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上半期の源泉所得税納期特例の処理を早々に終わらせ、家族で沖縄に行ってきました。天候にも恵まれて、充実した旅行となりました。石垣島のビーチでシュノーケリングしたり、竹富島でサイクリングをしたり、西表島でカヌーしたり、と盛り沢山。普段のデスクワークから解放されて非日常を満喫しました。大人が楽しかったのはもちろんですが、何よりの収穫は5歳の息子に色々な体験をさせられた事。逃げずに笑顔でウミガメと泳ぐ、自転車で転んでも泣かずにサイクリングを続ける、怖がりながらも野生のカメレオンを手に乗せる、自ら深い滝壺に飛び込む、何事にも臆病で少し引っ込み思案気味だった息子が、所沢では経験できない事を体験し、何だか成長したような気がしました。 これからも定期的に非日常に放り込んで、何かしらの成長を促してみようと思います。川嶋
2025.07.09
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話題の映画『国宝』を観てきました。歌舞伎の世界を舞台にした作品ですが、私は歌舞伎についてほとんど知識がありません。しかも上映時間は3時間。正直、「長いな…」と思っていました。 でも、始まってすぐに心をつかまれ、あっという間の3時間でした。物語の重み、美しい映像、そして舞台の緊張感。どれもすばらしくて、集中して観ているうちに時間を忘れてしまいました。 歌舞伎というのは、家柄や血筋がとても大切な世界です。役者の名前も、親から子へと代々受け継がれるもので、まさに「家の芸」と言える伝統があります。 ただ、映画の中で描かれるのは、そうした伝統だけではありません。血筋とは関係なく、才能と努力でその世界に飛び込んだ主人公の姿から、「芸を受け継ぐとはどういうことか」「型を守るとはどういうことか」が伝わってきます。 ここから先は映画の内容にふれすぎてしまいそうなので、今日はこのあたりでストップ。代わりに、私の大好きな「宝塚」の話を少しだけしてみたいと思い いろいろ調べてみました。 歌舞伎の「女形(おやま)」と、宝塚の「男役」 日本にしかない伝統文化です。どちらも、自分の性別とはちがう役を演じます。ですが、これはただの「男装」「女装」ではありません。たとえば、歌舞伎の女形は、女性のしぐさや話し方をただまねるのではなく、理想的な女性の姿を演じます。歩き方、声、指先の動きまで、何年もかけて身につけた美しさがそこにあります。現実の女性ではなく、「こうありたい」と思われる女性を形にしているのです。 一方、宝塚の男役も同じです。背すじを伸ばし、低い声で話し、優しさと強さをあわせ持つ姿。それは「現実の男性」ではなく、「こういう人がいたらすてきだな」と思わせる存在です。男役は、夢のような男性像を演じてくれているのです。 歌舞伎にも宝塚にも、「型」があります。動き方、話し方、舞台での姿勢──それは自由に決めていいものではなく、決まった形があります。 その型を覚えて、守り、そして深めていくことで、やっと芸として完成します。自由そうに見える動きの中にも、実は何年もの修行があるのです。 でもこの「型」に向き合うことは、自由が少ないということでもあります。自分の好きなようにはできません。だからこそ、その型の中でどれだけ美しく輝けるかが、役者にとっての勝負なのだと思います。 映画『国宝』は、血のつながりで受け継がれるものと、才能や努力で切り開く道。その両方の重さと苦しさを描いていました。そして、宝塚もまた、血筋ではなく、厳しい試験と訓練を経て選ばれた人たちが、夢のような舞台を見せてくれます。 どちらの世界も、「理想を演じる」という特別な世界。そこにあるのは、日々の練習や悩みの積み重ねによって生まれた、本物の美しさです。 芸の世界って、本当に奥深いですね。 「国宝」文化審議会が重要無形文化財の指定及び保持者の認定を文部科学大臣に答申する 改めて 本を購入して 読み直し 映像を再現しています 中盤から終盤は まったく別のドラマを見ているようでした (驚き) 安西節雄
2025.07.07
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みなさん、こんにちは!毎日真夏の暑さで、すでに夏バテぎみではないでしょうか。 そんな時はぜひ、キャンプにGo! ソロキャンプにハマって3年^^ ちっともうまくならないゴルフの合間に癒されに行ってきました(笑)涼を求めて山梨の河口湖キャンプ場を急遽予約し、突撃キャンプ🎵山梨とはいえ、昼間は暑いので汗だく( *´艸`)1時間かけてテントとタープを張り、ようやくお昼ご飯🍚&ビール。あとは本を読んだり、散歩をしたりと・・・。至極の時間です。 キャンプの良さは、自然の中で非日常を味わい心身をリフレッシュできること。焚き火や星空、旬の食材を楽しみ、自分のペースでゆったり過ごせる贅沢な時間が魅力! 次は2泊でゆったりしたいなあ~。 いつ行こうか!! つなかわ
