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いとうせいこう
の小説 「夢七日」
の 「案内」
のつづきです。
(その1)
の最後に 「木村宙太」
という名前が 11月15日の夢
に出てきて驚いたと書きましたが、この名前に覚えのある方はいらっしゃるでしょうか。
眠りの下方でこの日、 君 は 内山田康 という人類学者の 「原子力の人類学―フクシマ、ラ・アーグ、セラフィールド」 という本を読んでいる。夢は重なる中でも、 君 は著者名をはっきり見たし、本の名もしっかり覚えていた。 この作品の骨格のイメージがここで示されているようです。
近頃、人の名前が 君 の夢に出てくるようだ。昔はそんな夢を見なかった。ただ一度だけ覚えているのは二十代の初めに見た夢で、どういう流れかわからないが、ともかく目の前で白い雲がもくもく動き出し、最終的に空に大きく 釈・迢・空 と三文字となって目が醒めたのである。
それが高名な歌人の名前だと教えてくれたのは、当時まだ付き合い立てだった女性、のちに君の奥さんになる 未珠ちゃん であった。とはいえ彼女も特に短歌を学んでいたわけではなかった。たまたま郊外の短大に通っていたころの彼女がとっていた 私 の授業で、 釈迢空 を取り上げたことがあっただけだ。
彼の人の眠りは、徐かに覚めて行った。 こんなふうに、夢を見続けている 「君」 とは誰なのか。読者のそんな疑問を喚起して 十一月十四日 の記述は終えられ、翌日の 二〇一九年十一月十五日金曜日 の夢で、 「君」 は名指されることになります。
これが有名な冒頭である。謀反の疑いで処刑された大津皇子が墓の中から甦る。そして郎女という女に執着する。
と、ここまでを 君 は夢の第四階層で思い出し、もう一つ上の階に戻ろうとあがく。やがて 君 は 「原子力の人類学」 と 「死者の書」 を混同し、 「した した した」 と死者のそばでするらしき水の音を、原発の冷却装置に伝って落ちる水のそれとそっくりであると感じる。
木村宙太 、こうしている間にも君の目は決して醒めない。 唐突に記述された固有名詞に「えっ」と戸惑いながらも、 「想像ラジオ」 から8年、いや 「東北大震災」 からというべきでしょうか、今、眠り続けている 木村宙太 が、ここから、どんな夢を見るのか、どうして眠り続けているのか、いつ、どんなふうに目覚めるか、作品の展開に対する興味のギアは、一気にトップにアップ・チェンジされることになります。
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