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私は運がいい。たまたま入った古本屋で1200円で売られているのを見つけて迷わず買った。この本に古本屋で出会えるなんて。本当は光岡さんの「いのちの火影」を探しに入ったのだ。その本屋は普通の商店街の中にあるが、地元では有名な、良書を扱う本屋らしい。古い文芸書や全集ものなど、棚の上の方にたくさんならんでいた。北条民雄全集もあり、参考までに聞くと、各4500円もした。(平成2年に印刷されたものなのだが…)「いのちの火影」は絶版になっていて、私の利用している図書館にも置いていないし(頼りにしていたのだが)、辛抱強く古本屋を探すしかないだろう。新潮社から出ているのでそう少なくはないと期待しているが…。買ったのは「戦前編」。光岡さんの「青年」が載っている。これも光岡さんが北条をどんなふうに見つめていたかがわかる作品で、はなれがたい印象の小説だ。それと戦後編はとりあえず図書館で借りてみることにした。盾木さんの作品も読んでみようと思う。それから川端康成が北条を書いた「寒風」の載っている全集も借りてみることにした。川端の本まで買うことはないだろう…文庫本ならともかく、全集はね。明日から北条の全集を読み始めるのだ。なんだかそわそわするなあ。
October 30, 2003
とうとう北条が死んでしまう…って涙ぐむ私ってバカ?いよいよ東条さんが泊まりこみに入り、布団を吊るのを拒み、夜中に東条さんを起こし、ギラギラした目で「おれは快復する」と絶叫する。東条さんは光岡さんや於泉さんを呼びに走る…。ああ、北条が死んでしまう、葛を食べ終わったら死んでしまう。…。わかっていてまた泣く私ってバカ?だって辛いんだもん。北条があまりにもかわいそう。2年でいいから外で暮らしたい、5分でいいから自由になりたい、残りのいのちと引き換えでも構わない…なんて切ないんでしょう。北条は23歳で死んでしまった。燃え尽きた。2回目の読み方は最初と違う。筋をわかっていて読んでいる。しかし隙間の知識を埋めながら読んでいる。「こう来る」ってのも大体わかっている。が、よーーーく読んだり、敢えて後ろの方を先に読んだり、年譜で事実関係をいちいち確認したりしている。それで、北条がどうなっていくかわかっているくせに、そのたびに悲しんだり喜んだりしてしまう。 辛くて悲しい話ばかりですが、その中に確実に、いのちのしぶとい輝きが見えるのです。7月にこの本を買って、4ヶ月もたって、やっとここまで言えるようになった。
October 29, 2003
光岡良二もなかなかの人物だと思う。北条とは正反対の性格と言われているが、北条を見つめる目は甘えん坊で不安定な弟を見るようだ。わかり合える関係というよりは、光岡が北条を見守っていたように思える。北条は激しい人だが、光岡は強い人だったんだろう。北条が日記に感謝の意を表さずにおれないような、励ましの手紙を送った人。北条の悲しみも、苦しさも、全部受け入れていたんではないかと思う。もの静かで、思慮深く、教養人で、優しく、冷静で、諦めの気配さえ漂わせる人だったんではないか。 光岡が北条のことを書いた『いのちの火影』は絶版らしい。どこかで読みたいが…。
October 28, 2003
ゲームセットでバッテリーが抱き合うときの笑顔は何度見てもいいね。城島だから尚更だ。阪神が優勝した方が感動的だったとは思うけど…、ウン、矢野でもきっと私は感動したに違いないんだ、そのくらい今回のシリーズはおもしろかった。どっちが勝っても、納得行ったと、オタクな私は思うのです。私は88年に西武に敗れたときの口惜しさは歯を食いしばって受け止めた。涙を堪えて森監督の胴上げを敢えて見つめた。私はこの口惜しさを忘れない…!と。矢野や檜山にこの口惜しさを覚えていてほしいと思う。来年こそ勝て! でもその前にドラゴンズが優勝しちまうかもしれないけど。
October 27, 2003
