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2015.10.31 PM1:00~2:00 WOWOWにて放送。「掃苔のすすめ~お墓を巡る物語~ 3」寺山修司の墓へ参り、人物像を探り出す。【送料無料】 われに五月を / 寺山修司 【単行本】 寺山修司からの手紙/寺山修司/山田太一・編【後払いOK】【1000円以上送料無料】
2015.09.25
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【楽天ブックス・送料無料】寺山修司からの手紙 [ 寺山修司 ]山田太一・編■ 編者からのメッセージ飾りのない日々を 山田太一 寺山さんの晩年、一番近くにいらした女性は田中未知さんでした。「時には母のない子のように」などなどの作曲家です。 その未知さんが私あての寺山さんの手紙を長いこと大事に持ってくれていて、本にしたいといって来られたのです。よく持っていてくれたなあと思いがけなかった。嬉しかった。 なぜ私あての手紙を未知さんが持っていたかというのは長くなるので本に書きました。 寺山さんと私は大学の同級生で、手紙はそのころのものです。大学といっても、いまの人より栄養も足りず情報も少く、後期少年時代とでもいうころだったなあと思い出します。 寺山さんが病気になり面会が制限され、それで手紙のやりとりをすることになったのでした。 そのころすでに寺山さんの俳句も短歌も見事なものでした。死後代表作の一つに選ばれる作品を生み出していました。筆蹟もほぼ完成していることに驚きます。みずみずしいころの、飾りのない日々がここにあります。■ 目次本書について 凡 例手紙山田太一宛 寺山修司未発表書簡および 寺山修司宛 山田太一未発表書簡昭和30年(1955年)昭和31年(1956年)昭和32年(1957年)昭和33年(1958年)参考資料 寺山修司未発表日記より 抜粋 田中未知寺山・山田書簡関連アンソロジー森での宿題 抄 寺山修司(『われに五月を』より)十八才の日記 寺山修司(『ひとりぼっちのあなたに』より)十九才 寺山修司(『はだしの恋唄』より)弔辞 山田太一過去から現在・現在から未来 田中未知手紙のころ 山田太一■ PROFILE寺山修司(てらやま しゅうじ)1935年生まれ.10代から創作を始め,1954年「チェホフ祭」50首で「短歌研究」新人賞を受賞.以後前衛短歌の旗手として短歌の世界をリードするとともに,詩,俳句,小説,演劇,映像とジャンルをこえて旺盛に作品を発表し続ける.1967年には「演劇実験室・天井桟敷」を結成し,国内外で高く評価された.1983年逝去.主な著書に『寺山修司の戯曲』『地獄篇』『暴力としての言語』(いずれも思潮社),『寺山修司全歌集』(風土社)など.生前に刊行された著作は140冊をこえる.山田太一(やまだ たいち)1934年生まれ.早稲田大学卒業後,松竹で木下恵介監督のもと助監督を務める.1965年,脚本家として独立.以後,「男たちの旅路」「岸辺のアルバム」「早春スケッチブック」「ふぞろいの林檎たち」「キルトの家」「時は立ちどまらない」「ナイフの行方」など数々の名作ドラマを手がけ,NHK放送文化賞,向田邦子賞,菊池寛賞などを受賞.戯曲・小説・エッセイも精力的に執筆し,『異人たちとの夏』(新潮社,山本周五郎賞受賞),『月日の残像』(新潮社,小林秀雄賞受賞)などがある.田中未知(たなか みち)1945年生まれ.作曲家・プロデューサー.「演劇実験室・天井桟敷」の旗揚げからのメンバーとして制作・照明を担当.自らの創作活動のかたわら,寺山修司の死までの16年間,公私にわたるパートナーとして彼を支えた.主な著書に『質問』(アスペクト),『空の歩き方』『寺山修司と生きて』(新書館)など.