『そこのお方。私を助けて下さい』 そのヘンな物体が声を発していた事を、今度は男もはっきりと確認したのだった。
男は、困惑した表情のまま、ひょいとその物体をつまみ上げた。
「君が喋ってるのかい?どうしたら助けてあげられるのかな」
『簡単です。私をそこの海の中へ投げ込んでくださればいいのです』 と、それは言った。
男は、特に疑問を抱く事もなく、その通りにしてやった。彼は根っからのお人よしだったのである。
海に投げ込まれた物体は、ボチャンと一度は海中へと沈んでいったが、すぐにあの目が縦に付いた頭部が海面へと飛び出した。
『ありがとうございます。助かりました。あのまま乾いてしまったら、私もオダブツになるところでした』 謎の物体は、海の方を覗き込んでいる男の方むけて、言った。
さて、この物体は何だったのであろうか?もちろん、合理的に説明してしまうのも可能なのではあるが、ひとまずは正体は伏せておく事にしよう。
「どういたしまして。お役に立てて良かったよ」 明らかに奇妙な相手に対して、まるで警戒する素振りもなく、男は答えた。
『私はあなたにご恩ができました。よろしければ、私もあなたの力になりましょう。何か叶えたい望みはありませんか』 物体が提案してきた。
男の頭には、すぐに妻の事がひらめいたのだった。あの妻をもっと良妻に変える事はできないものだろうか。
しかし、男はすぐに首を横に振ったのだった。自分の希望で、他人の心を改造してしまおうなんて、とんでもないエゴのように思えたからである。
「お気遣いありがとう。でも、私は今の生活にじゅうぶん満足してるから、願い事なんてないよ」 男は、明るく答えた。
『そうですか。でも、もし叶えてほしい願いが見つかりましたら、どうぞ、ここにまた訪ねてきて下さい。私はいつでも、ここで待ってますから』 それだけ言うと、物体は海の中へ潜っていってしまったのだった。
なんとも、不思議な出来事であった。だが、人助けをして、ちょっと良い気分になれた男は、そのまま自分の家へと帰っていったのである。 (つづく)
「ルシーの明日とその他の物語」
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