「知事になるまでは聖人君子の生き方をしていたわけではない」。、「知事になる前の茶髪姿と重ね合わせて、記事を判断してもらいたい」というのが、コスプレ不倫に対する申し開き。
刺青は、確かに昔入れたものは、何もしなければそのまま残っている。
コスプレ不倫をする心は形としては見えない、から、そのまま残っていても分からない。
でも、それが残っているままであっても良いという理屈はこねていない。
とすれば、見えるものだけ裁く君子をどう評価すればいいのであろうか?
刺青をすることは道徳的にはだめなのか?不倫は法律上も明らかにアウトである。
こんなことを血眼にやっているのは、今でももちろん聖人君子の生き方をしていないことを示しているのだろう。ご本人は目指しているのだろうが。
2012年07月28日
SPEEDI公表について文科相発言撤回虚偽答弁の恐(当サイトではアフィリエイトプログラムを利用して商品を紹介しています。)
産経新聞のタイトルのような見出し。
SPEEDI公表義務問題 文科相発言撤回 虚偽答弁の恐れ
これによると、
文科省はこれまで、
・SPEEDIの運用主体=原子力安全委員会、が公表義務も同時に負うと説明
しかし、
・運用する文科省が、公表義務を負っていたことを事実上認めた。
というのだが、仮に安全委員会が公表すべき、と言ったとしても、文科省や官邸にはそれを止めることができるはずである。
また、原子力災害の緊急事態でもあり、その際に、官邸が何もコントロールしないで安全委員会任せということはありえない。
国会での発言は偽証か否かが問われるが、政府の広報は偽証の話は問われない。したがって、国会で偽証しようが、政府の広報として、直ちに影響はないなどという話をし続けた、水素爆発も見て見ぬ振りをし続けてきた政治家は、逮捕されなければ良いという感覚で政治を続けるべきではないだろう。
いつの間にか、法律を無視して原子力の緊急災害に対応がなされ、挙句に法律では罰せられないからということで、責任を逃れようとする。責任の押し付け合いが見られる現状、現政府においては、今回の事故への対応について検証するインセンティブがないとしか見えない。
真実を明らかにするには、権力者を引き摺り下ろすのが民主主義の仕組みの利点でもある。
SPEEDI公表義務問題 文科相発言撤回 虚偽答弁の恐れ
これによると、
文科省はこれまで、
・SPEEDIの運用主体=原子力安全委員会、が公表義務も同時に負うと説明
しかし、
・運用する文科省が、公表義務を負っていたことを事実上認めた。
というのだが、仮に安全委員会が公表すべき、と言ったとしても、文科省や官邸にはそれを止めることができるはずである。
また、原子力災害の緊急事態でもあり、その際に、官邸が何もコントロールしないで安全委員会任せということはありえない。
国会での発言は偽証か否かが問われるが、政府の広報は偽証の話は問われない。したがって、国会で偽証しようが、政府の広報として、直ちに影響はないなどという話をし続けた、水素爆発も見て見ぬ振りをし続けてきた政治家は、逮捕されなければ良いという感覚で政治を続けるべきではないだろう。
いつの間にか、法律を無視して原子力の緊急災害に対応がなされ、挙句に法律では罰せられないからということで、責任を逃れようとする。責任の押し付け合いが見られる現状、現政府においては、今回の事故への対応について検証するインセンティブがないとしか見えない。
真実を明らかにするには、権力者を引き摺り下ろすのが民主主義の仕組みの利点でもある。
2012年07月20日
鳩山元首相、官邸前の反原発デモに参加(当サイトではアフィリエイトプログラムを利用して商品を紹介しています。)
NHKでも報道されていました。
そんな変なパフォーマンスをしているぐらいならば、民主党で物事を決定する党の綱領作りをまじめにするべきであろう。
パフォーマンスばかりではなく、党が党であるための仕組みをきちんと作るべきだ。
大体、大切なことは地味なことが多く、それらが最終的に結実をして表にでるものだ。
深みとかいったものはそうしたことがベースにある。最近は上澄みばかりを追いかけるものだから、何をやっているのか全くわからないし、実務ができなくなっているのではないかと思う。
もっとも、鳩山元首相は辞めるはずであった人である。それも反故にしているぐらい言葉が軽い。
また、デモにおいて、鳩山元首相の話をおとなしく聞いているのがデモへの参加者とすると何だか変に感じる。鳩山氏はまだ現に民主党に所属しており、民主党の中でも一目おかれている存在なのである。
そんな人間がこうしたデモで平和にスピーチできる、とすると、どれだけ平和な日本なのか、とある意味感慨深い。
そんな変なパフォーマンスをしているぐらいならば、民主党で物事を決定する党の綱領作りをまじめにするべきであろう。
パフォーマンスばかりではなく、党が党であるための仕組みをきちんと作るべきだ。
大体、大切なことは地味なことが多く、それらが最終的に結実をして表にでるものだ。
深みとかいったものはそうしたことがベースにある。最近は上澄みばかりを追いかけるものだから、何をやっているのか全くわからないし、実務ができなくなっているのではないかと思う。
もっとも、鳩山元首相は辞めるはずであった人である。それも反故にしているぐらい言葉が軽い。
また、デモにおいて、鳩山元首相の話をおとなしく聞いているのがデモへの参加者とすると何だか変に感じる。鳩山氏はまだ現に民主党に所属しており、民主党の中でも一目おかれている存在なのである。
そんな人間がこうしたデモで平和にスピーチできる、とすると、どれだけ平和な日本なのか、とある意味感慨深い。
2012年07月19日
橋下市長は政治家になる前は別人か?(当サイトではアフィリエイトプログラムを利用して商品を紹介しています。)
知事になる前だから、という説明のようだが、今の橋下と昔の橋下が違うのか?ということ。
本人も、予めこの話が出ることは分かっていて、黙って来たわけで、そうした橋下は変わらない訳だ。知事なら、これはやってはいけない、好きなことだけど、というだけだろう。
本人も、予めこの話が出ることは分かっていて、黙って来たわけで、そうした橋下は変わらない訳だ。知事なら、これはやってはいけない、好きなことだけど、というだけだろう。
2012年07月13日
鳩山新党(当サイトではアフィリエイトプログラムを利用して商品を紹介しています。)
まだ党内にいるのでまだまだ分からないけれど、確か、総理を辞めた際には、引退するということだったはず。
なかなか、辞められないほど権力者の魅力は凄いということだろう。
なかなか、辞められないほど権力者の魅力は凄いということだろう。