパパも気にしていたがママさんから言われてすごく心配したのかリュウ来週病院の先生に見てもらおうねといわれた。僕のパパは何かと苦労が多いようである雀のチュン助とはすごく仲良しになったがセキレイのチィーコはなかなか遊びに来てくれない今年も今日が最後の12月31日大晦日であるだがチィーコは何処にもいなかった。確かに冬は虫などがいないために餌が少ないだからチィーコは餌を求めて海岸、上流の川に行ったのかも知れないとパパは思った車で海岸の上流までは30分の道のりである小鳥が来そうな川に行くと鳩の夫婦が餌を求めて岩肌にいた。雀のチュン助夫婦、それに野鳩の夫婦鳥は何処に行くも常に夫婦連れである。パパは川を探したがチィーコの姿は見ることは出来なかった。パパとしては明日から正月休みに入るダカラ沢山のパンをチィーコに置いておきたかったのである。今年は雀のチュン助とお友達になれた来年は必ずチィーコとお友達になるとパパは僕に言った。雀のチュン助、セキレイのチィーコいい年を迎えてねと僕は空に向かって大きな声で吠えた
2009.05.28
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僕のお家にも朝は雀が木や屋根に留ってパパの起きてくるのを待っている。職場ではチュン助と名前をつけていたのでお家でもパパはチュン助と呼んでいる2代目チュン助である。パパの職場は合理化でパパは職場が変わりチュン助夫婦やチュン助のお友達ともお別れしたのであるだからパパは今でもチュン助夫婦のことは忘れられないようである。今ではおそらくチュン助夫婦の子孫が元気に暮らしていることと思う。僕はなかなか来ないセキレイのチィーコの話を聴いて見た。モウ12月のクリスマスも過ぎていた。年末年始は休みだがパパたちは12月31日までお仕事である、何時も元気に遊んでいるチィーコの姿が見えなかった。12月しかも年末ともなればすごく海岸は冷たい風が吹きすさぶパパはチィーコが見えないでも口笛だけは吹いていた。冬ともなれば小鳥の餌は少ないであろう雀のチュン助は毎日パパが餌を与えているので大丈夫だがおそらくチィーコは餌を求めて動き回っているに違いない。正月まではあと3日とうとう今年はセキレイのチィーコはパパの所には来ないであろうと思った。僕はパパに今年は駄目みたいね来年は必ず来るといいねというとパパはソウだね来て欲しいよねと言っただがその声はどことなく弱弱しかった。
2009.05.27
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僕は昨日から軟便である朝の散歩での便も軟便2日続いたのでパパは僕にビオフェルミンを飲ませた新型インフルエンザのために中止をしたけど5月29日から西安に行く予定であった。9月には大連行きが待っている、だが新型インフルエンザは一向に治まる気配はない今日の新聞には福岡に感染確認と報道されていた米国人男性がロサンゼルス空港から成田そして福岡空港に到着妻の実家に入ったのである九州で新型インフルエンザの感染者が確認されたのは初めてである。米国に行ったひとが日本国内で新型インフルエンザを感染させている。弱毒性のため重症化する危険性は低いと見られているが糖尿病がある人や高齢者や子供それに妊産婦は十分注意が必要である。パパは9月の大連行きは北九州と大連との友好姉妹都市として30年を迎える。それを記念しての大連行きである日中国際交流ナンチャオとして参加することになった。だが新型インフルエンザは治まる気配なし、日本人がいくら感染を食い止めたとしても米国人が日本にくれば新型インフルエンザの感染を拡大する誠の困ったものである21世紀は感染病との闘いの世紀とも言われている強毒性のトリインフルへの懸念を抱える世界は今回の経験を通し課題や改善点を洗いなおして次の危機に備えなければ成らないすでに世界規模の感染病は続くことかもしれない。パパは9月の大連に行く時までに治まってほしいと願っているようである。
2009.05.26
