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どんなに小さい子が相手でも、その本人が理解できているか?ということにこだわり続けて、どれほどの月日が流れたことか。年少さんで教室に入り、丸1年かかって、音符を理解した子がいました。ここまで、本当に「そこまで忘れてしまうの?」ということの繰り返しでしたが、彼女の中で何かがつながり始めたとき、小さな口から「うまれかわった」という言葉が飛び出しました。今は、音符も書けるようになり、音符を見ながら弾けるようにもなり、信じられないほどの落ち着いた動作。でも、小さな子は暴れているのがフツー(笑)というイメージだったため、「ねえ?ほんとにそれでいいの?」と彼女に尋ねてしまう。(笑)あたしが思うよりも、ずっと難しいこともわかってしまっていそうな聡明そうな表情に、子どもたちに何かを教えることってどういうこと?という疑問符が増えるばかりのような気がしますが。とにかく生徒たちはみんな、「ほんとにそれでいいの?」とたずねたくなるほど、静かに楽譜を読んだり、曲を弾いたり…な月曜日でした。さりげないものから、私にとっては、たとえようもなく残酷なものまで、ありとあらゆるタイプの批判にさらされた時期が、夢のかなたのようにも思えるけれど、やはり、あの時期の恐怖は、ふとした折に私を支配します。ただ、始まりに時間をかけた子どもたちが、「そこまで力をつけたのね」という姿を見せてくれる今だから、あの恐怖から戻ってこれるのかもしれません。今の私は、興味のもてないものには、どうあがいても興味がもてない。恐怖から、あたしの興味をそらしてくれるのは、「ええ?そこまでわかるの?そんなことまでできるようになったの?」という瞬間だけだったりします。私の時計は、昔と違う形で刻むことしかできなくて、心を休めるやさしい記憶は忘れ去ってしまったかのよう。その記憶に戻るには、心の中で三途の川を渡らなくてはならないから。仕方がないから、私は、今の私をチクチクと縫い直す。見てはいけない部分を見たときに、絶望してしまわないように。生徒たちの成長速度が、ものすごく上がった今。私が私を縫い直す作業は、さらにゆっくりになってしまいました。いろいろとつまらないながらも淡々とした作業を繰り返しながら、気づけば、変なオリジナル体操も、3ヶ月…。ほんとに単純で短い体操なんだけど、地味に繰り返しています。あまり変化もないのだけれど、姿見の前で、ふーふー汗をかきながら体操していると、ま、なんとなく、何もしないよりはマシ。姿見は、ブログにコメントくださるリエさんのアドバイスで購入しましたが、いろいろと効果的です。運動にもいいのですが、コーディネートを考えるときに、「あー、それはへんてこすぎます」とか「あー、これはここが厳しいです」とかがわかりやすいわけで。まったく似合わないことが判明したラブリーな洋服は生徒にどんどん譲ってみたり。ピアノでは本番までのシナリオがある程度書けるようになってしまって、燃え尽きている今だからこそ…。こうやって、まったく関係ないことをしながら、やり過ごしていくしかないなぁと思ったりしています。
2010年08月31日
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毎日、いろんな生徒がいろんなドラマを持って訪れています。昨日は、「ちょっとあんた、そこまで自分本位だと、こっちがあんたを愛せなくなるでしょう?」な小さなドロちゃん事件もありました。説教でも、言葉でもなく、「それはやりすぎ」ということを「クワーーーーっ!!」という意味不明な単語と、完璧なる鬼顔で伝えたりして、目の前にいる生徒に、良かれと思うことを繰り返す毎日です。それがいいのか悪いのかなんて、私ごときには、わかるはずもないのですが、何かがこの子の心に届けばいいと思っての「クワーーーーーっ!!」(笑)今週は、縁遠くなってしまった友人とのメールも復活したりして。でも、「寄って」という一言が、いろんな意味で怖くて言えない私もいました。スケジュールも混みいっていたので、結局、メールが途絶えてしまいました。数ヶ月前、彼女との縁が途切れた後、まるでタイミングを合わせたかのように増えた生徒たち。そして、彼女とのメールが途絶えた今日も「雑誌を見て」という方から電話があり、午後には体験レッスン。そして、そのまま、生徒になっていただくことになりました。しかし、「雑誌を見て」…とは言っても、問題の雑誌なんて、4月の発売じゃなかったかしら。とっくに新しい号も出ているのに。そして雑誌の記事は、大人の生徒さん向けだというのに、今日の出会いは「子どもの生徒」うれしいけれど、ワケがわかりません。(笑)それも、いろんな才能がありそうな予感大の小2男子。…うふふふふ。つまり、あたしにとっては、会うのが楽しみな「王子」なわけです。(笑)おまけにお母様もチョー素敵な美人さんだし、王子には、これまたキュートな弟がとっついてきていました。心さえ乱れなければ、昔とは確かに違う、「やさしいだけじゃないのよ」というレッスンが展開され始めている教室。何が正しいのか、間違っているのか、やっぱりわからないけれど。でも、ここの生徒たちのために、あたしの思う「よかれ」を繰り返すだけだなと思いました。最後の古株生徒(中2)と、ちょっと前のあたしの「お壊れデー」を振り返る。(笑)多分、あれは「目を開いたまま、夢見るくらいに寝不足がたたっていたのね」と二人で無理やり気味な結論付け。(笑)「だとしたら、誰でもああいう風になるのかな」と生徒。「…疲れすぎたら、ありうるかもしれない」と、いろんな日々を振り返りながら、つぶやくあたし。それは夢と呼ぶには壮絶でしたが、夢だったとしたら、ちょっとだけ、あたしが救われる。だからもう、そういうことにして、「よかれ」を繰り返すのです。
2010年08月28日
