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明日からはじまる講習に向けて、過去の資料に目を通しながら、今年のカリキュラムを決めていく。自然と彼らと過ごしたあの頃の記憶が蘇る。卒塾生の多くは年に1度は顔を出してくれている。あの頃と比べて、もちろん体も成長しているが、何より髪型や服装が変わったかな(笑)一方で、その中身の成長は、個人個人で大きく異なる。変わらない生徒もいれば、大きく変わった生徒もいる。人間の中身は、やはり多くの経験を重ねることで進化していくのだと思う。後ろ向きな発言ばかりになってしまっている時というのは、そういう意味では、停滞期なんだろう。でも、若い時期にはそういう時期も必要だよ。若い時代に悩みが無い、不満が無いなんてありえない。その後の人格を決めるという青年期に、不安も不満も感じなかったような奴なんて、ろくでもない人間にしかならないさ(笑)。思いっきり悩んで、考えていく中で、今を受け入れる、そして、今すべきことに気づいて欲しい。一日も早く前向きな姿勢に戻ってもらえたらと思う。そんなこんなことを思いながら、過去のデータを眺めていると他の生徒達も同じ状況なんではないか、彼らにも何か伝えることができればと思った。もしかしたら、今迷っている生徒がいるかもしれない。迷いがあって当然、迷うはずの時期だ、高校生なのだから。とはいえ、直接一人一人にメールを入れるというのもちょっと気が引ける。だから・・・この場を用いてみようと思います。いったい卒塾生の何人がこのブログの存在を知っているか、まったくわかならいけれど、そして、生徒ではない方にはまったく意味のない内容であることが、このブログを訪問してくださっている方々には失礼なことなのかもしれないけれど、どうか、わがままを許して下さい。ここから先は、僕の教え子、卒業生限定の記事です。今、高校3年生の6期生のみんなへ。部活も引退する頃になって、年齢もついに18歳。高校生活がもう終わる。もうその制服、着れなくなる。そう、次の新しいステージが始まるんだ。中学3年生の頃を思い起こしてみよう。あの頃の自分はどうだっただろう?あの頃の選択が今まで過ごしてきた、今いるステージ。どんなステージでも、自分自身が納得して、その中で幸せを感じることができれば、それでいい。いや、それが一番なんだ。自分が選んだ道をどう歩んでいくか、納得して、満足して、幸せを感じられるか。それは、どこを選んだかよりもずっと大事なことだと思う。なぜって、実際にその道に進んでみたら、たいていは思った通りの道ではないものだからね、「思った通りじゃなかった」なんてのに簡単に潰されるような心じゃ楽しい人生は送れない。あくまでも、そのことを前提にした上で伝えたいこと。それは、道をテキトーに選ぶことの恐ろしさ。中学校から高校へ上がって、周囲を見渡す。その雰囲気は、違う高校へ行った友人の話とはまったく違っただろう?そう、人はみんな同じじゃなかった。機会が同じなのであって、得られるものは決して同じじゃない。とんでもない高校(自分とかけ離れた高校)へ行った友だちとは、どんどん話が合わなくなっていかなかった?人にとって環境は大きい。だからこそ、自分のイメージする将来へつながるステージはよ~く考えて、ここだ!っていう場所を選ばなきゃいけない。矛盾するように聞こえるかい?いやいや、選ぶ前と、選んだ後では全然違うんだよ。選ぶ前の段階で「妥協」なんかしちゃいけない。妥協せずに選んで、それでもやはり思っていたこととは違うことがある。でも、妥協して選んだ場所には絶対にないものがそこにはある。それは何か?一番大きいものは「誇り」。たとえ結果が不本意だったとしても、自分に嘘をつかなかったという「誇り」。逆に、妥協から誇りは生まれない。むしろ妥協は誇りを腐らしていく。さらに妥協は癖となって、いろいろな部分に転移していく。だから決して、自分の力量の範囲や、手が届きそうなところで選ぶんじゃない。自分のイメージする将来に必要な環境を求めるんだ。自分の力量に合わせて環境を選ぶな。理想の環境に自分を合わせよう。いいかい?「好きな仕事をやりなさい」の言葉を勘違いしてはいけないよ。「好きなことしかやらないでいい、好きな仕事」なんてのは、絶対にないのだから。たとえば、野球が好き。でもね、筋トレとか走り込みとか、道具の片付けとか、嫌なことも中にはあるでしょう?オレも、この仕事が大好きで、昔からの夢だったんだけど、でも、この仕事の中で面倒な仕事もいっぱいあるよ。言わないけど(笑)。嫌なことも、好きなことの中にあるのなら、それはしっかりとやらないといけない。そこをどれだけしっかりやれるかが、その仕事における差につながるのだからね。今から避けているようじゃ、将来もたかが知れたものになってしまう。結果うまく行かなくたっていいんだ。懸命にやったという記憶が誇りとなって他の場所に波及する。そして次に必ずつながるから。だから、今は自分が求めるステージの中で最良のところを目指そう。そこに上るための苦労なんて考えてどうする。そこに上がった時の最高の気分をイメージしよう。これから先、あなたの周りには、あなたと同じような人たちがより集まるようになる。年月が経てば経つほど、そうなっていく。 なぜなら、それぞれのステージにある「普通」という名の「独自」の空気がいつの間にかあなたの体に染み込んでいくから。 自分の将来を楽しみに、夢に向かって日々を大事にしている人の周りには、同じように、自分の未来にワクワクしているような人が集まる。そこそこの努力で、妥協しまった人の周りには、やっぱりそこそこの努力で、妥協してしまうような人が集まる。「おもしろくねぇ」って言って、不満ばかり言う奴の周りには「おもしろくねぇよな」って、不満ばかり言う奴が集まる。だって、そうでしょう。自分の未来を想像して、目を輝かせて毎日を過ごしている人と、「毎日つまんねぇよな。年取りたくね~」って言っている奴が一緒にいたら、お互いに気分悪いんだから。半年後に迫った、自分の人生を彩る選択の機会。同じ世代みんなに同時に来るという極めて特別な機会。あなたはどこのステージで、社会に出る前の最後の準備期間を過ごしたい?さあ、道が決まったら、笑顔で報告してきて欲しい。「この道でがんばります!」って。そして、その道を選んだら、後ろを振り向かずに、おりゃ~!って突き進むんだよ。振り返ったって戻れたりはしないんだから、エネルギーは、後ろ向きに使うより、前向きに使うべき。一度決めたら、うまく行くイメージだけを持って、とにかくがむしゃらに全力で突っ走れ!がむしゃら、最高!
