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もうすぐふってわいた展覧会である。中央公園から少し南、新しすぎて誰もまだ知らない朝日新聞の小さなビルにギャラリースペースができたので福井ひでみ氏と一緒にスバラシイアートで埋めてあげることにした。彼によると私との二人展はいつも「素手でなぐりあっている感覚」だそうであるが、やはり絵というのは裸というか素肌だね。そしてコトバは服だ。だってそうじゃない?着込みすぎると暑苦しい。流行も、制服さえある。挨拶はさしずめ下着か。新しい単語おぼえるのも洋服やアクセ買うのにちょっと似ている。高松市天神前国税局の北、中央通から見えているので通りかかったら恐がらずに入ってみてくださいね。オブジェと絵です。12月1~18日私は火曜水曜に行ってると思います。関連ページ設定はどうやるんだっけ?えーおひまでしたら福井さんと住田出題によるコメント合戦(一言アンケート形式)をやってますので左からページ探していってみてください。<終>
2002/11/25
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子供のころは子供向けのものを嫌っていたので、大人になってから夫が借りてきた(ニュープリントだのなんだのの)ビデオでディズニーを見た。昔のはすごくすごくよくできている。バレエ、ミュージカル的に、完成度が高い。もちろんストーリーも成熟した大人が書いているってかんじでともかく説得力がある。中でもわたしが好きなのはピノキオと白雪姫。白雪姫なんてむっちゃくちゃ色っぽいのだ!これはねたまれても仕方ない!そして王子様がつい、て感じなのも当然! ピノキオだって見る前には「人間なんかしんどいでー人形でええやん」とか思っていたのに「ピノキオ!学校に行くって行ったのに!」と手に汗にぎり、最後には「よかったね!ピノキオ!そしておじいさん!」という風に洗脳されてるんだからすごい。まあ子供のころルパン3世の映画見に行ったしヤマトも999もナウシカもガンダムもみたよーアニメブームにのってさあ。でもね、ディズニークラシック見ると、安く見えるの。トトロ?ネコバス?だからどうしたの。絵に気合入れたって言っても内容とかんけーない。子供はできすぎだしね。もっとたたかれろ、ジブリ。あっいっちゃった。
2002/11/22
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発車して3秒後、うちのまん前の電柱をよけようとして(がりっ)、隣のうちの丈夫な塀にぶつかり(どかっ)溝に前輪がはまった(ずるっ)。チャイルドシートの息子は無傷だったが、うへーお母さんをゆるしてね。急いでいたんだよ。だっておまえよりにもよって出かける準備完璧!って時に、頭から「かぶらの甘酢づけ」かぶったじゃないか。保育所なら多少おくれたってかまわないみたいだけど、わたしは生徒さんが待っている日で、とってもあせったよ。究極のあほ自損事故。初心者マークが取れるころがあぶないってほんとですね。今なんでもいーからいらない車くれる人探してます。不便だよう。多分だいじょぶ…。(この車ももらったのであった。)
2002/11/21
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もともとひとりで始めたお店なので仕方ないが、なにかと作業を手伝ってくれていたお友達が健康をくずしリタイア。またひとりになってしまった。今日は28日に砥部焼展覧会が始まるまでと思い、わたしの絵を壁にかけたが、「まっすぐかなー」と思ってももう誰もおしえてくれない。まあ絵を描くのは孤独な作業であり、ひとりがいやな人はほかの職業についているかと思うのだが、しばらくへんな感じが続くだろうね。おセンチである。
2002/11/20
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「でも塾や家庭教師、本人サボらずにちゃんと来るんだからえらいですよねー」ほんとにふと、そう思ったので、もう一年教えている生徒のお母さんに言ったのだった。お母さんは思いのほかうれしそうに、「のみこみがわるいからかわいそうなんですけどね」と答えた。わたしだってそうだけど、どんなことでもいいから子供がほめられると親はとろけるようにうれしい。がんばっても成果があがんないときはかわいそうで仕方がない。保育所の先生のなかにはお迎えのとき今日はあれできたといちいち報告してくださる方がいる。絵本の時間に少し長く座れるようになったとか、ほかのフツーの子から見ると「なんでそんなことでほめられるの?いいなあ」とさえ思われがちなことなんだけど、それでもうちに帰ってやっぱり親は機嫌よく子供とすごせるというものだ。
2002/11/11
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わけあっていつもせぬことをしたくなり、絵本売り場ではなく一般それも小説文庫本の棚の前に立ったのだった。たまたま楽天ブックスでちがう本を検索していたときにまちがって出てきた北村薫という人のミステリーが4冊平積みされていた。もと「特殊少女マンガ」通のわたしが気になったのはそれと…高野文子の表紙である。ええなあ。どーしてんだろなー。小説にしてもマンガにしても、疲れ目を気にしていることもあって、特に日本の物はわざわざNYで(売っているけど)買って読まなかったここ8年間。一旦通り過ぎようとしたけど、そのなんだか気になる「空飛ぶ馬」を結局500円以上出して買ってしまったのだった。レジのおねえさんは知る由もないが、これはわたしにとってダダダ大冒険であった。長い間、超ケチの主人に仕込まれて本は図書館でタタで読むもんだ、なんて信じかけていたけど結局忙しくて自分のために本が一冊読めたためしのないNY生活だった。(つまりは仕事と学校以外主人にべったりつかれてひとりの時間がなかったのである、ふう)育児書でも絵本でも実用書でもないフィクション!なんて贅沢な!思い返せば今の鉄男くらいのときから私はフィクションのムシ、鼻血を出すまで根を詰めるし呼んでも返事をしなくなるしで周りからはあきれられていたものだ。しかし田舎ゆえに、読むものがなかった。(一軒の本屋もなかった)図書館の児童文学は字が大きくて読みにくく、テーマは残念ながら私が小学校に入る前に味わったリアリティと大きくかけ離れていた。かぎられたチョイスの中から小学校の図書館で読み漁ったのがミステリー、神話、そして落語!はっきりいってこの小説の語り手として登場する女子大生は、わたしだ、と思っている読者は多いと思う。そしてそれがフィクション作家の腕の見せ所であるはずだ。でもわたしだって、かってにそう思う権利はあるよなーと思うほど、共通点があったりする。(つまりはありふれてんのかね?)この小説が出たのが89年、そうそうわたしが東京の私学の文学科にいたころだ。本好きの上品な首都近郊の家庭には育たなかったし、女子高でもなく今よりかなりぽっちゃりしていた当時のわたしだが、嫌に具体的なディテールが一致して、どっかから見られてたのだろうかとミステリーらしい気分になってくる。どっちにしろケータイのなかった時代の東京私大文系(共学)のムードがうまくでてるってことですかね。作者自身が「少し背伸びした、かたいけれどおもしろい文を書く」この女子大生と思われたのも無理ないです、はい。小説自体は落語同様「連れて行かれる」おもしろさと三大噺的妙味があって…(つまりわたしが絵を描くときに心がけていることなのですが)面白かったです。ドストエフスキーでも夢野久作でもトーマスマンでもアシモフでも星新一でも筒井康隆でもないけど、それなりにわたしをどこかに連れて行ってくれたような気がします。(どうしてわたしはどこかにつれてかれるのをイイと感じるんでしょう)そしていくつか名探偵円紫師匠にたずねたい昔の謎に布団のなかで思い当たった、楽しい秋の夜でありましたとさ。
2002/11/05
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