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今日は晴れ晴れ晴れ、すごくさわやかな五月晴れだけどモウすぐ梅雨に入る僕にとっては嫌な梅雨である。僕はパパに教えてあげた。モウすぐブログ開設して記念の88888である中国では最も尊ばれている数字である。北京五輪の開催も2008年8月8日であつた。今度は是非お友達に踏んでもらいたいとパパが言っていた。パパがブログを始めて5年に成るやっと88888である開設してから沢山のお友達が今お休みをしている。何をしても三日坊主のパパがブログだけは5年も続いている不思議なものである。ここまで来るのに5年も費やしているまさに鈍行列車である。何をするにも持続は困難である。キットパパは何をしても長続きしないパパ自身への挑戦であると僕は思った。セキレイのチィーコを待つこと4ヶ月は過ぎているだがパパは諦める気配はない。パパは僕に雀のチュン助がパパの変わりにキットチィーコを呼んでくれるよと言ったチュン助夫婦が来てから沢山の雀が来るようになった是もパパの気持ちを察したチュン助がいつも遠くから見ているセキレイのチィーコにパパさんは優しいよだから怖くないから遊びにお出でと沢山のお友達と毎朝チュンチュン鳴いてセキレイに知らせていると思うのだからキットチィーコは必ず遊びにきてくれると言っていた。パパは今でも昔のチュン助のことを思い出しながら絵をかいている。パパは雀をすごく愛しそれを絵にしているのである僕がパパにどうしてチィーコの絵を画かないのというと、チィーコの絵は画くことが出来ないと言った。余りにも悲しいチィーコ死思い出すと悲しくなるから画かないと言った。鳥でもワン公でも人間でも死は悲しいものであるたとえ寿命とわかっていても寂しさ、悲しさ辛さは、たまらないと言っていた。僕はパパに僕が生きてるあいだは元気でいてねと言うとパパは僕の顔を見て笑っていた。
2009.05.25
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今日は日曜日朝からどんよりした曇り空パパは昼からお出かけである。朝の散歩はのんびりとした散歩である僕はパパに3っの質問をした。今では雀のチュン助はお友達を連れて遊びに来る沢山の雀である餌のアワも量が増えていた。雀はすごく音に敏感であるドアの開き閉めの音ですぐに飛び立つ、1羽が逃げるとそれに従って総ての雀は飛び立つだけどチュン助だけはどんな音にも動じることなく餌を食べている。本当にパパに懐いているのかも知れない。1っ目の質問はどうしてチィーコが来ないのに沢山の雀に餌を与えるのと聴いて見たパパは笑って、パパやリュウには分からない鳥の習性があるみたいね今パパの口笛で沢山の雀が遊びにきているでしょうキットセキレイもどこかで見ているとおもうよ工場に住むセキレイは人との接触がないのだから警戒心もすごくあると思うよ二つ目の質問どうして毎朝来ないチィーコにどうして口笛を吹いているの100m先のチィーコには聞こえないかもしれないよパパは僕の質問が馬鹿らしく思ったのか嫌な顔をしてリュウもパパの声や車の音が分かるでしょうそれに野生の動物は身を守るためにどんな小さな音でも聞こえるの。それにパパは4ヶ月も口笛を吹いているのだからパパの口笛は分かると思うよ人間には声紋があるように同じ声のようでも同じ声はないの。最後に僕はパパにどうして100m先にいるチィーコが見えるのパパは近眼でしょうこのときパパはにっこり笑った応えたパパは仕事用に双眼鏡を持っている船舶の入港の時必要だからである船舶が入港する際には必ず旗を掲げている外国船ならまず国旗がある国内船なら接岸する岸壁それから次に行く港の旗是だけは最低限掲げている。旗を見て今来ている船はどの岸壁に接岸するかを確認すると言っていたパパの処は4っの岸壁がある。僕はパパに双眼鏡を見せてもらった300mははっきり見えると言っていただからパパは毎日チィーコが元気に遊んでいる姿をみるこたができるのである。リュウも双眼鏡で見てみるかいといわれ僕に見せてくれた。パパの顔がお化けに見えた僕は双眼鏡は嫌いである。パパは色々考えながらセキレイのチィーコが来るのを一日千秋の思いで待っていると思った。パパ頑張ってね
2009.05.24
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今日はパパがお仕事からかえって僕を車に乗せた何時も嫌がるので今日は僕の餌を買いにパパと行った。車の中でどうしてチィーコは来ないのとパパに聞いてみた。パパは僕にチィーコは賢いセキレイだから様子を見ているのだと言われた。パパの出勤時間は毎日8時30分である。朝のミーチングのあと9時にセキレイの餌付けが始まる。今では口笛を吹くと雀のチュン助が必ず来てくれるだからパパは少しは気が晴れているかもしれない最初はチュン助だけが餌を食べ来ていたが最近ではチュン助の奥さんと同伴である。アワを食べた後セキレイのチィーコのパンまで食べているすごく食欲がある。小鳥は大概つがいで行動をする、雀のチュン助も安心したのか奥さんを連れてきた。小鳥は夫婦喧嘩はしないし離婚もしないすごく夫婦仲がいい。人間もチュン助夫婦を見習わないといけないね、とパパが言っていた人間の世界でも夫婦仲のいい夫婦のことを「おしどり夫婦」と言っている小鳥の夫婦にあやかりたいのかもしれない。パパはやがてチュン助夫婦が子供を連れて遊びに来てくれることを願っているに違いない。ダガ依然としてチィーコはパパの所にくる気配は無かった。