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努力家ぶりが、いい意味でちょっと「フツーじゃない」大人の生徒さんが、やはり、ある程度の背景をお持ちの方だというのがわかってきました。なんでも、高校くらいから、お孫さんのいる現在まで、地道に続けていた「心に決めたもの」があったそうです。うーーーん。このイメージの方だと「書道」ですか?…ビンゴ!!(笑)ただ、続けたからこそわかる壁のようなもので、ここにきて、その「心に決めたもの」を、そっと脇に置いていらっしゃるようで。そのことへの未練。でも、同じ形では続けられないような感覚。…ああ、すみません。ひよっこですが、頭だけでは理解できます。(笑)この方とのおしゃべりが、とても楽しいです。常識というものに関する感覚も、厳しすぎるほど厳しいけれど、受け流すこともできるし、私が「こんなことがありました」というと「それは、先生、それでよかったと思いますよ」と言ってくださる経験値もある。こうしていろんな生徒さんが、頼ってくれたり支えてくれたり。その人数がちょっとばかりあたしの器に多すぎて、ピーピー言ってた時期よりは、今のほうがちょっと楽です。明らかに奇人変人な私に向かって、この大人の生徒さんが、独り言のように、ハッとした表情で「先生、やっぱり先生になる人なんだ」みたいなことを言っていて、意味わかんなかったし。幻覚かよ。まだ続いているのかよ。勘弁してくれよ。←個人的に、いちいちいろいろ大変。(笑)しかし、なんかおかしいほどに、丁寧すぎる親御さんも増えていて、ちょっとキモい。声楽の先生からは、「今回の演奏を聞いた方から、ピアニストが、歌を映えさせていてすごい、って言われて、すごくうれしかったの!!」とも言われて、ますますキモい。毎日、意味はさっぱりわかりませんが、ちゃんとした人はすごいって話は、相変わらずなわけです。
2010年08月27日
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多分、単なるうっかりが重なっているだけだと思うのですが、時折、レッスンを忘れてしまうご家庭がありまして。「忘れていました。ごめんなさい」という連絡や言葉も聞いたことがないから、こんなに重なるのか??と思ってしまいました。お休みの分はレッスン代を頂かない方式でやっているので、レッスンなし、ごめんなさいなし、レッスン代なし、だと、ネガティブ貯金が億単位になってしまうと思った私。(笑)「先週忘れたの?」と生徒に聞いてしまい、「うん」で終わったその返事と、当たり前のような顔に、ついつい素敵ないやみを思いついてしまいました。はー、すみませんと思いますが、ご披露しちゃう。(笑)「レッスン忘れてごめんなさいって言っといてって、お母さんに言われてない???」…うっわーーーーー。最強。(笑)「うん」そして膨れる生徒。(笑)膨れているだけなので、はい、もう一回!!(笑)「レッスン忘れてごめんなさいって…(以下略)」「今、ごめんなさいって言わなくちゃいけないのかしら?」って思ったから、膨れたんだと思うあたしはイヤなやつですけど、イヤなキャラが確立しております。ええもう、ほんと、すみませんねーったら、すみません。どうしてこんなにイヤなやつになったのか、あたしもわかんないのよのさ。嫌われてもいいや、という風に思って言ってみた訳ですが、嫌われても平気なわけもありませんが、とりあえず、思ったことを言ったので、すっきりしました。
2010年08月26日
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気にかかる友人の夢を見て、よくある話ですが、そういう日に限って連絡がまた来て。(笑)以前、メールをもらった時よりも、恐怖めいた感情は湧きませんでしたが、心にもあまり入ってこないというか。時が過ぎたのは確かです。まだ上手に「お付き合いをしながら、拒否する点は譲らない」ということができそうもないのは、自分でもわかります。彼女に教わったのは、「あたしの限界点」でしたが(涙)そんなもの、更新しながら生きなくても、みんなもっと上手に生きているし。更新させる側と、更新する側という二者の構図が揺らがない限り、かたっぽ削れて、かたっぽ広がって、は、変わらないわけです。もう少し、そういうところを上手に伝えられるようになりたいのに、伝えられない。かといって、気にならないほど大人に、今すぐには、なれない。そうつぶやく側がワガママに見えることも重々承知で、あえて、ワガママであるしかない今の役回りを。…あーとんでもなくムカついております。(笑)声楽の先生からは12月の本番に向けての楽譜が…。何から何まで、お一人でこなしてきた方が、恐る恐る(笑)「曲選びに関してご意見うかがわせてもらっていい??」というスタンスになっている今。これはこれで「大物が何をおっしゃってることやら」なわけですが、こういう感覚はとてもかわいらしいという感じになってしまいます。まぁ、つまり、大物なんですね。すべてが。(笑)「お叱りを覚悟で申し上げますが、楽譜が見当たらないんです・・・」とか言われても、笑ってしまうというか。(笑)どこまでが誰の範囲、ということに関して、ここまで頑固な方もいらっしゃるんですね。こんな人とお付き合いしていたら、あたしのストライクゾーン…ピンポイントになっちまう。(笑)いませんからね。こんな人。(笑)この方とのお付き合いも、いちいち目からウロコですが、常に笑っていられるので、ありがたいです。
2010年08月25日
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新人さんの小4男子が、めちゃくちゃに張り切っています。ちょっとむずかしめの課題もじっくりと、ほんの少しでも先へと進めてきてくれますし、簡単な課題はどんどん進めてくれています。その子のピアノを聴いた少し先輩の男子生徒。「うわわわわわー。すごーくうまくなってる!!」と叫んでおりました。夏のテニス合宿などで休みも続いた彼ですし、本来ののんびりな性格もあるのか、とにかく「くっついていて、もう一回、もう一回、と言わないと動かない」ところもありまして。けれど、後輩の背中から何かを学んだらしく「僕は進歩がないなぁ」なんてつぶやいていて、個人レッスンのともすると「成長する気がうせがち」なサイクルが、こういうところで自然に変わるんだなぁと思いました。月曜日は空き時間がなかったのですが、30分ごとに切り替わる生徒のドラマが逆に新鮮で、あらもう夜?っていう感じでした。一人一人に合わせて表情を変える、なんていう野望を持っていた昔。まだまだ上手にできないけれど、結局、自分のやり方でやっていくしかない今です。今はとにかく生徒たちがほんとに正直に素直に、いい感情も悪い感情も言葉にしてくれるので、それだけが頼りです。できないことは、まだまだたくさんあるけれど、無謀な挑戦の怖さを、少なくとも私のサイズまでは知っている。それが足かせになっていた時期が、もうそろそろ終わればいいのに、とだけ思っています。