2008.07.31
テキスト作成の中、思いつくままに書いています。と言っても、生徒たちには日々言っている事ばかりなのですが。今日は、学習に対してシンプルに考えてみましょう。改めて自分の頭で考え直してみる。要するに学習する目的って何なのか。そして、その目的達成のためにはどうすればいいのか。計画は必要ですか?机は必要ですか?時間を決めてやる必要はありますか?あなたが成長するために「それ」は必要ですか?むしろ学ぼうとする気持ちの障害になってたりはしませんか?誰かがうまく行った方法が、そのまま自分にも当てはまるかというと、必ずしもそうではないかも知れない。もちろん、他人の成功事例を参考にするのは良いことだと思いますが、手法に拘り過ぎて目的を見失うようではいけません。自分の頭で改めて考えてみましょう。時には意味を考えずに没頭することも大事ですが、立ち止まって、見つめ直すのも大事ではないでしょうか。要するに、昨日より今日、今日より明日、成長している実感を持つことが大事なのです。「今日はこれができるようになった」そう思ってから、一日を終える。そのためにはどうすればいいのか。大切なことは何なのか。自分の頭で考えてみましょう。シンプルに考えてみましょう。きっとその考える過程の中で、いつの間にかあなたの心に「自発」の心が芽生えるでしょうから。
2008.07.28
小学生の場合「学年×10分」とか、 中学生の場合「学年×60分」とか、勉強時間の目安として、そういうような表現で、学校の先生がお話されているらしい。でも、これが意外に危険。言うまでも無いことだが、勉強したかどうかを測る物差しは時間ではない。時間数に比例して人が成長するとしたら、人の成長がそんな単純なものなら、指導者は苦労しない。甲子園出場するためには、優勝するためには、練習時間をただ増やせばよいということになる。確かに、中身のある練習であれば、もしくは、中身に差が無いとすれば、時間数を多く取った方が良いだろう。きっと学校の先生は、中身のある練習であることを前提に話されているのだと思う。しかし、一部の生徒は先生の目安トークの中の、なぜか「時間数」に囚われてしまう。時間数を求めるあまり、机の上に勉強道具を並べて、後はひたすら時計を気にする、というような学習状態に何の違和感も持たない生徒がいたりするから驚く。バットとグローブを並べて、グラウンドに立ち、ひたすら時が過ぎるのを待っているようでは巧くなるわけない、というか、残念ながらアホにしか見えない。巧くなるには、いろいろなケースを意識して反復。自らのプレーを客観的に見て自己分析。できないプレーを修正して、できるようになって初めて意味がある練習と言える。これ、偉そうに書くようなことなんかじゃなく、普通に考えればわかること。スポーツで例えれば、「あ、そうか」なんてすぐにわかるのに、なぜ勉強だと勘違いしてしまうのかな?時間数は関係ない。意味のある練習、自分を成長させるための練習をすればいい。自分で成長したという実感がある。これが区切りの目安。これがあれば、たとえ10分であってもそこで止めて構わない。でも、これが無いなら途中で止めるな。もったいない。よし!と思うまで続けるべきだ。何時間でも。時間数なんてどうでもいい。練習は自分を成長させる、自分を磨くためにやるものだ。
2008.07.27
いやいや、毎日本当に暑いですね。熱中症にはくれぐれもお気をつけ下さい。(昨日、やられてしまいました)さて、ウィルの夏期講習は8月1日から始まります。それまでは講師の準備期間、生徒の学校の宿題終了期間ということでお休みとなっています。さて、連日こうやって深夜に至るまで、テキスト作りに精を出しているわけですが、こんなにも教務に没頭できる時間を取れたのは本当に久しぶりで、「これを授業で使えば・・・」と、ニヤニヤ楽しんでやっています。思い起こせば、今年は新体制となり、目の前に起こる様々な出来事に、まさに奔走し続けた4ヶ月間でした。新しいことに挑戦している高揚感と、うまく運ばない苛立ち、そして自分への不満。24時間、こんなにも頭をフルに回転させたのは開校以来のことのような気がします。個人としての力量は、この4ヶ月で間違いなく成長したでしょう。校舎展開という新たなる挑戦をして学んだこと。それは、挑戦ほど人の器を広げるものはないということ。そして、想定外のことは意外と起こらないということ。しかし、想定内の問題にもかかわらず、そのレベルが想定を超える、というようなことは往々にして起こるということでしょうか。言うまでも無く、挑戦は自分の力量を少し超えたところで行います。その場所は、それまでいた安住の地に比べ過酷で不安定な場所(その時点の自分の力量では、ですが)。