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週間天気予報を見ると梅雨明けはもうすぐといったところか ここのところいろいろなアクシデントには慣れてきたが、今日のようなシステムエラーはどうしようもない お客様には大きなご迷惑がかからなかっただけ良かった
2006年07月28日
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某新聞を読みながら、不覚にも電車で涙してしまった 夫婦や親子間で介護疲れなどによる殺害、無理心中に至る悲劇が急増している昨今、ある判決の記事において。。。【自己犠牲の末】「母の介護はつらくはなかった。老いていく母がかわいかった」。被告は語っていた。 一人息子の被告は、西陣織の糊置き職人だった父親の弟子になったが、織物不況で35歳のときに勤めるようになった。平成7年夏、父親が亡くなり、母親も認知症の兆し。結婚はしておらず、母親の世話はすべて引き受け、夜中も母のトイレに1時間おきに付き添い、睡眠不足のまま出勤する生活が5年続いた。しかし母親の症状は悪化し、昨年6月には徘徊して警察に保護される。派遣社員だった被告は「迷惑をかけたくない」と、介護のために休職した工場を退職。失業保険も切れると生活は困窮、今年1月にはいよいよ家賃も払えなくなった。職人の父から「人様に迷惑をかけるな」と厳しくしつけられた被告は「命をそぐしかない」と心中を決意。1月31日、「最後の親孝行を」と母親を車いすに乗せて京都市の中心部など思い出の地を巡った。そのまま桂川べりで夜を明かす。2月1日朝。「もう生きられへんのやで。ここで終わりやで」と話しかける被告に、母は「そうか、あかんか。康晴、一緒やで。お前と一緒や」。「すまんな、すまんな…」と被告、「康晴はわしの子や。(おまえが死ねないなら)わしがやったる」と母。この言葉で母の首を絞めた。自らの首も包丁で切ったが、母の遺体の横に倒れているのを発見され、一命を取りとめた。これまでの公判で被告は「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」と打ち明けていた。【行政に苦言】判決で東尾裁判官は「献身的な介護を受け、最後は思い出の京都市内を案内してもらい、被告に感謝こそすれ決して恨みなど抱かず、厳罰も望んでいないだろう」と、母親の心情を推察。半面、「公的支援が受けられず経済的に行き詰まった」と行政対応に苦言を呈した。被告は昨夏、何度か社会福祉事務所に生活保護の相談に行った。しかし「頑張って働いてください」などと門前払いされた。この対応に「被告が『死ねということか』と受け取ったのが本件の一因とも言える」と裁判官。「介護保険や生活保護行政のあり方も問われている」と強調した。【励ましの言葉】「痛ましく悲しい事件だった。今後あなた自身は生き抜いて、絶対に自分をあやめることのないよう、母のことを祈り、母のためにも幸せに生きてください」裁判官が最後にこう語りかけると「ありがとうございました」と頭を下げた被告。判決後、弁護士に「温情ある判決をいただき感謝しています。なるべく早く仕事を探して、母の冥福を祈りたい」と語ったという。ブログに書きとめよう
2006年07月25日
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こればっかりはどうしようもないが、早くひいてほしい
2006年07月23日
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今日はイレギュラーなことが多かった そんな時こそ、落ち着いて対応を
2006年07月19日
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今日は来館が少なかった 雨だから?? 三連休の後だから??いやいや、ワクワクさせる空間を提供できていないからであろう 常に妥協のないサービスを。。。
2006年07月18日
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てゆ~か長っ!「長い」 「でかい」 「早い」・・・こんな形容詞には、誰でも見た目で本能的に反応する 広告のレスポンスを上げるのに使えないかな~
2006年07月16日
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15日・・・全ての結果には原因がある。。。
2006年07月15日
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静岡県の天竜で最高気温が38・2度だったらしい 暑いにもほどがある。。。 クラブ内も、たくさんの人の熱気で満たしたい
2006年07月14日
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決まった流れがある勝利のルーティンを確立したい