2010年08月24日
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オトナの生徒さんも、小さな生徒さんも、とても安定してお付き合いができる人が増える一方です。時には、「tea*むかつく!!」「馬鹿馬鹿馬鹿」なんて、駄々メールも届いたりするのですが、それにも微笑んでいられるのは、差出人が「練習してうまくなっちゃったよ!弾けるようになっちゃったよ!」な人だからだと思います。ちょっと前に、ご縁が遠のいてしまった友人のことを、時折思い出します。気は合うのだけれど、合わせる自分が、とても「すさんだ心理」でないと、話が流れていかない人でした。その人に「tea*ちゃん、そんなに何事も斜めに受け止める人になっちゃって、どんな心境?」とも問われた気がするんですけど。今思うと、あなたと居るときは、斜めじゃないといられなかったよ?と思ったりもします。彼女も自分の向上心をぶつける先が無くて、もがいていた。そこはわからなくもなかった。でも、今思うと、彼女の向上心を満足させる対象として、あたしの活動を評論してくれる、というあの時期のサイクルは、あまり良くなかったのかも知れません。彼女の言うとおりにしていると、次第に先細る感覚もありました。無駄足を踏ませてもらえないような感覚。(笑)あちらから見て無駄足でも、こちらにはリハビリなもの。そういうものを経て、なんとか仕事をこなす、というワタシの千鳥足が、きっと自分のことのようにイラついたのかもしれませんが。近づきすぎた失敗と言うヤツかもしれない。生徒達は時にはワガママも言いますが、結局のところ、こちらが戦場から「生還」することを望んでくれている、という感覚が、昨日のオトナの生徒さんとの時間にありました。因縁のジャズバーにボーカルレッスンに通っていたのがきっかけで、今はうちに来てくださっている生徒さん。あうんの呼吸で、あのジャズバーの匂いがわかる人。その方が、今回の声楽の伴奏の仕事のことを、「うまくいったんですか?」と、その一点に絞ってたずねてくださって、「うまくいったのか、よかった」という風に落ち着かれたとき、ああ、良かったなぁと思いました。ジャズバーのオーナーが良く言っていた「あたしから離れた人間はみんな不幸になる」という呪いのような言葉。昔はそれは彼女の寂しさだと呑気に思っていましたが。あれは、結構、効き目抜群な呪いだったのかもしれません。その呪文をこのオトナの生徒さんと二人で笑い飛ばしました。「あー、そうですか。あたしたちは、あなたから離れて不幸だと思われていて結構です」的に。思えばホントに寂しい人だったよね。とこの生徒さんと話していると、徐々に彼がオーナーの老後を心配するような発言になっていたけれど。(笑)「でも、今、ばったり再会したら、それこそ、老後の面倒引き受けますか?にさせられちゃうな」と慌てて心配を否定している様が、ちょっと前のあたしに似ていて、思わず、「ダメダメー!!狙われちゃいますよ。絶対!」と強く止めておきました。(笑)きちんと自分の向上心と向き合っている人たちとは、とてもバランスよく会話が弾む今。とにかく今はそこで息継ぎをする毎日です。
2010年08月22日
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雑誌の記事がご縁になって、生徒さんになってくださった方が久しぶりに訪れました。仕事の都合で長期の休み、というはずが、仕事自体が延期になったようで。「ワガママですが、またレッスンに・・・」いえいえ、それはこちらとしてはちっともワガママではないんですが。(笑)生徒の「ワガママ」と思う場所と、こちらが「ワガママ」と思う場所のズレ。知らないうちに堆積したこのズレが、軌道修正不可能なくらいに膨れ上がっていた時期もあった気がしますが。今は、このワガママのズレを誤解なくつなげるようにだけ気遣っています。久しぶりのこのオトナの生徒さんは、音大でクラリネットを専攻していただけあって、「歌心のある方」です。十分に「ピアノさん」としても通用するような実力もある。ただ、苦手意識が強すぎるだけ、と、今日も再確認して、課題を渡しました。心がきしまない時間が飛ぶように過ぎて、「弾いて弾いて」とその生徒さんにせがまれるままにいろんな曲を弾きながら、小さな人たちのレッスンへとなだれ込みました。今日は爆発するような笑いが生徒達から聞けた日で、弾いては笑うそのさまに、「何が正しいのかわからなくなった病」のあたしも、「これでいいんじゃないかしら?」と思わざるを得ませんでした。一人の生徒が「夏期講習が終わったら、遅れても必ず来るから!」と顔を出し。「でも、昨日、お母さんからお休みって言われているよ?」と言っても「絶対来るから!!」・・・でも間に合わず。(笑)ずいぶん遅くなってから「思った以上に遅くなっちゃった。ごめん」ともう一度、彼女が訪れたときに、長い長いパズルのズレが修正されている現在を感じました。意地っ張りから始まった長い長いパズルのズレ。でも、今は、私が何も言わなくても、パズルがズレずに、笑いやお詫びの言葉やありがとうやらが飛び交うようになってきました。まだまだすねている私の中のワタシは、ふくれているままですが。そのうち、この天邪鬼も、笑い出すかもしれない。それがいつになるかは、私にはわかりませんが。しかしこの数ヶ月・・・。めちゃくちゃに可能性とやる気のある生徒さんが次々と訪れているサイクルは、いったいどうなっているんだ。(笑)新人の実力組さんたちに引っ張られて、あたしが学び、それが小さな人たちへとリレーされていきます。答えの見えないはずの道に、次々に咲く花と実る果実。あとは、それをワタシが堪能するだけなのに。これが一番やっかいでございます。(笑)何しろ、このサイクルが訪れる前に、でかく壊れた私がいて。壊れがまだ尾を引いている以上、収支が合っている、なんてちっとも思えないのです。
2010年08月20日
