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今日はすごく暖かい明日からは冷え込むらしい僕のパパは風邪気味で鼻水が止まらない朝晩冷え込み日中暖かい温度差が大きいので体温の調節が巧く出来ないらしいご近所の田んぼはみな稲を刈り取り茎だけが残っているその茎から青稲の芽が出ている。僕は最近パパの目を見るとパパが何を考えているのかよく分かる。「目は心の鏡である」目は口ほどに物を言うゆえんである「目顔で知らせる」という言葉もある目の表情で相手に自分の思いを伝えるということである。目には相手の心を動かすエネルギーがあるようである散歩のときご近所の人に合うリュウ君いいワン公ねと言って頭をナデナデしてくれる同じ僕を可愛がってくれる人にもワン公を飼っている人はすごく目が慈愛に満ちた目と心ワン公を飼っていない人は同じ優しい言葉を僕にかけても、目が怒っている。人間の世界でも子供たちが悪戯をしてご近所の人が叱ったり注意したりする。子供を育てている人はしかっても目が慈愛に満ちている反対に子供を誉めたとしても子供がいない人の目は怒っている。僕のパパは僕が悪戯をするとすごく僕を叱るだけどパパも目は慈愛に満ちて笑っている本当に目は心の鏡であることが分かった。
2009.10.31
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今日散歩しているときに久しぶりに僕の親友メロンとプリンに逢った。僕がパパのところに来たのはまだ生まれて2ヶ月目そのときプリントメロンは2歳であった。小さい僕をよく遊んでくれた、アレからモウ6年目であるプリンもメロンも8歳になる。早いものである僕の町のワン公もかなり天国に旅立った。僕も来年2月で6歳人間の年では40歳になる。ブログのお友達のワン公も段々いなくなった。5年の歳月はいろいろな変化をもたらしている。夏目漱石は代表作「こころ」で揺れ動く人間の心を綴っている人のこころほど、うつろいやすいものはないだが、逆に言えば人の心ほど可能性を秘めたものは無い人生は"心ひとつ”で自在に変えていける自分自身の心をより強く逞しく磨くことが出来る僕はパパからいろいろなことを聞かせれてきたワン公の忠義心は素晴らしいものがあるとパパは何時も僕を誉めてくれる。僕の親友もプリンはママさん思いの素晴らしいワン公である。ママさんは何時も3匹のワン公を散歩させていたプリンは何時も他のワン公たちを見守って散歩している今日も「リュウ久しぶりだね元気そうで何より」「プリン 君もすごく元気そうねお互いに年をとったね」「俺は最近下痢気味だよリュウの病気が移ったみたい」「僕は今は下痢はしない、カリカリばかりだと下痢はしないよ」8歳と言えば人間では48歳いろいろと体調が変化する年齢かも知れないと思った。僕とプリンは久しぶりに話をすることが出来たパパがリュウプリンのママさんはお仕事だから帰るよといわれ、メロンとプリンにさようならといってパパと帰ったすごくいい気分である。
2009.10.29
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今日はすごく天気がいい散歩のとき近所の薔薇園を散歩した、秋の薔薇が咲き乱れていた。何時のここの薔薇は道行く人を楽しませてくれる今年は剪定が遅かったので秋の薔薇の開花が遅いようである。薔薇の手入れはすごく大変である、綺麗な薔薇を咲かせるにはかなりの動力が必要である。パパが大好きな薔薇はリオサンバであるこの薔薇は花びらがいろいろな色に変化するまさにリオのカーニバルのように華やかである。リオサンバは七変化の花であるいろいろな色に変化するリオサンバ最初は薄い黄色から段々赤みをおびてくる落ち着き風情のある花 あけぼのあわいピンクはすごく美しい清純な乙女のような薔薇であるローラもまた美しい明日への勇気と希望を与えてくれるようであるピース 平和穏かな色合いすごく落ち着く薔薇であるグレートセンチュリーすごく香りのいい薔薇である薔薇の香水のような花である。僕はアサからすごくさわやかな気分になった。秋は僕は大好きである。
2009.10.28
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最近朝晩の温度差はかなりある僕のパパは温度調節が出来ないので何時も鼻水を出している。 (向こうに見える建物は刑務所である)周りはチリ紙だらけである。パパの話では今回の大連では丹東に行くことが出来たのですごく調味深かったと言っていたホテルから北朝鮮が眺められ目の前が北朝鮮である。また鴨緑江国境から遊覧船で北朝鮮に近づく観覧はすごく興味が湧いた。鴨緑江遊覧船から中国丹東と北朝鮮を見たときにかなりの差が歴然としていた。 (北朝鮮のホテルだが今は使用していない)北朝鮮の造船所やホテル、刑務所が立ち並んでいた。観覧車も在ったが、コレは見せかけの観覧車で動かないものである。 (造船所及び船舶の修理工場)1時間近く鴨緑江国境を遊覧船で回遊したが中国の発展振りが目を引いた。 丹東には北朝鮮のレストランがある其処の女店員は北朝鮮の大学出のエリートであり美人ぞろいであるとパパが言っていたあすそこでパパたちは朝鮮料理を食べると言っていた。
