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あの人が亡くなって1年。今日初めてお墓参りに行った。たばこを供えようとしたUさんが、「あいつ何吸ってたっけ」といい、私は、キャスターじゃなかったかな、と思った。41歳。墓誌に残る名前と没年。付き合いも短かったけど、大切な仲間をひとりで逝かせてしまった痛恨の思いは強烈に私の中に残る。どんなに後悔してもあの人は戻らないと、泣いたあの夜のことをまた思い出す。
November 30, 2003
「よのなか科」の藤原校長曰く11月は人事の季節である。というのは学校の話である。そしてわが社では11月後半から12月あたまくらいが人事の季節である。 そういうわけで、私も「意向調査票」というのを月曜日に課長に提出しなきゃならないんだけど、今回は本気で異動したいので、書くのに手間取っている。 私の狙っている行き先は、決して生易しいところではない。下手すると「何を身の程知らずな」ということになってしまう。けれど私にもそれなりの実績はあるし認めてくれている人もいる。今後のキャリアアップを考えたら、ぜひ行って勉強したいし、今「魅力を感じる職場」が手近なところに全然ない。今は刺激を受けて新鮮な気持ちで仕事をしたいのだ。 昼間散々考えて、大体できた。あと、もう少し。課長はきっとよく話を聞いてくれるでしょう。ちゃんと書いて、課長にちゃんと話して…後は「天命を待つ」のみ。
November 29, 2003
今日はあの人の命日だったんだ。今年も同じような日々を過ごしている。勉強会、合格発表、仕事…のペースはちょっと違うね、去年は会議を進めなきゃならなかったから、家に帰るまでずっと我慢していたんだった。しばらく泣いてばかりいたね。ちょっとかするとすぐに反応していた感じだった。少しずつ忘れていくんだろうと、忘れることに罪悪感を覚えたりもした。今年はいいニュースにも出会えるだろう、「去年は最悪だったよ」と珍しくこぼしたOさん。30日にお墓参りに行く。あなたはお星様になって見ていてくれるんでしょうか。
November 26, 2003
って今日のNHKスペシャル見て感動してしまった。いつも子どものファンに夢を持ってもらうためにがんばる、それが松井のプロとしての生き方なんだなあ。中学2年のときから、人の中傷をしたことがない。10人以上のベトナムの子どもの里親になっている。「いつも笑顔だから松井が好き」というニューヨークの子どもたち。あの星陵高校時代、4連続敬遠されて、落ち着いていた態度が今なら納得できる。松井にとって、それは野球の試合に負けたというその事実だけ。負けは負けだ。野球がうまいだけじゃないんだなァ。松井を応援しないではいられないじゃないか。私は「グラウンド外で何をしていても、野球がうまけりゃいい」っていう「プロ主義」なんだけど。
November 23, 2003
ハンセン病元患者の詩人・塔和子さんを中心としたドキュメンタリー映画。この人の詩を織り交ぜながら、塔さんの辿った生、そして強制収容や療養とは程遠い「療養生活」を伝える映画だ。引き裂かれる家族との絆、監房、ほとんど強制的な労働、子どもを産まないよう手術を受ける前提での結婚、しかも結婚とは名ばかりの雑居生活、死後なお帰れない事実…一般的な事実としては知っていることが多かったせいか、あまり心に残っていることはないが、塔さん本人は、15歳で発病して、隠すために家を出て旅館を転々としていたところ「見つかって」、療養所へ入ることになったそうだ。詩人としての塔さんはかなり活躍している。そして、多くの人を感動させ、勇気付けている。最初の詩集は、文通していた当時の女子高校生が、印刷会社を営むお父さんに塔さんの詩を見せたところ、「これはただものではない」と言われ、結局お父さんのほうが熱心になって、出版することになったそうである。この映画の製作時で18冊の詩集が出ていて、最近、詩の世界ではもっとも権威のある「高見順賞」というのを受賞したそうである。私の臨席の中年女性ははじめの方からハンカチを眼に当てていた。まだ泣く場面じゃないような…とも思ったが、その人にはなにか特別な思いがあったのかもしれない。映画だけで泣けるわけではない。その背景に何があったかを知り想像するから泣き出しそうになる。人前でなかったら、肩を震わせて泣いたかもしれない。けれど私にはまだ、この思いを的確に伝えるべき言葉が見つからない。もっともっと、感じることだ。読み、知り、思い、考え、そのうちに自然と、流れるように表現されてくるんじゃないかと思う。
