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今日から夏時間の開始朝2時が3時になるので、ちょっと損した気分だが、明るくなるので気分上上。スウェーデンで今は学期の中間なので、年度が替わるという大きな変化はなく、春休みもない。それでも一気に一日が長くなった気分になり、気持ちを変えるきっかけになる。ここのところ、バタバタしていて書く暇がなかったけれど、忘れてしまうにはちょっともったいない話題が2つ。選挙の話題4年に1度の選挙が9月第2週にある。選挙の年には、いろいろな会合には政党が積極的に顔を出してくる。わが夫が会員の自転車愛好会の総会に出かけて帰ってくると、「今日はほとんどの政党が来てた!」と興奮気味に言っていた。自転車と政治は、交通・住居・環境と案外いろいろな点で関わりが深く、政党も如何に自転車対策を政策の中に組み込んでいくのかを熱く語っていたそう。こんな形で、けっこう自分の関心に近い部分で、身近な生活を如何に考えるかというアプローチがコツコツと積みあがっていく。保育園の話題・パラダイス彼の保育園にウズベクスタンからきている子がいて、その子が迎えに来たお母さんに「パラダイスって何?」という質問。お母さんは、「白い人も黒い人もいろいろな人が仲良く一緒に暮らしていて、フルーツがたくさんあって・・・、そんなところかな」すると、それを聞いていたほかの女の子が、「それってシャーホルメンのこと?」といったので、周りにいた大人たちは思わずみんな笑顔になったそう。シャーホルメンはストックホルムの南部にある町で、移民の住民に占める比重が高い地区。そんな小さな子供が持つパラダイスの定義が現実の社会にもオーバーラップするものであってほしい。
2014年03月30日
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今日は、午後小さな子供たちとお母さん・お父さんのための「森であそぼう」入門編というのを開催とても天気がよく、ポカポカした日なので、集合のLiljeholmenという地下鉄の駅まで約30分ほど散歩していくと、町の中を行き交う人が多いのを感じる。きっとみんな春の雰囲気を一気に感じて、外に飛び出したくなっているのだろう。駅で集まった家族は8組。今日は、小さな湖の側の散歩道を歩いて、カフェでお茶をしながら、森であそぶときのヒントや気にしてほしい事を説明して家族の情報交換もしようというプログラム。湖の側で小枝を放り投げたり、木の芽をルーペで見せたりしながら、子供たちがいろいろな事に目を向けるように仕向けながら歩く。途中にある小さな植物園の近くの大きな木の周りで、子供たちが落ちている木の枝や花芽であそび始める。春の印がそこここに。あちこち立ち寄り遊びながら歩いていたので、お茶をしようと思っていたカフェまで2倍の時間がかかった。そのカフェは、1865年に開かれたかの有名なノーベルの工場跡地の建物を利用したもの。実は、20年前は廃墟のように朽ち果てていたのが、1990年代後半から再開発されて、大型彫刻などの展示スペースとして生まれ変わり、それが今はカフェが中心になっている。そこにたどり着いたら、やはりというかポカポカ陽気に誘われて、多くの人で一杯。長く続く順番待ちに立って飲み物を手に入れる間、子供たちが建物の前に広がる野原にある大きな木で木登りを始める。その後も、大きな野原で鬼ごっこを。初めて一緒に会う子たちもいるのに、ものすごく楽しそうに遊んでいる。簡単な注意事項やヒントを書いた小さなハンドブックを用意したのだが、それを説明するような時間がかなり短くなってしまったけれど、子どもたちが楽しいのが一番。子供たちに遊び疲れも見えてきたので、帰途へつくことに。その途中にはノーベルが爆破実験に使った小さなトンネル跡があり、又もや子供たちの興味をひきつけた。地下鉄の駅からすぐ歩いていける所で、ノーベルの名残りが感じられる場所のなかを遊び回り、みんなニコニコして帰っていった。
2014年03月29日