2009.10.23
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市民センターの文化祭も終わり後は留学生とのバスハイクである。パパは僕に北朝鮮国境の町丹東の話をしてくれた丹東市は人口240万人で遼東半島の南東部地区で長白山山脈の末端部分に位置している鴨緑江を隔て北朝鮮と接している。大連からは320km、車で4~5時間の位置である鳳凰山は国定名勝地に指定されており素晴らしいところである鴨緑江に架けられた橋は日露戦争勃発前後物資輸送のために中国大陸と朝鮮半島を結ぶ鉄道の建設を計ったが現実のものになったのは1908年のこと (貨物列車や輸送用のトラックが往来している)日本が開拓した丹東市は「安東市」と呼ばれていた鴨緑江に架けられた一本目の橋は1908年日本によって造られたが (日本が造った橋であるが北朝鮮側はアメリカにより爆破されている)朝鮮戦争時に米軍によって爆撃を受け5橋梁分が落ちたまま現在に至るまた2本目の橋もアメリカ空軍機B29により空爆 橋は落ちたが1993年に整備観光用に解放されている2003年「鴨緑江大橋」は大幅に整備され橋の名称も「中朝友誼橋」と改称された現在は相互通行しており観光バスやワゴン車の通行もある貨物専用列車や中国朝鮮間の運行をしている現在この橋は中朝共同管理になっている。
2009.10.21
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10月17日~18日は僕が住んでいる町の市民センターの文化祭である。市民センターでは65のグループがセンター講座を開いている。カラオケグループ・フラダンス・日本舞踊などの演芸部門や水墨画・書道・絵画・手芸・いけばななど多くの講座が年に一度の文化祭にそれぞれの作品を展示する。作品展示は17日~18日の2日間18日は演芸大会である。僕のパパは中国語倶楽部ナンチャオとして合唱に出た歌はテレサテンの「何日君再来」と「長崎は今日も雨だった」をテレサテンは「泪的小雨」(レイダシャオユ)として中国語で歌っていた。僕のパパは中国語では歌えないので只口だけを明けていたようである後はハーミング要員である。パパは朝早くから餃子の準備でバタバタしていた。アサ8時に餃子を買いに行き9時から焼き餃子を販売である今年は芋のポテトフライト餃子である、ポテトフライは珍しいのか100個作り完売した市民センターの利用者は高齢者が多く工芸品の作品も素晴らしいものが沢山あった。生け花も沢山出品され、すごく心が癒されるようである。1年の成果がこの文化祭に現れるようである、僕のパパは水墨画を始めて3年になるが他の人は年々上達している。今年は山水画を画いた様であるが、全然駄目であるやはり時間をかけて画かないといいものが画けないと嘆いていたいろいろなことに手を出しているが満足なものは無い来年は素晴らしい水墨画の作品に挑戦して欲しいものである
2009.10.19
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大連友好都市30周年記念の訪中初日13:50大連に到着すると市内観光を行い夜は大連市政府の歓迎夕食会である。大連は海がそばにあり特に海鮮料理は最高である。大連市政府関係者の歓迎の挨拶、記念訪中団代表挨拶などがあり、大連市人民政府外事辨公室の乾杯の音頭により美味しい料理を頂いた。食事をしながら大連市の皆さんにより歓迎の舞踊や素晴らしい演技が模様された。特にボールを指先でまわしたり、飛び入りも参加して場内を湧かせたまた派手な衣装とパフォーマンスで会場を沸かせ一瞬で顔のマスクが入れ替わる素晴らしい芸も披露された。大連の政府関係者とパパたちはすごく話が弾み日中友好の輪が広がったと言っていた。
2009.10.15
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今日は朝から曇り空最近僕は朝は余りカリカリを残すようになった。パパはすごく心配をしている、もうカリカリはあきが来たようである。パパは朝から市民センターに出かけて行った芋の料理である。ふかし芋や芋のスナック、など文化祭に売る芋の試食会である。総て100円である、最近100円ショップが流行しているのでお茶も100円、芋も100円である。手間隙かけて100円では赤字であるがすべてボランティア精神である。地域の人への年1回のイベントである、パパは芋と餃子を販売お店はボランティア団体の3店舗である。芋の試食会は大成功すごく美味しかった、いよいよ2日後は本番文化祭パパは「すごく張り切っているパパは水墨画を2点出品するようである。水墨画の先生から大作を書くように言われたみたいであわてて桂林の山水画を1日で書き上げただから出来栄えは最低である。表装もギリギリ間に合うようである。僕のパパは切羽つまらないとみこしをあげない今年は前日に表装が出来上がる1年かけての作品もたった1日で仕上げ全くつまらない作品である。来年は性根を入れて素晴らしい作品を画いてほしいものであるパパの頭も中は11月7日の留学生支援のバスハイクのようである。次から次えとパパはドタバタ喜劇を演じているように思えてならない、嫌な性格であると僕は何時も思う
