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スコットランドとの国境に近いイングランド北部は、農場や畑が延々と続きます。昨日紹介したローマ時代の町のそばも、田舎の風景が広がっています。菜の花畑が綺麗ですね。コーブリッジのローマ時代の遺跡を見学した後は、同じイングリッシュ・ヘリテージが管理するエイドン城を訪れました。お城と言っても、封建時代の荘園領主の館です。館と言っても城壁に囲まれており、ほとんどお城です。ここは当初、全く立ち寄る予定はなかったのですが、パスを持っていたので寄って見ました。この時代の遺跡を見ることはあまりないので、面白かったです。日中の気温はこの日かなり上がったので、売店でアイスを購入。少し休んだ後、次に向かいました。次の訪問地は、ハドリアヌスの長城を超えた北のお城と庭園です。
2018.06.30
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タイン川はイングランドとスコットランドの国境近くを流れる川です。ですから、既にイングランドのほぼ北限にいるわけです。ローマ時代も、実はこのタイン川に沿うようにしてローマ軍は長大な壁を造っています。それが2世紀のローマ皇帝ハドリアヌスが建造させたハドリアヌス・ウォールです。この壁までが、ローマ帝国の領土だったわけですね。東は現在のイラクから北はスコットランド近くまでの、実に2500マイル(4000キロ)にも及ぶ長大な領土を誇っていました。ではこの壁の北側には誰がいたのかというと、バーバリアン(野蛮人)がいました。野蛮人といっても、ローマ人から見た異邦人という意味です。タイン川の河畔にあるコーブリッジにある古代ローマ人の町の遺跡を訪ねました。上の写真は穀倉跡です。そしてこちらが・・・町のメイン・ストリート、目貫通りです。かつてはここで市が開かれ、大勢の人々で賑わっていたと書かれています。今は夢の跡ですね。で、面白いのは出土品です。こちらはローマ兵士の鎧。胸の端のところに、12菊花紋のような紋章(12方位を照らす太陽紋)が付いていますね。イギリス、特にスコットランドでは、12花弁の紋章をよく見かけます。そして、こちらは石の彫刻。興味深いのは下の人物キャラです。七福神の神様の顔に似ていませんか?日本で大黒天と習合した大国主神は、元々は5000年前のシュメル(今のイラク・イラン)の神ドゥムジでした。それが中東・ユダヤ教ではタンムズとなり、ギリシャではアドニス神となったんですね。で、ローマ神話ではアドーニスです。それがシルクロードの東端に伝えられて、大ナムヂこと大国主になったのであると私は考えています。ドゥムジとナムヂーー。音が似ているでしょ。神話もほとんど同じです。
2018.06.29
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五日目の5月26日。この日の午前中は、タイン川河口タインマスにあるお城と小修道院跡を訪れます。こちらがタインマスの町。イングランド北東部の小さな町です。そこにあるのが、こちらの小修道院とお城の跡です。当初の訪問予定には入っていなかったのですが、ヘリテージのパスを購入したこともあり、立ち寄ることにしました。城内の修道院跡です。しっかりとした石積みですね。城壁の先端まで行くと・・・堤防が沖の方まで伸びています。重要な軍事拠点であったことがわかりますね。
2018.06.28
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この日の滞在先はダラムです。スコットランドのエジンバラやスターリンとちょっと似ていて、丘の上にお城があり、お城に続く道がショッピング街になっています。イギリスのケント大学に留学していたとき、私はテニス部の選手だったのですが、この町でダラム大学とテニスの公式戦をしたことをよく覚えています。最初は天気がよくて芝のコートで気持ちよくプレーしていたのですが、途中から雨が降って、インドアコートに会場が変更になりました。ダブルス三組の総当たり戦で、私たちのチームが5対4で勝ち、準々決勝に進みました。私はダブルスのNO3で、戦績は1勝2敗。でも、うちの1と2が2勝1敗だったので、辛うじて勝ったわけです。つまり向うのチームはNO1が強くて、3が弱かったということですね。それはともかく、この町に来たのは、これを見るためです。ダラム城です。やはりこの城もモット・アンド・ベイリー方式で築城された城で、円錐形に丘を加工してその上に城が築かれています。別角度からも撮影しました。樹木が茂っているのでわかりづらいかもしれませんが、段になった円錐丘の斜面が見えると思います。その斜面に沿って城壁を造っているのは、マーリンの丘やサンダル城も同様でした。もともと存在した4500年前の人工丘の上に、11世紀以降城を次々と建造していったのではないかと私は考えています。
