野の花・野の豚の自己研究に根ざす、社会的な共生の道を探求する発言・2015年7月1日から

野の花・野の豚の自己研究に根ざす、社会的な共生の道を探求する発言・2015年7月1日から

2009.08.09
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カテゴリ: 自分研究
東本願寺への批判
東本願寺に関して、私自身はアイヌ侵略ってことはもちろん声明で書いているんですけども、東本願寺の何処に一番問題を感じていたのかって言うと、天皇制っていうものにまったく癒着して、あるいはそれに奉仕して教団を維持あるいは成長させてきたっていうことが、私は宗教として全く、親鸞のことはそんなに知らなかったけれども、たぶん親鸞っていう人の思想にも全く反することだろう、と思った。
そういうことが強くって、そういう国家にある種の…まあ親鸞っていう人はその頃はよくはわからなかったけれど。一、二冊ぐらいしか読んだことがなくって。親鸞っていう人はかなりすごい人なんだろうけども、その人とは違った方向で、いろんな歴史的経過もあったにしろ、天皇制を受け入れ同化して、天皇制あるいは国家のためにいろんなことをしてきた。そういう根本的な筋が全然、親鸞の思想とはまるっきり関係のないことだ、って。自分らを保身し、維持するためにそういうことをやってきたんじゃないかって。そういうことが強くあって、そのひとつのものとして、アイヌへの侵略とか、アイヌの人たちの大地を奪ったっていうようなことがあった、自分ではそういうことの方が強かったですね。
で、そういう私の声明文に対して、真宗の人ら東本願寺が声明を出してくれたことは、新聞で読んで、すごくうれしかったです。その頃は自分を賭けてやっている…だけど誰も評価もしてくれない…。ましてや爆破された側が一応自分らの問題は問題として言及してくれたってことは、すごくうれしかったです。本当にこたえてくれたってことで。うれしかったことは憶えています。

真宗教学研究所の声明
 真宗教学研究所の声明っていうのは、逮捕されてから読んで、今日もまた読んだりしたんですけど。言われているように、私の間違いっていうのは、基本的なところで指摘してくれているんですよね。英雄主義で、自分達を善に立ててやるような闘いっていうのは、基本的に間違っているって。初めて読んだ時にも、本当に自分の間違いを指摘されているって思いました。拘置所の中でですけれど。
 ただ、今日読んでもう一回思ったんですけども、教学研究所の声明の中で天皇制の問題については全然触れられていない。それから、こういうところで言うのは怒られるかもしれないけれども、私は東本願寺のような大きな建物っていうか、巨大な伽藍みたいなものを信仰の対象にするっていうことに、ある種の気持ち悪さっていうものを感じるんです。それは天理教の影響かもしれないです。親父が山を売ったり…苦しみながらとにかく金をせっせとあげて、巨大な教団の建物を建てていくのを見ているものですから。宗教の建築がああいう巨大なものを建てるっていうのは、どうも私は…。大きなものを建ててもいいけど、すごいいかめしい威厳っていうか、人を圧倒するような建物を建てるっていうこと自体が、親鸞とか、本当の人間の解放を願う人の発想ではないだろうって私は思います。
 この教学研究所の声明に書いてあったんですけども、伽藍とか巨大な建物が、親鸞の言う、凡夫の人の願いを込めたものだった、みたいに言われるけど、本当にそうだったのかなぁ、それはちょっと言葉の言い違いじゃないかなあと。仮にそういうふうに、人々の心を育てていくんだったら、それは間違いじゃないかなと。そんな大きな建物を建てて、そこに何か意味を持たせるっていうことは、違うんじゃないか。大切なことは一人一人の人間じゃないか。一人一人の人間が変わっていける場として造られるならそれはそれでいいし、そこで本当に教えられて、あるいは問答しあって、自分たちが教えられていく場ならそれはそれでいいけども。あまりにもいかめしくて、あまりにも大きなものっていうのは、やっぱり人間の精神的な何かを圧倒し、どこかその巨大な影響力でもって、人間を組織していくようなところがあるような気がするんです。だから馴染めないです。それは私の単なる心の傷かもしれないけれども。
 こういう建物(内陣)も嫌いです私。正直言って。それはとても凡夫のどうのこうの言っている世界じゃないような気がする。何でこんな金ピカに飾らなきゃならないのか。もっと素朴であっていいし、普通であっていいと思うし、仮に信仰の対象っていうのは、何かあるにしても、私にはとてもこういうことはしたくない世界ではあるんですね。