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念願の小学校の子供たちだけと一緒に森の中であそぶことを再開。昨年は幼児‐小児と保護者一緒の家族を動かすことを経験。その中で、やはり子供たちだけで作り出すことのできる学びの場の楽しさが恋しくなり、どれだけ人数が集まるかどうか不安になりながら、今年はがんばってみる事にした。9日に行った臨時プログラムの博物館を使ったプログラムに参加者があり、その流れで今回にも少人数だが参加者が集舞ってくれる。それも全員女子!第一回の活動なので、少人数でよかったかもしれない。集合場所からの地下鉄移動から、元気一杯。森の中に入る前に道路沿いにアリ塚があり、けっこう興味を持ってくれる。虫をみるとキャーという声が出がちなので、虫の方が人間を怖がっているということを強調してアリ塚を説明。前回の博物館にも参加していた子供たちがいたので、それと関連した話ができた。子供たちだけで動くと、「なんで」「どうして」という疑問がたくさん出てきておもしろい。森に入って歩き始めたら、子供たちが落ちている枝を引きずって歩き始める。どうも長く歩くための杖にしたいらしい。この時期、冬が過ぎ雪や氷が消えた後の森には、枝がたくさん散らばっている。ただ、ここは公共の場なので、むやみに枝を持ち歩かないルール説明などしながら歩く。森の中に大きな倒木があり、そこに子供たちを乗せ、バランスを取るゲームと、声を出さずに誕生日順に下に下りずに並び替えるという課題を行う。年齢が5歳半から10歳という幅があったが、みなが協力し合ってそれぞれの持ち味出して課題成功やっとBrotorpの小屋についたときには、既にくたびれかけていたけれど、それどもその側にある岩を見るとみんな登り始める。楽しそう。その先があるので、ちょっと休憩。その後、水際をビーバーの巣の場所まで歩く。途中で、アナグマの住処を見つけたり、苔の色の違いに驚いたり、春の兆しになるブローシッパという花が咲いているのを見つけたり、多くの発見があった。このブローシッパは、自然享受権の中で摘み取ってはいけないとされている花。そういった話に触れることもできた。ビーパーの巣の場所に着いた時には、もう帰る時間が迫ってきていたので、他に考えていたプログラムは中止。ただ、用意してきていたココアだけは暖かいのを飲ませてあげたくて、バーナーで暖かいのを作る。温かい飲み物や食べ物は、気持ちをやわらげる。子供たちの好奇心と興味が大いに発揮され、終了の時間を大幅に超過してしまった。終わって気持ちよい疲労感が残った。
2014年03月22日
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週末はすでに春が来たと思えた暖かさだったのが、日曜の夜から雨が雪に。気温は零度前後になったため、すぐに消えてしまいそうな雪がけっこう残っている。明日も少し積もるほど降るらしいが、その跡に暖かい春がやってくるよう。まさに三寒四温。実は、地下鉄に乗っていたときに感じたことが新聞誌上にも載っていたので、少し紹介を。地下鉄で座っていたら、声高の一団が空いていた私の周りを占めた。大きな言葉でしゃべっているのだが、何語かわからない。でも、彼らが何で生計を立てているのかはすぐわかる。案外ぽっちゃりした感じの女性中心で、スカーフをし、長いスカートをはき、手に紙コップを持っている。そして、それを持って地下鉄の中にいるときには、それで小銭を集めて回る。彼らは物乞いで生計をたてているのだ。地下鉄の中を小銭を求めて歩き回る人が増えてきた事も確かだが、近年はそういった格好をした女性が街の中、店の前、駅の前、劇場の前…ありとあらゆる所に座っている。人の多いストックホルムの中心だと、5メートルおきに物乞いをする人々がいたりする。先週、ヨーテボリというストックホルムの第2の町で物乞いがらみの事件が起こり、デモにまで発展した。あるスーパーマーケットの前に座っていた物乞いの女性に、その店の店員が水をかけたのだ。店員は窓を洗おうと思って声をかけたが、彼女が動かなかったのでかかってしまったかもしれないという理由。ブルガリア人の彼女は、スウェーデン語が全くわからなかったので、動けなかったらしい。水をかけられた女性が悲鳴を上げ、それを聞きつけた前の花屋の女性が駆けつけ、それからその出来事がフェースブックやトゥイッターであっという間に広がった。そして、それがデモに発展し、自分のみならず家族の身の危険を感じ始めた店員は仕事から離れてしまった。この物乞いの増加は、大都市だけではなく、かなり広がっているようで、異なる物乞いがらみのニュースが新聞に載っていた。それはストックホルムから車で南に1時間ほど行った所のスードラテリエという街。物乞い対策として、路上で小銭を集めていた人々から、罰金を徴収したのだ。