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このお盆休み中、愛らしいメールを頻繁に送ってくれた愛しいクソババアちゃんが、笑顔で訪れました。一人っ子でワガママな自分が、お嫁さんになれるかと心配真っ最中な小5さんですが。(笑)気が早いなぁ。(笑)「あたし、結婚できなくてずっと一人なんじゃないかって心配なの」と床に寝そべってつぶやく彼女。「結婚したり、いろんな時期があっても、きっと人は最後は一人なのかもしれないよ」と私。「そっか。相手が死んじゃうこともあるし?」そうそう。人は、みんな一人になるのが怖いんだけど、そのままずっと行くのよ、と話しながら、このナニモノにも代えがたい時間を味わいました。「あたし、おばあちゃんになるまで、先生と友達でいれるかな」「そうしてくれないと、あたしが困る」と私。(笑)幼い彼女の「ずっと友達でいたいな」というその感覚。いつか、彼女もここを巣立っていくのだけれど、「あたし、ここを辞めてもメールする。年賀状も書く」とつぶやく今日の気持ちはホンモノ。「あたし、最初、先生に会ったとき、先生のこと、大嫌いだった。」「傷つけるし?」「そうそう、そういうこと。それに、急に泣くし」でも、どんどん仲良くなって、今、あたしたちは、ウソも必要ないし、見栄っ張りも必要ないしね。この子のバイオリンの伴奏を引き受けた頃、壊れ始めていた私。その頃のことを振り返りながら、この子がこのまっすぐな思いをあたしにぶつけてくれるから、あたしは頑張れたんだなとも思いました。練習量が増えた彼女の手が、新しいテキストをうれしそうに握る。バイオリンを抱えるこの小さな手が、雪の中であたしの手を握った何年か前の冬の日。あの頃よりずいぶんお姉さんになったけれど、あたしは相変わらず彼女の無邪気な様がかわいくて仕方がありません。こういうかわいい笑顔を渡りながら、ゆっくりと歳を重ねていくのも悪くはないかもしれないと静かに思った暑い夏の日でした。
2010年08月18日
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本当に久しぶりに、ジャズバー時代のトランペットから電話がありました。結婚式の仕事の依頼だったので、即、断りましたが、ついでにジャズバーの近況を聞くあたり。ギャラのないのんびりリハビリなら、今、受けても大丈夫かなとおもったんだけど。あたし、まだまだジャズトラウマを根に持っています。(笑)「最近のピアノさんが辞めて、そして誰もいなくなったって感じっすよ。僕も最近は全然、行ってません」近況をきくついでにあたしの口から飛び出た「・・・・・・・」(←あえて略)な毒舌に、慌てふためいたらしいトランペット氏。2年ちょっとで、どれだけピアノが変わったか、脳タリンなあたしには数えることもできないほどの「あの人の店」そこで5年以上、粘った挙句に勝手に大破した私。あの5年以上の日々、あたしは「あの人」の誤解されやすいところをフォローしたいと傲慢にも思っていましたが。(笑)もう思ってないから。しかし、2年以上経つと、悲しいことに見えてくる。「私の歌は、バンドをホンモノのジャズにできる」と心底信じていた人の傲慢さも。(笑)そういうことが本当に出来る人は、必ず言うのです。「あなたのピアノが私をうまくしてくれるの」と。どんなにそれは違う、と言っても、絶対に聞き入れないほどの頑固さで。あの地獄釜茹での末期に、あたしが必死でつかんだクラシックに生きた人の手。あのときのあたしは完全にイッていたけれど、地獄のそこで「クラシックで、ここまで得たことを試したい」と思った自分の強欲さには、今、ハナマルをつけています。ホンモノの師匠は、練習を怠らない。偽りを語らない。どんどん自分の至らない点を変えていく。その鮮やかさは、今回のステージで、極上のピアニッシモを歌い上げる喉に反映されていました。それまでのあたしが出会ってきた「?」な方々から学んだことまで、プラスに変える力は、このホンモノの師匠が持っている。肥えすぎてしまった私の耳が、「ああ、美しい」と迷わず思える声は、「あなたの伴奏で歌えることは、あたしの人生の集大成」とこの間おっしゃってくださった気がします。これほどの人が、また練習を怠らない日々が続くと言うことは、あたしがまたもやぶっつぶれそうになるような試練をあたしに与えるはずです。(涙)ああ怖い。ああイヤだ。ああ逃げ出したい。ああ苦しい。でももう多分、あたしには壊れるところもさほど残っていないので、とにかく生き延びて、サポートするだけだと思ったりもします。時々、この先生とお話します。「ようやくホンモノにお会いできて、その大きさがこれほどまで、と思うと、それまでの日々のライブ相手のみなさんの胡散臭さとうまく収支が合っているなと」楽しくはないパズル合わせ。だけど、辻褄が合っている。歌の先生に、音楽の歌心を教わる日が来るかもしれない、と、遠い昔に思っていたことが、今、こうして叶っていて。それは思った以上にとっても難しいのだけれど。耳が出来上がらなければ、自分の音色が聞けない。耳ができていないうちに、形だけ銀河系のかなたくらいまでの緻密さで積み上げた教えもあったけれど。その分、引き返すときに銀河系のかなたからココまでの距離があったけれど。もう聴くことのないあの師匠のピアノを、今聴いたら、何を思うんだろうとは思います。その師匠についていたときのあたしのピアノなら聴いたけど。一音一音バラバラのつぎはぎ細工だったような気がします。ついでに左手のベース担当の指が弱いこと弱いこと。その課題を克服し始めている今、そのまた前の師匠が「汚い!」と言っていたペダルにまで耳が届き始めていますが。耳が届くということは、ああ苦しい。(笑)この間はジャズのCD聞きながら「音痴に聞こえる」と騒ぐ始末。「ここはアウトしているからな。こっちまで来ると音痴に聞こえないだろ」と旦那に言われ、あたしの耳はどこまでめんどくさい道を辿っているのかと悲しくなっているところです。遊びの「音のズレ」とか、調律が整っていないピアノのズレとかに対して、もうちょっと許容量が広がらないと、マジ困る。あ、ピアノは結構大丈夫か。
2010年08月18日