2009.05.23
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昨日の夕方から凄い雨である僕は夕方の散歩はしなかった。今日は朝からパパはお仕事散歩をしてすぐにお出かけ、パパは遅くなったので朝食は食べていない僕はセキレイ・チィーコの話を催促したパパは事務所の横の芝生から毎日口笛を吹いてはパンを置いていた。次の日に出勤して見るとパンはそのままであるこういう状態が1週間続いたすでに12月に入っていた海岸では12月になるとすごく朝は寒いだけどパパは決まってチィーコの姿を見ると口笛を吹いては新しいパンを置いていた2週間目に入ると朝出勤するとパンがなくなっていたこのときばかりはパパは感動したと僕に話した。9月から初めて12月チィーコがパンを食べた、僕はパパの喜ぶ姿が目に浮かぶようである。次の日は休日であるだからパパは10時に出勤したデスクに座ると間も無くして窓ガラスをトントンつつく音がした窓に目をやると1羽の雀が口ばしでパパのところの窓をつついているパパは雀が窓ガラスを口ばしでつつく姿を初めて見たのである。外に出てみると昨日あげたパンはなくなっていた。雀を見ながらパパは複雑な気持ちになったと言っていた雀は毎朝口笛を吹いてはパンを置いてるパパの姿を雀が見ていたのである。だからパンがなくなっていたのは1羽の雀が食べていたのであるそれからは雀はチュンチュン鳴くのでチュン助と名前つけた何時も9時にパンを置くパパであるが今日はまだパンを置いてないのでチュン助が催促して口ばしで窓をトントンつついたのである。チュン助は時間をかけてパパを観察していたのかも知れない。小鳥に優しい人だとわかってパパに催促したのかも知れないそれ以後チュン助にはアワの餌を与えチィーコにはパンを与えるようにした。12月に入っても相変わらずパパはチィーコの来るのを待った。100m先のチィーコの姿を見ては口笛を吹きながら・・・。
2009.05.22
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今日は朝から曇りである午後から雨とのことパパはお仕事から帰って来たので雨の降らない内に散歩をしたいものである。パパがセキレイ・チィーコに逢ったのは9月の初めと言っていたそれからパパとセキレイとの長い長い戦いが始まるのである毎朝パパは口笛を吹きながらチィーコに近づいて行った最初は50mまで近づくことが出来たが11月に成ると30mまで近づくことが出来たそれ以上近づくと逃げていた。毎朝チィーコのところに行くのも3ヶ月は過ぎていたパパは方針を変えて近づくのをやめて事務所の横の芝生から毎朝口笛を吹くことにしたパパは何時も朝食は会社で食べているオニギリと漬物であるこの日からパパはパン食に切り替えたのである朝出勤してチィーコの姿を見ると必ず口笛を吹いてその場にパンを小さく刻んで置くことにした。1週間たち1ヶ月経ってもパンはそのまま残っていた。パパは諦めることなく毎朝口笛を吹いてはパンを置いた。パパは決して諦めなかったキットセキレイはパパの所に飛んでくると信じていたのであるパパは何時も何事も不可能はない可能を不可能にしているのは自分自身に負けたからであると言い聞かせていた。僕から見ても相手は言葉が通じない鳥であるしかも100m先から口笛を吹いてもチィーコはこないと思った。翌日も翌日もパンは残ったままであった
2009.05.21
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セキレイは日本中何処でも生息している日本固有種である、尾を何時も上下に振り河川の中流域でよく見かける歩いて昆虫類を探す晩秋にはつがいに成り2羽で越冬するセキレイは1羽で芝生の上で乱舞していたその勇姿は惚れ惚れするチィチィと泣くのでパパはチィーコと名前をつけたパパは口笛を吹きながら50mまで近づくとまたどこかに飛んで行った。出入りする船員さんに聞くとセキレイはなかなか人間に懐かないと言っていた。河川に住むセキレイであるが海岸の芝生に来ているのは珍しい。上流は河川に成ったいるのでここまで下って来た様であるだから若きセキレイはたったの1羽である。パパは何とかして餌付けをしようとこのとき決意をしたようである。この日からパパはセキレイとの餌付けの日々が続くのである