それゆえに、ただその環境に身を置くというだけで、今まででは考えも付かなかったような視点や、今まででは必要としなかった能力を身に付けられる、というより、身に付けざるを得ないのですね。じゃないと、心理的に潰されますから(笑)。改めて、挑戦がもたらしてくれるものの価値、そして、挑戦を楽しむ心と自ら決めたときの力、自発力の重要性を体験することができました。教育者としても、この経験を通じて一回り大きくなったような気がします。さて、一方で想定が甘かったところ。ここは次回の反省点ともなるところですが、やはり『イメージの力』ですね。イメージの力は思っていた以上に絶大でした。その力はまず、新所沢教室に働きました。他塾の新規開校時の動きを参考に、地盤の無いところに、最初から人は集まらないだろうと考え、初年度は実績を作る年、地盤を作る年として、講師陣を経験豊富な人材で固めました。しかし、蓋を開けてみると想定をはるかに超える状況。わずか1ヶ月で、年間の目標生徒数に届いてしまいました。新所沢では何も実績があるわけではないのに・・・イメージの力もある程度は想定していたものの、実績を超えるほどの力は無いと思っていた僕にとっては、にわかには信じがたい結果ではありましたが、良い方での予想外ゆえに小躍りしたものです。(今思えば、ここでちょっと待てよと考えればよかったんですね)喜んだのも束の間、今度はそのイメージ力にやられます。本校である東所沢教室の募集が過去になく悪い。。。小学5年生と4年生の募集は過去最高のお問い合わせをいただくことができましたが、小学6年生より上の学年からお問い合わせがないのです。例年では、キャンセル待ちでも構わないとおっしゃっていただける保護者の方から連絡をいただけるのですが、今年はそれがない。そのために、ウィル方式についていけない生徒が抜けた後の空きが埋まらない。定員に空きがあることなんて、何年ぶりのことでしょう。言うまでも無く、ここ東所沢では地盤も実績も十分にあるのに。。。やはり今まで数学科を率いてきたTが東所沢から抜け、新所沢の教室長になったのが響いているのでしょうね。もちろん、数学科のNo.2は東所沢に残し、新任の卒塾生の中から、僕が選んだ3人を数学科としてNo.2のK先生の下につけるなど、数学科が逆に強化されるように配置したのですが・・・。やはりイメージの力は大きい。実績を出せば、保護者の方々が抱かれるTが抜けた不安感も拭われるのではないかと、毎週、数学科全講師ミーティングを行うなど万全を期して臨んだ今年度初の定期テスト。東所沢教室の数学の平均点(定期テスト)は過去にも類を見ない高記録、中学3年生27名の平均点は、79.5点中学2年生27名の平均点は、脅威の84.5点中学1年生26名の平均点は、87.3点数学科はチームとして一丸となって取り組み、結果も叩き出した。よし!これで今年も大丈夫だと塾長の僕が胸を撫で下ろしたのが1ヶ月前。でも、やはりTの持つイメージには勝てなかったということなのでしょう、きっと。イメージって・・・すごいです。きっと今、この東所沢チームはどうなるのか、塾長の言うように、講師ではなく、校風で引っ張れるのか、近隣の皆様から、品定めされているのだと思います。塾長によるトップダウン式の新体制の下、ウィルはどうなるのか。信じていいのか、本物なのかどうか。臨むところです! まさに塾長の腕の見せ所ですね。正直少し怖くもありますが、でも、ワクワクします。
2008.07.25
新聞は、知識人の多数派の意見を表しているわけではない。あくまでも新聞社の意見であって、ものによっては、世論を意のままに操ろうという意図が隠されていることも。それを知らずに、新聞=世論と思って勘違いしてしまうと、そこで自らの思考を停止してしまいかねない。新聞は正しいわけではないのだ。繰り返すが、単なる一つの意見にすぎない。それをわかりやすく表してる記事があったので比較してみようと思う。 『竹島問題』さすがに聞いたこともないという人はいないと思うが、詳しく知らない人は調べてもらいたい。さて、この問題について伝えたいことは、竹島が日本領だとか、韓国がどうだとかいうことではなくて、新聞によって主張がこうも違うのだ、ということを知ってもらうことが趣旨。竹島や北方領土などの領土問題については、それぞれが自分で調べて自分の意見を持ってもらいたい。では、全国紙と呼ばれる5紙の内、日経新聞を除く4紙の主張を並べてみよう。→ 情報元ここまずは、国内発行部数1位の読売新聞。【読売新聞】学習指導解説書(←教科書のこと)「竹島」明記は遅いぐらいだ「領土問題はもちろん、国民にどういう教育をするかは、国の主権にかかわる問題だ。外交上の配慮と、主権国家として歴史や領土を次世代に正しく伝えていくこととは、次元が異なる。」