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久しぶりに若者向けのエンターテインメントを読みました。こういう装丁の本は手に取るだけで照れますね。
ありそうで、なさそうな(笑)お話しでしたが、きちんと引っぱり込まれました。最近読んでいる 「北村薫」
の 「円紫さんシリーズ」
に、少し似ていると思いましたが、学校が舞台だからでしょうか。
書名が、いかにも教員が喜びそうなのですが、文章には教員の空気はありません。もっと若い作家の手による印象です。そこは 北村
の作品との違いですね。
書名から予想したのは、あれこれ作品名が出てくる、何というか、高校生向け「カタログ小説」かなというわけで、ここはひとつ出てくる作品をチェックしようとポスト・イットを用意して読み始めました。紹介されている本で若い人の読書傾向が知りたいし、ついでにその一覧でこの小説の案内がかけそうだというセコイ目論見でした。
小説は高等学校の図書委員会のシーから始まりました。司書の先生が質問して、図書委員の諸君が好きな本の名前を、次々と口にします。よしよし、目論見通りというスタートでしたが、結果的にはポスト・イットは不要でした。
話題になった作品は 森鴎外
の 「舞姫」
、 ヘルマン・ヘッセ
の 「少年の日の思い出」
、 安部公房
の 「赤い繭」
、それから 「源氏物語」
が少々というところでした。
読み終えてみると、出てきたのは定番中の定番という作品ばかりで、中学校と高校の教科書採択作品という「誰でも知っている」ダメ押し付きでした。目論見は見事に外れましたね。
鴎外
の 「舞姫」
、 「源氏物語」
は言うまでもなく、高校の教科書の定番です。 ヘッセ
の作品は中学の教科書に採用されているようですし、 「赤い繭」
は高校で教科書によっては入っているという、短い作品です。
まあ、そうは言うものの、それぞれの作品に対する 「読み」
が面白い小説ですね。物語の本筋は 「血まみれの女子高校生が生物教室に夜な夜な現れる」
という、いわゆる 「学校の怪談」
ものと言っていいお話しです。
「活字中毒」の少女、 藤生蛍さん
と、「共感覚」というちょっと変わった能力の持ち主で、そのために「活字嫌い」になっているらしい少年、 荒坂浩二君
という高校二年生コンビが、 安部公房
と ヘッセ
の作品の「読み」と格闘しながら 「血まみれの少女」
の謎を解くというストーリーなのですが、こう書いても、それらの作品と「謎」に何のつながりがあるのかわかりませんね。
作中で話題になる二つの小説に共通しているのは「繭」です。 ヘッセ
の作品は蝶の採集をめぐる話で、 「赤い繭」
は文字通り「繭」のお話しですが、もう一つ、この作品には「繭」が出てきます。それは生物教室の陳列棚にある標本です。
というわけで、生物の 樋崎先生
が三人目の人物として登場します。彼が「謎」の発信源の役割を担う役割なのですが、これ以上はネタバレになりますね。
具体的な展開についてはこれ以上は書きません。作品はミステリー仕立てですが、むしろ 「ボーイ・ミーツ・ガール」
の展開の中で、本嫌いの少年が「本を読む」ことに熱中していくプロセスが、元教員の老人には面白かったということです。
ちょっと話は外れますが、主人公 藤生蛍さん
の「書痴」ぶりは、高校生ではちょっと考えられないスーパー「活字中毒」患者という印象ですが、お話しの中に 「谷崎源氏」
の文庫版全
5
巻を三日で読破したもう一人の女子高校生が登場する件があります。
この本ですね。 谷崎潤一郎
の 「新・新訳源氏物語」(中公文庫版・全
5
巻)
は一巻
500
ページを超える大冊です。その上、訳文は 「舞姫」
以上に「古文」なのです。
その文体についてはともかく、どんな時代のどんな読書家であっても、これを三日で読み終えることは
99%
あり得ないなと、ぼくは感じました。
まあ、浪人の頃に手を付けて一ヶ月かかった元教員のヤッカミかもしれませんが、「ありそうでなさそう」と思わず笑ってしまった所以です。
かつて、数年間高校の図書館長を経験しましたが、この本に手を付けた高校生は一人だけでした。もっとも、彼女も一巻でギブアップしましたがね。
この作品のプロットを貶しているわけではありません。ただ、 谷崎源氏
は傑作だと思いますが、読み終えるには時間も辞書も、ついでに覚悟も必要だということが言い添えたかっただけです。
ああ、それから 「共感覚」
については、読めばわかりますが、ある文字を見ると色が浮かぶとか、音が重なるとかいう感覚ですね。よく知りませんでしたが 「ロリータ」
の ナボコフ
とか、物理学者の リチャード・ファインマン
とかがそうだったようですが、調べていて二人の名前に出会って、いたく納得しました。
というわけで「若向き本」体験記でした。
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