朝日新聞より、↓劇作家の故寺山修司さんと脚本家の山田太一さん(81)が、若き日に交わした書簡55通が、山田さんの編集で書籍として公開される。政治や芸術について語り合ったり、恋の悩みを打ち明けたりと、のちに表現者として大成する2人が切磋琢磨(せっさたくま)した青春時代がありありと浮かんでくる。 2人は1954年に早大教育学部に入学した同級生。寺山さんが腎臓を患い長期入院したのを機に、手紙のやりとりを始めた。 寺山さんが自著で一部を紹介したことがあり、存在自体は知られていて、ファンは出版を待望していた。今回、寺山さんが山田さんに宛てた46通と山田さんから寺山さんへの9通を一冊にまとめることになった。 寺山さんが山田さんに宛てたはがきには「フラレタ、フラレタ(中略)ひでえ女だ。魚を引きずってやがる。魚は病気です。魚は、僕だ」(55年11月28日付)と悲恋を吐露するなど、山田さんへの信頼の厚さがうかがえる。山田さんも、57年10月7日付の書簡で、寺山さんに自殺を心配させたことをわび、「少しの憂鬱(ゆううつ)と少しの怠惰だけだった」と打ち明け、「君を僕は好きだ」と友情を誓っている。 山田さんは出版に際し、当時を「後期少年時代」と懐かしみ、「みずみずしいころの、飾りのない日々がここにあります」とコメントを寄せている。 「寺山修司からの手紙」(岩波書店)は9月11日に刊行された。(板垣麻衣子)
2015.09.12
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寺山ワールド 若き演出家の挑戦 演劇をはじめ、詩や短歌、映画と幅広い分野で才能を見せた寺山修司が今年、生誕80年を迎える。 節目のイベントが多数開かれる中、藤田俊太郎(35)と藤田貴大たかひろ(30)という寺山を直接知らない若き演出家が、彼の作品に挑む。藤田俊太郎 「人魚姫」独創的に解釈 藤田俊太郎は、蜷川幸雄の演出助手を長年務めてきた。持ち前の美的センス、バンド活動で培った音楽性が持ち味だ。昨年、演出家として本格的デビュー作となるミュージカル「ザ・ビューティフル・ゲーム」が絶賛された。 秋田県出身。寺山作品との出会いは、高校になじめず居場所を探している時期だった。「救いの場のように(寺山の)短歌を読みあさった。寄り添ってくれる言葉がある。東北の少女のような目線で書いた叙情的な作品に引かれた。海を見ながら読んだものです」 それから十数年。念願の寺山作品の演出を、兵庫県立芸術文化センターと演劇ユニットProject Nyxから依頼された。演目は「人魚姫」。寺山がアンデルセンの童話を原作に、1967年に人形劇団のために書いた。「後のアバンギャルド(前衛)と呼ばれる作品群とは異質のメルヘン劇で、叙情性にあふれています」 海の上に憧れる人魚姫が、難破船で命を助けた若い船長に恋をして、魔法の薬を飲んで人間になる。陸上で船長と再会できたものの、初恋はかなわず海にも戻れない。「なみだってなあに?/世界でいちばん小さい海のことだよ」といった美しいせりふが満載だ。 まず「海」を独創的に解釈した。「寺山さんの見ている海。秋田の海の目の前で短歌を読む僕――。そこで東北の海と読み解いた」。また、今を生きる作り手として東日本大震災は避けられない。人魚姫は東北の少女、美しい海中は東北の祝祭、帰る海がない状況を震災の惨禍と解釈した。 美術と衣装を寺山と親交が深かった宇野亞喜良が務める。「大尊敬しています。宇野さんがやってないことをやりたい。提案をたくさんした」。語り合った結果、祝祭性を出すため、秋田の西馬音内にしもない盆踊りなどを盛り込むことに。くじらや人魚など大きさの様々な生き物が息づく海を空間化するため、人間と人形を併存させるなど工夫を凝らす。 寺山の台本は「読み込んでも毎日発見があります」と話す。出演は青野紗穂、悠未ひろら。9月18~27日、池袋の東京芸術劇場。(電)03・6312・7031。