2018.06.27
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幽霊を見た観光客がいたというピカリング城で、実は私たちも不思議な現象を目撃しました。城壁の塔の中を見学して外に出た時、塔の扉が「ガチャン」と音を立てて、自然に閉まったんですね。塔の窓は開いていましたから、風の仕業かもしれません。でも、もしかしたら・・・こちらがその塔です。なかなか雰囲気のある塔ですね。ちなみに前日話題にしたスカボロ城は、ピカリング城から東に24キロほど離れた海辺にあるお城です。結構この辺には、霊道が通っているのかもしれませんね。ところで、ピカリング城のヘリテージの売店で、面白いものを買いました。それがこちら。何の変哲もない定規(ruler)ですが、裏返すと・・・イングランドの統治者(ruler)である歴代の王たちの即位年が記されているんですね。名付けてrulers' ruler。まあ、駄洒落のようなものですが、英国史の原稿を書く時には非常に便利です。このほか、歴代のイングランドの王たちの特徴や性質、あるいは人生が一目でわかる漫画チックな絵の付いたお土産も購入しました。それも時間があれば、いつかご紹介いたしましょう。
2018.06.26
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ヨークを後にして次に向かったのは、ヨークから40キロ北東に離れた場所にあるピカリング城でした。小雨の降る中、まず城壁の外側を一周します。城壁の斜面に咲いた花が綺麗ですね。次は城壁の中へ。やはり、綺麗な円錐形の丘が築城に使われていました。モット・アンド・ベイリー方式のお城ですね。階段を使って丘の上に登ります。見晴らしが良いですね。遠くまで見渡せます。中央左の塔(入口)の隣に建っている小屋が、イングリッシュ・ヘリテージの事務所です。ここで私たちは二人で57ポンド(8000円くらい)の9日間のパスを購入しました。ストーンヘンジなどイングリッシュ・ヘリテージが管轄する遺跡にはこのパスで入場できます。パスを購入するとき、対応したヘリテージに務める若い女性としばらく話していると、ひょんなことから幽霊の話になります。このピカリング城でも、観光客が幽霊を見たのだと言うんですね。私が「あなたも見たことがあるの?」と聞くと、その女性は「ここではないけど、スカボロ城では二回見たことがある」と言います。彼女の話によると、一回目は超高速で動く影のような物体だったと言います。何かが彼女のすぐそばを高速で通り抜けて、あっと言う間に消え去ったのだそうです。そしてもう一回が、スカボロ城の地下で独りで作業をしているとき、近くのテーブルに置いてあったコップがまるで地震が発生したときのように、ガタガタ揺れ始めたのだそうです。まあ、一種のポルターガイスト現象ですね。もう怖くなって、急いで逃げ出した、とか。「もう、二度とスカボロ城の地下には行きたくないわ」と話していました。幽霊を見たい方は、是非スカボロ城へお出かけください。もう一度、ピカリング城の円錐形の丘を撮影。どう見ても人工丘ですね。角度もシルベリー・ヒルやマーリンの丘と同じに思えます。
2018.06.25
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ところで書き忘れていたのですが、前日の朝、シンクロニシティ現象があったことを思い出しました。前日サンダル城やヨークを見学したときに、薔薇戦争ゆかりの地であることを紹介しました。まったく薔薇戦争のことを取材するつもりはなく選んだ場所だったのですが、その日の朝、グレート・ヤーマスのホテルの朝食テーブルで、赤と白と青のバラが飾られているのを見つけて、写真撮影しています。ちなみに薔薇戦争では、ランカスター家が紅バラで、ヨーク家は白バラでした。30年も続いた戦いは結局、ランカスター派のヘンリー=チューダーが勝ちます。そしてヘンリー七世が王位に就き、ヨーク家のエリザベスを妃に迎え、落着します。青バラはそれを象徴しているのかもしれませんね。さて、再びヨークです。ここには、変わった家がところどころに建っています。どう見ても、変ですよね。このようにひしゃげそうな家もありました。映画「ハリー・ポッター」に出てきそうな、不思議な家ばかりでした。