今日は川端康成の書いた文や東条さんの「臨終記」などを拾い読みしただけです。「臨終記」も泣ける。東条さんは北条が「いのちの友」と呼んだ親友なのだ。北条はきつい性格だったらしく、友人は限られた人だけだったようだ。過激に生きた人だった。いのちへの思いを突き詰めて突き詰めて、究極の文学を書き上げて、死ぬ直前にだけ、穏やかさを見せた。バカバカ、死ぬんじゃない、と東条さんは、泣きながら医局へ人を呼びに走った。同じ年頃の同じ病の友人が亡くなるそのときの思い…。北条は、息を引き取るときは安らかだったのだ。東条さんに葛を食いたいとねだり、食べさせてやると東条さんにも勧め、そして葛をきれいに食べ終わると、煙のように意識が消えていったそうである。明け方近くのことだった。文庫だけど、たぶん全集の初版のときの表紙を再現してあるのだろう。重々しい表紙だ。これから読むのだなあ…と思うとそわそわしてしまう。
October 26, 2003
人が人を評価する確実なシステム、そして表舞台とは別の評価がこの世界にはあるようだ。いきなりの抜擢も、過去の例を見ればなるほどと思うらしい。この世界の経験だけではなく、もっと違う目で「やっぱり見てるから」。女性はまだまだ少ないらしい。でも顔ぶれを見ると「ああ、この人ならやっぱり」と思うのだそうで、そういえば前回昇格したCちゃんもそうである。優しく厳しく、柔軟に、確実に、危機管理と咄嗟の対処。この仕事をやっている、私の知っている人はみんな、そういう仕事ができる人だと思う。
October 21, 2003
もう寝るー。昇格したし、がんばるぞー。緊張するなあ。迷惑かけないようにしなくちゃ。それに「クッション役」もあるので…。期待されてるかも…うー。ワタナベさんに、ずっと一緒にがんばろうって言おう。
October 20, 2003
「ハンセン病に咲いた花」を、厳粛な思いで、拝読しました。この本を世に出してくださったことを、本当にありがたく思います。 私は20代の初めごろ「いのちの初夜」にはじめて出会いました。その後友人が借りたがったので貸してしまい、そのままになっていました。 この夏、高山文彦氏の「火花‐北条民雄の生涯」が文庫版で出されました。私は初めて、北条さんの生きた時代やハンセン病のことをきちんと知りました。「いのちの初夜」を読んだときには、時代の風景についてほとんど無知なままだったのです。そんな状態であの名作を読んだつもりになっていたことを情けなく思いました。 北条さんの生涯や時代背景を知って、改めて「いのちの初夜」を読みたくなりました。そこで出会ったのが「ハンセン病に咲いた花」でした。「火花」で知った内田さんや東条さんなどの作品もぜひ読んでみたいと思っていました。 「火花」には、川端康成が北条さんの弔問に見えたとき、差し出したお香典に、面会した方々は誰も手を出さなかったという場面があります。私はそれを読んで悲しくて悲しくて仕方がありませんでした。どうしてこのような態度を取らざるを得なかったか、…あまりにも悲しすぎました。みんな20歳過ぎの若者なのに。 「ハンセン病に咲いた花」に収められた作品を読んで、同じような思いになりました。彼らがどんな思いで生きてきたか、しみじみと心に染み入ってくるのです。悲しくて辛くて、そして国や社会の犯してきた罪を考え歯軋りするような気持ちでした。 今はまだ自分の気持ちも整理できていません。ただ、あまりにも私達は無知で、そのこと自体が罪だと思いました。とにかく学ぶことから始めようと思っています。先日全生園と資料館にも行きました。そこで感じたこともたくさんあります。まだまだ、これからではありますが…。 繰り返しになりますが、この作品たちを、われわれのもとに届けてくださったことをこころから感謝いたします。この作品たちは、忘れてはならない「罪の歴史」の証人です。私にとっては、いのちや人間というものについて真剣に考えるための師となってくれるに違いありません。――――――――――本来なら「お体にお気をつけて…」などというような結語が入るのだろう。もう書けないのだ。さようなら。さようなら。会える機会も全然なかったのにこう言うのは変かもしれないけれど。でも、永遠に会えないということを受け止めるために、言わずには居れない。そうだ、私は写真を見たりあとがきを読んだりして、「いる人」だと思いこんでいたのだ。それも去年出た本だったから。今気づいた。だから、亡くなっているなんて思いもしなかったのだ。こうしてだんだんと人生観というのは変わっていく。行き場のない気持ち。そういうものを抱えて、知らん顔をして仮面をかぶって、生きていくのだ。