法律には物乞い自体は禁じられていないが、公共の場所を占有してお金を集める事には警察の許可が必要という所をついたようだ。まだ、試験的に行われただけなので、ストックホルムでは行われていない。今、物乞いの禁止を法制化してほしいという声が高くなってきている。その声は、世論調査で半数を超えてきているらしい。確かに、スウェーデン以外の国から物乞いをするために来た人々が、町の中心の路上のそこここに座っている姿はあまり釈然としない。それだけ、ヨーロッパにはまだ社会的に貧しい国が多いのだろう。もう一月になった記事は、スウェーデンで大きくなりつつあるナチズムの動き。日曜日には、全国で15000人近い参加者があった高まりつつあるナチズムに反対の意志を示す大規模のデモが行われた。きっかけは南部にあるマルメという都市で、国際女性の日に起きた外国人排斥を示す殺人事件。ヨーロッパの同様の動きをする団体と手を組み、スウェーデンをスウェーデン人のためだけの国にして行こうという活動が、潜伏して闇の中で蠢いているのだろう。そういった、政治目的を持ったスウェーデン党という政党も存在する。今年の選挙ではどのような動きとしてあらわれてくるだろう。
2014年03月17日
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地下鉄スカープネック(Skarpnäck)駅で待ち合わせ。昨日は久しぶりにマイナス近くになり、雪っぽいものが残っていたが、朝から晴れ渡り風も強く、けっこう寒い。少し歩くと、自然休養林の入り口へ。多くの人がそぞろ歩いている。森の中を歩き、あちこち使えそうなものを見ながら歩く。けっこうあちこちに水溜りができていて、氷が薄く張っている。入り口から20分くらい歩くと、Brotorpに近づき、多くの人が行き交い始める。そんなに暖かくないが、天気がとても良いからだろう。Brotorpの小屋が見えてきた。広大 な自然休養林地帯でスキーやスケートをするとき、必ず立ち寄る森の中のカフェ。冬の休日のみに開かれる、以前土地を持たない小作農民が住んでいた小さな農家を利用したもの。自然保養林の中に文化景観のひとつとして残されている建物を、この地区で活動しているオリエンテーリングのクラブが活動場に借りている。そこを利用し、活動のできない冬にメンバーたちが活動費作りに土・日自分たちで手作りのお菓子を持ち寄り、この休養林に運動をしに訪れる人々用に簡易カフェを運営しているのだ。知る人ぞ知る秘密のカフェ。小作農の住んでいた小屋の雰囲気のまま、トイレも水洗ではなく、小屋を切り回す人々も学校のバザーでお菓子を出すみたいな感じでとても素朴。いつまでもこの飾らない雰囲気のままでいてほしい。中でワッフルを食べて、暖炉に火が入って中がぬくぬくと暖かく、けっこう長くいた。オリエンテーリング愛好会 (Skogsluffarnas OK) がオフシーズン中だけ営業しているので、3月一杯で休業になる。だから今どうしても訪れたかった。そこから水沿いにビーバー跡を目指して歩いていくことに。きれいな苔が気持ちいい。そして、歩いて5分もたたずにビーバー跡発見!木がかじり倒された後がずっと続く。少し離れた所で、なんと咲きかけのブローシッパ(スハマソウ)を見つける。いつもは4月には行って見かける花で春の印。この花は、取ってはいけないとされている花の一つ。とても得した気持ちになった。そこから15分ほど歩くと、開けた所に出て新たなビーバーの跡と水辺に大きなビーバーの住処発見。久しぶりに見たビーバーの家はかなり大きくなっていたように思う。近くに、齧りかけた木が倒れかけながらも、そこから新しい部分が成長して大きくなっていた。すばらしい生命力。ここを是非子どもたちに見せてあげたい。橋を渡って対岸に渡り、ヘラスゴーデンに向かう。かなり多くの人が、バイク、ジョギングやいろいろな運動の仕方で行き交っている。途中で木にされた面白いいたずらを発見。ヘラスゴーデンに着くと、前駐車場のような所に木のアスレチックのようなものができていた。ここは、この周辺の自然休養林の中心部にあたる場所で、ストックホルムの中心からバスで20分もあればたどり着くことができるようになっていて、いろいろな施設がまとまっている。大きな湖の側にはサウナがあり、暖まったら外の湖に1年中飛び込めるようになっている宿泊場、スキー場の山小屋のようなレストラン、スキーやスケートの貸し出しなどもある。もし、氷が厚く張っていたら、氷には大きなリンクも作られる。ストックホルムの中心に近い大きな緑のリクレーションゾーンだ。
