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佐伯一麦
の新しい小説 「空にみずうみ」(中央公論新社)
を読み終えました。新しいといっても2015年に出版されているわけで、すでに文庫になっているようですし、 「麦主義者の小説論」(岩波書店)
とかと出版は同じ時期、 2014年
から 15年
にかけて 読売新聞
の夕刊に連載された小説のようです。もう五年ほどたっていますね。
本のカバーの絵が面白いのですが、 樋口たつのさん
という絵描きさんの絵で、新聞の挿絵は同じ人だったようです。単行本には、挿絵はありません。
食卓のテーブルで夜中の二時くらいに読み終えて、しばらく座ったままボンヤリしました。
「空にみずうみ」
という作品の題名が、最初から、小説の構想のシンボルとして書きだされていたことが最後になってわかりますが、ここでは詳しく書きません。
「登場人物たちは、いったい、どこで空にみずうみを見るのだろう?」
読み進めながら、ずっと考え続けていた疑問です。読み終えてみると、その題名にこそ、しばらく立ち上がれなかった理由があったと、今、感じています。どうぞ、お読みになって気づいていただきたいと思います。
小説を書いている 早瀬
と、草木染の作家で、編み物をしている 柚子
という、もう中年とはいえない 夫婦の日常
が、春先から、次の年の三月まで綴られています。
早瀬
の名前は、 「コウジ」
だったか、一度どこかで出てきたように思いますが、思い出せません。 廸子
の旧姓は 輿水
といい、東京育ちです。
日々の暮らしに大きな事件は何も起きません。二人が出会う人たちが、その他の登場人物ですが、恐ろしげな人は一人も出てきません。鳥の声を聞き、日々の食卓があつらえられ、ちょっとした事件や、困りごとが季節のめぐりとともに描かれているわけで、読んでいてなにが面白いのかと言われれば、
「さあ、なんでしょうね。」
と答えるよりほかにないのかもしれません。
青葉木菟(アオバズク)、画眉鳥、鶯、時鳥、トラヅグミ、雀、ジョウビタキ、カモシカ、タヌキ、蛇、クサガメ、ゾウムシ、青虫、チョッキリ、水琴窟、御衣黄、枝垂れ桜、上溝桜、山法師、欅、小楢、筍、かなかな、ニイニイ蝉、なめくじ、エダナナフシ、アメリカシロヒトリ、アシナガバチ、ミヤマカミキリムシ、紙魚、ヒメシャガ、半夏生、藍、臭木、鉢植え椿、栃、シオジ、ハンカチの木、合歓の木
冷や奴、赤かぶの酢漬け、きゅうりの辛子漬け、さやいんげんのおかか和え、自家製梅干し、無花果の甘露煮、カレーうどん、冷やしきつねうどん、麩まんじゅう、鰹のたたき、スイカ、鳥ソバ、はらこ飯、栃餅、参鶏湯ふうスープうどん、しおむすび、千切り大根の梅漬、七草粥 チョッキリ くらいです。その次に食楽に並んだり、客をもてなしたりする料理で、食べてみたいと思ったものを上げました。
「また、シカサブロウがいないかと思って」 ― 略 ―
「シカサブロウ?」
「カモシカ。前にこのへんで見つけたの」
「えっ、カモシカみたんだ」
早瀬が驚くと、、男の子は得意気にうなずいた。
「一緒に見つけた大人の人が、たぶんまだ子供のカモシカだろうって。一頭しかいないから、親からはぐれてしまったみたい。それで、ぼく、シカサブロウって呼んでいるの」
シカサブロウは、漢字で書くなら鹿三郎だな、と早瀬は思った。
「でもどうして鹿太郎や、鹿二郎じゃないんだ」
「ぼく次男だから、弟がほしくて」
「あ、キビタキの声だ」 この 少年 が、ここで、一人、はぐれたカモシカを、弟を慕うように探している姿の中に、この小説の 2014年 という現実の時間の底に流れている、 もう一つの時間 が顔を見せています。東北の震災から三年という 大きな時間の流れ です。
相変わらず囀っているのを聞いてシン二郎君が言い、あたりを見回した。
「そうだね。よくわかったね」
「だって、ぼく、前にいた県の鳥だから知ってる」
息子はどこかの墓に眠っている 小説の中で、小鳥が囀り続け、二人の男女は耳を澄まし、木々や花々、小さな虫やドングリや栃の実に、コンクリートの壁から聞こえてくる騒音や、喘息の発作や手首の痛みに一喜一憂しながら、静かに暮らしています。
でもわたしにはどこだかわからない
母親が息子を
みつけられないでいるのだから
神の小鳥たち、どうか息子のために
さえずってあげて
母親が息子を
見つけられないでいるのだ から
鎮魂の結晶化! を、見事に成功させた作品だと思います。どうぞお読みください。(S)
追記2022・03・26 最近、 佐伯一麦 の 「アスベストス」(文藝春秋社) という、新しい作品を読みました。その感想を書きあぐねて、昔の作品のことを考えています。もう少ししたら感想をアップしますが、やはり胸に迫る作品でした。
週刊 読書案内 川上弘美『神様』中央公… 2022.07.20
週刊 読書案内 佐伯一麦「アスベストス… 2022.05.09
週刊 読書案内 川上弘美「三度目の恋」… 2021.10.31