2018.06.24
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第四日目(5月25日)。この日は朝から生憎の雨でした。外は雨なのですが、ホテルの中は一時水が出なくなるというトラブルに見舞われます。当然、フロントには苦情が殺到。チェックアウトの時にそのことを話すと、マネージャーが対応して、迷惑を掛けたということで一泊12ポンドの駐車場代をタダにしてくれました。チェックアウト後、車を駐車場に置いたまま、昨日に引き続きヨーク市内の観光に出掛けます。雨の中の散策。雨宿りを兼ねて、1472年に完成したイギリス最大のゴシック建築であるヨーク・ミンスターを訪れます。威風堂々という感じですね。もともとローマ時代の要塞やノルマン朝時代の大聖堂があった場所に建てられた、イギリスでもカンタベリー大聖堂に次いで二番目に格式のある大聖堂です。中に入ると、ちょうどパイプオルガンの演奏が始まり、背骨を揺すぶるような荘厳な音楽に浸ることができました。歴代の聖人や王らを描いたステンドグラスも素晴らしいです。時間があったので、高さ60メートルの塔に登るツアーに参加しました。螺旋階段をひたすら昇りきると、一度外に出ます。この狭い屋根の通路を渡って、再び螺旋階段。ようやく塔の上に出ます。そこからの風景は素晴らしかったです。雨のおかげで、大聖堂観光を堪能することができました。
2018.06.23
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サンダル城の後は、この日の宿泊地である古都ヨークに向かいます。すぐにホテルにチェックイン。ホテルはウーズ川の河畔に位置し、駐車場はホテルの隣にありました。部屋から見た風景です。対岸のパブでは、川の上に突き出たデッキの上で盛り上がっていました。すぐそばには橋が架かっています。地図で確認するとウーズ橋と書かれていました。その橋を渡って、町の中心部へと散策に出ます。ウーズ橋の上からウーズ川を撮影。天気がいいので、こちら側も賑わっていますね。今まではヨークは素通りしただけでしたが、宿泊を決めたのは、町の中心部にあるヨーク城がやはり丘を加工したモット・アンド・ベイリー方式の築城をしているからです。こちらが、そのヨーク城のクリフォーズ・タワーです。素晴らしいでしょ。この城の一部である塔も、円錐形に加工された丘の上に建っています。丘の斜面では鴨たちがしきりに草を食んでおりました。この丘は、周りが平坦であることからも、人工の丘である可能性が高いです。いつの時代かは定かではありませんが、マーリンの丘やシルベリー・ヒルのような人工丘が築かれていたことが確認できました。
2018.06.22
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ローマ時代の遺跡を後にして、次に向かったのはイングランド中部ウェイクフィールドという町のそばにあるサンダル城です。ノルマン王朝時代の12世紀に建造された、丘を加工・利用した「モット・アンド・ベイリー方式」のお城です。分類としては、マーリンの丘と同じです。これがサンダル城の全景。環状に土手が張り巡らされ、溝があって、その向こうに土盛があります。そしてその土盛の向うにちょこっと頭を出しているのが、円錐形に加工された丘で、その上にお城が築かれました。こちらが内側から見た外側の土手です。で、こちらが本丸があった人工丘。綺麗な円錐形に丘が加工され、かつてそこに本丸が築かれたことが偲ばれます。非常に見晴らしのいい、360度が見渡せる場所にあります。その本丸があった丘の上から撮影します。ここは昔から、ウェークフィールドの町やカルダー川を見下ろせる要衝で、15世紀のばら戦争の主戦場にもなりました。つまり時代を経ても、重要な拠点であることに変わりはないわけです。マーリンの丘と同様に、4500年前からこの地に人工丘があったともしても不思議はないわけですね。
2018.06.21