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今回の声楽の発表会を終えて、問題は残しながらも、その日のベストは尽くした感はあります。このごろは、残念ながら、「リハーサルでも自分の問題と対峙する」というサイクルにあります。それが、本番までの日々の恐怖になる部分もあります。「その日が来なければ、何もできない」という気分のまま、じっと耐えるにはまだまだ未熟な自分。ただ、今回の発表会の後、このくらいの緊張感がないよりはあるほうがいいかなとは思いました。やっつけでも、なげやりでもなく、その日を待ってはいるわけです。物事が見えてくれば来るほど、プレッシャーは増すのだから、この先もその緊張感は消えないだろう。ましてや、私の指から出てくる音色など、未熟さの塊であるわけだから、この先も、それは変わらないまま続くだろう。私の小さな世界の大きな恐怖。…でもそれは、私にとっては大問題なのです。だから、もう希望など見えるはずもなかった。いつかハッとするほどうまくなれるかもしれない。そんな夢がある意味、途絶えたわけですから。表現することは、そういうものではない、ということを知ることは、とても寂しいことでした。でも、このまま緊張してビリビリするような伴奏者であっても、それしかできないのだから、それでいようとふと思えました。午後は、近くのお風呂へ。家のお風呂を改修している間も、ここへ来たなぁと思いながら、人気の少ない午後のお風呂でぼーっと過ごしました。あの時よりは、ここにいるのが楽。それが今の私の全てですが、そういうものを辿る毎日が、また続いていきます。
2010年08月13日
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少々、休むことに罪悪感の夏休み初日でしたが、いつもと大して変わらないダラダラとした一日といえば、そうでもあり。発表会の予約を済ませたことで、少々の「仕事した感」にごまかされようと思っていましたが、夜には声楽の先生とのお電話で・・・。「12月のコンサート用のチラシを作りたいから、写真とプロフィールを送って欲しいとのことなのよ」プロフィールはさておき、写真ですか写真ですね。鬼門の写真ってことですね。←極度の写真嫌い。パソコンの中にどころか、デジカメの中にもない私の写真。もちろん、携帯にもない。スナップ写真を頭の中で数え上げてみても、ろくなものがありそうになく。すっかり眠気が吹っ飛んでしまいました。朝になって、旦那に相談。…かろうじて掘り出した一昨年の写真を見せると、「よりによって、こんなのしかないのか」…ええございませんの。表参道の素敵な洋館で、友人が披露宴をしたときの写真。…極病みまっさかりの顔。(笑)必死で笑っているけれど、それはひきつけおこしたようにしか見えません。その割に、しもぶくれているし。目の下にはパンダ印クマさん仕様。仕方ない、明日にでも撮るか、という話になりましたが、とりあえず10年前のリサイタル用の写真を教室に発掘に行きました。これをさらに写メして送っちまったらどうだろう?10年物の写真を使うなんて、この仕事じゃよくあることだし、シワの数にいちゃもんつける人もいないだろうし。カメラをかまえられたら、いきなり死後硬直が始まる私も、写真の写メという作業なら、冷静の極み。10年前のあたしなんて故人も同じ。おほほほほ。…ということで、写真一枚に大騒ぎしているうちに、チラシ、という本筋からすっかり離れ、何がなんだかわからなくなってしまったのが、不幸中の幸いです。そういえば、雑誌に奥行き、広がりを存分に増したキモチワルイ横顔の写真が載ったこともあったし。いろいろあるうちに、なんだか気にならなくなっていく部分もあるらしい。(笑)もがいてもがいたこの10年。振り返ると、写真すらろくすっぽない、というのが、私らしいといえば、私らしいのかもしれません。
2010年08月12日
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今朝、旦那に「気持ち悪いくらいにいいこだ」と言われました。確か、先週、本番前、この「気持ち悪いくらいにいいこ」の反対側にいる、「気持ち良いくらいに悪い子」(?)が、旦那を始めとする身近な皆様を消耗させたのも記憶に新しいのですが。とりあえず、ステージ上でベストを尽くした感に包まれ、それこそ気持ち悪いほどに「買い物中毒」やら「アルコール中毒?」やらの執着粘着症状が緩和しまして。この二日は「アルコールフリービールと微量(それはあくまでもあたしのモノサシですが)の焼酎」で寝てみたり。レッスンでも少々、カッチンな出来事はありましたが、笑顔でスルー。横綱様にご用意いたしましたる新曲が、横綱節でバッサリと「流行りモノ系はちょっと。ついでに簡単すぎる」的発言により切り捨てられたときも、じゃあ、と渡したショパンのノクターンに対して「これならいい。やってみようかな」と、ゴジラも火を吹くような上から節でおっしゃられたときも「自信がないから、やってみようかな?と言うのよね?」と聞くゆとりもあり。「そういう時は、自信がないけど、やってみたいですって言うんだよっ!!」と吼えないゆとりもあり。←もちろん、心の中では吼えていましたが。「気持ち悪いくらいにいいこ」と言われた旦那に、「あたしの課題は次の本番前に、この状態をキープすることかな」と言うと、「それは無理。そんなことしたら、お前、また壊れるよ?無理して我慢しても、壊れる」と、これまた気持ち悪いくらいに思いやりのある返事。地獄に次ぐ地獄のあと、ようやく垣間見えた新しいバランス。キープするにも、根性だけでは無理なバランス。それは経験と実績に裏打ちされないうちは、どうすることもできないだろうバランス。それでも、狙うべきバランスがうっすら見えないよりは見えたほうが、少しだけマシ。昨日は、別の生徒の親御さんに「やっぱり、先生のおっしゃったことはドンピシャ☆でした。本当にそのとおりでした」と言われ、「でも、それが本当に良いことなのか、迷ってもいるんです」と答えました。それでも、小さな生徒が誤解されずに、その子のタイミングでステージに上がった事実がある以上、それを頼りにするしかないのかなと思いながら、自分の醜い日々を思い返していました。…続いていく毎日ならば、次の課題も必要で。今回の教室発表会に出られなかった小さな人たちを中心にしたプチ発表会も決めてしまいました。会場は、古巣に戻して。少しだけ荷を軽くして。調律、写真の手配をして。取り乱さないように、自分のプレッシャーを考えながら。そうでなくても、12月5日に、声楽コンサートの伴奏が決まっているんだから。その日よりも、なるべく早く。でも、準備にかかる時間を考えるとギリギリの10月31日。どうなることやら。…発表会を決めて、一瞬、肩にこなきジジイが100匹くらい乗ったような気がしたのですが、さらりと消え。義父母にランチに連れて行ってもらってしまいました。なんとなく、平和すぎる休みに罪悪感。ランチの帰りは短い距離をお散歩がてら歩いてみたり。ちょっと前には、全く考えられなかった行動の連なりのせいか、今日は休みだというのにDSをやっているとソワソワしてしまいます。