2014年03月16日
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もう3.11から3年がたったというのを複雑な思いで噛み締めているこちらでも東北震災の日が近づくと、それに関連するニュースが流されるが、それは多くの場合福島の原発にかかわるものが多い。チェルノブイリの影響をいち早く察知して、それを世界に発信するきっかけとなったスウェーデンであるからこそ、強い関心を持っているのであろう。汚染水の流出のことや、多くのタンクにためられている汚染水のことなど、何かがあるとすぐにニュースとなって入ってくる。そんななか、9日の日曜にテレビで流されたフランスのテレビ局制作の福島についてのドキュメントを見て、とてもやりきれない思いになった。周辺域の生活可能とされた地域であっても、場所によっては高い放射線量が計測される様子。学校の安全性についての学校側へのインタビュー。甲状腺の異常が見つかる子どもたちの多発。政府からのはっきりした対策が無いまま、自分たちで身を守らねばと立ち上がるNPOの人々。放射線量を計測する機械のおかしさ。放射線量が高い地域に残る、売ることはできない牛を飼い続ける牧畜農家の主人と変死していく牛の姿。海に広がっていく放射能の地球に与える影響と他国の反応。海に沈みこんでいくであろう放射能の安全性を力説する科学者。これを通してみた福島原発周辺の人々の生活には、とても明るい未来が見えなかった。そして、その未来を作っていく子供たちに、それを保障する土台を作り上げていこうという姿勢が全く見えてこないのだ。おまけに、どう言い訳しても海に向かって故障した原発の施設がその口をあけているのだから、放射線の被害を世界に向けて海を通じて影響を与え続けている事は直視しなければならない。自らの国民生活の復興が一番なことは確かだが、地球環境の保全という視点は日本ではどのように論議されているのだろう。この番組は日本でみる事はできないらしいけれど、参考のためにリンク先を付けておく。http://www.svtplay.se/video/1861168/fukushima2011年の5月頃から、仲の良い若い友人たちと「Kizuna Project In Stockholm」というのを立ち上げて、本当に微力ながら復興の助けになればと思い、募金活動を続けてきた。しかし、若い仲間たちゆえに、その半数は日本に帰ってしまい、今はかなり活動が停滞してしまっている。震災で大きく打撃を受けた地域の子供たちが、たくましく与えられた環境の中でも未来に向かって生きていけるための手助けが何かできればと思うのだが、具体的な形にまとめられない自分の非力さが悲しい。そういえば、福島出身でストックホルムに住む友人が、興味深い福島のドキュメントフィルムがあることを教えてくれた。あるブログに書いてあったそうで、“A2-B-C" という題名のもの。日本に住んでいるアメリカ人のドキュメンタリー映像作家が作成、すでに日本国外でもあちこち上映されているようで、ヨーロッパではドイツでも上映予定のよう。トレーラーはこちら。http://www.a2documentary.com/私は今の所、何もできないけれど、こうやってこまめに現状がどうなっているのかを知っていくしかないように思う。最初のものはフランス人でこれはアメリカ人がつくったもの。日本人が取った福島のドキュメントフィルムがどんなものなのか見てみたい。ともあれ、いろいろな事を考えつつ、黙祷。
2014年03月11日
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2014年の「森であそぼう」のプログラムの第一段今年は春の訪れがあまりに早かったので、早めに活動をしてみる事を考え、まずはの足慣らしとして考えたもの。こういったプログラムの実際に至るまで、プランからすると最低でも3ヶ月前には、季節の雰囲気を元にプログラムの大体の内容を考え、場所の候補も視野に入れる。この最初の部分で、2月・3月に何をやるか大いに迷った本来なら2月・3月と一番寒い時期で、湖に張った厚い氷や、積もった雪を使って外で遊ぶ時期。それがどうもできそうに無い。だからといって、そう暖かくもなく、中途半端。そんな時、去年の森であそぼうに参加して下さった方から、願っても無いお申し出。ご親戚が自然史博物館で虫の研究をなさっていて、森であそぼうの活動にボランティアで加わっても良いとのこと。