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この日最初に訪問したのは、グレート・ヤーマス郊外のヤー川河口を見渡せる場所に西暦300年ごろ建造されたローマ軍の要塞「バラ・キャッスル(バラ城)」です。駐車場に車を止めて歩きはじめると、建物が見えてきます。お城のような建物ですね。ただし、これは城塞ではなく、教会の跡だそうです。さらに歩くとヤー川を見下ろせる場所に出ます。対岸には水車も見えますね。そしてこれがバラ城址です。4~5世紀にかけてローマ軍はイギリスの東海岸に少なくとも9か所の要塞を築きました。これはその一つで、最も保存状態が良い遺跡であると書かれています。ジョン・オーブリーも17世紀にこの城塞の簡単なスケッチを描いています。全景を捕えようとして遠くから撮影。城壁が長いので、私の持っている広角でも捉えきれませんでした。
2018.06.20
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夕食を軽く取った後、日がまだ高いので、グレート・ヤーマスの町中を散策します。町中にもローマ時代の城壁が残っています。午後6時くらいですが、明るいので町中にも大勢の人が歩いています。海岸では、ちょうどマラソン大会が開催されていました。時間はちょうど午後7時半。影が長く伸びていますね。そして滞在三日目(5月24日)。午前5時少し前。海上の風車の向うから日が昇ります。とても美しい朝日でした。
2018.06.19
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第二日目の最終目的地は、グレート・ヤーマス。「偉大なるヤー川の河口」という意味のイングランド東端の港町です。どうしてこの港町を選んだのかと言うと、これがいわゆる「聖マイケルライン」の東側の終着点になるからです。実は聖マイケルラインの東側は、古代遺跡が結構破壊されていて、よくわかっていません。エイヴベリー以東は、ビッグ・リングス・ヘンジ、ワウルズ・バンクと続くまではわかっています。その後、ケンブリッジの辺りで今回紹介したトリップロウの古墳群、前回紹介したストックトンの立石を通ります。その直線の最東端に位置するのが、このグレート・ヤーマスで、かつてここにあったとされる「ガル・ストーン」というストーンサークルであった可能性があります。今では地名と伝承以外にその痕跡はまったく残っておらず、幻のストーンサークルとなっています。ただ言えることは、イングランド南西端のセント・マイケルズ・マウントからグラストンベリー・トール、エイヴベリーを結んだ方位角58・7度の直線は、間違いなくグレート・ヤーマスの幻のストーンサークルを通るということです。この日の宿泊先であるグレート・ヤーマスの小さなホテルです。ちょうど地元のローカル局が歌番組の撮影中でゴタゴタしていましたが、無事に駐車場に車を止めることができて、チェックイン。ベランダ付の部屋で、そのベランダから撮影します。ローカル局のスタッフがホテルの駐車場でせわしなく働いているのが見えました。ベランダの正面の風景はこんな感じです。広い砂浜と海が広がっていました。そして、海上には・・・・・風力発電の風車塔が林立しておりました。
2018.06.18
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ケンブリッジを後にして、次に向かったのは、ストックトン・ストーンと呼ばれる立石です。座標をナヴィに入れて、ノーフォーク州に向かいます。しかし、ナヴィの座標が間違っていたために、まったく違う場所を探してしまいます。ただし、近くまで来ていることは確かです。そこで、手元の資料にある写真の風景をヒントにして、周辺を探すことにしました。写真ではかなり道路のそばにあるように見えます。道路そばの草むらの中にどうやらありそうです。その草むらの写真がこちら。近くを大型トラックが猛スピードで通り過ぎていきます。探すこと10分。ようやく立石を見つけました。これがストックトンの立石です。古代からずっとあった立石かどうかの確証はありませんが、聖マイケルライン上にあることだけは確かです。
2018.06.16
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古代遺跡を探索した後は、ショッピング・タイムです。再びケンブリッジ市内に向かって車を走らせ、市内の駐車場に車を止めます。そして、しばしのショッピング。一応、町中の写真もアップしておきましょう。ちょっと町の中心から外れたショッピング街です。近くにはアングリア・ラスキン大学のキャンパスがありました。今回はショッピングだけで、ケンブリッジの観光はしませんでした。そして、次の目的地に向かいました。
2018.06.15