 究所の声明が出るってことは、それはものすごいことで。しかも、こんなところにこの私を招いてくださって、話が出来るってこと自体が、普通のことじゃ考えられないことですね。敵が…敵を…私を呼ばれて。私の話を聞いてくださるってことはものすごい世界だとは確かに思います。でもなおかつ何か釈然としない、そういうことも含めて真宗っていうのはあるんだろうって。よく「非違の歴史」、「非違」を包むありかたとかって言われますけど、たぶんそういうことなんだろうな、と思いますけど。
 教学研究所の声明の中に、「われわれは正義の戦士の名を自らに冠する英雄主義に酔いしれるより、底下の凡愚の自覚に生きる道を選ぶべきである」っていわれる言葉と、どうしても私は、本願寺の巨大な建物とか内陣のかざり方とか、よくわからないところがありますね。

自力と他力
 お昼に松岡部会長さんと話をして「天命に安んじて人事を尽くす」という言葉を聞いて、ああそうだなあって思ったことですけど、私は自分が変わってきた過程っていうのは、確かに、自力じゃなかったですね。いろんな状況が私をお膳立てしてくれて、自分が爆弾闘争に入ったことも含めて、それは、ある意味ではそれ自体が他力というか、なんかもっと大きなものの力があったのかもしれないって思えれば思えるし。自分が爆弾闘争から最初の足を洗うっていうか、誤爆事件を起こすこと自体が、女の人がいて体の弱っていくというかたちで私を引きずり込んでくれるわけですよね。誤爆事件でやっと放棄出来るわけ。彼女がいてくれたおかげで私は爆弾闘争をやめることが出来た。彼女がもし元気で、私と同じようにやる気満々の人だったら、どんなふうになっていたかわからない。だけど、彼女が病んで、本当にどうしようもなくなっていったからこそ、私は救われていく道が出来た。しかも彼女は逃亡生活始まって回復していく。私は心理療法をやっていたら治ってくる。治ることに感動してしまう。わあっと。ただ、感動してしまうところでまた自分が誇らしげになっていくんですけど。
 確かにそれから拘置所に行ってからも、私のそばに無期囚の、もっと自分を文章化して捉え直さなきゃ駄目だよ、って言ってくれる人がおってくれたり。結婚のことで自分を引き受けて、ともかく結婚相手になってくれたり、いろんなことをしてくれる人がいて。いろんなことが契機になって、気付かせられてくる。自分が気付こうとするんじゃなくても、状況がどんどんどんどん私をそういうところに追い込んでっては、私はそのどん底で「ああこれはもうどうしようもない」って、その時自分を見つめる行為をするわけですけれども。それは自力かっていうと…全体的な、何か知らんが私を変えさせた、私を変える方向へ促してくれて。でも、その中で自分をみつめるっていう、主体的な選択もないと変われない、っていうところもあって。それはすごく大切なことで、私のように変われた人もいれば変われなかった人もいるわけですよね。いろんなことがあっても。
 自分は、他力と自力ってよくわからないところがあるんですけども。私が刑務所にいた時に、東本願寺とか西本願寺の教誨師の先生によく話をして、僕は具体的に自分の小さい時のことを含めていろんな関係っていうのを見つめ直す。文章化でもあれ、話し合いでもいい、見つめ直すことによって、自分がどういう人間かということを知っていかないと、自分が変わっていけない、ていうようなことをよく言って。自分が主体的な選択をすることは大切なことだって、よく主張して。で、「それは自力であって、自分のはからいではやっぱりあかんのだよ」って主張する人もいた。一方で「それが他力ですよ」って言う人もいた。「それも他力。主体的な選択をするのも、それも他力っていうか、それでいいんだ、そうあるべきだ」っていう人もいたんですけど。今日、休憩したところでタイトルなんかを読むだけでやっぱり、いろんな問答とか話しあいの中で、お互いがお互いのありようを見つめ直していくってことが、いつも生まれてるのかなぁ、とは思いましたけど。
 ただ、それにしても、例えば、「錦絵」か何だかしらないけど、そういうものがちょっと前に出版されようとしたってことが起こったり。
 あるいは、東本願寺と天皇家との関わり、っていうのはどういうふうになっているのか、そういうことについて、あんまり話を聞いたことがない。東本願寺の人も、西本願寺の人もそうですけど。聞いたことがないし…。本当に私は私で自分の醜さっていうか、自分のどうしようもなさっていうのを見つめたときに、天皇家の人々についても、きちんと言っていくっていう必要があるんだってことを思ったんですけど。真宗って、具体的な、例えば国家とのありようを、きちんと見つめられていない部分もあるんじゃないか。あるいは、見つめることが一つの課題となっているようなことが…。






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Last updated  2009.08.10 03:34:42
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