2010年08月11日
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がやがやと一日を過ごし、レッスンに入った頃、教室にすばらしいお客様が!!!声楽の先生が花束を抱えて登場!!発表会の花束をおすそ分け、と、足を運んでくださるそのことがすでに先生のすばらしさを物語っていました。そんなときに教室にたまたまレッスンに来ていた生徒は、長い髪とマツゲの美しい子。人懐っこくてお行儀のいい6年生。自ら「あたしは先生の癒しびと」と名乗ってくれている子です。←この辺りに、こちらの先生のヤバさが・・・。それもちょうど声楽の発表会のプログラムを見ながら、「この人、先生の先生?」と言われていたときだったので、「ほら!この方が、さっき話していた先生の先生よ」と紹介すると、丁寧にお辞儀をしてくれました。ありがとうううううーーーー。先生がお帰りになった後、彼女がつぶやきました。「普通は先生に生徒が花を届けるんじゃないの?」「そうでしょ?あの人はその逆をするの。だからすごい方なの」「ふーん、オトナにもそんなすばらしい人がいるんだ」←おいおい。私が伺うようになった、声楽の先生の教室は、華やかで鮮やかで、その存在感の凄まじさに、私は何度自分を見失ったかわかりません。それでも、今、こうして、これほど力のある方との仕事は続いていて、その中で、失敗を繰り返しながら、徐々に、私も「そこに在ること」に慣れ始めてもいます。その先生が今度は、その笑顔を、こちらの教室に届けてくださったこと。その余韻に浸りながら、月曜の生徒達が、これまたなぜか「練習好き」に変身していることに驚きました。生徒達は、デリケートな部分もあるので、私がふと黙ってしまうと「怒っているの?」と不安がります。けれど、子どもらしい「細かいことは気にしない」面もあるので、なんとかここまで来させてもらえました。おしゃべり好きな小さな新人さんの生徒が、次から次へと自分の気持ちを言葉にする瞬間もありました。子ども達にはウソがない。ウソがないから、こちらが参るときもあるけれど。時が至れば、彼らは確かに成長する。この生徒達に、「ウソをつかせる習慣」をつけたくないな、と思った午後でした。その方法はまだまだ手探りで、答えも道しるべも見えないのですけれど。
2010年08月10日
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無事、ステージ上でお仕事をした、という日になりました。先生の歌が始まった瞬間「ええええーー、そこまでピアニッシモですか?」とこちらが不安になるほど、それは囁くように始まったのですが。そうなると、私も必死で小さく弾くしかないのですが。ツブ立ちの良いピアニッシモでないと、多分、届かないだろうなぁと思いつつ、必死でした。でも一方では、落ち着き払ってそこで曲を作っている感覚もありました。去年もこの場所にいた。去年は、その仕事のプレッシャーが大きくなりすぎたら私がつぶれてしまうから、余計なものを入れないようにして、ただ、その場にいるのが精一杯でしたが。今年は去年見えなかったものも見えて、私が参加させていただくようになった先生の教室の規模がどれほどのものか、というのも感じました。今年はそれを感じても、つぶれはしなかったけれど、つぶれそうには何度も何度もなりました。そのたびに、なんとか取り戻してきたけれど、そういうところが強くなれたらいいなと思っています。
2010年08月09日
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今年、初めて「本番前日夜に練習に伺う」という形になりました。今まで、全てのやりくりをお一人で済ませてきた先生の「本番前夜」をご一緒することは、決まった時点で、少し怖いものでもありました。けれど、うかがう直前、「あ、もう本番は始まっているんだ」という気持ちになりました。本番が始まると腹が据わる性格のせいか、今は非常に穏やかな気持ちです。お茶、一回ずつの合わせ、お手製の夕食。ノンアルコールのビールで乾杯すると、不思議なもので気持ちも和み。アルコールよりも気分です。絶対に、無駄な形で人の心を破壊しない、という先生のお人柄に助けられ、笑顔で前夜の乾杯ができたこと。今夜、頭の上に雷でも落ちてこない限りは、明日、ベストを尽くせるだろうという短距離走。緊張続きの長距離走の自信はまだないけれど、短距離走はいくつもいくつもやってきました。明日は本番まで、いい意味の独房「お一人様控え室」にて、のうのうとDSでもやりながら過ごし、本番にきちんと力を出せるように祈って、家に戻ってハイボールで乾杯です。(笑)努力家は謙虚。その言葉通りの生き様を見せてくださる方とのご縁があったのが、何よりもの救いでした。
2010年08月07日
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あさって本番、ともなってくると、カリカリもイライラもクヨクヨも見事に高まってきます。私のお近くにいらっしゃる皆々様には、その余波が。ごめんなさいね。器は小さいわ、あちこち壊れているわ、で、溢れるように駄々漏れするワタクシの中身。こういうときは、教室に逃げていくのが一番いいのかもしれない、ということで。器には広すぎる教室で、身を持て余し。去年は効き目抜群だったDSもそろそろ出番か・・・ということで、一応、新しいソフトを中古で買ってみましたが。ええ、集中もできません。ゲームを始めようとすると、心がチクチクザワザワしてくる。棘棘、チクチクな心をぶつけても揺らがないのはピアノでした。あえて熱くて重い曲をガンガン弾いたり、泣けるようなメロディの曲を弾いたり、本番の曲を弾いたり。あたしの中の弱虫は泣き叫んでいるはずです。もう無理!!と。あたしよりも何十倍、何百倍もの熱心さで生徒さんたちを率いてきた方の気迫のこもった歌を支えるには、あたしの軸なんて。そんな仕事が今なお、この手の中にある幸いを、同じ大きさで無理と思う、それが仕事をするということ。まだ、病みきっていたときのほうが、都合のよい自分像があったはずなのに。今はなんだか、それすらなくなってしまったみたい。心の一番弱いところが、私の仕事を受け止めている感じがします。私は弱いから、背中に支えを感じていさせて、と、周りに頼みながら。数ヶ月前に見た景色にちょっと似た景色を、リアルで見かけたりもしながら。どこか、空っぽになってしまった私は、数ヶ月前よりも、とても下手に引き金を引き、その後の感情の波をまっすぐに受け、弱り、泣き、あさってを感じています。