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バートロウの丘の説明板をもう一度見てみましょう。19世紀にローマ時代の出土品の数々が発掘されたことが書かれています。Britissh History Onlineのサイトが公開している見取り図がこちら。東の列の4つの人工丘を分断する形で鉄道が通っていたことがよくわかります。西の列のAの丘は完全に破壊されていますね。ここには七つの人工丘が描かれていますが、前出のシリル・フォックスの『ケンブリッジ地方の考古学』によると、西の列には五基の人工丘が築かれていたのではないかと書かれています。一番高い人工丘は東の列の南から2番目のマウンドで、13・7~15メートルとされています。マーリンのマウンド(高さ19~20メートル)より少しだけ低いですね。バートロウの丘の観察を終えて、車を止めたパブに戻ります。「三つの丘」と書かれていますね。現存する東の列の三つの丘のことだと思います。中はこのような感じです。パブというよりは、カフェという感じのお店でした。
2018.06.14
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森の中の遊歩道を進むと、かつて鉄道が走っていたトンネルが見えてきます。このトンネルの右側に東の列の一番北にある円墳があるはずなのですが、木が茂っていてよくわかりませんでした。やがて森を抜けて開けた場所に来ます。そのとき、目に飛び込んでくる風景がこれです。手前右にある斜面の裾野が、東の列の北から二番目の円墳で、中央が既に紹介した東の列の北から三番目の円墳です。北から二番目の円墳の全景。北から二番目の円墳を、北から三番目の円墳の上から撮影します。今度は反対側に回って、北から三番目の円墳から一番南の円墳を撮影します。このように今でも三つの円墳が森の中にそそり立っているわけです。
2018.06.13
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バートロウの丘は、ケンブリッジシャー州のバートロウという小さな村とエッセクス州のアッシュドンという小さな村との州境にあります。この村は小さいため、たいていの人々はあっと言う間に通り過ぎて、ほとんど立ち寄る人もいません。もしナヴィがなければ、私もまったく古代遺跡に気づかずに素通りしていたはずです。でも事前に調べて、緯度経度の座標をナヴィに打ち込んでいましたから、ほどなく座標近くに車を止めることができました。しかし、数十メートル先にバートロウの丘があるはずなのに、森の木々に隠れてまったくその姿が見えないばかりか、入り口すら見つかりません。そこで、いったん来た道を引き返して、村の入り口付近にあったパブで道を尋ねることにしました。パブの駐車場に車を止めて、中の店員さんに地図で示しながら聞くと、その人自身は行ったことがないけど、どこから行けばいいかはわかる、というんですね。これにはちょっと驚きました。パブから数百メートルしか離れていない場所にある古代の人工丘を地元の人すら見たことがない、それほど見向きもされていない古代遺跡であることがわかったからです。その女性の店員さんは、パブから100メートルほど離れた聖マリー教会の脇にバートロウの丘に続く遊歩道があるといいます。そこで後でパブに立ち寄るからという条件で、車をパブの駐車場に止めさせてもらって、歩いて聖メアリー教会に向かいました。こちらがその聖メアリー教会です。教会のゲートの標識に「バートロウの丘への遊歩道」と書かれています。教会の敷地内の墓地を通って、遊歩道を進みます。(続く)
2018.06.12
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人工丘であるバートロウの丘は、トリップロウの遺跡群から16キロほど東に離れた同緯度(北緯52・08度)にあります。似ている位置関係は、新石器時代の欧州最大の人工丘であるシルベリー・ヒルと、約9キロ東に離れた同時代の人工丘であるマーリンの丘です。秒数(小数点以下四桁)まで一致する完璧な緯線の接線上にあります。ただしバートロウの丘は、ローマ時代に建造された円墳であるとされています。というのも、19世紀の発掘調査でローマ時代の遺物や骨が出土し、すぐ近くにローマ軍の居住地が見つかっているからです。ローマ占領時代は、紀元前1世紀から紀元後5世紀までですから、比較的最近の人工丘ということになります。でも、マーリンの丘も2011年までは、11世紀~12世紀のノルマン人の人工丘(モットー)であると考えられていましたから、もしかしたら、バートロウの丘の築造年代も、マーリンの丘やシルベリー・ヒルと同時代の紀元前2400~2500年にまで遡る可能性もあります。