November 22, 2003
川端康成と生涯唯一の面会、別れの名残惜しさが切ない。「お逢い出来ましてこの上なく嬉しく存じました。駅でお別れします時、何かもっともっとお話を伺いたいことがあるような気がしてなりませんでした」と北条は川端に礼を綴る。川端も「この間は思ったより元気な御様子で会え、嬉しく思いました。もっと種々話すべきことあったような心残りですが」と返す。北条は小柄でやせっぽちな、貧相な青年である。丸めがねをかけ、顔つきもちんまりとしている。幸福な日も人に愛されることも少なかった北条は、他人に接するのが下手で、生意気な言動があったり、人を馬鹿にしたりしながら、表面的でなく自分を理解してくれる少ない友人とだけ限定的で深い付き合いを続けるのだ。そんな青年が、やっと出会った心底信頼できる「大人」が川端である。初めて実際に会うことができ、短い時間の面会で帰っていくとき、どんなに寂しかっただろう。川端宛ての書簡では「激しい孤独感」と書いている。川端に励まされて人生の目的を見出しながらも、時に取り乱し、絶望に苛まれ、屈辱に耐え、心の中でひそかに慟哭し、魂を削りながら生と死の深い淵を抉り出すのだ。書きかけの随筆や感想文は、はっきり言って鼻につく。あまりにも「凡人」に対して批判的に過ぎるのだ。何様のつもりだあ、と一瞬思ってしまうほど。しかしここにも彼の苦悩はあるのだ。ここから粋を搾り出して、あの名作たちが生まれたのであろう。一人の作家の全集とはその人の創作の過程を含めた記録なのだとしみじみ思った。
November 21, 2003
ハンセン病の元患者の利用を拒否したホテルが刑事告発される。県の再三の説明や指導にも従わず、「極めて悪質」と判断されたのである。今日のまるでとってつけたような「謝罪」(のつもりらしい、あれでも)では、ますます当事者が怒るのは当然だ。あまりにも誠意が感じられない。私が昨日日記に書いたのと同じようなことを、入所者自治会の会長は仰っていた。重大な人権侵害を犯したことを謝罪する気はなく、あくまで「認識不足」を謝罪しているだけである。昔からバカにつける薬はないのだ。それと、このアイレディースのせいで、町の温泉街全体が迷惑をこうむっているらしい。悪いのはアイレディースであって、温泉街そのものではない。私も機会があったら訪れるかもしれない、しかし、アイレディースだけには、絶対に泊まらない。魂を悪魔に取られても泊まることはない。根拠のない人権侵害を組織として行ったことを世論は許さないのだ。毅然とした公機関の態度は、公共の福祉を守る存在として人々の信頼を得ていくものと確信する。
November 20, 2003
アイレディース宮殿などという名前までふざけている、と言いたくなるくらい、今回の事件は腹が立つ。旅館業法違反で熊本県は告発も辞さないとのこと、それでこそ公共の福祉である。前田篤子という総支配人は自分だけの判断で(または総支配人の責任で)拒否を決めたのだろうか。本当に感染するかどうかわからなかったのだろうか、無知は罪だが百歩譲って仕方なかったとしても、調べることは簡単なのに、あえて白々しい言い訳をしたのだろうか。聞いてみたいがホテルの電話は話し中(抗議かいた電かわからんなあ)。「認識不足」を謝るのは勝手だが、「私はバカですゴメンナサイ」と言われても謝っていることにならない。人として常識的に生きているつもりなら、人権侵害に当たる差別行為をしたことを謝るべきで、こういうところにも、この人もしくはこの会社の、人間としてのセンスを疑う。
November 19, 2003
サンジャポで江田憲司元議員の選挙戦を紹介していた。そのビデオで見た限りでは、江田氏は、政策を訴えて有権者の共感を得るより、事務所で尽力したボランティアへの感謝の弁を述べる場面が目立った。そんなことだから落ちたんじゃないのか?普通、お客さんに売り込みするのに「社員がサービス残業で一生懸命作った商品ですから買ってください」って言うか?「効きますよ」「役に立ちますよ」「おいしいですよ」って言って商品は売るもんでないの?(その裏には見えない社員の努力や情熱は、あって当然。)裏方に感謝するのは結構だが、それは事務所の中でやるもんだ。ってあたしは思う。とはいえ、私の見たのはあくまでサンジャポが編集したビデオである。こんなふうに受け取るように故意に編集をしていたのだとしたら…TBS、おぬしも悪じゃのう。
November 18, 2003