博物館を使って何かできないだろうかと前にも思ったことがあるのだが、子どもたちはただなのだが大人は入館料が100krもかかってしまうので躊躇していた。彼女とコンタクトを取って博物館で何ができるだろうかと思いつつ、一緒に歩いてみると、なんとなくイメージが出てきた。天候がどんなに変化しようと、館内であれば全く影響を受けないので、いつでもできる。それに寒さが苦手なお母さんたちにも関心を持ってもらえる。そして、トイレのことを心配しなくて済む。最初は臨時プログラムとして2月後半を考えていたのだが、スポーツ休みとの兼ね合いで延期して3月9日に。そして、幼児との家族を対象としたグループと保護者無しの小学生以上のグループの2つを同時にやってみる事にした。大きな館内の一部門の「スウェーデンの自然」というコーナーに焦点を当てたプログラムを作り、それ以外は自由に博物館を楽しむ事にすれば、可能と思ったからだ。それと、その部門には、Friluftsfrämjandet(野外生活推進協会)との協賛で、展示物をよりよく子どもたちが見ていくためにと、ムッレの出てくるパンフレットが用意されている事もここを使ってみたい気持ちを後押しした。まず、初めにそのパンフレットを和訳し、Friluftsfrämjandetのムッレ活動の推進に尽力されている方にその和訳を使う事の承諾をもらう。日本でも、ムッレという言葉を耳にする人が増えてきているが、これはあくまで協会の会員に向けての活動であり、自由にだれでもがそのシンボルを使うことはできない。その次にそのコーナーを使って、日本語を使いながら展示物に近づいてもらうための仕掛けを考え、一つの新しいパンフレットを作った。それをもって、パンフレットにある質問に答えてもらいながら、コーナーをぐるっと回ってもらえる仕掛け。プログラムのお知らせをはじめたのが2月の末からだったが、結局2つのグループをあわせて20組の参加希望。あまり多いと、他にいらっしゃる人々の邪魔になってしまうと心配していたが、まずまずの規模だった。そして当日。朝、メールをチェックすると、一組キャンセル。家を出る前に2組キャンセル。地下鉄の中で一組キャンセルの電話。そして、待ち合わせ場所で、2人のキャンセル。いつものことながら、当日のドタキャンの頻度の高さは、準備に手間隙をかけるため意外と堪えるそんな中で行ったプログラムは、私的には皆さんにそれなりに満足していただけたのではと思えた。私の用意したハンドブックを手に、皆さん展示の周りをそれなりにあちこち回りながら、日本語で声掛けをなさっていた。薄暗いのだが、子供が載って遊べるような大きなカエルや動物の飾りなどもあって、子どもたちは楽しそうに走り回っている。小さな子供が一緒だと、どうしてもトイレ・ベビーカー…といったいろいろなものが関わり、時間が予測できないし、団体で動く事もきつい、そういったとき、博物館のような広がりがあり、いろいろな施設の整った場所はとても良かった。その後、休憩を挟んだ後に地下鉄の駅に、子どもたちを出迎えにむかう。久しぶりの小学生以上の子どもたちを動かすプログラム。やはり幼時と違って、それなりに意図するときちんと子どもたちだけで集団行動を取って動ける。博物館についてからもザクっとグループ分けして動き始めたことが効き、ある程度グループを作って移動でき、それぞれがいろいろ知恵を出し合いながら、課題解決をしていた。その後、博物館の研究員の方のご好意で、博物館の裏側を見せていただく事に。研究棟で飼われている、昆虫を見せていただく。普段の生活では絶対お目にかかることの無いような昆虫を見て、触らせてもらうというのは、大きな刺激になったに違いない。でも、かえって子どもたちだけでよかったのだろう。お母さんたちも含んでいたら、叫ばれていたかもしれない。そして、地下に行っておやつタイムになったが、私が博物館の裏側というと、「あれは上側でしょ」(一つ上の階だった)といったので、日本語の難しさを実感。終わって外に出たら、初めて一緒に活動をした子どもたちなのに、全員一緒になって遊び始めた。活動をしてみて、やってよかったと思えた一瞬。
2014年03月09日