2009.05.20
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昨日僕は定期健康診断結果はメタボ体重は限界点である。今日からダイエットが始まったカリカリも病院からもらったカリカリである。毎朝雀のチュン助家族が餌を食べに来る雀のメタボは余り見ないメタボになるとお空を飛べないからね。僕のパパが小鳥にかかわったのは会社でセキレイを見たときからである。パパの事務所は海岸にあり。色々なタンカー船が出入りしている。岸壁の5m先には200mにも及ぶグリーンベルト地帯であるパパが事務所の外に出ると毎朝セキレイが楽しそうに飛びまわっているパパの処から100m先である。一羽のセキレイが楽しそうに飛び回るまるでワルツでも踊っているようであった。パパはしばらくセキレイを見ていたがやがてセキレイは何処に飛んで行った。パパが始めてセキレイを見たのである。
2009.05.19
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今日は朝は晴れ夕方からは曇り空パパがお仕事が終わり夕方僕を病院に連れて行ったパパの車に乗る時は何時も嫌な時であるだから僕は車に乗ることを嫌がってだけど無理やりに乗せられた。案の定動物病院行きである。パパが何時も行く病院よりもワン公の病院は患者が多い。何時も便検査は駄目なので夕方の散歩の時便をしたのでパパはそれをもって行った様である検査結果便は回虫も無く良好であるだけど僕が心配してたメタボの結果体重は19.9Kgで限界とのことダイエットをパパは進められていたおやつは厳禁、カリカリもヒルズのサイエンスダイエットに変えてみたらといわれ見本をいただいた。医者はこのカリカリを勧めている初めこのサイエンスダイエットを食べていたが僕が余り食べないので変えているニュートロのカリカリである。6種ワクチンを注射されノミダニ駆除剤フィラリア予防薬それに目に涙が出るので目薬しめてパパは2万7千円払っていた昨年より1.6k肥えているのでフィラリア予防薬も大きい薬に変わった。病院には色々なワン公が来ているMIX犬は僕だけのようであった僕のお友達は3匹のワン公がいるこの時期凄い出費であると思った
2009.05.18
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今日は初めて朝の散歩は早かった珍しいことにパパは早起きした。だから散歩も時間をかけてパパと色々話ながらの散歩である。ピンチを生かした話である松下電器産業の当時は相談役兼社長は経営の神様と言われた松下幸之助氏であるその松下電器の社長交代の時にマスコミを初め世間の企業人や経済評論家はすごく驚いた交代人事である義経の八艘飛びのようだとマスコミは騒いだ通常の会社では次期社長は副社長の昇格か専務や常務が普通であるだがランク8番目の平取締役からの社長抜擢である。何処の会社でも考えられない人事である日本を代表する著名な評論家が松下幸之助にお会いし真意を語ってもらった。世界の松下電器しかも出れもが認める企業の総帥である評論家は自分の方から答えを出して尋ねてみた最初に社長業はすごくハードであり心身ともに激務であるだから取締りの中で一番心身ともに丈夫な人を選んだのですかと質問した幸之助氏は私は病弱で体は弱いよといわれた評論家は是は違うなと思った。次ぎに次期社長は東大出であるだから学歴もあり頭脳明晰だから社長にしたのですかと質問をした幸之助氏は私は高等小学校しか出てないよといわれた評論家は是も違うと思った三番目の質問は今度の社長は相談役に一番誠実で仕事をこなしていたからですかと尋ねた幸之助氏は誰も陽の当たる場所に置けば皆誠実になる陽のあたらない場所に置くとほとんどの人は不誠実になる、だから誠実からといって任命はしないといわれたパパは僕に企業においても地域社会においても今まで文句ばかり言ってた人も陽のあたる場所に置かれると人が変わったように誠実に成る。今の政治家を見ると顕著である、今まで党のために誠実であった人も総理や大臣になれない時は一変して不誠実となり反比をひるがえすそべて評論家の推測は当たらなかった困惑している評論家に幸之助氏は初めて語った松下電器が経営不振に陥り困ったと時に一番会社のために働き実績を上げただから社長にしたといわれた。パパは僕に社会においても家庭にあっても繁栄しているときは人も集まり協力もするだが一たび傾きだすと人はさって去っていくものである貧乏すると今まで誠実な人でも去っていく一番困った時に親身になって助けてくれる人は余りいない。だから一番困った時に手助けしないといけないねといわれたまさに、逆転の人生法則であると僕は思った