October 18, 2003
盾木氾さんがすでに亡くなられていたことを出版社のHPで知った。今年の5月だったそうである。すごくショックで涙がぽろぽろこぼれてしまった。手紙を書こうと思って、明日は書こう、明日こそは書こうと、このところそんなことばかり考えていた。なんということだ。もう少し早くこの本に出会えていれば…。とにかく学ぶことから始めたいと思っている。でも何も伝えることができなかった。時を逸したら取り返しのつかないことになってしまう。月並みだけれども、どうか安らかに眠ってほしいと思う。この人も闘いの人生だったと思う。
October 17, 2003
…と書きたいのに、PCが壊れて調子悪くて書けません! くー! 光岡良二さんの写真も見ることができた。いろいろ思ったので…直ったらいっぱい書くぞ!!(京都の時みたいにためてかくぞお!)
October 14, 2003
ひどい近眼で悩んでいて、めがねも似合わないしコンタクトも合わないし、そうだ、近眼を治してくれるなら、寿命が多少短くなってもいい、とふと思った。 すると鏡の中から悪魔が現れて、「いいですよ、そうですね、両目1.5くらいで、寿命5年分でいかがです?」「本当? それで本当に目がよくなるの?」「お安い御用ですよ、じゃこれから上司の決済とって、契約書作ってくるんで、ちょっと待っててくださいね」 やったー。これで素顔で暮らせるし、見えないわずらわしさからも開放される! どんな気分だろう…うふ。幸せ…。 するとさっきの悪魔が決まり悪そうな顔で現れた。「さっきの話なんですけど…。申し訳ないんですけどなかったことに…」「えー!なんでー! できるって言ったじゃん」「できるんですよ、本当はね。ただあなたの場合ちょっと問題があって」「問題って何よ」「いや、大したことないんです。たった3日」「3日? 何が」「いやその、5年分寿命いただくって言ったでしょ。3日足りないんですよ。そのくらい負けてくれたっていいのにね。けちな上司で。すいませんね。あと3日早く言ってくれればよかったんだけど」〔終わり〕これはフィクションです。
October 7, 2003
にしろ!と昨日書こうと思ってたら、やっぱりなったんですね。 アホくさくて話題にもしたくない奴だが昨日の怒りを忘れないために書いておく。 辞表を提出させるなんて甘いんだよ!石原大臣も小泉総理も、辞めさせたいくせにどうかしてる。そんなきれいな形でやめさせるなんて許せない。役人かばいもいいかげんにしろ。言うこと聞かないんだからクビだ! …と怒ってたのが昨日の話。 今日ニュースを見たら、石原伸晃が口をとんがらせて「解任します」と言っていた。それでこそトップの決断。やるときはやんなきゃ。 手続きに日にちがかかるというのもやっぱり役人は自分の身を守るようにルールを作るもんなんだとよくわかって改めて怒ってしまうけれども、とにかくクビはクビ。よくもまあここまで粘ったもんだ。かの人の「面の皮」はもしかして、刺しても刺してもぜんぜん痛くないほど厚いんだろう。 それにしても最後まで筋のとおらないことを言う奴だった。こんな人間を生んだ国民っていったい誰なの。私か。
October 6, 2003
昔は家庭科の宿題を母親にやってもらったと疑われるほど編物や洋裁が得意でした。まさかまたこんなことを始めるとは、いやはや、これは弟のお嫁さんの影響なんだけれど。職場の昼休みが暇で、編物でもしようかと10年くらい前に思ったけれど、思っただけで終わってしまった。最近ではテレビを見ながらちょっと手持ち無沙汰なんで、何かしよう…と思って。久しぶりにやる気になったとはいえ、いきなり大物ってのも、くじけると後引きそうなんで、とりあえず簡単なものからと、洋風の刺し子みたいなさらしの布巾と、ビーズのアクセサリーを1ヶ月くらい前からやっている。ビーズは結構集中力が必要で、最初の目論見の「テレビでも見ながら気楽に」ってのはちょっと難しい。今日もドラゴンズがベイスターズに6-1から逆転した馬鹿みたいな試合(こっちにとっては真剣だけど)を実ながらやっていたつもりが、夢中になって善村のツーベース見損なったぞ!冬になったら編物にするのだ…いや今からやっておいたほうがいいか・・・。(お母さんもやってるかい?)