藤田貴大 時代の質感更新したい 藤田貴大は、演劇団体「マームとジプシー」を主宰する劇作家・演出家だ。象徴的な場面を様々な角度で見せる「リフレイン」という手法を駆使し、漫画家の今日マチ子、作家の川上未映子ら様々な分野の才能と共同作業を重ねて斬新な作品を作っている。 北海道出身。寺山作品には高校時代から親しんできた。「どの時代でも文学少年・少女にとっては神。まずはエッセーや短歌、詩集を読みました」 今、寺山と同い年の蜷川幸雄の半生を描く「蜷になの綿わた―Nina’s Cotton―」も制作している。そのため、学生運動で騒然とする中、彼らが頭角を現した1960年代について考えることが多い。「多分、僕と同い年ぐらい。僕らも演劇を熱くやっているつもりだけど、全然違う熱さがあった。どんな言葉を使って演劇を作ったのか興味がある。焼け野原から何かを始めようとする状態だったのでは」 今回、初期の代表作「書を捨てよ町へ出よう」を演出する。67年に評論集として発表され、後に内容の異なる演劇版、映画版が作られた。「リアルタイムで隣にいたことのない寺山さんですが、果たしてそれが、その人を知らないことなのか? どういう人か想像することはできます」 目指すのは2015年東京版の「書を――」だ。「アングラ劇を作られた時代の質感のまま演出する人は他にいる。僕は視覚的に更新したい。衣装や美術もスタイリッシュにする」 人力飛行機で空を飛ぶ幻想にひたる若者が挫折を繰り返す映画版を軸に構成する。「寺山さんはコラージュの天才と呼ばれた。僕も本、映画、舞台をバラバラにして藤田版コラージュとして作り直したい」 歌人の穂村弘、芸人で芥川賞作家の又吉直樹らも参加する。「いろんな人と寺山って何かを考えたい。又吉さんとは寺山コントを作ろうかな」 今、再認識しているのは言葉の魅力だ。「やけにおしゃれでロマンチック。今聞いても新しい言葉がたくさんある。言葉の芸術家です。寺山さんの言葉を扱えるのは興奮する作業です」。出演は村上虹郎、青柳いづみら。12月5~27日、池袋の東京芸術劇場。(電)0570・010・296。 (祐成秀樹)生誕80年 記念の舞台や音楽祭 寺山作の舞台や、寺山に関するイベントなどが続いている。 8月10~30日は、蜷川幸雄が演出し、松任谷正隆が音楽を手掛けた音楽劇「青い種子は太陽のなかにある」が東京・渋谷のオーチャードホールで上演された。 10月11、12日は「冥土への手紙―寺山修司 生誕80年記念音楽祭」が東京・恵比寿のザ・ガーデンホールで開かれる。音楽監督は「演劇実験室○天井桟敷」の音楽を担当したJ・A・シーザー。カルメン・マキ、大槻ケンヂ、近藤等則、SUGIZO、新高けい子、元ちとせら寺山を敬愛するアーティストやゆかりの人が集う。(電)050・5533・0888。 12月6~20日は音楽劇「レミング~世界の涯はてまで連れてって~」が池袋の東京芸術劇場で上演される。2013年の上演に続いて「維新派」の松本雄吉が演出。上演台本を改訂し、溝端淳平、柄本時生、霧矢大夢、麿赤児ら新キャストで臨む。(電)03・3477・5858。 12月16~23日は花組芝居が「毛皮のマリー」を東京・東池袋のあうるすぽっとで上演する。実験浄瑠璃劇として加納幸和が演出する。(電)03・3709・9430。 昨今の活況について寺山の著作権を管理する「テラヤマ・ワールド」代表取締役の笹目浩之は「私が思う以上に寺山が巨大化している」と話す。「寺山を知る人たちの継続的な上演がある一方、今回の2人の藤田君や松本さんのように新解釈が出てきた。1回やるとまた上演したがる団体が多い。今は詩人で戯曲を書く人が少ない。俳優たちが美しいセリフを言いたいのでは」と分析する。寺山修司 てらやま・しゅうじ (1935~83年)青森県生まれ。60年に初戯曲「血は立ったまま眠っている」を上演。67年に「演劇実験室○天井桟敷」を結成し、見世物の復権、ドキュメンタリーとドラマの結合、市街劇など斬新な発想でアングラ演劇の一時代を築いた。2015年09月15日 Copyright © The Yomiuri Shimbun寺山修司からの手紙 山田太一・編