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土曜日の夜、本当に久しぶりにコンサートに行った。ストックホルムの中心にある教会で行われた、京都大学のコーラスグループとウプサラ大学のコーラス・オーケストラグループのジョイントコンサート。日本人会から回ってきたメール情報に紹介されていて、たまたま京大からの短期留学でストックホルム大に来ている留学生と知り合った事、補習校で学んだ生徒が京大に短期留学する事などから、京大に惹かれて行って見た。教会の中で連れ合いが来るのを待っていたら、知り合いにお目にかかる。なんと、その方が中心になって、京大のグループをこちらに呼ばれる事に尽力されたらしい。3年ほど、このことに没頭していましたとおっしゃっていた。これは、昨年ウプサラ大のオーケストラ・コーラスグループが日本で口演をして好評を博し、その交流を発展したものとして、京大グループが加わった口演をストックホルムとウプサラで行う事になったもの。最初はオーケストラの演奏だったが、その後京大コーラスによる、日本語のレクイエム曲、スウェーデンのコーラすぐルームも混じっての、日本語の合唱曲、スウェーデン語の合唱曲と進み、どんどん惹き込まれていった。京大の人たちの澄み渡るような日本語が、心地よく耳に入ってきて、気持ちを揺さぶられる。その上、日本語を直接はわからないであろうスウェーデン人のコーラスが加わると、余計厚みが増す。そして、スウェーデン語、日本語の日本人・スウェーデン人混合による情感豊かに感じられる楽曲を聴いていると、音楽の持つすばらしさみたいなものも感じられた。教会の両脇を道路が通っているような場所なのだが、教会の中はそういった音楽で充満し、本当に時間と場所を忘れさせてくれる空間だった。本当に聞きに行ってよかったと思えるコンサート。60人以上のコーラスグループを2つの国をつなげてプログラムを組むためには、本当に多くの人々が善意の仕事をしているのだろう。感謝
2014年03月08日
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日曜日に、久しぶりに小学生の子どもたちを集めた会を行うので、ちょっとしたお楽しみにとパンを焼いた。シナモンとバターをたくさん使ったパンで、どこでも売っているとても一般的なお菓子パン。この作り方が板についたのは、このブログを書く元になった日本的には学童といわれる所で、おやつ用に作っていたため。そこでは、他の所に比べれば少人数なので、出す食べ物はなるべく手作りのものにしていた。時には、100個以上も作っていたので、最初は全く経験がなかったのが2時間くらいで作れるようになった。そして、ここには生イーストがあるので、あまり失敗する事は無いよう。実は、この前週一散歩でお茶しに入ったところで食べたシナモンパンが、驚くほどおいしかったので、どうにかして近づけないかと思い、レシピを検索して、今までの作り方を少し変えてみた。牛乳500ccを温めカルダモンとバニラを加え、人肌くらいになったものを、生イーストとあわせ、それに蜂蜜を加えて混ぜ合わせる。しっとりさせたかったので、砂糖の代わりに蜂蜜を使ってみて、溶け難かったので温かい牛乳に混ぜたわけ。それと、小麦粉を合わせ、ほとんどまとまった所で、バターを少しずつちぎりながら150g練りこんだ。前は牛乳と合わせて入れていたのを、ひょっとしてパイ生地感が出せるかもしれないと思って、練りこんでみたのだ。けっこううまく生地ができあがり、30分くらいで倍に膨れ上がった。それを4等分にして、その一つずつを15個ずつ位に成形していく。まず、捏ねてから長方形にし、その上に溶かしたバターとシナモン、砂糖を乗せる。それを、ころころと巻いて海苔巻き状態へ。1センチ位に切り分け、型の上に並べる。少し二時発酵させてから、溶き卵を塗ってから粒砂糖を振りかけ、オーブンへけっこう小さいパンなので、10分くらいで焼き上がり。結局60以上が焼きあがり、なんだか匂いだけでおなか一杯になってしまった。久しぶりのお菓子作りだったので、思わずブログに載せたが、味もにおいもお伝えできないのが残念。今も家中が甘いパンの香りで一杯。なんだか幸せな気分になる。
2014年03月07日