いやはや懐かしい顔に出会ってしまった。ちょうど20年前、ロス五輪の予選で同じように戦っていたメンバーだ。そのころのライバルは韓国。エースアタッカーが姜(カン)という人で、黒田福美さんが追っかけをやっているうちに韓国が大好きになりハングルも覚えたというので有名だ。何もなければニュースかスポーツを見る私なので、今日初めてこのW杯バレーを見たところ、どうも昔見た顔がコートサイドにあるではないか。蘇武、下村、三橋、奥野、杉本、古川、川合、岩田…と順に思い出そうとしたがどれも違う。そうしたらアナウンサーが「タナカ…」というでないか、そうだ、田中幹保でないか! そういえばこの少ない髪の毛、はれぼったい目、田中にまちがいないのである。懐かしいのう。あのころ私はテレビに張り付いて応援したものだった。セブンティーンに12人の選手のグラビアがあった。「奥野のバックアタック」などが必殺技だった。杉本選手は明石家さんまに似ている上にさんまの本名も杉本だといって、「もしかして親戚?」などという噂もたった。一番人気はその杉本で、次が川合か古川。今いちばん有名なのは川合俊一だけれど、あのころは確かまだ日体大の学生で、21歳くらいだった。実業団も結構な人気で、しかもチケットが結構高く、当時で7000円くらいした。コドモにいけるような値段ではない。一番人気は全日本の選手の半分を輩出していた富士フィルム、岩田を擁する新日鉄、日本鋼管、専売広島などがあった。そういえば女子も、三屋裕子、江上由美、中田久美、杉山加代子、大谷(なんてったっけ、まだ高校生だった)。なんか、すごいねえ。ロスで銅メダルとってきたんだよね、女子は。勝ったことより、思い出話に盛り上がってしまったのでした。いや、年寄りってのはそんなもんよ。
November 17, 2003
知れば知るほど胸に迫る。どうしてこんなに長い間、手付かずにしてしまったのか。大正時代の東村山駅の写真があった。よく話に出てくる、人力車を引くちょんまげのおじさんらしき人が写っている。もう一度乗せてやるからな、とその人はよく言っていたそうだ。「退院の時かな?」と思ってしまうが、それは死んだとき棺桶を乗せてやると言う意味だ。優しいのか残酷なのかよくわからない。「お前はもう一度この車に乗る」という言い方もあったようだ。好きでこんな仕事をしているんじゃないという気持ちで言うんだろうか。監房で長い人は500日以上過ごしたそうだ。1年半じゃないか。短い人は数日だ。劣悪な環境で、すぐに死んでしまったからだ。笠智衆が先生の役をやった映画がある。光岡さんはきっとこんな感じだったんじゃないか。これからどんなふうになっても、きっとそこに抜け道があると語った光岡。腐っちゃいけない。諦めちゃいけない。それは私の人生にも響くんじゃないか。昭和女子大学の光葉博物館は観覧無料である。図録はたった500円である。展示品以外の資料的な写真も多く載っているし、年譜や文書など、資料的な価値が大である。この展覧会は11月22日まで無休でやっている。昭和女子大学はエライ!
November 16, 2003
ショックなことを聞いてしまい、それも答えを出さなければならず、昨日苦渋の決断をしたところ。考えると涙が出てしまう。こんなにつらいなんて…。独りではやっていけない、いっしょにやれたからこそ、ここまで来れたと今までも思っていたけど、いなくなることがこんなにきついなんて。不安で不安でしょうがない。1人では(本当は1人じゃないんだけど、他の人では代わりになれない)この先切り盛りしていけるのか、不安に押しつぶされそうだ。それでもたぶん、これをOKすることが、本人のためにも全体のためにもいいことなのだ。つらいのは私だけだろう。だったら尚更、ここでOKと言わないわけにいかないじゃないか。昨日はそして、一番の親友とも言うべき男と飲みに行った。2人じゃなくて、後輩2人と一緒に4人で。私と彼との会話は漫才だったと後輩の一人は言っていた。彼の会話のテンポはめちゃめちゃ速くて、のんびりした人では付いていけないのだ。ということを思い出した。こんな会話を私たちは職場でしていたのだ。テンポだけじゃない。彼と私のベクトルはぶれはあっても方向が同じだ。あいつもそう思っていることがわかる。一番共感できる相手かもしれない。大袈裟に言えば「尊敬しあっている」のだろう。もしかして本当は自分が一番好きなのはコイツなんじゃないかと一瞬思ってしまった。他の人がいた分、彼は心の中のことまでは話していない。日ごろ思っていることを、遠慮なく話すなら2人で会うほうがいい。てなわけで毎日毎日いろんなことが起きて、北条のことも選挙のことも書けないじゃないか!