2006年07月12日
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ここのところお客様の笑顔を作り出せてないような気がする。。。いかん、いかん 私の使命は、フィットネスを通じてよりたくさんの方の笑顔を作り出し、幸福な人生を歩んで頂くことだ。一つのことに偏ることなく、リーダーシップ・マネジメント・教育・・・ 全てをバランスよく
2006年07月11日
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大木金太郎? 藤原嘉明??ジダン、ヘッドはボールにお願いします
2006年07月10日
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日記に残しておきたいニュース 脳こうそくで倒れ、左半身の自由を失った大分県豊後大野市の県立三重高3年広●投手(18)が、夏の高校野球大分大会で「最初で最後の」先発登板する。倒れた後も野球への熱い思いを抱きながらリハビリを重ねてつかんだ晴れ舞台。背番号1のエースは「初戦の一イニングだけ。ランナーが出たら交代」の条件で夢のマウンドに立つ。広●選手は右投げ左打ち。野津中3年の夏、学校で倒れ左半身不随になった。半年間入院し、リハビリとトレーニングに耐えた。130キロの速球は取り戻したがグラブを使って左手での捕球ができないため、打球をうまくさばくことはできない。広●選手は小学校低学年から野球を始め、早くから才能を開花させた。中3の6月には地区の軟式野球大会にエースで出場し、約130キロの速球を武器にチームを優勝に導いた。近隣や大分市内の強豪高から注目されたのもつかの間大会3日後に倒れた。失意の広●選手を三重高野球部の監督が花束と硬式ボールを持って見舞った。地区大会の投球を見て「すごい」と感じた監督から「野球を続けよう」と励まされ、望みをつないで推薦で入学した。1年時は週に1度の病院通い。ランニングもままならず、歩いて他の部員に続いた。2年になって左半身が少しずつ動くようになったが「うまくなるのか、試合に出られるのか」と不安にかられた。新チーム結成後の昨年秋、部員全員が話し合った。「広●のやる気を引き出したい。夏の初戦を投げさせよう」と決め、背番号1を託した。「障害を克服して3年間夢を追い続ける姿に励まされた。広●の登板に不安はない」と安●主将。バッテリーを組む予定の広●捕手(2年)は「広●先輩のボールは重く、力強い。しっかり受け止める」と胸を張った。登板は13日、新大分球場である第2試合の対高田高戦。「1球で終わっても、1イニングを抑えることができても、1球に込める思いは変わらない」と広●選手。プロ野球選手を目指す夢に迷いはない。倒れた時は想像できなかったマウンドへの復帰。高校最後の夏、夢への第一歩を踏み出す。
2006年07月09日
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美容・健康に対するニーズは高いはずなのにレスポンスが悪すぎる 何が悪い。。。 タイミング? デザイン?? 地域??? 厳しい。。。次なる手、その次・・・ 考え抜かなければ。。。
2006年07月08日
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コストへの意識をもっともっと高めなくてはいけない 紙1枚、電気1秒、水1滴 徹底的に無駄を省き、利益につなげよう
2006年07月07日
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北朝鮮がミサイルを発射 遺憾である
2006年07月05日
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今月より久●山パーソナルタイム、増設!といっても平日のアイドルタイムなので、需要は少ないかと思っていたが今日、早速2人のお客様のお相手をした ドンドンお客様の満足度と売上を上げていこう
2006年07月04日
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喉が痛ひ 久しぶりの風邪か?! 皆様も気をつけて下さい
2006年07月03日
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本日は、私の30歳の誕生日でありました 何か今までの誕生日とは違う感覚。。。いろいろな物を背負うようになってきたし、それに対する責任も増してきている。しかと全うし、私の周り全てが幸せになれるよう、精進あるのみ ↑ サプライズで店舗スタッフが誕生日をお祝いしてくれました 嬉しかった
2006年07月01日
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