2015.09.11
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S席 8600円 → 7500円に割引 → http://living-ticket.eplus.co.jp (リビング新聞・チケットファン ☎電話 0570-06-9977)S席 8600円を → 特別価格 7800円 → 京王パスポートクラブ チケットショップ ☎03-3299-9966・9696 www.keio-passport.co.jp/ 愛知公演 1/8 13:00 S席 9000円 → 8000円「チケットサービス 三菱UFJニコス優待割引」 → http://cr.mufg.jp ☎0120-831311、☎03-5489-9053【楽天ブックス・送料無料】寺山修司からの手紙 [ 寺山修司 ]
2015.09.10
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寺山修司と山田太一、青春の往復書簡 55通を一冊に(2015/09/10)劇作家の故寺山修司さんと脚本家の山田太一さん(81)が、若き日に交わした書簡55通が、山田さんの編集で書籍として公開される。政治や芸術について語り合ったり、恋の悩みを打ち明けたりと、のちに表現者として大成する2人が切磋琢磨(せっさたくま)した青春時代がありありと浮かんでくる。 2人は1954年に早大教育学部に入学した同級生。寺山さんが腎臓を患い長期入院したのを機に、手紙のやりとりを始めた。 寺山さんが自著で一部を紹介したことがあり、存在自体は知られていて、ファンは出版を待望していた。今回、寺山さんが山田さんに宛てた46通と山田さんから寺山さんへの9通を一冊にまとめることになった。 寺山さんが山田さんに宛てたはがきには「フラレタ、フラレタ(中略)ひでえ女だ。魚を引きずってやがる。魚は病気です。魚は、僕だ」(55年11月28日付)と悲恋を吐露するなど、山田さんへの信頼の厚さがうかがえる。山田さんも、57年10月7日付の書簡で、寺山さんに自殺を心配させたことをわび、「少しの憂鬱(ゆううつ)と少しの怠惰だけだった」と打ち明け、「君を僕は好きだ」と友情を誓っている。 山田さんは出版に際し、当時を「後期少年時代」と懐かしみ、「みずみずしいころの、飾りのない日々がここにあります」とコメントを寄せている。 「寺山修司からの手紙」(岩波書店)は11日に刊行される。(板垣麻衣子)(朝日新聞2015年09月10日 東京 夕刊 社会面)↓ 寺山修司からの手紙/山田太一・編【後払いOK】【送料無料】【楽天ブックス・送料無料】寺山修司からの手紙 [ 寺山修司 ]山田太一・編((創作の現場)寺山作「人魚姫」の美術を手がける、宇野亞喜良 流行追わず、愛とスキャンダラスを(2015/09/09)寺山修司作の美女音楽劇「人魚姫」(藤田俊太郎演出)の美術、衣装、宣伝美術を手がけるイラストレーター、宇野亞喜良。都内の事務所で発泡材の塊をカッターで削り、魔女の顔を彫っている。石粉粘土を足して造形。手慣れた様子だ。 ◇宇野亞喜良(うのあきら) 《「もうちょっと、顔の横幅が出た方がいいな」「鼻はわし鼻にして」。(2015年09月09日 東京 夕刊 芸能面) こんな本も出ていたようで ↓ 「望郷のソネット 寺山修司の原風景」 (白石)【後払いOK】【1000円以上送料無料】
2015.09.09