November 13, 2003
開票の開始時は鐘が鳴るらしい。ますます雰囲気あるなあ。次回は是非聞いてみたい。
November 11, 2003
開票所は公開されているのだ。ということを今回初めて知った。でも書こうと思っているのはそのことではなく…あくまで個人的な感想で…昨日投開票で寝不足だし明日ヤな会議が夜あるから今日は書くのやめて今度にする。
November 10, 2003
私の仕事にニアミスしている日記があった。その人はそのことについてとっても一生懸命考えたりしているみたいなんだけど、たぶん無理だなあ。相手は、どうすれば乗り越えられるかというテクニックで「対応」してしまう。プロだからね。どうにかするもんなんだ。マクロなニーズの方が今の時代は選択されていくのだと思う。そうするとミクロな視点の人たちは「私たちの利益を下げるなんて許せない」などと言う。決まって、そう言う。どこへ出ても、人が違っても、言うことは同じだ。こっちは、「そう来たか。じゃ、こうだ」てなもんなので、きっと議論がかみ合わない。そして、この人たちに限らないが、面と向かって主張をしない。陰でコソコソ言っていたりする。それでは届かない。やっぱり言いたいことがあるならケンカするべき相手とケンカしないと、いきなり親に言いつけたって解決しないのだ。長い目で考えて、みんなのために(ここが大事!)どうするのがいいのか、大きな視点で話し合わなければ相手にされない。
November 8, 2003
キャプテン宮本の安堵した顔が印象的だ。嬉しいっていうよりホッとしたのが本音だろうね。勝って当然といわれ、どれだけ緊張していたか。きつかっただろうな。本当によかった。レギュラーシーズンでも宮本の確実な守備と、厳しい状況でも何とかしてくれるしぶといバッティングは実に魅力的だった。しかも今大会MVP。さすが見ている人は見ている。宮本さん超カッコいいよ、涙出そう。和田がため息の出るような素晴らしいピッチングを見せたようなのだが、選挙の設営で見られなかった。本当に本当に残念! リプレイで見ただけだった。NHKは絵を出さなかったし、Nステもなぜか小林しか流さなかった。しかし今大会の投手陣の活躍は目を見張る。ていうか、一流の投手陣が全力で戦うとこんなにすごいんだね。3試合で「ワン失点」(長嶋が言っていた)だぞ!その1点だってソロホームランだぞ! 松坂、和田、岩瀬、小林、安藤、黒田、上原、…いいねえ。まさしくドリームチーム。捕手が城島なのも目に見えないけどレベル上げてるんだろうね。あと守備。孝介が今日すごいの見せたね。昨日の谷も背走背走でよく取ったよなあ。私は実は守備のいいプレーを観るのが大好きなんだよね。走塁とか。だから宮本のような選手がMVPを取ったことは本当に嬉しい。赤星が抜けたとき、できたチームの和をこのままにしたいからと監督は補充をしなかったんだそうだ。それだけは長嶋監督を支持する。みんながひとつの気持ちになって戦ったからこそ、みんなのいい笑顔を見ることができたんだ。孝介が両手を挙げてガッツポーズするなんて。大嫌いな高橋がこんなにかっこよく見えるなんて。今日はとっても感動しました。ああ涙出そう。
November 7, 2003
読売の嫌な臭いがここにもする…けどまあいい、今日は松坂大輔快刀乱麻のピッチングに魅せられた。超~カッコいいね。やっぱり球速は何にも代えがたい魅力だ。昨日の小林雅英もよかったんだがあまりにもすぐ終わってしまって…もっと見たかったぞ!今日もコールド寸前の大勝だったけれども、まあ、相手の守備がお粗末で掛布さんが嘆いていたね。センター前ヒットを福留が2ベースにしたのはなかなかよかったと思わない?赤星が出てたら2盗3盗見せてもらえたかもしれない。残念だ。孝介のガッツポーズはじめてみたような気がする。イチローが人気があるのはプレイの素晴らしさも当然だがルックスもあるということなら、孝介も同じ理由でクールなところがかっこいい。そんなコイツがガッツポーズするくらい、このチームは心がひとつになって燃えてるのかもしれない。