2010年08月06日
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自分自身がここへきてようやく、「反復練習の楽しさ」と言う感覚をつかみ始めたせいか、生徒達にもそれを伝えるようになってきました。昨日も、「頭ではわかるけれど、うまくいかないと放り出す」ちゃんが、「もう一回」の掛け声の前で、ぐずらーっと椅子から落ちそうになっていたけれど、あえて、「もう一回」。(笑)この、ある種、軍隊チックなやり口への反発心が旺盛すぎたため、無駄足踏んだと反省したのもありますし、なんか昨日は「ここで譲っちゃいけない」という感覚もあったので、とにかくクールに「もう一回」ぐずらーちゃんが、数回の練習を経て、それをできるようになったとき、顔が輝いていたので、良かったんじゃないかと思いました。夜には、それこそあたしの鬼門として、どう転んでもどうあがいても、その一言一言にいちゃもんつけたくなるのをこらえてこらえて数年の「横綱」とのレッスン。発表会明けから、「おうち練習が頑張れない」と堂々とのたまい続けた「横綱」に渡していたテキストですが、横綱にしては丁寧に弾いてありました。「弾いてくるとね、音が輝いてるからわかるの」と言うと、まんざらでもない様子。「このテキストは、ちょうど練習しやすい」と、キレ気味教師のあたしが聞くと「ナニサマ!」の発言も、練習後ならばまだ聞けます。客観的に聴けば、教師への敬意も伺えるんでしょうけれど。自分でも何か探すために動いてみてよ?と言いたくなることが連続するとね、ダメになってくるんです。こちらも。練習できなかったときに、「この曲は好きになれない」とか「練習ができない」と言われると、「ごちゃごちゃ言わずに弾かんか!」と思いましたが、神経数十本切りながら耐えてきた日々。横綱の本心だともわかるのです。全ての言葉が。でも、本心ならばなんでも耐えられるかと言われたら、全力でノーと言いたい。せめて、ほんの少しでも申し訳なさそうなニュアンスが欲しい。でも、それを今まで彼女に求めることはできませんでした。おうち練習のおもしろさがわかり始めたらしい横綱に、「あたしも最近ようやく、繰り返すことの面白さがわかってきたの」というと、共感の返事が戻ってきました。そして、今までどう転んでも、「そりゃ聞き手には不快」としか思えなかった言葉に、謙虚さ、申し訳なさ、といったニュアンスの発言も付け加えられるようになっていました。「もし、発表会にまた出るのなら、今度は少し優しい曲にしたい。逃げだとわかっているけれど、今はそうしたい」・・・おお。逃げ、という言葉を使いますか。そういわれれば、私だって素直に返事が出来るじゃないの。「それは逃げじゃない」とね。そして「このちょうどいいテキストだと、弾けるようになるとうれしいから、ついつい何度も弾いちゃう」とも。ああ、素直に聞ける。「だよねーーー」と言いつつ、横綱との日々を振り返る。ああ、振り返る。君の口から出た恐怖の一言とともに。その一言によって突き落とされた奈落の景色とともに。振り返りまくりました。やっぱり、どう頑張っても納得できないあの日々。納得なんかできるか!!・・・という反骨精神が私を結局痛めつけるけれど、これがなくては今もない。私はダメ人間です、と全力で思ったら、人は生きようとはしません。だから、最後の根っこで「自分は正しい」と思うようにプログラムされている。それを壊すことは、その人自身を壊すこと。反復練習、夢や希望、自信。たかが、ピアノですが、相反するものがこんなにもたくさん詰め込まれています。その一つ一つを教えることに、どれほど迷ったことか。それでも、生徒達の「夢、希望、自信」を失わせないために、アタシはその全てをなくした。なくしたからこそ、なくしてはいけないと知る。だから、反復することの楽しさを体にしみこませるように教える。反復が楽しくなったことを確かめてから、反復を教える。ただの反復とは違う、楽しい反復には何が必要なのか、この壊れ果てた感覚で確かめてから、反復を促す。もしかしたら、順番が違うと指摘されるかもしれない。そんな道順を辿ったことこそが、私の傲慢さだと言われるかもしれない。でも、歩き始めた道を歩き続けたら、この順番だった。それを傲慢と言うのなら、好きにしてちょうだいなと思う私が確かにいます。←だから私は嫌われるんでしょうけれど。もうそれこそ好きにしてちょうだいです。だってもう、これ以上、何もできないから。一人でなんて、戦えないから。
2010年08月04日
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最近、譜読みをいろいろするのが、以前よりは楽しいのです。曲が見えてくるまではキツイのですが、見え始めたらすぐさまおもしろくはなるので、それに助けられて、あちこち虫食いのように手をつけています。今、一番、気になるのはやっぱりラフマニノフ(←しつこい)なのですが、エレジーという小品の美しさたるや。練習中に涙が出るほどです。ラフマニノフ自身による演奏などを聴いていて、ついつい、ちっちゃな男の子のコンクール金賞の演奏にたどり着いてしまい。ああ、そしてうっかり聴いてしまい。・・・ガックシ。うますぎますね。ええ。こんなに小さくてもこんなにうまいのね。練習しているときに、確かに邪念はございました。「こんな切ないメロディ、ちびっ子に弾けてたまるか!」と。・・・でも、弾けてーら!!(笑)あたしが子どもだったころの水準よりも、きっと今の子ども達の水準というのは高いはずです。