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原則日曜に続けているハイキング。今週は、近頃歩き続けている所の近くで、偶然仕入れた情報とその近くにある再訪した居場所へ出かけた。先週のハイキングの後、偶然地下鉄の中で昔の生徒に再会。その生徒にハイキングに行った話をしたら、その近くの保育園で働いたことがあって、とても面白い公園が近くにあったと教えてくれた。家に帰ったら彼女から、その公園の情報がメールに。場所を確認したら、たまたま再訪していたいと思っていたNaturskolan(自然学校)の近く。これは行くっきゃない!郊外電車に乗ってUrliksdalという駅から出発。駅の近くの住宅街を抜けて、土地勘を頼りに公園に向かう。途中に、とても雰囲気のいい保育園があった。公園の在所が確かではなかったが、どうもそこを目指しているらしい子供連れが前を歩いていて、後ろをついていく。目指す場所が見えてきた。名前はMulle meck(ムッレ・メック)子供用に作られた機械や乗り物を修理して使う事の好きな主人公が出てくるお話が土台。そのお話に出てくるコミック化された登場人物たちが住む小さな村が再現されている。そこに様々に工夫された遊具や子どもたちが入れる小さな建物が並んでいる。子どもたちが好きなものばかりでなく、小さな図書館なども作られていて、いろいろな楽しみ方ができる。そして、最大の良さは、子どもたちの遊び場が無駄に広がらないよう、囲いがあるが、中に入るのはただなこと。大きさとしては普通の街の公園と変わらないくらいの小ささで、モーター付きの遊具は無いもないが、ファンタジーをくすぐるものが一杯詰まっている。日本の住居に近い子供用公園との違いは、傾斜のある地形をそのまま利用し、アスファルト化もしていない所かもしれない。雨が降ると、坂になっている所は土がドロドロになって滑るし、そこここに木の根っこや石があり、ボコボコしている。そんな所小さな子供たちが走り回っていた。そこから、建設中の建物がそこここに見られる野原の中を横切ってNaturskolanへ向かう。そこを訪れるのは、下手をすると15年ぶりくらいかもしれない。前は郊外電車の駅の回りは、手付かずの野原や森と大きな牧畜を営む農業が作り出す景観が共存しているような景観だったのに、久しぶりにそこを横切るようにして歩いてみると、住宅建設が急ピッチで進められる郊外住宅地に変貌していた。そういった場所から10分くらい歩くだけで、Överjärva gårdという地域にあるSolna naturuskolaにたどり着くことができる。ここは元々ストックホルム周辺で一番大きな牧畜農業が営まれ、ストックホルムに牛乳を供給し続けた農業地の跡でもある。大規模な酪農を営んでいたために、農家施設の周りには広大な野原が広がっていている。その建物と景観を利用して、Solna(ソルナ)コミューンの自然景観を生かした余暇活動の拠点ともなっている。実はそこに、19世紀の後半から1945年まで行われていた、Statare(スタータレ)という契約農業労働者の生活を見せる小さな博物館があり、月の最初の土・日だけ開けられるのを知り、見てみたくなったのだ。博物館は、スタータレの給料の一部として与えられて住んでいた集合住宅跡。多いときには、この建物に1家族台所+一部屋で12家族くらい住んでいたらしい。スタータレは、11月1日から翌年の10月24日まで契約し、農業労働を手助けする存在で、その代わりに少しの現金と主に住居・食事・作物などの生活必需品が給料として保証されていた土地を持たない農業労働者。もう一つの特徴としては、単身ではなく家族であることが義務付けられていたこと。妻がいれば、乳絞りをやってくれるからだ。夫婦であれば、住居と食べることが保障されるのだから、農村地帯の安定にかなり貢献したよう。展示の結婚式の写真の中で笑っていた女性はドイツ人と書かれていたので、この制度を利用する国境を超えての貧しい農民の移動があったのだろう。その近くにカフェを中心とするNaturuskolanの大きな建物がある。以前は様々な展示物と一緒に、自然に関係する書籍や小物が置かれていて、もう少しお茶を楽しむだけではなく、情報も仕入れることができたのだが、中が改装され、カフェーを中心にしてコースに使う教室がある形に変わっていた。端の方に、昔の酪農と牛乳供給の歴史に関係する小さな展示があったけれど、けっこう面白かった。そこで技術の進歩と共に、人々の食生活やそれに伴う人々の働き方の変化が大きく変わっていくのが、具体的に伝わったような気がした。1955年のテトラパックの発明はかなり画期的だったよう。(残念ながら英語表記の説明はほとんど無い)いろいろな楽しみ方ができるこの地域をいろいろな人に訪れてほしい。www.overjarvagard.se
2014年03月02日
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