2009.05.16
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今日はまさに夏日よりである夏になると僕は極端に食欲がないだけど今まで食欲がないと心配していたパパは今では喜んでいる。僕のメタボが解消されるからである。最近のパパはすごく忙しそうである新型インフルエンザの煽りで大幅日程が狂ったらしい「西安有流感我不去了」今度は9月の29日からの大連行きの検討である「北九州市和大連市是姉妹城市我去大連迎接30周年」「今年是友好30周年我去大連旅行」本庁での打ちあわせに後パパは何時もお城を散策する。このお城は戦国末期(1569年)中国地方の毛利氏が現在の地に城を築いたことから始まりである関ヶ原合戦の功労で入国した細川忠興によって1602年に本格的に築城が始まり約7年の歳月を要した忠興は城下町繁栄策として諸国の商人や職人を集めて商工業保護政策を実施し同時に祇園祭りも誕生させた。色々な推移をへて現在の100万都市へと発展したのである。お城は風雪に耐えながら庶民の生活を見守ってきた「夏草やつわものどもが夢のあと」僕のパパも色々と考えごとをする時は必ず古城を訪ねる。そしていっも新たな決意でピンチをチャンスに変えて来た様である。何事にも動じない古城を見てかくありなんと思ったに違いない
2009.05.14
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今日は朝は天気が良かったが夕方になると今にも泣きそうな空である昨日は小沢民主代表辞任でマスコミを騒がせた号外まで出ていた。新型インフルエンザーが治まらない矢先に今度は国会の中で代議士病のウイルスが猛威を奮うであろう。蔓延の時期は7月~9月である9月になれば代議士病のウイルスに感染して去る人も多くいるだろう。代議士病のウイルスに抵抗力のある人が生き残るであろう。新型インフルエンザーも抵抗力のある60歳代は感染をしていない。人間古くなると色々な抵抗力が付く様である。僕も最近散歩も凄くきつく感じるメタボのせいかもしれない。最近リュウも性格が変わったねといわれる確かに小さいときと今では僕自身大人になって物事には余り動じなくなったお隣の太郎ちゃんがリュウリュウと呼んでも今の僕は知らん振りパパガ僕の性格について話してくれた性格構造には4段階からの環境がある。一番内面に「気質」がある大体人間では3歳から気質が出来てくる。だから今では3歳児教育が重要になっているリボンちゃんも3歳から幼稚園である。気質の外側に「性格」が出来あがる僕が凄く穏和なワン公に成長したのも生まれて2ヶ月~3ヶ月パパからスゴク扱かれた人間で言えば3歳であるだから気質は良いワン公で性格はすごくおとなしいその性格のにより心的態度として表面に出て来るワン公で見境無く吠えたり、噛みついたりするのは「気質」が根本であるそれが大きくなるにしたがって態度に出るのである心的態度により行動に現れてくる小沢代表の辞任の原因は献金事件であるルーツを辿るとちさい時からどこかに要因があるのかも知れない。悪いことをする人にも行動にフイードバックしてくれる親友がイレバ立ち直る事が出来るのであるだが最終的には性格まで戻らないと本質的には変わらないだから悪いことを何度も繰り返すのである。僕はパパに3歳で芽生えた気質は変わらないのと聞いてみたパパは気質か変わらないといった。3歳で出来た気質は変わらないのである。僕はパパから何度も言われて立派なワン公といわれるようになったやはり行動へのフイードバックの御蔭だと思った
2009.05.12
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今日は凄く暖かいモウ夏日のようである。僕のパパは最近中国語に凄く熱心であるだけど一向に話せない5月の西安行きは新型インフルエンザーの影響で中止になった。だが9月29日より姉妹都市である大連との30周年交流会が大連で開けれる具体的な日程は今から決まるようであるパパは遼寧大学の副学長であった先生の紹介で大連の人と懇談をするようである。僕のパパは中国語は3年も習っているが最近ボケが酷く全く駄目であるだから、中国語の先生に通訳をお願いするようである今日はその先生にお願いに行ったみたいである。大連は2度目である、すばらしく発展をしておりまさに大都会である大連市は人口800万人北京上海に並ぶ大都会と発展している食べ物も凄く美味しく特に魚は最高である僕はパパが大連に行くまでに新型インフルエンザーが治まっていればいいな~と思う。我去大連高興である