(一部抜粋)次に、二大新聞のもう一つ、朝日新聞。【朝日新聞】竹島問題 日韓は負の連鎖を防げ「大多数の日本国民は良好な日韓関係を維持したいと望んでいる。日本政府はあらゆる機会にそのことを韓国に丁寧に説明すべきだ。」(一部抜粋)そして、次に毎日新聞。【毎日新聞】竹島記述 領土問題は冷静さが必要だ「国民感情を刺激しやすい領土問題は、両国政府が外交の場で理性的に、粘り強く話し合っていくべき問題である。感情的な対立を繰り返しているだけでは何の解決にもつながらない。」(一部抜粋)最後に、産経新聞。【産経新聞】竹島 明確に「日本領」と教えよ「実際の社会科の授業では、こうした歴史的経緯を含め、竹島が歴史的にも法的にもまぎれもない日本領土であることをきちんと教える必要がある。それが公教育というものである。」(一部抜粋)以上、僕個人の意見を書かないように、書かないように配慮しました(笑)。これを機に、一つの情報をそのまま鵜呑みにせず、できる限り多くの、複数の情報を基に、自分の意見を持つことの重要性を知ってくれたらと思います。
2008.07.21
今日1日でかなり進むことができた。といっても、まだまだ10分の1程度だと思うけど(^_^;)。しかし、こうやって改めて英語の教科書を熟読してみると、「意味なんてわからなくていい、とりあえず覚えとけ」とでも言っているかのような英文が随所に見られることに気づく。大丈夫なのかな、この教科書。大人目線だから、もしくは昔の教科書とあまりに違うからそう思うだけなのかな。「今頃になって気づいたのか」と、他の塾の先生方から言われそうだけど(笑)。
2008.07.20
本気で生徒は僕の宝物だと思ってる。もちろん、卒塾生も含めて。以前、記事としても書いたことがあるけど、教育業のすばらしさの1つには、やはり人と人のつながりの濃さがあると思う。塾という仕事を始めてつくづく思うのだけれども、なぜ公立の先生には異動があるのだろうか?青年期を過ごした場所、仲間たち、恩師、そういったものをもっと大事にしてもいいだろうに・・・。卒業させたらそこで終わりなんて、縁が薄れてしまうなんて、そんなのもったいないと思う。もちろん、卒業した生徒達には次の新たなる世界へ旅立ってもらいたい。親離れじゃないけど、前だけを見て、振り返って欲しくはない。でも、時に振り返ることができる場所、友、先生があることは、人生をより温かいものにしはしないだろうか?卒塾生を含めた多くの生徒たちが、学び舎を基点に一人一人つながっていく。顔も知らない、話したこともない、でも、同じ学び舎で学んだという接点が、同じ先生の下で学んだ記憶が、彼らの距離を近づける。もちろんそのきっかけ作りは、僕ら。場所はここ。生徒は教えていた間だけじゃない。卒業後も、ずっと変わらず大事な生徒。だからこそ、小手先の指導など微塵も考えられない。ずっと役に立つだろう、将来につながるだろう考え方、学び方を伝えたいと思う。そう考えて、日々試行錯誤してきた8年。すばらしい卒塾生たちに囲まれて、少しずつ、夢に描いた、そんな塾になりつつある。・・・昨日、新所沢教室長のTも書いていたが、7期生が東所沢にもやってきてくれた。本当に毎日、卒塾生の誰かが来る。そんな卒塾生、それぞれの悩みに、同じく卒塾生で、うちの時間講師として戻って来てくれた彼らが、親身に温かくアドバイスをする。そんな光景を見て、とても幸せで、すぐに記事にしようと思っても、なかなか書きあがらなくて、結局、あきらめてそのまま更新しました。思うまま書きなぐった記事、完全な自己陶酔でしかないのだけれど、生徒が見てくれたら、きっと何か感じてくれるんじゃないかなと思って。
2008.07.20
明日は9月本番前、最後の調整となる北辰テストだ。北辰テストに対する僕らの考え方はこちらこれまで4月、6月と2回の北辰テストがあり、結果としてはまずまずのものだったと思う。たとえば、受験者の上位3%未満に相当する偏差値70という大台には、選抜クラス11名中ですでに5名の生徒が1度は到達している。と言っても、70に到達する割合が高いことはそれほどの意味も無く、大事なことは生徒一人一人が、それぞれ志望校にどれだけ近づいているかなわけで、たかだか上位数人が素晴らしくても、何の自慢にもなりはしない。ただ、試験前の生徒たちに向けて景気付けに書いただけです。そうか、ウィルのメンバーはすごい人が多いんだ!僕らも、私たちもそのメンバーの中の一人なんだ!同じ塾で、同じ授業を受けているんだ!歴代の先輩たちに、そして後輩たちに恥ずかしくないように、私も負けていられない。よ~し、がんばるぞ!!そんな風に思ってもらえたら嬉しいです。ウィルの生徒たちはすごいんだから、自信を持って行ってきてね!!
