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「ザ・フォークソング」2015.10.31 PM8:00~9:00 NHk・BS1 寺山修司・作詞「かもめ」(浅川マキの歌)を山崎ハコが歌う。『夜が明けたら/かもめ』 浅川マキ 東芝EXPRESS EP-1156 「夜が明けたら」浅川マキ 作詩・作曲/山本幸三郎 編曲 「かもめ」寺山修司 作詩/山本幸三郎 作曲・編曲 ●センターラベル=手書き:超レア
2015.10.31
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2015.10.31 PM1:00~1:50 WOWOWにて放送。「掃苔のすすめ~お墓を巡る物語~ 3」寺山修司の墓へ参り、人物像を探り出す。2015.11.3 AM0:00~0:50 再放送。 【楽天ブックス・送料無料】寺山修司からの手紙 [ 寺山修司 編・山田太一 ]
2015.10.23
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母と同じ屋根の下 (産経新聞2015.10.27「産経抄」) 「私は、母と同じ屋根の下で暮らした記憶をほとんど持っていない」。寺山修司は、自伝抄『消しゴム』に書いている。13歳のとき、九州・芦屋の米軍基地に出稼ぎに出る母を、青森駅で見送った。 ▼2人で夜鳴きそばをすすっていると、美空ひばりの「悲しき口笛」が聞こえていた。♪いつかまた逢(あ)う指切りで 笑いながらに別れたが…「それが私と母の生きわかれの唄になった」という。 ▼8歳の少年には、母と指切りする暇(いとま)も与えられなかった。平成7年9月、母は、目の前で警察に任意同行されて、帰らなかった。その2カ月前、大阪市東住吉区の自宅から火が出て、11歳の姉が亡くなったばかりである。 ▼母は、自宅に放火して長女を焼死させたとして、内縁の夫とともに殺人の容疑などで逮捕された。裁判では、無期懲役が確定する。少年は、何が起きているのかわからないまま、母方の祖父母に引き取られた。 ▼〈母もつひに土となりたり丘の墓去りがたくして木の実を拾ふ〉。いかにも虚構に生きた寺山らしい。すでに高校1年のとき、新聞に投稿した短歌のなかで、存命の母を死なせている。少年は、事情を知らない学校の友人から、母親について聞かれるたびに、「遠いところにいる」などとはぐらかすのが常だった。世間の好奇な目から、母と自分の身を守るために、編み出した知恵だった。心の奥底では、母の無実を信じていた。 ▼大阪高裁は先週、自然に発火した「具体的可能性がある」として、2人の再審開始を認めた。2人は刑の執行停止を受けて、昨日の午後、和歌山と大分の刑務所から釈放された。少年は29歳の社会人になっている。51歳の母と20年ぶりに同じ屋根の下で過ごして、どんな会話をかわしたのだろう。 【送料無料】 寺山修司著作集 4 自叙伝・青春論・幸福論 / 寺山修司 【全集】
2015.10.22
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原宿で自由を手にした女性の一人に津野青嵐(せいらん)さん(24)がいる。 大学1年生だった19歳のとき、白塗りメイクをした。顔を真っ白く塗り、ウィッグ(女性用かつら)やつけまつげをして美しく化粧したのだ。鏡を見ると、もう一人の自分がいた。高校時代、ストレスから激太りした。だから容姿に自信はなかったのだが、鏡の中には別の自分がいる。自信が持てた。友達ができた。 思い切り派手な服装、アクセサリーで白塗り仲間と向かった先が原宿だった。やがて白塗りでの集合をネットで呼びかけるようになった。呼びかけるたびに参加者が増えた。 ウラハラの一角にあるお好み焼き屋「さくら亭」。いい具合に焼けたお好み焼きをつまみながら津野さんが言う。「ほかの街だったらおかしい人だけど、原宿では受け入れられる。原宿にはどんなものでも受け入れる文化があるんじゃないかな。楽しかったですよ」 * 「さくら亭」も、白塗り、異相の集団を快く受け入れてくれた。締めの会はいつもこの店で、と決まっていた。津野さんにとってウラハラは最も息がしやすい場所だった。 「人見知りで人としゃべれない子でも、そういう格好をするとしゃべれる。原宿ってそんな子が多いと思う」。白塗りメイクは3年前に卒業し、いまは社会人。 「原宿には普通の格好で今も行きますよ。特に好きです、ウラハラの雰囲気」 津野青嵐さんが白塗りメイクを思い立ったのには、きっかけがあった。劇作家であり詩人であり映画監督でもあった故・寺山修司。中学生のとき、寺山の映画「田園に死す」を見た。衝撃だった。心にしみた。特にひかれたのは白く塗られた登場人物の顔。顔を白く塗ることで別の世界が生まれていた。心の内部が隠されるような、現れるような。人が人でなくなるような。 白塗りでの集合を呼びかけたのも、寺山の世界を再現したかったからだ。「田園に死す」の主人公が白塗りに学生服だったので、最初は学生服、セーラー服でと呼びかけた。テーマは「昭和アバンギャルド」。20人の白塗り制服集団が原宿を歩くことで、「異界が生じた。面白かった」と津野さんは振り返る。 私の足を原宿に向けさせた増田セバスチャンさんに影響を与えたのも寺山だった。著書の中で増田さんは寺山の評論集『書を捨てよ、町へ出よう』を手に取ったときのことを書いている。引きこもり気味だった増田さんは、この本から強烈に学ぶ。既成概念はぶち壊したっていいのだ、と。寺山の後を追うかのように演劇にはまり、アートの世界へ。95年、25歳でウラハラに自身のショップ、「6%DOKIDOKI」をオープンさせる。 日常の中に異界をつくる。常識という既成概念を壊す――。 寺山の精神はこの街にこそ息づいているのかもしれない。自由の原点を探して60~70年代の「青少年のカリスマ」にたどりつく意外性。そこに驚きながら、妙に納得もしている。 ■ぶらり 増田セバスチャンさんの「6%DOKIDOKI」のコンセプトは「Sensational Kawaii」。女性店員のいで立ちも含め、店内はカラフルそのもの。店の常連だったのがきゃりーぱみゅぱみゅさんで、増田さんは彼女の美術デザインを担っている。 (文・依光隆明) ■今回の道 白塗りの津野青嵐さん(ハンドルネーム「津野氏」)が集会に使った「さくら亭」はキャットストリートと明治通りに挟まれた路地裏にある。 (朝日新聞2015.10.10「be on suturday」「みちのものがたり 原宿裏通り」)より。【楽天ブックス 送料無料】「寺山修司からの手紙」 [ 寺山修司 編・山田太一 田中未知 ] 書を捨てよ、町へ出よう 寺山修司 /出版社:角川書店 【楽天ブックス 送料無料】【KADOKAWA3倍】書を捨てよ、町へ出よう 改版 [ 寺山修司 ] 【楽天ブックス 送料無料】新・書を捨てよ、町へ出よう 新装版 [ 寺山修司 ]
2015.10.10
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