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中野のバリアフリー住宅が完成した~今回の敷地は、敷地面積が48m2(約15坪)。狭小地でのバリアフリー住宅を実現する機会であった。バリアフリーの住宅は、病気になっている方はもちろん、世話をする家族にとっても快適な家でなければならない。そうすると、どうしても広いスペースが必要になるが、都市においては、そういった条件の敷地ばかりではない。むしろ、狭い敷地が多い。都市型、バリアフリー、二世帯、耐震、様々な条件を満たした形をお施主様と相談しながら形にしていく作業が必要となる。写真は、玄関の部分。この部分のポイントをあげると、・ドアの下の段差をなくすとで雨水が吹き込む恐れがあるため 外部側に排水溝を設けた。・靴を脱ぐ部分と室内との境目が平らなため 靴を履く時に腰掛ける腰掛けを設置。・腰掛は、使わないとき邪魔にならないよう折りたたみ式とした。等、バリアフリーの設計では、バリアフリーのための対応とその為に起こる不都合への対応が必要になる。今回のお宅は、道路から、玄関を入り、寝室、浴室、トイレ等1階全ての段差を無くした。山の手通りのスグ近くの立地なので、耐火性と遮音性、そして防犯も考え鉄筋コンクリート造にしている。ちなみに、一言でバリアフリーと言っても、症状によって対応は様々だ。例えばリウマチの場合、関節に力が掛かると関節が破壊されてしまう事がある。手摺に体重を掛ける事で関節が破壊される事もありうる。また、リウマチは進行性があるので、将来的にホームエレベーターを設置も考えておくと良い。写真は2階のリビング。 断熱性能は新省エネ基準を確保。冬は家全体を温かくしてヒートショック対策に備え、夏は自然の通風を取るために大きな窓を確保。福祉住環境コーディネイター(1級)のいる一級建築士事務所 かなや設計
2010年10月30日
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冷房も暖房も要らないちょうど良い気候。たまには場所を変えて仕事をしてみた。パソコンと、電話の子機、スケッチブック、コーヒーを持って屋上に上がると、日没前のちょうど良い明るさ。目が疲れたらスカイツリーを見て目の疲れをとる。このあたり(墨田区京島)は、狭い道路に面する建物が多いので、建築基準法上、高い建物が建てられない。その為、3階の屋上に上がると、屋根がどこまでも続いていて見晴らしが良い。地盤面から7m位上がるだけで、開けた風景が広がっているのである。広い空を感じて過ごすのは良いもんだ。かなや設計
2010年10月14日
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墨田区には、気持ち良い空間や、好きなシンボル、通ってみたくなる路地等がところどころにあります。特に、曲がりくねった道が多い北部に多いようです。しかし心地よい空間等は、様々な理由から偶然、そこに存在しているに過ぎないのです。私たちは、心地よい空間等が偶然残っているという事に気づいているでしょうか?例えば、以前、こんな経験がありました。京成曳舟の駅前に一本の桜の木がありました。その桜は、僕の知る限り都内のどこの桜よりも早く咲いていました。しかし、そんな特別な桜が、京成線の高架化の工事に先立ち切られてしまいました。その話を近所の人に言うとかなりの人がその桜のことを覚えていて、口々に「残念だね、もったいないね。」と言っていました。これほどみんなの記憶に残る特別な桜を残しておけば、地域のシンボルになったのではないだろうか。と思います。つまり、「なんとなく良いな」「心地よいな」「好きだな」という空間、シンボル等は、意識的に残していかねば残っていかないものなのではないかと。都市計画とか、建築基準法とか難しいことはちょこっと横に置いといて。良いものを見つけて残していくことを 今 しなければならないのではないかと思います。こうして、思いをめぐらせると、区内の色々な心地よい空間等が思い浮かびます。・曲がりくねった狭い道・低い長屋の屋根の上に広がる開けた空・立派な構えの木造の銭湯・家族が話をしながら、並んで歩ける車の通りが少ない道路・家の中の気配が路地に漏れてくるような造りの家が並ぶ路地・休日の早朝、道路で四股を踏む力士のいる風景これらの心地よい空間等の多くが、「古い」とか「狭い」とかマイナスの要因を持ったものでありながら不快ではないことは貴重なことです。逆に「広く」て「新しい」ものが満ちた街が冷たくて居心地の悪い空間であることが多いことと比べると。これからのまちの方向性を考えるヒントになりそうです。そこで、「すみだ景観フォーラム」では、「歩きながら、すみだならではの景観を発掘する」を目標にまち歩きを企画しました。今回の町歩きエリアは「京島」「東向島」「本所」の3地区です。ちなみに、僕は京島担当です。皆さんの知っている、魅力的な景観を是非、教えてください。【とき】11月14日(日)9:00~12:30【費用】無料【定員】先着50人【申込み】事前に電話、ファックス、メールで区に申し込み TEL:5608-6266 メール:TOSHIKEIKAKU@city.sumida.lg.jp詳しくは、10月11日の区報をご覧下さい。たくさんの方の参加をお待ちしていま~す。かなや設計
2010年10月12日
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設計の気分転換に、ノートを持って屋上へ行ってみた。道路を歩いていると気づかないが、時々、屋上からとてもきれいな夕日が見えるときがある。夕方思い立って屋上に上がりきれいな夕日を見ると「儲けた!」という気持ちになる。今日の夕日は写真のような夕日だった。もうすっかり秋なのに、ゴーヤがまだ育っている。スカイツリーが大分、大きくなってきた。今日近くを通った時478mだった。秋は、屋上でバーベキューが美味しい。また太りそう。
2010年10月07日
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週末に会津方面に旅行に行ってきた。この旅行の大きな目標の一つに「会津のさざえ堂を見ること」があった。この建物は学生の時から、ずーっと気になっていた建物なのだ。江戸時代に作られた木造の建物なのだが、とにかく斬新なのである。下から上まで螺旋状のスロープを登り、同じところを通らずに下に下りてくるという不思議な動線(どうせん)を持っている。当時の日本人はその不思議さに度肝を抜いたのではないだろうか?その注目度は東京スカイツリー並であったのではないだろうか?現代のようにマスコミが発達していれば世界中から注目されたに違いない。と思う。不思議な動線の訳は、螺旋のスロープが二重螺旋になっていて、それぞれの螺旋のスロープが頂部にタイコ状の橋が架かりつながっているのだ。螺旋がひとつでもややこしいのに、それが二重になっている。身近な例では遺伝子の構造が二重螺旋構造だが、肉眼で見えるものではないのであまりなじみが無い。こんな構造を江戸時代の住職が考えたというのだから面白い。実際は、住職が「一方通行で上がって降りるお堂を作ってくれ」と大工に言い。無名の大工が知恵を絞り作ったのであろう。普通の大工であれば「お坊さんそれは無理だべ」と言うところ。「ちょっこし、やってみるべ」と言うやり取りがあったのであろうか?(この辺は、まったくの妄想だが、、、)こんなすばらしいさざえ堂、斬新さの割には扱いがいい加減な気がする。落書きがあったり、隣の白虎隊のお墓の方が観光的な扱いが大きかったりと、ちょっと不満であった。以下、会津さざえ堂の簡単な説明を公式ホームページから抜粋会津さざえ堂は、1796年福島県会津若松市の飯盛山に建立された、高さ16.5メートル、六角三層のお堂です。正式名称は「円通三匝堂」(えんつうさんそうどう)といいます。当時飯盛山には正宗寺(しょうそうじ)というお寺があり、その住職であった僧郁堂(いくどう)の考案した建物です。
2010年10月04日
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