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「昭和10年生まれは、反骨精神が旺盛な人が多いよ」筑紫哲也の生前の口癖 寺山修司、美輪明宏……の名も (朝日新聞 2015.10.9夕刊 「テレビ60年をたどってX 3」隈元信一) 寺山修司からの手紙/寺山修司/山田太一【後払いOK】【1000円以上送料無料】 父親になれざりしかば曇日の書斎に犀を幻想するなり (寺山修司) ↓【送料無料】 寺山修司未発表歌集 月蝕書簡 / 寺山修司 【単行本】 個への退行を断ち切る歌稿_一首の消し方 寺山修司 ↓ 「月蝕機関説」 河出文庫「寺山修司コレクション3」/寺山修司・著 【中古】afb
2015.09.08
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青ひげ公の城 2015.9.6 BSスカパー 再放送 PM11:00~AM1:30 (スカパー無料放送の日)かつて上演された現代演劇の演目の中から、記憶に残る「伝説的な名舞台」「懐かしの公演」(LEGEND作品)をピックアップし、当時の映像のまま皆様へ届ける番組です。さらに、その演目・劇団に馴染みの深い人物をゲストに招き、当時の状況や心境を振り返り、そして辿り着いた今を語ってもらいます。今回は、寺山修司が1979年に初演した「青ひげ公の城」を、三上博史、荻野目慶子、秋山菜津子らを迎え、没後20年の2003年に上演された舞台を放送。パルトークのオペラにもなった、中世フランスに伝わる、妻をめとっては次々に殺したという青ひげ伝説をモチーフにした作品。ゲストは、1979年16歳の時に寺山修司に見いだされ、映画「草迷宮」で鮮烈なデビューを果たした三上博史。寺山修司との思い出や、「青ひげ公の城」上演時のエピソード、新作公演「タンゴ・冬の終わりに」についてのインタビュー。■「青ひげ公の城」あらすじオーディションで選ばれ、「青ひげ公の城」の舞台で第7の妻を演じることになった藤岡杏は、期待に胸を躍らせて劇場にやってくる。すでに舞台監督たちは準備で忙しい。杏は、舞台監督より「絶対他の女優たちの部屋を覗いてはいけない」と注意を受けるが、杏は「青ひげ役をする役者へ挨拶をしたい」と、舞台裏を歩き回り、他の女優たちの部屋をのぞき見る。次々と現れる青ひげ公の妻と称する女優たち。幻想と現実が交錯する舞台裏で、次々と起こるオペラの殺人。どれが本当でどれが芝居か。寺山修司の傑作戯曲が、多彩なキャスト・スタッフを迎え甦る。台本・詞:寺山修司演出・音楽:J・A・シーザー舞台美術:小竹信節照明:沢田祐二衣裳:ひびのこづえ出演:三上博史、荻野目慶子、秋山菜津子、河原雅彦、佐藤 誓、横田栄司、藤岡 杏、三咲(蘭香)レア、沙智、浅井美保、江本純子、FLIPFLAP、Shin、蘭 妖子、根本 豊、井内俊一、渡邊 潮、演劇実験室◎万有引力の人々 ほか(2003年 パルコ劇場)■寺山修司プロフィール1935年青森県に生まれた寺山修司は、歌人、詩人、劇作家、演出家、作詞家、エッセイスト、映画監督、評論家、写真家…などジャンルを超えた時代の寵児として活躍した稀代の才人。1967年に結成した「演劇実験室◎天井桟敷」は、旗揚げ公演『青森県のせむし男』で「見世物の復権」を掲げ、横尾忠則、美輪明宏ら個性溢れる表現者たちと共に時代の先端を走るセンセーショナルな存在。1973年には30時間市街劇「ノック」を上演するなど、社会的にも大きな影響を与えた。1983年に47歳で夭折後も、その人気は衰えることなく、没後30年以上を経た今なお若い世代の感性を刺激し続け、生誕80年を迎えた今年、記念イベントが多数行われています。BSスカパー!は スカパー!のチャンネルやパックセット等をご契約いただくと無料でお楽しみいただけるチャンネルです。(2週間お試し体験でもご覧いただけます。)【楽天ブックス・送料無料】寺山修司著作集(第3巻) [ 寺山修司 ]
2015.09.01
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