その場合は、ローマ人が2400年前に造られた人工丘を再利用して、その場所を墓地にしたことになります。そうでなければ、ローマ人がマーリンの丘など新石器時代に造られたマウンドを真似て、自分たちも同じものを造ってみたということかもしれません。バートロウの丘は、写真で紹介した一基だけではありません。ほぼ南北に、二列並行に走った円墳群があったことがわかっています。東の列には大きい円墳が四基、西の列には小さい円墳が3基から5基あったのではないかとみられています。現在明確に確認できるのは7基で、そのうち原形を視認できるのは東の列の3基のみです。東の列の残り一基は、私有地にあり、加えて樹木に覆われていて、わかりませんでした。西の列の小さい円墳群は、主に19世紀の鉄道敷設工事のために削られたり、平らにされたりして見えなくなってしまいました。昔の様子を復元した様子を描いた説明板があったので、写真に撮りました。次のブログで、現状報告を踏まえながら、さらに詳しく説明しましょう。
2018.06.11
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滞在二日目(5月23日)。今回の旅の目的は、一つは17世紀の巨石探検家ジョン・オーブリーのゆかりの地を訪ねること。そしてもう一つは、ほとんど観光客が行かない古代遺跡を訪ね歩くことです。時差ぼけで前夜は早々に就寝しましたから、この日は朝早くから活動を開始します。午前7時に朝食を食べて、午前8時ごろにはホテルを出ます。向かった先は、ケンブリッジ郊外にあるトリップロウの古代遺跡群。外国の観光客はおろか、イギリス人もこの遺跡群を見に来る人は稀です。ここにはかつて、鉄器時代初期に造られたとみられる13の古墳があったことがケンブリッジ大学で考古学を学んだシリル・フォックスの調査によってわかっています。ただし今は、地上からはほとんど、どこに古墳があるのかわかりません。一応、写真を撮っておきました。13基存在した古墳のうち、一応場所がわかっているのは、3~4基ほどになっています。前方に見える木のこんもり茂ったところなんかも、古墳であった可能性があります。なぜ私がこの古墳群に注目したかというと、実はこれは紛れもなく、アルフレッド・ワトキンズが見つけたレイ・ラインである聖マイケルライン上にあるからです。聖マイケルラインと言っても、キリスト教が流入する前からあった一直線の測量ラインです。後世の人がこのラインの重要性に気づいて、聖マイケル(大天使ミカエル)にちなんだ教会を丘の上に建てたことから聖マイケルラインと便宜上、呼んでいるだけです。実際は、新石器時代の約5000年前から存在した測量・エネルギーラインであると私は考えています。そして、面白いのは、このトリップロウの古墳群とまったく同緯度にある「バートロウの丘」です。マールボロのマーリンの丘にそっくりです。次回は、地元の人にもほとんど知られていない、この人工丘について、お話ししましょう。
2018.06.10
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滞在第一日(5月22日)。日本を5月22日の午前に発つと、イギリスに到着するのは同じ22日の午後1時~3時ごろ(時差8時間)になります。空港でレンタカーを借りて、向かったのはケンブリッジ。疲れていたので、ホテルに直行します。ホテルの裏庭で私たちを待っていたのは・・・かわいいウサギでした。ピーター・ラビットの世界ですね。この日はホテルでのんびりと過ごしました。
2018.06.09
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ブログを長らくお休みしておりましたが、昨日現地二週間滞在のイギリス取材旅行から返ってきました。私の住んでいるところが山の中で交通が不便なため、朝早くに出発する飛行機に乗るには前日に羽田のそばに宿泊しなけれなりません。出発の日の朝、その宿泊先から撮影した羽田空港の風景です。午前4時36分の朝日です。手前に見えるのは、まだ眠っている飛行機たち。この日(5月22日)、10度目以上の訪問となるイギリスに旅立ちました。今回使ったのはブリティッシュ・エアウェイズ。約11時間のフライトです。(続く)
2018.06.08
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