2008.07.19

ん???これは・・・タダってこと???(初回DVD付きで?)レジに持っていけない小心者の僕。
2008.07.18
大分の教員採用における贈収賄の件について、猫ギター先生の記事にこのような文章があった。根本の原因は、学校の先生が、生徒がいて授業ができる幸せを知らないことにある。自分の授業を聞く生徒がいて当然だと錯覚している。逆に塾の先生は授業をしたくても、教室に生徒がいない場合だってあり得るのだ。そうか、気がつかなかった。だから塾の先生の授業は質が違うのか。僕が学生の頃、予備校の先生の授業を初めて受けたときのあの衝撃。同じ『授業』という名称ながらも、今まで受けてきたものとはあまりに異なる中身に僕だけではない、友人全員が言葉を失った。なぜ、あんな授業ができるのか。当時から教員志望だった僕は、あの授業に憧れ、その口調、テンポ、間の取り方など、少しでも盗もうと目を凝らした。月日が流れ、同じように僕も教壇に立つようになり、授業における考え方は変わってはいるものの、「なぜ、塾や予備校の講師の授業は学校とこんなにも違うのか」という疑問には答えが出せないままでいた。僕の周りには学校教員になった者が多くいる。もちろん授業を見せ合うなんてことはないので、彼らの授業がどんな感じなのかはわからない。でも、人格的にも学力的にもすばらしい奴らが多かった。当然、この付近の中学校にも、僕と同世代の教員がいらっしゃる。就職氷河期の真っ只中のあの異常とも言える高倍率の中、見事、教員になるという夢を叶えた方々だ。きっと、僕の友人たち同様、すばらしい方々ばかりだと思う。なのに、そんな先生方がなぜこうも生徒たちに、メタメタに言われてしまうのか?言い換えれば、僕の授業がこうも評価されるのはなぜか?そりゃ、もちろん勉強してきたし、訓練もしてきた。自分の授業に自信もある。でも、学校の先生方も同じのはず。。。そんな疑問が猫ギター先生のおかげで、なんかストンと落ちたような気がする。東所沢に塾を創って以来8年、生徒が来てくれて、僕の授業を聞いてくれることに感謝の気持ちがなかった日は、一日だって無いのだから。
2008.07.18
昨日、中1の到達度確認テストの結果が出た。やはり安○中の方ばかりにツライ思いをさせてしまったようだ。『夏休みの間で完全に追いつかせる。必ず!』苛立ちと申し訳なさが入り混じった気持ちを抑えながら、不合格になってしまった数名の生徒たちに、本心とは少し異なる声掛けをしつつ、心の中で思いを強くした。テスト後、安○中のある保護者の方から、学校の英語の先生の情報を教えていただいた。昨年、その先生の授業の進度が遅すぎていろいろと物議を醸したとのこと。そうか、ウィルの特長となる学校の授業内容を生徒から聞きながら、先生の意図を汲み、その内容を補完する形で、さらなる高みへ導くという指導方針、公立中の良さを最大限に活かした指導体制も、この先生の下では、生徒にとって効果的に働かないのかもしれない。また少し授業内容を変えていく必要がありそうだ。とにかく一刻も早く、生徒のケアをしなくては。。。
2008.07.18
あ゛~、イライラする。この時期の中学2年生が、今までの分を総復習するのに適したものが無い!夏休み前、不定詞を習う前にしっかりと基礎を徹底させたいのに。中1の時期をサボってしまった奴らに、やっと、やる気が、自学の芽が開き始めているというのに!!探してみても無い!いいのが無い!教材会社に問い合わせてみたが、中3生を対象とした、中2までの総復習テキストはあっても、中2生を対象とした、中1までの総復習テキストは無いとのこと。う~ん・・・せっかくやる気になっているのに。これで成果が出なければ、また元の木阿弥なのに。作るか、いっそ。どこの塾でもやっていることだろうけど、副教材としての自作プリントは今までも作ってきた。でも、テキストとなるとやったことがない。・・・・・・・・・やるしかないな
2008.07.15
座談会の次は、『到達度確認テスト』です。皆さん、がんばってくださいね。さて、その次は夏期講習。ウィルの夏期講習(中学生)は、前半が今までの総復習(28人を強固なチームとするために、この時期を下位層のレベルアップ!の時と位置づけています)後半が定期テスト対策(夏休み明け一週間以内に期末テストがあるので)となっています。申し込みは、東所沢は先週の土曜日をもって終了いたしましたが、まだ新所沢教室は受け付けております。なお、東所沢教室も締め切りはしましたが、一教室の座席がすべて埋まっていない学年もありますので、(すいません、参加名簿が手元に無いので学年が不明です)もし受講を希望される方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。また、東所沢教室では、毎年、講習会の参加を在塾生のみとしております。外部生を受け付けてはおりません。さて、講習を申し込まない生徒、特に1年生に激励!前回の定期テストで十分な結果を残してくれた生徒には、ご褒美として「夏休みは思いっきりはしゃいで来い!」と、今回の講習の受講を勧めませんでしたが、この夏休み期間に調整を怠り、ブヨブヨに頭を鈍らせてしまっては、講習を全員強制受講とする他塾の生徒に遅れをとることは必至。他の塾の生徒は、講習はほぼ必修として強制的に鍛えられます。え?その方が良かった?いやいや、それじゃあウィルじゃない。ウィルの特長は、内面強化。生涯、困ることのない本当の「学習」の感覚を養う。自分で考える、自分でやる、だから伸びる。やはり学習は『自発性』、自分が選んだという感覚が大事だと考えています。やはり、その感覚を持った人は、そこからの伸びが全然違う!時間を要しなくても効果的な学習をすることができるようになりますし、高校進学後も、社会に出ても、ずっと伸び続けることができます。だから、僕たちは君たちにいろいろなことを任せていく。今回もこのオフの時間をキミたちがどう遣うのか、楽しみにしているしね。