2009.05.11
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今日は母の日である。凄く天気がいいので最高の母の日である。パパは2時からの巨人対中日戦にテレビの前で釘付けである。僕は何時も4時になると散歩を催促するのだがどうも巨人の旗色が悪いのかパパは動こうとはしない。僕は諦めて待つことにした。8回まで7対6で中日がリードしていた2アウトランナー2塁で1番坂本選手の出番である。だがテレビの放送は5時24分まで坂本選手の打撃を見ることなくパパは僕を連れて散歩に出かけた。パパとしては中日戦の3連勝は駄目だと諦めていたようである。散歩からかえってネットで試合の結果を見たとたんにパパは大喜びであった。ネットより1点リードで迎えた8回西村建、山口が中日打線に捕まり、代打立浪に同点2塁打さらに1番井端に逆転となる適時打を許してしまった1点ビハインドと成った巨人は8回裏打撃好調でせ・リーグ首位打者の坂本が二死二塁からレフトスタンドへ今季6号の逆転2点本塁打を放ち試合を決めた巨人は5連勝で貯金を「12」とした。まさに神さま、仏様、坂本様であるパパも今日は勝利の美酒を味わっていた
2009.05.10
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西安は秦、漢、隋などの王朝が西安に都を定め唐の時代には長安と呼ばれた3000年にわたって栄華を誇った都西安もっとも繁栄したのが7世紀の唐代玄奘三蔵も長安の都を出発し西域諸国を訪れている。日本からは遣唐使や遣隋使などが長安目指して文化の交流を図った。秦始皇帝陵は紀元前210年頃にきずかれ今は風化などにより規模は縮小しているが建造当時は東西南北に約500m高さ80mという大きさであった始皇帝は生前から死後も変わらぬ暮らしが出来るよう壮大な地下宮殿建造に着手した。西安には玄宗皇帝に寵愛を受けた悲劇の美女楊貴妃が眠っている特に精巧な人馬の像が並ぶ地下の大部隊兵馬俑抗は地下に眠る皇帝を守る大部隊6000体を超える兵馬俑は1体1対表情や服装、装備などが異なっている。当時の作成技術の高さが窺い知れる。この度の西安行きも新型インフルエンザのために僕のパパは中止決定した。まさに苦渋決断。予期しないことが起こるようである。
2009.05.09
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5月末に中国西安に中国語研修旅行を計画している。今は世界中に拡大している新型インフルエンザの煽りを受けて、キャンセルするかどうか検討中である。新型の豚インフルエンザをめぐり簡易検査で疑わしいとされても遺伝子検査で詳しく調べると通常の季節インフルエンザと判定されるケースが続出している。パパが一番心配しているのはまだ流行期にある季節性インフルエンザの患者が簡易検査で引っかかるためそばにいた人も感染を疑われ結果が出るまで一時的に足止めされ影響は凄く大きい今香港で日本人8名がホテルで隔離されている別に新型の豚インフルエンザに「感染しているわけでは無いがたった一人のメキシコ人のための犠牲者である僕のパパは明日参加者全員で検討をすると言っていたパパは色々な人に意見を求めたが大半が西安行きはキャンセルの意見が多いようであった
2009.05.08
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新緑が目にまぶしい。夏に大輪をつけるヒマワリも今は小さな若葉である。静かに成長の歩みを進めている。人も植物も若い芽を大切に育てたいものである。マラソンの高橋尚子選手を育てた小出義雄監督は「必ず世界一に成れるから頑張れ」と無名の高橋選手に声を掛け続けた線が細く弱い選手だったが自信と勇気を与えたかったという激励によって人は変わるものである眠っていた能力が開花するのである。GWにりぼんちゃんとメダカちゃんが遊びに来た。僕はクンクン鳴いて喜んだ。リボンちゃんやメダカちゃんは若い芽をつけたヒマワリである。そのヒマワリも夏に向け成長するヒマワリ。その子葉は朝は東、夕は西へと陽光を求めて向きを変える。ヒマワリの成長にとって太陽は欠かせない存在である。太陽をいっぱい浴びたヒマワリが大きく育つようにリボンちゃんやメダカちゃんも多くの人からの励ましの太陽に照らされ何時も元気でもてる力を発揮するであろう家庭でも学園でも大輪を育てるためにも励ましの言葉が溢れる庭にしたいものである。