October 5, 2003
最近、つくづく「幸せだなあ」って思う。金曜日残業して帰るとき、部長にちょっとチョコレートをお裾分けに持っていったら、「疲れてないか。大丈夫か?」って言われた。実際前の日の会議(アニキのお陰で結果はOKだけどね)や1週間のその他諸々で疲れていたし、前に顔色が悪いと言われたこともあったので「顔に出てますか?」と聞いたら、「いや…大変そうだから」。私が今困難な仕事を持っていて、苦労していることを課長から聞いているんだろう。私「まだ小物なので…外へ出て会議をするときなど緊張して…終わるとどっと疲れが出ちゃうんですね」部「(同情して顔をしかめながら)そうか…。悪いな」そんなー。でも…うれしい。上司がわかってくれていると思えばつらくても我慢できるというもの。バリバリのやり手のこの人が、こんなにやさしいとは知らなかった。部長のやさしさを知って感激しているが、部長がこういう言葉をかけてくれるのは、課長がきちんと伝えてくれているからだ。課長が私達に心を砕いてくれていることは、身にしみてわかっているつもりだ。いろんな場面で課長の心配りややさしさを感じて、どれほどやる気につながっているか。6月にこの課長がくるとわかったとき、私は心の中で「やったー」と叫びちいさくガッツポーズをした。「早く来ないかなー」と言って知人に笑われた。内示が出てから1週間、本当に本当に、心待ちにしていた。もちろん、個人的なことだけじゃない。課長として、当然の役割を、当然のように果たしている(多分、通常期待される以上にやっている)。きちんと、ビジョンも持っている。熱心だし、割り切りも持っている。面倒見もいい。能力に、さらに人柄が乗っかっているということだ。こんなに幸せな気持ちになったのは…そうだ5年くらい前にちょっとだけあったけど…でも、この3年が苦しかったから、今余計に幸せなのかもしれない。感謝の気持ちは仕事で返さなくちゃ。しかし今からこんなんじゃ、お別れのときは泣いちゃうかも。
October 4, 2003
助かった。うまくいったよ今日の会議。早く済んだし、みんなの不安の材料がなくなった。結局、ほとんど現状を変えずにみんなの納得を得られた。よかったなあ本当に。アニキのお陰だ。アニキに来てもらえたのは私の人徳。それは係長の台詞。そうね、うまくいったと思う。でも私は心からアニキを信頼しているんだ。あそこの課で「最も頼りになる男」だと思ってる。「俺じゃないと来ないよ、ほかの人は難しいよ」。そのとおり。わかってる。この人だからお願いできた。心から頭を下げてお礼を言った。でも「こうして皆さんの意見も聞ければ…」なんていってくれた。あの課の人からこういう言葉が聞けるなんて考えてもいなかった。この人に対しては失礼なことだ。もう、ほんとに、ほんとにほんとに、感謝!!!! ヒーローだね、私の中では。
October 2, 2003
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