自分で、夏休み、およそ40日間をどう遣えばいいか、よ~く自分で考えてみること!結果は休み明けの試験にしっかりと現れます。もし、うまく遣えることができたなら、それは大きな宝を手に入れたことになる。うまく遣えなければ・・・その時はしっかりと落ち込んでください。自分がどれだけ甘かったか、記憶にちゃんと留めてください。何がまずかったのか、よく考えて、そして修正してください。過ちては則ち改むるに憚ること勿れ休み明けの大事な試合に1週間で仕上げられるような状態で、9月の平常授業に参加してくれることを信じています。最後に、もし休み明けのテストがどうしても心配、自信がまだ無いという人は今回の講習、英語だけでも受講をお薦めします。英語は、中1・中2ともに塾長である僕が担当します。内容は、英語だけではない、広い意味での学習の方法を伝えていく、そんな授業にするつもりです。
2008.07.14
日付変わって明日の土曜日、ウィル東所沢教室にて、卒塾生による後輩へのアドバイスの場として、学習塾ウィル『座談会』を行います。主に昨年度の卒塾生を呼んで、「今だから言える、高校はこう選べ!」「9月からの過ごし方」「受験の成功談・失敗談」などのアドバイスを、後輩たちに伝えてもらう機会。ぜひ有意義なものにして欲しい。ただ一つ残念なことが・・・今年の座談会、どうも時期が悪かったようで、昨年度の卒塾生は部活の試合などと被ってしまい、参加できなくなった生徒が多い。。。川越高校からは2名の予定が部活動の関係で1名に、川越女子からは1名の予定もこれまた部活の関係で遅れるとのこと。所沢高校からは2名、朝霞西からは1名がOKも、浦和南からは2名の内、1名は部活で参加が可能か未定。なお、市立浦和、所沢北、和光国際、川口北の生徒は部活動で丸っきりダメ、所沢西も部活動があるかも?と、どうも雲行きが怪しい。。。川越南、豊岡は連絡先を聞き回っているうちに時機を逸してしまった。一方で私立は、女子高を代表して、白梅〔特待〕から1名、特待を代表して、東京成徳〔特待〕から1名、私立進学校を代表して、錦城から1名が参加OKとなった。ちなみに、選出には高校が被らないように、原則1名ずつ、また、多くの人の前でも臆することなく話せるだろう、女の子を中心に声掛けした。どれだけ卒塾生が来てくれるかは当日になってみないとはっきりはしないが、とりあえず、会の運営に支障が出るほどのことはなさそうだ。後は、もう司会の腕次第(笑)。今年の司会は、新入社員のO先生に任せた。彼の人となりを参加される保護者の方々にお伝えできる機会ともなれば一石二鳥かな?なんて、虫のいい事を考えています。
2008.07.11
このブログを見ている生徒はどの程度いるのでしょう?見た生徒は友人に回してくださいね。今回の到達度確認テストですが、ある中学校の1年生英語が、独自のスタイル(会話重視)で授業を行っているため、教科書の進度が著しく遅くなってしまっています。そのため、今回のテストはbe動詞までとし、一般動詞を含めないことにしました。教科書で言えば、プログラム2までとします。今回はページも少ないので、その分、一つ一つを確実に、時間を掛けて自分のものにしていってください。なお、テストは東所沢教室・新所沢教室共通です。まだ見ぬ新所沢教室の生徒の結果も楽しみにしています。以上です。
2008.07.10
小学生はホントすばらしい。毎週、会う度に何かしら変化があるような気がする。打てば響くとはまさにこのこと。今日はその中でも一人、原石の中に一筋の輝きを見つけられました。入塾して最初の模試の結果を前にした親子と僕の三者面談。彼女にとっては見たこともないだろう数字が目の前に。。。彼女はその結果を見て、泣いてくれました。悔しいって、泣いてくれました。いつもいつも目を見て笑顔で元気よく挨拶してくれる女の子が、ただ、ただ泣いていました。習熟度別に3クラスに分けられているという小学校では、一番上のクラスにいるというのに・・・。初めての業者模試の結果は、きっと彼女の人生最低点。悔しさに打ちひしがれている娘を見て、『よかったね!自分の現状をこの時期に知れたって事が収穫。それに、あなたが悔しいって思ってくれた、そのことがお母さんはとにかくうれしい!』 そう、満面の笑顔で語りかけるお母さん。微かにうなずく娘。僕の経験則でしかないですが、こういう生徒は絶対に伸びます。きっとこれを見てくれたすべての方が、そう思われるんじゃないでしょうか?頭の片隅に置いておいておいてください、この生徒のことを。きっと、すばらしいドラマを見せてくれるでしょうから。
2008.07.08
・・・というわけで、9期生27名中21名が受験した今回の結果です。国語 平均ss61数学 平均ss57英語 平均ss60 5科合計 平均ss60.8 県内上位3%未満を指すss70超えの生徒は今回3名。一方で、県内平均を指すss50を下回ってしまった生徒は1名。塾内平均がss60(県内上位16%以上)を超えているということは、言うまでも無く、ほとんどの生徒がss60辺りにいる。これで先着順の入塾(選抜無し)で塾内平均ss60という、いわば『驚愕の数値』を、3年連続続けることができました。いやいや、すばらしい!しかし、まだまだ6月の北辰はオープン戦。塾でも北辰対策はまだしていません。たとえば、僕の英語。卒塾生やこのブログをずっと読んで下さっている方ならもうご存知だと思いますが、今の時期は、徹底した基礎固め、文法固めの時期として、北辰テストの大半を占める長文読解には、一切手をつけていません。カリキュラムでは8月の講習が長文実践練習。毎日、毎日じっくりと長文を読み込んでいき、さらにはあの伝統の100問テストを乗り越えた9月に、事実上の受験となる北辰テスト第一弾。そこでど~ん!というくのが例年の流れ。すでにこのレベルにある彼らが、そんな8月を乗り越えさらにどう伸びていくのか。もう心は高校野球監督です。甲子園出場どころか、全国制覇を狙います(笑)