シングルヒットで谷をホームインさせた高木豊はさすがと思う、ちゃんと相手の守備を見ていてわかったんだろう。選手はオーーーールスタアだ、勝ったのは監督のおかげじゃないと思うぞ。ちょっとおもしろいのはショートの選手がすごく多いんだよね、宮本、二岡、松井稼頭央、木村拓也、井端…。それでセカンドが誰もいないの。なぜ今岡が出てないのかな?と思わないでもない(選抜のとき怪我してたか?)。荒木は守備はピカイチだけど打たないからなァ。ショートはいい選手が集まってるからか、それにしても井端も成績が悪かったのに選ばれているのは国際試合の経験を買われたのかな。私は嬉しいけど。
November 6, 2003
北条が亡くなった知らせを受けてからの川端の思いが綴られている。淡々とした、透明感のある川端の言葉でで語られると、いよいよ切ない。誰かに知らせなきゃ、と思った時点で「文学界」の小林茂に連絡するのだが、しかし誰でもいいということではなく、この人しかいないというあたりが、北条が川端にどのように愛されていたかがよくわかる。この病の人に見られる様子が顔にはなく、その意味では綺麗だったといい、ただ、「可哀想な死に顔だった」というのが哀切を極める。志半ばで夭折した北条の無念さが川端の文を通して伝わってくる。残ったお金も、死後の著作権さえも、肉親ではなく川端に遺すと言った北条がなんとも哀れだと川端もいい、あまりにも切ない。北条は23歳で死んでしまったのだ。まだまだ子どもではないかと川端は優しい目で見つめていた。鼻持ちならない態度であったかもしれない、でも、そのことと北条の作家としての価値とは別だ。私は今北条の全集も並行して読んでいて、雑記や感想を読んでいたので、北条が生意気で傲慢な態度でいたことはわかる。確かに鼻につく。今日記に差し掛かったのでやっとおもしろく読めるようになり安心したくらいだ。けれど北条が小説の中で追求した人間の根源は、それほど極端な眼差しからしか生まれなかったと私は思う。続きはまた今度。選挙モードで早寝早起き。
November 5, 2003
江藤みたいになっちゃうよう、巨人なんかへ行ったら。生え抜き以外は大事にしないチームなんだから。ホークスで4番を張っていたけれども、巨人へ行ったら6番がいいとこでしょう、それでも移籍したいのか小久保! 細い身体でホームランかっ飛ばして、一番好きだったのに…。悲しいなあ。巨人に移って冷や飯を食う小久保をきっと私は応援することでしょう(優遇されていたら応援しない…。野村貴仁と同じ理由…)。プレステに「いたスト」ってゲームがありますけど、時々私も、金があるとやりますね。特段必要でもない店を、他人に入手させないために金にあかせて買い占める。これがジャイアンツ方式。しかし何があったのか知りたいなあ。「無償」なんてどういうこと? 相手が読売なだけに、絶対ウラがあると思う…。今後の報道に注目。
November 3, 2003
金曜日はエステにSちゃんと行ってきて、すごく疲れの出るコースだったのもあって、一瞬風邪がぶり返したか?と不安になるくらいだった。昨日は1日中寝ていた。気持ちはハイなんだけど身体がぐったりしていたんで、それに任せてずーっと寝ていたら、夜もちゃんと眠れて、コリャ本当に疲れていたか風邪が治っていなくて疲れがたまっていたんだなァ。 それでも合間に「北条民雄全集」を、またしても「いのちの初夜」から読み始める。続いて「間木老人」「癩院受胎」である。やはり10年前に読んだときは表面をなぞっただけで全然入ってきていなかったことに改めて気付く。 先日の日記を読み返して「光岡もなかなかの人物」とはなんと傲慢な言い方かと反省。私自身一体何者だというのか。 頭痛が消えなくて、体温調節がうまくできなくて暑くなったり寒くなったりする。連休なのでゆっくりすることにする。昭和女子大で展示をやっているが、こんな調子なので選挙が終わってから行くことにしよう。
November 2, 2003
全20件 (20件中 1-20件目)
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