2009.05.07
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1週間にも及ぶGWも今日で終わりである明日からは仕事始め長いようで過ぎてみれば凄く短いようである5日6日は帰省ラッシュである高速道路1000円の恩恵で何処も渋滞である。僕のパパも昔5月5日子供の日に子供を連れて長崎のオランダ村に出かけて行った朝の8時にお家を出てオランダ村に着いたのは夜の9時であるこの日は特別に夜の10時まで営業パパたちは30分間見物して帰路についたお家に帰りついたのは翌日の朝7時であるそのことがあって今ではGWは何処にも行かないようにしている。凄く懲りたようである。パパは運転が巧くないので特別GWは苦手にしている当初別府温泉旅行を計画していたが60Kの渋滞のニュースを聞いてキャンセルしたようである。車を運転するパパ族は凄く疲れると思う安全第一でお帰りくださいね
2009.05.06
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今年のGWは何処にも行かないと行っていたパパが久しぶりにお出かけである。僕が何処に行くの?と尋ねても黙って出かけて行った。永い歴史を持ち日本の芸能の至宝といわれた木下サーカスが創立107年の節目に北九州市にやってきた大きなテントは70人で4日かけて完成高さ16mで半径20mである木下サーカスには20頭の動物がいる移動するのに大型トラック8台で移動である移動の際一番気を使うのはキリンである何せ首は5mもある。移動の際は急停車や急発進は厳禁であるステージのわきから十頭ものライオン、トラが姿を現す、鋭い眼光、むき出しの牙唸り声が響くと金網ごしとはいえ会場には緊張感が漂う。調教師がむちやスティックを振ると後ろ足で立ちで「ハイポーズ」巨体を揺すって輪をくぐったり、トラが3頭のライオンの頭越しに台から台へ飛び移るなど、颯爽と舞台を駆け巡る一転、床で寝転がる愛らしい姿も豊な表現力に観客から歓声と大きな拍手が鳴り止まなかった。見事な演技である。パパは僕にリュウはライオンやトラさんにはとても及ばないねといわれた。訓練次第では猛獣もワン公並みにおとなしく演技が出来るものだと僕は感服した。僕のパパが始めて木下大サーカスを見たのはまだ小さい時であるパパのお父さんの会社の起業祭で見て以来であるだからモウ数十年は経っているお家に帰っても凄く興奮していたキット少年時代に帰っていたのかも知れないと思った
2009.05.05
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今日は昼から雨であるGWになって始めての雨薔薇園ではほとんどの薔薇が見事な大輪を咲かせているパパは昨日あいだにバラの花の写真を撮った雨が降ると花びらが散るようである。僕がパパに昨日写真を撮って良かったねというとリュウ何事も「先手必勝」だよといわれた。僕のパパは過日中国人の生徒との交流会の折国際交流の関係者との再会を約束していた (夕 霧)3日後にパパは挨拶に出かけた、周りの人から挨拶に行くのはもう少し後にしたらという意見が沢山あった。 (センチメンタル)パパは僕に物事総て時間が過ぎれば再会の感激も薄れていくものであるといわれた。 (トップモード)スポーツにして企業にしても「先んずれば人を制す」とある (フアストプライス)剣豪宮本武蔵は戦で敵と相対した時いかに勝つかそれには「三つの先」に焦点を当てた。 (プリンサタイン)大河ドラマ「天地人」が放送されている戦いは大別して自分から攻める場合 (マイダストタッチ)敵から攻めてくる場合同時に攻め合う場合の三つがある・いずれも常に「先」つまり主導権を握ることである。さらに重要なことは敵の攻撃を抑えようと思うのでは後手になる相手が技を出そうとするその「先」をとることである僕のパパも常に「先手必勝」「先んずれば人を制す」を心がけている。 (レディビューティ)来年度の教職員の試験も7月には行われるまた就職試験もモウ後半である。パパも来年度の中国語の講師も5月に決定する10月のバスハイクの手配も5月に完了する。世の中総て先手必勝なのである。パパは先手を打つならば皆も元気に進んでいけるし効果も2倍である。知らない人は色々なことを達成してるパパを見て凄いと言っているが僕から見れば只総てのことに先手を打っているからである。薔薇の花も昨日沢山いただいた、だから今日の雨はパパにとっては恵みの雨かも知れない
2009.05.04
