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わからなさ パレスチナ 「わからなさ」 ですね。細々と関心は持ち続けているのですけれど、少しも燃え上がらない理由は、読んでも読んでもわかったという印象が湧いてこないことです。
「シオニズムって何だったんだ?」 という疑問が、ボクの中では、いまだにトグロをまいていてとけないのですからねえ(笑)。
「パレスチナってどこなんだ?」
「インティファーダはどうなったの?」 が畳みかけてきます。 1950年代 から、 2000年代 にかけて 半世紀に渡る話 です。
「オスロ合意って、なんやったんや?」
「旅する人」 だったようですが、一方で、あくまでも カスティーリャ語 で書きつづけた人だったそうです。
パレスチナをめぐるボクのわからなさ を、まあ、自分なりに解こうという意図から探し出した本との出会いでした。
私のモロッコ訛りのアラビア語も、モロッコに移住したユダヤ人と間違われるために、見知らぬパレスチナ人と話す際に使うことができない。不信感を抱かせないためである。しかし同じ訛りも、友人たちと話す際には、連帯の道具となり、一気に互いの距離を縮める役割を果たしてくれるのである。この「記号論」を学んでいくと、最後には訳が分からなくなる。境界線上に生きる者の身分は何をもって決まるのか。人間か、それとも記号か 。 本来、 「 友情」の絆 を手探りし、 「連帯」の意志 を伝えるための 「ことば」 が、その訛りによって、口にしたとたん、その場に
「敵か、味方か」という疑いの空気を醸し出していく 場面を思い浮かんできます。何も、 パレスチナ の アラビア語 に限るわけではありません。
「やっぱり、わからない。もう、知らない。」 といって目を背けようとする老人の肩を、もう一度叩いてくれる本でした。関心を失ってはダメですね(笑)。
フアン・ゴイティソーロJuan Goytisolo Gay
1931年、バルセローナに生まれる。フランコ体制下での創作活動の限界から1956年にパリに移住。パリとマラケシュを往来しながら文筆活動を続けていたが2017年78歳で亡くなった。小説には『フィエスタス』(1956)、『アイデンティティーの証明』(1966)、『戦いの後の光景』(1982)、『マルクス家の系譜』(1993)、『包囲の包囲』(1995)、評論集『サラセン年代記』(1981)など。1985年、エウロパリア賞、1993年、ネリー・ザックス賞を受けた。
追記
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