2009.10.14
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朝晩はかなり冷え込んでいる、昼間は25度である僕のパパはすごく寒がりで今の季節はすごく嫌がっている僕の町の市民センターでは10月17日~18日は文化祭である。パパたちは2日間店開き定番の焼き餃子と今回からふかし芋や芋のスナックなど販売すると言っている芋は校区の小学生のために植え付けたもので毎年就学生の手で芋ほりが行はれている。その芋を少しもらって文化祭で販売するのである。僕のパパは芋ほりは始めてである、芋のつるがすごくはびこっている、つるを取り除くのにすごく苦労したと言っていた。芋は大きいものもあったが全体的に芋堀が少し早かったせいか、今から大きくなる芋が沢山あった。明日は販売に向けての芋料理と試食会はたして、販売できる見ものである。パパのことだから何とかなると思うが僕はすごく心配である。 (販売を待つ御芋さん)
2009.10.13
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昨日はリボンちゃんの運動会である。僕のパパは朝早くからリボンちゃんのお家に出かけて行った。早いものでリボンちゃんは来年の1月で5歳になる幼稚園では年中組である。 (年中組の先生ご苦労様)昨年はリボンちゃんは走るときは泣いていた先生と一緒に泣きながら走っていた。今年は年中組みである、泣かずに元気に走っていた、 (皆で体操 全員参加)子供たちは未来の宝物である、幼稚園では子供たちを皆で協力して育てていこうという美しき教育の連帯の心を運動会を通して教えている。 (リボンちゃんたち年中組みの踊り)子供たちの可能性はますます開けていくに違いない。 (リボンちゃんは何処にいるの?みんなの顔がリボンちゃんに見えてくる)昨年のリボンちゃんのママさんは試験は不合格だから、運動会も泣きの涙の運動会であった。 (年長組みの和太鼓の演技さすが年長組み素晴らしい) (見ごたえある撥さばき素晴らしい演技に拍手)毎年試験の発表は運動会の前にある、今年は見事試験に合格喜びと笑顔の運動会になった。 (年長組み女子の踊り来年はリボンちゃんは年長組み踊れるかな?)喜びのママさんお昼の食事は最高に美味しかった。 (年長組みの鼓笛隊 見事な演奏である)4度目の挑戦で合格の栄冠をパパは僕にリボンちゃんのママさんを何時も暖かく見守っていたのはご主人であったと言っていた。 (フイナーレーを飾る全員参加の幼稚園恒例の旗体操)周りから評価されなくても、たった一人でも側で見守り称えてくれる人がいれば、人は自分の可能性を信じることが出来る。一つの自信が挑戦の心を育み、大きな使命の花を咲かせる。人生にはドラマがつき物だとパパは言っていた。
2009.10.12
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パパたちは北九州空港からチャーター便で大連に旅たった総勢100名である。大連市は今は人口700万にである。「北方の真珠」と呼ばれる、中国有数の港町大連は、アカシア並木の美しい異国情緒溢れる町である。戦前多くの日本人が住んでいた。中山広場は大連の中心ともいえる大きなロータリー。道路が放射状に伸び中央は緑の芝生の公園で、市民の憩いの場所、周辺は銀行やホテルが林立する戦前は大広場と呼ばれた。戦前の建物戦前日本人が多数住んでいた大連は当時の建設物が多く残る。中山広場周りの大連賓館が旧大和ホテル中国銀行が旧横浜正金銀行などである。大連賓館は今でもホテルとして使用されている日本人にとっては懐かしいホテルである。
2009.10.06
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9月30日~北京市内の人民大会堂で中華人民共和国建設60周年(1949~2009年)祝典が模様された10月1日は建国記念日である中国では建国記念日を祝福し総て祝日である長いところで8日間もお休みである。1972年日本と中国との国交回復正常化となった。僕のパパは9月29日~10月3日まで大連友好都市30周年記念訪中団として大連に行った。僕はまたまたお留守番である、中国全土は建国60周年でお祭りである。何処の観光地も長い祝日のため人の波である。中国は車優先で余り信号機が無いので、道を横断するのは命がけである。今回の大連訪問はすごく楽しい思い出が沢山出来たと僕に話してくれた。僕はパパが無事に帰って来たのですごく安心した。
2009.10.04
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