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メキシコで発生した新型の豚インフルエンザはいまや世界中に猛威を奮い感染者が世界中に拡大している。今九州と交流が深い韓国でも新型インフルエンザの感染者が確認された。僕のパパたちはGW明けの5月に中国に研修旅行に出かける。中国は今のところ感染者は出ていないが福岡空港での感染が心配である。僕はパパに空港で感染し機内で乗客が発熱やセキの症状がある「有症者」がいた場合空港内にある福岡空港検疫所支所に連絡飛行機は検疫ブースにもっと近い駐機場に誘導され「機内検疫」が行われる。だから一般乗客には凄く迷惑をかけるよとアドバイスした。確かにメキシコ旅行者や空港での感染が中心であるが、今のところ中国は安全ではあるが、空港での三次感染が非常に怖いと思う。過去に猛威を振るった鳥インフルエンザは「フェーズ3」であるが今回過去最大の「フェーズ6」である。研修旅行前に風邪でも引いていたら空港でチェックされ感染の疑いを掛けられて隔離されると大変だよとパパに話した。パパはそうだね今からは風邪も引かれないね間違えられたては大変ねと真剣な顔つきになった。僕はパパに今から必ず外出したら必ず手を洗いうがいをすること人ごみの中に行く時は必ずマスクをすることタバコは絶対にやめること咽を痛めてセキをすると隔離になるよと言って脅してみた。パパは今日から禁煙すると言っていた。当てにならないパパであるが、ナンチャオの人たちに迷惑をかけないようにしてもらいたいものである。
2009.05.03
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今年のGWは好天に恵まれそれに高速道路1000円は何処も渋滞である。僕のパパもこのGWには温泉行き決めていたらしいが道路渋滞のためキャンセルしたようであるそれに各地では交通事故が頻発しており運転の下手なパパはビビッたようである僕はパパにGWは何処にも行かずにお家が一番いいよというとそうだねと言って近所の五月を見て回った五月も今が満開である散歩も凄く楽しかった今トルコでもお家が一番安全と行っていた海外に行っても豚インフルエンザーが蔓延している。GWはやはりお家が一番だと思った五月の花を見ながらの散歩は僕もパパも凄く心が癒されている、5月に入り僕は食欲が減退しているが気分転換が出来て凄くいいと思った何時もなら食欲がない僕を見て心配するパパだけど、メタボのリュウにとってダイエット出来るから良かったねと言われた。本当に僕のパパはいい加減なパパである。
2009.05.02
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今日僕のお家にパパ宛の定額給付金のご案内が来た野党のある政党はばら撒きとか経済効果も何もないと凄く反対していた。これに便乗してマスコミや評論家も反対反対まらまきは許されないと新聞やテレビで評論家の先生は猛反対。確かに評論家の先生方はマスコミで数千万円のギャラをもらう反対している野党の議員も数千万円の報酬であるタカガ1万2千円や2万円ではこれらの人から見れば経済効果もないかもしれないだが庶民にとってはありがたい給付金であるアレだけマスコミやテレビでことあるたびに定額給付金反対ばら撒き反対と言っていた野党の幹部議員が北九州市議選の応援の時国と皆さん方は違うのでどうぞ定額給付金はもらって下さい、わが党はもらうのは反対はしていませんと選挙演説。しかも演説したのは党の三役である庶民のことなど考えてなく党利党略に明け暮れている今の政治家である。外国では給付の支給は賛成で歓迎されているどうして日本はマスコミやテレビ、評論家尻馬に乗って国会を空転させてまで反対をスル野党議員。口では国民のため政治国民のための政策など歯の浮くようなことを政治家は言っているしかし口とは裏腹に定額給付金に見られるように庶民のために反対をしたのであろうか。今定額給付金が配布されている、アレだけ反対した野党議員やマスコミそれに評論家はどうして反対をし続けないのであろうか。いまやみな評論家時代である、これが悪いそれも悪いと批判はするが解決するマスコミや評論家はいないまして反対ばかりの野党議員には批判はできてもどうしたらよく成るのか解決策など何もない100年一度の不況である今こそ国民のために与党も野党も党利党略に明け暮れることなく今こそ一丸となって立派な政治を行った欲しいものである。僕のパパは定額給付金で僕の定期健康診断の費用が出来たと凄く喜んでいた。
2009.05.01
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