2025.07.03
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もう1年が半分、終わりました。 あと半年で「おおみそか」「おしょうがつ」が到来するわけです。 それでも、人生は早く儚いなんて言ってられません。 昨晩、クルマを降りる瞬間「デカいガガンボ」が侵入してきました。車外に出そうとしたが見失い、仕方なく車内に放置したままにしました。 今日の昼、クルマのダッシュボードを見ると、固く干乾びたガガンボちゃんが、ポトリと、、、 昨晩を、家屋や川辺で過ごせば。昨晩を、森林や湿地で過ごせば。 彼の人生(虫生)ももう数日、伸びたかもしれないのに。私のクルマに誤って侵入し、気付けば酷暑で一日たたずに枯れ果てた。 これこそ、早く、儚い。 そんなことを思えば、我ら人間には早いも儚いも、ない。今日一日を全力で生きるのみではないか、と、再確認したところです。と、本題はそれではないのです 汗 昨晩、家族で「崎陽軒シウマイ」を食べようというとき。私の眼前のしょうゆ皿に、しょうゆと「和ガラシ」が盛られている。。。 私、和ガラシ嫌いなので、別のしょうゆ皿を出そうとしたら。 「和ガラシ、美味いよ?」 と次男の一言。 長年、和ガラシを避け、盛られていれば除けて、過ごしてきたのですが。昨晩は不思議と、「挑戦してみようか」という気持ちが湧いてきました。 あの「ツン」とした香りが苦手でしたが、思い切ってシウマイに付けて食べてみると。 「ツン」が妙に心地よく、口に広がる芳醇な香りが、さらなる食欲をそそります。 和ガラシを付けて、二個目、三個目と食べ進んでいく。ああ和ガラシが美味しい、私はとっくに、和ガラシを食べられるようになっていたのだ・・・もう一生ムリだと思っていたので、ただ驚くばかりでした。 と、今日の昼、出先で「冷し中華」のノボリが。これまで「冷し中華」に付随する和ガラシがイヤで、いつも「和ガラシ抜き」で注文していました。 が、今日は昨晩のシウマイに続き、思い切って和ガラシ「あり」で注文しました。 そして清水の舞台から飛び降りる気持ちで、和ガラシと麺とハムを同時に含むと、、、 美味しい。昨晩のシウマイ時と同様の心地よい「ツン」と芳醇な香り。 次の一口も、その次の一口も、和ガラシと一緒に食べていく。 ああ、こんなに美味しかったのか。それを私は、きっと小さい頃の印象でずっと避け続けていたのか、、、 少し大人になり、そしてまだまだ、身近に美味しいものがあると知りました。意外にほかにも、まだ食わず嫌いのものがあったような、、、 いろいろ挑戦してみます。今年も後半がスタート。酷暑に負けないように、がんばりましょう! 岸野康之 拝
2025.07.02
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納税者の利便性の向上等の観点から「あらゆる税務手続きが税務署に行かずにできる社会」を目指して税務署の手続きが見直されてきました。始めに、2004年6月からe-taxシステムが開始されました。これには非常に驚きました。税務署へ行かず、郵送もせずに申告が完了することには感動しました。2021年4月1日からは、税務署へ提出する申告についても、「一部の担保提供書類や相続税及び贈与税の特例における添付書類のうち財産の分割の協議に関する書類等」一部の書類については押印は必要ですが、それ以外大部分の書類には押印の必要がなくなりました。これには当時の新型コロナウイルスの状況が大きく反映されていますが、署名も押印もなくなったことにも驚きました。そして、2025年1月から税務署に申告書や申請書を持っていくと押される収受印の押なつすらなくなりました。e-taxに変わって以降、税務署に行くのは、確定申告の応援時期と税務署調査の打合せくらいだったのですが、、先日、相続税申告を相続人の都合により、紙で税務署に提出する必要があり、持っていきました。その際に、「申告書等の提出について」のリーフレットを頂き、そこに当日の日付と税務署名が記載されていました。それ以外は自分で書くようになっていて、提出した申告書の名称と年分を記入しました。ただ、これでは、申告したことの確認としては非常に弱いように思われます。銀行で借入を受けるときの申告書提出時に、収受印のない書類を受取った銀行は信用するのかしら。Q&Aには「国税当局が個別に説明を行う」と言っても申告した事実をどのように第三者に伝えられるのか。ちょっと疑問です。先日の関東信越税理士会の総会でも会員の先生が疑問を呈していましたが、希望者くらいには押印してもいいのでは、と思います。ただ、税務署へ行かずにできる社会は、我々税理士の仕事もかなり簡略化されることなので歓迎することなのですが…。 参)国税庁申告書等の控えへの収受日付印の押なつの見直しに関するQ&A 峯岸利光
2025.07.01
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