2008.07.08
6月の北辰が返ってきました。 この北辰テスト、埼玉県の方なら皆さんご存知だと思いますが、9月以降が本番で、埼玉県内の受験生のほぼ全員が受験するという、いわば全県模試。(ですから、6月はまだまだオープン戦) 埼玉県において、この模試の結果は、志望校の合否の可能性を測る上での最重要資料です。 さて、ウィルではこの北辰テストの偏差値に2年前から着目してきました。 塾を始めて数年が経ち、自分たちの教務力がどれくらいのものなのか、測る方法は無いものかと考えるようになりました。 もちろん外と比較するということもそうですが、過去の自分との比較という意味でも、何らかの物差しが必要だと考えたのです。 教務力とは、一言で言えば「生徒を伸ばす力」です。 授業の見栄えが良いとかではなく、いかに生徒を成長させられたかが教務力です。 この点に異論はないと思いますが、ではそれを何で測るか、その物差しをどこに置くかということは、意外にもあまり明確に打ち出しているところは少ないのかもしれません。 しかし物差しは絶対にあった方がいいに決まっている。 なぜなら、それがあれば講師も目指すべき方向が明確になるし、生徒の学習到達度も測れますので、確認することができます。また、講師間の力量も見えやすくなりますから、講師同士が甘えることなく切磋琢磨し、自らの教務力を磨くモチベーションにもなることでしょう。そして、何より前述したように過去の自分と比較し検証ができます。 物差しが無ければ、自分の都合のよいところをもって自己弁護もできてしまいますが、物差しがあれば、素直に受けざるを得ませんし。 加えて、何より外に自塾の色をちゃんと伝えることができますから、外の方々が塾を選ぶ上での重要な情報にもなりえます。 「面倒見の良さ」とか「わかりやすさ」とかでは、どうにも判断基準にならないですからね(笑)。 さて、そう考えた数年前。 何を判断の基準にするか、教務力を測る指標にするかを考え、次の3つに絞りました。 「塾生の進学実績」 「塾生の平均偏差値」 「塾生の平均評定(通知表)」 他にも「塾生の伸び率」というのも考えましたが、本来、最も教務力を表すはずのこの項目も、残念ながら評価しづらい 例えば、同じ偏差値+5でも、40の生徒を+5にしたのと、65の生徒を+5にしたのではあまりに内容が違います。 もっとも純粋に教務力を表すだけに、何かいい方法はないかと、いろいろ考えはしたのですが、評価する基準がどうにも見出せず、真の意味で教務力を表すはずのこの項目も、断念せざるを得ませんでした。 一方、「塾生の定期テストの平均」というのも、頭に浮かびはしましたが、これはすぐに却下しました。 まず中学校ごと、先生ごと、テストごとに平均点や難易度はかなり異なります。 それに、定期テストを取らせるだけなら、学校の先生ごとに過去問を整理し、先生ごとに対策、過去問を反復したり、暗記を徹底的にさせたりと、まるで学問とは思えないような単なる作業でも結果が出かねません。というよりむしろその方が結果を出る可能性が高いでしょうから、評価を気にするあまり、そういったことに終始させる講師も僕らの目の届かないところで出てくるやも知れません。 しかし、それは絶対にやめてもらいたい。真の意味の学習とはあまりにかけ離れていますし、そんな学習法では高校進学後、また社会に出た後で活きてきません。 自分で学習できる生徒を育てるという、ウィルの指導方針の間逆を行ってしまいます。 さらに、今や定期テストの結果など、ここ埼玉県においては、そんなに大きなものではありません。 通知表や偏差値が直接合否を左右するのに対し、定期テストの点数は入試に直接的にはまっっったく関係ありません。 いやいや、通知表に影響が大きいだろうと思われるかもしれませんが、生徒を様々な観点から評価しようという「観点別評価」を採っている今、定期テストの点数は、昔のような圧倒的な存在感はないのです。 よくある、中間、期末ともに90点以上で通知表が「3」という話は、実際にうちの生徒にも過去にあった話です。 話を戻し、そんなわけで前述の3つに絞られたわけですが、 話し合いの結果、 「塾生の平均評定」は入試には大きな力を放つものの、塾の力ではどうしようもない部分も大きいので却下。 「塾生の進学実績」はオーソドックスで、教務力を一見もっとも表してそうですが、大学ならいざ知らず、偏差値が絶対的な価値に限らない高校においては、ちょっと弊害が大き過ぎるかなと。 たとえば、高校は今や学問だけを行う場所ではなくなっています。 部活や友人なども高校選びにおいては大きな要素になるでしょう。 にもかかわらず、進学先を塾側が気にしてしまうと、どうしても上へ上へと働きかけをしてしまいかねない。そんなエゴは微塵も出したくないし、ましてや生徒や保護者の方にそんな風に勘ぐられたくもない。 高校は自分とご両親で話し合って決めるものです。 全くの格下を選んだって良いではないですか、それが後ろ向きな理由でなければ。その高校を選ぶに際し、きちんとした理由があるのであれば。 ということで、ウィルでは教務力を測る上でこの北辰テストを使うことにし、この結果で微調整をしつつ、指導者としての技術の研鑽を行っています。 さて話は長くなりました。9期生の6月の北辰の結果! ・・・・・・・・・どうやら持ってくるのを忘れてしまったようです。。。 月曜の夜には発表します。 失礼しました。
2008.07.06