それがここまで美しいなんてね。もちろん、聞きながら自分の歩いてきた道も思いました。でも、そういうものが吹っ飛ぶような、無垢な美しさ。いいもん聴いたなぁと素直に思う自分と、くっはー悔しいじゃないのちょっとアンタどういうつもりよというのと。そのせめぎあう感情が、以前ほどドロドロしていない気がするので、そういうことにして。(笑)純粋に音楽に対する興味が戻りつつあることそのものに、ホッとしています。私自身は、こういう風には指導できる実力なんか、さらさらないのですけれど、こういう美しさが存在することを、いいなあと感じるようになった今。なかなかココまでの道のりは複雑でしたが。商売柄、この年齢でこれだけ弾けるには、どれだけ弾いたんだ?とかも思うんですけどね。そりゃ到底、あたしもかなわないような努力をこの小さな時代に重ねているのは確かで。朝から気持ちの良い白旗。それは嫌なものではありませんでした。生きて朝が来ると、新しい感情が湧き、いろんな問題が起こるけれど。そういう毎日を楽しみになれる日が来ればいいなとは思います。・・・まだまだ当面の課題は、憎み果てた自分をぶら下げてステージに立つときに、せめて、普通に振舞えるようになりたい、ということくらいなのですが。どうも、この部分だけは「ほんの少しでも自分に惚れていないと人前に立てない」の法則の強さに、ヘトヘトになるところです。(笑)アホなキチガイブタが、そんなこと、できるようになると思う?(笑)
2010年08月03日
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最近、ちっともDSをやらなくなった私に対して、生徒達が厳しいのです。(笑)バッグをあさればDSセットが必ず見えた数ヶ月前とは打って変わって、教室に散乱するのはおしゃれ雑誌くらい。「全然、DSやらないとかね、全然遊ばないとかしていると、また怒りが爆発するよ」とまで言われるんですけれど。それってあんたたちがDSを覗き見たいだけじゃなくて?「公園とかに行って、遊ばなくちゃ。たまには天使の言うことも聞かなくちゃダメだよ」…お前が天使かい。「公園なんかイヤだ。みんなにいじめられるような気がするからいやだ」←おいおい。「だったら、うるさい、黙れって言って遊ばなくちゃダメ」そこまでして公園では遊びたくないけれど。(笑)DSくらいはやってやるか(←ナニサマ?)ということで、日曜日は昼下がりからずーーーっとDS。久しぶりのDSですが、仏頂面でDS握っていた頃よりも、少々楽しい。「あー、おもしろいわー」という感覚が、ほんの少しでしたが無くもなかったので、これはしめた!と遊び続けました。夢中になって何かをする、ということこそ、とてつもなく難しくなってしまった私に、自称天使どもが、ギャースカワーワー文句を言いながら、遊び方を教えようとしてくれている、ということにして。とにかく、彼らは辛口なので、ちょっと気に入った服を着ていたつもりでも、「東南アジアの屋台のお土産売りのおばちゃんみたいだ」「変なお坊さんみたいだ」くらいのことは平気で言うのですが。あたし、よくこの逆境で、まだ洋服着てるよねーと思います。(笑)あんまりいちいち文句言われたら、フンドシ一丁ですごみ返しそうなところもあるワタクシとしては、こんな彼らとの日々こそ、遊びのようなものになりつつあるんだけれど。DSよりも、奴らがおもしろい。今日は大嫌いだったはずの月曜日。「あの子とあの子が来るんだな」と思うと、思わず少しだけは楽しみになっていることに、うるさい彼らは気づいているのかしら。
2010年08月02日
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発表会も終わり、夏休みに入り、お休みさん多発・・・で、休む暇もなかった土曜がヒマヒマでした。私自身は8月8日の声楽の発表会でのお仕事があるため、気持ちソワソワもありましたが。こんな時期に、「空き時間ができちゃった!ちょっとお街の(洋服やさんの)様子でも見てくるか・・・」という発想が素直に湧くようになったのは、私の中では良いことにしています。(笑)・・・いつも「洋服やさんのパトロール」に忙しいくせに、何、言い訳してるんだか!ってなところですけれど。地獄期は、空き時間→バッタリとソファに倒れこむ・・・でした。結局、あそこまで消耗しなくなったのはなぜか?と言えば、単純です。強烈な批判が終わったこと。ただ、それだけです。「良かれと思うことをしました。以上」です。最近は、奇妙キテレツに礼儀正しい親御さんも増えている、というのも幸いでしょう。「先生、おバカちゃんだからね」なんて扱いで、元気になれって言われても、そりゃ無理です。縁の途絶えた友人が、自らの母親失格ぶりを一日中垂れ流していたのも、今思えば重かった。彼女にはそういう場が必要だったとしても。こちらは、息をしている限りは相槌を打ち、チビさんたちの相手をし、出来る限りのフォローをし。…で、最後に「病気に逃げるな!」とガツン☆(笑)病気に逃げていたら、あなたがグチを垂れ流していたその場すら、この地上になかったことを、今頃は気づいてくれているかしら。昼下がりの土曜。街の喧騒。・・・昔のあたしには怖すぎた場所を、まだまだ少し怯えながら歩く。駐車場が、かつての戦場近くだったこともあり、オーナーに会うかな?という不安もありました。時間帯的にも、ありえること。脳内で見た景色なのか、実際に見た景色なのかすら、もうさだかではないけれど、あの場所で見たたくさんの恐怖を軽く軽く反芻しながら目的の店に向かう。ショーウインドー越しに、小さな女の子の仕草が目に留まりました。おもちゃで遊ぶ女の子。彼女は、ニッコリと私に笑いかけて、手にしたおもちゃを見せてくれました。思わず私も笑う。…ただそれだけのことが、ようやくここに来て叶う。経由した場所が不運だったのかもしれない。実力もないのに、そこに居たことが傲慢だったのかもしれない。でも、あの地獄の時期に、あたしが壊れ果てるギリギリまで、あたしは「ここにいなさい。なぜなら、私が貴女を治せるのだから」と言われていたことを思います。傲慢だったのは、アタシだけではない。だから、人は難しい。
2010年08月01日
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