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Hさんの訃報が届く。夫とともに告別式に参列してきた。今から30年以上も前に、「男の子育てを考える会」を立ち上げた方であり、一貫して女/男の性差やしがらみを越えて、生きること関係を作ることにこだわって行動してきた方だ。私よりひとまわり上のいわゆる団塊の世代の方だが、ほんとうに魅力的な、素敵な人だったなあ、と思う。皆さんのお別れの言葉をきいていて、感動してしまった。私自身は濃厚なつながりはなかったけど(夫のほうはあったらしい)、Hさんの生きる姿勢には、実は大きな影響を受けていたのだ。以前内田樹の本の中に、Hさんの文章が引用されて、かなり批判されていた。批判の趣旨はわからないではなかったけど、う~んちょっとちがうんだよなあ、と私は思ったのだ。文章だけで判断できないことがあるんだよなあ。彼の築いてきた関係性と活動を目の当たりにしていた私は、とにかくそう思った。自分が思っていた以上に、私は私のそばで生きているいろんな人に影響をうけながら生きていることに、今日あらためて気づかされた。同じ時代、同じ地域でともに生きられたことに、ほんとうに感謝しています。
2009.06.28
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出張から戻ると、お誕生日のプレゼントが待っていました。腕時計です。夫が選んでくれたみたい。私好みのシンプルさで、とても気に入りました。今使っている腕時計は、安物でしかもぼろぼろになっていたので、うれしかったです。。。「何歳になったのかな? 私にはわかりません。 いつまでも若々しくいてください」とは、夫からのメッセージ。腕時計もうれしかったけど、家族全員からの一言メッセージがやはり一番うれしいです。これからどんな人生が展開していくのかな。
2009.06.24
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これから泊りがけの出張に出かける。さて、準備をしなければ。朝ごはんの後片付けをしながら、試験のために早く帰ってくる息子のために、昼食を準備。同時並行で、晩御飯のカレーを作り始める。(げ、カレー!?という声が背後で聞こえる)そのあいまに掃除をして、二回目の洗濯機をまわして干して、それから出張のため参加できない子どもの保護者会への出席を、夫に要請。夫も多忙で疲れているらしく、「保護者会かあ・・・」とため息交じりで疲労感をアピール。(それくらい協力してよ…と心の中でつぶやく)娘はというと、昨日連れて行った美容室でのカットの出来に激しく不満の様子で、朝からさんざん愚痴をきかされる。(せっかく時間をつくって連れて行ってあげたのになあ・・・)こんなふうに私の中は、不平不満でいっぱいだ。(こんなに家族のために働いているのに、誰も感謝の一言もないわけ?)(疲れているのは私だって同じなのに、当然のように愚痴を言わないでよ)(…それに、今日は、私の誕生日なのよおお!!!)最後のつぶやきで、やっと笑いがこみ上げてきました。私って、なんて幼いんでしょう(爆笑)「世界中のみんなが、私のために貢献すべき。私に感謝すべき」と、本気で思っているのです(ひえ~)。「あなたさえ変わってくれるのなら、私は機嫌よく働いてもよくってよ」と、本気で思っているのですね(うへえ~)。このバカっぷりは、年をとってもなかなか変わりません(あはは)。もう、やめたいです。こんな俺様的な子どもっぷりは。(あと数年で、50歳になるんですよ私~)大人になりたいです。「私の幸せ(快)のために、人々になにをしてもらおうか」とたくらむのでなく、人々のために「自分が何ができるかな」と考えて、動ける大人になりたいもんです。なかなか道のりはきびしいなあ。でも、今朝のお恥ずかしいエピソードは、誕生日の良い思い出となりそうです。
2009.06.22
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今日は、宮迫千鶴さんの命日。亡くなって、一年たつのですね。生前の宮迫さんらしく、笑って踊って喜んで、あらためて想いをはせたいなあと思います。宮迫さんを思い出すと、人生を祝福することを思い出します。そうそう。ここのところ、忘れていました。生きていることを、お祝いすることを。宮迫さんは、私にとって永遠の素敵な人生の先輩。あんなふうに年を重ねたいです。
2009.06.19
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内田樹さんがご結婚されたそうですね。お相手の方も素敵な方ですねえ。一ファン(?)として、うれしくなりました。さて、私は大忙しの日々で、あっというまに時間が飛ぶように過ぎていく日々です。主に、仕事が。。。to doリストが一向に減らない。。。どころか、日々増えていくのはなぜ??
2009.06.14
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毎日毎日いそがしいです。息子の運動会、娘の授業参観、学校からの「呼び出し」、ママ友達とのやりとりなどなど、毎日が動いています。そのたびに、今しかできない「母としてのお仕事」が与えられるわけですが、自分がそれをどれだけていねいにやれているか、はなはだ自信がありません。子どもたちが大きくなると、ここには書けない事が増えてきますね。その分彼(女)らと、コツコツとていねいに、あせらず気負わず話しあっていくことが大事だよなあ。。。なんて久々にまじめに思っているのは、ちょっとした「事件」があったのですが。しかし「事件」はいつも私に大事なことを教えてくれます。そのときは大変なんだけど、時間がたつと「あの<事件>があって、よかったなあ」と思うのです。ところで最近、素敵な女性と知り合いました。いや、以前から知り合いだったのですが、彼女は会うたびに素敵になっていくのです。二児の母である彼女。子どもたちとのやりとりがとても静かであたたかくて、「いいなあ」と思える私のモデルです。いつも子どもたちの味方であることを決心している強い人です。しかし昔の彼女は、自分の子どもを愛せないことで自分を責めて悩んで、葛藤している人でした。あれから月日がたち、毎日毎日のささやかでていねいな積み重ねが、きっと彼女を素敵にしているのだろうな、と私は思うのでした。さて、今日は休日。息子は友達とディズニーシーに出かけ、私と夫はこれから学校行事に出かけ、夜はひさしぶりに私たち夫婦と友人との飲み会です。ちいさな積み重ねを、今日もひとつ積み上げましょう。
2009.06.06
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この一週間。同居している母に異変が起こり、布団の中で嘔吐と失禁をしていたので病院へ連れて行った。いつもとは明らかに様子が違うので、万が一を想定して、脳のMRIも撮ってもらったが、幸い異常なし。おかげで仕事の予定も狂い、これで丸一日つぶれてしまった。まあしかし、思いがけず親孝行させていただく機会を得たことには感謝である。…とかいってると、今度は母の白内障の検査の付き添い。来週は入院である。つまりは私もそういう年齢になった、ということである。あたりまえのように、私に人間として当然のお仕事が降ってきただけのことだ。天からふられたお仕事は、ありがたくお受けするしかない。それにしても、「お仕事」(賃労働ではないお仕事)のなんと多いことか。しかし、この世にする仕事がなくなるということは、すなわちこの世に用がなくなるということなんだろう。「お仕事」があるということは、すなわに生きている意味があるということなのだから。
2009.06.02
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