7月12日(土)に、主に在塾生の志望校を中心に選抜した卒塾生による「自分の高校紹介」と「自分の受験体験」を伝えてもらう催しを『座談会』と称して行います。中3生にとっては、定期試験が終わり、部活動も引退し、6月の北辰が返ってきて、気の抜けるであろうこの時期に、ガツッ!と気合を入れるのが会の目的。在塾生にはぜひ参加してもらいたいと思います。さて、昨日川越高校に進学した卒業生からおもしろい話を聞きました。ちなみに川越高校は県下でも指折りの進学校。塾生の主な所属中学の1つである安○中学からは、今年、川越高校に進学できた生徒は2名だけだったといいます。その2名の内の1人となった彼から聞いた話です。「入学したときに、志望大学を1つだけ書く欄があって、そこに書かれた大学名が後に集計されたんですが、東京大学が50名以上いたんですよ。みんな普通ですけど、誇り高いなぁって」さらっと東京大学と書く生徒がそんなにもいる。旧学区では、川越高校の1つ下に位置する所沢北高校では、とてもとてもありえないこと。学力的には当日点で、わずか数点の違いしかないこの2つの高校。にもかかわらず、進学先にとてつもない差(例えば早稲田129対14)が生まれる理由がわかったような気がします。違いは入学してくる生徒の学力層ではない。周囲の環境、校内の空気の違いの方がはるかに大きいのです。この話は、人間が周囲の影響をいかに受けるかという事実を如実に表していると思います。最後に、去年の卒業生もすばらしい生徒たちでした。その中でも、選抜クラスとなった12人。彼ら彼女らは全員が上位大学進学希望者。それぞれが選んだ道で、3年後はどうなるのか。さらにその中の精鋭であった5人。彼らは5人ともほぼ同じ学力を持ち、高い意識と人格を持ち合わせていました。前述の川越高校へ進学したN。安○中学からの今年の川越高校合格者2名の内のもう1人のT。川越高校ではなく、共学校であり、かつ今勢いのある市立浦和を選び、倍率2.75〔571/208〕という高倍率を跳ね除け、合格したK。8期生でNo.1の偏差値を誇るも「自分は周囲に流されない」と確実に所沢北を選び、前期入試で合格したY。そして、周囲の「川越なら受かるだろう」という声の中、「自分が行きたいのはやはり大宮」と大宮高校を選択。8期生で最もすばらしい成長を遂げてくれたのにもかかわらず、当日のミスで涙を呑んだS。彼らがぞれぞれ選んだ道で3年後、どうなるのか。8期生の進路は、僕の今後の進路指導に大きな影響を与えると思います。
2008.07.04
僕の目指す形は一般的なイメージの「塾」ではない。僕の理想とするイメージは「学校」にある。3年間という時間の中で、目先の結果に囚われない骨太の教育。時間をいただいているからこそ生じる責任と、毎年の安定した実績から生まれる信頼。そして、偉大な先輩に憧れる後輩というサイクル。・・・などなど。そういったものを目指したかった。一言で表すと『伝統』伝統を持った、校風を持った塾。その理想は確実に現実となってきている。今年の9期生は、小学生の頃に僕が教えていた生徒が大半。そのせいだろうか、7期生や8期生よりも「ウィル魂」が身に付いている。まだまだわからないが、きっと受験結果はすごいものになると思う。10期生は「ウィル魂」という点では若干の不安がある(僕の授業をいまだ取っていない生徒が多いせい?)ものの、それでもウィルの講師全員が伝えている「自学精神」は確実に身に付いてきているので、着実に学力を身に付けていっている。さて、今日の本題。11期生となる今年の中学1年生。この学年も9期生同様、小学生の頃に僕の授業を受けている生徒が多い学年だ。僕の授業を受けた彼らは、小学生の頃から、英語なんてそっちのけで、定期テストのことや高校入試や大学のこと、そして、学ぶこと、働くということの意味、などを伝えられてきている。それだけに、試験の前には、緊張して話せなくなる生徒、体調を崩してしまう生徒、吐いてしまう生徒などもいた。その様子を見ることができて、「もう大丈夫だな、彼らは」そう思った。彼らは自分なりの目標を持って試験に臨んでくれたのだ。試験というものをしっかりと認識して臨んでくれたのだ。自分なりに計画を立て、自分なりに手を尽くしたのだ。そうでなければ、そんな心理状態にはならない。去年の8期生が中1の頃、まさにこんな状態だった。あの時、吐いたり、体調を崩した生徒は一人残らず全員が、今やすばらしい人格を身にまとい、超進学校へ入学している。ウィルではいわゆる試験対策のようなものはしていない。手取り足取りは、長期的に見れば彼らのために絶対にならないからだ。(短期的には対策は絶対に必要、結果が出なければ自学も糞も無いので)ウィルでは、高校進学後も塾で教えてもらわなければ、拘束されなければできないような、そんな依存心の強い生徒を育てたくはない。うちで試験対策といえるものがあるとすれば、どうやって勉強したらいいか、そのやり方を、あくまで一例として伝えているだけ。その一例を基に、自分なりの学習法を模索し、試して、その結果を自分で分析して、修正するよう求める。幾度と無く説き、チェックする。徹底する。それがうちの試験対策。だから、彼らは自分でいろいろと考えてがんばったのだ。ある者は塾に来て、先輩方に混じりながら、アドバイスをもらいながら勉強した。ある者は質問を紙にまとめて、溜まってから、僕に質問してきた。ある者は「やるものが無くなったから」と、プリントをもらいに来た。他の生徒たちも、彼らの学習状況は試験前に幾度となくチェックしたがそれぞれ試行錯誤しながら試験対策をしていた。(※さすがに放置はしません(笑)。適度な距離感と巧い声掛けが自学精神を育てるポイントだと思っています。とはいえ、これも結果が伴っているからこそでしょうけど・・・)試験が近づくにつれ、人生最初のテストを、その大きさを認識しながら臨んでくれていることに、とてもうれしく思った。もはやどんな結果であろうが、最初としてはすでに成功。大成功だ。結果が返ってきて、もはや当然のように400点を超える生徒が多い中、「もっと行けたのに・・・」と言う声しか聞こえてこない中1。おいおい!と思わず声を掛けてしまった(笑)。(あまりに上ばかり見過ぎるのも考えものなので)「彼らはきっと物凄い学年になる」今日の彼らを見て、早くも3年後が楽しみになった。
2008.07.02
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